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氏名(敬称略) プロフィール 著作物、関連サイトなど
●アイヴァン・サンダーソン
Ivan Terence Sanderson
(1911〜1973);memory
 
アメリカの動物学者, 作家, 超常現象研究家, UFO研究家。スコットランド出身で, 後にアメリカに帰化した。ケンブリッジ大学卒業。 17歳のときに体験した世界一周旅行で超常現象に興味を抱き, 20代の頃にはその興味をさらに深いものとする。
1932年にはアフリカで, 原住民がオリティアウと呼ぶ怪鳥を目撃したといい, これはアフリカに伝わる未確認動物(UMA)のコンガマトーのことと見られている。
テレビやラジオでの活躍のほか,
1965年には超常現象関連の団体としてSITU(Society for the Investigation of the Unexplained - 未解明調査協会または奇現象調査協会)を設立し, 様々な現象の収集, 調査, 紹介に努めた。
超常現象研究家のチャールズ・フォートの早くからの追随者でもあり, オーパーツ, ファフロッキーズ, グロブスターといった超常現象・UMA関連の用語の考案者である。
1969年には, コロンビアの古代遺跡で発掘された黄金細工, 通称「黄金スペースシャトル」に対し, これがジェット戦闘機である説を航空工学専門家のアーサー・ポイスリーとともに提唱し, この細工がオーパーツとして注目を集めるきっかけとなった。
このほかにオーパーツ関連として, パナマ南部で発見された黄金細工をマヤ文明のブルドーザーだと指摘。
未確認飛行物体(UFO)関連として, UFOの正体を宇宙生物とする説を唱え, 地球外生命体がすでに地球の海底に基地を建造している可能性を示唆。
UMA関連としては, アメリカのミネソタ州で発見された氷漬けの死体「ミネソタ・アイスマン」を, フランスの動物学者ベルナール・ユーベルマンとともに研究した末, 本物の獣人と結論づけている。
【参考サイト】
Wikipedia(アイヴァン・サンダーソン)

・Wikipedia(英語版;Ivan T. Sanderson)



■事件詳細(サイト内)
=>怪奇事件集(アイヴァン・サンダーソンの不思議な体験)
参考外部=>ASIOS(超常現象の研究者紹介―アイヴァン・サンダーソン)

参考外部=>The Mothman Wiki (Ivan T.Sanderson)

参考外部=>FANDOM(Ivan Sanderson)

参考外部=>From an Oblique Angle(Ivan Terence Sanderson as a Fortean)

参考外部=>GA Site(世界12の "魔の墓場” 第3話 アイバン・サンダーソン)

参考外部=>Kz. UFO現象調査会(動物学者・超常現象研究家 IvanT. Sanderson(アイヴァンT・サンダーソン))

参考外部=>超常現象の謎解き(古代に存在した飛行機「コロンビアの黄金ジェット」)

参考外部=>ameqlist 翻訳作品集成(アイヴァン・T・サンダーソン)

参考外部=>Geni (Ivan T Sanderson)



『UFO海底基地説』 1976年, 著者:
アイヴァン・T・サンダーソン, 訳者:久保智洋
●アイゼンハワー大統領 ドワイト・D・アイゼンハワーの項を参照   
●青木栄一(あおきえいいち)
【青木榮一】
(1930〜);
東京教育大学文学部英文科を卒業, 北海道新聞のワシントン特派員, 論説委員を経て, 著述業(翻訳家)となる。
【参考文献】
『謎の白鳥座61番星』1975年, 著:ロビン・コリンズ, 訳:青木榮一

・Wikipedia(青木栄一 (1930年生の翻訳家))
参考外部=>紀伊國屋書店(日経ビジネス人文庫)

参考外部=> 日本経済新聞出版社(青木榮一)
●青木日出夫(あおきひでお)
(1936〜2006);memory
早稲田大学大学院英米文学研究家卒, アメリカ文学研究家。
多数の訳書あり。
【参考文献】
『UFOに関する極秘ファイルを入手した。』1989年

・Wikipedia(青木日出夫)
参考外部=>Hatena::Diary(2006-08-03 翻訳家「いちご白書」 青木日出夫さん 70歳)


『UFOに関する極秘ファイルを入手した。』, 著者:リチャード・ホール, 訳者:青木日出夫
●青木謙知(あおきよしとも)
(1954〜);
 
1984年, 月刊『航空ジャーナル』編集長。
1988年6月
, フリーの航空・軍事ジャーナリストとなる。
航空専門誌などへの寄稿だけでなく新聞, 週刊誌, 通信社などにも航空・軍事問題に関するコメントを寄せている。
【参考文献】
『F-2の科学』, 2014年

・Wikipedia(青木謙知)
参考外部サイト=> 現代ビジネス(『飛行機事故はなぜなくならないのか』)

参考外部サイト=>サイエンス・アイ(著者紹介:青木謙知)


『F-2の科学』, 著者:
青木謙知, 写真:赤塚聡
●青山透子(あおやまとうこ)
(?〜);
ノンフィクション作家。
東京大学大学院博士課程終了, 博士号取得。
日本航空国際線客室乗務員として国内線時代に事故機のクルーと同じグループで乗務。
その後, 官公庁, 各種企業, 大学等で人材教育に携わる。
著書に『日航123便墜落 疑惑のはじまり - 天空の星たちへ』などがある。

【参考文献】
『日航123便墜落 遺物は真相を語る』, 2018年
参考外部=> HatenaBlog(「日航123便墜落―遺物は真相を語る・天空の星たちへ」公式ブログ)

参考外部=> HatenaBlog(読書日記-青山透子「日航123便墜落の新事実目撃証言から真相に迫る」)


『日航123便墜落疑惑のはじまり』, 2018年
『日航123便墜落の新事実』, 2017年
『日航123便墜落遺物は真相を語る』, 2018年
●赤間剛(あかまごう)
(1945〜);
  
フリーライター。
軍事・宗教関係を中心に雑誌にルポ・評論を寄稿。
【参考文献】
『フリーメーソンの秘密』

・Wikipedia(赤間剛)
『フリーメーソンの秘密』, 1983年
●浅川嘉富(あさかわよしとみ)
(1941〜);
 
 
地球・先史文明研究家。
大手損害保険会社の重役職を投げうって, 勇躍, 世界のミステリースポットに向け, 探究の旅に出る。
結果を何冊かの本にして刊行している。
【参考文献】
『クラリオンからの伝言超次元スターピープルの叡智』

・Wikipedia(浅川嘉富)
公式サイト⇒「浅川嘉富の世界」へようこそ
参考サイト⇒SAS


『クラリオン星人にさらわれた私/ 超次元の扉』, 著者:マオリッツォ・カヴァーロ, 訳者:やよしけいこ, 監修:
浅川嘉富, 2009年
『クラリオンからの伝言/ 超次元スターピープルの叡智』, 著者:マオリッツォ・カヴァーロ/
浅川嘉富, 2009年
●飛鳥昭雄(あすかあきお)
【あすかあきお】

(1950〜);
 
子供の頃から古代古墳に囲まれた環境で育ち, UFOを目撃し超常現象の世界に興味を持った。
超能力・古代文明・UFO・神秘・UMA・怪奇・心霊などの世界を研究し, サイエンス・エンターティナーとして活躍中。
【参考文献】
『最終UFO兵器「プラズナー」の真相』

・Wikipedia(飛鳥昭雄)
公式サイト⇒ASKA AKIO WORLD


『恐竜絶滅の大真実』, 1992年
『UFO2の大真実』, 1992年
『最終UFO兵器「プラズナー」の真相』, 1993年
『恐竜には毛があった!!』, 1994年
『「竹内文書」と月の先住宇宙人』, 2004年
『超都市伝説スペシャル』, 2007年
『超都市伝説スペシャル2』, 2007年
●アニー・ジェイコブセン
( Annie Jacobsen )
(1967〜);
 
調査報道ジャーナリスト。
ロサンゼルス・タイムズ・マガジンの編集に携わるほか, 多くの雑誌に寄稿する。
秘密基地の全貌を初めて明らかにして世界的なベストセラーとなった『エリア51』をはじめ, 『ナチ科学者を獲得せよ! 』, 『ペンタゴンの頭脳』と軍事開発の闇を追う話題作を精力的に発表する。
【参考文献】
『アメリカ超能力研究の真実』, 2018年
参考外部サイト=>第二級活字中毒者の遊読記(「エリア51」アニー・ジェイコブセン)

参考外部サイト=>21世紀, SF評論(アニー・ジェイコブセン『エリア51―世界で最も有名な秘密基地の真実』(太田出版)磯部剛喜)

参考外部サイト=>HONZ(『エリア51』アメリカで賛否両論の話題作)

『エリア51』著:アニー・ジェイコブセン, 訳:田口俊樹, 2012年
『アメリカ超能力研究の真実』著:
アニー・ジェイコブセン, 訳:加藤万里子
●天宮清(あまみやきよし)
(1944〜);
 
 
UFO研究家。
1960年, 16歳の時, 松村雄亮氏率いる宇宙友好協会(CBA)に入会。
CBAの様々な観測会・講演会に参加し, 何度もUFOを目撃。 CBAの会誌『空飛ぶ円盤ダイジェスト』の編集長としてUFO情報に対する啓蒙活動に携わった。
1976年, 奈良県天理市に移住。関西地方でUFO観測などの活動を再開。
個人誌『UFO RESEARCHER』を創刊し, 米国, 中国, 台湾のUFO研究組織とも交流している。
【参考文献】
『UFOと核兵器』, 2011年
参考外部サイト⇒ ジャパンプロフィールバンク(天宮清)

公式ブログ⇒ きよりんのUFO報告


『UFOと核兵器』, 著:ロバート・ヘイスティングス, 監訳:
天宮清
『日本UFO研究史』, 2019年
●アメリア・イアハート
Amelia Mary Earhart
(1897〜????);?

 
アメリカの女性飛行家。
1927年5月のチャールズ・リンドバーグの大西洋単独横断飛行に続き, 1932年5月に女性として初めての大西洋単独横断飛行をしたことから, ミス・リンディの愛称でもてはやされた。
アメリアは, さらにハワイ - カルフォルニア間の単独飛行, メキシコシティー - ニュージャジー間の単独無着陸飛行など, 航空史上に残る壮挙をつぎつぎとなしとげた。
1937年7月の赤道上世界一周飛行の途中, 南太平洋において行方不明となった。
【参考文献・参考サイト】
『ミステリー・ゾーンへの飛行』, 1982年;【「イヤハート消失の謎」, 文:横森周信
『世界謎の10大事件』, 1984年;【「女流パイロット消滅事件」, 文:醍醐寺源一郎】
Wikipedia(アメリア・イアハート)

・Wikipedia(英語版;Amelia Earhart)
参考サイト⇒ナゾカレンダー(伝説の女性飛行士アメリア・イアハートは何処へ消えたのか?〜女性初大西洋横断を成し遂げた米国の国民的ヒロインのミステリー)
●荒井欣一(あらいきんいち)
(1923〜2002);memory
 
日本のUFO研究の草分け的存在者であり, 1955年に, 日本初のUFO研究団体「日本空飛ぶ円盤研究会」(JFSA)を創設し, 1979年には, 「UFOライブラリー」を開設, 主宰した。
太平洋戦争では, 陸軍航空隊でレーダー装備を担当し, 戦後は大蔵省印刷局に勤務していた。
参考外部⇒KzUFO現象調査会 ("我国空飛ぶ円盤の父" 荒井欣一先生回顧)


『アポロと空飛ぶ円盤』著者:荒井欣一/ 平野威馬雄,1973年
●荒俣宏(あらまたひろし)
(1947〜);
 
作家, 博物学者。
文芸評論家, 英米文学研究家, 神秘学研究家, 魚類研究家と百科全書派的好奇心ですべての分野をクロスオーバーさせるネオ・コスモポリタン。
【参考文献】
『神秘学オデッセイ』, 1982年

・Wikipedia(荒俣宏)
参考外部⇒アラマタゲノム

参考外部⇒松岡正剛の千夜千冊 (荒俣宏・世界大博物図鑑)

参考外部⇒NAVERまとめ (荒俣宏, という人を知っていますか?)


『神秘学オデッセイ』, 著:高橋巌
荒俣宏
●アルバート・ベンダー
( Albert K. Bender )
(1921〜2016);memory
 
1950年代と60年代に最も影響をおよぼしたUFO研究家。
彼はペンシルバニア州で生まれ,
1944年頃にカナダに移住した。
1952年にIFSB(International Flying Saucer Bureau - 全米空飛ぶ円盤局)という, 世界で最初の民間UFOクラブを発足させた。
彼は超常現象の研究者にありがちな, 狂気じみたところが少しもなく, 熱狂的なUFO教徒たちとは, およそ対極にいるような紳士であった。
重箱の隅をつつくようなUFO研究ではなく, 現象全体の背後にあるものを理解しようとする目を持っていた。その鋭い直感は, 理論や証明を飛び越して, まず先に真実をつかみだしていた。
ベンダーの人柄を反映してか, IFSBは着実に成長を始め, 短期間のうちに世界に拡がる組織へと成長していった。
各地から寄せられるUFO情報は, ベンダーの際だった洞察力と分析によってまとめられ, 会誌の 『スペース・レビュー』 に掲載された。
これが大きな反響を呼び, 会員たちに知的興奮を引き起こしたのである。しかし,
1953年, 何の予告もなく 『スペース・レビュー』 の発行が打ち切られた。
会員たちは, ベンダーの突然の ”沈黙” に大きなショックを受けた。
その中の一人に, グレイ・バーカー がいた。
やがて, バーカーは, ベンダーが沈黙する直前に, 正体不明の ”三人の黒服の男たち(MIB)” の訪問を受けていたことを知って驚愕した。
【参考文献】下記より抜粋
『UFO最後の真実 異次元に広がる超文明世界の謎』【第7章/ 際限のない死の連鎖 現れた三人の黒服の男】, 著:浜田政彦, 2009年

・Wikipedia(英語版;Albert K. Bender)
参考外部サイト=>WIKIMEDIA COMMONS (File: Albert k. bender. jpg)

参考外部=>bportlibrary. org(Bridgeport' s UFO Legacy: Men in Black and the Albert K. Bender Story)

参考外部サイト=>Twilight Language(The Man Who First Saw "The Men in Black" Dies)
●アルフレッド・ナホン
Alfred Nahon
(?〜?);memory
 
心理学・哲学博士。ジュネーブ在住。フランス政界のアドバイザーをしていおり, マンデス=フランス首相の政策上のアドバイスをしていた。
インドシナ和平を目的とした
ジュネーブ会議 1954年4月〜7月 )に集まる, フランス, アメリカ, イギリス, ソ連などの外交官や軍関係者を通じて, それらの国々が得ていた宇宙人たちの意図や要求に関する情報を検証し, どう対処すべきかを関係各国と調整をした。
1954年10月28日, 「世界惑星協会」という組織を立ち上げ, 当時, 世界的に急増するUFO事件に伴う政府筋からの情報収集を進め, 世界各国の政治家, 学者, 作家, ジャーナリストなどとの連絡網に, この組織から発行する「惑星協会通信」で, 重要な案件や論説を伝えた。
【参考文献】
『スペースプログラムが予言する終末へのカウントダウン』, 2015年
参考外部⇒ニラサワ研究室(UFOと原発事故)

参考外部⇒ニラサワ研究室(<その2>補足ナホン教授とは)

参考外部⇒UFOの部屋

参考外部⇒みお&ゆきのツキアップ日記

参考外部⇒宇宙と地球上の出来事


ジュネーブ会議(参考外部)⇒世界史の窓(ジュネーヴ会議)
●アレクサンドル・カザンツェフ
( Alexander Petrovitch Kazantsev )
(1906〜2002);memory
 
1908年6月 ツングース(シベリア)大爆発は, 「宇宙から来た原子力宇宙船がタイガ上空で爆発した結果(核爆発が原因)」だという仮説を1946年に空想科学小説(短編SF『爆発』)として発表したことで有名。
シベリアのアクモリンスクに生まれ, トムスク工科大学を卒業し, 科学研究所(ナチスとドイツとの戦争が始まると技術者として参戦し, 爆弾を搭載した無人の小型戦車を開発した)などに勤務した。
1936年に空想科学映画のシナリオ・コンテストに入賞し, 戦後プロの作家に転向した。
また, 博士は日本の遮光器土偶に注目し,
1962年に科学雑誌「アガニョーク」に "土偶宇宙人説" を発表した。
【参考文献】
『謎のツングース隕石はブラックホールかUFOか』;1977年
『最新版日本全国で発生している!驚愕の怪事件』;2011年
『天空のミステリー(ツングース事件の謎;文:越野剛)』;2012年

・Wikipedia(英語版;Alexander Kazantsev)
『宇宙人と古代人の謎』著:カザンツェフ他, 訳:金子不二夫, 1978年   
●アレン・ダレス
Allen Welsh Dulles
(1893〜1969);memory
 
アメリカ合衆国の政治家, 外交官, 弁護士で1953年から1961年まで, CIA(アメリカ中央情報局)長官を務めた。

・Wikipedia(アレン・ウェルシュ・ダレス)
・Wikipedia(英語版;Allen Dulles)
参考外部=> ヘブライの館 (シュローダー男爵とダレス兄弟の暗躍)

参考外部=>kobayakawa shunichi(JFK暗殺事件50周年によせて)
●アレン・ハイネック
J. Allen Hynek
(1910〜1986);memory
 
プロジェクト・ブルーブック などアメリカにおける多数のUFO調査研究に関与してきた世界的UFO学者。
最初はUFO否定論者であったが, 数多くの目撃報告からUFO肯定論に転向し, UFO研究センターを開設した。
また, 第1〜3種接近遭遇の用語を提唱したことでも有名である。
映画「未知との遭遇」(
1977年公開)の原題は, 博士の提唱した「Close Encounters of the Third Kind(第3種接近遭遇)」である。
米空軍の顧問は,
1948年プロジェクト・サイン)から1969年(ブルーブック閉鎖直前)まで続いた。

⇒1935年
, シカゴ大学で天体物理学の博士号を取得後, オハイオ州立大学に移り教鞭につく。
米空軍から顧問として招かれた
1948年には同大学のパーキンス観測所で天文学者として働いていた。
その後, 米空軍顧問の任務のかたわら, ハーバード大学客員教授, スミソニアン天体物理学観測所副所長を兼任。

1960年から教職を退く75年まで, ノースウェスタン大学天文学長ならびに同大学ディアボーン観測所長として活躍。
1972年, プロジェクト・ブルーブックでの経験と空軍の情報ファイルをもとに, 『Unidentified Flying Object Experience(UFOとの遭遇)』を出版。
翌年に「UFO研究センター(CUFOS)」を設立し, 所長となる。

(出典;『ムー』1983年11月号(No.36);UFO研究の最高権威/ ハイネック博士に聞く)

・Wikipedia(英語版;J. Allen Hynek)
参考外部サイト⇒UFO科学大学院(ジョセフ・アレン・ハイネック)

参考外部サイト⇒UFOの科学的研究―学術研究出版センター(全米UFO論争史)
●アントニオ猪木(あんとにおいのき)
(1943〜);
 
プロレスラーとして活躍し, 現在( 2015年 )は参議院議員の2期目。
沢山の国民が政治に関心を持つよう, 政治活動を行っている。
また,
2015年4月1日の参院予算委員会で, 猪木氏は, 「何か(UFO)が, 領空侵犯をしている。スクランブルをかけたことはあるか」という質問をしている。
この質問に対し, 中谷防衛相が「領空侵犯の恐れがある正体不明の航跡を探知した場合は必要に応じて戦闘機を緊急発進して目視確認するが, 地球外から飛来したと思われるUFOを発見した事例は承知していない」と答弁した。


・Wikipedia(アントニオ猪木)
●アントニオ・ビラス・ボアス
Antonio Villas Boas
(1934〜1991);memory
 
1957年に地球外生命体にアブダクトされたと主張する, ブラジルの農民。
後に弁護士になる。

【参考サイト】
・Es.Wikipedia(Antonio Villas Boas)

■事件詳細(サイト内)
=>UFO事件集(アントニオ・ボアス宇宙人誘拐事件)
参考外部=>YouTube (ANTONIO VILLAS BOAS - um dos maiores casos de abducao da ufologia)
●アントニオ・リベラ
Antonio Ribera
(1920〜2001);memory
 
有名なスペインの作家, ユーフォロジスト, 翻訳者, スキューバダイバー。
彼はスペインのユーフォロジーの「父」と見なされ, UFOに関する多くの本を出版した。
また, バルセロナのIEC(惑星間研究センター)の共同創設者である。
【参考サイト】
・Es.Wikipedia(Antonio Ribera)

1967年に, リベラはウンモ星人からのレポートを見ることにより, ウンモ(UMMO)という得体の知れない存在の研究にのめりこんでいった。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.52)』【ウンモ星人ミステリーとはなにか】, 1979年
参考外部=>INKA WARRIOR (ANTONIO RIVERA PADRE DE LA UFOLOGIA EN ESPANIA Y CONTACTADO ANDROMEDA)

参考外部=>
YouTube (ANTONIO RIBERA, UN PIONERO DE LA UFOLOGIA)
●アントン・メスマー フランツ・アントン・メスマーの項を参照   
●アンドリヤ・プハーリック
( Andrija Puharich )
(1918〜1995);memory
 
★ユリ・ゲラーと博士
シカゴに生まれる。ノースウェスタン大学在学中からESPなどの超能力に関心をいだき, 心霊治療医のアリゴー をはじめ, 多くの超能力者を研究する。
医学博士で心霊学研究の世界的権威。
ユリ・ゲラーとは
1971年に出会い, ユリの超能力を調べるため多くの実験を試みた。
【参考文献】
『超能力者ユリ・ゲラー』, 1974年

・Wikipedia(英語版;Andrija Puharich)
参考外部=>FC2(時の旅路にて)


『超能力者ユリ・ゲラー』著者:
アンドリア・H・プハーリック, 訳:井上篤夫,1974年
●安納令奈(あんのうれいな)
(?〜);

 
フリーランス翻訳者。
【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』, 2015年
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』, 2015年, 著者:ラリー・ホルコム, 訳者:安納令奈
●アーサー・コナン・ドイル【コナン・ドイル】
Arthur Conan Doyle
(1859〜1930); memory
 
サー・アーサー・イグナティウス・コナン・ドイルは, イギリスの作家, 医師, 政治活動家。
推理小説・歴史小説・SF小説などを多数著した。
とりわけ 『シャーロック・ホームズ』 シリーズの著者として知られ, 現代のミステリ作品の基礎を築いた。

【参考サイト】
・Wikipedia(アーサー・コナン・ドイル)

ドイルは南アフリカの戦争に軍医として従軍し, ナイトの称号を授かっている。
ドイルは60歳になると, 降霊術に熱意を注ぎ, 神々の世界に関心を示した。そのなかには妖精も含まれていた。

【参考文献】
『コティングリー妖精事件』, 1999年

コナン・ドイルが晩年は, 《スピリチュアリズムのパウロ》 と呼ばれるほど, スピリチュアリズムの伝道師として世界中を回っていた, ということを知る人は少ない。
彼のそのような変化は, 第一次世界大戦で息子をはじめとする親族を次々と失ったことにあったようだが,
晩年の14年間はイギリスだけでなく, オーストラリア, ニュージーランド, アメリカ, カナダ, アフリカ, ヨーロッパと, 5万マイルを旅して回り, 時には 「シャーロック・ホームズの話をしろ!」 という罵声を浴びながらも, 30万人に対して講演をして回った。
また 『新しき啓示』(
1917年)をはじめとして7冊の心霊学の本を著し, そのための出版社や書店を作るなどして, それに費やしたお金は, 25万ポンドに及ぶと言われている。今なら数億円に相当する金額だろう。
【参考文献】下記より抜粋
『コナン・ドイルは語る - リセットのシナリオ - 』【はじめに】, 著者:三上直子 + 山川蓮, 2016年


・Wikipedia(英語版;Arthur Conan Doyle)
参考外部=>BUSHOO! JAPAN(アーサー・コナン・ドイル 『シャーロック・ホームズ』 生みの親は心霊で人生を解決ッ!)

参考外部=>ピクシブ百科事典 (コナン・ドイル)


参考外部=>スチームパンク大百科 (心霊研究家コナン・ドイルが巻き込まれたコティングリー妖精事件とは?)
●アーサー・ゴッドフリー
Arthur Godfrey
(1903〜1983); memory
 
米国ニューヨーク市生まれの英国系米国人。
ニックネーム「The Old Redhead」でラジオキャスター・TVホスト, 歌手, ウクレレ奏者, 俳優として活動。
米国では
1930年代以降のラジオ及び初期TVショーを代表するエンターテイナーとして知られている。
【参考サイト】
・洋楽データベース(Arthur Godfrey)



・Wikipedia(英語版;Arthur Godfrey)

アーサー・ゴッドフリーは, 1965年6月に自分の操縦する飛行機でUFOに遭遇した。
■事件詳細(サイト内)
=>UFO事件集(アーサー・ゴッドフリーUFO遭遇事件)
参考外部=>恋の名言集 (アーサー・ゴッドフリーの名言集)

参考外部=>Movie Walker (アーサー・ゴッドフリーの映画作品)

参考外部=>Open Minds (Witness shares UFO encounter with broadcast legend Arthur Godfrey)
●アーサー・ブライアント
Arthur E. Bryant
(?〜1967); memory
 
アーサー・ブライアントは, 「ヤムスキー」と名乗る宇宙人と遭遇(スコリトン事件)したことで有名である。
南西イングランドのダートムーア(Dartmoor)刑務所の刑務官を
5年間務めた後, 老人ホームの管理人をしていた当時の1965年4月24日(当時51歳)に, ブライアントはデボン州のスコリトン(Scoriton)草原で空飛ぶ円盤に遭遇し, 中から降りてきた3人の金星からきたという搭乗員に出会う。
そのうちの一人は, 「ヤムスキー(Yamski)」と名乗り, 前日に亡くなったジョージ・アダムスキーの転生後の姿ではないかと, 後に思われた。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.46)』【スコリトン・ミステリー, 文:日高実男】, 1979年
参考外部=>All the Planets are Inhabited (Arthur Bryant)
●アーディ・S・クラーク
Ardy Sixkiller Clarke
(?〜);
  
彼女は, 人生を先住民たちへの協力に捧げており, 大学を名誉退職後もインディアンや世界中の先住民族たちのコンサルタントとして貢献し続けている。
また, 過去十数年間に渡って北米, 中南米, 太平洋諸国の先住民族に取材を続け, 膨大な数のUFO証言を得てきている。
ビッグスカイモンタナ州のロッキー山脈の真ん中に住んでいます。
【参考文献】
『「YOUは」宇宙人に遭っています』, 2013年
参考外部⇒ OpenMinds


『「YOUは」 宇宙人に遭っています』著者:
アーディ・S・クラーク, 訳:益子祐司, 2013年
『SKY PEOPLE』著者:
アーディ・S・クラーク, 訳:元村まゆ, 2015年
『スターピープルはあなたのそばにいる(上・下)』著者:
アーディ・S・クラーク, 訳:益子祐司, 2017年
 
●イアン・スティーヴンソン
( IIan Stevenson )
(1918〜2007); memory
 
カナダ生まれの米国の精神科医。 「生まれ変わり(Reincarnation)現象」の研究者である。
彼はバージニア大学医学部で,
1957年から1967年まで精神医学科の議長, 1967年から2001年まで精神医学科教授, 2002年から精神医学研究教授を務めた。
【参考サイト】
Wikipedia(英語版;Ian Stevenson)
Wikipedia(イアン・スティーヴンソン)

母斑と先天性欠損は, 生まれ変わりの証拠として非常に重要であるが, 研究者が母斑に注意を向けることはあったが, その重要性に気づき, 詳しい調査研究を行ったのは, イアン・スティーヴンソンだった。
【参考文献】
『人間は本当に生まれかわるのか?』, 2018年, 著:ロイ・ステマン, 訳:力丸祥子
参考外部=>University of Virginia(Division of Perceptual Studies)

参考外部=>reluctant- messenger. com (Scientific Proof of Reincarnation Dr. Ian Stevenson's Life Work)

参考外部=>Spiritual Wiki(Reinkarnation)
●飯塚弘明(いいづかひろあき)
(1968〜);

 
出口王仁三郎『霊界物語』全83冊の電子版を制作 (2006年) して, 無償で配布している。
2010年 から, 「王仁魂復活プロジェクト」 事務局長を務める。
【参考文献】
『超訳 霊界物語』
公式サイト⇒王仁三郎ドット・ジェイピー
公式サイト⇒ 王仁魂復活プロジェクト



『超訳 霊界物語』, 2013年
『超訳 霊界物語2』, 2014年
●池田隆雄(いけだたかお)
(1952〜2002);
memory
 
1972年に東京電子専門学校電気工学科卒。
日本宇宙現象研究会副代表を務める。
APRO, MUFONの西日本地区担当連絡調査員。日本流星研究会会員。
著書に 『日本のUFO』
(1994年)がある。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.41)』1978年【UFOスペシャル’78】


1971年に現在のJSPS(日本宇宙現象研究会)の前身である研究グループ(そちらの名前もJSPSだった)を立ち上げ, 機関誌 『アルゴ』 を発行。
その第3号で, 「地震に伴う発光現象とUFO現象」 を特集した。
【参考文献】
『日本UFO研究史』【第3章/ 日本のUFO研究はどのように発展したか; 池田隆雄による「地震と謎の光体」の研究」】, 著:天宮清, 2019年
参考外部⇒ 日本のUFO

参考外部⇒ 学術研究出版センター(日本のUFO)
●池田雅行(いけだまさゆき)
(1949〜);

  
イラストレーターとして活躍。 特に円盤の絵を雑誌(「UFOと宇宙」 など)に発表した。
また, 多くのUFOを目撃した(小学5年生の時にフットボール型のUFOを目撃したのが最初)ことでも有名で, 目撃体験を『UFOと宇宙』(No.14, 1975年【円盤をよく見る人】)で発表している。

【参考文献】
『UFOと宇宙』(No.14) :1975年, 【円盤をよく見る人】
●石川幹人(いしかわまさと)
(1959〜);

 
工学博士。 専門は認知情報学および科学基礎論。
ASIOS
発起人メンバーでもある。
2002年にデューク大学のラインセンターに滞在した経歴を持つ。
【参考文献】
『超常現象を科学にした男』2011年

・Wikipedia(石川幹人)
主宰サイト⇒メタ超心理学研究室

参考外部サイト⇒at homeこだわりアカデミー(「超能力」を科学する)


『超常現象を科学にした男』, 著者:ステイシー・ホーン, 訳者:ナカイサヤカ, 監修:
石川幹人
『図解 超常現象の真相』2014年, 監修:
石川幹人
●石橋春海(いしばしはるみ)
( ? 〜);

 
1975年に神田美学校・映画技作工房に入学する。
美学校講師の鈴木清順, 大和屋竺に多大なる影響を受ける。
その後, 筆名・伊庭晋太郎でマンガ原作を手がける。
1998年からTOKYO MXで映像記者に。ライターとしては宝島社, 日本文芸社などの雑誌に寄稿。
著者には, 『封印歌謡大全』(三才ブックス), 『60年代甦る昭和特撮ヒーロー』(コスミック出版)など。
「おふくろさん騒動」に深く関わったことで, 川内康範研究家を名乗る。

【参考文献】
『昭和平成 オカルト クロニクル』2019年
参考外部=>toonippo. co.jp(深い取材、脈打つ愛情)

参考外部=>HatenaBlog (UFOアガルタのシャンバラ 日本は津波による大きな被害をうけるだろう)

参考外部=>blog. livedoor. jp(まことの一日)


『昭和平成 オカルト クロニクル』, 著者:
石橋春海
●泉保也(いずみやすや)
【共同ペンネーム】;
雑誌『ムー』の創刊号から執筆・編集に携わってきた渡辺威弘, 滝沢四郎, 佐敷二郎, 竹中泰弘, 東上志郎, 両子山洋, 難波江笙, 敷島涼, 藤島啓章の共同ペンネーム。
【参考文献】
『世界不思議大全T 』:2012年
●糸川英夫(いとかわひでお)
(1912〜1999);
memory
 
工学者。専門は航空工学,宇宙工学。 ペンシルロケットの開発者であり, 「日本の宇宙開発・ロケット開発の父」 と呼ばれる。
戦時中, 中島飛行機で戦闘機の設計に携わっていた糸川博士は戦後東大教授に就任。
GHQによってなされた航空機の製造禁止の通達の中には, ロケット開発の禁止という条項は含まれていなかったことから,
1954年に東京大学生産技術研究所に航空工学, 空気力学, 飛行力学, 電子工学などの研究者を集め, 本格的にロケット研究を始めた。
糸川博士が開発したペンシルロケットは, 日本独自のロケット開発の礎となった。 ペンシルロケットは固形燃料製であり, ペンシルロケットの技術を進化させてきた日本の宇宙開発技術は, 現在でも世界トップレベルの水準を誇っている。

【参考文献】
『終戦直後の日本』, 2015年

・Wikipedia(糸川英夫)
参考外部サイト=> 糸川英夫生誕100年記念サイト
●井上篤夫(いのうえあつお)
(1947〜);

 
作家・翻訳家。
アメリカ, 英国を中心に, 時の人物を深く掘り下げた評伝を数多く執筆。
翻訳の分野でも活躍している。


・Wikipedia(井上篤夫)
『超能力者ユリ・ゲラー』, 著者:アンドリア・H・プハーリック, 訳:井上篤夫, 1974年
●井上赳夫(いのうえたけお)
(1914〜2003);
memory
   
航空工学者,評論家。
1939年
旅順工科大学機械工学科卒業後, 1941年に中央航空研究所勤務, 1956年から科学技術庁科学調査官, 1966年から科学技術庁審議官を歴任した。
航空宇宙工学の分野での研究歴
30年以上を有する。
日本では数少ない未来予測学者として活躍した。
同時に科学技術評論家としても活躍した。

【参考文献】
『魔の特異日』

・Wikipedia(井上 赳夫)
参考外部=> 週刊アカシックレコード Web版 (井上統計仮説はなぜ有効か)


『魔の特異日』, 1976年
●猪股修二(いのまたしゅうじ)
(1933〜);

 
工学博士。通産省工業技術院電子技術総合研究所の主任研究官を努めた。
遠隔視やスプーン曲げを自ら体験し, 超常現象の理論的解明という分野に乗り込み, これを成功させた。

【参考文献】
『超常現象には "法則" があった! 』
参考外部=>FC2 (永久機関は実在する)

参考外部=>天国太平愛書連<全国愛書家連盟> (猪股修二 意識・物質・エネルギーの変換関係 超常現象には"絶対法則"があった!)

参考外部=> 阿修羅 (超心理の世界と猪股修二)


『超常現象には"法則"があった!』, 1984年
●今泉久雄(いまいずみひさお)
(1914〜1985);
memory
 
東京大学法学部卒業。 1951年東京電力へ移籍。火力発電技術協会専務理事などを努める。
氏は 「易」 の基本構造と細胞の奥深くにしまわれた遺伝子DNAのメカニズムに, 不思議な符合が見出されることを発見した。
【参考文献】
『易経の謎』
参考外部=> Beach (遺伝子システムはパターン言語である)

参考外部=>関東鍼灸専門学校 (鍼灸医学と病理学の接点を求めて/ 西岡敏子)

参考外部=>あの日から5Elements (DNAと易の話)

『易経の謎』, 1988年
●イマヌエル・ヴェリコフスキー
( Immanuel Velikovsky )
(1895〜1979); memory
 
ロシアで生まれ, イギリスで自然科学を, ロシアで法律・経済・歴史, 医学をドイツで生物学を学んだ。
その後, パレスティナで医者を開業し, チューリッヒとウィーンで精神分析学を研究した。

1938年にアメリカに渡り 『衝突する宇宙』 『混沌時代』 などを発表し, 古代史に関する未解決の問題に取り組んだ。
【参考文献】
『衝突する宇宙』

・Wikipedia(イマヌエル・ヴェリコフスキー)
・Wikipedia(英語版;Immanuel Velikovsky)
参考外部=> Electronic Journal (独自理論/ ハンコックとヴェリコフスキー)


『衝突する宇宙』, 著:
I・ヴェリコフスキー, 訳:鈴木敬信,1974年
『激変の地球』, 著:
I・ヴェリコフスキー, 訳:山田忠,1984年
●今村光一(いまむらこういち)
(1935〜2003);
memory
 
死後の世界や生まれ変わりを信じる立場からの文筆活動と, 健康・ガンに関する民間療法の著作, 翻訳を行った。
【参考サイト】
Wikipedia(今村光一)
参考外部=>うまいもの倶楽部

『私は霊界を見て来た』1975年, 原著:エマニュエル・スウェデンボルグ, 抄訳・編:
今村光一
『スウェデンボルグの霊界からの遺言』1986年, 原著:エマニュエル・スウェデンボルグ, 抄訳・編:
今村光一
●今村新吉(いまむらしんきち)
(1874〜1946);
memory
 
精神医学者。石川県金沢市出身。
明治30(1897)年帝国大学医科大学を卒業し, 助手として同大学院に籍をおいている。
その後, 文部省留学生として
3年間, ドイツ, オーストリアに滞在し精神病学を学んだ。
明治36(1903)年暮れ
に帰国し, 京都帝国大学医科大学教授となり, 精神病学の講座を担当したが, 後年には日本神経学会会長に就任している。
1904年医学博士。
渡辺久吉の日本心霊学会にかかわり, 人文書院と改称した時の命名者である。
妄想性精神病, 神経症など精神病理学の研究で知られた。
また,
明治43(1910)年から, 御船千鶴子, 長尾郁子 の透視実験を福来友吉博士と共同でおこなっている。
【参考サイト・参考文献】
Wikipedia(今村新吉)
『透視も念写も事実である』, 2004年
参考外部=> 本の万華鏡 (千里眼事件とその時代)
●井村君江(いむらきみえ)
(1932〜);

 
日本における妖精学の第一人者。
東京大学文学博士課程終了。明星大学教授。 イギリス・フォークロア学会終身会員。
主な訳書にW・B・イェイツ 『ケルト妖精物語』 などがある。

【参考文献】
『コティングリー妖精事件』, 1999年

=> ・Wikipedia(井村君江)
参考外部=>うつのみや妖精ミュージアム (井村君江の妖精学検索システム 〜フェアリンク〜)

参考外部=>Hatena: Diary(猫を償うに猫をもってせよ)


『コティングリー妖精事件』, 著者:ジョー・クーパー,訳:
井村君江, 1999年
 
●ウィリアム・スポールディング
( William H. Spaulding )
(?〜);?
 
★スポールディング氏と冨川正弘
『UFOと宇宙(NO.23)』から
コンピュータを使用してUFO写真の鑑定をした,UFO研究団体,GSWの代表者を務めた。
本職は,フェニックス市にある航空宇宙工学関係の会社の品質管理の技術者であった。

【参考文献】
『UFOと宇宙(NO.23)』:1977年
『MJ-12の謎と第18格納庫の秘密』:1990年
参考外部⇒Billy Meier UFO Research

参考外部=>Kz. UFO現象調査会 (マクミンビル空飛ぶ円盤事件(1950年5月11日米国オレゴン州)その9.GSWの分析)
●ウィリアム・ハーマン
( William J. Hermann )
(1951〜);
 
UFOのアブダクティ。
1977年11月にサウスカロライナ州チャールストン上空でUFOの一連の目撃を行ったと主張した後,さらにハーマンは,1978年1月22日,物体の写真を9枚撮る。
2ヵ月後の1978年3月,以前に見たUFOが再び現れて彼に向かって光線を放った。 彼は意識を失いアブダクトされ,3時間後に15マイル離れたところで目覚めた。
当時(26歳)の,ハーマンは南部バプテスト会議教会の執事であり,教会業務の管理を支援していた。

【参考サイト】
encyclopedia.com(Hermann, William J.)
OpenMinds(Extraterrestrial Interactions by Wendelle Stevens)


■事件詳細(サイト内)
=>UFO事件集(ウィリアム・ハーマンUFO誘拐事件)
参考外部=>Open Minds(Extraterrestrial Interactions by Wendelle Stevens)
●ウィリアム・マック・ブレイゼル
( William "Mac" Brazel )
(1899〜1963);memory
 
ロズウェル事件 で墜落したと思われるUFOの残骸を発見したフォスター牧場の現場主任(当時48歳)。 発見場所であるフォスター牧場はニューメキシコ州コロナにほど近いところ。またはロズウェルの北約70マイル(約110キロ)にある。
【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』:2015年
参考外部⇒Wikipedia (ロズウェル事件)

参考外部⇒Wikipedia (ロズウェル事件の目撃談)

参考外部⇒UFONUT (Cowboys & Aliens: The real story )

参考外部⇒Myth of Roswell Incident(ロズウェル事件に関係する人物)
●ウィリアム・ムーア
( William L. Moore )
(1943〜);
 
アメリカのUFO研究家。
ロズウェル事件
スタントン・フリードマンらとともに調査・普及に努めた。

【参考文献】
『MJ-12の謎と第18格納庫の秘密』:1990年
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』:2015年

・Wikipedia(英語版;Bill Moore (ufologist))
参考外部⇒Myth of Roswell Incident(ロズウェル事件に関係する人物)



『謎のフィラデルフィア実験』, 著者:チャールズ・バーリッツ+
ウィリアム・ムーア, 訳者:南山宏, 1979年
●ウィルバート・B・スミス
( Wilbert B Smith )
(1910〜1962);memory
 
カナダのUFO調査機関,プロジェクト・マグネット 1950年 発足)の研究責任者となった人物。
当時,彼はオタワ州運輸省電波調整工学部長であった。

【参考文献】
『UFO超地球人説』,著者:ジョン・A・キール,1976年


理学士,理学修士,エネルギー工学専攻,カナダ政府の無線制御技術局長官である。
本来このカナダの計画は,もし可能なら,ある種の電気的力場によって動く円盤を開発して,UFOの飛行特性を再現するために設けられたものだった。
これが
1953年に,この分野における現段階のわれわれの技術では実現不可能であるとして放棄され,計画の総力はUFOの研究に絞られた。
こうした行動がとられたのが,何十という未確認飛行物体がワシントンD.C.の上を群れをなして飛んだ事件(ワシントン事件)から,ほんの
数ヵ月後だったというのは,単なる偶然ではないだろう。
カナダと合衆国の両国はともに,危機感を抱いていたのだ。
【参考文献】(下記より抜粋)
『空飛ぶ円盤の真実』【第4章/破片を集めろ】1988年,著者:フランク・エドワーズ

・Wikipedia(スェーデン版;Wilbert B. Smith)
参考外部⇒en. wikipedia (Project Magnet)

参考外部⇒youtube.com (Wilbert B Smith discusses Project Magnet)
●ウィルヘルム・ライヒ
( Wilhelm Reich )
(1897〜1957); memory
 
  => オーストリア系米国人の精神精神科医,精神分析家。 人間のセクシュアリティと神経症との間に関連があると信じて研究を始め,論議の嵐を呼んだ。
1940年 ,免疫システムの改善など身体の特定部位の治療に特化したオルゴン・アキュムレーターという装置を開発した。 また,オルゴンの対極にある「死のオルゴン(DOR)」というものを発見したと主張。 地球の砂漠化の多くにこのDORが関与しているとし,「クラウドバスター」として知られる装置を開発。 このクラウドバスターの実験中,メイン州とアリゾナ州の空に無数のUFOを見たといわれている。
人々に完全な健康やフリーエネルギー,大地の改善までをも提供する男が現われたとあって, 当局はその業績を潰しにかかった。
1954年 ,メイン州の法定代理人はFDA(食品医薬品局)の命を受け,オルゴン療法機器や関連書籍の販売を禁止しようとした。
1956年 ,ライヒの状況は悪くなる一方だった。 FDAの職員がライヒの地所に押し込み,すべてのオルゴン・アキュムレーター,および関連品を破壊した。
1957年 ,ライヒはダンベリー連邦刑務所に移送され,精神鑑定を受けた。 結果は,「誇大妄想,被害妄想,オルゴンのアイデアによって出現したパラノアイ(偏執症)」というものだった。
8か月後の11月3日 ,ペンシルバニア州ルイスバーグの連邦刑務所で,心臓麻痺のため息を引き取った。
(出典;『秘密の話』/著者:ジム・マースから抜粋)
【参考文献】
『UFOと宇宙(NO.31)』(ウィルヘルム・ライヒ博士のUFO撃墜装置),1978年
 
=> ・Wikipedia(ヴィルヘルム・ライヒ)
=> ・Wikipedia(英語版;Wilhelm Reich)
参考外部⇒ エンタープライズ (天候さえも操るヴィルヘルム・ライヒの「クラウドバスター」)

参考外部⇒ 総合心理相談 (ウィルヘルム・ ライヒ)
●ウェーブニー・ガーバン
( Waveney Girvan )
(1908〜1964); memory
 
国際的UFO誌『フライング・ソーサー・レビュー』の創始者兼編集者。
『空飛ぶ円盤は着陸した(Flying Saucers Have Landed)』(邦訳-「空飛ぶ円盤実見記」)の発行者で,『空飛ぶ円盤と常識』の著者である。

【参考文献】
『UFOと宇宙(No.35)』1978年,【(続)宇宙・引力・空飛ぶ円盤,文:レナード・クランプ,訳:遠山峻征】から
参考外部サイト⇒fsr (FLYING SAUCER REVIEW)
●植松靖夫(うえまつやすお)
(1953〜);

 
英文学者・辞書編纂者・翻訳家。
学生時代より翻訳を手がけ,
1980年代 に国書刊行会初のベストセラーとなる翻訳書『法の書』など次々にオカルト関係の翻訳を出版した。
【参考サイト,文献】
・Wikipedia(植松靖夫)
『モスマンの黙示』
参考外部=東北学院大学 (植松靖夫教授)


『モスマンの黙示』, 著者:ジョン・A・キール, 訳:植松靖夫, 1984年
●ウェルナー・フォン・ブラウン
Wernher Magnus Maximilian Freiherr von Braun
(1912〜1977); memory
 
ベルリン大学卒業後,ドイツ兵器局の技師となり, ヒトラー政権下でロケット兵器,V2号の開発に当たった。
敗戦後の
1945年,多くの技術者を引き連れてアメリカに亡命し,ロケット兵器の開発を担当して大陸間弾道弾を開発。 米国初の人工衛星を軌道に乗せたりした。
米航空宇宙局(NASA)のマーシャル宇宙飛行センター所長として,アポロ計画の推進者となり,大型のサターン5型ロケットを開発し,
1969年,アポロ11号で初の有人月面着陸を成功させた。
アメリカ宇宙船開発の父といわれる。

【参考文献】
『UFOと宇宙』NO.25(科学ニュース),1977年
『今も地球を癒し続けるプレアデス科学の謎』,1996年

・Wikipedia(ヴェルナー・フォン・ブラウン)
・Wikipedia(英語版;Wernher von Braun)
参考外部=>JAXA (宇宙情報センター)  
●ウェンデル・スティーブンス
Wendelle C. Stevens
(1923〜2010); memory
 
ミネソタ州に生まれ高校卒業後,米国空軍 に入りテストパイロットの資格をとり,空軍情報局の次席作戦将校として,1947年,北極圏探査の天候調査プロジェクトに参加。 この時UFOを目撃し関心を持ち始めUFO研究を始める。 1963年に退役後も研究を続け,スイスのビリー・マイヤー 氏のコンタクトなど,多くのUFO事件の調査を手掛けた。
【参考文献】
『宇宙人との遭遇』
参考外部=>fastwalkers. com

参考外部=>Open Minds(Extraterrestrial Interactions by Wendelle Stevens)


『宇宙人との遭遇』, 1980年, 著者:
ウェンデル・スティーブンス, 訳:芝田康彦
●ウォルター・ハウト
( Walter G. Haut )
(1922〜2005); memory
 
ロズウィル事件 において,事件の公式プレリリースを発表した人物。 後に Roswell International UFO Museum & Research Center 館長となる。 当時の階級は中尉。
【参考サイト】
Myth_of_Roswell Incident(ロズウェル事件)

・Wikipedia(英語版;Walter Haut)
参考外部⇒ 「浅川嘉富の世界」 にようこそ!! (ロズウェル事件の真相)

参考外部⇒Myth of Roswell Incident(ロズウェル事件に関係する人物)
●ウォルター・N・ウェッブ
( Walter N. Webb )
(1934〜);
 
天文学者。
UFO研究家でもあり,永年MUFON(相互UFOネットワーク)CUFOS(UFO研究センター)の天文学顧問を務めた。
【参考文献】
『UFOと核兵器』2011年,著:ロバート・ヘイスティングス


彼は,ヒル夫妻UFO誘拐事件の最初の捜査官でもある。
【参考サイト】
NICAP(Walter N.Webb)
参考外部=>NOUFORS (Walter N. Webb)

参考外部=>NICAP (Walter N. Webb)

参考外部=>COHENUFO (Astronomer Walter Webb's 1951 UFO Sighting)
●内田秀男(うちだひでお)
(1921〜1995);
memory
 
電子技術者。工学博士。
昭和16年
,「NHK技術研究所」に勤め, 放送局型受信機の試験研究を振りだしに昭和31年まで受信機の研究,新型真空管の開発に従事した。また,昭和20年代より『無線と実験』誌などに寄稿。
昭和32年,退職と同時に「内田ラジオ研究所」を創設し,昭和34年 にアマチュア・ショールームを渋谷に開設,のちに秋葉原ラジオセンタービル内に移設した(2014年5月に閉店)。
【参考文献】
『神秘の四次元世界』著者:内田秀男

・Wikipedia(内田秀男)
参考外部=>Hatena: Diary(秋葉原の伝説を書いてみた)


『神秘の四次元世界』, 1973年
●内野恒隆(うちのつねたか)
(1949〜);

 
1975年より, 「UFOと宇宙」(ユニバース出版社)の編集に携わり, 右記の本を著す。 『にっぽん宇宙人白書』, 著者:内野恒隆, 1978年
●梅原伸太郎(うめはらしんたろう)
(1939〜2009);
memory
 
慶応義塾大学大学院博士課程(科学哲学専攻), 國學院大學大学院修士課程(神道学専攻)終了,南カリフォルニア大学大学院(SCI)にてPh.D.を取得,哲学博士。
日本心霊科学協会『心霊研究』編集長,国際精神世界フォーラム事務局長,本山人間科学大学院講師などを努めた。

【参考文献】
『ジャック・ウェバーの霊現象』(新装版),2015年
参考外部サイト=> 叡智と成長 (【採録】梅原伸太郎「脱魂と他界」)

参考外部=> 心霊学研究所 (類魂とは何か----生まれ変わりの謎を解く)

参考外部⇒ Wikipedia(類魂)


『ジャック・ウェバーの霊現象』, 著:ハリー・エドワーズ, 監修:
梅原伸太郎, 訳:近藤千雄 
●ウラジミール・G・アザザ
( Vladimir G. Azhazha )
(?〜);
 
ソビエト連邦科学アカデミー海洋研究センターの研究員。
長期にわたって, ソ連におけるUFO現象(主に「海洋におけるUFO現象」)の調査研究に携わった。
1977年1月, 博士はソ連のUFO現象に関して, ノーボスチ通信の記者団に対し講演を行った。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.44)』【ソ連のUFO研究と未公開情報】, 1979年
参考外部=>Open Minds (Russian Cosmonauts’ UFO sightings and statements)

参考外部=>rt.com (Russian Navy UFO records say aliens love oceans)

参考外部=>noufors. com (Dr. Vladimir G. Azhazha)
●上部一馬(うわべかずま)
(1954〜);

 
明治学院大学を卒業, 学習研究社代理店勤務の後, 褐注N産業流通新聞社に入社。 多くの健康食品をヒットさせた。
2000年
からフリーに, 03年健康情報新聞編集長兼任, ドキュメントを執筆プロデユース。 代替療法, 精神世界, 農業, 超常現象, 超古代史に精通。
【参考文献】
『日本上空をハーモニー宇宙艦隊が防衛していた!』, 2016年
参考外部=> 学術研究出版 (上部一馬)

参考外部=>JOYヒーリングの会(対談:上部一馬氏 × 中西研二)

参考外部=> ありがと菜 (上部一馬さんのソマチッドの本を読んでの感想)


『日本上空をハーモニー宇宙艦隊が防衛していた!』, 2016年
『闇の政府をハーモニー宇宙艦隊が追い詰めた!』, 2016年
●ヴァレリー・ウヴァロフ
(ヴァレリー・ミハイロヴィッチ・ウヴァロフ);
(?〜);

 
ロシア国家安全保障アカデミー(NSAR)のUFO研究・古代科学・古代技術局の局長を努める。
超古代地球防衛装置作動説
を発表 (
2003年 )し, ツングース(シベリア)大爆発は,これが作動した結果であることを述べた。
【参考文献】
『古代核戦争の謎』,2009年,著者:南山宏 (ツングース大爆発の真相と地底文明)
 
●ヴァネヴァー・ブッシュ
Vannevar Bush
(1890〜1974); memory
 
アメリカの技術者,および科学分野における管理統括者。 アナログコンピュータの研究者でもある。原子爆弾計画の推進者として知られる。
ブッシュ博士は世界的に有名な科学者であり,現在でも政府の安全保障の屋台骨となっている,機密資料の細分化を考案した功労者だとされている。
また,博士はマジェスティック12のメンバーの一人だとも云われる。

【参考文献】
『教科書が教えてくれない日本大空襲の真実』,2015年
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年


1922年,ヴァネヴァー・ブッシュはある会社を共同設立した。
その会社は,最初に軍と,のちに原子力委員会と契約を交わす。
レイセオン−神々からの光−と名づけられたこの会社は, いつの時代においてもネヴァダ核実験場,ネリス試験訓練場,そしてエリア51で絶大な影響力を維持してきた。
現在は世界第5位の防衛関連請負い企業にして,世界最大手の誘導ミサイル・メーカーに成長している。加えて,アメリカの早期警戒防衛システムのレーダー技術開発の先導的存在でもある。

【参考文献】(以下からそのまま抜粋)
『エリア51』,2012年

・Wikipedia(ヴァネヴァー・ブッシュ)
・en.wikiquote(Vannevar Bush)
参考外部=>INTEC JAPAN/BLOG ( ブッシュ、ウィナー、ノイマンの関係(EJ第1666号))
  
●エドガー・ケイシー
Edgar Cayce
(1877〜1945); memory
 
眠れる予言者と言われた 20世紀 最大の霊覚者の一人である。
ケイシーの予言はリーディングという催眠状態で行うもので,第三者がする質問に口述で解答するもので, 病気の治療法などから未来の予言まで多岐にわたる。 情報はアカシック・レコードから引き出すものとされている。
リーディングの記録は14000件にもおよび,米国のARE(Association for Research and Enlightenment で利用可能な状態で保管されている。
日本では,NPO団体「日本エドガー・ケイシーセンター」(http://edgarcayce.jp/) のサイトで見ることができる。
ケイシーが最初の透視リーディングを行ったのは
1901年 で,24歳のときである。
【参考文献】
『超人ケイシーの秘密(上・下巻)』;1972年
『精神革命ガイドブック』;1983年
『エドガー・ケイシーの人類を救う治療法』;1993年
『世界の超人・怪人・奇人』;2015年
『スペースプログラムが予言する終末へのカウントダウン』 :2015年

・Wikipedia(エドガー・ケイシー)
・Wikipedia(英語版;Edgar Cayce)
参考外部=>ECCJ (日本エドガー・ケイシーセンター)

参考外部サイト=>ブログ (大摩邇-おおまに)
●エドガー・ミッチェル
Edgar Dean Mitchell, D.Sc.
(1930〜2016) memory
 
アメリカ合衆国のパイロット,工学者,宇宙飛行士。
アポロ14号のアポロ月着陸船のパイロットとして
9時間を月で過ごし,月面を歩いた6番目の人間になった。
【参考サイト】
・Wikipedia(エドガー・ミッチェル)


エドガー・ミッチェル博士はマサチューセッツ工科大学で航空学の博士号も取得し,1971年にアポロ14号の宇宙飛行士として人類6人目の月面歩行をした。
博士は,
2008年に英国のラジオ番組に出演した際,「異星人はすでに地球を訪れている」と発言した。米政府はその事実を60年も隠し続けているが,情報は徐々に漏れつつあるという。そして,ミッチェル博士ら数人だけは,すでにこの事実について説明を受けていると明かした。
これを受けて,さすがにNASAもすぐに反応し,「NASAはUFOを探していない。NASAはエイリアンに関する地球内外のいかなる隠蔽にも関与していない。ミッチェル博士は偉大な米国人だが,我々とは見解を異にする」とのコメントを発表した。
【参考文献】
『ヒトラーとUFO』【第2章/UFOを追え】,著者:篠田航一,2018年

・Wikipedia(英語版;Edgar Mitchell)
参考外部=>月探査情報ステーション (アポロ14号で月面に到達したエドガー・ミッチェル宇宙飛行士が亡くなる)

参考外部=>TOCANA (【衝撃】エイリアンの存在を公言した元NASA宇宙飛行士4人! 「宇宙人は遠い昔から地球を訪れている」「米政府は“彼ら”の存在を隠蔽している」)

参考外部=>JAXA (エドガー・D・ミッチェル)

参考外部=>In Deep (「宇宙での戦争にルールは存在しない」 :6番目に月面を歩いた人類とされる元アポロ宇宙飛行士がヒラリー・クリントン候補側近へ出した警告 - ウィキリークスが発表したその内容の全文)

参考外部=>RUTION (宇宙飛行士 エドガー・ミッチェルの証言 (DISCLOSURE PROJECT)
●エドワード・コンドン
Edward Uhler Condon
(1902〜1974); memory
 
1966年 米空軍 から依頼されたUFO調査委員会(コロラド大学UFO科学調査委員会【コンドン委員会】)の 委員長となった物理学者。
博士は第2次世界大戦の初期に米政府の依頼により原子爆弾の開発研究を始めた科学者グループの一人。

・Wikipedia(英語版;Edward Condon)
●エドワード・スノーデン
Edward Joseph Snowden
(1983〜)
 
NSA(米国家安全保障局)およびCIA(米中央情報局)の元局員である。
NSAで請負仕事をしていたアメリカ合衆国のコンサルタント会社「ブーズ・アレン・ハミルトン」のシステム分析官として,アメリカ合衆国連邦政府による情報収集活動に関わった。
2013年6月に,香港で複数の新聞社(ガーディアン,ワシントン・ポストおよびサウスチャイナ・モーニング・ポスト)の取材やインタビューを受け,これらのメディアを通じてNSAによる国際的監視網を告発したことで知られる。
【参考サイト】
・Wikipedia(エドワード・スノーデン)


今も次から次へと暴露話は世に現れる。近年はCIAやNSAの元職員だったエドワード・スノーデンが,「1954年に当時のアイゼンハワー大統領がエイリアンと会談した」という「機密事項」を暴露したことが伝えられている。
【参考文献】
『ヒトラーとUFO』【第2章/UFOを追え】,著者:篠田航一,2018年

・Wikipedia(英語版;Edward Snowden)
参考外部=>TED (インターネットを取り戻すために)

参考外部=>YouTube (デジタル監視と人権〜 エドワード・スノーデン氏インタビュー)

参考外部=>YouTube (エドワード・スノーデンの暴露!!)

参考外部=>現代ビジネス (スノーデンの警告)

参考外部=>huffington post (スノーデンの警告)
●エドワード・ブルワー・リットン
( Edward George Earle Lytton Bulwer-Lytton, 1st Baron Lytton )
(1803〜1873);memory
 
イギリスの小説家、劇作家、政治家。
【参考サイト】
・Wikipedia(エドワード・ブルワー=リットン)

彼は, 1871年 『来るべき民族』という本を出版した。 この本は後に,ヒトラーの世界観に重大な影響を与え,ナチの超人思想と超科学,そして第三帝国の誕生をもたらすきっかけとなった。
エドワード・ジョージ・アール・ブルワー・リットンは,イギリスの富裕な貴族階級の家庭に
1803年 に生まれた。
彼は内気な少年で,十代に入るまえからすでに神秘主義にひかれていた。
大学時代に催眠術に没頭し,
1825年 にはヨーロッパ諸国へオカルト研究の旅にでかけた。
母親の反対を押し切って結婚に走った彼は,リットン家からの財政援助を打ち切られてしまう。 このため,食いぶちを稼ぐため歴史小説『ポンペイ最後の日』を描き始めた。しかし,
1836年 に結婚生活は破局を迎えた。
彼がふたたび神秘主義の研究に戻れるようになったのは,
1838年 ,母親が死亡して勘当を解かれ,貴族の称号と遺産を継いでからのことである。
当時,あらゆる種類の魔術,予言,占いなどの研究にのめり込んでいた彼は,その頃イギリスの上流社会に広がっていたフリーメーソンの秘密結社,バラ十字会の会員になった。 この秘密結社は,ドイツ人の魔術師クリスチャン・ローゼンクロイツが
17世紀 に再建したもので,その教義は「地下にある秘密の図書館」から得たものと言われていた。
バラ十字会のメンバー,ブルワー・リットンは,占星術とテレキネシス(念動術)に長じていて,これを駆使して,正確な予言, 遠くにある物体を念力で動かしたりして,見守る大勢の人々を度々驚かせた。
しかし,晩年に向かうにつれ,リットンはだんだん偏執的になった。
1873年 に彼が死亡したとき,厳格なビクトリア期時代の人々は,それこそ道楽半分にオカルトに手を出し,わけのわからない本などを書いた結末だと噂した。
【参考文献】
『謎の地底王国アガルタ』1983年,著者:アレック・マクレラン,監訳:高橋良典

・Wikipedia(英語版;Edward Bulwer-Lytton)
参考外部サイト⇒ オカルトの部屋 (ブルワ・リットン)
●エドワード・ルッペルト
Edward J. Ruppelt
(1923〜1960); memory
 
米空軍の公式UFO調査機関「プロジェクト・ブルーブック」 の初代責任者(1951年~1953年)。
ブルーブックは,ルッペルトが陣頭指揮を取って発足した。
ルッペルトは退役後,
1956年に個人の著作として『未確認飛行物体に関する報告(THE REPORT ON UNIDENTIFIED FLYING OBJECTS)』を公刊した。 細心の注意を払って書かれたこの本は,客観的で資料的価値の高いドキュメントであるのみならず,UFO地球外文明仮説についての実証的な調査研究結果として, 多くの懐疑派を心変わりさせた。現在でもその説得力はいささかも衰えていない。
【参考文献】
『UFOと宇宙(NO.60)』(知的エリートの栄光と挫折,文:渡辺威夫),1980年
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年

ルッペルト大尉は退役後の著書,『未確認飛行物体に関する報告』の中で,次のように述べている。
「UFOは合衆国防衛の生命線である地域周辺で,より頻繁に目撃されている。すなわち,ロスアラモス(Los Alamos)とアルバカーキ(Albuquerque)地域,オークリッジ(Oak Ridge)そしてホワイトサンズ実験場(White Sands Missile Range)である」
これらの地域は直接・間接的にアメリカの核兵器プログラムに関与している。
ロスアラモス国立研究所(Los Alamos National Laboratory)は,爆弾の理論的研究および設計を行う。アルバカーキ(Albuquerque)やサンディア国立研究所(Sandia National Laboratories)は,これらの兵器類の設計工作を行い,しばしばマンザノ基地(Manzano Base)近くの地下貯蔵施設に移送されている。
マンザノ(Manzano)の真西に位置するカートランド空軍基地(Kirtland Air Force Base)では,核兵器を戦略爆撃機や輸送機に搭載し,それをネバダや太平洋のマーシャル諸島の実験場へ移動させていた。それらは同様にアメリカ大陸やアラスカ全土の各軍事基地へも転送された。
テネシー州のオークリッジ国立研究所(Oak Ridge National Laboratory)では,核兵器に使用するウラニウムとプルトニウムを製造していた(同研究所はヒロシマ原爆投下のためのウラニウムを準備し,マンハッタン計画では不可欠の役割を演じた)。
【参考文献】(下記より抜粋)
『UFOと核兵器』【第1章/ロスアラモス施設周辺の”緑の火球”】2011年,著者:ロバート・ヘイスティングス


彼は,1951年にオハイオ州デイトン(Dayton)のライト・パターソン空軍基地(Wright-Patterson AFB)内の航空技術センター(ATIC)に配属された。そこで米空軍UFO調査機関「プロジェクト・グラッジ」(後に「ブルーブック」と改名)の機関長を,1953年に除隊するまで務めた。
彼は,
1956年に出版した著書『The Rerport on Unidentified Flying Object(空飛ぶ円盤に関するレポート)』の中で,「UFO」の名称を彼自身が考案したものだと記した。
それまで「フライング・ソーサー」という俗語で呼ばれていた未知なる物体に対して,ルッペルト大尉は米空軍としての軍事用語「Unidentified Flying Object(未確認飛行物体)」の名を与えたのであった。
彼の著書は,米国における初期のUFO事件と,空軍による調査の推移を知る上で欠かせない資料となっている。元B-29の爆撃手でありレーダー操作員であったルッペルトが,この新しい空中現象にどう立ち向かったか,が明晰な筆致で記されている。
その中でも
1951年8月,テキサス州ラボックにおいて発生した「ラボック光体群」の調査では,学者を含む目撃報告書を読み,彼自身も現地に赴いたのである。
【参考文献】(下記より抜粋)
『日本UFO研究史』【第2部/ 海外のUFO研究史】2019年, 著者:天宮清


・Wikipedia(英語版;Edward J. Ruppelt)
参考外部⇒UFOの科学的研究―学術研究出版センター(未確認飛行物体に関する報告)

参考外部⇒ナチスの狂気(「ナチス製円盤」の謎)

参考外部=>YouTube (The Report on UFO 〔Audiobook part 1〕 by Edward J.Ruppelt)

参考外部=>YouTube (The Report on UFO 〔Audiobook part 2〕 by Edward J.Ruppelt)

参考外部=>NICAP (Contents)

参考外部=>UFOLOGY SOCIETY INTERNATIONAL (Ruppelt, Edward James (1922-1960))

参考外部=>NOUFORS (Captain Edward J.Ruppelt)




(★ルッペルトが著した『THE REPORT ON UNIDENTIFIED FLYING OBJECTS』)
サイト:「NICAP」から
●エドワード・L・ガードナー
Edward Lewis Gardner
(1870〜1970); memory
 
神智学協会「ブラヴァッキー・ロッジ」ロンドン支部の支部長で,建設員派遣会社を共同経営していた。また,超自然現象の講師として各地で講演を行っていた。
ガードナーは,人生のちょうどなかばで,コティングリー妖精事件に遭遇した。このことが,彼のその後の成功のきっかけとなった。
神智学協会においても頭角を現し,イギリス国内はもとより,1927年のアメリカにおける講演でも評判を高めた。
ガードナーは,75歳になって初めて,コティングリーの妖精事件に関する本を単独で出版した(『本物の妖精−コティングリー妖精写真とその成行き』)。
【参考文献】
『コティングリー妖精事件』,1999年,著者:ジョー・クーパー,訳者:井村君江
参考外部サイト=>Theosophy Wiki(Edward L. Gardner)

参考外部サイト=>ギャラリー (コティングリー妖精写真と神智学者ガードナー)

参考外部サイト=>世界の妖精博物誌(コティングリー妖精事件)
●エドワード・W・モーンダー
Edward Walter Maunder
(1851〜1928); memory
 
英国の天文学者。元・英国天文協会会長。
グリニジ天文台の試験を受け,
1873年写真・分光担当の助手となる。以来W.H.M.クリスティーのもとで太陽・黒点の写真観測を40年間にわたって定期的に行った。
黒点の緯度と出現周期との関係, 地磁気との関係, 太陽の自転軸などに関する業績がある。
1875年王立天文学会会員となるが, その後アマチュアを含めた英国天文協会を兄弟のトーマスと創立し, 同協会会長就任。
又編集長も務めた。

【参考サイト】
「コトバンク(E.W. モーンダー)」


・Wikipedia(英語版;Edward Walter Maunder)


モーンダーは, 1882年11月17日にグリニッジにある王室天文台から魚雷型UFOを目撃した。
■事件詳細(サイト内)
=>UFO事件集(エドワード・モーンダーUFO目撃事件)
参考外部=>GRPS (Edward Walter Maunder (1851-1928))

参考外部=>コトバンク (マウンダー極小期)


参考外部=>天文学辞典 (シュペーラーの法則

参考外部=>京都大学学術情報リポジトリ紅 (大英天文協會に招かれて)
●エマニュエル・スウェデンボルグ
( Emanuel Swedenborg )
(1688〜1772); memory
 
生きながら霊界を見て来たと言う霊的体験に基づく大量の著述で知られる。 その多くはロンドンの大英博物館などに今でも大切に保存されている。
彼の霊界著述の比類のない特色は,「全て自身で霊界に入って見聞し, あるいは霊たちと交わって知ってきた知識をもとにしている」と公言していることである。
また,彼は物理,天文,生理,経済,哲学などの学問分野で
18世紀 最大の学者でもある。
【参考文献】
『私は霊界を見て来た』

・Wikipedia(エマヌエル・スヴェーデンボリ)
・Wikipedia(英語版;Emanuel Swedenborg)
参考外部⇒ スピリチュアリズムのBLOG(スウェデンボルグが語る霊界の様子とは)

参考外部⇒ NAVERまとめ(本当は怖いスウェーデンボルグ 【スヴェーデンボリ】)



『私は霊界を見て来た』, 1975年, 原著:
スウェデンボルグ, 抄訳・編:今村光一 
●エメ・ミシェル
Aime Michel
(1919〜1992); memory
 
フランスを代表する, 民間UFO研究家の1人。
世界的に有名なUFO研究家であるだけでなく, 科学技術者であり, 科学ライターであり, フランスきっての超常現象研究家としても知られている。
1954年に発表した 『空飛ぶ円盤の真相』(邦訳題:「空飛ぶ円盤は実在する」 )は, 1956年に英訳が刊行され, たちまち彼の名を全世界に知らしめることとなった。
また,
1958年に発表し, 英訳も同年に刊行され, 日本でも翻訳刊行の運びとなった 『UFOとその行動』 によって主張された 「直線則(オーソテニー)」 は, それを決定的なものとした。
1958年以来, 彼は現地調査研究者としても活躍をはじめ, また彼が顧問に名を連ねていたイギリスの名門研究誌 『フライング・ソーサー・レビュー』 などにも多くの記事を発表するようになった。なかでもスカンジナビア半島のゴースト・ロケットの研究は, よく知られている。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.71)』【エメ・ミシェルのこと, 文:志水一夫】, 1981年

・Wikipedia(英語版;Aime Michel)
参考外部=>EuroUFO (100 Years Ago: Aime Michel Was Born)

参考外部=>ufo weekly news. com(Aime Michel)

参考外部=>Open Minds (Interview with UFO researcher and author Jacques Vallee)
●エリザベス・クラーラー
Elizabeth Klarer
(1910〜1994);

memory
 
英ケンブリッジにて気象学者として訓練を積み, のちにトリニティー・カレッジで音楽を学ぶ。
南アフリカ空軍UFO課でUFOを観察する訓練を受け, 第二次世界大戦中はドイツ軍の暗号文解読に従事した。
1983年, 英国上院で演説を行い, その内容は国連で読み上げられた。
1985年, テレビ出演のためにスイスを訪問した。
1986年, VIP待遇でアメリカのNASAを訪問し, トップ科学者らと面会した。
自叙伝である 『光速の壁を超えて』 は, 約4.3光年離れたプロキシマ・ケンタウリの惑星メトンからやって来た天体物理学者エイコンとの交流を描いたものである。

【参考文献】
『光速の壁を超えて』, 2016年


・Wikipedia(エリザベス・クラーラー)
・Wikipedia(英語版;Elizabeth Klarer)
参考外部⇒ ムーPLUS (異星人の子供を産んだ!? UFOコンタクティ エリザベス・クラーラーの数奇な人生)

参考外部⇒ みお&ゆきのツキアップ日記 (★エリザベス・クラーラー 『光速の壁を超えて』 今、地球人に最も伝えたい〔銀河の重大な事実〕★)

参考外部=>YouTube (Beyond the Light Barrier | Elizabeth Klarer (Documentary))

参考外部=>YouTube (Elizabeth Klarer Live speech of her UFO experiences full)

参考外部=>YouTube (Uzayli Varlik ile Yasanan Ask ; Elizabeth Klarer Olayi)


『光速の壁を超えて』, 著者:
エリザベス・クラーラー, 訳:ケイ・ミズモリ
●エルシーとフランシス
★エルシー・ライト
(1901〜1988);
memory
 
(12歳のころのエルシー)

★フランシス・グリフィス
(1907〜1986); memory
 
(9歳のころのフランシス)
エルシーとフランシスは, 「コティングリー妖精事件」 において, 妖精の写真を撮ったことで有名。

フランシス・グリフィスは,
1917年4月, 9歳のときに, 母親のアニーと共にケープタウンからコテングリーにやってきた。(父親は砲術の専門家としてヨーロッパの戦場にいた)
近くに住んでいたエルシー・ライトは15歳で, フランシスの従姉(エルシーの母親ポニー・ライトとフランシスの母親アニー・グリフィスは姉妹)で, 二人ともひじょうに感受性の強い芸術家肌の子であった。
メイン通り31番地の細長い庭の端を流れる小川を初めて見たときから, フランシスはこの小川にすっかり魅了されてしまったらしい。
この小川は, 斜面が15メートルも下っており, 妙に包囲された格好になって, 1マイルほど離れたエアリー川に静かに流れ込んでいた。
フランシスがコティングリーにやってきた最初の年は, エルシーといっしょに何時間ものあいだ, この小川で過ごしたのだった。そこは, 二人の少女にとって, とても魅力ある秘密の遊び場だった。
1917年の夏の初めのころ, フランシスはこの小川に行くことに夢中になっていた。ときおりつるつるした飛び石の上で足をすべらせ, 服や靴を濡らしてしまい, 母親にたたかれたりしたが, こりずに小川に行っては濡れて帰ってきた。
ある時, 母親たちがなぜ小川に行くのか, フランシスにしつこく問いただした。大人たちに追いつめられたフランシスは, 泣きながら言ってしまった。
「妖精を見に行くのよ!  そうよ -妖精を見るために行くのよ! 」と・・・
エルシーも, 従妹の味方に加わって, 自分も妖精を見たことがあると加勢した。だが, 母親たちはまったくとりあわなかった。
ふさぎこんでいるフランシスの気持ちを軽くしようと, エルシーは, 「私たちの見た妖精を・・・写真に撮ってみない?」 と言ってみた。フランシスは, その言葉を心に留めた。明るい顔になって, こう言った。
「そうだわ, やってみましょうよ。写真に撮ってみましょうよ」
【参考文献】
『コティングリー妖精事件』1999年, 著:ジョー・クーパー, 訳:井村君江

【続き】
■事件詳細(サイト内)
=>怪奇事件集(コティングリーの妖精)
参考外部=>Wikipedia(コティングリー妖精事件)

参考外部=>なんでも保管庫2(コティングリー妖精写真の謎を追う!)

参考外部=>世界の妖精博物誌(コティングリー妖精事件)

参考外部=>ナゾカレンダー(最後の一枚は本物だったのか?〜コティングリー妖精事件が嘘と判明した日)

参考外部=>世界の未解決事件 (2人の少女が見た妖精の真実とは?〜コティングリー妖精事件〜)
●エンリケ・バリオス
Enrique Barrios
(1945〜);
 
チリ生まれの作家。若い頃より道を求め,世界中を渡り歩く。
39歳のとき,自らの使命をさとり,著述の道に入る。
『アミ小さな宇宙人』は,作者の友人の名もない小さな印刷所から
1986年に出版され,チリでたちまちベストセラーの座をしめるに至る。
その後,11ヵ国語に翻訳され,世界中で静かなアミブームを巻き起こしている。
【参考文献】
『アミ 小さな宇宙人』,2005年

・Wikipedia(エンリケ・バリオス)
参考外部⇒ 地球の名言 (エンリケ・バリオスの名言)

参考外部⇒ アミプロジェクト (作家エンリケ・バリオスさんのご紹介)



『アミ 小さな宇宙人』, 著者:
エンリケ・バリオス, 訳:石原彰二
●エーリッヒ・フォン・デニケン
Erich Anton Paul von Daiken
(1935〜);
 
スイス生まれ。古代宇宙飛行士説を唱え, 彼の著書は 1970年代 に世界的ベストセラーとなり,一大宇宙考古学ブームを引き起こした。
話題を呼んだ,『未来の記憶』は,
1968年 に出版された。

・Wikipedia(エーリッヒ・フォン・デニケン)
・Wikipedia(英語版;Erich von Daniken)
参考外部⇒ Wikipedia (古代宇宙飛行士説)



『太古の宇宙人』, 1976年, 著者:
デニケン, 訳者:松谷健二
   
●おおえまさのり(おおえまさのり)
(1942〜);

 
作家, 翻訳者, 映像作家。
徳島県鳴門市に, 人形製作者大江巳之助の長男として生まれる。 京都学芸大学(現・京都教育大学)特修美術学科卒業。

1965年より1969年まで
, ニューヨークで映画を制作する。
1971年, インドを旅しチベット仏教を知り, 「チベットの死者の書」 を翻訳し出版する。 以後, 精神世界やニューエイジに関わる様々な企画・出版・学塾に従事する。
【参考サイト・文献】
・Wikipedia(おおえまさのり)
『ミラレパ』, 1980年, 訳・編:おおえまさのり
参考外部=> You Tube (マハムドラーの詩おおえまさのり朗読)

参考外部=>有機村入荷速報!! (おおえまさのり『未来への舟』)


『チベットの死者の書』, 1974年
『ミラレパ-チベットの偉大なヨギ-』, 1980年
●太田東孝(おおたはるたか)
(1963〜);
 
雑誌編集者を経て, フリージャーナリストとなる。
時事問題としてUFOを取り扱う。

【参考文献】
『日本政府はUFOを知っていた』, 1992年, 著者:太田東孝



『日本政府はUFOを知っていた』, 1992年
●太田龍(おおたりゅう)
【太田竜】

(1930〜2009);
memory
 
革命思想家。
樺太豊原町に生まれる。敗戦直後から日本共産党の活動に参加するが,
1952年4月よりスターリニスト官僚打倒の戦いをはじめ, 1967年, マルクス主義と訣別し, ヨーロッパ文明総体への批判を深める。
【参考文献】
『ユダヤ=バチカンの世界支配戦略』, 1993年, 著者:太田龍

・Wikipedia(太田竜)
参考外部⇒週間日本新聞





『ユダヤ=バチカンの世界支配戦略』, 1993年
●大槻義彦(おおつきよしひこ)
(1936〜);

 
日本の物理学者(放射線物性, 核物性, 大気電気学)。
火の玉の物理学的研究の第一人者。

1990年に電磁波で火の玉を作ることに世界で初めて成功した。

・Wikipedia(大槻義彦) 
参考外部⇒at home こだわりアカデミー (火の玉・UFO・ミステリーサークル)


『「火の玉(ひとだま)」の謎』, 1986年
●大羽弘道(おおばひろみち)
(1916〜1975);
memory
 
聖書古代史学に深く造詣した。
非凡かつ大胆な構想力と推理力を駆使して, 古代史の謎の部分に新しい解釈を加えた。
1974年に刊行された 『銅鐸の謎』 で, 銅鐸の絵の大胆な解読を試み話題を呼んだ。
【参考文献】
『邪馬台国は沈んだ』, 1975年, 著者:大羽弘道
『飛鳥王朝の謎』, 1977年, 著者:大羽弘道



『銅鐸の謎』, 1974年
『邪馬台国は沈んだ』, 1975年
『飛鳥王朝の謎』, 1977年
●大谷淳一(おおたにじゅんいち)
(1957〜);
  
超常現象研究家。
「UFOと宇宙」(ユニバース出版社)のUFOレポーターとして活躍した。
参考外部⇒不可思議堂
●大友克洋(おおともかつひろ)
(1954〜);

   
漫画家, 映画監督。
1973年に漫画家デビュー。代表作に 『童夢』 『AKIRA』 がある。

・Wikipedia(大友克洋)
『童夢』, 1983年
●岡田英男(おかだひでお)
(1947〜);
早稲田大学文学部卒業後, 放送関係の出版社を経て, 本格的に超心理学, 古代史, 終末思想の研究に没頭。
ノストラダムス, エドガー・ケイシーなど, 常人を超える人物を広く紹介し, 同時にアトランティス大陸やムー大陸の研究も続けている。
超古代研究会会員。

【参考文献】
『なぜ 「世界遺産」 は宇宙人のためにつくられたのか? 』, 2015年, 著者:岡田英男
参考外部=>HMV & BOOKS (岡田英男 プロフィール)



『なぜ 「世界遺産」 は宇宙人のためにつくられたのか? 』, 2015年
●岡本譲治(おかもとじょうじ)
(1957〜);

 
川崎市生まれ。日本大学文理学部史学科在籍中。
日大UFO研究会副会長。全日本大学超常現象研究会連合代表。
高校時代によくUFOを目撃, 大学入学後本格的にUFO研究を始める。
(なお, これらの記述内容は,
1978年当時のものです)。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.41)』【UFOスペシャル’78】, 1978年
参考外部⇒ きよりんのUFO報告
●小川謙治(おがわけんじ)
(1954〜);

 
1988年, テレビ朝日の 『プレ・ステージ』 を担当し, 1990年からスペシャル番組などで, 世界各国のUFO事件を中心とした超常現象を取材した。
1995年, 「宇宙人解剖フィルム」 の放送権を手にいれ, フジテレビで放送した。
現在はフリーディレクター, プロデューサー。

【参考文献】
『ケネディ暗殺の真犯人とUFOアポロ疑惑』, 2013年, 著者:小川謙治



『ケネディ暗殺の真犯人とUFOアポロ疑惑』
, 2013年
●小田秀人(おだひでと)
(1896〜92歳);
memory
 
心霊現象研究家。
参考外部=>心と身体を癒すナチュラル・ヒーリング


『超心霊学』, 著者:小田秀人, 1983年
●落合信彦(おちあいのぶひこ)
(1942〜);

 
混迷をきわめる世界の動きに熱い眼を向け, つねに現地に飛ぶことを信条とする国際政治ジャーナリスト, 作家。
【参考文献】
『ケネディからの伝言』, 1996年, 著者:落合信彦


・Wikipedia(落合信彦)



『2039年の真実, 1979年
『ケネディからの伝言』, 1996年
●オッセンドウスキー フェルディナンド・オッセンドウスキーの項を参照。  
●鬼塚五十一(おにづかいそいち)
(1947〜);
 
 
著述家。
「ファティマ第三の預言」 をめぐって起きたハイジャック事件を取材したことから, 予言・陰謀論・フリーメーソンをはじめとした秘密結社について, 多くの著述を行うようになった。
特にリトル・ペブルの活動を早くから日本に紹介した一人であり, 彼について多くの著作を著している

【参考サイト】
Wikipedia(鬼塚五十一)
参考外部 (リトル・ペブルについて)=>Wikipedia(リトル・ペブル)
●小畠郁生(おばたいくお)
(1929〜2015);
memory
  
理学博士。
白亜紀動物化石, とくにアンモナイトの研究を行う。
恐竜に関する図書を多数著し, 恐竜博士とも呼ばれる。
【参考文献】
『恐竜博物館』, 1973年, 著者:小畠郁生

・Wikipedia(小畠郁生)



『恐竜博物館』, 1973年
『幻の古代生物99の謎』, 1976年
●オムネク・オネク
Omnec Onec;本名:Shiela Schultz
(?〜);
 
金星のアストラル界 から物理的世界の地球に1950年代初めにやってきて, アメリカ人の幼女シーラと入れ替わった。
その後成人して, 現在は欧州を中心に講演活動を行い, 子供や孫たちと穏やかな毎日を過ごしている。

【参考文献】
『私はアセンションした惑星から来た』, 2008年
『金星人オムネクとの対話』, 2013年

・Wikipedia(オムネク・オネク)



『私はアセンションした惑星から来た』, 2008年, 著:
オムネク・オネク, 訳:益子祐司
『金星人オムネクとの対話』, 2013年, 著:
オムネク・オネク, 訳:益子祐司
●オーソン・ウェルズ
( George Orson Welles )
(1915〜1985); memory
  
アメリカの映画監督, 脚本家, 俳優。
1938年10月30日にオーソン・ウェルズにより放送されたラジオ劇の 『宇宙戦争』 (原作:H・G・ウェルズの空想科学小説)が, まるでニュースのように流されたため, 途中からスイッチを入れた多くのアメリカ人は本物のニュースを聞いていると思いこみ, 大パニックを引き起こした。
この当時, 彼は無名で, 自作のラジオ・ドラマにみずから出演した。

【参考サイト, 文献】
Wikipedia(オーソン・ウェルズ)
『宇宙よりの来訪者』, 1977年

・Wikipedia(英語版;Orson Welles)
参考外部=>花の絵 (オーソン・ウェルズ−真の天才演出家−)
 
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