UFO事件レガシー (UFO・ミステリー事件遺産)

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UFO関連用語集7
(ま〜も)

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ま み む め も
●マジェスティック文書 (MJ-12文書)

1984年12月 から, UFO研究者たち宛てにひそかにリークされた, 地球外の飛行物体や生命体に関する極秘文書のこと。

下記のようなものが存在する。
(1)
1984年12月に映像ディレクターの ジェィミー・シャンド゙ラ(Jaime Shandera) の自宅の郵便受けに, 差出人不明で届けられた未現像の35ミリフィルム。 現像後の内容は, 「極秘情報 / マジック - 関係者閲覧限定 - 状況報告用資料 - マジェスティック12作戦 - 新大統領 ドワイト・D・アイゼンハワー(Dwight David Eisenhower) のために作成」( 1952年11月18日日付 )と記された8ページの文書。
このフィルムが届けられた時期, シャンドラはUFOに関するドキュメンタリー番組作りに取り掛かっていた。
(2)
1985年7月初旬に, ウィリアム・ムーア(William L. Moore) と一緒に, ワシントンのアメリカ国立公文書記録管理局に保管されたファイルを調査中に, シャンドラが見つけたもの。 それは, ロバート・カトラー(大統領特別補佐官)から ネイサン・トワイニング(Nathan Farragut Twining) (空軍副参謀長)に向けて書かれた1952年7月14日付覚書の写し( カトラー = トワイニングメモ )。
(3)
1992年に発見された, UFO研究家ティム・クーパーが所蔵していた3点のMJ-12文書。
(4)
1994年後半に, UFO研究家で航空専門家であるドン・ベルリナーに, シャンドラと同じ手法で郵便受けに届けられた, 未現像のフィルム。 現像すると 「特別作戦マニュアル - 地球外生命体とそのテクノロジー, 回収, 廃棄」 と題された22ページのマニュアル文書("SOM1-01" 文書)。
【参考文献】
『MJ-12の謎と第18格納庫の秘密』,1990年
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年



(★左からムーア, シャンドラ, フリードマン
■サイト:「obscurantist.com」から
●マジェスティック12(MJ-12) 【マジェスティック12作戦】 【マジェスティック12委員会】
( Majestic 12 )

1947年にニューメキシコ州で起きた ロズウェル事件 の諸問題(技術的・社会学的なものを含めて)を追求する目的で, トルーマン(Harry S. Truman)大統領 が任命した秘密委員会の名称。

メンバーは, 優秀な科学者と職業軍人たち12人で構成されていた。以下は, そのメンバーとされる人物。
ヴァニーヴァー・ブッシュ(Vannevar Bush)博士
(工学者。国家軍事編制研究開発委員会議長)
デトレフ・ブロンク博士
(生理・物理学者。ジョンズ・ホプキンズ大学学長,国家研究会議議長)
ロイド・バークナー博士
(物理・電子工学者。カーネギー・ワシントン研究所所員, 国家軍事編制研究開発委員会事務局長)
ジェローム・ハンセーカー博士
(航空工学者。国家航空学諮問委員会議長)
ドナルド・メンゼル(Donald Howard Menzel)博士
(ハーバード大学天体物理学教授, 同大天文台長)
ゴードン・グレイ議員
(陸軍長官, ノースカロライナ州選出上院議員)
シドニー・サワーズ海軍少将
(前海軍情報部副部長, 国家安全保障会議事務局長。MJ-12文書では, なぜか民間人扱いになっている)
ロスコー・H・ヒレンケッター(Roscoe Henry Hillenkoetter)海軍少将
(初代CIA長官, 国家安全保障会議顧問)
ジェームズ・フォレスタル(James Vincent Forrestal)長官
(初代国防長官, 国家安全保障会議構成員)
ネイサン・トワイニング(Nathan Farragut Twining)空軍大将
(前第20空軍司令官, アラスカ・コマンド総司令官)
ホイト・ヴァンデンバーグ(Hoyt Sanford Vandenberg)空軍中将
(前中央情報部(CIAの前身)部長, 空軍参謀長)
ロバート・モンタギュー陸軍将官
(ニューメキシコ州アルバカーキのサンディア陸軍基地司令官)
ウォルター・B・スミス陸軍将官
(第二代CIA長官。
1949年に他界した, フォレスタル国防長官の後がまとして, 13人目のメンバーとなる)
【参考文献】
『MJ-12の謎と第18格納庫の秘密』,1990年
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年


政府により始まった平和的コンタクトを確立する取り組みは, アイゼンハワー大統領エドワード空軍基地(ミューロック) 近くで地球外生命体と実際に会った1954年に終了しました。私の手元に, ある欧州の国の防衛省が送ってきた文書がありますが, その中でこの会合が実際に開かれたことを裏付ける, 直接目撃した人物の言葉を引用しています。
それ以上のコミュニケーションは, UFOおよびETに関するいかなる情報も開示したくない軍産複合体により乗っ取られた可能性が高いのです。乱暴者のように, 彼らはマジェスティック12を乗っ取り, その後の大統領および議会を世界中で大きな進歩に導くことができたはずのテクノロジーから切り離したのです。
【参考文献】(下記より引用)
『非認可の世界 世界最大の秘密の暴露』【Part2/ 第五種接近遭遇CE-5】, 著:スティーブン・M・グリア, 訳:知念靖尚, 2021年

参考外部=>UFO事件簿(MJ-12)
参考外部=>COOL (The facts about the Majestic 12 and UFO evidence)
参考外部=>Majestic- 12 Committee
●『魔術師の朝』

『魔術師の朝』(原題Le Matin des Majgic iens)は, ジャック・ベルジェ(Jacques Bergier)ルイ・ポーウェル(Louis Pauwels) によって, 1960年にフランスのガニマール社から出版された。
主著者ルイ・ポーウェルは, 20世紀最大の神秘思想家および怪しげな人物して知られる ゲオルギィ・グルジェフ(George Ivanovich Gurdjieff) の高弟であり, フリーメースン高級会員。
【参考サイト】
「マチルダのブログ(「魔術師の朝」 ジャック・ベルジュ ルイ・ポーベル)」


参考外部=>En.Wikipedia(Jacques Bergier

「オカルト・ブーム」 について言えば, そのきっかけを作ったのは, どうやら, 1960年にパリで出版された, ルイ・ポーウェル(Louis Pauwels), ジャック・ベルジェ共著の 『魔術師の朝』 という奇妙な作品だったようだ。
この本もベスト・セラーとなったが, そのこと自体がいかにも腑に落ちない現象だった。
『ブライディー・マーフィーを求めて』 とか, 『衝突する宇宙』 とか, (キリストの復活は根本的にはでっちあげだったという)『過越の陰謀』 といったような変則的なベスト・セラーはそれまでにもあったが, これらの本はそれぞれ一つの仮説を証明することだけを目的としていた。ところが, 『魔術師の朝』(英語には 『魔術の夜明け』 という題名で訳されている)には中心となる主張が何もなかったのである。
グルジェフ(George Ivanovich Gurdjieff) から始めて錬金術に移り, そこから大ピラミッドに話が飛び, アトランティスについて述べたかと思うと, はたしてヒットラーが黒魔術とかかわりをもっていたかどうかという問題を論じ, ラヴクラフトや, アーサー・マッキンや, チャールズ・フォート(Charles Hoy Fort) について書いたセクションもあるといった具合なのだ。
その英国版は米国版より数ページ長いのだが, 原子力潜水艦ノーティラス号とウェスティングハウス特別研究センターとのあいだで行われたテレパシー実験の模様が記されている。それが削除されたのは, たぶん, ウェスティングハウスもしくは米海軍当局から, 必要とされる確認・裏づけを得ることができなかったためであろう。ということになると, 同書中には, ほかにも, 確認し立証することがこのテレパシー実験の場合と同様に難しい 「実話」 が一体いくつあることやら, ということになる。
【参考文献】(下記よりそのまま抜粋)
『三人の超能力者の話』【まえがき】, 著:コリン・ウィルソン, 訳:中村保男, 1975年


参考外部=>fr.wikipedia.org(Le Matin des magiciens)
参考外部=>fr.wikipedia.org(Jacques Bergier)
●末端衝撃波面
( Termination Shock )

太陽から噴き出す超音速の太陽風が, 星間物質とその磁場の圧力によって押し返され, 亜音速となる衝撃波面。
太陽風の影響が及ぶヘリオポーズという境界面の内側に存在し, 太陽のある側からこの波面を超えると太陽風は著しく減速する。
米国の惑星探査機ボイジャー1号, 2号がそれぞれ,
2004年と2007年に太陽から176億キロメートル, 143億キロメートルの地点で末端衝撃波面を通過したことがわかっている。
【参考サイト】(そのまま引用)
「goo辞書(末端衝撃波面(まったんしょうげきはめん))」


この 「末端衝撃波面」 は, 外惑星探査機の一つであるボイジャーが発見したものだ。
いま, 太陽系は爆発した恒星の残骸, 宇宙ゴミの中を通過しつつある。太陽系がこのような中を通ると, 前方に 「末端衝撃波面」 が生じるわけだが, その境界面で発生したプラズマが, それまでの10倍のエネルギーとなって, 太陽系内に影響をもたらしている。
太陽系内は向こう3000年間, この衝撃波内に入ったままだという。
【参考文献】(下記より抜粋)
『「矢追純一」に集まる未報道UFO事件の真相まとめ』【第2章/ 太陽系の異変が伝える地球の危機】, 2016年, 著者:矢追純一


参考外部=>gravity.wikia.org(末端衝撃波面)
参考外部=>nasa.gov(National Aeronautics and Space Administration)
●魔の海域(日本)

日本近海にも魔のトライアングルは存在している。
場所は, 房総半島の南端, 野島崎の南沖と新島の南西沖, グアム島を結ぶ三角地帯。昔から船乗りたちには難所として恐れられている海域だ。
1969年1月 - 鉱石運搬船ぼりばあ丸(3万3768トン)の船体が2つに折れて沈没。乗組員31人が行方不明に。
1970年 - 鉱石運搬船かりふぉるにあ丸(3万4001トン)が, 船首付近の外板が破れて浸水し沈没。5人が行方不明に。
〜1984年1月までの15年間に, 大型船舶だけでも26件の海難事故が発生している。
1990年8月8日 - 鉱石運搬船パシテア号(8万トン)が, 救難信号を発しないまま行方不明に。
航空機の事故も多い。
1955年6月26日 - アメリカ軍の双発ジェット機が消えて行方不明に。
1957年3月12日からの10日間 - 米軍機3機が行方不明に。
1973年4月27日 - 海上自衛隊の飛行機が消えて行方不明に。
運輸省は, この地域の異常現象を解明すべく
5年がかりの調査を行ない, 1987年に公表している。
【参考文献】(下記より引用)
『X-ZONE(NO.15)』【バミューダ・トライアングルの謎】, 1997年


日本の "魔の海域" とは, 野島崎(千葉県)沖の北太平洋上で, 北緯30〜35度, 東経143〜160度あたりの約50万平方キロの海域。
太平洋航路のメインストリートにあたるが,
1969年以来8隻の船が遭難し, 123人が行方不明になっている。
1980年12月から1981年1月にかけて, 4隻がたて続けに被害にあった。船体が二つに折れたケースなど, 異常な遭難が多い。

(★ブイロボットでの調査海域)
【参考文献】
・『読売新聞:1981年7月3日』(この半年, 4隻遭難「魔の野島崎沖にメス」)

1982年
から5年間をかけた気象庁の観測(ブイロボットでの調査)の結果, 数千から数万の波に一つという低い確率で, 巨大な高波が発生することがわかり, 運輸省がどう舵をとるのかを支援する自動の 「安全運行支援システム」 を作りあげ, 各船舶に搭載するような対策を行った。
結果, この海域での事故はなくなった。

【参考文献】
『あなたの知らない都市伝説の真実』 (日本版「バミューダ・トライアングル」の真相), 2014年


◎この日本の ”魔の海域” を 「ドラゴン・トライアングル」とも呼ぶ。
(★「ドラゴン・トライアングル」について;外部サイト=> Wikiwand(ドラゴントライアングル)


(★チャールズ・バーリッツ(Charles Frambach Berlitz) の主張するところの三角海域)
■サイト:「wikiwand.com」から
●魔の三角海域(アメリカ)
=> 「バミューダ・トライアングル」 の項を参照。
●魔の三角海域(オーストラリア)

オーストラリアのビクトリア州とタスマニア島との間に存在する, 「バス海峡トライアングル」 と呼ばれるもの。
多くの飛行機や船舶が消滅している。
有名なものでは,
1978年10月にキング島に向かうセスナ機が, UFO接近遭遇時に消滅した バレンティッチ事件 がある。

【参考文献】(下記より引用)
『真・怪奇超常現象FILE』, 2015年


不思議な力が発生するのではないかといわれているのは, バミューダ海域だけではない。
その一つは, オーストラリアの南, メルボルンとタスマニア島の間にあるバス海峡だ。ここで今までに, 何隻もの船や飛行機が行方不明になっている。
1934年10月19日 - エンジンを4基積んだ当時最新鋭の郵便輸送機が, 消息不明。残骸なども見つかっていない。
1935年10月2日 - オーストラリアの民間機ロイナ号が, 同海峡の上空で無線連絡の直後に行方不明となる。飛行機の残骸が数点見つかったものの, いずれもひどく破損しており, 乗員の遺体は見つかっていない。
1978年10月21日 - フジー号というセスナ機が同海域で, 「緑色のライトをつけた巨大な銀色の物体が周囲を旋回している」 との無線連絡の後に, 行方不明。
【参考文献】(下記より引用)
『X-ZONE(NO.15)』【バミューダ・トライアングルの謎】, 1997年
●マンテル大尉事件

1948年1月7日, 米ケンタッキー州で, 空軍のトーマス・マンテル大尉が, 未確認飛行物体をP51で追跡中に墜落死した事件。

■事件詳細(サイト内)
=>UFO事件集(マンテル大尉UFO墜落死事件)
●マンデラ効果【マンデラ・エフェクト】
( Mandela Effect )

事実と異なる記憶を不特定多数の人が共有している現象を指すインターネットスラング, およびその原因を超常現象や陰謀論として解釈する都市伝説の総称である。
当時存命中だった南アフリカの指導者
ネルソン・マンデラについて, 1980年代に獄中死していたという記憶を持つ人が大勢現れたことに由来し, それ以外の事例に対しても広く用いられている。
【参考サイト】
「Wikipedia(マンデラ効果)」


参考外部=>Wikipedia(ネルソン・マンデラ

参考外部=>ニュージーランドの位置っていつから変わったのでしょうか?学生の時はオーストラリ... - Yahoo!知恵袋
参考外部=>違う世界線? 謎の世界地図に共感を覚える多数の人々 - Togetter
●マンハッタン計画
( Manhattan Project )

1942年8月に, 米陸軍工兵司令部によりマンハッタン工兵管区(MED)が創設され, レズリー・グローヴス大佐を司令官として着手された, 原爆製造のための大規模な国家プロジェクト。
【参考文献】
『教科書が教えてくれない日本大空襲の真実』


参考外部=>Wikipedia(レズリー・グローヴス

1942年9月, 46歳のレズリー・グローヴス准将が原子爆弾プロジェクトの責任者に任命された。
彼は, ニューヨーク州ウェストポイントの陸軍士官学校を卒業後, アメリカ陸軍司令部・参謀本部大学校および陸軍大学校を経て, 陸軍マンハッタン工兵管区司令官となった。
原爆開発が 「マンハッタン計画」 と呼ばれるようになったのは, 最初の総司令部がマンハッタンに設置されたためである。
【参考文献】(下記より引用)
『フォン・ノイマンの哲学』, 2021年


参考外部=>Wikipedia(マンハッタン計画)
参考外部=>マンハッタン計画 (16-03-01-09) - ATOMICA - (jaea.go.jp)
●マーズワン財団 

2025年からの火星移住を目指す, オランダの民間非営利団体。
2013年12月30日, 1058人の候補者を選んだと発表した。10人の日本人がいる。
●ミステリー・ヘリコプター 【ブラック・ヘリコプター】

ヘリコプターに似た物体が, ヘリコプターのような音を出し, ヘリコプターのような照明設備の照明パターンを見せるもの。ブラック・ヘリコプターなどとも呼ばれる。

多くの目撃は, ヘリコプターではないものと思われる。ただし, 一部の報告ではヘリコプターの説明があてはまるものもある。
軍事基地付近のUFO目撃事件の報告では, この 「ミステリー・ヘリコプター」 と呼ぶべきものが, UFOと互いに報告される。 また, キャトル・ミューティレーション 事件でも, 「ミステリー・ヘリコプター」 がたびたび目撃される。
【参考文献】
『人類は地球外生物に狙われている』, 1987年

1976年4月
, コロラド州のある税務調査官が, 公用車でハイウェイを走っていると, 標識も何もない真っ黒のヘリコプターに低空で追跡されていることに気づいた。
そのうちヘリコプターは車の前に回りこみ, 彼の車を道の端に寄せて止めるような指示をしたが, 彼は相手が何者か分からず, 恐怖心からそのまま突っ走った。
すると, 黒いヘリコプターは, 道路上に強行着陸し, 彼の車をストップさせた。パニック状態におちいった調査官は, 持っていたショットガンをヘリコプターめがけてぶっ放した。
すると, 黒いヘリコプターは急上昇し, あっという間に視界から消え去ったという。調査官はヘリコプターのフロントグラスごしに, 3人の人影らしいものを見たような気がすると言っている。
【参考文献】
『UFOと宇宙』(NO.23),1977年,【闇夜に牛が殺される, 文:矢追純一


参考外部=>監視者が警戒を強める理由は…? 「ブラック・ヘリコプター」目撃報告、再び急増中/遠野そら (web-mu.jp)
参考外部=>【ブラックヘリコプター】アメリカ市民が恐怖した謎の飛行物体 | コウの雑記帳 (kovlog.net)
●緑の火球



ニューメキシコ上空に, 1948年の秋に出現した, 謎の緑の火球は, 年々夜空に出現し, 1951年には最高潮に達し, 9個の目撃が報告された

ニューメキシコ州は, 緑色の火球として知られる特殊な型のUFOで悩まされていた。
目撃者には, 冥王星の発見者, クライド・トンボー(Clyde William Tombaugh) 博士がいる。博士は,
1949年8月にニューメキシコ州ラスクルセスで6から8個の緑色の光体群を目撃した。
流星の世界的権威である リンカーン・ラ・パス(Lincoln LaPaz) 博士とある情報将校のチームは, この火球の目撃を徹底的に調査した。博士を含む彼らの多くは緑の火球を見ているが, それが特殊な型の流星だということを示す, 物理的な証拠は発見されなかった。 実際, ラ・パス博士は, それらがほぼ確実に "流星ではない" と結論づけたのである。

【参考文献】(下記より抜粋)
『宇宙よりの来訪者』, 著:ロイ・ステマン, 訳:久保田八郎, 1977年


〇火球の色は, "燃える銅" の緑色であり, しかも当時空中で発見された銅の破片は通常の量の十倍もあった。地上へ落下する流星は銅をほとんど, または全然含んでいない。
〇流星は下方へカーブを描いて落下し, しばしば地面に激突する。ところが, 緑の火球は頭上を直線で進行し, 決して地上へ落下せず, 通常は消滅するか, 破片を落とさずに空中で爆発する。
〇空中で爆発する流星は, 数十マイルの四方に響くほどの爆発音を発する。しかし, 緑の火球は無音で爆発する。
〇流星は年々出現するが, 緑の火球は
1952年以来出現しなくなった。
緑の火球目撃事件の比較的短期間(
1948〜52年)を, 米南西部の原子力関係施設付近の地理的位置と, その地域全体にわたる多数のUFO目撃事件とを結びつけるなら, 我々は驚くべき一致を見いだすのである。 それは, つまり, UFOが何かの目的で緑の火球を作ったと信じられるのだ。この目的は何であったのか?
簡単にいうと, この緑の火球は, 原爆実験地上空の大気を浄化し, 放射能チリが拡散する前に, それを "吸収" する目的でつくられたのである。このような説明は, UFOコンタクティたちから何度も出されてきた。
また, カルフォルニアで高く尊敬されている超能力者マーク・ロバートが, 地球を守っている "高度な知的生命" から受けとったといわれている多くのコミニケーションの中に, 次のような言葉がある。
「保護者たち(UFO人)は, 宇宙の法則のもとに, 地球人類を援助するため, あらゆる事をやっている。彼らは,大気中に火球を放って, 危険な放射能を除去している。火球は放射能を集めて, それを人体に無害な形に変えているのである」
【参考文献】(下記より抜粋)
『UFOと宇宙(No.18)』, 1976年【UFOは地球の救済に来るのか!, 文:オットー・B・ワインダー, 訳:久保田八郎

1951年に, ニューメキシコ州のアルバカーキの上空で, 9個の緑色の火球が目撃されたが, どれもが "月のような明るさ" だと記録されている。 1951年には, このほかにも数多くの緑色の火球が目撃された。
火球の光りは銅を熱した光りか, 緑色のネオンランプの光りに似ていた。分光器にかけた結果は, 緑色の光りの波長が5,200オングストロームで, これは銅を熱した場合の波長に相当する。 隕石は銅を含まない。隕石が大気に突入するときに, そのなかに含まれている銅は, すべて酸化されてしまうからである。 しかし, 緑色の火球が消えたあとは, ニューメキシコとアリゾナの空気中から "高濃度" の銅の粒子が検出されたのだ!
緑色の火球は, なぜ南西部にかぎって出現するのだろうか? なかでもロス・アラモス核実験場の上空が多いのは,なぜだろう。
火球がどこからくるのか? あるいはだれが送ってよこすのかを別にして, 考えられる理由が一つある。それは, 核実験の後, 異常に増加する放射能を消すためではなかったか!

【参考文献】(下記より抜粋)
『謎の白鳥座61番星』【退化した宇宙人/ シャスタ山の住人たち】, 1975年, 著:ロビン・コリンズ, 訳:青木榮一


FBI記録文書によると, 1948年12月初めには, ニューメキシコ州北部のロスアラモス国立研究所近郊で, UFOが繰り返し観測された。そこは, 約3年前に, 日本に投下する原子爆弾の第1回目の実験地である。原子兵器施設地域内で発生した空中現象は, 1948年12月以降, 空軍によって記録され, 機密条項 <一般タイプ3> に区分され, 次のように確認された。
(1)緑色の火球。高速の物体で移動しつつ, 半月形, 円形, 円盤形と変容しながら緑色の発光をつづける。
(2)円盤状, 円形平板状の物体ないし現象で, 高速移動しつつ, 輝く白色光や反射光を発する。
(3)流星, 隕石状の物体で, 高速移動し変色する。
空軍当局は, ニューメキシコ大学の隕石研究所長の リンカーン・ラパス(Lincoln LaPaz)博士 に連絡し, 緑色の火球研究の協力を得た。当時, 同博士は流星や隕石に関する世界的権威として評価されていたからである。
1948年12月12日, ラパス博士は, 彼自身で緑の火球を目撃し, 「物体はロスアラモス指定保留地のほぼ真ん中を通過した」 と述べた。
【参考文献】(下記より抜粋)
『UFOと核兵器』【第1章/ ロスアラモス施設周辺の "緑の火球"】2011年, 著:ロバート・ヘイスティングス, 監訳:天宮清


プロジェクト・ブルーブック の機関長 エドワード・ルッペルト(Edward J. Ruppelt) 空軍大尉は, 1952年の初頭, ロスアラモスの科学者たちが, 「緑の火球」 について議論する場に居合わせた時のことを, 著書に書いている。
ロスアラモスの科学者達の理論によれば, 「緑の火球」 は地上数百マイルの空間に静止する宇宙船から, 大気圏内に打ち出された, 一種の無人テスト機の可能性があるというものだ。
このように, 核兵器専門家のトップが, 「緑の火球」 は地球外からの訪問者であるという, 過激な仮説の議論をしていることは, 現代の科学者たちにもショックを与えることだろう。
【参考文献】(下記より抜粋)
『UFOと核兵器』【第3章/ 核兵器とUFO】, 2011年, 著:ロバート・ヘイスティングス, 監訳:天宮清


参考外部=>Wikipedia (緑色火球)
参考外部=>PROJECT 1947 (Green Fireball Chronology)
参考外部=>新MUのブログ (ブラックムーン当日に「緑色に輝く火球」)
●紫の斑点

⇒1947年6月24日, ケネス・アーノルドが空飛ぶ円盤を目撃した同じ日の夜9時15分から11時のあいだ, ワシントン州シアトルで多数の人々が, 空中を舞っている特殊な紫色や薄青色の光の点を見た。
その紫の斑点は, UFO現象の一部であり, ある種の知能によってコントロールされているか, 所有されているかのどちらかだと結論した。
UFOは, 可視光線の外側に存在している。ただしそれらは, 自らの周波を調整して, 電磁気スペクトルを下降することができる。
UFOの周波数が可視光線に近いときは, それはまず紫がかったすみれ色の斑点として現われるだろう。 それが目盛をさらに下げるにつれて, それが青に, つぎにはシアン(青味がかった緑)に変わるのが見えるだろう。
そのためにわたしは, 色のスペクトルのその部分を
UFOの参入野と名づけたのである。それらがわれわれの次元内に定着すると, それらは全周波でエネルギーを放射してまぶしい白になる。
白の状態にあるとき, その物体(UFO)は長距離を目に見える状態で横断できるが, 急上昇とか急降下といった動きをするときには, 再びその周波数を変えなければならず, このプロセスが新しい色の変化を引き起こすのである。
UFOの着地報告の大部分において, 物体は降下の前にオレンジ(赤と黄)か赤に変わったと言われた。 それらは地上に降りると 「個体状になり」, その光はかすむか完全に消えている。離陸するとき, それらは再び赤く輝き始める。 ときには輝かしい赤に変わって消える。それ以外のときは, スペクトルのすべての色につぎつぎと変わって, 白に変わり, そして夜空に飛び去って, ついにまさしく別の星のように見えるようになる。
赤色が着地や離陸のプロセスとひじょうに密接な関係があるところから, わたしはこの色のスペクトルの端を
UFOの離脱野と名づけた。
このことは, それらが一時的に地球上の物体に見せかけるような操作が可能なエネルギーから成っていることを示す。 そうしたエネルギーが, どうにかして目に見えない周波で集められ, しかるのち, それらを可視スペクトルに 「下げる」 ために周波が変えられるのにちがいない。
一度, それらが可視的になれば, それからは自らを原子に組織して, のぞむままの形をとることができるようになるのだ。

【出典;(『UFO超地球人説』, 著:ジョン・A・キール, 訳:巻正平)から抜粋】
●『ムー』誌

1979年に, 滑w習研究社が創刊したミステリー総合誌。
扱う内容はUFO, 超能力, UMA, 奇現象, 古代文明, 神秘,スピリチュアルetc。
創刊から6号までは, A4版で隔月刊。7号からB5版に変更。14号(
1982年の1月号)からは, 月刊となり発行を続行し, 2014年3月号で400号に達した。
発行所は, 滑w習研究社から滑w研パブリッシングに変更。
●メガマウス(メガマウスザメ)
( Megamouth Shark )

メガマウスは, ネズミザメ目ネズミザメ科に属するサメのこと。
太平洋やインド洋など, 熱帯から温帯の水深200メートル付近のやや浅い深海に生息している。
【参考サイト】
「Wikipedia(メガマウス)」



■サイト:「1101.com」から

2020年6月11日
に千葉県館山市の東京湾の沖合いで, 体長約6メートルの 「メガマウス」 が定置網に生きたままかかっているのが発見された。
「メガマウス」 は, その名の通り, 大きな口が特徴の深海に棲息する巨大ザメである。
海面に浮上することは, ほとんどないため, その姿を見る機会は非常に少ない幻のサメだ。そのため, 「メガマウスが現れたら大地震が来る」 という伝説があるほどである。
【参考文献】
『実話ナックルズ ウルトラ(Vol.10)』【コロナの次に来る脅威 メガマウス vs UFO;取材・文:白神じゅりこ】, 2020年10月


参考外部=>YouTube( 大きすぎて・・・「幻の巨大ザメ」メガマウスが水揚げ(16/04/15))
参考外部=>ほぼ日刊イトイ新聞 - 鮫のおはなし。 (1101.com)
参考外部=>chibanippo.co.jp(幻のサメ「メガマウス」現る 約4メートル、貴重な泳ぐ姿に驚き 千葉・館山の堤防で)
●メガリスヤード【巨石ヤード】
( Megalithic yard )

ストーンヘンジ(Stonehenge)などの欧州の石造りの遺跡の建設工事の基礎単位となった長さで, 1メガリスヤードは83cm
(ちなみに1ヤードは, 91.44cmである。)
オックスフォード大学の工学者アレクサンダー・トム(Alexander Thom)博士が調査の結果導きだしたもので, この83cmをメガリスヤード(巨石ヤード)と名付けた。
その後, 米国の計量学者ステキーニの研究で, ピラミッドにも, この基礎単位が使われていることが分かった。
このことは, 古代の建築技法のルーツが1つであることを示唆している。
【参考文献】
『特捜! 世界の謎とミステリー』【巨石遺跡文明ストーンサークル】, 2005年


参考外部=>趣味人倶楽部(<巨石ヤード・メガリスヤード>)
参考外部=>Wikipedia(ストーンヘンジ)
参考外部=>En.Wikipedia(Megalithic yard) 
●メン・イン・ブラック(MIB)
=> 「MIB【黒服の男たち】」 の項を参照。 
●もう一つのロズウェル事件(アメリカ)

コロナでの墜落 (ロズウェル事件) と同じタイミングで, もう一つの別の墜落事件があったという。

■事件詳細(サイト内)
=>UFO事件集(もう一つのロズウェル事件)
●もく星号墜落事故

1952年(昭和27年)4月9日の朝, 日本航空の 「もく星号」 が伊豆大島・三原山山腹に墜落した。
戦後初の民間航空会社所有の旅客機は, 日本航空が米オリエント航空からレンタルしたマーチン202型機だった。日本航空は同機に 「もく星号」 の愛称をつけ,
1951年(昭和26年)11月1日より東京 - 大阪 - 福岡路線を就航させた。
このもく星号が就航から約半年後の
1952年4月9日朝に, 羽田空港から南西へ約100キロの伊豆大島の三原山山腹に墜落し, 搭乗員・乗客の37名, 全員が死亡した。
死者の中には有名人もおり, 世相を震撼させる戦後初の凄惨な航空事故となったが, この事故は今なお解明されていない奇怪な謎を残している
謎の第一は, 事故直後, 米軍横田基地より機体が静岡県の浜名湖西南16キロの洋上に不時着, 全員が救助されたと伝えられたことだ。よって事故当日の新聞夕刊一面には 「全員救助」 の見出しが掲載された。ところが, 同夜には救助情報が取消され, 翌10日午前, もく星号が三原山河口付近で大破, 機体と乗客の遺体が散乱しているのが米軍捜索機に発見された。このことから, もく星号墜落は米軍が絡む, 何らかの陰謀ではないかとの憶測が飛び交うようになる。
現場には大破した機体や遺体などが500メートル以上の広範囲に散らばっており, 専門家は 「墜落であれば遺体はおよそ機内に残るのが通常」 と分析, 事故直後の朝日新聞
(52年4月10日号)は一面に大きく 「衝突でなく空中分解?」 という見出しを打った。のちに航空庁幹部の前歴がある奥田紘一郎は, 週刊誌に 「時限爆弾による空中分解が原因では」 と推理を語っている。
航空機は常に管制塔と交信しながら飛び, 交信を記録したテープが残される。ところがこの交信記録が事故後, すぐに米軍に押収され, 日本の航空庁(当時)はそれを調査することができなかった。当時の日本はまだ占領下にあり, 旅客機の管制担当は米軍だった。また, 三原山山腹の大破した機体を発見した米軍機から2名のパラシュート隊員が降下し, 彼らが現場を捜索する間, 日本人関係者はそこへ近寄ることを禁止された。当時の米軍管制官が泥酔して高度指示を誤り, 交信記録が隠蔽されたのは, そのせいではとの説もあった。
事故から
8年後の1960年(昭和35年)1月, 作家・松本清張は 「文藝春秋」 誌に戦後の未解決事件に迫るノンフィクション 「日本の黒い霧」 の第2回として 「運命のもく星号」(単行本化の際に 「『もく星号』遭難事件」 と改題)を発表する。そこで清張は結論を 「米軍管制官が誤って2000フィートの高度指示を出した失態を隠蔽するため, 墜落現場の誤情報を発表し, 事故現場で証拠品を集めて隠蔽した」 と導いた。だが, この事故にはもうひとつ別の重要な背景があった。それは, その執筆時点では松本清張もあまり興味を示していない問題であった。機内には膨大な量のダイヤモンドが持ち込まれていた疑惑である
「奥田さん(前出の奥田紘一郎さん)の時限爆弾という推定に結びつくのは, もく星号に積まれてあった, 莫大なダイヤなどの宝石箱だ。もく星号の墜落事件後, しばらく三原山は, 宝石拾いの登山者で賑わったことがあるほどだった」 「この宝石類を持っていたのがたった一人の女の乗客であった銀座の宝石デザイナーのOさんである。Oさんは, GHQ の高官と親しかったという噂があった。その後, ダイヤの行方は, 世間の目から消えた形だ。奥田さんの推理が正しければ, それは密輸出される筈のダイヤではなかったのか。そして, それが一味, またはある機関によって探知され, 途中で奪還されたという筋なら, 話はピッタリ合致する」 「一体, 宝石デザイナーのOさんが, どんな目的で, この宝石を関西に運ぼうとしたのか。『あのダイヤは, 日銀の地下室にあったものだ, ときいたことがある』 と奥田さんは最後につけ加えた」
以上は, 「週刊文春」
1959年(昭和34年)9月7日号に掲載された 「『もく星号』 墜落の謎 時限爆弾説にも根拠がある」 の抜粋だ。ここに登場する 「Oさん」 とは小原院陽子という墜落事故で死亡した乗客である。松本清張も 「日本の黒い霧」で, すでにこの女性の存在と役割には注目しているが,
「この説は, はっきりと時限爆弾による墜落という痕跡が証明されていない以上, 成り立たない」 「或いは, 当時一億円のダイヤを持参していたかという証拠がなければ, 単なる憶測に止まる」
というように, かなり懐疑的な見方をしている。
【参考文献】(下記より抜粋引用)
『昭和の不思議プレミアム(vol.4)』【真相/日本航空 もく星号墜落事件;搭乗していた謎のハーフ美人と消えたダイヤモンド, 文・資料:藤木TDC】, 2023年


続きは, 人物紹介(松本清張) を参照 】

参考外部=>Wikipedia(もく星号墜落事故)
参考外部=>中谷宇吉郎 「もく星」号の謎 (aozora.gr.jp) 
参考外部=>「現場は大破した機体が四散し墜死した乗客の死体が…」 | 文春オンライン (bunshun.jp)
●木星探査
( Exploration of Jupiter )



現在のところ全てのミッションは, NASA(アメリカ航空宇宙局)によって実行されてきたものであり, 無人探査機による接近探査で行われている。
木星を最初に訪れた探査機は,
1973年の 「パイオニア10号」 で, 2ヶ月後に 「パイオニア11号」 が続いた。木星の最初の接近写真を撮影した他, 木星の磁気圏と巨大な内部流体を発見した。
「ボイジャー1号」 と 「ボイジャー2号」 は,
1979年に木星を訪れ, 木星の衛星と木星の環を観測し, イオの火山活動やエウロパ表面の水で構成された, 氷の存在を発見した。
「ユリシリーズ」 は,
1992年2000年に木星の磁気圏をさらに詳細に観測し, 「カッシーニ」 は2000年に木星に接近し, 木星の大気の非常に詳細な写真を撮影した。
「ニュー・ホライズンズ」 は,
2007年に木星を通過し, 木星及びその衛星のパラメータを詳しく測定した。
「ガリレオ」 は, 実際に木星の軌道に入った唯一の探査機である。
1995年に木星に到達し, 2003年まで観測を行った。 この期間に, 「ガリレオ」 は木星系についての大量の情報を集め, 4つ全てのガリレオ衛星に接近し, そのうち3つが, 薄い大気を持つ証拠と表面の直下に液体の水を持つ可能性を示した。 また, ガニメデの磁気圏も発見した。木星への接近中, シューメーカー・レヴィ第9彗星の衝突にも遭遇した。
1995年12月, 木星の大気に大気ブローブを送り, 現在のところ木星の大気に入った唯一の探査機となっている。
【参考サイト】
「Wikipedia(木星探査)」
●モスマンの予言
( The Mothman Prophecies )

『モスマンの予言(The Mothman Prophecies)』 は, ジョン・キール(John Alva Keel) により, 1975年に出版された本。
モスマンの予言
(★初版の「モスマンの予言」)

この本は, 1966年から1967年にかけてウェストバージニア州ポイント・プレザント(Point Pleasant, West Virginia)付近でモスマン(蛾男)として知られる大きな羽の生えた生き物を目撃したとされる事件の調査に関するキールの報告を述べています。
これらの報告を, UFOやさまざまな超常現象に関する彼の理論と組み合わせています。この モスマン・ミステリー は, 最終的に
1967年12月15日のオハイオ川(Ohio River)にかかるシルバー橋(Silver Bridge)の崩壊につながりました。
1971年の公式調査では, 橋の崩壊は吊り下げチェーンのアイバー(eyebar)の応力腐食亀裂によって引き起こされたと判明しました。
【参考サイト】
「En.Wikipedia(The Mothman Prophecies)」
●モスマン・ミステリー
( Mothman Mystery )

1966年後半から1967年にかけて, アメリカ・ウェストバージニア州のポイント・プレザント(Point Pleasant)を中心とするオハイオ渓谷一帯で, UFOと翼をもった赤い目の怪物 (通称 = 蛾男【モスマン】)が目撃された怪奇事件をいう。

■事件詳細(サイト内)
=>UFO事件集(モスマン【蛾男】目撃事件)
 
●モモ(獣人)



1972年7月に, アメリカのミズーリ州ルイジアナに出現した獣人。
全身が黒い毛でおおわれ, 大きさが゙2メートル以上もある怪物。
同時期, 同地域にUFO目撃が多発したため, エイリアンアニマル との説もある。


■事件詳細(サイト内)
=>怪奇事件集(獣人モモの出現)


参考外部=>Yahoo知恵袋 (米国のUMA(未確認生物)で謎の獣人「モモ」・・・)
●モントーク・モンスター
( Montauk monster )

モントーク・モンスター
■サイト:「カラパイア」 から

2008年7月にアメリカ合衆国ニューヨーク州南部のモントーク岬の海岸で発見された動物の死体。
一見すると奇怪な形状で, それまで知られていたどの動物にも似ていないように見えたため, モンスターと呼ばれ, 未確認動物かと話題になったが, 専門家らによってアライグマもしくはイヌ, 即ち既知の動物と判断されている。

【参考サイト】
「Wikipedia(モントーク・モンスター)」


参考外部=>漂着怪物「モントークモンスター」は生物プラントから流出したハイブリッド生物か? (web-mu.jp)
参考外部=>写真:遺伝子操作の怪物「モントーク・モンスター」【UMA図鑑#39】 | 東スポWEB (tokyo-sports.co.jp)
参考外部=>正体が明らかになった謎の生物・6体 | ailovei
参考外部=>UMAファン 〜 未確認動物 (fc2.com)
参考外部=>奇跡体験!アンビリバボー:未確認生物 UMA - フジテレビ (fujitv.co.jp)
●モーリー島事件 

1947年6月21日, 米ワシントン州タコタ沖のモーリー島で目撃されたUFOから, 謎の物体が放出された。

■事件詳細(サイト内)
=>UFO事件集(モーリー島UFO目撃事件)
 

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