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●UFO研究家・作家・コンタクティなど(名前の頭文字;た〜と)を紹介するページです。
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人物紹介4
(た〜と)
(UFO研究家・作家・コンタクティなど)



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た ち つ て と
●高木彬光(たかぎあきみつ)
(1920〜1995);
memory
高木彬光推理小説作家。代表作に 「検事霧島三郎」 がある。
また易, 占いについても研究し, これらの書物も刊行している。
氏は, 『ノストラダムス大予言の秘密』 のなかで, 「ノストラダムスは, 決して
1999年7月の人類滅亡は予言していない。むしろ, それと反対に, 3797年までの未来を語っている」 と結論づけている。 また, 同書で, 日本国内における大予言者としては, 「高島嘉右衛門」 と 「出口王仁三郎」 の二人を挙げている。
【参考文献】
『ノストラダムス大予言の秘密』著者:高木彬光

・Wikipedia(高木彬光)


参考外部=> honcierge(高木彬光のオススメ5選!あの日本三大名探偵の生みの親!)

【主な書物】
『邪馬台国の秘密』,1973年
『ノストラダムス大予言の秘密』,1974年
『大予言者の秘密』,1982年
●高島嘉右衛門(たかしまかえもん)
【高島呑象】
(1832〜1914);
memory
高島嘉右衛門江戸の材木商, 初代嘉兵衛の長子として生まれ, 幼名は清三郎。 二代目嘉兵衛として, 材木商を継いだ。
安政6年(1859年)
, 禁令にふれ, 獄中生活に入った。 そこで偶然, 上下2巻の 「易経」 を知り, 易の神髄を極めた。
服役後は, 改名し 「高島嘉右衛門」 とした。
実業家として目覚ましい活躍をし, 横浜の発展に寄与した。横浜市の高島町と嘉右衛門町は, 氏の名前から付されたものである。

明治9年(1876年 - 46歳の時)に, 突如, 事業界から引退し, 「高島呑象」 と号して, 易学の研究に全力を傾け, 易聖と称され83歳で世を去った。
高木彬光『大予言者の秘密』
1982年)は, 高島嘉右衛門の物語である。
【参考文献】
『ノストラダムス大予言の秘密』 著者:高木彬光
『大予言者の秘密』 著者:高木彬光

・Wikipedia(高島嘉右衛門)


参考外部=>横濱開港資料館(高島嘉右衛門と大綱山荘)
参考外部=>岩手経済研究所(東北本線の鉄道敷設を建議した高島嘉右衛門翁)
参考外部=>はまれぽ(材木商・高島嘉右衛門を知りたい)
●高島康司(たかしまやすし)
(?〜);

高島康司子供時代を日米両国で過ごす。
早稲田大学在学中, アメリカ・シカゴ近郊のノックス大学に公費留学。帰国後, 教育産業のコンサルティング, 異文化コミニケーションの企業研修などのかたわら, 語学書, ビジネス書などを多数著している。
世界情勢や経済に関する情報分析には定評があり, 情報・教育コンサルタントとしても活躍している。

【参考文献】
『ありえない世界』


参考外部=>misaのブログ(講演会の様子 2 高島康司氏のお話より)
参考外部=>船井幸雄.COM(ヤスのちょっとスピリチュアルな世界情勢予測-高島康司氏-)

【主な著書】
『ありえない世界』, 著:Dr.マイケル・E・サラ, 訳:
高島康司, 2017年
●高梨純一(たかなしじゅんいち)
(1923〜1997);
memory
高梨純一日本のUFO研究界の権威的存在者であった。
1956年に, 「近代宇宙旅行協会」(後に 「日本UFO科学協会」 と改称)を創設した。
著書に 「空飛ぶ円盤実在の証拠」 など多数ある。


〇著書の 「空飛ぶ円盤実在の証拠」 についての参考外部 => UFOLORE

【主な著書】
『世界の四次元現象T』,1971年
『世界の四次元現象U』,1972年, 著者:
高梨純一, 監修:南山宏
●高野誠鮮(たかのじょうせん)
【高野均】
(1955〜);

高野誠鮮日蓮宗妙法寺住職。立正大学客員教授, 新潟経営大学特別客員教授, 東京大学朝日講座講師。
放送作家などを経て, 29歳から羽咋市役所に勤務。
宇宙科学博物館 「コスモアイル羽咋」 の設立や, 神子原米のブランディングなどを通じて, 地域振興に尽力し,
2016年に定年退職。
【参考文献】
『UFOとローマ法王, そして自然栽培』,2017年

・Wikipedia(高野誠鮮)


参考外部=> another Life(生きている間に、どれだけ人の役に立てるか。限界集落から仏教まで、「不可能」への挑戦。)

【主な著書】
『ローマ法王に米を食べさせた男』,2012年
『UFOとローマ法王, そして自然栽培』,2017年
●高橋巖(たかはしいわお)
(1928〜);

高橋巌慶応大学大学院哲科学終了。慶応大学教授をへて, ルドルフ・シュタイナー 研究所を主宰。
より多くの人々との出会いを通じて, 人間の聖なる途を求めようとする思想家。
漫画からロック, 映画まで幅広い好奇心をもつ。
1985年, 日本人智学協会を設立。
【参考文献】
『神秘学オデッセイ』,1982年

・Wikipedia(高橋巌)


参考外部⇒日本人智学協会
参考外部⇒You Tube(高橋巌講演より〜催眠術にかかっていた)

【主な著書】
『神秘学オデッセイ』,1982年, 著者:
高橋巌荒俣宏
『シュタイナーのカルマ論』,1996年, 著者:ルドルフ・シュタイナー, 訳者:
高橋巖
●高橋貞子(たかはしさだこ)
(1868〜?);
memory
高橋貞子明治時代から大正時代にかけての人物。
超心理学者である 福来友吉 に, 透視・念写能力を持つ超能力者として協力し, 超能力実験の被験者となった(
大正2(1913)年)人物である。
貞子の透視と念写の能力は, 夫の高橋宮二の養成によるものが大きいという。
また, 貞子がほかの霊能力者とちがうのは, その能力をあらわすさいには, つねに第二の人格の潜在活動がともなうことが特徴だった。
【参考サイト・文献】
Wikipedia(高橋貞子 (1868年生))
『透視も念写も事実である』,2004年


(★大正2(1913)年, 福来博士の自宅で行われた実験での高橋貞子の念写写真)
『透視も念写も事実である』から】


参考外部⇒不思議なチカラ(高橋貞子と千里眼事件。明治の終わりに起こった公開実験と真偽論争の結末は悲しいものだった)
参考外部⇒ミステリー怪人物ファイル(高橋貞子)
●竹内均(たけうちひとし)
(1920〜2004);
memory
竹内均東京大学理学部卒。地球物理学者, 東京大学名誉教授, 理学博士, 科学啓蒙家。
科学雑誌 『Newton』 初代編集長。
1964年に, ラグランジュ賞受賞。
【参考サイト・文献】
Wikipedia(竹内均)
『地球が冷える異常気象』,1974年


参考外部=>YouTube(竹内均先生)
参考外部=> 楽なログ(竹内均が生きていたら原発事故に何と言ったか)
参考外部=>日本地震学会(追悼文)

【主な著書】
『地球が冷える異常気象』, 著:小松左京,
竹内均 ほか, 1974年
●武田崇元(たけだすうげん)
【武田益尚・武内裕・有賀龍太】

(1950〜);

武田崇元1970年代後半に, 神道霊学およびハード・オカルティズムの先駆的な専門誌と評価される 『地球ロマン』 編集長をつとめ, 以後神秘的神道運動の研究に専念した。
日本の霊学研究に, まったくあらたな視野を展開した。

・Wikipedia(武田崇元)

参考外部=>マジョリカプランニング(JAPANオカルト怪獣記)

【主な著書】
『ハレー彗星の大陰謀』,1981年
『出口王仁三郎の霊界からの警告』,1983年
『出口王仁三郎の大降臨』,1986年
●竹本良(たけもとりょう)
【阿久津淳】
(1957〜);

竹本良UFO, 科学問題研究家。
「サトルエネルギー学会」 顧問, 「日本サイ科学会」 理事, 「日本サイ科学会宇宙生命研究分科会」 世話人。
「ビートたけしのTVタックル特番超常現象バトル」 には, UFO / ESP肯定派の常連として出演。
【参考文献】
『宇宙人UFO軍事機密の【レベルMAX】』


公式ブログ=> まあじなる・ぼっくす ~ 科学と超科学の界面
参考外部=> YouTube(日本人医師は見た!エリア51の宇宙人を!)

【主な著書】
『宇宙人UFO軍事機密の【レベルMAX】』 , 著者:高野誠鮮 / 飛鳥昭雄 / 竹本良, 2017年
●立花隆(たちばなたかし)
(1940〜2021)memory

立花隆ジャーナリスト・ノンフィクション作家・評論家。
知りたいという根源的欲求は, 人間にとって性欲や食欲と並ぶ重要な本能的欲求である, と位置づけ, その強い欲求が, 人類の文化を進歩させ, 科学を発達させた根源的動因と考える。
その類なき知的欲求を, 幅広い分野に及ばせているところから 「知の巨人」 のニックネームを持つ。

【参考サイト】
Wikipedia(立花隆)


公式サイト=> シエ・タチバナ立花隆公式サイト
参考外部=> goo(健康を支える糖鎖・がんとは何か!?立花隆ドキュメント)

【主な著書】
『宇宙からの帰還』,1983年
●田中聡(たなかさとし)
(1962〜);


作家。
富山大学人文学部卒業。同大学文学専攻科修了。
主な書に 『怪異東京戸板返し』(評伝者), 『正露丸のラッパ』(河出書房)などがある。
【参考文献】
『怪物科学者の時代』


・Wikipedia(田中聡 (ライター))


参考外部=>basilico(書籍案内:田中聡)

【主な著書】
『怪物科学者の時代』, 著者:
田中聡, 1998年
●田中康弘(たなかやすひろ)
(1959〜);

田中康弘礼文島から, 西表島までの日本全国を放浪取材するフリーランス・カメラマン。
農林水産業の現場, 特にマタギ等の狩猟に関する取材多数。
【参考文献】
『山怪』 著者:田中康弘

・Wikipedia(田中康弘 (写真家))


参考外部=>いのちの森(山の不思議なお話〜マタギカメラマン田中康弘さん)

【主な著書】
『山怪』,2015年
『山怪(弐)』,2017年
●種村季弘(たねむらすえひろ)
(1933〜2004);
memory
種村季弘ドイツ文学者。翻訳家。エッセイスト。
【参考文献】
『謎のカスパール・ハウザー』 著者:種村季弘

・Wikipedia(種村季弘)


参考外部=> 池田香代子ブログ(種村季弘逝って6年)

【主な著書】
『謎のカスパール・ハウザー』,1983年
●丹波哲郎(たんばてつろう)
(1922〜2006);
memory
丹波哲郎映画俳優として活躍した。テレビドラマにも多数,出演しており, 代表作に 「キーハンター」(1968年), 「Gメン'75」などがある。
また, 心霊学にも通じ, 特に 「死後の世界」 についての研究が有名である。

・Wikipedia(丹波哲郎)

【主な書物】
『丹波哲郎の死者の書』,1980年
『続・丹波哲郎の死者の書 霊界旅行』,1980年
『続々・丹波哲郎の死者の書 霊人の証明』,1983年
●ダニエル・ダングラス・ホーム
( Daniel Dunglas Home )
(1833〜1886);
memory
ダニエル・ダングラス・ホーム ダニエル・ダングラス・ヒューム(ホーム)は, 著名な 霊媒。スコットランド, エディンバラ生まれ。幼少時から霊能力があり, また結核にかかっていた。
近代以降でもっとも強力な物理霊媒であり, 生涯一度もイカサマだという証拠を掴まれたことはなく, 部屋の暗さや静けさなども問題にしなかった。 現象が起きないときも平然としており, 慌てたりごまかそうとするようなことはなかった。彼の 心霊現象 を見た者は桁はずれに多く, さまざまな王室の人々や著名人を含む。
また ウィリアム・クルックス のような研究者の調査にも快く応じている。 それでもヒュームを詐欺師として非難する者は多かった。
【参考サイト】
Wikipedia(ダニエル・ダングラス・ホーム)

霊媒者のダニエル・ダングラス・ホームは, 空中に浮いてみたり, 部屋が地震でもあったかのように揺れたり, 霊の手が見えたりと, ホームが現出する 超常現象 はめざましかった。彼は, エリザベス・バレット・ブラウニングからナポレオン3世まで, 多くの人々に感銘を与えた。ペテン行為は見られなかったという。
私生児だった彼は, ホーム伯爵の10代目アレクサンダーの息子だと自称していた。子どものいないおばのマクニール・クック夫人の養子となり, アメリカへ渡った。
青年期はコネチカット州のグリーンビルや, ニューヨーク州のトロイで送っている。彼が, 最初の幻覚を見たのは, この時期であった。それは, 幼年期の今は亡き友人の幻であった。
4年後に二度目の幻覚を見るが, それは母の死亡時刻の予言であった。
彼が次に経験したのは, 自分のいる近くからコツコツと鳴り響く音を聞いたことであった。それは, 「ハイデスビルの怪しい音」 が鳴り始めた
2年目のことである。
おばは, ホームに魔物が取りついたと思い, 悪魔ばらいをしてやろうと, 組合協会派やバプテスト派, あるいはメソジスト派の牧師を頼んだりしたが, 効果はなかった。コツコツという音は鳴りやまず, ついに彼は, おばに追い出されてしまう。
それからのホームは, その並みはずれた心霊術の才能によって, 好意を寄せてくれる人々の援助で生計を立てるようになった。
【参考文献】
『心霊の世界』【第1章/ハイデスビルの怪しい音】, 著:ロイ・ステマン, 訳:楠田順, 1977年

・Wikipedia(英語版;Daniel Dunglas Home)


参考外部=>オカルト・クロニクルokakuro.org(ダニエル・ダングラス・ホーム 19世紀最大の霊媒)
参考外部=>永遠なる魂foreversoul.info(霊的探求の始まり)
参考外部=>americanhauntingsink.com(THE HAUNTED MUSEUM: THE MAN WHO COULD FLY THE MYSTERY OF DANIEL DUNGLAS HOME)
参考外部=>encyclopedia2.thefreedictionary.com(Home, Daniel Dunglas)
参考外部=>worldcat.org(Home, D. D. (Daniel Dunglas) 1833-1886)
参考外部=>psi-encyclopedia.spr.ac.uk(Daniel Dunglas Home)
●ダニエル・フライ
( Daniel William Fry )
(1908〜1992);
memory
ダニエル・フライアメリカの円盤搭乗者として名高い。 ホワイトサンズ事件 を参照)
体験記, 『The White Sands Incident』 は, 邦訳されて 『コズモ』No.2 に, 「私は円盤に乗った」 と題して掲載された。
【参考文献】
『UFOと宇宙』no.11, 「原子・銀河系・理解」文:ダニエル・フライ,訳:志田真人

・Wikipedia(英語版;Daniel Fry)


参考外部=>GA Site(ホワイトサンズUFO搭乗事件)
参考外部=>YouTube(Daniel Fry Series:UNDERSTANDING/Rare Speech)
参考外部=> 美代子の一元ブログ(ホワイトサンズ事件)
 
●ダベンポート兄弟
( Davenport brothers )
ダベンポート兄弟
★アイラ・ダベンポート(Ira Erastus Davenport)
(1839〜1911);
memory
★ウィリアム・ダベンポート(William Henry Davenport)
(1841〜1877);
memory

アイラ・エラステス・ダベンポートとウィリアム・ヘンリー・ダベンポートは, ダベンポート兄弟として知られるアメリカのマジシャンまたは, 霊媒
彼らは霊媒として, 特殊なキャビネットを用いて 降霊会 を行なった。
【参考サイト・文献】
En.Wikipedia(Davenport brothers)
『心霊の世界』, 1977年

有名な ハイデスビルの怪しい音 が鳴り始めたのは
1848年だが, それより2年も前(1846年)に, 同じニューヨーク州のバッファロー(Buffalo)にあるダベンポート兄弟の家では, コツコツという音やドスンドスンという音など, さまざまな音がすでに鳴り始めていたという。
そして,
1850年には, アイラとウィリアムの少年兄弟とその妹の少女エリザベス(Elisabeth)たちが, テーブル回し(table-turning)を試みていた。そのテーブルは動いてメッセージを伝え, アイラの手が自然に動き始めて, 自動筆記をするのであった。彼らが行なう, ある降霊会のとき, 何人かの参加者が, この3人が同時に宙に浮いたことを目撃したと伝えている。
若い兄弟は, プロの霊媒になることを決意する。彼ら兄弟が劇場で行なう降霊会では, 特殊な心霊キャビネットを用いた。それは, 前面に3つのドアがあり, 真ん中のドアには小さなダイヤ型(ひし型)の穴があいていて, カーテンでふさがれている。キャビネット内には, 長さいっぱいのベンチが置かれている。
このベンチに, 二人は向き合ってまたがり, 動けないように手足をロープでしばられ, ベンチにもしっかりとしばられる。降霊会の実演前には, キャビネットを開いて観客が内部に余計な物がないことを点検することができる。
3つのドアが閉められると,
数秒後には実演が始まり, コツコツという音や音楽的な音が兄弟によりひき起こされ, キャビネット内から聞こえてくる。また, 中央のドアのダイヤ型の穴からは, 霊姿の手が出るとか, さまざまな現象(無い "物" が現われる)が起こる。
【参考文献】
『心霊の世界』【第4章/ ペテンといかさま捜し】, 著:ロイ・ステマン, 訳:楠田順, 1977年


(★降霊会用の心霊キャビネット内にいるダベンポート兄弟と前にいるウィリアム・フェイ(William・M・Fay)とロバート・クーパー(Robert Cooper)。1870年の写真)
■サイト:「en.wikipedia.org」から


(★ダベンポート兄弟の心霊現象を宣伝するポスター。彼らの公開降霊会は, 宣伝が行き届いていて, ロープ扱いは非心霊的(マジック的)テクニックによるものであったが, 客の集まりはよかった。)
『心霊の世界』 より

参考外部=>ja.astrologyonline.net(ダベンポート兄弟とスピリットキャビネット)
参考外部=>twitter.com(#ダベンポート兄弟)
参考外部=>encyclopedia.com(Davenport Brothers, Ira Erastus(1839-1911) and William Henry (1841-1877))
参考外部=>geniimagazine.com(Davenport Brothers)
参考外部=>readex.com(The Davenport Brothers: The act that divided Sir Arthur Conan Doyle and Houdini)
参考外部=>loc.gov([The Davenport brothers and William Fay with their spirit cabinet])
参考外部=>americanhauntingsink.com(THE HAUNTED MUSEUM: MEDIUMS OR MAGICIANS?)
参考外部=>cambridge.org(II - THE DAVENPORT BROTHERS)
●ダライ・ラマ(14世)
(1935〜);

ダライ・ラマ14世1938年に, 第13世ダライ・ラマの生まれ変わりと認定され, 1940年に, 第14世ダライ・ラマとして即位する。
中国との関係悪化により,
1959年にインドへと亡命する。ダラムサラに亡命政府をおき, 平和活動をつづけている。
1989年に, ノーベル平和賞を受賞する。
【参考文献】
『ダライ・ラマ自伝』著者:ダライ・ラマ14世, 訳:山際素男, 2001年
『この悲劇の国,わがチベット』著者:ダライ・ラマ14世, 訳:日高一輝, 1979年

・Wikipedia(ダライ・ラマ14世)
・Wikipedia(英語版;14th Dalai Lama)


参考外部⇒ ・Wikipedia(ダライ・ラマ)

【主な著書】
『この悲劇の国,わがチベット』訳:日高一輝,1979年
『大乗仏教入門』訳:菅沼晃,1980年
『ダライ・ラマ自伝』訳:山際素男,2001年
●チェーザレ・ロンブローソ
Cesare Lombroso
(1835〜1909);
memory
チェーザレ・ロンブローソチェーザレ・ロンブローソは, イタリアの精神科医で, 犯罪生物学の創始者である。
「犯罪学の父」 とも呼ばれることがある。
ノーベル生理学・医学賞を受賞したカミッロ・ゴルジ(Camillo Golgi)の指導教官でもある。

【参考サイト】
Wikipedia(チェーザレ・ロンブローゾ)


参考外部=>Wikipedia(カミッロ・ゴルジ

科学者はふつう, 仲間が科学的事象について行なった推断を受け入れるものである。だが, 心霊に関する事象については, そう簡単に受け入れようとしない。
それは, ある部分において, 自然の法則にかなっていないことが起こるからである。また, 心霊現象 には, その評価にどうしても感情が入ってしまうからである。
そのために アルフレッド・ラッセル・ウォーレス(Alfred Russel Wallace)博士, ウィリアム・クルックス(William Crookes)卿, ウィリアム・バレット(William Barrett)卿, オリバー・ロッジ(Oliver Lodge)卿 らが研究の結果, 心霊術信奉者の主張を認めたのに対して, 他の科学者たちは, それを受け入れなかった。
たとえば, イタリアの著名な犯罪学者
チェーザレ・ロンブローソは, 1888年に著した本の中で 心霊術 をあざ笑っている。そして彼は公式に 降霊会 に挑戦し, 1891年, その会に招待され出席した。
彼は, そのとき3人の同僚, 5人の医師と一緒に現われた。その後で, 彼はこう書いている。「いわゆる心霊現象について, がん強に敵対していたことが私は恥ずかしくてならない。しかも悲しい。だが, あの現象を私はあえて "心霊術的事実" なのだと言いたい。なぜなら, "理論づける" ことには, いまだに反対だからである。しかし, 事実は存在する。私は事実の奴隷になることを誇りに思っている。」
ロンブローソは, それから心霊術の研究, 調査を続けた。そして, 霊媒 を通して死者との交信はあり得るのだ, という考えに賛同するようになった。
また彼は, エウサピア・パラディーノ(Eusapia Palladino) の心霊現象は, まがいものではないことを確信したと述べた。
【参考文献】(下記より引用)
『心霊の世界』【第3章/ ついに科学者が乗り出す】, 著:ロイ・ステマン, 訳:楠田順, 1977年

・Wikipedia(英語版;Cesare Lombroso)


参考外部=>441notepad.com(犯罪者は生まれつき?チェザーレ・ロンブローゾ犯罪人類学博物館)
参考外部=>quotepark.com(Cesare Lombroso quotes)
参考外部=>britannica.com(Cesare Lombroso)
●チャールズ・バーリッツ
( Charles Frambach Berlitz )
(1913〜2003);
memory
チャールズ・バーリッツ著作家。言語学者。ニューヨークに生まれる。
バーリッツ言語学院の創設者の孫にあたり, 31ヵ国語に通じた。
熟練のスキューバ・ダイバーで, 海底に眠る "失われた文明" アトランティスの調査, 研究に専念した。
この副産物として著した 『The Bermuda Triangle』
1974年(邦訳: 『謎のバミューダ海域』1975年)が, 世界中で1,000万部をこす, 超ベストセラーとなった。
【参考文献】
『1999年運命の日』著者:チャールズ・バーリッツ, 訳:南山宏, 1981年

・Wikipedia(英語版;Charles Berlitz)


【主な著書】
『謎のバミューダ海域』,1975年, 訳:南山宏
『大消滅』,1977年, 訳:南山宏
『謎のフィラデルフィア実験』,1979年, 訳:南山宏
●チャールズ・フォート
( Charles Hoy Fort )
(1874〜1932);
memory
チャールズ・フォートニュヨーク生まれ。若いころから神秘や謎に異常な興味を示し, 不可思議な話を数多く取集した。
30年近くをニュヨーク公共図書館で過ごし, 古い新聞や雑誌から, 奇妙な話を見つけては, メモを取り続けた。それを4冊の本(『呪われしものの書』, 『見よ』, 『野生の英知』, 『新しき島』)に書き残した。
フォートの記録した, 正統な科学が承認しなかった数々の不思議な話は,
1597年から1932年まで綴られている。
記録は,
1819年を境にして, 報告が増え始め, 南北戦争後は安定した件数を維持した。1883年には, 32件という最高件数に達した。また, 「奇妙な空中現象」 の話が, 109件記録されている。
彼の書は, 大衆から無視続けられたが, 彼の死後,
1966年に, フランスでベストセラーとなった 『魔術師の朝』(著:ジャック・ベルジェ)の中で, フォートがとりあげられ, 大衆は彼を再評価した。
【参考文献】
『UFOと宇宙』(No.39):1978年,【チャールズ・フォートの不思議な世界(解説:中村省三)】
『UFOの内幕』:1985年

・Wikipedia(チャールズ・フォート)
・Wikipedia(英語版;Charles Fort)


参考外部=resologist.net(A Hypertext Edition of Charles Hoy Fort's Book)
参考外部=>badarchaeology(Charles Fort)
参考外部=>Terry Harpold(Charles Hoy Fort-A Selected Bibliography)
参考外部=>Geni(Charles Hoy Fort)
参考外部=>FANDOM(Charles Fort)
参考外部=>timesunion(Image 1 of 7)
●チャールズ・ベイリー
Charles Bailey
(1870〜1947);
memory
チャールズ・ベイリーオーストラリアのアポート霊媒 で, 本業は靴屋であった。
ほとんど教育らしい教育を受けず, 正確な英語が話せなかったという。
彼は表情, 声, 話振り, イントネーション, 癖まで全く別人となる人格転換現象を経験している。
得意の アポーツ現象 に関しては,
1903年にシドニーのチャールズ・マッカーシー博士(Dr Charles MacCarthy)によって, 厳密に調査されている。
大富豪トーマス・ウェルトン・スタンフォード(Thomas Welton Stanford)は, 彼を私的霊媒として, アポーツによる品物の大蒐集によって, その種では最初の博物館を建てた。

【参考文献】
『スピリチュアル用語辞典』【ベイリー, チャールズ】, 著者:春川栖仙, 2009年


参考外部=>adb.anu.edu.au(MacCarthy, Charles William (1848-1919)
参考外部=>en.wikipedia.org(Thomas Welton Stanford

長年, 霊媒として活動したオーストラリアのチャールズ・ベイリーは, どんな動物でも出現させるといわれていた。彼はトリックを使えないことを示すために, 裸になって身体検査を受け, 研究者たちが与える服を着て, アポーツを出現させている。
シドニーの著名な医師チャールズ・マッカーシー博士(Dr Charles MacCarthy)は, さらに厳しい条件を課し, ベイリーを身体検査した上で, 手を出すための穴だけをあいた袋に入れ, 縛り上げて実験をした。ときには, 出席者の身体検査も行なわれ, ベイリーが蚊よけのネットで覆った檻の中に閉じ込められることもあったようだ。
交霊会が行われる部屋のドアはロックされ, 目張りされ, 暖炉はふさがれ, 窓には紙が貼られた。室内にはテーブル一つと, 出席者が坐る椅子しか置かないようにしたにもかかわらず, 部屋を暗くした
数分後に明かりをつけると, ベイリーの両手には, 生きた鳥が1羽ずつ入った巣が出現していたのだ。
別の交霊会では, 体長50センチほどのサメや, 海草が巻きついたカニを出現させたこともある。また, 彼の交霊会で出現した生きた動物は, 出現したときと同じように, 謎の消え方をすることも多かった。
その後, ベイリーが業者から動物を購入していた事実が研究者たちに暴露され, 彼の能力は, すっかり信用されなくなってしまったが, 彼の起こした現象のすべてとはいわないまでも, その多くは紛れもなく本物だったと最後まで信じていた人も多い。
【参考文献】(下記より引用)
『X-ZONE(NO.019)』【無から有を生むアポーツ】, 1997年

・Wikipedia(英語版;Charles Bailey (medium))


参考外部=>psi-encyclopedia.spr.ac.uk(Charles Bailey)
参考外部=>psychictruth.info(Medium Charles Bailey, Australia)
●チャールズ・リンドバーグ
Charles Augustus Lindbergh
(1902〜1974);
memory
チャールズ・リンドバーグ アメリカの飛行家で, ハーモン・トロフィー, 名誉勲章, 議会名誉黄金勲章の受賞者。
1927年に 「スピリット・オブ・セントルイス(Spirit of St. Louis)」 と名づけた単葉単発単座のプロペラ機で, ニューヨーク・パリ間を飛び, 大西洋単独無着陸飛行に初めて成功。
1931年には北太平洋横断飛行にも成功した。
【参考サイト】
Wikipedia(チャールズ・リンドバーグ)

・Wikipedia(英語版;Charles Lindbergh)


参考外部=>biography.com(Charles Lindbergh)
参考外部=>history.com(Charles Lindbergh)
参考外部=>gendai.ismedia.jp(5月21日 リンドバーグが大西洋無着陸横断飛行(1927年))
参考外部=>ktymtskz.my.coocan.jp(Wチャールズ・リンドバーグ)
 
●つのだじろう(つのだじろう)
(1936〜);

つのだじろう1955年に, 漫画家デビューした。
日本の漫画界を築き上げた, 「ときわ荘」 グループの一人である。
代表作に, 「うしろの百太郎」 「恐怖新聞」 などがある。
オカルトや心霊関係に造詣が深く, 研究書も多数ある。
【参考文献】
『うしろの始皇帝』;つのだじろう

・Wikipedia(つのだじろう )


【主な著書】
『うしろの始皇帝』, 2006年
  
●テオドール・フルルノワ
( Théodore Flournoy )
(1854〜1920);
memory
テオドール・フルルノワテオドール・フルルノワは, スイスのジュネーブ大学の心理学教授であり, 超心理学と スピリチュアリズム に関する本の著者である。
彼は, 心理学の懐疑的な分野に興味を持っていた。そのため, 心霊現象を調査研究するために, 霊能者を広範囲に観察した。
【参考サイト】
En.Wikipedia(Théodore Flournoy)


テオドール・フルルノワは, ジュネーブ大学心理学教授を務めた。
彼は, テレキネーシス, テレパシー, 透視という現象が実在することを, エウサピア・パラディーノ(Eusapia Palladino) の霊能現象の研究や, SPR(心霊現象研究協会) の研究によって確信した。
また, 人間は, 死後霊魂として存在しつづけることを認めたが, 死者との実験的交信については, 否定的見解を保持していた。
興味深い著作に, エレーヌ・スミス(Hélène Smith) の霊能による 『インドから火星へ(From India to Planet Mars)』
(1900年)が知られている。
【参考文献】(下記から引用)
『スピリチュアル用語辞典』【フルールノワ教授、テオドール】, 著:春川栖仙, 2009年


参考外部=>Fr.Wikipedia(Théodore Flournoy)
参考外部=>psi-encyclopedia.spr.ac.uk(Théodore Flournoy)
参考外部=>psi-encyclopedia.spr.ac.uk(Hélène Smith)
参考外部=>press.princeton.edu(Theodore Flournoy)
参考外部=>encyclopedia.com(Flournoy, Théodore (1854-1920))
参考外部=>isidora.sakura.ne.jp(『不思議な物語』番外編)
参考外部=>digitalword.seesaa.net(フルールノアとエレーヌ・スミスのヒステリー研究1)
参考外部=>digitalword.seesaa.net(フルールノアとエレーヌ・スミスのヒステリー研究2)
参考外部=>note.com(エレーヌ・スミスの火星の風景と火星人の言語(アウトサイダーアート))
参考外部=>cabinetmagazine.org(SPEAKING MARTIAN)
参考外部=>manifesta13.org(Hélène Smith)
参考外部=>burialsandbeyond.com(Hélène Smith :The Medium Who Spoke to Martians)
参考外部=>artlark.org(Psychic Hélène Smith and Surrealist Automatism)
●手塚治虫(てずかおさむ)
(1928〜1989);
memory
手塚治虫漫画家, アニメーター, アニメ監督として活躍した。
代表作に 「鉄腕アトム」, 「ブラックジャック」, 「火の鳥」 などがあり, 発表した漫画作品は数知れないほど多い。
「火の鳥」 は, 永遠の生命をテーマとし, 氏のライフワークとなった作品である。


・Wikipedia(手塚治虫)
・Wikipedia(英語版;Osamu Tezuka)


【主な著書】
『火の鳥(黎明編)』, 1971年 
●テッド・フィリップス
( Ted Phillips )
(1942〜);

テッド・フィリップスUFO研究家。生涯ミズリー州に住んでいる。
UFO研究での彼のキャリアは,
1960年代後半から1980年代半ばにまで及ぶ。
フィリップスにはさまざまな経歴があり, プロの写真家やアマチュア・ジャズミュージシャン, ミズリー州高速道路局の査察官などを務めた。
ロナルド・ストーリー(Ronald Story)の 『UFO百科事典(UFO Encyclopedia)』 によると, フィリップスは, UFO研究の最初の
12年間で, 500を超えるUFOケースを調査した。
彼は, 「
13年間のUFO調査で, そのデータは非地球起源であることを私は信じている」 と結論づけた。
【参考サイト】
project1947.com(Ted Phillips' Physical Trace Catalogue)


テッド・フィリップスによる, 2,108件の第2種接近遭遇の物理的痕跡の研究で, ミズリー州は, 人口では13位であるにもかかわらず, 報告の数では3位にランクされているのだ。
ミズリーには主要な航空宇宙施設や, おもな武器製造工場があり, 金属や鉱物の大産地である。
【参考文献】
『UFOに関する極秘ファイルを入手した。』【第11章/ 地球の明日が危ない?! 】, 著:リチャード・ホール, 訳:青木日出夫, 1989年


参考外部=>YouTube(Ted Phillips (08- 18- 09) Latest UFO Physical Trace Research)
参考外部=>The Black Vault(Report on the UFO Wave of 1947)
参考外部=>educating humanity. com(Trace Evidence of UFOs - Ted Phillips Talk )
参考外部=>ufoinfo. com(Ted Phillips)
●テッド・ブローチャー
( Ted Bloecher )
(1929〜);

テッド・ブローチャーUFO研究家。ヒューマノイド研究の権威。
ニュージャージー州サミットに生まれる。コロンビア大学で, 劇文学を学ぶ。

1950年代後半から1973年まで
, 歌手兼俳優として活躍。その後, コンピューター専門家としてニューヨークで勤務。
1952年のワシントンにおけるUFO事件以来, UFOに積極的な関心をいだくようになる。APRO, NICAP などのメンバーとして活躍。MUFON ニューヨーク地区責任者, CUFOS 調査員などを努めた。
1947年のUFOウェーブに関する報告書, およびヒューマノイド報告書に関する調査で, UFO界でよく知られる。
彼は,
1980年代初頭にUFO界を去り, 彼の大量の資料は, CUFOS に寄付された。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.41)』【UFOスペシャル’78】, 1978年


参考外部⇒WHO's WHO in UFOLOGY(Ted Bloecher)
参考外部⇒The Black Vault(Report on the UFO Wave of 1947)
●寺沢龍(てらさわりゅう)
(1935〜);


1997年, 会社勤めを定年退職後, 文筆活動を始める。
これまでの著書に, 『薬師寺再興白鳳伽藍に賭けた人々』(第1作), 『飛鳥古京・藤原京・平城京の謎』, 『明治の女子留学生 最初に海を渡った五人の少女』 などがある。
『透視も念写も事実である』は, 第2作目のもので, 念写の発見者とされる 福来友吉 博士のドキュメンタリーである。
【参考サイト・文献】
ローチケHMV(寺沢龍プロフィール)
『透視も念写も事実である』;2004年


参考外部⇒信兵衛の読書手帖(寺沢龍著作のページ)

【主な著書】
『透視も念写も事実である』,2004年
●テリー・サバラス
( Telly Savalas )
(1922〜1994);
memory
テリー・サヴァラスアメリカのニューヨーク州ロングアイランド出身の俳優。
コロンビアで心理学を専攻し, その後, 劇団を経て,
1959年に舞台デビュー。 同じ年, 『明日なき十代』 で映画にもデビュー。 続く 『終身犯』 では, アカデミー助演男優賞候補となった。
禿頭がトレードマークで, 日本では, 特にテレビドラマ 『刑事コジャック』(
1973年 - 1990年)の主演で有名。
【参考サイト】
Wikipedia(テリー・サバラス)


テリー・サヴァラスがまだ若いころ, 黒いキャディラックにまつわる, 無気味な体験をしている。
■事件詳細(サイト内)
=>怪奇事件集【テリー・サヴァラスの不気味な体験】


【参考文献】
『失われた惑星文明』,1975年

⇒・Wikipedia(英語版;Telly Savalas)


参考外部=> 映画.com(テリー・サバラス)
参考外部=> ジェームズ・ボンド Wiki(テリー・サバラス)
参考外部=> 森山周一郎オフシャルブログ(テリーサバラスとの交流)
●デイビッド・M・ジェイコブス
( David Michael Jacobs )
(1942〜);

デイビッド・M・ジェイコブスUFOの歴史学研究で, 博士号を獲得した歴史学者。
代表作 『全米UFO論争史 - 大衆, UFO団体, メディア, 科学者, 軍人, 政治家を巻き込んだ論争の軌跡』(ブイツーソリューション)では, UFO論争を学術的にとらえ, アカデミズムに衝撃を与えた。
歴史学準教授として, 大学で教鞭をとるかたわら, 125人以上のエイリアンによる誘拐体験者と長期に及ぶ催眠セッションを行い, その科学的類型学を開発し, エイリアン・アブダクション研究の権威として, その名を世界に轟かせた。
【参考文献】
『ヒトが霊長類でなくなる日』 2018年

・Wikipedia(英語版;David M. Jacobs)


参考外部=> BLUE ROCK TALK!

【主な著書】
『ヒトが霊長類でなくなる日』, 著:
デイビッド・M・ジェイコブス, 訳:並木伸一郎
●出口王仁三郎(でぐちおにさぶろう)
(1871〜1948);
memory
出口王仁三郎京都府亀岡の貧農の家に生まれ, 少年時に水飢饉のとき, 水脈を探しあてたり, 不思議な能力を示した。
けんかで意識不明になって以来, 透視から心霊治療など空前の超能力を発揮した。
新興宗教の源流のひとつである 「大本教」 の教祖の一人。
近代日本の宗教界, 精神界に多大な影響を与えた人物である。
また, 全83冊からなる 『霊界物語』 の著者でもある。
【参考文献】
『亀岡の大予言者』著者:加藤正民,1982年
『出口王仁三郎の霊界からの警告』著者:武田崇元,1983年
『出口王仁三郎の大降臨』著者:武田崇元,1986年
『超訳 霊界物語』著者:飯塚弘明,2013年

・Wikipedia(出口王仁三郎)
●デスペランス夫人
エリザベス・ホープ の項を参照 
●デスモンド・レスリー
( Desmond Arthur Peter Leslie )
(1921〜2001);
memory
デスモンド・レスリー英国の考古学者。チャーチル首相の甥にあたる。
1953年に, ジョージ・アダムスキー との共著 『Flying Saucers Have Landed(空飛ぶ円盤は着陸した)』(日本語版 - 1972年, 高文社:『空飛ぶ円盤実見記』)を刊行した。
レスリーは, フライング・ソーサー・レビュー誌
1954年, マウントバッテン卿 の庭に円盤が着陸し, 使用人のブリックスと降りてきた宇宙人がコンタクトした事件を報告した。この報告は, マウントバッテン卿が亡くなった翌年1980年のことで, 卿の存命中には口止めされていたという。
【参考文献】
『アダムスキーの謎とUFOコンタクティ』著者:益子祐司,2013年
『スペースプログラムが予言する終末へのカウントダウン』著者:韮澤潤一郎,2015年

・Wikipedia(英語版;Desmond Leslie)


参考外部⇒GA Site(ジョージ・アダムスキーの思い出 デスモンド・レスリー)

【主な著書】
『空飛ぶ円盤実見記』,1972年,著:ジョージ・アダムスキー / デスモンド・レスリー, 訳:高橋豊
●デニケン
エーリッヒ・フォン・デニケン の項を参照
   
●トゥルーマン・ベサラム
(1898〜1969);
memory
トゥルーマン・ベサラムネバダ州グレンデール付近のネバダ砂漠の第91ハイウェイの補修作業の夜間修理工として働いていたトゥルーマン・ベサラムは, 1952年7月28日の午前3時ごろ, モルモン台地に着陸したクラリオン星からきた空飛ぶ円盤に遭遇した。
そして, 円盤から降りてきた女性機長アウラ・レインズとコンタクトした。
トゥルーマンとアウラのコンタクトは, その後10回以上におよんだ。
体験記を,
1954年に 『Aboard A Flying Saucer』(邦題: 「空飛ぶ円盤の秘密」, 1974年刊)という本に著した。
【参考文献】
『空飛ぶ円盤の秘密』,1974年
『UFOと宇宙』(No.24),1977年,(クラリオンの円盤と小人宇宙人)
『世界の超人・怪人・奇人』,2015年


参考外部⇒ブログ・地震予知 UFO 宇宙人情報 音楽 etc(コンタクティたちの悲劇)
参考外部⇒GA Site(第5章 最初のコンタクト 第3話 宇宙よりの来訪者より)
参考外部⇒超魔界帝国の逆襲(クラリオン星人現る)
●トニー・アグパオア
(1936〜1982);
memory
トニー・アグパオアフィリピンにおける心霊手術治療の第一人者。フィリピン,ルソン島中部のパンガシナン県ロザレス村で生まれた。
両親は農業を営み, 熱心なカトリック信者だった。5歳くらいで霊能が現われ, 7歳のころ, イサベラ県の山中に入った。ここで大師と出会い霊的な指導を受けた。
13歳になると教会に入って, 心霊手術治療を正式に始めた。

1969年頃, その霊能力がアメリカで有名になり, トニー氏はクローズ・アップされた。
【参考文献】
『UFOと宇宙』(No.32):1978年,【トニー・アグパオア氏に独占インタビュー!】


参考外部⇒help the animal family(フィリピンの心霊手術の動画)
参考外部⇒日本スピリチュアル・ヒーラーグループ【心霊手術(スピリチュアル・サージャリー)】
●冨川正弘(とみかわまさひろ)
(1942〜);

冨川正弘大学卒業後, 仕事でニュヨークに在中した。
ベティ・ヒル, チャーリー・ヒクソン, トラビス・ウォルトンなど, UFOに誘拐された人々や目撃者などに会い, 取材を重ねた。
『UFOと宇宙』 に, アメリカのUFO最新情報を, レポート(
70年代後半)した。
【参考文献】
『UFOと宇宙』(No.41),1978年,【UFOスペシャル'78/アメリカの研究動向】
●冨島佑允(とみしまゆうすけ)
(1982〜);

冨島佑允京都大学理学部・東京大学大学院理学系研究科卒(素粒子物理学専攻)。一橋大学大学院 MBA in Finance。
大学院時代は, 世界最大の素粒子実験プロジェクトの研究員として活躍。
現在は, 外資系生命保険会社の運用部門に勤務。10兆円を超える資産の運用に携わる。欧米文化に親しんだ国際的な金融マンであると同時に, 科学や哲学における最先端の動向にも精通している。
【参考文献】
『この世界は誰が創造したのか』, 著者:冨島佑允


参考外部=>YouTube(冨島佑允の語る「シミュレーション理論」)

【主な著書】
『この世界は誰が創造したのか』,2019年
●寅吉(とらきち) 【天狗小僧・寅吉】
(1806〜????);
memory
天狗小僧 寅吉
寅吉は, 江戸下谷七軒町の越中屋与惣次郎の次男で, 幼少のころから火事を予言したり, 不思議な能力を持っていた。
7歳のとき, 上野公園の東叡山(上野の寛永寺)下の五条天神で, 杉山僧正と呼ばれる岩間山(現・愛宕山(茨城県))天狗界の棟梁と出会い,
8年間杉山僧正に導かれて顕幽界を往復し, 不思議な体験をした。
この寅吉の話に異常な興味をもったのが, 江戸後期を代表する国学者の 平田篤胤 で, 篤胤は寅吉を自分の家にひきとり, 彼の語る異界の話を記録に残し 『仙境異聞』 という書物にした。

【参考文献】
『出口王仁三郎の大降臨』1986年, 著者:武田崇元
『江戸の霊界探訪録』2014年, 著者:平田篤胤, 現代語訳:加賀義
・『讀賣新聞2021年8月29日・茨城版』【茨城ミステリー紀行(5);天狗小僧・寅吉】, 担当:伊藤譲


参考外部⇒小さな資料室(仙境異聞(上)三之巻)
●トルーマン大統領
ハリー・S・トルーマンの項を参照
●トーマス・エヴェリット夫人
( Mrs Thomas Everitt )
(1825〜1915);
memory
トーマス・エヴェリット夫人英国ではじめて 直接談話現象 を生起した非職業 霊媒 で, その声が大きいことに特徴があった。
エドモンド・ロジャース(Edmund Dawson Rogers)によると,
1890年2月16日の直接談話現象の事例は興味深いもので, アメリカ訛りの71歳の男と称する霊魂が, 自分は1889年9月にミズーリ州グレンフィールド(のちにグレンウッドと訂正されている)で死んだ 「モーゼス・ケネディー(Moses Kennedy)」 と名乗って出現してきた。早速, 探索の結果, その夫人が健在で, 彼が1889年9月30日に71歳で他界したことなど, 情報が正しかったことが確認されたという。
この他にも, 各種 物理的現象, とくに 叩音(こうおん;ラップ音), 物品移動, 心霊光(発光現象), おどろくべき速さでおこなう直接書記などを生起することができた。
ウィリアム・クルックス(William Crookes)卿, サージェント・コックス(= エドワード・ウィリアム・コックス(Edward William Cox);1809-1879)らが幾度か彼女の交霊会に立ち会っており, その現象は, 当時の研究家として第一人者であるかれらを納得させうるものであった。
【参考文献】(下記から引用)
『スピリチュアル用語辞典』【エヴェリット夫人、トーマス】, 著:春川栖仙, 2009年


・Wikipedia(英語版;Thomas Everitt)


参考外部=>En.Wikipedia(Edmund Rogers)
参考外部=>En.Wikipedia(Edward William Cox)

参考外部=>Wikipedia(File:Mrs Thomas Everitt medium.png)
参考外部=>psychictruth.info(Medium Mrs Thomas Everitt England)
●トーマス・チャールズ・レスブリッジ【T・C・レスブリッジ】
( Thomas Charles Lethbridge )
(1901〜1971);
memory
T・C・レスブリッジT・C・レスブリッジとして知られるトーマス・チャールズ・レスブリッジ(Thomas Charles Lethbridge)は, イギリスの考古学者, 超心理学者, 探検家。
【参考サイト】
En.Wikipedia(T. C. Lethbridge)


参考外部=>timberscombevillage.com(T. C. Lethbridge)
参考外部=>archiveshub.jisc.ac.uk(Thomas Charles Lethbridge: Archaeological Papers)
●トーマス・マンテル
( Thomas F. Mantell )
(? 〜1948;25歳);
memory
トーマス・マンテル1948年1月7日に, ケンタッキー州フォートノックスにあるゴッドマン空軍基地付近で, 未確認の飛行物体を追跡中(マンテル大尉事件), 謎の墜落死を遂げた。
マンテル大尉は, 第2次世界大戦で活躍して受勲した優秀なパイロットで, 空軍を除隊後, ケンタッキー州軍に入隊したばかりの時に, この事件に遭遇した。

【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年


参考外部⇒Wikipedia(マンテル大尉事件)
参考外部⇒UFO CASEBOOK(1948, The Death of Thomas Mantell)
参考外部=>NICAP(Part 1 - 2: Captain Thomas Francis Mantell, Jr)
 
●ドナルド・キーホー
( Donald Edward Keyhoe )
(1897〜1988);
memory
ドナルド・キーホーアメリカの作家, ジャーナリスト, UFO研究家(初期研究家の代表的存在)。
1922年
, アメリカ海兵隊中尉時代, グァムでの飛行機事故で負傷, その後遺症から除隊した。
その後, リチャード・バード少将 の歴史的な北極飛行に使用する飛行機の開発を手伝ったり, チャールズ・リンドバーグが単独大西洋横断飛行に成功し, パリから帰国してからの彼の広報活動にも関係した。
最初の著書 『Flying With Lindbergh』(
1928年)を執筆している。
円盤との出会いは, 「アーノルド事件」 以降で,
1949年 『TRUE』 誌の編集者, ケン・W・バーディーからの調査依頼をきっかけに, 本格的研究を開始した。
1950年に掲載された 『The Flying Saucers are Real(空飛ぶ円盤は実在する)』 で, 同誌は空前的な売り上げをみせ, 全米で話題を呼んだ。これは, 同年に同題で単行本化もされた。
1956年, NICAP(全米空中現象調査委員会)の設立を援助し, 1957年から1969年まで代表を務めた。
キーホーは, 政府に対してもUFO研究の必要性を説き,
1964年に 「UFO EVIDENCE」 という大部の資料を発行し, 米両院に空軍のUFO資料の公開と公聴会の開催を陳情した。
【参考文献・サイト】
『地球ロマン(復刊2号)』1976年, 【資料・空飛ぶ円盤】
『UFOと宇宙』(No.41)1978年, 【UFOスペシャル'78, アメリカの研究動向】
『UFOの内幕』1985年
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』2015年
Wikipedia(ドナルド・キーホー)

・Wikipedia(英語版;Donald Keyhoe)
●ドナルド・メンゼル
( Donald Howard Menzel )
(1901〜1976);
memory
ドナルド・メンゼルアメリカの天文学者。デンバー大学で学んだ後, ブリンストン大学で天体物理学の博士号を得た。
1921年までリック天文台で働いた。その後, ハーバード大学で働き, 1954年から1956年までアメリカ天文学会の会長を務めた。
円盤研究初期における, 否定論の急先鋒者として有名である。

1952年, 『LOOK』 誌に, 『The Truth About Flying Saucers 』 の発表を最初に, 否定論を執筆し, 1953年に単行本を刊行した。
否定論の骨子は, 気温逆転層による蜃気楼としてUFOをすべて説明づけるものであった。
メンゼル博士には2つの顔があったという。 表の顔は上記のようなUFO否定派であるが, 裏の顔では, きわめて高いレベルの超極秘の超機密委任許可を与えられ, 多くの政府情報機関の下で, 機密性の高い仕事をしていた(CIANSA(国家安全保障局) と深くかかわっていた)。また, マジェスティック12 の創設時のメンバーの一人で, ロズウェルの墜落事件 ともかかわっていたとも云われる。
ハーバードの天文学者, 教授であったメンゼル博士は, ハーバード大学監督委員会のメンバーである, ケネディ大統領 と交流があり, ケネディ政権の中で, UFO問題のアドバイザーだったとも考えられている。

【参考文献】
『地球ロマン(復刊2号)』 :1976年,【資料・空飛ぶ円盤】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』:2015年

・Wikipedia(ドナルド・メンゼル)
・Wikipedia(英語版;Donald Howard Menzel)
●ドナルド・ラムズフェルド
( Donald Henry Rumsfeld )
(1932〜2021)memory

ドナルド・ラムズフェルドアメリカ合衆国の政治家。大統領首席補佐官, 国防長官, ランド研究所会長を歴任した。
第38代大統領ジェラルド・R・フォードのもとで, 第13代国防長官(
1975年-1977年)を, 第43代大統領ジョージ・W・ブッシュのもとで, 第21代国防長官(2001年-2006年)をそれぞれ務めた。
アメリカ新世紀プロジェクトのメンバーでもあり, イラク戦争では, ブッシュ政権内で終始強硬な攻撃論を主張した。 アメリカ合衆国の軍産複合体を体現した人物とも評される。

【参考サイト】
Wikipedia(ドナルド・ラムズフェルド)


リチャード・ニクソン の退任(1974年)後, あっさりと大統領の座に就いた ジェラルド・フォード は, ドナルド・ラムズフェルドをまず首席補佐官に, その後1975年には同氏を国防長官に任命した。
ラムズフェルドは, フォードがまだ下院の少数党院内総務だったころからの盟友で, ラムズフェルド自身もイリノイ州出身の下院議員だった。
ラムズフェルドは国防長官に就任すると, ディック・チェイニーを首席補佐官に任命した。
大統領に就任してからのフォードは, 公の場でUFO問題について一切口にすることはなかったが, フォード政権の高官がUFOの話題に強い関心を持っていたことがわかる。
ラムズフェルドとチェイニーはどちらもかって(そして今も)長年にわたりUFO問題に深くかかわってきたのではないかと, UFO研究家たちは, ずいぶんと前から薄々感じていた。
【参考文献】(下記より抜粋)
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』【1967年から71年−確執と動乱の日々】, 2015年


・Wikipedia(英語版;Donald Rumsfeld)


参考外部=>アメリカ:闇の支配構造と略奪戦争(ドナルド・ヘンリー・ラムズフェルド)
●ドロシー・キルガレン
( Dorothy Kilgallen )
(1913〜1965);
memory
ドロシー・キルガレンアメリカのジャーナリストで, テレビ番組のパネリストだった。
【参考サイト】
Wikipedia(英語版;Dorothy Kilgallen)


コラムニストのドロシー・キルガレンは, UFOまたは空飛ぶ円盤に関心があった。
彼女は, UFOについてイギリスで行われた調査の内部情報を マウントバッテン伯爵 から得た可能性がかなり高い。
彼女が書いた空飛ぶ円盤に関する記事で, ハーバード大学の教授が学生に向かって, 他の惑星にも生命体がいることを証明できると語ったことにふれたくだりが, ヴァーノン・ボウエン執筆の 『空飛ぶ円盤大全』 の原稿に引用された。
その原稿の余白に書かれた手書きの文章から察するに, この教授はほぼ間違いなく ドナルド・メンゼル であり, だとするとキルガレンはメンゼルと面識があったことになる。
キルガレンは, ケネディ が暗殺された後に書いたある記事で, この先自分が書くことが, この暗殺事件の真相を暴露することになるだろうと述べている。
その
数日後, 彼女の死体が発見された。着衣の乱れはなく, マンハッタンの自宅でベッドの上に横たわっていた。
検死の結果, 死因はドラッグとアルコールを混ぜて摂取したためと診断された。
彼女の死はいまだに謎に包まれている。
【参考文献】(下記より抜粋)
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』【UFO極秘情報とケネディ暗殺との関係】, 2015年

1955年5月23日
付, 『ニューヨーク・ジャーナル・アメリカン』 に出たドロシー・キルガレンの報告がある。これは, 彼女がロンドンを訪れ, 勤務している新聞に打電したものだった。

『イギリスの科学者と飛行士は, 神秘的な航空機の残骸を調べ, この奇妙な飛行物体は, 視覚の誤りに基づくものでも, ソ連の発明品でもなく, もともと他の惑星から出発した, 本物の空飛ぶ円盤にほかならないことを確信した。
わたしの情報源は, イギリス政府の役人である。彼は匿名のままでいることを望んだ・・・【以下省略】・・・』

イギリス政府は, このニュースを厳しく否認したということだが, 世界の新聞は, 一般にそれに対してなんらの反応も示していない。
なにゆえにアメリカの一流ジャーナリストのドロシー・キルガレンは, 嘘のニュースをでっちあげることによって, あえておのれの名声を危険にさらすようなことをしたのか?
彼女はUFO問題について, なんらの予感ももっていなかった。しかし, 空飛ぶ円盤が地球外の起源をもつということ, 円盤の操縦士の大きさなどについての彼女の記事は, 着陸した円盤ならびに, その小さな操縦士に関する世界の他の報告とまったく正確に一致している。
【参考文献】(以下より抜粋)
『UFOの謎』【第2章/ UFOをめぐる秘密保持と謀反】, 1955年, 著:エスター・レーン, 共訳:金森誠也 + 岡潤


参考外部=>MAJESTIC(Dorothy Kilgallen)
参考外部=>URECAT(Before May 23, 1955, U-K, Dorothy Kilgallen)
参考外部=>noufors. com(Dorothy Kilgallen)
参考外部=>YouTube(Kirby's Augusta - A Hollywood Reporter's Mysterious Death)
参考外部=>天の王朝(誰がケネディを殺したか3)
参考外部=>大塚陽一の感動スイッチ
参考外部=>地球なんでも鑑定団(闇組織が暗殺したケネディの愛人マリリンモンロー)
参考外部=>大紀元(マリリン・モンローの死因に新説「宇宙人情報を公表しようとしたため」)
●ドロシー・ステラ・クランショー【レスリー・ディーコン夫人】
( Dorothy Stella Cranshaw ; Mrs. Leslie Deacon )
(1900〜1986);
memory
ドロシー・ステラ・クランショー英国の看護婦であった彼女は, 23歳のとき
(1923年)に, 心霊研究家の ハリー・プライス(Harry Price) によって, 霊能を見い出され, イギリス国立心霊研究所(National Laboratory of Psychical Research) で研究された。
その霊能は, テレキネーシス, 叩音(ラップ), 浮揚, 温度(室温の最大差20.5度Fまで低下した記録がある)等の現象において発揮され, 心霊力に至っては, 小さなテーブルを粉々にするほど強いものであったという。
プライスのトリック・テーブルと知られている特別製の装置が実験に採用され, その結果, 彼女の霊能が真正なものであることが明らかにされた。
エリック・ディングウォール(Eric Dingwall)博士は, 彼女が物理現象を生起している時に, 床を這っている エクトプラズム を目撃している。
プライスは, 彼女の霊能現象について,
1927年の第3回国際心霊研究会議(International Congress for Psychical Research)で, 報告した。
【参考文献】(下記から引用)
『スピリチュアル用語辞典』【ステラ・シー】, 著:春川栖仙, 2009年


参考外部=>En.Wikipedia(Eric Dingwall)
参考外部=>psi-encyclopedia.spr.ac.uk(Eric Dingwall)
参考外部=>encyclopedia.com(International Congress of Psychical Research)

ステラ・Cの名で知られた看護婦のステラ・クランショーは, 霊姿化(霊の物質化)現象 を引き起こす才能を持つ, 優れた 霊媒 であったが, 心霊調査については, あまり関心を示さなかったという。
彼女は, たまたま列車の中で ハリー・プライス(Harry Price) と出会った。そして, 閉ざされた部屋にいるのに風が吹くこと, 定かでない物体を見ること, 青い発光体も見ることなどを話したことから, プライスの研究対象者となった。プライスはステラを通して, さまざまな実験を行ない, そのやり方は非常に厳しいものであったという。
彼女が霊力を発揮し始めたのは, 21歳からである。テストに応じている
5年間に, 彼女の霊力と関心は, 目立って弱まっていった。
1928年のテストを最後に彼女は結婚し, それを機に, 霊力の行使はやめたのである。

【参考文献】(下記より抜粋引用・写真も)
『心霊の世界』【第8章/ ふるい分けられた証拠】, 著:ロイ・ステマン, 訳:楠田順, 1977年

参考外部=>psychictruth.info(Medium Dorothy Stella Cranshaw)
参考外部=>occult-world.com(Cranshaw, Dorothy Stella)
参考外部=>geni.com(Dorothy Stella Deacon)
参考外部=>psi-encyclopedia.spr.ac.uk(Stella Cranshaw)
参考外部=>harrypricewebsite.co.uk(Stella C.)
参考外部=>socialup.it(Stella Cransaw: trasformare la scienza in esoterismo)
●ドロレス・キャノン
( Dolores Cannon )
(1931〜2014);
memory
ドロレス・キャノン1951年に海軍の職業軍人と結婚し, 夫とともに世界中の任地を回り, 1970年よりアーカンソン州の山岳地帯で引退生活に入った。
そのころ, 夫の影響で催眠術に興味をもつようになり, 退行催眠療法において独自の手法(QHHT)を考案した。
それ以来, 何百人もの人々を施術し, 得られた情報を整理保存して, それらをもとに著書を出版していたが,
1986年には調査対象をUFOの分野にまで広げていった。
【参考文献】
『人類の保護者』, 2016年


参考外部⇒ Dolores Cannon JAPAN
参考外部⇒DOLORES CANNON,com
参考外部⇒mixiみんなの日記

【主な著書】
『人類の保護者』,著:
ドロレス・キャノン,訳:誉田光一
●ドワイト・D・アイゼンハワー
( Dwight David Eisenhower )
(1890〜1969);
memory
ドワイト・アイゼンハワーアメリカ合衆国の軍人, 政治家。連合国遠征軍最高司令部最高司令官, 陸軍参謀総長, NATO軍最高司令官, 第34代大統領(1953年〜1961年)を歴任した。
また, 大統領時の
1954年2月20日に, エドワード空軍基地 で, および, 1955年2月11日前後に, ホロマン空軍基地で, 地球外生命体と対面したという噂がある。
1955年7月, アメリカが宇宙開発を行うことを表明した。
【参考文献・サイト】
Wikipedia(ドワイト・D・アイゼンハワー)
『新・第3の選択』, 1981年
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』, 2015年

あとで聞いたことだが, 実はこの ミューロック基地(後のエドワード空軍基地) に運び込まれた宇宙人と
アイゼンハワー大統領が会見した, という, これまた驚くべき情報があるのだ。
その情報をもたらしたのは, 私の友人のUFO研究家で, 元空軍情報将校だった, ウェンデル・スティーブンス(Wendelle C. Stevens)氏だった。
スティーブンス氏の調査によると,
1954年の2月, アイゼンハワー大統領は, 突然, カルフォルニア州パームスプリングスにいる友人の牧場へ, ゴルフのため泊りがけで旅行するといいだした。そして, 2月20日, 同行していた記者団の目をくらましてパームスプリングスへ抜け出し, 秘かに用意した軍用ヘリコプターで, ミューロック基地へ出向き, 第27格納庫のなかで, 回収されたUFOと宇宙人を直接見た,というのだ。
そのとき, 宇宙人に会った大統領は, ひじょうに驚き, 「これを発表すると大衆は恐怖のためパニックを起こすかもしれない。彼らの行動と能力は, われわれの想像をはるかに超えているからだ」 といったといわれる。
というのは, その小さな宇宙人たちは, 大統領の前で, 物体の空中浮揚や瞬間移動・・・それにテレパシーによる会話などを実演してみせたからだ。
【参考文献】(下記より引用)
『MIBの謀略』【第2章/ 宇宙人の死体が秘かに回収されていた】, 著者:矢追純一, 1989年

⇒・Wikipedia(英語版;Dwight D. Eisenhower)


参考外部⇒産経ニュース(アイゼンハワー元大統領 原爆反対の胸中明かす)
参考外部⇒歴代アメリカ大統領研究(第34代アメリカ合衆国大統領アイゼンハワー)
参考外部⇒UFOの部屋
参考外部⇒みお&ゆきのツキアップ日記
 
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