●UFO研究家・作家・コンタクティなど(名前の頭文字;さ〜そ)を紹介するページです。
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人物紹介3
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●斎藤充功(さいとうみちのり) (1941〜); ノンフィクション作家。 東北大学工学部中退後, 民間の機械研究所に勤務。その後, フリーライターに。 主に, 歴史, 国家, 情報といったテーマを中心にルポを執筆している。 『昭和史発掘 幻の特務機関「ヤマ」』 『刑務所を往く』 など著書多数。 【参考サイト】 ・「新潮社(斎藤充功)」 ⇒・Wikipedia(斎藤充功) 参考外部=>紀伊國屋書店 (恩赦と死刑囚) |
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●斎藤守弘(さいとうもりひろ) (1932〜2017);memory 前衛科学評論家。 大学講師, 会社専務, 経営コンサルタントなどを経て執筆活動に入る。 ⇒・Wikipedia(斎藤守弘) 参考外部=>ATLAS (タグ:斎藤守弘) 【サイト内の主な著書】 ・『宇宙の使者』, 1973年 |
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●酒井傳六(さかいでんろく) (1921〜1991);memory 評論家, エジプト研究家。 東京外国語大学フランス語部を卒業。 1955年から57年まで, 朝日新聞中東特派員としてエジプトに滞在。 ルイ・クリストフ氏からエジプト学を学んだ。 古代エジプトの研究・著述・訳業に従事した。 【参考文献】 ・『ピラミッド99の謎』 ⇒・Wikipedia(酒井傳六) 【サイト内の主な著書】 ・『古代エジプト人』,1973年 ・『ピラミッド99の謎』,1976年 ・『古代エジプトの謎』,1980年 |
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●坂本政道(さかもとまさみち) (1954〜); モンロー研究所公認レジデンシャル・トレーナー。干クアヴィジョン・アカデミー代表取締役。 東京大学理学部物理学科卒, カナダトロント大学電子工学科修士課程修了。 1977年〜87年, ソニー鰍ノて半導体素子の開発に従事。 1987年〜2000年, 米国カルフォルニア州の光通信用素子メーカーSDL社にて半導体レーザーの開発に従事。 2001年からモンロー研究所のヘミシンク・プログラムを年3回のペースで受講し, その体験を 『死後体験』(ハート出版)として出版。同書がベストセラーとなる。 2005年2月, 干クアヴィジョン・アカデミーを設立し, 以来, モンロー研究所のヘミシンク・プログラムを開催してきている。 【参考文献】 ・『UFOと体外離脱』, 2024年 参考外部=>坂本政道 | 癒しフェア2018 in TOKYO (a-advice.com) 参考外部=>坂本政道 - 哲の光@ウィキ - atwiki(アットウィキ) 参考外部=>坂本政道氏の2012年から解禁されたETとの直接コンタクトと「2025年〜33年までに起きること」 | | 酵素カフェ (bach-iruka.com) 【サイト内の主な著書】 ・『UFOと体外離脱』, 著:坂本政道 |
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●相楽正俊(さがらまさとし) (1920〜1999);memory 東京物理学校(東京理科大)を卒業し, 昭和13年から25年間気象庁に勤務。 主に長期予報を手がけ, 初の長期予報係を設置。 戦時中, キスカ撤退作戦の "霧" 予測が的中し, 勲章を受ける。 1941年, 独立し気象情報且ミ長として活躍。 【参考文献】 ・『気象大異変』 参考外部=>ddogs38. livedoor.blog (富士山も近く噴火するのか?富士五湖直下の地震に思う。) 【サイト内の主な著書】 ・『気象大異変』, 1981年 |
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●桜井邦朋(さくらいくにとも) (1933〜); 宇宙物理学者。 太陽物理学, 高エネルギー宇宙物理学の世界的な権威。 京大助教授時代に, アメリカ科学アカデミーの招聘で渡米し, NASA(アメリカ航空宇宙局) での研究生活を送った経歴をもつ。 【参考文献】 ・『太陽からの風と波』 ⇒・Wikipedia(桜井邦朋) 【サイト内の主な著書】 ・『太陽からの風と波』, 1975年 ・『地球に急接近するハレー大彗星』, 1976年 |
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●佐藤愛子(さとうあいこ) (1923〜); 作家。 小説家・佐藤紅縁を父に, サトウハチローを兄に持つ。 1969年, 『戦いすんで日が暮れて』 で直木賞, 1979年 『幸福の絵』 で女流文学賞, 2000年 『血脈』 の完成により菊池寛賞, 2015年 『晩鐘』 で紫式部文学賞を受賞。 ユーモラスなエッセイにファンが多く, 2016年 『九十歳。何がめでたい』 が大ベストセラーとなった。 2017年, 旭日小綬章を受章。 【参考文献】 ・『冥界からの電話』 ⇒・Wikipedia(佐藤愛子 (作家)) 参考外部=>朝日新聞DIGITAL(佐藤愛子) 参考外部=>mi- mollet (【佐藤愛子さん インタビュー】) 【サイト内の主な著書】 ・『冥界からの電話』,2018年 |
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●佐藤有文(さとうありふみ) (1939〜1999);memory 日本の怪奇作家・オカルト研究者。秋田県大館市出身。 1970年代に数多く刊行された, 怪奇系児童書を主に手がける。 特に妖怪や悪魔に関するものを多数執筆しているが, 著書の解説には資料としての正確性において疑問が呈される内容が多いことでも知られている。 ゴヤの絵画 「我が子を食らうサトゥルヌス」 に 「ポルトガルの食人鬼ゴール」 と解説を付けたり, フェリシアン・ロッブスの絵画 「毒麦の種を蒔くサタン」 に 「スウェーデンの妖怪・投げ捨て魔人」 と解説を付ける等がその代表例である。 父親は, 作家の佐藤鉄章。 著書は 「世界のミステリー」(大陸書房)など, 多数ある。 【参考サイト】 ・「佐藤 有文 - Webcat Plus (nii.ac.jp)」 ⇒・Wikipedia(佐藤有文) 参考外部=>佐藤有文 (さとうありふみ)とは【ピクシブ百科事典】 (pixiv.net) 参考外部=>佐藤有文情報まとめメモ (ho-zuki.com) 参考外部=>佐藤 有文の書籍一覧 - honto 【サイト内の主な著書】 ・『魔女の秘法(TWILIGHT ZONE別冊)』, 監修:魔女バベッタ / 佐藤有文, 1984年 |
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●佐藤勝彦(さとうかつひこ) (1945〜); 宇宙物理学者。 専門は, 宇宙論。インフレーション宇宙論の提唱者として知られる。 【参考サイト】 ・「Wikipedia(佐藤勝彦(物理学者))」 【インフレーション宇宙論=>Wikipedia(宇宙のインフレーション)】 参考外部=>こだわりアカデミー(宇宙・地球) 参考外部=>宇宙と光のこと(佐藤勝彦 自然科学研究機構長 インタビュー(第1回)) 【サイト内の主な著書】 ・『(図解)相対性理論と量子論』, 2006年 |
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●佐藤健寿(さとうけんじ) (1978〜); フォトグラファー。 超常現象を調査する 「X51.ORG」 を主宰。 世界中の不思議・奇妙な現象や人物, もの, 場所などを追って世界中を取材している。 【参考文献】 ・『不思議大陸アトランティア・浮上編』【UFOの聖地エリア51の現在;文:佐藤健寿】,2009年 ⇒・Wikipedia(佐藤健寿) 主宰サイト=>X51.ORG 参考外部=>Instagram (X51) 参考外部=>きままなトピックス! (佐藤健寿のプロフィール!年齢や結婚は?作品が面白い!) |
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●佐藤守(さとうまもる) (1939〜); 1966年に航空自衛隊幹部候補生学校の戦闘機課程を卒業後, スクランブル任務, 飛行隊隊長, 基地司令等を経て, 1997年に退官。 飛行時間は, 3800時間におよぶ。 【参考文献】 ・『実録 自衛隊パイロットたちが接近遭遇したUFO』 ⇒・Wikipedia(佐藤守) 参考外部=>Hatena::Diary (軍事評論家=佐藤守のブログ日記) 【サイト内の主な著書】 ・『実録 自衛隊パイロットたちが接近遭遇したUFO』, 2010年 ・『ジェットパイロットが体験した超科学現象』, 2012年 ・『実録・自衛隊パイロットたちが目撃したUFO』, 2014年 ・『宇宙戦争を告げるUFO』, 2017年 |
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●佐野美代子(さのみよこ) (?〜); 国際会議の同時通訳者として20年以上活躍。 モンロー研究所公式アウトリーチ・ファシリテーター。元デンマーク大使夫人。 翻訳, および著書多数あり。得意な語学力と豊かな経験や人脈を生かして, 世界の最新情報を配信中。 【参考文献】 ・『世界の衝撃的な真実 光側の希望』, 2022年 参考外部=>佐野美代子オフィシャルブログ「ザ シークレット 宇宙の真理」Powered by Ameba (ameblo.jp) 参考外部=>佐野美代子の本おすすめランキング一覧|作品別の感想・レビュー - 読書メーター (bookmeter.com) 参考外部=>#122 【ゲスト/世界の裏側】話題の新刊について著者・佐野美代子さんが解説 (youtube.com) 参考外部=>リアルな光と闇 私たちスターシードの役割とは【#佐野美代子 さん】 - YouTube 参考外部=>佐野美代子氏 シークレット・コードについて - YouTube 【サイト内の主な著書】 ・『人類の覚醒に命を懸ける真実追求者たちとの対話 Truth Seekers U』, 2021年 ・『世界の衝撃的な真実 光側の希望』, 2022年 ・『隠されてきた光と闇の 「秘密宇宙プログラム」 のすべて』, 2023年 |
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●サミュエル・ガピ夫人【アグネス・ニコル / アグネス・ガピ・フォルクマン】 ( Mrs. Samuel Guppy 【Agnes Nicholl / Agnes Guppy-Volckman】 ) (1838〜1917);memory (★左がテブ夫人(Mrs Tebb), 中央が ジョージアナ・ホートン(Georgiana Houghton), 右がアグネス・ガピ・フォルクマン(Agnes Guppy-Volckman)) イギリスの スピリチュアリスト の 霊媒者。 彼女はロンドンのリージェンツパーク( Regent's Park )でアグネス・エリザベス・ホワイト( Agnes Elisabeth White )として生まれた。 彼女は, アルフレッド・ラッセル・ウォレス( Alfred Russel Wallace ) の日記に, 彼女の祖父として誤って記録されているウィリアム・グリンゼル・ニコル( William Grinsell Nicholl )との関係から, ミス・アグネス・ニコル( Miss Agnes Nicholl )として知られるようになった。 彼女は後に1867年に, 心霊主義者( spiritualist )のサミュエル・ガピ( Samuel Guppy )の2番目の妻になった。 1875年にガピが亡くなった後, 彼女はウィリアム・フォルクマン( William Volckman )と結婚した。 【参考サイト】(上記画像も) ・「En.Wikipedia (Agnes Guppy- Volckman)」 アグネス・ニコル(後のサミュエル・ガピ夫人)は, 子どものころから幻覚を見, その霊媒力は急激に伸びていった。 初期のころはテーブルを動かし, コツコツという音を引き出すものだったが, 次第に空中浮揚もやるようになり, ついに霊姿化現象(霊を物質化させて見えるようにすること)も, ひき起こせるようになっていった。 【参考文献】(下記から抜粋引用) ・『心霊の世界』【第3章/ ついに科学者が乗り出す】, 著:ロイ・ステマン, 訳:楠田順, 1977年 参考外部=>encyclopedia. com (Guppy-Volckman, Agnes (1838-1917)) 参考外部=>encyclopedia2. the freedictionary. com (Guppy-Volckman, Agnes Nichol Guppy-Volckman, Agnes Nichol (d. 1917)) 参考外部=>psychictruth. info(Medium Anges Nichol Guppy. England. UK.) 参考外部=>peoplepill. com (Agnes Guppy-Volckman) 参考外部=>travispsychic. wordpress. com(A Mediums’ Feud: Agnes Guppy & Florence Cook) |
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●サミュエル・ソール博士 ( Dr. Samuel George Soal ) (1889〜1975);memory サミュエル・ジョージ・ソールは, S・G・ソール(SG Soal)として知られている, イギリスの数学者および超心理学研究家(parapsychologist) 。 彼は, 超心理学(parapsychology)の彼の仕事で, 不正データの作成で起訴された。 【参考サイト】 ・「En.Wikipedia(Samuel Soal)」 参考外部=>En.Wikipedia(Parapsychology) ソール博士は, イギリスの著名なESP(extrasensory perception;超感覚的知覚)研究家, 兼著述家で, SPR(心霊現象研究協会) の会長を歴任している。 彼自身は, オートマティスト(自動書記者) でもあった。 ロンドン大学, ケンブリッジ大学で研究し, 1951年には超心理学の分野でフルブライト研究員となった。 1921〜32年, 統計的にテレパシーの研究を行ない, 1934〜36年に J・B・ライン(Joseph Banks Rhine)教授 の実験を追試した。 1956年に出版した 『読心者(The Mind Reader)』 で, マクドーガル記念賞を受賞している。 【参考文献】(下記から引用) ・『スピリチュアル用語辞典』【ソール博士、S・G】, 著:春川栖仙, 2009年 参考外部=>Wikipedia(超感覚的知覚) 参考外部=>En.Wikipedia(Extrasensory perception) サミュエル・ソール博士は, ブランチ・クーパー夫人(Mrs. Blanche Cooper) と組んで, 霊の交信についての実験調査を1921〜22年にかけて行ない, いろいろなエピソードを残している。 【参考文献】(下記を抜粋) ・『心霊の世界』【第8章/ ふるい分けられた証拠】, 著:ロイ・ステマン, 訳:楠田順, 1977年 参考外部=>psi- encyclopedia. spr.ac.uk (Samuel Soal) 参考外部=>encyclopedia2. the freedictionary. com (Soal, Samuel George) 参考外部=>psireport. wordpress. com (Un enigma psichico: S.G. Soal) 参考外部=>parapsychology. quora. com (Dr Samuel Soal (1889-1975)) 参考外部=>pflyceum. org (SAMUEL GEORGE SOAL) 参考外部=>shutterstock. com(*) |
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●サム・ジアンカーナ【サルヴァトーレ・"サム"・ジアンカーナ】 ( Salvatore "Sam" Giancana ) (1908〜1975);memory アメリカ合衆国のマフィア。 1957年から1966年までシカゴのマフィア集団であるシカゴ・アウトフィットのボスであった。 アル・カポネ(Al Capone)の部下として頭角を現し, やがてシカゴを牛耳るボスとなる。 ケネディ家と古くから深い繋がりを持っており, ジョン・F・ケネディ(John Fitzgerald Kennedy) の当選の陰の功労者であることが明らかになっているだけでなく, 暗殺の黒幕の1人とも言われている。 【参考サイト】 ・「Wikipedia(サム・ジアンカーナ)」 参考外部=>Wikipedia(アル・カポネ) ⇒・Wikipedia(英語版;Sam Giancana) シカゴ政界のボス, リチャード・デイリー(Richard J. Daley)市長は, 開票途中で ケネディ(ジョン・F・ケネディのこと) に電話をかけている。「ちょっとした運と少数の親友の助け」 があれば大丈夫だ。ここは安心してくれ。 デイリー・マシーンと異名を取った組織に, マフィアのボスであるサム・ジアンカーナも協力した。シカゴを牛耳っていた彼は, ケネディ当選は自分のおかげだと誇らしげに語っている。 とすれば, ケネディ政権がマフィア撲滅に乗り出した時, 彼が感じた怒りのほどは想像にかたくない。のちにいわれるように, それが ケネディ暗殺 につながったとしても不思議ではない。 【参考文献】(下記より引用) ・『ケネディという名の神話』【第1章/ ホワイトハウスへの道;決戦の日】, 著者:松岡完, 2023年 参考外部=>En.Wikipedia(Richard J. Daley) 参考外部=>Sam Giancana - JFK, Death & Movie (biography.com) 参考外部=>Sam Giancana - The Mob Museum 参考外部=>Sam Giancana | Chicago mobster, Mafia boss, organized crime | Britannica |
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●サンドル・フェレンツィ ( Sándor Ferenczi ) (1873〜1933);memory フェレンツィは、ハンガリーの精神分析医であり, 精神分析学部の主要な理論家であった。 ジークムント・フロイト とは親しい仲間であったが, フェレンツィは実母や乳母に虐待されて育ったと言われており, そのせいか アルフレッド・アドラー とは別の意味でフロイトのエディプスコンプレックスの理論を受け入れなかった。 フロイトが反対気味だった心的外傷(トラウマ)の研究を晩年まで行っていたことで知られており、近年その実績が再評価されている。 【参考サイト】 ・「Wikipedia(フェレンツィ・シャーンドル)」 ・「En.Wikipedia(Sándor Ferenczi)」 参考外部=>Wikipedia(エディプスコンプレックス) 参考外部=>Wikipedia(アンビバレンス) 参考外部=>Wikipedia(心的外傷) 参考外部=>encyclopedia. com(Ferenczi, Sándor (1873-1933)) 参考外部=>encyclopedia. com(Ferenczi (Fraenkel), Sándor) 参考外部=>newworld encyclopedia. org(Sándor Ferenczi) 参考外部=>freud.org.uk (Sándor Ferenczi (1873-1933) was one of the most innovative psychoanalysts of his generation.) 参考外部=>sandorferenczi. org (About Ferenczi) |
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●篠田航一(しのだこういち) (1973〜); 早稲田大学政治経済学部卒業。 1997年毎日新聞社入社。甲府支局, 武蔵野支局を経て, 東京本社社会部で東京地検特捜部などを担当。 ドイツ留学後, 2011年から4年間, ベルリン特派員としてドイツの政治・社会情勢を取材。 青森支局次長を経て, 2017年からカイロ特派員。 著書に 『ナチスの財宝』(講談社現代新書), 共著に 『独仏「原発」二つの選択』(筑摩選書)がある。 【参考文献】 ・『ヒトラーとUFO』, 著者:篠田航一 参考外部=>mainichi.jp(毎日新聞;政治プレミア(篠田航一)) 参考外部=>平凡社(篠田航一) 参考外部=>講談社BOOK倶楽部(ナチスの財宝) 参考外部=>hmv.co.jp(篠田航一 プロフィール) 【サイト内の主な著書】 ・『ヒトラーとUFO』,2018年 |
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●志水一夫(しみずかずお) (1954〜2009);memory ⇒ 「と学会」 創設メンバーの1人。 超常現象を徹底的に研究し, 4万冊に及ぶ関連書籍を読みあさっていて, その知識は半端なものではなかった。 黒沼健 氏を心底から尊敬していた。 (出典;『スナミちゃんの超能力研究室』/ 著者:角南攻) ⇒・Wikipedia(志水一夫 ((作家)) 参考外部=>毎日がエドガー・ケイシー日和(志水一夫さん) |
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●澁澤龍彦(しぶさわたつひこ) (1928〜1987);memory 著作家。 マルキ・ド・サドの著作を日本に紹介した。 また, 人間精神や文明の暗黒面に光をあてるエッセイを発表し, 注目を集めた。 ⇒・Wikipedia(澁澤龍彦) 【マルキ・ド・サド=>Wikipedia(マルキ・ド・サド)】 参考外部=>【澁澤龍彦の生涯】破天荒なシュールレアリスト | 小説丸 (shosetsu-maru.com) 参考外部=>澁澤龍彦 (しぶさわたつひこ)とは【ピクシブ百科事典】 (pixiv.net) 【サイト内の主な著書】 ・『東西不思議物語』,1982年 |
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●シャルル・リシェ ( Charles Robert Richet ) (1850〜1935);memory シャルル・ロベール・リシェは, フランスの生理学者。 1913年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。アレルギー研究の父でもある。 心霊現象 の研究でも知られ, 1905年には 心霊研究協会(SPR) の会長もつとめている。 1893年には話題になっていたイタリア人の女性霊媒 エウサピア・パラディーノ(Eusapia Palladino) を調査する過程で, エーテル体を物質化または視覚化する半物質を発見し, ギリシア語のecto(外の)とplasm(物質)を組み合わせて 「エクトプラズム」 という新語をつくりだしたことでも知られている。 【参考サイト】 ・「Wikipedia(シャルル・ロベール・リシェ)」 フランスの生理学者で心霊研究家のシャルル・リシェ教授は, 霊姿化(物質化)現象 のいくつかは実際にあると信じるようになった人である。 しかし, そのリシェも,死後の生命まで信ずるのは難しいとしていた。彼は霊姿化現象を 「途方もないことだが真実である」 と言っている。 そしてさらに, 「たとえ(実例ではないが)死んだ人間の姿と全く同じ姿が写真に撮影されたとしても, 200年も前に死んで骨ばかりとなった者が, なぜ肉体を備えて現われるのか, 理解できない」 とも言っている。 【参考文献】(以下より引用) ・『心霊の世界』【第5章/ 霊媒と霊信】, 著:ロイ・ステマン, 訳:楠田順, 1977年 ⇒・Wikipedia(英語版;Charles Richet) 参考外部=>crd.ndl.go.jp (フランスの生理学者 シャルル・ロベール・リシェ) 参考外部=>encyclopedia. com (Richet, Charles Robert) 参考外部=>nobelprize. org (Charles Richet Biographical) 参考外部=>britannica. com (Charles Richet) 参考外部=>jnnp.bmj. com (Charles Robert Richet (1850-1935)) |
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●シャーロット・ブロッブ (?〜); ジョージ・アダムスキー(George Adamski)氏 の宇宙哲学啓蒙活動を引き継ぎ, UFO教育センター(カルフォルニアに本部を置いた)の幹部として活躍した。 彼女自身も, 宇宙人とのコンタクト体験をもつ。 【参考文献】 ・『UFOと宇宙』(No.36):1978年, 【シャーロット・ブロッブに直撃インタビュー】, 訳:赤尾泉 参考外部⇒みお&ゆきのツキアップ日記 |
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●庄司浅水(しょうじせんすい) (1903〜1991);memory 書籍研究家。ノンフィクション作家。 ⇒・Wikipedia(庄司浅水) 参考外部=>レファレンス協同データベース(庄司浅水について知りたい) 【サイト内の主な著書】 ・『世界の怪奇』,1975年 ・『世界の謎と不思議』,1977年 |
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●白石雅彦(しらいしまさひこ) (1961〜); 映画研究家, 脚本家, 映画監督。 著書に 『円谷一』 『飯島敏宏』 『「ウルトラQ」の誕生』ほか, 脚本に 『ソニックX』 『大正野球娘』 『キングダム』 などがある。 【参考文献】 ・『「ウルトラマン」の飛翔』, 著者:白石雅彦 ⇒・Wikipedia(白石雅彦) 参考外部=>読書メーター (「ウルトラQ」の誕生) 参考外部=>weblio辞書(白石雅彦) 【サイト内の主な著書】 ・『「ウルトラQ」の誕生』,2016年 ・『「ウルトラマン」の飛翔』,2016年 ・『「ウルトラセブン」の帰還』,2017年 |
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●白神じゅりこ(しらかみじゅりこ) (?〜); 新感覚オカルト作家。 Webサイト 『TOCANA』, 『ムー』(学研プラス), 『実話ナックルズ』(ミリオン出版)にて執筆中。 共著に 『恐怖の洗脳ファイル』 『UMA 未確認生物の真実』(ダイアプレス)がある。 また, 『ビートたけしの超常現象(秘)Xファイル』(テレビ朝日系)にも出演。 【参考文献】 ・『日本懐かしオカルト大全』, 2018年 参考外部=>滅亡ちゃんねるby白神じゅりこ - YouTube 参考外部=>Facebook 【サイト内の主な著書】 ・『日本懐かしオカルト大全』, 著者:寺井宏樹 白神じゅりこ, 監修:並木伸一郎, 2018年 |
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●ジェイミー・シャンドラ ( Jaime Shandera ) (?〜); ロスアンゼルスの映像ディレクター。 MJ-12文書 を, 最初( 1984年12月 )に受け取った人物として有名である。 シャンドラは, スタントン・フリードマン(Stanton Terry Friedman), ウィリアム・ムーア(William L. Moore) らとともに, この文書の解明に乗り出す。シャンドラが, UFOに関するドキュメンタリー番組に取り掛かっていた当時, 1984年12月11日のことである。 自宅の郵便受けに, 未現像の35ミリフィルム1巻が, 差出人のない封書で入っていた。 フィルムには, タイトルが 「MJ-12」 とつけられた8頁の文書が撮影されており, 内容は, 1947年7月にロズウェル付近に墜落した, 地球外から来たと思われる飛行物体とその乗組員の人間に似た生き物の遺体4体を回収したというものであった。 【参考文献】 ・『MJ-12の謎と第18格納庫の秘密』, 1990年 ・『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』, 2015年 参考外部=>slate.com(The FBI Debunked These UFO Documents in the Most Childish Way Possible) 参考外部=>imdb.com(Jaime H. Shandera) 参考外部=>YouTube(Jaime Shandera UFO) 参考外部=>En.Wikipedia(Majestic 12) 参考外部=>obscurantist.com(JAMIE SHANDERA) |
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●ジェシー・マーセル ( Jesse Marcel ) (1907〜1986);memory ロズウェル事件で, 残骸の調査に最初に派遣された, 第509爆撃航空団 の首席情報官。当時は, 少佐。 マーセルは, 第509爆撃航空団の司令官ブランチャード大佐の命令で, ロズウェルから70マイル(約110km)ほどのところにあるフォスター牧場に, ウィリアム・マック・ブレイゼル(William "Mac" Brazel) がロズウェルに持ち込んだ奇妙な破片を分析するために赴いた。 マーセルは, 陸軍在籍中, ヴァージニア州にあるラングレー空軍基地で無線測風気球を含むレーダーとレーダー物標, についての教育を受けていた。 また, マーセルは幼い頃からの無線マニアだった。アメリカ連邦通信委員会のライセンスと最先端の無線機器が必須のアマチュア無線家でもあった。このため, 分析した破片が気象観測用気球であれ, プロジェクト・モーグル であれ, マーセル少佐ならやすやすと見分けがついたはずである。 【参考文献】 ・『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年 ⇒・Wikipedia(英語版;Jesse Marcel) 参考外部=>Wikipedia (ロズウェル事件) 参考外部=>Wikipedia (ロズウェル事件の目撃談) 参考外部=>web.archive.org(ロズウェル事件に関係する人物) 参考外部=>A Different Perspective (The Roswell UFO and Jesse Marcel) 参考外部=>history.co.uk(JESSE MARCEL: ROSWELL'S 'FIRST WITNESS') 参考外部=>theguardian.com (Roswell author who said he handled UFO crash debris dies at 76) |
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●ジェシー・マーセル・ジュニア ( Jesse Marcel Jr ) (1936〜2013);memory ロズウェル事件 で, 父の マーセル少佐 が, 残骸の一部を持ち帰る際に自宅に立ち寄り, 眠っていたところを起こされ, その物体を見せてもらった。 マーセル少佐の死後, 真相公表の遺志を継ぎ活動した。 耳鼻咽喉科の医学博士であり, モンタナ州軍の大佐としてヘリコプター操縦士として活躍した。 【参考文献】 ・『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』, 2015年 参考外部=>You Tube (Jesse Marcel Jr. talks about UFO Crash Debris in Roswell 2010) 参考外部=>theguardian.com (Roswell author who said he handled UFO crash debris dies at 76) 参考外部=>imdb.com(Jesse Marcel Jr.) |
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●ジェラルディン・カミンズ ( Geraldine Dorothy Cummins ) (1890〜1969);memory ジェラルディン・ドロシー・カミンズは, アイルランド のスピリチュアリスト の 霊媒者(spiritualist medium)で, 小説家であり, 劇作家でもあった。 最も著名な オートマティスト(Automatist;自動霊媒, 自動書記霊媒) の一人。 彼女の自動書記能力は少女時代から発揮された。 【参考サイト・文献】 ・「En.Wikipedia(Geraldine Cummins)」 ・『スピリチュアル用語辞典』, 著:春川栖仙, 2009年 アイルランドの霊媒ジェラルディン・カミンズの自動書記の内容は, 主として神秘的なものが多かった。それは驚くばかりの博識を示していた。 ウィニフレッド・クーム・テナント(Winifred Coombe Tennant)夫人 が死亡したのは, 1956年8月である。その息子ヘンリー・テナント少佐は, 亡き母と霊信をしたいと依頼した。 それから2年間に, カミンズは40回にものぼる霊信筆記を, テナント夫人,すなわちテナント少佐の母親から受け取った。その霊信のほとんどをカミンズは, 著書 『黒海の白鳥(Swan on a Black Sea)』 の中で紹介し, 1965年に出版した。編集に当たったのは, シグネ・トクスビッグである。この霊信筆記は心霊研究上, 最も重要な資料となっている。 その中でテナント夫人の霊は, 自分の生涯, 自分と関係のあった人々, そして心霊術についての仕事(ウィレット夫人(Mrs Willett)という霊媒名で行なっていた)に関することについても述べている。それには, 人の名前, 日時, その他の細かいことが記されているが, それらはわずかな例外を除けば, そのことごとくが正確に述べられていることがわかっている。 初めは懐疑的であったヘンリー・テナント少佐は, 最初の霊信を受けたのち, ジェラルディン・カミンズに手紙を書き, こう言っている。「これらの筆記録を調べれば調べるほど, 私はますます深い感銘を覚えずにはいられない」 と。 彼は1か所の間違った名前を指摘し, こうつけ加えた。「ほかの事例や名前は正確で, 時には驚かされることもあった。多くのことは, 私の知らないことなので, 何もかもに関心をひかれたわけではなかったが・・・。」 ジェラルディン・カミンズは, 自分の能力については非常に謙虚であった。彼女が1969年に死ぬ直前, 「ウィレット(テナント夫人の別名)の霊信を受けるまでは, 死後も魂が生き続けるという説について, 論破できないほどの証拠は, まだ出されていないと思っていた」 と告白したほどである。 この目標に到達するまでに, 彼女は霊媒として35年の年月をすごしたのであった。 【参考文献】(以下より抜粋引用) ・『心霊の世界』【第5章/ 霊媒と霊信】, 著:ロイ・ステマン, 訳:楠田順, 1977年 参考外部=>spiritualfriends.work(自動書記による霊界通信【第三回】人間イエスの謎に迫るジェラルディン・カミンズとフロリゼル・フォン・ロイター ) 参考外部=>psi- encyclopedia. spr.ac.uk (Geraldine Dorothy Cummins) 参考外部=>academia. edu (Writer, Medium, Suffragette, Spy? The Unseen Adventures of Geraldine Cummins ) 参考外部=>encyclopedia. com (Cummins, Geraldine Dorothy (1890-1969)) 参考外部=>encyclopedia2. the freedictionary. com(Cummins,Geraldine Cummins,Geraldine (1890-969)) |
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●ジェラルド・アンダーソン ( Gerald Anderson ) (?〜); 「もう一つのロズウェル事件」 で, 事件現場となったサン・アーグスティーン平原で, 宇宙人の死体を見たという人物。 アンダーソンは, 1990年になってから, 43年前(当時5歳)の事件の目撃者であることを名乗り出た。 彼は以前に警察署長を務めたこともあり, 名乗り出た当時は, ミズリー州スプリングフィールドで警備会社に勤務していた。 アンダーソン一家は, 1947年7月に, インディアナ州からニューメキシコ州のアルバカーキに移住してきた。この南西部に来て2日目(7月5日)に, ジェラルドは叔父のテッドや兄たち5人と, 岩石の採集に出かけて, 砂漠の中に墜落した円盤や宇宙人を目撃したという。 【参考文献】 ・『宇宙人の死体写真集2』1991年, 著者:中村省三 参考外部=>The Roswell Files (Gerald Anderson) 参考外部=>classicufo. com (Gerald Anderson: two crashes at Roswell? (audio)) 参考外部=>Crop Circles (Gerald Anderson’s Roswell Testimony: Polygraph Proven!) 参考外部=>Wikipedia (ロズウェル事件) 参考外部=>Wikipedia (ロズウェル事件の目撃談) 参考外部=>web.archive. org(ロズウェル事件に関係する人物) |
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●ジェラルド・R・フォード
( JGerald Rudolph "Jerry" Ford, Jr. ) 【フォード大統領】 (1913〜2006); memory アメリカ合衆国の政治家。下院議員, 第40代副大統領, 第38代大統領を歴任した。 共和党員。再婚した実母の連れ子として改名するまでの名は, レズリー・リンチ・キング・ジュニア(Leslie Lynch King, Jr.)。 1973年にスピロ・アグニューが, 副大統領を辞任した後, 大統領指名と上下両院の承認を得て, 副大統領に就任(初のケース)した。 翌1974年には, リチャード・ニクソン(Richard Milhous Nixon) の大統領辞任をうけて大統領に昇格したため, 大統領選挙を経ずに大統領になった。 現職として戦った1976年の大統領選挙には敗れているので, 2018年現在において, 合衆国大統領選挙に勝利して, 選出されたことのない, 唯一のアメリカ合衆国大統領である。 【参考サイト】 ・「Wikipedia(ジェラルド・R・フォード)」 フォードは, ミシガン州の下院選挙区5区選出の議員として, 27年間アメリカ議会下院に在籍した。 1966年に, フォード選挙区の一部であるミシガン州南東部にUFOが飛来し, この事件について捜査するよう, 政府に強く要請する活動に深くかかわった。 このときのフォードの活躍は, はからずも別の面で大きな役割を果たした。 政府がコロラド大学と エドワード・コンドン(Edward Uhler Condon)博士 にUFOの問題についての調査 (「コロラド・プロジェクト」) を委託し, その結果, 1967年に発表されて論議を呼んだ コンドン・レポート が, 世に出るきっかけを作ったのである。 【引用文献】 ・『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』:2015年 ⇒・Wikipedia(英語版;Gerald Ford) 参考外部⇒世界史の窓 (フォード(アメリカ大統領)) |
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●ジェローム・クラーク ( Jerome Clark ) (1946〜); UFO(未確認飛行物体)や超常現象を専門とするアメリカの研究者兼作家。 彼は 『Fate』 誌および 『International UFO Reporter』 の編集者であり, またCUFOS(Center for UFO Studies【UFO研究センター】)の役員も務めている。 カントリーミュージックとフォークミュージックのソングライターでもある。 【参考サイト】 ・「En.Wikipedia(Jerome Clark)」 参考外部=>david halperin (My Friend Jerry- Jerome Clark- and "The UFO Encyclopedia") |
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●ジェームズ・ジーザス・アングルトン ( James Jesus Angleton ) (1917〜1987); memory アメリカ合衆国の情報機関である, 中央情報局(CIA) の工作官。防諜担当副次官を歴任した。 アングルトンは, OSSの後継組織を経てCIAへ入局した。 CIA防諜部長に, 1954年に アレン・ダレス(Allen Welsh Dulles) によって任命され, ウォルター・ベデル・スミスからリチャード・ヘルムズまで6代に渡る長官の下, 1974年に退任するまで, 防諜活動の長として活躍した。 1940年代後半と50年代初頭, アメリカの領空に侵入する空飛ぶ円盤が増加し, アングルトンは対応に忙殺された。彼はこの問題に執拗なまでの関心を抱いており, 国家が保有するこの問題に対する知識は, 厳重に守られるべきだと信じていた。 【参考文献】 ・『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』, 2015年 CIAテルアヴィヴ支局長のジェームズ・アングルトンは, ソ連の策略を暴くことに自らのキャリアを捧げた男だが, 全体主義的な政府は必ず西側諸国を混乱させるというのが彼の持論だった。が, ソ連の策略を阻止しないかぎり, 民主主義の凋落は避けられないという彼の信条は彼を偏執狂的にし, 極端に走らせもした。 そんな彼は, ソ連の二重スパイにして元KGB職員, ユーリ・イワノヴィッチ・ノセンコを3年にわたり, 合衆国内のCIAの秘密営倉に監禁する。そして, 口を割らせ, 真実を語らせようとさまざまな拷問を行う(嘘発見器によるたび重なるテストののち, ノセンコはようやく解放され, 偽名で合衆国に永住。彼が, ほんとうはどちらの勢力に忠誠を誓っていたかについては, いまだに議論が分かれている)。 いずれにしろ, このノセンコの一件で, アングルトンは失却して解雇され, CIAの面目も失われる。 【参考文献】(下記より引用) ・『エリア51』, 2012年, 著者:アニー・ジェイコブセン, 訳者:田口俊樹 参考外部=>Wikipedia(ユーリ・イワノビッチ・ノセンコ) ⇒ ・Wikipedia(ジェームズ・アングルトン) ⇒ ・Wikipedia(英語版;James Jesus Angleton) |
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●ジェームズ・チャーチワード ( James Churchward ) (1851〜1936); memory ムー大陸についての著作を書いた作家。 イギリス陸軍の退役軍人で, 青年時代, 軍務でインドに1868年から12年間駐在した。 この間に太平洋の失われた超古代大陸の存在を知り, 研究の方針を定めたようである。 その後, 超古代大陸存在の証拠を求めて, 世界遍歴は, 実に 50年におよんだ。資料と写真類を携えて, ニューヨークに腰を落ち着き, 筆をとったのときは, 70歳をかなり越していた。 『The Lost Continent of Mu(失われたムー大陸)』 がニューヨークで出版されたのは, 1931年のことである。 学界は, この書を冷笑したが, 一般の反響は驚くべきものがあり, たちまち版を重ねた。 【参考文献】 ・『ムー大陸』, 1977年 ⇒ ・Wikipedia(ジェームズ・チャーチワード) ⇒ ・Wikipedia(英語版;James Churchward) 参考外部=>超常現象の謎解き (伝説の超古代文明「ムー」) 参考外部=>松岡正剛の千夜千冊 (失われたムー大陸) 参考外部=>不思議なチカラ (人類発祥の地?ジェームス・チャーチワードによるムー大陸伝説) 参考外部=>wnyc.org(WNYC and the Land of Mu) 【サイト主な著書】 ・『ムー大陸』, 著:ジェームズ・チャーチワード, 訳:小泉源太郎 |
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●ジェームズ・ハービー・ヒスロップ ( James Hervey Hyslop ) (1854〜1920);memory ジェームズ・ハービー・ヒスロップ教授は, アメリカの心霊研究家(psychical researcher), 心理学者(psychologist), およびコロンビア大学の倫理と論理の教授。 レオノーア・パイパー夫人(Leonora Evelina Piper ) の霊能現象を研究したことによって, 死後個性の存続を確信するに至った。 また彼は, 多重人格について徹底的に研究した。例えば, ドリス・フィッシャー(Doris Fischer)の事例やトンプソン・ギフォード事件(Thompson Gifford Case)の例のように, その原因が霊魂の憑依に帰(き)せられるという見解を支持した。 また彼は, 心理学(psychology)と心霊現象(psychic phenomena)を結びつけた最初のアメリカの心理学者の一人であった。 1906年, 彼はニューヨーク市の ASPR(アメリカ心霊研究協会) の再編成を支援し, 亡くなるまで組織の理事を務めた。 【参考サイト・文献】 ・「En.Wikipedia(James H. Hyslop)」 ・『スピリチュアル用語辞典』, 著:春川栖仙, 2009年 参考外部=>psi- encyclopedia. spr.ac.uk (Doris Fischer) 参考外部=>psi- encyclopedia. spr.ac.uk (Thompson Gifford Case) 参考外部=>occult- world.com (Thompson/Gifford Obsession) 1905年に リチャード・ホジソン(Richard Hodgson)博士 が亡くなると, レオノーア・パイパー夫人 の心霊能力の研究は, コロンビア大学の論理学と倫理学の教授, ジェームズ・ハービー・ヒスロップ教授に受け継がれた。 同時に彼は, 同僚であったホジソン博士からの霊信(霊からの通信・メッセージ)を研究することになった。ホジソン博士もまた, 霊信者(送信者)の常連になったというわけである。 ヒスロップ教授がパイパー夫人に初めて会ったのは, 1888年だった。そして, 夫人の霊能力に対する教授の疑いは, すぐに解かれたのだった。12回の 降霊会 で, パイパー夫人を通じて, 教授に交信してきた人たち -そして彼らが示した証拠- が, あまりにも強烈な印象を与えたために, 教授は, こう言明することになる。 「私は父, 兄, そしておじと話をした。この心霊能力が, パイパー夫人の第2の人格によって作られたものであったとしても, その第2の人格がここまで完璧に, 私の死んだ親戚の精神的な特徴を再生し得るとは, とても信じられるものではない。むしろ私は, 亡くなった親戚の本人と話をしていると信じたい。そのほうが, むしろ理解しやすいからである。」 【参考文献】(以下より引用) ・『心霊の世界』【第5章/ 霊媒と霊信】, 著:ロイ・ステマン, 訳:楠田順, 1977年 参考外部=>occult- world.com (Hyslop, James Hervey) 参考外部=>encyclopedia. com (Hyslop, James Hervey (1854-1920)) 参考外部=>goodreads. com (James Hervey Hyslop) 参考外部=>montclairlocal. news (History and heritage: medium James Hyslop) |
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●ジェームズ・フォレスタル ( James Vincent Forrestal ) (1892〜1949);memory アメリカ合衆国の政治家, 軍人。 海軍長官, 国防長官, 海軍次官補を歴任した。 航空母艦を中心とした空母機動部隊構想の支持者として知られる。 海軍の最初の超大型空母フォレスタル(USS Forrestal, CVA-59)は彼にちなんで命名された。 【参考サイト】 ・「Wikipedia(ジェームズ・フォレスタル)」 そのころ, グレイのUFOが墜落した ロズウェル事件 を受けて, 「マジェスティック12」 委員会(MJ-12) が設立されます。1947年9月24日のことです。 「マジェスティック12」 は, 科学者, 軍の高官, 政府高官からなる12名のメンバーで組織された超極秘の機関で, 回収した宇宙船の分析やグレイとの交渉が主な任務でした。 海軍長官のジェームズ・フォレスタルも, 初期メンバーに入っています。ところが, 1949年5月22日にジェームズ・フォレスタルは 謎の死 を遂げています。 【参考文献】(下記より引用) ・『世界の衝撃的な真実 光側の希望』【第1章/銀河連合や異星人の地球における活動記録】, 著:佐野美代子, 2022年 ⇒ ・Wikipedia(英語版; James Forrestal) 参考外部=>国防長官はなぜ死んだのか |コーネル・シンプソン, 太田 龍, 佐々木 槙 |Amazon 参考外部=>「CIRCA 1948 - 国防長官ジェームス・フォレスタルの動画素材(ロイヤリティフリー)1097354423 | Shutterstock 参考外部=>BottomUpReview-sec10.pdf (jiia.or.jp) 参考外部=>James V. Forrestal (navy.mil) 参考外部=>James V. Forrestal | Cold War, Navy, Politics | Britannica 参考外部=>James V. Forrestal > Historical Office > Article View (defense.gov) |
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●ジェームズ・ブレイド ( James Braid ) (1795〜1860);memory イギリス, スコットランドの外科医であり催眠の研究者。 外科医としては内反足の治療法に対する先駆的な研究を残し, また催眠や催眠療法についての極めて重要な革新をもたらした。 現在, 彼は催眠療法と近代催眠の父と, 多くの人にみなされている 。 【参考サイト・文献】 ・「Wikipedia(ジェイムズ・ブレイド)」 ・『ザ・ストレンジブック』, 1980年 ⇒ ・Wikipedia(英語版;James Braid (surgeon)) 参考外部=>jamesbraidsociety. com (About Dr James Braid) 参考外部=>history ofhypnosis. org (The History of Hypnosis) |
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●ジェームズ・ベンソン・アーウィン ( James Benson Irwine ) (1930〜1991);memory アメリカの宇宙飛行士。 1971年7月26日, アポロ15号で人類4度目の月面着陸に成功する。 退役後は, 牧師として布教活動に従事。第2の人生を, ノアの箱舟探索に捧げた。 アーウィンは, アポロ15号で月面に立ち, そこで神の声を聞いたという。 1982年と翌年の2回, 箱舟を探しに探検隊を率いて, アララトに挑んだが失敗している。 【参考文献】 ・ 『山の不可思議事件簿』:2015年 ⇒ ・Wikipedia(ジェームズ・アーウィン) ⇒ ・Wikipedia(英語版;James Irwin ) (★月面で敬礼するジェームズ・アーウィン) ■サイト:「natgeo.nikkeibp.co.jp」から 参考外部=>livedoor.jp青い空に白い雲(神を語る宇宙飛行士たち) 参考外部=>britannica. com (James B. Irwin) 参考外部=>encyclopedia. com (Irwin, James Benson) |
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●ジェームズ・ランディ ( James Randi ) (1928〜2020);memory カナダ, トロント出身の奇術師, 疑似科学批判家, 懐疑論者。 ジ・アメージング・ランディ(The Amazing Randi)の名前でも知られる。本名は, Randall James Hamilton Zwinge。 ランディ少年15歳時, 宗教集会で行われていた 「降神術」 を暴いたが, 逆に大人たちから 「神聖な宗教の集まりを汚した」 として警察に訴えられ, 拘置所に4時間抑留されてしまう。 ランディは, このときのことを 「世界中の心霊術師, 超能力者にとって最も不幸な出来事」 であったと語っている。 彼は, このときイカサマ心霊術師に対し一生をかけた復讐を誓い, その後の人生で数多くのイカサマを暴いてきた。 1950年代から, 脱出技を得意とするプロマジシャンとして活躍。 1970年代には, ユリ・ゲラー(Uri Geller) との対決で世界的な注目を集める。 1980年代では, ピーター・ポポフという, 信仰治療を行う人気テレビ伝道師のイカサマを暴露したことでも注目を集めた。 CSICOP(サイコップ) 創設メンバー。 1981年に発見された小惑星 「ランディ」 は, 彼の名誉にちなんで命名された。 【参考サイト】(そのまま抜粋) ・「Wikipedia(ジェームズ・ランディ)」 ⇒ ・Wikipedia(英語版;James Randi) 参考外部=>Skeptic's Wiki (ジェイムズ・ランディ (James Randi)) |
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●ジェームズ・E・マクドナルド ( James E. McDonald ) (1920〜1971);memory アメリカの物理学者。 1960年代後期(1966年〜1971年)に, UFO問題のための真摯な啓蒙活動をした。 米国報道連合会, カナダ航空宇宙協会, 合衆国議会, 国連での演説, 大学での講演等々を行って, 亡くなる1971年にはオーストラリア・ニュージーランド科学振興協会 『ANZAS』 で開催されるUFO会議に, 来賓として招かれていたが, 博士の死により実現されなかった。 博士は頭脳明晰で, 分析力に秀で, 進取の気性に富みながらも, 批判的な姿勢も兼ね備え, 旺盛でひたむきな好奇心の持ち主であった。彼のUFO現象に対する画期的な調査は, 現在も引き継がれ研究されている。 J・アレン・ハイネック(J. Allen Hynek)博士 との真っ向からの対決は, UFO研究の世界では今も語り継がれている。 【参考文献】 ・『UFOと宇宙(No.33)』【日本の科学者に問う(2), 文:森脇十九男】, 1978年 ・『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』:2015年 マクドナルドと ハイネック がまだ生きていて, その調査を続けていたら, 現代のUFO研究はどうなっていただろう, と想像せずにはいられない。 彼らの業績を, のちに現われたUFO研究家であり核物理学者の スタントン・フリードマン(Stanton Terry Friedman) の研究と融合させたら, UFO学は今よりもはるかに進歩していたことを, 私は信じて疑わない。 【参考文献】(引用) ・『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』2015年, 著:ラリー・ホルコム ジェームズ・E・マクドナルド博士。今は亡き気象学の教授で, アリゾナ大学の大気物理学の古参物理学者, わたしが模範とした真の科学者であり, 大切な友であった。 「真にやさしい人間」 - わたしを取材したことのあるニューヨーク・タイムズのレポーターは, マクドナルドの不意の死を知って, そう言葉にしている。 −リチャード・ホール(Richard H. Hall)− 【参考文献】(引用) ・『UFOに関する極秘ファイルを入手した。』, 著:リチャード・ホール, 訳:青木日出夫, 1989年 ⇒・Wikipedia(英語版;James E. McDonald) 参考外部=>azarchivesonline. org (James E. McDonald papers, (1904-1997)) 参考外部=>speccoll. library. arizona. edu(JAMES E. MCDONALD PAPERS) 参考外部=>SSPC学術研究出版センター (ジェームズ・E.マクドナルド博士) |
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●ジミー・カーター
( James Earl "Jimmy" Carter, Jr. ) 【カーター大統領】 (1924〜); アメリカ合衆国の政治家。ジョージア州上院議員, ジョージア州知事, 第39代アメリカ合衆国大統領を歴任。 2002年ノーベル平和賞受賞。バプテスト派キリスト教信者。 【参考サイト】 ・「Wikipedia(ジミー・カーター)」 カーター大統領はジョージア州知事になる前, ジョージア州リーリィで, ライオンズクラブの会合に出席しているときに, 他の大勢のクラブメンバーと共に, UFOを5〜10分間目撃している。 それは, 1969年1月に起きた。「物体は迎角約30度のところにあり, 月ほどの大きさに見えた。次第に小さくなって, 赤い色に変わったが, また大きくなった」 と, 1973年9月のダブリンでの記者会見で説明している。 【参考文献】 ・『UFOと宇宙』(No.24):1977年, 【カーター大統領はUFOを見た】 ・『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』:2015年 ⇒・Wikipedia(英語版;Jimmy Carter) 参考外部=>dateiwao.fc2web.com(カーター 元大統領のUFO接近遭遇) 参考外部=>En.Wikipedia(Jimmy Carter UFO incident) |
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●ジム・マース ( Jim Marrs ) (1943〜); 世界ナンバーワンの陰謀論作家。 ノース・テキサス大学を卒業後, 「フォートワース・スター・テレグラム」 など, テキサス州の新聞数紙で記者を務めた。 ベトナム戦争中には, 諜報部員として従軍。米陸軍の数々の機密事項に接した。 『秘密統治』 『第四帝国の台頭』 『クロスファイア:ケネディ暗殺の陰謀』 などの著作を持つ。 【参考文献】 ・『秘密の話』, 2013年 ⇒ ・Wikipedia(英語版;Jim Marrs ) 参考外部=>第二級活字中毒者の遊読記(「秘密の話」ジム・マース) 参考外部=>読書(ジム・マース マスメディア・政府機関が死に物狂いで隠蔽する秘密の話) 参考外部=>digital.library. unt.edu(Jim Marrs Collection) 【サイト内の主な著書】 ・『秘密の話』, 著者:ジム・マース, 訳者:渡辺亜矢 |
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●ジャック・バレー ( Jacques Fabrice Vallee ) (1939〜); (★ハイネック博士(左) とバレー博士) フランス生まれ。天体物理学者, 数学者, コンピュータの専門家でもある。 1961年, フランスの人工衛星追跡チームとして働いたときからUFOに関心をもつようになり, 同じような関心を持つ他の科学者たちと秘密のグループ(見えない大学)を組織した。 バレーの名声が広く知れわたるようになったのは, 1978年11月28日に, 国連特別政治委員会で, UFO問題について証言してからのことである。 【参考文献】 ・『UFOと宇宙』(NO.61,1980年) 【UFO研究会の孤高の星, ジャック・バレーに聞く】 ⇒ ・Wikipedia(ジャック・ヴァレ) ⇒ ・Wikipedia(英語版;Jacques Vallée) 参考外部=>UFO科学大学院(ジャック・バレー) 参考外部=>Open Minds (Interview with UFO researcher and author Jacques Vallee) 参考外部=>wired.com(Jacques Vallée Still Doesn’t Know What UFOs Are) 参考外部=>YouTube(Joe Rogan Reviews Recent UFO News with Jacques Vallee) 【サイト内の主な著書】 ・『【核とUFOと宇宙人】人類史上最も深い謎』, 著者:ジャック・フランシス・バレー, 取材協力:マイケル・E・サラ, 訳者:礒部剛喜, 2023年 |
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●ジャック・ルビー ( Jack Leon Ruby ) (1911〜1967);memory アメリカ合衆国テキサス州ダラスの実業家, ナイトクラブオーナー。 リー・ハーヴェイ・オズワルド(Lee Harvey Oswald) が ケネディ大統領暗殺 容疑で逮捕された2日後の1963年11月24日, ダラス警察署の地下でテレビ中継中にオズワルドを射殺したことで知られる。 出生名はジェイコブ・レオン・ルーベンスタイン(Jacob Leon Rubenstein)だが, その後改名してジャック・ルビーと名乗る。 【参考サイト】 ・「Wikipedia(ジャック・ルビー)」 ⇒ ・Wikipedia(英語版;Jack Ruby) 参考外部=>Lee Harvey Oswald | Biography, Facts, Wife, & Death | Britannica 参考外部=>Why did Jack Ruby really kill Lee Harvey Oswald? - Quora 参考外部=>NHKスペシャル 未解決事件 |
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●ジャン = ジャック・ヴェラスコ ( Jean - Jacques Velasco ) (1946〜); フランス国立宇宙研究センター(CNES)の技術者で, 衛星研究を専門としていた。 1977年に, CNES内の未確認空中現象を研究するために組織された新しいチームに加わった。1983年に, この部門の部門長になり, 2004年までその職に留まり, UFOの科学的研究の国際的権威となった。 彼の助言は, チリやペルーなど, UFOを調査するための独自の政府機関を設立したいと考えている国々や, 1994年の欧州議会によって求められた。 UFOに関するいくつかの著書を執筆している。 【参考文献】 ・『UFOs世界の軍・政府関係者たちの証言録』【寄稿者略歴(2011年現在)】, 2022年 ⇒ ・Wikipedia(仏語版;Jean-Jacques Velasco) 参考外部=>YouTube (OVNI (avec Jean-Jacques Vélasco)) 参考外部=>babelio.com(Jean-Jacques Velasco) |
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●ジャン = ピエール・プチ ( Jean - Pierre Petit ) (1937〜); 理学博士。現在, フランス国立科学研究庁(CNRS)主任研究員。 航空宇宙分野の超エリート養成機関であるパリ国立高等航空宇宙学校で航空工学を専攻。 フランスの原潜ミサイルのための固体燃料ロケット推進装置を製造するプロジェクトに, テストエンジニアとして勤務。 後に, 国立科学研究庁で, 1965年から1975年にかけて, MHD発電の実験に従事する。 1967年, ヴェリコフの不安定性の影響を除去した発電機を, 世界で初めて開発(モスクワ学会で発表)。 現在はマルセイユ天文台に配属され, 星雲の螺旋構造や宇宙論の研究に従事, 理論物理学に方向性を見いだしている。 【参考文献】 ・『宇宙人ユミットからの手紙』1993年, 著:ジャン = ピエール・プチ, 訳:中島弘二 ⇒ ・Eo.Wikipedia(Jean-Pierre Petit ) 参考外部=>YouTube (JP- PETIT.ORG) 参考外部=>YouTube (Nous ne sommes pas seul ! Jean- Pierre Petit) 参考外部=>jp-petit.org (Jean Pierre Petit) 【サイト内の主な著書】 ・『宇宙人ユミットからの手紙』,訳:中島弘二, 1993年 |
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●ジョゼ・アリゴ【ホセ・アリゴー】 ホセ・アリゴー の項を参照 |
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●ジョゼフ・スミス ( Joseph Smith, Jr. ) (1805〜1844);memory アメリカ合衆国のバーモント州ウィンザー郡シャロンの町で生まれた。 末日聖徒イエス・キリスト教会(俗称モルモン教)の設立者である。 1823年9月23日の金曜日に, ニューヨーク州パルマイラの自宅の寝室で, 彼のベッドにかぶさるように立っている不思議な光る生き物を見た。 それは, ジョゼフの名を呼び, 近くに埋めてある金の延べ板の見つかる場所を教えた。 1827年9月22日の土曜日に, 彼は命じられた場所に行って, 堀り始め, ふしぎな文字が彫りつけられた金の延べ板が何枚かはいっている一個の石の箱を発見した。 彼は, 何年もかかって, これらの板に書いてある文字を解読, 翻訳し, それを完了したとき, 彼は, 明らかに大昔(インディアンより前)の北米の歴史的記録を手にしていた。 この記録がモルモン教聖典となった。 ジョゼフ・スミスは, 1844年に, イリノエで敵意を持った群衆に残酷にも殺された。 今日, モルモン教には250万人以上の信者がいる。 【参考サイト・文献】 ・「Wikipedia(ジョセフ・スミス・ジュニア)」 ・『UFO超地球人説』1976年,著:ジョン・A・キール,訳:巻正平 ⇒ ・Wikipedia(英語版;Joseph Smith) 参考外部=>josefusumisu. com(ジョセフ・スミス) 参考外部=>churchofjesuschrist. org (Joseph Smith Jr.) |
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●ジョゼフ・バンクス・ライン ( J・B・ライン ) ( Joseph Banks Rhine ) (1895〜1980);memory アメリカの超心理学者。 植物生理学の研究者だったが, 心霊研究に興味をいだき, 心理学者ウィリアム・マクドゥガルに出会い, ともにデューク大学超心理学研究所を設立した。 アメリカの超能力研究に, 厳密で科学的な方法を持ち込み, 学問としての超心理学の地位確立に尽力した。 近代超心理学の父とも呼ばれている。 【参考文献】 ・『超常現象を科学にした男』2011年,著者:ステイシー・ホーン,訳:ナカイサヤカ,監修:石川幹人 ⇒・Wikipedia(ジョゼフ・バンクス・ライン) ⇒・Wikipedia(英語版;Joseph Banks Rhine) |
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●ジョゼフ・ローデス・ブキャナン ( Joseph Rodes Buchanan ) (1814〜1899);memory 米国の科学者。ケンタッキー州コビントンの折衷(せっちゅう)医学研究所(Eclectic Medical Institute)の教授で, 学部長もつとめた。 骨相学に関心を持っていたが, やがて感覚能力にかかわりある未知の心霊能力を発見し, サイコメトリー(精神測定現象) と名付けた(1842年)。 彼は, すべての物質が放射線(放射物)を放っており, それを知覚認識して, 翻訳することができると考えた。そして, 過去は現在に埋没し, 世界はそれ自身の不朽の記念碑であると主張した(『サイコメトリーの手引き(Manual of psychometry)』1889年)。 彼自らも, 優れた霊視能力者であり, サイコメトリスト(サイコメトリー能力者)であった。また, 彼はデッカー夫人(Mrs. Cornelia Decker)と結婚したが, 彼女は患者の健康状態を, その自署から診断する能力を有していたという。 【参考文献】(下記より引用) ・『スピリチュアル用語辞典』【ブキャナン教授,J・ローズ】, 著者:春川栖仙, 2009年 ⇒・Wikipedia(英語版;Joseph Rodes Buchanan) 参考外部=>En.Wikipedia(Psychometry (paranormal)) 参考外部=>encyclopedia. com(Buchanan, Joseph Rhodes (1814-1899)) 参考外部=>The Spirit and Science Of Psychometry (paranormal dailynews.com) 参考外部=>filosofiaesoterica. com(Joseph Rodes Buchanan) |
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●ジョン・エドガー・フーバー【J・エドガー・フーヴァー】 ( John Edgar Hoover ) (1895〜1972);memory ジョン・エドガー・フーバー, J・エドガー・フーヴァーなどと表記されることもある。 連邦捜査局(FBI) の初代長官である。 1924年5月10日にアメリカ合衆国司法省内の捜査局(Bureau of Investigation:BOI)の第6代長官に任命され, 組織がFBIに改称された後の1972年に死去するまで長官職にとどまった 【参考サイト】 ・「Wikipedia(ジョン・エドガー・フーヴァー)」 「J・エドガー・フーバーがFBI長官だった時代, 後にコーザノストラという名で知られる秘密犯罪組織とそのメンバー達は数十年にわたり邪魔されず活動できた」 と有名なシカゴマフィアのボスの甥 サム・ジアンカーナ(Sam Giancana) は記載している。 「FBIはそのかわり, 有名人の事件, 例えば, リンドバーグ誘拐事件や, 悪名高い銀行強盗のジョン・デリンジャー逮捕に人を投入した。それはフーバーの名声を高めることになった」 フーバーの FBI は中小の独立系ギャングや泥棒に焦点を当てていたが, ケネディ(ロバート・ケネディのこと) の司法省は犯罪活動の相互関連性に焦点を当てていた。『州をまたぐ』 というのが新しい司法省でのキーワードになった。かつては, 各地域での法の執行を邪魔していたものだが, 今では全国レベルで問題に対処できるようになった。 【参考文献】(下記より抜粋引用) ・『ケネディを殺した男』【第5章/ フーバー】, 著:ロジャー・ストーン, 訳:伊藤裕幸, 2020年 参考外部=>Wikipedia(コーサ・ノストラ) ⇒・Wikipedia(英語版;J. Edgar Hoover) 参考外部=>犯罪学コラム #25 最高権力者による不正 - ACFE JAPAN | 一般社団法人 日本公認不正検査士協会 |
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●ジョン・カラン夫人【パール・レノア・ポラード】 パール・レノア・ポラード の項を参照 |
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●ジョン・キング(スピリット・ガイド) ( John King ) 複数の霊媒 の 降霊 時に現われる スピリット・ガイド(spirit-guide;支配霊)。 スピリット・ガイド(支配霊)は, その霊媒が降霊(交霊)をする際に, まずその霊媒にのり移りる。そして, 実際に交霊したい霊を仲介してくれる。 心霊史上, 著名なスピリット・ガイド(支配霊)で, 数多くの 物理霊媒 の降霊時の支配霊として出現した。 現世時代の名前をヘンリー・モーガン(Henry Morgan)といい, チャールズU世によってナイトに叙せられた海賊で, ジャマイカ総督(1673〜80年)に任じられたという。 【参考文献】 ・『スピリチュアル用語辞典』【キング、ジョン】, 著:春川栖仙, 2009年 参考外部=>theosophy. wiki (John King) 参考外部=>en.wikipedia. org (Florence Cook (medium)) |
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●ジョンソン大統領 リンドン・ジョンソン の項を参照 |
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●ジョン・デソーザ ( John DeSouza ) (?〜); 元FBI特別捜査官, 作家, プレゼンター。 FBI史上, 最年少の23歳でFBIにスカウトされて以降, 1988年から2013年まで20年以上にわたり特別捜査官として, 超常現象やテロ事件, 凶悪殺人事件などの捜査を行う。 FBI時代には, 最も優れた捜査官に授与される 「ベスト・エージェント賞」 なども受賞。 アメリカで大ヒットしたTVドラマシリーズ 『X-ファイル(The X-Files)』 の主人公, FBI捜査官フォックス・モルダー役のモデルになる。 現在は, FBI時代に引き続き, 超常現象をはじめ, UFO関連の現象などのリサーチを行ないながら, 世の中の人々に真実を執筆活動や講演会, セミナーなどを通して伝えている。 【参考文献】 ・『ディスクロージャー, 宇宙維新がはじまる! 』, 2021年 参考外部=>imdb.com(John de Souza) 参考外部=>yatsulog.com(なぜ政府はUFOについて嘘をつき続けるのか?) 参考外部=>YouTube(Podcast UFO #253 Free Show: John DeSouza) 【サイト内の主な著書】 ・『真実はここにある!』, 著:ジョン・デソーザ + シャラン, 2021年 ・『ディスクロージャーへ, 宇宙維新がはじまる!』, 著: ジョン・デソーザ + 高野誠鮮, 2021年 |
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●ジョン・ニューブロー ( John Ballou Newbrough ) (1828〜1891);memory タイプライターでの 自動書記 を通じて, ボリュームのある 「Oahspe(オアスペ)」 という新しい聖書を, 1881年に出版したニューヨークの歯科医。 彼は, オハイオ州スプリングフィールドの近くで, 学校の先生の息子として生まれ, 子供の頃から透視, 盗聴能力を有していた。 その後, シンシナティ医科大学に通い, 医学と歯科の両方を実践した。 【参考サイト】 ・「encyclopedia. com (Newbrough, John Ballou (1828-1891))」 本職は歯科医。彼自身は霊視(透視), 自動書記, 自動絵画 などを得意としたニューヨークの 霊媒 だが, エリザベス・J・コンプトン(Elizabeth J. Compton)夫人 の 物質化現象 に立会い, その驚異的な現象に目を見張っている(1875年6月)。 彼は, 真っ暗闇のなかで, 両手を使用し, 絵画をたちまち仕上げたり, また, 眼を閉じたまま本を読むことができた。 代表作 『オアスペ Oahspe:エホバとその使者達の言葉による聖書(コスモン・バイブル Kosmon Bible)』 は, 比較的知られているが, これは毎朝, 日の出前の30分づつ, 計50週間を費やしてタイプライターによる自動作用によって完成させたものである。第1版の発行は, 1882年であった。 【参考文献】(以下を引用) ・『スピリチュアル用語辞典』【ニューブロー博士,ジョン・バロウ】, 著:春川栖仙, 2009年 参考外部=>history- computer. com (John Ballou Newbrough - Complete Biography, History, and Inventions) 参考外部=>encyclopedia. com (Newbrough, John Ballou (1828-1891)) |
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●ジョン・ネヴィル・マスケリン ( John Nevil Maskelyne ) (1839〜1917);memory ジョン・ネヴィル・マスケリンは, イギリスの舞台マジシャン(stage magician)で発明家(有料トイレの発明)。 彼はマジシャンのジョージ・アルフレッド・クック(George Alfred Cooke)とディヴィッド・デヴァント(David Devant)と協力し, 幻想的なマジックを創りあげた。 【参考サイト】 ・「En.Wikipedia(John Nevil Maskelyne)」 参考外部=>コトバンクkotobank.jp(マスクリン,J.N.) 参考外部=>britannica.com(John Nevil Maskelyne) 参考外部=>wikiwand.com(John Nevil Maskelyne) |
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●ジョン・フォン・ノイマン ( John von Neumann ) (1903〜1957);memory ハンガリー出身のアメリカの数学者。 数学・物理学・工学・計算機科学・経済学・気象学・心理学・政治学に影響を与えた20世紀科学史における最重要人物の一人とされ, 特に原子爆弾やコンピュータの開発への関与でも知られる。 【参考サイト】 ・「Wikipedia(ジョン・フォン・ノイマン)」 ⇒・Wikipedia(英語版;John von Neumann) 参考外部=>gendai.ismedia.jp(コンピュータ、原子爆弾を開発…フォン・ノイマンの天才すぎる生涯) 参考外部=>diamond.jp(アインシュタインが「世界一の天才」と呼んだ男) 参考外部=>xtech.nikkei.com(大天才フォン・ノイマンは「人間のフリをした悪魔」にみえる天使) 参考外部=>e-words.jp(ノイマン型コンピュータ 【von Neumann architecture】ストアードプログラム方式) |
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●ジョン・ブラウン ( John Brown ) (1826〜1883);memory ジョン・ブラウンは, イギリスの ヴィクトリア女王(Queen Victoria) の個人的使用人。 スコット・ランド出身。長年にわたる女王のお気に入りであり, その性格と人付き合いのよさで女王を含む多くの者から親しまれたが, その非公式な影響力ゆえに, それ以外の者からは憎まれた。 ヴィクトリア女王の寵愛の深さから, 彼女と秘密結婚していたという風評がある。 【参考サイト】 ・「Wikipedia(ジョン・ブラウン (使用人))」 ⇒・Wikipedia(英語版;John Brown (servant)) 参考外部=>britishheritage. com (The truth about Queen Victoria's relationship with John Brown) 参考外部=>undiscovered scotland. co.uk (John Brown) 参考外部=>YouTube (Queen Victoria & John Brown) 参考外部=>www.rct.uk (John Brown) |
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●ジョン・ヘンリー・アンダーソン ( John Henry Anderson ) (1814〜1874);memory ジョン・ヘンリー・アンダーソンは, スコットランドのプロのマジシャン。 彼は, 大道芸から劇場に魔術のパフォーマンスを持ち込み, 観客を楽しませたことで有名。 広告の価値を実証し, 活用した最初のマジシャンでもある。 また彼は, 霊媒 が起こす 心霊現象 のトリックを暴露することに努力した。 【参考サイト】 ・「En.Wikipedia(John Henry Anderson)」 心霊術 が始まった初期から, 霊媒者と魔術師(マジシャン)との間には論争が続けられていた。 ハイデスビルの家 で, コツコツという怪しい音 が聞こえてから, ちょうど5年後の1853年には, 米国ツアー中のスコットランド人のジョン・ヘンリー・アンダーソンがニューヨークで最初の挑戦者として矢を放ち, 世間を驚かせた。 彼は, 自分が演ずる公会堂で, コツコツと音を響かせる "貧しさにあえぐ霊媒者" に報奨金を支払ってやると提案した。この挑戦を受けて立った霊媒者の中に, あの フォックス家の姉妹 もいた。 しかし, アンダーソンは結局は手をひいてしまい, 観衆にやじられるまま, 霊媒者が舞台に立つことを拒否してしまったのだった。 【参考文献】(下記から抜粋引用) ・『心霊の世界』【第4章/ ペテンといかさま捜し】, 著:ロイ・ステマン, 訳:楠田順, 1977年 参考外部=>geniimagazine. com (John Henry Anderson) 参考外部=>britannica. com (John Henry Anderson) 参考外部=>findagrave. com (John Henry Anderson) 参考外部=>magictricksforkids. org (John Henry Anderson) |
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●ジョン・ポデスタ ( John David Podesta ) (1949〜); ジョン・ディヴィッド・ボデスタは, アメリカ合衆国の官僚。 シカゴ生まれ。 1971年ノックス大学卒業。1976年ジョージタウン大学ローセンター修了, 法務博士。 1998年10月20日-2001年1月20日, ビル・クリントン政権2期目のアメリカ合衆国大統領首席補佐官。 2003年, シンクタンクセンター・フオー・アメリカン・プログレス(CAP)を創設, 初代責任者。 2014年1月1日-2015年2月13日, バラク・オバマ第44代アメリカ合衆国大統領顧問。 2016年アメリカ合衆国大統領選挙で, 民主党指名候補ヒラリー・クリントン陣営の選挙対策責任者を務めた。 【参考サイト】 ・「Wikipedia(ジョン・ポデスタ)」 氏はクリントン政権の首席補佐官だった。退任時, 彼は 「政府はUFO情報を公開するべきだ」 と主張して話題を呼んだ人物である。 退任後の2002年10月, 米情報自由法(FOIA)に基づいて, 米国防総省が保有しているとされる未確認飛行物体(UFO)に関する秘密文書の公開を申し立てている。このときは特に, 「1965年12月に, 北米の広い地域で火の玉のような物体が目撃された現象」(ケックスバーグ事件) に関する文書の公開を申請している。 ポデスタ氏らのグループは, 「異星人がいるかどうかの調査を始めてほしい, ということではなく, これまで説明がつけられていない空の現象について, 科学的な調査を行なうことを合法化してほしい」 と主張している。 【参考文献】(下記より抜粋) ・『「矢追純一」に集まる未報道UFO事件の真相まとめ』【第1章/ 続々と明らかになるUFO情報】, 2016年, 著者:矢追純一 ⇒・Wikipedia(英語版;John Podesta) 参考外部=>american progress. org (John Podesta) |
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●ジョン・ワース・エドモンズ ( John Worth Edmonds ) (1799〜1874);memory ジョン・ワース・エドモンズは, 最も影響力のある初期のアメリカの スピリチュアリスト の一人である。 エドモンズはニューヨーク州ハドソンで生まれ, 地元の公立学校で教育を受け, 1814年, マサチューセッツ州ウィリアムズタウンのウィリアム・カレッジに入学し, 1年後にニューヨーク州スケネクタディのユニオン・カレッジに移り, 1816年に卒業した。そして, ニューヨーク州クーパーズタウンで法律を学んだ。 その後, ニューヨーク州議会の両支部議員, 上院議長, ニューヨーク州最高裁判所判事など, 輝かしい公的な経歴を積んだ後, スピリチュアリズム を信じていたために激しい抗議を受けたため, 後者の地位を辞任した。 【参考サイト】 ・「encyclopedia.com(Edmonds, John Worth (1799-1874))」 ニューヨーク最高裁の判事を務めたことのある知識人で, 米国における初期の スピリチュアリズム 運動の擁護者としてよく知られている。 1853年8月1日付 「ニューヨーク・クーリエー(New York Courier)」 紙, 8月6日付 「ニューヨーク・ヘラルド(New York Herald)」 紙に, スピリチュアリズムに関する彼の経験談を掲載した。 のちに, 彼自身が霊能を発揮し, 米国のスピリチュアリズム運動の発展と普及に大きな貢献をした。著書には 『スピリチュアリズム(Spiritualism)』(1853年)がある。 娘のローラ(Laura)も霊媒で, 自分の知らないインド方言を含む9〜10か国語を話すことができる, 異種言語発話現象 や音楽現象などの霊能現象を生起することができた。 【参考文献】(以下を引用) ・『スピリチュアル用語辞典』【エドモンズ判事, ジョン・ワース】, 著:春川栖仙, 2009年 ⇒ ・Wikipedia(英語版;John W. Edmonds) 参考外部=>John Worth Edmonds - Historical Society of the New York Courts (nycourts.gov) 参考外部=>John W Edmonds | Psi Encyclopedia (spr.ac.uk) |
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●ジョン・A・キール ( John Alva Keel ) (1930〜2009);memory 新聞, 雑誌にUFO記事を中心に寄稿したジャーナリスト。 1954年に, エジプトのアスワン・ダムを訪れたときに初めてUFOを目撃したが, UFOに関する記事を書きはじめたのは 1945年 から。 無数の出版物に記事を書き, アメリカのみならず, 世界中の主な新聞に取り上げられた。 【参考文献】 ・『UFO超地球人説』 著者:ジョン・A・キール、訳:巻正平 ⇒・Wikipedia(ジョン・A・キール) ⇒・Wikipedia(英語版;John Keel) 参考外部=>wikiwand.com(ジョン・A・キール) 参考外部=>themothman. fandom. com (John Keel) 参考外部=>Keel - the Mystic (archive.org) 【サイト内の主な著書】 ・『失われた惑星文明』, 訳:北村十四彦, 1975年 ・『UFO超地球人説』, 訳:巻正平, 1976年 ・『モスマンの黙示』, 訳:植松靖夫, 1984年 |
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●ジョン・E・マック ( John Edward Mack. M. D. ) (1929〜2004);memory 1955年, ハーバード・メディカル・スクール(ハーバード大医科大学院)からMDの学位を取得, マサチューセッツ・メンタル・ヘルス・センターで精神科医としての訓練を受ける。 1959年, 米空軍に入り, 軍医として来日, 駐留米軍で働いたこともある。 1964年, ハーバード・メディカル・スクールに戻り, 1972年にその正教授となる。 1977年, 「アラビアのロレンス」 として有名な英軍将校T・E・ロレンスの伝記, 『A Prince of Our Disorder』(未邦訳)を出版して, 同年のピューリッツアー賞(伝記部門)を受賞。 80年代には, カール・セーガンらと共に, 学者団体を組織して核兵器廃絶運動に取り組む。 1994年, エイリアン・アブダクション現象を取り上げた 『アブダクション - 宇宙に連れ去られた13人』(南山宏 訳/ココロ/2000年)によって, 大センセーションを巻き起こした。 【参考文献】 ・『エイリアン・アブダクションの深層』, 2021年 ⇒・Wikipedia(英語版;John E. Mack) 参考外部=>en.citizendium. org (John E. Mack) 参考外部=>expressnews. com (Journalist who helped break Pentagon UFO story writes biography of John E. Mack, Harvard psychiatrist who studied alien encounters) 【サイト内の主な著書】 ・『アブダクション』, 著:ジョン・E・マック, 訳:南山宏, 2000年 ・『エイリアン・アブダクションの深層』, 著:ジョン・E・マック, 訳:大野龍一, 2021年 |
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●ジョン・F・ケネディ ( John Fitzgerald Kennedy ) (1917〜1963);memory ジョン・フィッツジェラルド・ケネディは, アメリカ合衆国の政治家。同国第35代大統領(在任:1961年1月20日 - 1963年11月22日)。 名前のイニシャルをとってJFKないし通称であるジャック(Jack)と呼ばれることも多い。在任中の1963年11月22日に, テキサス州ダラスで暗殺された。 ケネディによって推進された アポロ計画 は, ケネディの死後, ジョンソン政権と ニクソン 政権に引き継がれ, ニクソン政権下の1969年にアポロ11号が, ついに月面に人類を送り届けることに成功した。 【参考サイト】 ・「Wikipedia(ジョン・F・ケネディ)」 ⇒・Wikipedia(英語版;John F. Kennedy) 参考外部=>kobayakawa shunichi (JFK暗殺事件50周年によせて) |
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●ジョー・クーパー ( Joe Cooper ) (1924〜2011);memory イギリスの作家。 『ガーディアン』 『ニュー・ソサエティ』 などに寄稿している。 心霊学の研究に関して, 数多くのテレビ番組やラジオ番組に出演している。 主な著書に, 『The Mystery of Telepathy』, 『Astroverse』, 『Modern Psychic Experiences』 などがある。 【参考文献】 ・『コティングリー妖精事件』, 1999年 2011年8月24日に, 87歳でジョー・クーパー氏は他界された。イギリスの新聞 「ザ・ガーディアン(The Guardian)」 の死亡記事は, 彼のことを 『有名な コティングリー妖精写真 を暴いた陽気な人」 と描写している。さらにその記事は 「彼の魅力的で同情的な対応手段が, 当時すでに80代だった フランシス・グリフィス(Frances Griffiths)とエルシー・ライト(Elsie Wright) の長い欺瞞を終わらせ, そのクーパー氏のインタビューは, 1983年の 「アンエクスプレインド(Unexplained)」 に掲載された』 と述べている。 彼は, コティングリーの妖精写真がイカサマだったことを解明した人として最も有名だ。しかし, 彼は理にかなわない信仰を見破る冷静で論理的な人物のように見えなかった。コティングリーの写真がイカサマだったことが明らかになって後悔しているようにも思えた。 ジョー・クーパー氏がフランシスとエルシーに会ったとき, 彼女らはすでに高齢だった。彼がいうには, 彼女たちは実際に妖精を目撃しており, そのことを疑う大人たちに証明するため偽の写真を撮ったそうだ。彼は, 透明な妖精たちが霧がかかった鳥の巣からのぞく不気味な5番目の写真を見せてくれた。たしかにこの写真は他の写真と違う。アーサー・コナン・ドイル(Arthur Conan Doyle) は 「フェアリー・バウアー(木陰の妖精)」 とこの写真を名づけている。年上のエルシーが, この写真は自分が撮っていて, 他の写真と同様, 偽の写真だと語っているにもかかわらず, フランシスはこの写真は唯一本物の写真だと尊重しており, 彼は, フランシスを信じると述べている。 【参考文献】(下記より抜粋) ・『コティングリー妖精事件』【第10章/ ジョー・クーパー, 文:井村淳一】, 編著:井村君江 / 浜野志保, 2021年 参考外部=>Psychic World (Man of Mystery: Joe Cooper ) 【サイト内の主な著書】 ・『コティングリー妖精事件』, 著:ジョー・クーパー, 訳:井村君江 |
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●ジョージ・アダムスキー ( George Adamski ) (1891〜1965); memory (★パロマー・ガーデンズのレストランに集うアダムスキーとその弟子たち) ■『UFOと宇宙(No.36)』から ⇒1891年, ポーランド生まれた。 1893年に家族とともに合衆国に移住。1913年に陸軍に入隊し, メキシコ国境で第13騎兵連隊に勤務し, 5年間を陸軍で過ごした。その間の1917年に結婚。 その後, 転々と旅行し, 手当たり次第に仕事をして, 生計を立てた。 40歳直前に, 放浪生活に終止符を打ち, カルフォルニア州のラグナ・ビーチに落ち着いた。 ここで, 宇宙の法則を教えるための活動を行う。門下生は数百人になり, 南カルフォルニア地方のあちこちから, 講演を頼まれるようになった。 余暇の大半を天体観測に使い, はじめて宇宙船を撮った(1938年)のは, この時期である。 1940年 戦争をいち早く察し, 環境が許す限りの門下生を連れ, パロマー山の登山路に沿ったバレー・センターに引っ越した。 ここで一同は, 自給自足のための小さな農園を作った。 1944年, このバレー・センター農園は売却されたが, 残っていた仲間とパロマー山の南斜面のほうに引っ越した。 ここは, 世界最大の望遠鏡があるパロマー天文台から11マイル離れていた。 ここで彼らは, 簡素な山小屋を建てた。そこには通行客が喫茶店として使える建物も建て, 門下生の1人が所有し経営した。 アダムスキーは, 15インチの望遠鏡を買い, 小さな天文台を建てた。 また6インチの望遠鏡は戸外に置き, 継続的に天体観測を行い, 多数の訪問客がやって来て興味を示した。 1946年の流星雨の期間に, 観測仲間と劇的な出来事を目撃した。 巨大な葉巻型の宇宙船が, 比較的近い距離で, 天空に音もなく浮かんでいた。それが, その当時は何であるか, さっぱりわからなかった。 1時間以上, 彼は妻と数人の知人といっしょに, その宇宙船が隊伍を整えて, 東から西へ天空を音もなく横切って行くのを目撃した。 (出典;『空飛ぶ円盤同乗記』,著者:ジョージ・アダムスキー,訳者:大沼忠弘,1998年発行,アダムスキー略伝(シャーロット・ブロジェット)から抜粋引用) 1952年11月20日, カルフォルニア州デザートセンターの砂漠で, 円盤(スカウトシップ)から降りた宇宙人とコンタクトした。 以後, たびたび円盤を目撃し, 写真撮影にも成功する。 また, 円盤に同乗し, 葉巻型の母船を訪れ, 太陽系内の旅も経験した。 1965年, 74歳で亡くなった。 【参考文献】 ・『アダムスキーの謎とUFOコンタクティ』 著者:益子祐司,2013年 ⇒・Wikipedia(ジョージ・アダムスキー) ⇒・Wikipedia(英語版;George Adamski) 関連サイト⇒GAsite (★15インチ望遠鏡を操作するアダムスキー) ■サイト:「coast to coastam. com( FATE Flashback: 'Flying Saucers' in the 1950's)」から 参考外部=>vice.com(UFOオカルト伝説の謎 02.ジョージ・アダムスキーの空飛ぶ円盤同乗記(後編)) 【サイト内の主な著書】 ・『空飛ぶ円盤実見記』, 1972年,著:ジョージ・アダムスキー / デスモンド・レスリー, 訳:高橋豊 ・『空飛ぶ円盤同乗記』, 1998年,著:ジョージ・アダムスキー, 訳:大沼忠弘 |
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●ジョージアナ・ホートン ( Georgiana Houghton ) (1814〜1884);memory ジョージアナ・ホートンは, イギリスの芸術家兼, スピリチュアリスト の 霊媒者。 ホートンはスペイン・カナリア諸島州ラス・パルマス(Las Palmas de Gran Canaria)で生まれ, 後にロンドンに移った。 彼女が制作した最初のアブストラクト絵画は, 1859年に私的な 降霊会 で彼女の呼び寄せた "霊" による 「心霊絵画」 とされている。 1871年に, ロンドンのボンド・ストリートにあるニュー・ブリティッシュ・ギャラリー(New British Gallery in Bond Street, London)での展示会で、彼女の描いたアブストラクト水彩画のコレクションが一般公開された。 その後ホートンは, 後にトリックが発覚した 心霊写真 家 フレデリック・ハドソン(Frederick Hudson) の心霊写真撮影に協力する。 1882年にホートンは, 『肉眼では見えない霊的存在および霊的現象の写真の年代記(Chronicles of the Photographs of Spiritual Beings and Phenomena Invisible to the Material Eye)』 を刊行した。 この本は, 霊媒の アグネス・グッピー・フォルクマン(Agnes Guppy-Volckman), ウィリアム・ステイントン・モーゼス(William Stainton Moses), スピリチュアリストの アルフレッド・ラッセル・ウォレス(Alfred Russel Wallace), ウィリアム・ハウイット(William Howitt(1792-1879))などの心霊写真を取り上げているが, ハドソンと他の心霊写真家たちの疑わしい心霊写真も含まれている。 この本の中の写真は, 後に, マジックの歴史家アルバート・A・ホプキンス(Albert A. Hopkins(1869-1939))によって批判された。 彼は, 写真は疑わしく見え, このような画像は不正な方法で作成される可能性があると述べた。 【参考サイト】 ・「En.Wikipedia(Georgiana Houghton)」 (★主イエス・キリストの肖像 - ジョージアナホートンの作品) ■サイト:「en.wikipedia.org」から 参考外部=>archive. org (Chronicles Of The Photographs Of Spiritual Beings) 参考外部=>En.Wikipedia (William Howitt) 参考外部=>geniimagazine. com (Albert A. Hopkins) 参考外部=>note.com (幽霊とのツーショット:女性画家ジョージアナ・ホートン(アウトサイダーアート前史)) 参考外部=>elfindog. sakura.ne.jp (Houghton, Georgiana) 参考外部=>georgiana houghton. com (Georgiana Houghton) 参考外部=>medium. com (Georgiana Houghton Visualized A World Beyond Death) 参考外部=>studio international. com (Georgiana Houghton:Spirit Drawings) 参考外部=>theguardian. com (Georgiana Houghton: Spirit Drawings review - awe-inspiring visions of a Victorian medium) |
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●ジョージ・ヴァン・タッセル ( George Van Tassel ) (1910〜1978);memory アメリカの著名なコンタクティ。 「シルガンダ」 と名乗る宇宙人に, 鐘の形のUFO内に招待され, タイムトラベルの方程式を教わったという。 後年, 「ジャイアントロック・コンベンション」 というコンタクティの祭典を主催した。 【参考文献】 ・『最新版UFO・エイリアン極秘事件ファイル』 監修:矢追純一 1953年夏のある夜, タッセルは, ジャイアントロック(カルフォルニア州)付近の砂漠でごろりと眠っていた。 驚くことに, 一人の宇宙人が彼を起こした。そして, 宇宙船の内部を見せようと言った。 タッセルが, 「よかろう」 と答えると, 半ズボンのまま, 立った姿勢でまっすぐに宇宙船内に引っぱり上げられた。 彼は, 宇宙船内をつぶさに観察し, いろいろな装置に感心したが, その中には光線で衣類をクリーニングする装置もあった。 その後, 彼は重力を制御する放射線で, 宇宙船から降りたという。 【参考文献】 ・『宇宙よりの来訪者』【第5章/ 最初のコンタクト】, 著:ロイ・ステマン, 訳:久保田八郎 「1952年, ヴァン・タッセルは宇宙生物からテレパシー・メッセージを受け取り始めました」 とアイダホ大学の名誉教授であるリチャード・スペンス博士(Dr. Richard B. Spence)は言う。 これらの 「宇宙の存在」 の中で最も注目に値するのは 「アシュタール(Ashtar)」 で, 後に他のオカルト主義者のコンタクティーのお気に入りになった。 ヴァン・タッセルは, 自身の体験について 『空飛ぶ円盤に乗った(Rode a Flying Saucer)』 という本を書いた。 1954年, ヴァン・タッセルらは, 若返りを行うために 「インテグラトロン( Integratron)」 と呼ばれるものを構築し始めた。 彼によれば, インテグラトロンは, 時間, 反重力, 人間の寿命を延ばす科学的研究のための構造であり, ニコラ・テスラ(Nikola Tesla ) とジョージ・ラホフスキー(Georges Lakhovsky)の研究の部分的なものに基づいて構築されたものだという。 また彼は, 1953年から1978年まで 毎年 ジャイアント・ロック のそばで 「ジャイアント・ロック宇宙船コンベンション(The Giant Rock Spacecraft Convention)」 を主催し, 1959年のピーク時には10,000人もの参加者を集めた。 その参加者は車で砂漠にトレッキンクしたり, ジャイアントロック空港と呼ばれる彼の作った小さな滑走路に飛行機を着陸させたりした。 【参考サイト】(下記より抜粋) ・「En.Wikipedia(George Van Tassel)」 ・「wondriumdaily.com(New Wondrium Course Discusses UFOlogist George van Tassel)」 参考外部=>En.Wikipedia(Georges Lakhovsky) ⇒・Wikipedia(英語版;George Van Tassel) 参考外部=>smithsonianmag. com (New Film Tells the Story of George Van Tassel and His UFO-Inspired “Integratron) 参考外部=>YouTube (KVOS Webster Reports: The Extraordinary Equation of George Van Tassel) 参考外部=>wondriumdaily. com (UFO contactee George Van Tassel subject of new documentary) 参考外部=>integratron. com (The Extraordinary Equation of George Van Tassel (1964)) 参考外部=>georgehbalazs. com (Ashtar's communications to George Van Tassel in the years・・・) 参考外部=>sites.rootsweb. com (The Van Tassel Family History Homepage) |
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●ジョージ・キング ( George King ) (1919〜1997);memory ジョージ・キング博士は, ヨガ, トランスメディア, そしてスピリチュアリティに関する, 多くの本の著者でもある。 彼は,1954年に 「エセリアス(Aetherius)」 として知られる, 地球外情報機関と連絡を取り, 1955年に 「エセリアス・ソサエティ(The Aetherius Society)」 を設立した。 【参考サイト】 ・「The Aetherius Society(Dr George King)」 参考外部=>aetherius.org(Overview) 参考外部=>En. Wikipedia (Aetherius Society) 参考外部=>YouTube (Dr. George King’s Initial Contact in May 1954) |
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●ジョージ・ハント・ウィリアムソン ( George Hunt Williamson ) (1926〜1986);memory 赤外線と紫外線の波長を利用して, 特殊な無線装置を考案し, 惑星間と交信し, コンタクトに成功したという。 また, ジョージ・アダムスキー(George Adamski) が宇宙人と会見したときの目撃証人の一人であり, その際 「金星人の足跡」 の石こうをとったことでも有名である。 自ら専攻していた文化人類学の知見をもとに, 古代マヤ, 古代インカの都市などを探索し, 人類は異星人とのコンタクトがあったという考えを導き出した。 宇宙考古学の先駆者 (古代宇宙飛行士説 の初期の提唱者) ともいえる。 【参考文献】 ・『完全版世界のUFO現象』 著者:並木伸一郎 ・『世界の超人・怪人・奇人』 著者: 〃 ⇒・Wikipedia(ジョージ・ハント・ウィリアムソン) ⇒・Wikipedia(英語版;George Hunt Williamson) 参考外部=>UFO Sightings Before Roswell | HowStuffWorks 参考外部=>YouTube(UFOs and the Elusive George Hunt Williamson The Real History of Secret Societies) |
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●ジョー・マクモニーグル ( Joseph McMoneagle ) (1946〜); ジョゼフ・マクモニーグルは, 元陸軍諜報局に務めていた情報官。 スタンフォード研究所に配属され, 米軍のための遠隔透視のプログラムに従事。 フロリダ州マイアミ出身。愛称はジョー。日本での通称はマクモニーグルになっているが, マクモナゴが英語の原音により忠実な日本語表記である。 【参考サイト】 ・「Wikipedia(ジョゼフ・マクモニーグル)」 ⇒・Wikipedia(英語版;Joseph McMoneagle) 参考外部=>psi- encyclopedia. spr.ac.uk(Joe McMoneagle) 参考外部=>parapsych. org (Joseph McMoneagle) 参考外部=>alchetron. com (Joseph McMoneagle) 参考外部=>nypost. com (Inside the CIA psychic squad that helped get US hostages out of Iran) |
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●ジークムント・フロイト ( Sigmund Freud ) (1856〜1939); memory ジークムント・フロイト(独:Sigmund Freud)は, オーストリアの心理学者, 精神科医。 神経病理学者を経て精神科医となり, 神経症研究, 自由連想法, 無意識研究を行った。 精神分析学の創始者として知られる。 心理性的発達理論, リビドー論, 幼児性欲を提唱した。 【参考サイト】 ・「Wikipedia(ジークムント・フロイト)」 ⇒・Wikipedia(英語版;Sigmund Freud) 参考外部=>snabi.jp(精神分析とは?フロイトの心の理論の仕組み、対象とやり方、実施場所を説明します) 参考外部=>shinchosha.co.jp(フロイト) 参考外部=>psych.or.jp(マリー・ボナパルト フロイトのロンドン亡命を援助したギリシア大公妃) 参考外部=>癒しツアーiyashitour.com(ジークムント・フロイトの名言・格言) 参考外部=>britannica. com (Sigmund Freud) 参考外部=>biography. com (Sigmund Freud) 参考外部=>geschichtewiki. wien.gv.at (Sigmund Freud) |
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●ジーン・ディクソン ( Jeane Dixon ) (1904〜1997); memory アメリカ合衆国の占星術師。 超能力者と位置付けられることもあり, かつて日本では ノストラダムス(Michel de Nostredame), エドガー・ケイシー(Edgar Cayce) などともに 「世界三大予言者」 の一人とされていた。 ケネディ暗殺を予言したとして有名になったが, 外れた予言も多いことで知られる。そのことから, 当たった予言に比べて外れた予言が忘れられがちなために, 実際より的中率が高いように思い込まれることが, 「ジーン・ディクソン効果」 と呼ばれたりしている。 なお, 彼女の名前は日本では 「ジェーン・ディクスン」, 「ジーン・ディクスン」 などと表記されることもある。 【参考サイト】 ・「Wikipedia(ジーン・ディクソン)」 ⇒・Wikipedia(英語版;Jeane Dixon) 参考外部=>Skeptic's Dictionary: (genpaku.org) 参考外部=>ジーン・ディクソン - ジーン・ディクソンの概要 - わかりやすく解説 Weblio辞書 参考外部=>Jeane Dixon hotline (1989) - YouTube 参考外部=>A Gift of Prophecy (Part 1) (Jeane Dixon) - YouTube 参考外部=>A Gift of Prophecy (Part 2) (Jeane Dixon) - YouTube |
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●スタントン・フリードマン ( Stanton Terry Friedman ) (1934〜2019);memory アメリカの物理学者, UFO研究家。 ロズウェル事件 の最初の民間研究家である。 1967年以来, アメリカ, カナダおよび16の他の国々において, 600以上の学校および大学, 100以上の専門グループで, UFOについて講演している。 【参考文献・サイト】 ・『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』:2015年 ・「Wikipedia(スタントン・フリードマン)」 ⇒・Wikipedia(英語版:Stanton T. Friedman) 参考外部=>jimmy churchradio. com(Stanton T. Friedman) 参考外部=>nytimes. com (Stanton T. Friedman, Scientist Who Tracked UFOs, Dies at 84) 参考外部=>YouTube (Stanton T. Friedman- UFO Expert- Interview with Bill Boggs) 参考外部=>vice.com (UFOオカルト伝説の謎- 05. スタントン・フリードマンが発掘したロズウェル事件) |
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●菅沼悠介(すがぬまゆうすけ) (1977〜); 産業技術総合研究所ポスドク研究員, 東京大学大学院理学系研究科特任助教, 国立極地研究所助教などを経て, 2016年より同研究所の地圏研究グループ准教授。 専門分野は, 地質学, 古地磁気学。 海や湖の地層や氷河地形などから過去の地球環境の変動メカニズムを解明することを目指している。 過去6回の南極調査と, 南極氷床上で150日以上のキャンプ経験を持つ。 千葉県市原市の地層 「千葉セクション」 のGSSP認定と地質年代 「チバニアン」 の誕生を推進した研究グループの中心メンバーで, GSSP申請の論文執筆責任者をつとめた。 【参考文献】 ・『地磁気逆転と「チバニアン」』, 2020年 参考外部=>researchmap.jp(菅沼 悠介) 参考外部=>article.researchmap.jp(地球史に、「千葉時代」という地質年代が刻まれる?) 参考外部=>nrid.nii.ac.jp (菅沼 悠介) 【サイト内の主な著書】 ・『地磁気逆転と「チバニアン」』, 著:菅沼悠介 |
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●スコット・マンデルカー ( Scott Mandelker ) (1962〜); 1992年にサンフランシスコのカルフォルニア・インスティチュート・オブ・インテグラル・スタディーズ(CIIS)で, 東洋 - 西洋心理学の博士号を取得した。 現在, 世界各地で霊的進化やETの魂をもった地球人への目覚め促進, UFOコンタクトの真の意味などについて, 執筆とレクチャー, ワークショップ, 及びカウンセリング活動を行なっている。 世界のスピリチュアル研究界をリードする心理学者として, テレビ, ラジオの番組にも出演するなど, 多方面に活躍中である。 【参考文献】 ・『宇宙人の魂をもつ人々』【新装版】:2021年 参考外部⇒www.scottmandelker.com 参考外部⇒www.scottmandelker.com 【主な著書】 ・『宇宙人の魂をもつ人々』【新装版】, 著:スコット・マンデルカー, 訳:竹内慧, 監修:南山宏 |
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●スチュアート・ホイットマン ( Stuart Whitman ) (1928〜2020);memory アメリカの俳優。 カルフォルニア州サンフランシスコ生まれ。1945年6月にワシントンの陸軍工兵隊に入隊し, ここでボクシングの選手として活躍。 1948年9月に除隊し, 俳優を志して, ロサンゼルス・シティ・カレッジとベン・バード・ドラマ・スクールで学ぶ。 1951年に 『地球最後の日』 で映画デビュー。 【参考サイト】 ・「Wikipedia(スチュアート・ホイットマン)」 ホイットマンは, 1965年11月の ニューヨーク大停電 の時, ホテル内から円盤を目撃し, 不思議な声を聞く体験をした。 ■事件詳細(サイト内) => 怪奇事件集(スチュアート・ホイットマンが聞いた不思議な声】) ⇒・Wikipedia(英語版:Stuart Whitman) 参考外部=>discogs.com(Stuart Whitman (2)) 参考外部=>URECAT (NOVEMBER 9, 1965, NEW YORK CITY, NEW YORK, USA, STUART WHITMAN:) |
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●スチュアート・ホルロイド ( Stuart Holroyd ) (1933〜); スチュアート・ホルロイドはイギリスの作家です。 ヨークシャーのブラッドフォードで生まれた彼は, 作家の コリン・ウィルソン(Colin Wilson) とビル・ホプキンス(Bill Hopkins)との緊密な関係の中で生み出された哲学的で批判的な作品で最初に有名になりましたが, それ以来, 超心理学, 地球外生命との接触, 性的愛などのトピックについて多作に書いています。 【参考サイト】 ・「En.Wikipedia(Stuart Holroyd)」 参考外部=>En.Wikipedia(Bill Hopkins (novelist)) 参考外部=>Stuart Holroyd - VoegelinView 参考外部=>Stuart Holroyd - Alchetron, The Free Social Encyclopedia 【サイト内の主な著書】 ・『テレパシーと念力』, 著:スチュアート・ホルロイド, 訳:桐谷四郎, 1977年 ・『魔術と占いの神秘』, 著:スチュアート・ホルロイド, 訳:小野協一, 1977年 |
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●ステイシー・ホーン ( Stacy Horn ) (1956〜); アメリカの著作家。ジャーナリスト。 1990年に, ニューヨークでソーシャル・ネットワーキング・サービスの先駆け的存在である, EchoNYCを立ち上げた。 1998年に 『Cyberville; Clicks, Culture and the Creation of an Online Town』 で, ノンフィクション作家としてデビューした。 ニューヨーク市警の未解決事件捜査班を扱った 『The Restless Sleep; Inside New York City's, Cold Case Squad』( 2005年 )で話題を呼んだ。 邦訳には, 『猫と暮らす一人ぐらしの女』(晶文社)がある。邦訳の 『超常現象を科学にした男』(紀伊國屋書店) は, 彼女の4冊目の本で, 超心理学の研究方法を確立した J・B・ライン(Joseph Banks Rhine) の伝記である。 【参考文献】 ・『超常現象を科学にした男』,2011年 ⇒・Wikipedia(英語版;Stacy Horn) 参考外部=>stacyhorn.com(STACY HORN) 参考外部=>ideas.time.com(Stacy Horn) 【サイト内の主な著書】 ・『超常現象を科学にした男』,2011年, 著:ステイシー・ホーン, 訳:ナカイサヤカ, 監修:石川幹人 |
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●スティーブン・グリア ( Steven Macon Greer ) (1955〜); アメリカ合衆国の元医師で, UFO研究者。 「Center for the Study of Extraterrestrial Intelligence(CSETI;地球外知性研究センター)」, および隠蔽されたUFO情報を暴露する, UFO機密情報公開ディスクロジャー・プロジェクト(The Disclosure Project)を設立( 1993年 )した。 【参考サイト】 ・「Wikipedia(スティーブン・グリア)」 2001年5月9日, ワシントンDCにあるナショナル・プレス・クラブで, 20名を超える軍・企業・政府関係者らによる記者会見が行なわれた。 全米規模のこの会見に, 100名を超える報道陣が集まった。 これは, これまで機密にされていたUFO(未確認飛行物体)に関わる情報の開示( ディスクロジャー・プロジェクト )のための会見である。 代表者となったのはノースカロライナ州の緊急医師, スティーブン・グリア博士であった。 【参考文献】(引用) ・『「矢追純一」に集まる未報道UFO事件の真相まとめ』:2016年, 著:矢追純一 スティーブン・グリア博士は, 公開プロジェクト, 地球外知生体研究センター(CSETI), およびオリオン・プロジェクトの創始者。 全米で最も権威のある医学協会アルファ・オメガ・アルファ(Alpha Omega Alpha)の終身会員である博士は, これらのプロジェクトに専心するため, 現在は緊急医の職を辞している。 【参考文献】(抜粋) ・『ディスクロージャー』:2017年 参考外部=>En.Wikipedia(Alpha Omega Alpha) ⇒・Wikipedia(英語版;Steven M. Greer) 参考外部=>YouTube(Dr. Steven Greer - Author & American Ufologist) 参考外部=>imdb.com(Steven M. Greer) 【サイト内の主な著書】 ・『ディスクロージャー』, 2017年, 著:スティーブン・M・グリア, 訳:廣瀬保雄 ・『非認可の世界 世界最大の秘密の暴露』, 2021年, 著:スティーブン・M・グリア, 編:スティーブ・アレン, 編協力:グレゴリー・サリバン, 訳:知念靖尚 |
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●スティーブン・バセット ( Stephen Bassett ) (1946〜); 地球外生物に関する現象に取り組む活動家。 また, Xカンファレンス(UFO現象情報の開示を政府に求める有志の集会)を主宰する。 【参考文献】 ・『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』:2015年 参考外部=>ufowatchdog.com (Stephen Bassett) 参考外部=>paradigmresearchgroup.org (Stephen Bassett) 参考外部=>linkedin.com(Stephen Bassett) 参考外部=>imdb.com(Stephen Bassett (1)) |
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●ステファン・オッソヴィェツキー ( Stefan Ossowiecki ) (1877〜1944);memory 有名なポーランドの 霊媒 で, 封印を施した封書の内容を読んだり, 遺失物を捜し当てたり, オーラ を見たり, テレキネーシス現象 を生起することができた。 彼の霊能現象は, シャルル・リシェ(Charles Robert Richet)教授 や ギュスターヴ・ジュレ(Gustav Geley)博士, その他多くの研究者によって調査された。 1923年にワルシャワで開催された第2回国際心霊研究会議(International Congress of Psychiatric Research)において, SPR から送られた色のついた紙で, 幾重にも包装され, エリック・ディングウォール(Eric John Dingwall )博士によって厳重に封印された封筒の内容を読むことに成功し, 満場の喝采を浴びたことは, よく知られている。 【参考文献】(下記より引用) ・『スピリチュアル用語辞典(オッソヴィッツキー, ステファン)』, 著者:春川栖仙, 2009年 参考外部=>En.Wikipedia(Eric Dingwall) 参考外部=>psi-encyclopedia.spr.ac.uk(Eric Dingwall) ⇒・Wikipedia(英語版;Stefan Ossowiecki) 参考外部=>pieknamilosc.pl(Wezwanie duchowe Stefana Ossowieckiego) 参考外部=>psi-encyclopedia.spr.ac.uk(Stefan Ossowiecki) 参考外部=>encyclopedia.com(Ossowiecki, Stephan (1877-1944)) 参考外部=>culture.pl(Stefan Ossowiecki: Interwar Poland’s Most Famous Clairvoyant) 参考外部=>survivalafterdeath.info(Stephan Ossowiecki) |
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●ストリングフィールド レオナード・ストリングフィールド の項を参照 |
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●角南攻(すなみおさむ) (1944〜2014);memory ⇒1968年, 「週刊少年ジャンプ」 創刊の年に, 集英社へ入社。 永井豪作品をはじめ, 多数の作品を担当した。 モデルとして永井キャラのヒゲゴジラ, 「トイレット博士」 のスナミ先生などにもなり, 漫画にも多数出演した。 その後, 「ヤングジャンプ」 「ビジネスジャンプ」 編集長を歴任した。 (出典;『ムー』2013年6月号(No.391),スナミちゃんの超能力研究室 /角南攻) ⇒・Wikipedia(角南攻) ※雑誌 『ムー』(学研パブリッシング)で, 「スナミちゃんの超能力研究室」を, 2011年1月号(No.363)から2014年12月号(No.409)まで連載されました。 【サイト内の主な著書】 ・『スナミちゃんの超能力研究室』,2015年 |
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せ | |||||||||||
●清家新一(せいけしんいち) (1936〜2009年);memory 愛媛県生まれ。東京大学数物系大学院卒。 茨城大学助手などを経て, 重力研究所所長を務める。 著書に, 『超相対性理論入門』 『空飛ぶ円盤製作法』 『円盤機関始動せり』 などがある。 【参考文献】 ・『UFOと宇宙(No.41)』1978年【UFOスペシャル'78】 ⇒・Wikipedia(清家新一) 参考サイト⇒我楽多電子盤(墓場のド真ん中でUFO研究?!清家新一氏の科学遺跡【宇宙研究所】視察記) 参考サイト⇒レオナルド・ダ・ヴィンボの幸せ日記(日本で1番最初にUFO発明に情熱を傾けた人) 【サイト内の主な著書】 ・『UFOと新エネルギー』,1980年 |
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●関英男(せきひでお) (1905〜2001);memory 東京工業大学電気工学科卒業。工学博士。 電波工学の世界的権威者として知られ, 電気通信における雑音消去の面で画期的な業績をあげる。 また, 日本最大の超常現象(サイ現象)専門学会である, 日本サイ科学会(創立時の名称は 「日本PS学会」 )の初代会長などを務めた。 1970年代に, ユリ・ゲラー(Uri Geller) が起こした超物理現象の謎に対し, その謎を解きうる鍵として 「幽子情報系の存在」 という仮説 (幽子情報系理論) をうちたてた。 【参考文献】 ・『超能力者ユリ・ゲラー』著者:アンドリア・H・プハーリック,訳:井上篤夫,1974年 ⇒・Wikipedia(関英男) 参考外部=>researchmap.jp(関 英男) 参考外部=>psi-science. sakura.ne.jp(設立趣旨;関英男) 参考外部=>Wikipedia(日本サイ科学会) 参考外部=>psi-science.sakura.ne.jp(日本サイ科学会 公式サイト) |
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●関裕二(せきゆうじ) (1959〜); 歴史作家。仏教美術に魅せられて, 足しげく奈良に通い, 古代史研究の道に進む。 文献史学・考古学・民俗学など, 学問の枠にとらわれない広い視野から, 日本古代史, そして日本史全般にわたる研究・執筆活動に取り組んでいる。 【参考文献】 ・『そこが知りたい!古代史9つの謎を解く』,2016年 ⇒・Wikipedia(関裕二) 参考外部⇒Livedoor Blog (関裕二氏の古代史を検証してみる) 参考外部⇒d-labo (「大人に読んでほしい」 歴史作家・関裕二がすすめる小説のおもしろさに満ちた1冊 『吾輩は猫である』夏目漱石著) 参考外部⇒新潮社 (関裕二) 【サイト内の主な著書】 ・『そこが知りたい!古代史9つの謎を解く』,2016年 |
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●瀬戸内寂聴(せとうちじゃくちょう) (1922〜2021);memory 小説家, 天台宗の尼僧。 旧名は瀬戸内 晴美(せとうち はるみ)。 90歳を越えた彼女の法話や講演会で, 「青春は恋と革命だ」 という言葉に, 多くの若者も感銘を受ける。 ⇒・Wikipedia(瀬戸内寂聴) 参考外部=>瀬戸内寂聴 | 著者プロフィール | 新潮社 (shinchosha.co.jp) |
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●セドリック・アリンガム ( Cedric Allingham ) 【パトリック・ムーア】 ( Patrick Moore ) (1922〜2012);memory (★左;アリンガム,右;ムーア) ■サイト:「水島保男外伝版ブログ(セドリック・アリンガムとパトリック・ムーア)」から 1954年2月18日, スコットランド北端のロシーマウスに近い海岸で, 空飛ぶ円盤から降りてきた異星人 (火星人)とコンタクト したことで有名。 この体験を 『Flying Saucer from Mars』(邦訳;『火星からの空飛ぶ円盤』, 1971年 )という本にして世に出す。 アリンガムはこの本を出した後, 世間に出ることはなかった。 だが, 後になって, これは科学者 パトリック・ムーア( Patrick Moore) が偽名を使って, 自分の体験を発表したことが明らかになりました。 【参考文献】 ・『火星からの空飛ぶ円盤』著:C・アリンガム,訳:岩下肇,1971年 ・『世界の超人・怪人・奇人』著:並木伸一郎,2015年 ・『スペースプログラムが予言する終末カウントダウン』著:韮澤潤一郎,2015年 ⇒・Wikipedia(英語版;Cedric Allingham) 参考外部=>水島保男外伝版ブログ(セドリック・アリンガムとパトリック・ムーア) 【サイト内の主な著書】 ・『火星からの空飛ぶ円盤』著:C・アリンガム, 訳:岩下肇,1971年 |
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●セムヤーゼ (★マイヤー氏自身が描いたというもの) ■『戦慄のUFO&宇宙人ミステリー99』から プレアデス星団のエラ星からやってきた宇宙人。 ビリー・マイヤー("Billy" Eduard Albert Meier)氏 とのコンタクトは, 1975年から1984年まで , フレッド・ベル博士(Dr. Fred Bell) とのコンタクトは1971年から1989年まで続いた。 マイヤー氏の場合は, セムヤーゼから地球や宇宙の歴史を多く教えられ, ベル博士には, 科学知識が多く授けられた。 【参考文献】 ・『プレアデス科学の謎』1996年, 著者:フレッド・ベル+ ブラッド・スタイガー, 訳:ケイ・ミズモリ ・『宇宙人との遭遇』1980年, 著者:ウェンデール・スチーブンス, 訳:芝田康彦 |
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