UFOレガシー(UFO・ミステリー事件遺産)

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UFO事件集 (1801年〜1900年)


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      1801年 〜 1900年 1901年 〜 1940年 1941年 〜 1950年 1951年 〜 1960年 1961年 〜 1970年 1971年 〜 1980年 1981年 〜 1990年 1991年 〜 2000年  
2001年 〜 2010年  2011年 〜 2020年 UFO事件集(索引欄)
1801年〜1900年
1870年 1878年 1880年 1882年 1883年 1897年
              
1870年
200 事件名 550 事件の概要および詳細 250 その他参考サイトなど
1870年UFO情報 参考外部=>Think AboutIt - REAL(1870-1879: UFO & Alien Sightings )

参考外部=>UFOdna (UFO Sightings prior to 1945)

参考外部=>intcat(INTCAT 1752 - 1879)
●レディ・オブ・ザ・レイク号謎の飛行物体目撃事件(大西洋)



サイト:「noufors.com」から
1870年3月22日, カーボベルデ(Cape Verde- 北西アフリカの西沖合にある共和国)の南の大西洋上で, 蒸気船レディ・オブ・ザ・レイク(Lady of the Lake)号の乗組員が, 謎の飛行物体を目撃した。

学術誌 『王立気象学会報(the Journal of the Royal Meteorological Society)』 から引用して, チャールズ・フォート(Charles Fort )は, 彼の著書で次のように記している。
「 "レディ・オブ・ザ・レイク" 号の船長F・W・バナー(Capt. FW Banner)の航海日誌より抜粋・・・・・・
1870年3月22日, 北緯55度47分, 西経27度52分, "レディ・オブ・ザ・レイク" 号乗組員は, 空に注目すべき物体, もしくは "雲" を見た。船長に報告。
バナー船長が言うには, それは円形の雲であり, 四つの部分に分かれた半円を含む。中央の分割線は円の中心で始まり, 外側へ遠く延びてから曲がって元にもどる。
形体の幾何学性, 複雑さ, 安定性−有機体の形をなす点は無論のこと, このような多様な輪郭を雲が示す可能性は少ない。
色は薄灰色, もしくは雲の色。何であるにせよ, それは風上へ移動した。
物体は
30分間見えた。姿が消えたとき, それは雲のように形がくずれたのではなく, 夕やみで見えなくなったのだ。」
これを読んだ読者は, すぐに空飛ぶ円盤のことを思いつくことだろう。しかし, フォートがこれを記述したのは, UFO熱が始まる
30年前の1918年のことである。
【参考文献】
『神秘と怪奇』【第1章/ 不気味なものとの接触】, 著:コリン・ウィルソン, 訳:安田洋平, 1977年




サイト:「AwE130 UFO Clippings」から
参考外部=>Wikipedia(カーボベルデ)


【サイト検索キー: Lady of the Lake, 1870, ufo

参考外部=>ufoinfo.com(On This Day; March 22)

参考外部=>Think AboutIt- REAL(1870 - 1879: UFO & Alien Sightings)

参考外部=>MUFON(A Short Introduction to Ufology)

参考外部=>rr0.org(1870)

参考外部=>awe130.nl(AwE130 UFO Clippings; Captains log "Lady of the Lake")

参考外部=>waterufo.net(03-22-1870)

参考外部=>noufors.com(UFO Sightings Through Drawings)
 
1878年
200 事件名 550 事件の概要および詳細 250 その他参考サイトなど
1878年UFO情報 参考外部=>Think AboutIt - REAL(1870-1879: UFO & Alien Sightings )

参考外部=>UFOdna (UFO Sightings prior to 1945)

参考外部=>intcat(INTCAT 1752 - 1879)
●ジョン・マーティン円盤目撃事件(アメリカ) 1878年1月2日, テキサス州の農夫のジョン・マーティンが狩猟に出かけたときに, 空に浮かぶ黒い物体を目撃した。

テキサス州ダラス(Dallas)の北方, 約9.6kmで農場を営むジョン・マーティン(John Martin)が, この日デニソン(Denison)周辺に狩猟に出かけると, 空に浮かぶ黒い物体に気づいた。
その黒い奇妙な物体は, マーティンの方に近づいてきて, 彼の真上まで飛んできた。
彼は, その物体を 「大きな皿(ソーサー, 円盤)」 と表現した。
これは, 「円盤」 という表現が定着する
1947年以前で, 初めて記録に残されているものである。
【参考文献】
『未確認飛行物体(UFOの奇妙な真実)』【世界の有名なUFO目撃事件】, 2013年



サイト:「Texas Coop Power」から
【サイト検索キー: john martin, 1878, ufo

参考外部=>Texas Coop Power(The First “Flying Saucer” )

参考外部=>Signal in the Noise (John Martin- UFO Sighting- Denison, Texas, January 2, 1878)

参考外部=>Texas UFO Museum & Research Library (Dallas 1878)

参考外部=>infinitafollia (UFO: L'avvistamento di Jhon Martin, 1878 Denison- Texas)
 
1880年
200 事件名 550 事件の概要および詳細 250 その他参考サイトなど
1880年UFO情報 参考外部=>Think AboutIt - REAL(1880-1889: UFO & Alien Sightings )

参考外部=>UFOdna (UFO Sightings prior to 1945)

参考外部=>intcat(INTCAT 1880 - 1887)
●ガリステオ・ジャンクション怪飛行船目撃事件(アメリカ) 1880年3月25日, ニューメキシコ州ガリステオ・ジャンクション(Galisteo Junction- 現在のLamy)で, 魚の形をした大きな飛行船が目撃された。

この日の夜おそく, 数人の町の人たちが寝る前の散歩をしていた。
すると, 上空から人の話し声が聞こえた。見上げると巨大な魚のかたちをした気球が, 西の方角から低空を急速に近づいてくるのに気づいた。
その気球(飛行船か? )には, 後ろに大きな扇のような舵(かじ)がついていた。
物体が接近するにつれて, 乗員たちの話し声がますますはっきり聞こえてきた。何を言っているのかは分からなかったが, 8人から10人ほどの乗員がなかなか楽しそうに(笑い声も聞こえた)話しているようだ。
断片的な音楽も聞こえてきた。明らかに地上の人たちの注意を引こうとしたらしい大声も聞こえたが, 意味は分からなかった。
物体は, かなり低空を通過したので, 暗くはあったが目撃者たちは, 胴体に書かれた 「非常に優美な, 意匠をこらした文字」 をはっきり見ることができた。
ガリステオ・ジャンクションの空を飛び過ぎた物体は, 高空に上昇し, 高速を出して東の空に消えていったという。

【参考文献】
『UFOと宇宙(NO.37)』【UFOのシンボルマーク, 文:ディル・M・ティトラールシアス・ファリッシュ, 訳:増野一郎】, 1978年



(★ロバート・トーレス【Robert J. Torrez】著の「UFOs Over Galisteo and Other Stories of New Mexico's History」)
参考外部=>Visual Burn(「19世紀末の飛行船騒動1」)

参考外部=>オカルト・クロニクル(幽霊飛行船騒動――謎の搭乗員たち )



【サイト検索キー: galisteo junction, state of new mexico, 1880, ufo

参考外部=>Think AboutIt- REAL (1880: Lamy, New Mexico Encounter)

参考外部=>Think AboutIt- REAL(1880 - 1889: UFO & Alien Sightings)
 
1882年
200 事件名 550 事件の概要および詳細 250 その他参考サイトなど
1882年UFO情報 参考外部=>Think AboutIt - REAL(1880-1889: UFO & Alien Sightings )

参考外部=>UFOdna (UFO Sightings prior to 1945)

参考外部=>intcat(INTCAT 1880 - 1887)
●エドワード・モーンダー(天文学者)謎の飛行物体目撃事件(イギリス) 1882年11月17日, エドワード・W・モーンダー(天文学者)が, オーロラ現象を観測中に, 謎の飛行物体を目撃した。

エドワード・W・モーンダー(Edward Walter Maunder)の目撃談は,
1882年12月17日の <オブザーバートリー・リポーツ> 誌に報告されている。
グリニッジにある王室天文台のこの著名なメンバーは, その物体を ”未知なる天からの訪問者” と呼んでいる。
同天文台の他の職員も含めて,
その夜(11月17日), 物体を目撃した人々は, それを ”魚雷型” または ”紡錘型” と表現した。
モーンダー自身, 何年もたってから, それは有名なツェッペリンという飛行船に酷似していたと書き記した。
もちろん,
1882年にはツェッペリンなど存在してはいなかったのだ。
【参考文献】
『空飛ぶ円盤の真実』【第1章/ 地球の空を飛ぶもの】, 1988年, 著:フランク・エドワーズ, 訳:安龍次郎


有名な天文学者, ウォルター・モンダー博士(Dr. E Walter Maunder)は, かねてその日の磁気嵐(マグネテック・ストーム)の状態から発生を予測されていた, オーロラ現象を観測するために, 1882年11月17日夕暮れ, グリニッチ天文台(Greenwich astronomer)に陣取ったのであるが, オーロラ以外にも目撃したものがあった。
その日の夕暮れ, オーロラの輝きが北西方上空に拡がったが, 別に変わった様子も見うけなかった。が, オーロラがおさまりかけたと思っと時, 緑色に光る巨大な円盤が一個, 突如として東北東の上空に現われたのである。
その物体は, 地平線から上昇し, なめらかに一定の速度−だが, 太陽などの約千倍の速さで運動して, 上空を横切っていった。最初, 物体が円く見えたのは, 遠近関係からそう見えたのであって, 物体が動くにつれて細長く変わってゆき, 子午線を通過し月の上方にやってきたときには, すでに細長い楕円の, いわゆる 「葉巻型」 「水雷型」 「紡錘型」 というような形をしていた。
物体が子午線を通過したした後, その長さが縮小したように見え, 南西方に消滅した。現われて消え去るまで, その間
約2分足らずだった
これは,
1916年5月発行の 『オブザーバトリー』 (天文台誌)創刊500号記念号で, 編集者たちの 「どんなことが一番印象に残っていますか? 」 という問いに, 博士が答えた内容である。
【参考文献】
『これが空飛ぶ円盤だ! 』【こうして謎は世界をめぐる】, 1960年, 編:平野威馬雄




(★1882年11月17日の「オーロラビーム」の通過を描いたもの)
サイト:「es.wikipedia」から
参考外部=>GRPS (Edward Walter Maunder (1851 - 1928))

参考外部=>es. wikipedia(Archivo: Maunder auroral beam 11- 17- 1882.gif)



【関連サイト検索キー: Edward Walter Maunder, 1882, UFO

参考外部=>ufocasebook. com (Modern UFO Reports)

参考外部=>unexplainable. net (Modern UFO Reports)

参考外部=>commons. wikimedia (File:Maunder auroral beam 11- 17- 1882.gif)

参考外部=>En.Wikipedia (Aurora of November 17, 1882)

参考外部=>Scihi.Blog (Edward Walter Maunder and the Sunspots)

参考外部=>Think AboutIt- REAL (1880- 1889: UFO & Alien Sightings)

参考外部=>UFO's - Crystalinks(UFO’s)

参考外部=>theblackvault (A List of UFO Sightings by Astronomers (Compiled in 2000))
 
1883年
200 事件名 550 事件の概要および詳細 250 その他参考サイトなど
1883年UFO情報 参考外部=>Think AboutIt - REAL(1880-1889: UFO & Alien Sightings )

参考外部=>UFOdna (UFO Sightings prior to 1945)

参考外部=>intcat(INTCAT 1880 - 1887)
●ホセ・ボニリャ謎の飛行物体目撃事件(メキシコ)


サイト:「inexplicata」から
1883年8月, メキシコの天文学者, ホセ・ボニリャが太陽黒点観測中に太陽表面を横切る不思議な物体群を観測し, それをカメラで撮影した。

ホセ・ボニリャ(Jose Bonilla)はサカテカス天文台(Zacatecas Observatory)で, 太陽黒点の活動の写真を撮っていた。
そのとき, 太陽の表面を横切る不思議な物体群に気づいた。
雲によって視界がさえぎられるまでの
2時間で, 彼はその物体を283個数えた。
彼の望遠鏡には, カメラと称する当時の最新流行の器具がついていたので, それを何枚かの写真に撮った。
そのフィルムには, 葉巻型や紡錘型の物体の列があらわれた。

【参考文献】
『宇宙よりの来訪者』, 1977年
『UFO超地球人説』, 1976年


この当時, すでに世界的知名度を持つ人物であったホセ・A・Y・ボニーヤ(Jose A. y Bonilla)教授は, 1883年8月12日, サカテカス天文台(Zacatecas Observatory)の同僚たちとともに, 天文台と太陽の正面との間を通過する不透明な物体を撮影するという一台壮挙を成しとげた。
彼らの手にあった低感度の感光板でも, 太陽ほどの光源が背景にあれば, 写真撮影に困難はなかった。
太陽表面を横切る物体は,
2時間という時間内に283を数えるに至った。しかし, 雲が広がって観測は困難になり, 太陽が子午線を越えるまで観測の再開はできず, 再開後は40分しか観測ができなかった。
物体は太陽の正面を, 一列に並んで横切っていったことがわかる。
それらは, 単独あるいは一組で現われる楕円形の, 見たところ飛行船型の物体だった。
一個が太陽面を通過するのに
約1分かかるのだが, 同時にあまりにも多数が通るため, 正確に数えそこねる場合もあったと, ボニーヤ教授みずからが認めている。
物体の表面は一見滑らかで, 研磨されていた可能性すらある。ある角度になると太陽光線が反射して, 目がくらむほどだったという。
教授とその同僚たちは, これらの物体の数百個を写真に撮り,
2日目には116個を撮影したところで, この物体の異常な行列は終わった。
しかし, サカテカス以外の観測地点からは, これらの物体の所在を発見することはできなかった。このため, 物体群は比較的地球の付近にあって, その位置では, 視差として知られている光学上の法則が妨げとなり, ボニーヤ教授の情報にしたがって他の天文台から発見することができなかったのであろう。

【参考文献】
『空飛ぶ円盤の真実』【第1章/ 地球の空を飛ぶもの】, 1988年, 著:フランク・エドワーズ, 訳:安龍次郎



(★ボニーヤの撮った写真)
サイト:「en.wikipedia」から
参考外部=>GAsite(第4章 古代の宇宙船 第1話 宇宙よりの訪問者/ロイステマン)



【サイト検索キー: Zacatecas Bonilla 1883 ufo
参考外部=>en. wikipedia(Bonilla observation)

参考外部=>Think AboutIT- REAL(1883: Zacatecas Observatory, Mexico Sighting)

参考外部=>Educating Humanity (Controversy over  “First Photographed UFO”)

参考外部=>perceptions (Zacatecas Observatory - Mexico)

参考外部=>universetoday (Was the “First Photographed UFO” a Comet? )

参考外部=>kevinrandle (A Different Perspective)

参考外部=>gegenfrage (12. 08. 1883: Die Jose Bonilla- Sichtung)

参考外部=>inexplicata. blogspot (Mexico: The First UFO Photos Were Taken in Zacatecas, 1883)

参考外部=>phys.org (Mexican astronomers suggest Bonilla sighting might have been a very close comet breaking up)
 
1897年
200 事件名 550 事件の概要および詳細 250 その他参考サイトなど
1897年UFO情報 参考外部=>Think AboutIt - REAL(1896-1899: UFO & Alien Sightings )

参考外部=>UFOdna (UFO Sightings prior to 1945)

参考外部=>intcat(INTCAT 1897 - 1899)
●謎の飛行船事件


『宇宙人の死体写真集2』から
1880年にニューメキシコ州, 1896年にカルフォルニア州, 1897年には全米に, 1909年にウェールズとニュージーランドに, 1914年には南アフリカに姿を現した謎の飛行船がある。
特に
1897年には, 全米で多くの人が目撃し, 目撃者の中には着陸中の乗員と英語で話した者もいる。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.14)』【1897年の謎の飛行船, 文:ジェローム・クラーク, 訳:久保田八郎】,1975年



この時期に目撃された謎の飛行船における特徴といえるものに, 下記のようなものがある。
飛行船が音をたてないこと。
赤く輝く色であること。
推進システムの一部に回転する車輪状の物体を用いていること。
物体が飛行船に似た形態であること。
内部が明るく照明されていること。
物体には何らかの明るいスポットライトがついていて, 調べようとする地点, または個体に照射可能であること。
多少なりとも人間に近い姿だが, どう見ても異様な生物の知的制御を受けていること。
1897年4月, アメリカ国内で不思議な空中ショーが多発した。
4月1日付 <ニューヨーク・サン> 紙の記事によると, ミズーリ州カンザスシティ内および周辺の多数の人が, 何らかのコントロールにもとづく物体が, その地域の夜空を飛びまわり, 時どき停止して明るい白色サーチライトを下向きに照射するのを目撃した。
同様の報告が, ダラス, フォートワース, マーシャル, ボーモントをはじめとするテキサス州の各地から相次いだ。
4月16日の夜, テキサス州ベントンでは, 葉巻状の乗り物が地球と月の間を横切るのを目撃したとの報告があった。
4月11日付 <ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン> 紙によると, 4月9日のシカゴ市内で 夜8時から午前2時のあいだに, 「北西の方角に見える光りは, 地上数マイルのところに浮遊する飛行船または飛行物体のものであると・・・驚嘆した数千の人々が明言した。葉巻状の二つの物体と巨大な翼を確かに見たと言いきるものもいた」 。
その物体は, 時どき二本の巨大なサーチライトの光線を放ったとの目撃者の証言もある。
その当時, 夜空を巡る何物かが実在したこと, 既存の地球のテクノロジーを超越した何物かが実在したことは, 1897年4月19日, オハイオ州沿いの閑静な小さい町, ウェストヴァージニア州シスターズヴィル(Sistersville)での出来事(※)によって, さらに明白になった。
【参考文献】
『空飛ぶ円盤の真実』【第1章/ 地球の空を飛ぶもの】, 1988年, 著:フランク・エドワーズ, 訳:安龍次郎


(※)【シスターズヴィルでの出来事】(サイト内)=>UFO事件集(シスターズビル飛行船照射事件)
参考外部=>Wikipedia(謎の飛行船)

参考外部=>GAsite(1897年の謎の飛行船 by ジェローム・クラーク)

参考外部=>UFOの科学的研究―学術研究出版センター(第1章 謎の飛行船 ─ 論争の序曲 )

参考外部=>オカルト・クロニクル(幽霊飛行船騒動―謎の搭乗員たち )

参考外部=>visual burn(「飛行船騒動1」)

参考外部=>WEEKLY UNIVERSE(THE 'UFO' AIRSHIPS OF 1896 - 1897)



【サイト検索キー: 1897, mystery airship

参考外部=>YouTube ("Mystery Airship" Sightings, 1896 - 1897)

参考外部=>YouTube (UFOs and the "Mystery Airships" of 1896 - 1897: Conference Presentation)

参考外部=>YouTube (CRC- 1053D- Jim Marrs- THE MYSTERY AIRSHIPS OF 1897)

参考外部=>en.wikipedia (Mystery airship)

参考外部=>intcat(INTCAT 1897 - 1899)
●フートン謎の飛行船目撃事件(アメリカ)


(★フートン目撃の飛行船のスケッチ)
『UFOと宇宙』NO.14から
1897年4月ごろ, アイアン・マウンティン鉄道の車掌であるジェイムズ・フートンが, アーカンソン州ホーマンで狩猟の帰りに, 謎の飛行船を目撃した。

飛行船は空き地に着陸しており, フートンは乗員と会話を交わしている。
目撃は真実性があるとみなされ, <アーカンソー・ガゼット(Arkansas Gazette)> 紙に掲載された。

1897年4月ごろ(正確な日時は不明), アイアン・マウンティン鉄道(Iron Mountain Railroad)の車掌であるジェイムズ・フートン(Jim Hooton)が, 臨時列車を回送するために, アーカンソン州ミラー郡テクサーケァナ(Texarkana)に行った。
そこで
8〜10時間の余暇がとれたので, 少しばかり狩猟をするために, ホーマン(Homan【ミラー郡】)に出かけた。
その狩猟の帰り(
午後6時ごろ)に, ヤブの中を歩いていると機関車の空気ポンプの作動音に似た音が聞こえた。
すると, 5〜6エーカー(約220a)ばかりの空き地に着陸している, 謎の飛行船を目撃した。
船内には, 中くらいの身長の男が一人おり黒メガネをかけていた。彼は, 船体の後部と思われるあたりの修理をしているようであった。
驚いた相手にフートンが 「これが例の飛行船ですか? 」 と声をかけると, その男は, 「そうです」 と答えた。
すると, 船の竜骨とおぼしきところから, 3〜4名の人間が出てきた。
竜骨は二つの部分に分かれていて, ナイフの鋭い刃のように前方で一緒になりとがっていた。 船体の横腹は真ん中が次第にふくらんでいる。両横には曲がる金属で作られた三つの大きな車がついていて, 船体が前進するにつれて, それがへこむようになっていた。
「失礼ですが, この音はウェスティングハウス社のエアブレーキによく似ていますね」 とフートンは言うと, 「たぶんそうでしょう。これは圧縮空気と飛行翼とを使っているのです。だが, あなたはあとでくわしいことがわかるでしょう」 と言った。
「準備完了です」 とだれかが叫ぶと, 全員が飛行船の下へ姿を消した。
フートンが見ていると, 各車の前にある直径2インチ(5cm)の管が車にたいして空気を噴き出し始めて, 車は回転を開始した。
船体はシューッという音をたてながら, しだいに浮かび上がった。突然, 翼が前方へはねて鋭いフチを空の方へ向けた。次に船体の後尾にあったカジが一方へ回転し始めた。
車が急速に回転したので, 回転翼はほとんど見えなくなった。
そして, あっという間に視界から消えてしまった。

【参考文献】
『UFOと宇宙(No.14)』【1897年の謎の飛行船, 文:ジェローム・クラーク, 訳:久保田八郎】,1975年



「ミスター・フートンを知っている人たちなら, 彼の陳述の真実性を保証するだろう」 とアーカンソン州の 《ガゼット(1897年4月22日)》 は書いた。
フートン(Hooton)大佐がハンティングをしていたとき, 聞きなれた音, 「まるで機関車の蒸気ポンプが作動しているような音」 をきいた。
彼が, 音のする方向に歩いてゆくと, 急に視野が開け, そこにみごとな飛行船があった。
そこには中くらいの大きさの一人の男がくもった眼鏡(サングラス)をかけ, 船の後端と思われるところをいじくりまわしていた。 フートンに気づいて驚いた彼に, 「これは飛行船ですか? 」 と聞くと 「ええそうです」 と答えた。
そのとき, 3,4人のほかのものが竜骨と思われるところから出てきた。 よく見るとその竜骨は, 二つの部分に分かれていて, 前部で鋭いナイフの刃のようになって終結していた。 両側に何かの金属を曲げてつくった三つの大きな車輪がついていて, 前進するときにはへこむようにアレンジされていた。
「準備完了です」 だれかが叫ぶと, 全員が下に消えた。
フートンが見ていると, 各車輪のすぐ前にある2インチ(5cm)ほどのチューブが車輪に空気を噴射し始め, それらが回転し始めた。
船がしゅっしゅっという音とともに上昇した。 飛行翼が突然前方に飛び出し, その尖った先端を空の方に向け, 船の端の梯子が一方に向きを変え始め,車輪があまり早く回転するので, 翼がほとんど見えない状態だった。
あっというまもなく, 船は視界から去って行った。

【参考文献】
『UFO超地球人説』【第5章/ 壮大なぺてん】1976年, 著:ジョン・A・キール, 訳:巻正平

(★フートンの目撃記事が掲載されたアーカンソー・ガゼット紙 (1897年4月22日)
『UFOと宇宙』NO.14から



参考外部=>GAsite(1897年の謎の飛行船 by ジェローム・クラーク)

参考外部=>オカルト・クロニクル(幽霊飛行船騒動―謎の搭乗員たち)

参考外部=>阿修羅(アメリカの“飛行船もどき”騒動(『UFOS & SPACE』81年5月号))



【サイト検索キー: Jim Hooton, Arkansas, april 1897, airship mystery

参考外部=>The Encyclopedia of Arkansas History & Culture(UFO Sightings)

参考外部=>Facebook(Airship Mystery)

参考外部=>UFOdna (Sightings near 30 N x 100 W )

参考外部=>UFOdna (20 Apr 1897-Homan,Arkansas,USA)

参考外部=>UFOdna (Close Encounters of the Third Kind prior to 1945)

参考外部=>From the Vault(Arkansas History's Mysteries- UFOs and Arkansas)

参考外部=>intcat(INTCAT 1897 - 1899)


●オーロラ飛行船墜落事件(アメリカ) 1897年4月のある早朝, テキサス州の小さな町オーロラ(Aurora)に住むプロクター判事の家の風車に, 1機の飛行船が衝突し墜落した事件。

飛行船は町の中心部を飛び, ぎごちない動きをして, この風車に衝突し爆発した。
機体はばらばらになり, 破片は数エーカーの地面に散乱した。
ひとりの乗員のばらばらになった遺骸が発見されたが, 「この世界の住人ではない」 と思われたという。
遺体は, どうにかキリスト教の埋葬に付された。

【参考文献】
『UFOと宇宙(No.38)』【空飛ぶ円盤墜落す, 文:ボブ・ダグラス, 訳:柳尾武義】, 1978年


【もっと詳しく】
■事件詳細(サイト内)=>怪奇事件集(オーロラ・ミステリー)
参考外部⇒オカルト・クロニカル(オーロラ墜落事件テキサスに眠る何か)

参考外部⇒FC2・海外の妖しいBlog記事から(テキサス州オーロラ: 19世紀の西部での UFO 墜落事件)

参考外部=>Wikipedia(オーロラUFO墜落事件)

参考外部=>intcat(INTCAT 1897 - 1899)
●シスターズビル飛行船サーチライト照射事件(アメリカ) 1897年4月19日午後9時すぎ, ウェストバージニア州シスターズビルで葉巻状の光り輝く物体が, 町の上空から集落に向けて, とてつもなく明るいサーチライトを照射した。

巨大な葉巻状の光り輝く赤い物体が, 北西の方角からオハイオ州をこえて, ウェストバージニア州のシスターズビル(Sistersville)に近づいてきた。
そして, この物体は, とてつもなく明るいサーチライトを, 少なくとも二度, この集落に照射した。
製材所の警報が, けたたましく鳴りだし, 外に飛び出した多数の住民は, この奇想天外な空からの来訪者を目撃した。
また, 付近の丘陵地帯の住民は, その飛行物体の葉巻状の形態をはっきりと認識することができた。
そのサーチライトの反射光で, 船の両側に張り出した大きな水平安定板も見えたという。
物体の端および横腹に並んだ, キラキラ光る, 赤, 白, 緑のライトが確認でき, 物体は, 長さが約180フィート(55m), 幅約50フィート(15m)の大きさだったそうである。
物体は, 急速に上昇して姿を消した。
【参考文献】
『空飛ぶ円盤の真実』【第1章/ 地球の空を飛ぶもの】, 1988年, 著:フランク・エドワーズ, 訳:安龍次郎



サイト:「WeDentonDoit」から
参考外部⇒ GAsite(1897年の謎の飛行船第1話)

参考外部⇒ GAsite(1897年の謎の飛行船第2話)


【サイト検索キー: Sistersville, West Virginia, 1897 UFO, MYSTERY AIRSHIPS

参考外部=>UFO DNA (18 Apr 1897- Sistersville, West Virginia, USA)

参考外部=>denver michaels(Airship in West Virginia Skies in 1897)

参考外部=>DENVER MICHAELS (West Virginia - Good Place To See A Flying Saucer)
●ハミルトン謎の飛行船目撃事件(アメリカ)

★『UFOと宇宙』NO.14から
1897年4月19日, カンザス州リーロイに住む牧場主のアレグザンダー・ハミルトンと雇人と息子が見ているまえで, 謎の飛行船に牧場の牛が引き上げられさらわれた事件。

この日の夜10時30分ごろ, カンザス州リーロイ(Le Roy)に住む, 牧場主のアレグザンダー・ハミルトン(Alexander Hamilton)は, 牛が騒ぐため起きて玄関にでてみると, 牛の囲いの上空から飛行船がゆっくり下降してくるのを目撃した。
ハミルトンが, 雇人と息子をよび, 3人で近づいていくと, その飛行船は, 約90メートルもある葉巻型の本体と, 下側についたゴンドラのようなものからなっていた。
1つの強烈な赤いサーチライトと, 2つの緑のライトからなる光を発していた。
ゴンドラはまわりがガラスのような物質で透明になっており, 途中に金属が細い帯のようについていた。
ゴンドラの内部には, こうこうと明かりがついていたため, あらゆる物がはっきり見えた。
中には, 奇妙な人間が6人(2人の男と1人の女と3人の子ども)が乗っていて高い声で話し合っているのが聞こえた。
だが, 話の内容は一言も理解できなかった。
目撃者たちに気づいた飛行船の中の連中は, 動力のようなもののスイッチをいれた。すると, 船の底のスクリューが回りだし, 船は上昇していったが, 約100メートルの高さで動きを止めた。
飛行船の下には, フェンスにからまったのか, 雌牛が騒ぎ跳びはねていた。
ハミルトンたちが近づいてみると, 飛行船から垂れた赤いケーブルがその雌牛の首のまわりに巻つき, 牛は柵の金網にからまっていた。
彼らは, 牛の首のまわりのケーブルをはずそうとしたが無理で, 金網の方を切り離した。
すると, 目の前で雌牛もろとも飛行船はゆっくり上昇し, 上空に浮かび上がって北西の方角に消えていった。
一同はそれを驚きあきれて見送ってしまったという。

【参考文献】
『UFOと宇宙(No.14)』【1897年の謎の飛行船, 文:ジェローム・クラーク, 訳:久保田八郎】,1975年
『空飛ぶ円盤の真実』【第1章/ 地球の空を飛ぶもの】, 著:フランク・エドワーズ,訳:安龍次郎, 1988年



サイト:「howstuffworks」から
参考外部⇒ オカルト・クロニカル(幽霊飛行船騒動――謎の搭乗員たち )

参考外部⇒ NAVERまとめ(アレキサンダー・ハミルトン事件(1897))

参考外部⇒ GAsite(1897年の謎の飛行船第1話)

参考外部⇒ GAsite(1897年の謎の飛行船第2話)


【サイト検索キー: Le Roy, Kansas, 1897 ufo
参考外部=>JTC (UFO case #73: Le Roy, Kansas (USA) on 1897- 04- 19)

参考外部=>UFONUT (Alexander Hamilton and the 1897 UFO / Cattle Mutilation Incident)

参考外部=>howstuffworks(The 1897 Cow Abduction Hoax)
●サンプターとマクリモア謎の飛行船遭遇事件(アメリカ) 1897年5月6日の夜, アーカンソン州ガーランド郡(Garland County)の二人の警官, ジョン・J・サンプターjr.(John J. Sumpter jr.)巡査とジョン・マクリモア(John McLemore)副保安官が, 謎の飛行船乗員と話をした。

この夜, 捜査のため馬で北西に向かっていたサンプターとマクリモアの二人は, 上空に輝く光を見つけた。
山を回って4〜5マイル(6〜8km)走ったところで, 再びその光を見たが, それはすぐにもうひとつ山の陰に消えた。
さらに半マイル(0.8km)ほど走ったとき, 馬が先に進むのをいやがった。
100ヤード(約90m)ほど先で, 二人の人間が明かりをもって動き回っているのが見えた。
サンプターたちは, ウィンチェスター(銃)を構えて, 二人に聞いた。
「そこにいるのはだれだ, 何をしている? 」
長い黒ひげの男がカンテラを手に近づいてきて, 「自分とつれ(若い男と女)の者は飛行船で全国を旅行しているところだ」 と答えた。
その飛行船の輪郭をはっきり見分けることができた。
葉巻型で長さが60フィート(約18m)ほどで, 最近の新聞で見たのとそっくりだった。
若い男は30ヤード(約27m)ほど先で, 大きな袋に水を満たしていた。女は闇の中で背中を向けたまま傘をさしていた。
雨が降っていたので, ひげのある男がサンプターたちに船に乗るようすすめたが, 彼らはことわった。
そして, 飛行船の光について質問すると, この光はひじょうに協力なもので, 動力をひどく食うと答えた。
2,3日温泉に滞在して湯につかりたいが, 時間に限りがあるのでそうもいかない。全国を見て回ったあとは, テネシー州ナッシュビル(Nashville)で旅を終わりにするつもりだと言った。
サンプターたちは, 急いでいたため, その場を去ったが,
40分ほどして戻ってみると, 何も見えなかった。
彼らは飛行船が出発するのを, 見ることも聞くこともできなかった。

【参考文献】
『UFO超地球人説』【第5章/ 壮大なぺてん】1976年, 著:ジョン・A・キール, 訳:巻正平



サイト:「intcat」から
参考外部⇒ オカルト・クロニカル(幽霊飛行船騒動―謎の搭乗員たち;雨の中にいた3人の男女)



【サイト検索キー: Sumpter, McLemore, Garland, may 1897, ufo, airship mystery

参考外部=>The Encyclopedia of Arkansas History & Culture(UFO Sightings)

参考外部=>Angelfire (ARKANSAS ALIEN ENCOUNTER OF 1897)

参考外部=>ATS (1880 very descriptive UFO sighting)

参考外部=>PARANOIA(Behind the FBI’s Undercover Flying Saucer Investigation)
 

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