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UFO関連用語(さ〜そ) 


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ら〜ろ わ〜ん A〜Z 0〜9 「UFO関連用語」索引欄
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●催眠

『ザ・ストレンジブック』から
催眠とは,人を正常な状態よりも暗示にかかりやすくさせるトランス(恍惚)に似た状態である。
メスメリズム,動物磁気,人工夢遊状態,夢想などの呼び名でも知られている。
催眠は,身体的,心理的な問題の治療,および演芸の目的で使用されてきたにもかかわらず,その本質と限界は依然として論争の的になっている。
現代における催眠研究は,フランツ・アントン・メスマー
1734〜1815 )によって始められたといえる。 メスマーは自分の体内に,彼が動物磁気と呼ぶ資質を発見したと信じていた。 その動物磁気は一種の流体で,接触によって他の人に移すことができると彼は説明した。
フランスとイギリスでメスマーの追随者は,催眠状態の個人に影響を与える可能性を追求し続けた。

1840年代 までに彼らは今日承認されている主要な催眠現象,すなわち無意識的で一時停止した動作,記憶喪失,感覚麻痺,プラスとマイナスの幻覚,後催眠現象,催眠暗示の個人差などをすべて発見しつくしてしまった。
1840年代 にスコットランドの外科医ジェイムズ・ブレイド 1795〜1860 )は"催眠"を意味するギリシア語の「ヒプノス」から,「ヒピノシス」という言葉を作り, それに"催眠"の意味を与えた。彼によれば,催眠とは催眠暗示者が神経系に及ぼした効果であると結論づけた。 ブレイドは,治療のために言語暗示を系統的に使用することによって催眠のテクニックを一般化した。
その後,催眠はさまざまな学派の臨床医によって引き続き使用されてきたにもかかわらず,その効果はいまだに論争を呼んでいる。
(出典;『ザ・ストレンジブック』(月刊「UFOと宇宙」1980年7月臨時増刊号),「第2章”心”への挑戦,催眠;催眠術-本当とウソ」)
  
●催眠治療
【逆行催眠,退行催眠,催眠療法,催眠実験】
記憶を消失したアブダクティに,催眠術で催眠状態にし,消失した体験記憶をひき出すもの。

催眠状態のもっとも深い”深催眠状態”に入ると,本人は体験した事実以外のことは記憶から出てこないという。
(出典;『UFOと宇宙』1982年3月号(No.80),「催眠でひき出したUFO目撃者の恐怖体験」/文:矢追純一

逆行催眠,退行催眠,催眠療法,催眠実験もこれに同じ】

催眠治療には,潜在意識から情報を得る,ドロレス・キャノンの独自の方法 (QHHT)もある。
 
●サンシャイン計画


田無市の通産省電子技術総合研究所で開発され,一般に公開された「太陽熱発電」テストプラントの全景。
『UFOと宇宙』No.14から
サンシャイン計画とは, 1974年7月 に発足した日本の新エネルギー技術研究開発についての長期計画である。
クリーンな国産エネルギー開発と,石油中心のエネルギー体系からの脱却を目ざしたもの。
5つの研究分野から成り立っており,まず太陽エネルギー技術では,太陽熱発電システムと安価な太陽電池の開発。
水素エネルギー技術では,熱分解による水素の製造,燃料電池による発電などの研究開発を行うなどがあった。
1993年 からはムーンライト計画(地球環境技術開発計画)と地球環境技術開発計画を統合したニューサンシャイン計画としてリニューアルするも 2000年 に終了する。
【参考サイト・文献】
・サイト=>Wikipedia(サンシャイン計画)
『UFOと宇宙』No.14,1975年,【「太陽熱発電」テストプラントの開発に成功】から
   ●死海文書
(死海写本)

 
イスラエル建国の前年( 1947年 )の 2月 ,ヨルダン川西岸地区,ワジ・クムラーン附近で,ターミレ族ベドゥインの羊飼いムハマド・ディブが逃げてしまった山羊を探しまわっていたときに, 丘陵の洞穴の中の素焼きのカメの中から羊皮とパピルスの巻物を最初に発見した。
その後,このクムラーン地区およびその附近から研究チームなどにより多くの文書が発見されている。
発見されたこの死海文書は,ヘブライ語聖書の最古の写本を含んでいて,宗教的にも歴史的にも大きな意味を持つものとされている。
文書は大部分がヘブライ語で書かれており,二割ほどのアラム語文書と,ごくわずかなギリシア語文書およびアラム語の方言であるナバテア語の文書を含んでいる。 多くは羊皮紙であるが,一部パピルスもある。
これらを著したのはクムラーン地域に本拠をもつ宗団だといわれている。
写本の年代は,クムラーン地区のものは,
紀元前3世紀 から,宗団がローマにより滅ぼされる 紀元68年 までと考えられている。
【参考サイト・文献】
・サイト=>Wikipedia(死海文書)
『死海』,1963年-初版
『2016年「人類40億人滅亡」恐るべき証拠』,2015年
『スペースプログラムが予言する終末へのカウントダウン』,2015年



(写真下)死海文書の発見されたクムラーンの第4洞窟:『死海』から
参考外部サイト⇒ EXCITEニュース(人類を滅亡から救うのは"イエスの血を引く"日本人!? 謎多き「死海文書」に秘められた戦慄の預言とは?)

参考外部サイト⇒ミステリー新聞(死海文書の謎)

参考外部サイト⇒GotQuestions(死海文書とは?なぜそれが重要なのですか?)

参考外部サイト⇒gooブログ(紀元前250年ころに書かれたと思われる「死海文書」と「シュメール」の謎)

参考外部サイト⇒Gigazine(「死海文書」が眠る第12洞窟が新たに見つかる)
●シベリア大爆発
(ツングース大爆発)
「ツングース大爆発」の項を参照  
●遮光器土偶
 
亀ヶ岡遺跡出土の遮光器土偶
縄文時代後晩期の土偶。
ロシアのアレクサンドル・カザンツェフ博士はこの遮光器土偶に注目し,
1962年 に科学雑誌「アガニョーク」に"土偶宇宙人説"を発表した。
参考外部サイト⇒Wikipedia(遮光器土偶)
●シャンバラ ゴビ砂漠からインド北部の間にある,チベットを中心とした地域の地底深くに存在する理想郷といわれ,さまざまな伝説で語られている。
【参考文献】
『UFOと宇宙』No.22,1977年,【チベット山中の金星人基地】
参考外部サイト⇒ Wikipedia(シャンバラ)
●神智学 神智学とは,神秘的直観や思弁,幻視,瞑想,啓示などを通じて,神とむすびついた神聖な知識の獲得や高度な認識に達しようとするものである。神知学,神知論,接神論ともいう。
グノーシス派,新プラトン主義,インドの神秘思想などにも神智学的傾向がみられるが,狭義には以下の二つのものを指す。
一つは,
17世紀 にヨーロッパで顕在化した近代の「キリスト教神智学」の潮流であり, もう一つは 1875年 に設立された神智学協会の思想である。
後者は近現代に新たに創出された体系であり,両者には共通点もあるが,系譜上のつながりはない。
通常,神智学と言えば神智学協会に関するものを指すことが多い。
【参考サイト】
・サイト=>Wikipedia(神智学)
●神智学協会 神智学協会は,ヘンリー・スティール・オルジョット,ヘレナ・P・ブラヴァツキー,ウィリアム・クアン・ジャッジらが 1875年 にアメリカのニューヨークで結成した神秘思想団体である。神智協会ともいう。
設立の背景には,
19世紀後半 のアメリカ・ヨーロッパで既存の教会を批判する一種のリベラリズムとして出現した「心霊主義」 (spiritualism) の流行がある。 神智学協会は仏教やヒンドゥ教などの東洋の宗教思想の西洋への普及に貢献し,一方,インドの人々には普遍主義的なヒンドゥー教改革運動の一種として受け取られた。
神智学協会は思想面だけでなく社会的・政治的面でも一定の役割を果たし,
1920年代頃 までは広範な影響力を有していた。 中心人物であったブラヴァッキーの思想は近現代の主要な神秘主義者たちに直接間接に影響を与え, のちのアメリカのニューエイジにおける様々な思想・信仰,大衆オカルティズム起源とされる。
神智学協会はいくつかに分裂しており,その実態はつかみにくいが,
21世紀 には,インドに本部のある神智協会は約70ヶ国に支部があり,会員3万2千人ほどとされる。
【参考サイト】
・サイト=>Wikipedia(神智学協会)
●心理学
( psychology )
日本において「心理学」という言葉を最初に使ったのは,西周(にしあまね)だといわれる。 西は幕末に幕府留学生としてオランダに学び, 明治11(1878)年 にヘヴンの著書『心理学』を翻訳したときに,「Mental Philosophy」という語に対して 「心理学」という訳語を創案した。
東京大学創設直後の
明治10年代 に,外山正一(とやままさかず)教授が同大学において,心理学に相当する最初の授業を担当した。
日本の大学で正式に「心理学」と名づけた講座が生まれたのは,
明治21(1888)年 で,その 2年後 にこの講座を担当したのが, 福来友吉 の恩師である帝国大学・元良勇次郎(もとらゆうじろう)教授であった。
また,
1901(明治34)年 に「心理学会」が東京にて結成されている。
【参考文献】
『透視も念写も事実である』,2004年
参考外部サイト⇒ Wikipedia(心理学)
●心霊術 心霊術は, 1850年代 1860年代 に大流行となった。
霊媒が世界中で花咲いた。その多くは,いんちきで,流行に乗じて金儲けをしただけであったことがわかっている。 しかし,多くのほかのものは説明のつかない離れわざをやってのけた。
幽霊や霊の形体化は宗教的信仰の証拠を提供するように思われたこともあって,多くの知識人たちがその種の現象を研究することに積極的な関心を示した。 指導的な聖職者,教育者,科学者たちが,趣味としてこれらの問題を研究した。
心霊術研究に関する科学的な雑誌が,数多く創刊されて,”幽霊探究者(ゴースト・ハンター)”の膨大な報告が発表された。
【参考文献】
『UFO超地球人説』,1976年,著:ジョン・A・キール,訳:巻正平
●ジャイアントロック・コンベンション アメリカで 1954年 から行われている,UFO関係者のコンタクティの祭典。 参考外部⇒ Open Mind(Giant Rock hosted giant UFO convention)
●重力波
 
重力波は,時間や空間がわずかに伸び縮みする「時空のひずみ」がさざ波のように伝わる現象。
物体が加速して動くときに起こる。アインシュタインが
1916年 ,一般相対性理論から予言していた。
世界の研究者が観測を目指していた,この「重力波」について,米国の研究チームが
2016年2月11日 ,初めて観測したと発表した。
最終的に確認されれば理論が実証されたことになり,物理学の歴史的な成果となる。光や電波ではわからない宇宙の姿を探る新たな天文観測にも道が開ける。
【参考サイト】
・msnニュース(「重力波」、米チームが初観測 アインシュタインが予言),2016/2/12
参考外部サイト⇒ Wikipedia(重力波(相対論))
●ジュネーブ4大国巨頭会談
 
1955年7月18日〜23日 にスイスのジュネーブで開催された,第二次世界大戦後最初のアメリカ・ソ連・イギリス・フランスの4ヵ国巨頭会談で,具体的な成果はなかったが東西冷戦の中での平和共存をさぐる一歩となった。
アメリカからアイゼンハワー大統領とダレス国務長官,ソ連からブルガーニン首相とフルシチョフ共産党第一書記,それにモロトフ外相,イギリスからイーデン首相とマクミラン外相,フランスからはフォール首相とビネー外相が出席した。
この会議は,一般的には戦後処理問題が話し合われたといわれるが,会議が終わった
1週間後 に参加各国が「宇宙開発のスタート」を宣言した。
1955年7月18日 付けの「朝日新聞」の海外トピックスの欄に下記のような記事が載った。
世界惑星協会では,このほど4大国巨頭会談を開くことに決定したのには,"秘密の理由"があると発表した。 これは,同協会から4巨頭に宛てた覚書のうちに述べられているが,同協会総裁のナホン教授が語るところによると, その秘密の理由とは,ある惑星の住民から"イギリスとソ連の原子力工場を破壊する"と地球へ最後的警告がよせられており, これといかに折衝するかを討議するためだという。覚書は,「原子力の利用は平和目的であっても宇宙の崩壊をもたらすものであり,惑星の住民はよくこの危険を知っている。 そして,これらの惑星からの攻撃を阻止する唯一の方法は,原子力を放棄することだ」と述べている。(AP)』

【参考サイト・文献】
・サイト=>世界史の窓(ジュネーヴ4巨頭会談)
『新・第3の選択』,1983年
『スペースプログラムが予言する終末へのカウントダウン』,2015年

参考外部⇒ニラサワ研究室(UFOと原発事故

参考外部⇒ニラサワ研究室(<その2>補足 ナホン教授とは

参考外部⇒UFOの部屋
●情報公開(アメリカ) 1977年,民間のUFO研究団体「GSW(グラウンド・ソーサー・ウオッチ)」が, 情報公開法(FOIA)に基づき,アメリカ政府に対し訴訟問題を起こした。
内容は,「すべてのUFO文書を公開せよ」というものであった。
1978年12月に勝利をおさめ,CIAをはじめ米政府機関が隠蔽してきた約3000ページに及ぶ極秘文書が公開された。


★解除された政府諸機関の膨大な量のUFO文書の一部

米政府は,「プロジェクト・ブルーブック」の存在を
2015年1月に公に認めた。
「未解決・説明不可能」な701件を含めた全1万2618件のファイルを公開した。

【参考文献】
『週刊プレイボーイ』(1・2号,2016年)「アメリカ横断の地下トンネル」の謎に迫る!!」

2016年1月21日
,CIAが公式ホームページで,CIAが最高機密にしていたUFOと宇宙人遭遇事件に関する文書,そして秘蔵していたUFO写真の一部を公開した。
【参考文献】
『ムー別冊・米政府がひた隠すUFOと異星人の真実』,2017年,「CIAがUFO極秘文書を公開!!」
参考外部⇒Wikipedia (国別にみた情報公開法) 
●情報公開(日本)

UFO文書を引き出した菅議員(1980年当時)
『日本政府はUFOを知っていた』から

  
情報の自由公開法がない日本(1980年当時では,国を相手取って情報の公開を迫ることは不可能に近い。
しかし,「国勢調査権」という国会議員のみが使用できる特権がある。 これは,議員が政治活動の一つとして,省庁・政府委員会などを通じて国の保有する資料を請求することができるものである。
これを利用し,菅直人衆議院議員(当時)の協力を得て,
1980年にUFO情報の公開が行われた。
日本政府から提出されたUFOに対する関連資料は次のようなものであった。
外務省からは,
●国連でのUFO関連文書
●アメリカ下院軍事委員会でのUFO事件関連記事
●ニュージーランドでのUFO事件関連記事
●グレナダ国が行った国連でのUFO演説に関する新聞記事
●ニュージーランド日本大使館から外務省宛のテレックス報告書
文部省からは,
●南極観測船ふじのUFO目撃事件に対する回答文。
(出典;『日本政府はUFOを知っていた』【KKベストセラーズ(ワニの本):1992年10月刊行/ 著者:太田東考】から抜粋)

日本での情報公開法(「行政機関情報公開法」)は,2001年4月1日に施行された。
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2007年12月,民主党の山岸隆治参議院議員が提出した『未確認飛行物体に関する質問主意書』に対し,日本政府は「存在は確認されていない」とする答弁書を閣議決定した。
2015年4月1日の参院予算委員会で,「日本を元気にする会」のアントニオ猪木氏が,「何かが領空侵犯をしている。スクランブルをかけたことはあるか」という質問に対し,中谷防衛相が「領空侵犯の恐れがある正体不明の航跡を探知した場合は必要に応じて戦闘機を緊急発進して目視確認するが,地球外から飛来したと思われるUFOを発見した事例は承知していない」と答弁した。
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☆特定秘密保護法案(
2013年11月記載):
=>
2014年12月10日施行
特定秘密保護法案(特定秘密の保護に関する法律案)とは,日本の安全保障に関する情報のうち「特に秘匿することが必要であるもの」を「特定秘密」として指定し,取扱者の適正評価の実施や漏洩した場合の罰則などを定めることを目指す法案。
(出典;Wikipedia

☆日本版NSC(2013年11月記載):
日本が創設を目ざしている国家安全保障会議のこと。
NSC(National Security Council)はアメリカ・ホワイトハウスの国家安全保障会議のことで,
1947年 制定の国家安全保障法に基づいて設置され,国家の危機が迫った局面では司令塔の役割を果たす。
情報収集,意思決定で強大な権限をもっており,大統領直属で独自のスタッフを抱えている。 それと同様の強力な危機管理組織をつくろうというのが,日本版NSC構想である。

(出典;Yahoo!百科事典
参考外部⇒Wikipedia(国別にみた情報公開法) 
●水曜日現象 UFO事件など,特に着陸や接触のケースが水曜日と土曜日に集中していること。
ジョン・A・キールは,
1966〜67年 のUFO事件で,この基本パターンを発見した。
ほかの研究者たちも自分たち自身のデータによってそれをチェックし,実証している。
【参考文献】
『UFO超地球人説』,1976年;著:ジョン・A・キール
●スカイ・ピープル
Sky People
天空人。宇宙人,異星人のこと。
●スターウォーズ計画 1983年 におけるロナルド・レーガン大統領による本土ミサイル防衛計画,戦略構想を指す。
仮想敵国からの弾道ミサイルを人工衛星と地上の迎撃システムの連繋によって撃墜することを目的としていたが,計画で終わった。

【参考文献】
『日航123便墜落遺物は真相を語る』,2018年
参考外部⇒Wikipedia(戦略防衛構想)

参考外部⇒Weblio(【スターウォーズ計画】)

参考外部⇒アメリカ合衆国現代史(第11回レーガン大統領とスターウォーズ計画)

参考外部⇒TOCANA(スクープ!トランプ大統領の宇宙政策情報をトカナが入手「スター・ウォーズ計画(宇宙核戦争)」から「ワームホール・地球脱出」まで)
●スピリチュアリスト
Spiritualist
精神主義者,心霊主義者,唯心論者を意味する。
「国際スピリチュアルスト会議」が開催されたのは,
1923(大正12)年 でベルギーのリエージュが第1回目である。
福来友吉博士が出席した第3回会議(42か国参加)は,
1928(昭和3)年秋 にロンドンで開催された。
【参考文献】
『透視も念写も事実である』,2004年



1928(昭和3)年,ロンドンで開催された第3回国際スピリチュアリスト会議。壇上の右から2人目が福来博士。
『透視も念写も事実である』から】
参考外部⇒Alice Spirit(スピリチュアリストとは )
●スペース・プログラム
Space Program
スペース・ブラザーズによる地球救済計画のこと。
●スペース・ブラザーズ
Space Brothers
高度に発達した惑星群から来るとされる偉大な人類のこと。
  ●世界の七不思議


Wikipedia(世界の七不思議)から
紀元前250年ごろ,ギリシャの数学者ビザンチウムのフィロンが選んだ世界の七不思議。
 1.エジプトの大ピラミッド
 2.バビロンの釣り庭
 3.エフェソスのアルテミス神殿
 4.オリンピアのゼウス像
 5.ハリカルナッソスのマウソロス霊廟
 6.ロードス島の大巨像
 7.アレクサンドリアの大灯台
選者は不明だが,フィロンに次いで「第2・世界の七不思議」。
 1.ローマのコロッセウム
 2.アレクサンドリアのカタコンベ
 3.中国の万里の長城
 4.イギリスのストーンヘイジ
 5.イタリアのピサの斜塔
 6.南京の陶塔
 7.イスタンブールの聖ソフィア寺院
【参考文献】
『文藝春秋デラックス/現代の謎・神秘の世界』 (現代版・世界の七不思議,文:庄司浅水),1977年

【関連本】
『古代世界の七不思議』,1970年
『世界の七不思議』,1969年
『文藝春秋デラックス/古代七不思議の旅』,1975年
『世界の七不思議』,1978年
参考外部サイト⇒Wikipedia(世界の七不思議) 
 
●世界惑星協会 ナホン教授がスイスのローザンヌに,ジュネーヴ4大国巨頭会談が 開催される半年以上前の 1954年10月 に立ち上げた組織。
宇宙人からの要請事項を情報収集した過程で形成された世界各国の政治家,学者,作家,ジャーナリスト等との連絡網に, この組織から重要な案件や論説を毎月発行する機関誌「惑星協会通信」で伝えていた。
【参考文献】
『スペースプログラムが予言する終末へのカウントダウン』2015年
参考外部サイト⇒ニラサワ研究室( <その2>補足 ナホン教授とは
●千里眼 封じたままの箱の中や遠く離れた場所の様子,未来の出来事などを知ることのできる能力のこと。 今で言う「超能力」のこと。
明治43,4年(1910,1911年) の頃の新聞の見出しには,「千里眼」という言葉が頻繁に見られた。 それは,当時全国各地で,連日のように新たな千里眼能力者が発見されたりしたからだ。 昭和49年(1974年) ユリ・ゲラーが来日した時の"スプーン曲げ"ブーム以上の大騒動があった。
有名な千里眼者として,御船千鶴子,長尾郁子などがいる。

【参考文献】
『怪物科学者の時代』【福来友吉】 ,1998年
参考外部サイト⇒Wikipedia(千里眼事件)

参考外部サイト⇒探検コム(千里眼)
●千里眼事件 明治末の社会状況,学術状況を背景として起きた千里眼・念写の能力を持つと称する御船千鶴子長尾郁子らが,東京帝国大学の福来友吉や京都帝国大学の 今村新吉らの学者と共に巻き起こした公開実験や真偽論争などの一連の騒動のこと。
千里眼問題のターニングポイントとなったのは,
1911(明治44)年,1月 に東京帝大元総長・山川健次郎博士が参加した 長尾郁子の自宅にて行われた念写実験にあった。 その実験途中に山川側が実験物の乾板を入れ忘れるという失態を演じて,長尾夫妻の不信を買う。 その 5日後 福来友吉博士が単独に行った 長尾郁子の念写実験で用いたロール・フィルムが盗難に遭い, 見つかったフィルムはズタズタに切り裂かれており,フィルムを納めた筒からは「カクレテイタスト イノチハモラッタゾ」という紙片の脅迫文が残される事件がおきた。
これら千里眼実験中に起きた事件の2つの変事,「山川博士のかばん怪事件」と「フィルム盗難事件」は, 「乾板入れ忘れ」の一件とともに,世に「千里眼事件」と称されたが,この事件をきっかけに,研究に携わった科学者達もマスメディアの攻撃対象になったため, ついに研究者達は「千里眼は科学に非(あら)ず」という見解を公表した。この一方的な終結宣言によって事件は,幕引きを迎えることとなった。
結果,「千里眼」「念写」の真偽が明かされる機会は失われた。
【参考サイト・文献】
・サイト=>Wikipedia(千里眼事件)
『透視も念写も事実である』,2004年


   
明治44(1911)年 ,長尾郁子自宅で行われた念写実験で山川博士側が用意した写真乾板を入れた木箱とそれを運んだかばん。
『透視も念写も事実である』から】
参考外部サイト⇒ 不思議なチカラ(高橋貞子と千里眼事件。)

参考外部サイト⇒ COCOANOTE(千里眼事件の概要!リングのモデル高橋貞子や御舟千鶴子とは?)
●全日空雫石衝突事件 1971年7月30日 ,自衛隊の訓練機2機編隊が千歳発羽田行き全日空B727-200型ジェット機に衝突して乗客155名, 機長,副操縦士,航空機関士各1名,スチュワーデス4名,合計162名全員が死亡し,自衛隊員は脱出用パラシュートで助かった事件。
【参考文献】
『日航123便墜落の新事実』,2017年
参考外部サイト⇒Wikipedia(全日空機雫石衝突事故)

参考外部サイト⇒YouTube(全日空機雫石衝突事故)

参考外部サイト⇒知の冒険(全日空機雫石衝突事故現場、慰霊の森)
 
 
 
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