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UFO事件集(1981年〜1990年) 


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1981年〜1990年
1981年 1982年 1983年 1984年 1985年 1986年
1987年 1988年 1989年 1990年
1981年
200-20 事件名 470-55 事件の概要および詳細 230-25 その他参考サイトなど
●ハドソンヴァレー・ブーメラン形UFO目撃事件(アメリカ)

1981年12月31日 のニューヨーク州ハドソンヴァレーでの目撃に始まり, 1989年 まで続いた巨大なブーメラン形UFOを何千 もの人々が目撃した事件。 東海岸の一部(ニューヨーク→ロングアイランド→マサチューセッツとの州境→ペンシルバニアとの州境→ニューヨークを囲むエリア)に出没した。

1981年12月31日の深夜
,ニューヨーク州ケントの自宅裏庭にいた元警察官が赤,緑,白の光のかたまりに気づき,それがだんだん近づき確認すると, それは飛行機などではなく,V字型に光りが並ぶ巨大な物体だった。かなり,接近したときに唸るような音が聞こえた。
1983年3月24日の夜 ,巨大な飛行物体を目撃した住民からの通報でヨークタウンの警察の電話はパンクしそうになった。 上空に浮かぶUFOを見ようと,人びとはタコニック・ステート・パークウェイに車で押し寄せた。 同じような飛行物体をニューヨーク州にあるインディアン・ポイント原子力発電所の守衛も目撃していた。 その物体の長さは,300メートルもあり,短時間だが原子炉にわずか9メートルまで近づいたときには,空軍に出動要請をしかけたという。 また,別の目撃者は同じ物体をクロトンフォールズ湖で目撃したが,赤いレーザー光のようなものを使って,湖面を捜査しているようだったという。

J・アレン・ハイネック博士はこのハドソンヴァレー事件を徹底的に調べ, 『夜の包囲戦−ハドソンヴァレーUFO目撃事件』を公刊した。
【参考サイト・文献】
・サイト=>世界の三面記事・オモロイド(UFOと遭遇して・・・)
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年
参考外部サイト⇒世界の三面記事・オモロイド(UFOと遭遇してしまった人々、10のエピソード)
●チャルピー村宇宙人遭遇事件(ポーランド)


★遭遇した宇宙人のスケッチ
『宇宙人の死体写真集』から
1981年8月8日,ポーランドの海港都市グダニスク近くのチャルピーという村で, 森の中を散策していた画家が,着陸していたUFOと二人の宇宙人に遭遇した。
午後6時過ぎのこと,チャルピー村のそばにある森の中を散策していた画家が,変わった服装の二人の人物とすれちがった。
彼らの身長は少年ほどしかなく,ダークグリーンの潜水服のようなものを着ていた。 目が大きく,肌の色は灰色だった。鼻があるはずの場所には小さな穴が二つあるだけで,口は薄い切れ目としか見えなかった。 体にはいくつもの装置をつけており,なぜか足元は霧のようなものでおおわれていた。
すれちがったときに,画家は両手に奇妙な感じがしたので,振り返ってみると,二人は同じ場所にじっと立っていたという。
画家は,歩き続けて,小さな丘の上までくると,30メートルほどしか離れていないところに不思議な銀色の物体を目撃した。 それは,長方形をしていて底部が平らになっていた。それが,まもなく上昇し,どこかに飛び去ってしまった。
それを見てはじめて画家は,さきほどすれちがった二人は宇宙人ではなかったかと思いついたという。

【参考文献】
『宇宙人の死体写真集』,1989年,著者:中村省三 (ポーランドで画家がすれちがった小人宇宙人)
 
1982年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
●ダン・シャルクロス宇宙人遭遇事件(アメリカ)
【オーガスタ事件】



★遭遇したUFOと宇宙人のスケッチ
『宇宙人の死体写真集』から
1982年3月22日の朝方,ウェストバージニア州オーガスタに住むダン・シャルクロス(37歳)が,UFOとその搭乗者である宇宙人に遭遇した。
深夜勤務を終えたシャルクロスが帰宅中の
午前4時ごろ,飛行機らしいものが高度を下げて着陸しようとしているのを目撃した。 飛行機の不時着ではないかと思ったシャルクロスは,いったん家に帰り,車で現場らしきところへ向かった。
800メートルほど走ったら,急に車のエンジンが止まりライトも消えてしまった。
不思議に思っていると,前方から二つの光体が接近してきた。そのとたん彼は体がマヒしてしまい気を失ってしまう。
気がついたシャルクロスの前には,不思議な人物が立っていた。 身長は1.6メートルぐらいで,ぴったりした銀色のスーツを着てヘルメットをかぶり,手には野球のバットのようなものを持っていた。
シャルクロスが何者かとたずねると,別の星からやってきた者だとテレパシーで答えたという。 そして,自分たちは地球のさまざまな出来事を監視しているが,とくに核エネルギーの誤用を憂慮していると説明した。
いつのまにか,シャルクロスはUFOのすぐ近くにいた。UFOは,地上から1.5メートルほどのところに浮かんでいた。 深い皿を二枚合わせたような形をしていた。合わせ目のところに,チューブ状のものが取り巻いていた。
彼がUFOにみとれていると,宇宙人はまたいつか会えるだろうと言い残してUFOの中に姿を消した。
数秒後にUFOは飛び去ったという。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集』,1989年,著者:中村省三(銀色スーツの宇宙人が心配する地球の未来)
参考外部サイト⇒怖話(オーガスタじけん)
 
1983年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
●宇宙人の赤ん坊回収事件(ソ連)


★回収された赤ん坊
『宇宙人の死体写真集』から
1983年7月14日の午後8時ごろ,ソ連南西部のフランズェ近郊に墜落したUFOの現場から,カプセルに入った宇宙人の赤ん坊が回収された。
このUFOの墜落現場は起伏の多い山岳地帯だった。村人たちが通報すると,すぐさまヘリコプターが急行し,あたりをサーチライトで照らし捜索を開始した。 そして,くすべっているUFOの残骸のそばに卵形をした金属製のカプセルを発見した。
カプセルの直径は90センチぐらいで,上部に蓋があり下部には着陸脚と推進装置らしいものが確認できたという。カプセルは,ただちにフランズェの医学研究所に運ばれた。
カプセルの内部にはスポンジ状の物質が入っていて,その上に地球人でいえば,一歳ぐらいの赤ん坊が横たわっていた。X線撮影をおこなってみたところ,人間の赤ん坊とほとんど変わりがなかったという。 ただ心臓が大きくて,厚みが少ないのが違いといえるぐらいであった。脳波は,アルファ波がきわめて活発だった。
看護婦の証言では,赤ん坊は体毛がまったくなく,瞳の真ん中が紫色に輝いていたそうである。 体を動かしたり,声を発することもなく,目を見開いたままひたすら眠っていたという。
この赤ん坊は,
11週間にわたって看護を受けたが,病原菌に空気感染し,あっけなく死亡したと伝えられている。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集』,1989年,著者:中村省三(ソ連で極秘に回収されたエイリアンの赤ん坊)
 
1984年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
●ポルカント村宇宙人目撃事件(イタリア)


『宇宙人の死体写真集』から
1984年10月9日 ,イタリアのフィレンツェ近郊にあるポルカントという村で,宇宙人が目撃された。
その日の午前3時30分ごろ ,インドーロ・フェリは自宅の寝室で眠っていたが,まぶしい光が室内に満ちあふれたのに気づいた。
自分の地所に密猟者が侵入したのではないかと思ったフェリは,窓から外をうかがった。
すると,70メートルほどかなたの小さな丘の上に黒っぽい人影が立っているのが見えた。 その人物は,光線を放射している装置を頭部につけているようだった。その光がまぶしすぎて,人物をはっきり見分けることができない。
そのとき,すぐそばに赤い色をした大きな円形の物体が着陸しているのに気づいた。その物体は直径が,3メートル以上ある。フェリは怖くなった。
すると,その物体はゆっくり上昇して,近くの森の上空へと消えていった。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集』,1989年,著者:中村省三(イタリアの各地に出没するヒューマノイド)
●プラタ村宇宙人目撃事件(イタリア) 1984年10月10日 ,南イタリアのアベリノの近くにあるプラタ村で,宇宙人が目撃された。
この日 ,農作業をしていたジュゼッペ・コッコーザは,20メートルほど向こうに奇妙な人間がいることに気づいた。
その人物は,茶色の服を着て,バイザー付きのヘルメットをかぶっていた。 身長は1メートル30センチぐらいで,背中にはナップザックをしょっており,片手には先端がフォーク状になった棒をもっていた。
突然,その人物は近くに着陸している物体に向かって走りだした。 ナップザックから2本のチューブのようなものが伸びていて,1本は足元にまで達しているのがわかった。 走るとき,尻のあたりから青い炎を噴射したという。
数秒後,着陸していた物体は上昇して,近くの丘に向かって飛んでいった。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集』,1989年,著者:中村省三(イタリアの各地に出没するヒューマノイド)
 
1985年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
 
 
1986年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
●日航機アラスカ上空巨大UFO遭遇事件(アラスカ)



1986年11月17日 ,日本航空のジャンボ貨物機が,アラスカ上空で巨大UFOに遭遇した事件。
この日の17時ごろ(現地時間) フランスから日本にワインを積んだ貨物専用機,日本航空1628便,ボーイング747型機が3人の乗務員を乗せ, 燃料補給のためアンカレッジを目指し,カナダとアラスカの国境に差しかかった。 寺内機長が最初,左下方に発見した光体が,貨物機のあとをつけてきていることに気づいた。 それは,3つの光体で1つは大きく,あとの2つは大きな光の回りを"跳び回る"小さな光る物体で,考えられないような動き方をしていた。 この小さな2つの飛行物体の光が真正面から貨物機のコクピットを射抜いた。コクピット全体が眩しい光で照らされ,寺内機長は顔に熱を感じたと証言している。 やがて,この飛行物体の光が弱まると,それは全体が四角い形でDC-8型ジェット機ほどの大きさ(約48m)がある2つの物体であることがわかった。 貨物機の150〜300m先,少し高い位置を並んで飛んでいた。 無線が通じなくなり,アンカレッジと交信不能となった。2つの飛行物体が離れると,無線が回復した。 1628便とアンカレッジとの間で一連の無線通信が続き,アンカレッジにあるエルメンドルフ空軍基地航空交通管制もこれに加わった。 地上レーダーは747型機の左舷側約12kmほど離れたところに反射波を拾った。小さな2つの物体は大きな物体と合体したようだった。 貨物機がアラスカ中央部のフェアバンクス市上空にさしかかると,市街地の灯りに照らされた,物体の巨大なシルエットがコクピットから目視で確認された。 それは航空母艦を重ねあわせたようなクルミ型の大きな物体で,機体の大きさはジャンボ機(約70m)の数十倍はあった。 貨物機の乗員たちは,自分たちの機体がちっぽけに見えるほどの大きな奇怪な飛行物体をみて動揺した。 機長はこの物体から離れねばならないと思い,貨物機を360度旋回を行う許可を管制に求めた。 管制塔からの指示どおり貨物機を360度旋回し,高度も1,200m下げたが,物体は10〜12kmの距離をおいてピタリとついてきた。 アンカレッジの航空交通管制センターでは大勢の管制官や監視官が集まり,事態の推移を見守っていた。 そのとき,エルメンドルフ空軍基地からは,確認できないターゲットを捕捉したと連絡が入った。まもなく貨物機から物体は見えなくなった。 それから 25分足らず で貨物機はアンカレッジ空港に着陸した。 日本共同通信が 1986年12月29日 にこの記事を配信,UPI通信も 同日 アメリカで同じニュースを流し,騒ぎの口火がきられた。
【参考サイト・文献】
 ・サイト=>UFO事件簿(日航機アラスカ事件)
 ・『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年
参考外部サイト⇒UFO事件簿(日航機アラスカ事件)

参考外部サイト⇒NAVERまとめ(日本国内であった有名な宇宙人遭遇事件まとめ)

参考外部サイト⇒路(日航機UFO遭遇事件のその後)
  
 
1987年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
●ガルフブリーズUFO事件(アメリカ)


『これが宇宙人の密約だ』から





サイト「ATLAS」より
1987年の終わりごろから ,米フロリダ州のガルフブリーズに住む建築家が,UFOと宇宙人に何度も遭遇した事件。
1987年11月11日午後4時55分のこと,ガルフブリーズ(フロリダ州にある人口は6000人ほどの海に囲まれた半島の小さな町で,他の町とはふたつの橋で結ばれている) に住む建築家のエド氏(仮名)が,ふと窓の外をながめると不思議な物体が飛んでいるのが見えた。
家の外に出て見ると,その飛行物体はこちらに向かってどんどん近づいてきた。 UFOは驚くほど近くに見えた。UFOには数多くの窓が見え,底部からは光を放射していた。 エド氏は,仕事で使うポロライドカメラを部屋から持ち出し,玄関から夢中でシャッターを押した。
5枚目のフィルムが切れたので,新しいフィルムを装填し,ふたたび外に出ると,UFOはエド氏のすぐ真上に迫っていた。 家の前の道路にでたエド氏は,体が凍りついたように動けなくなってしまった。
突然UFOから青い光線が降りてきてエド氏の体を包みこんだ。 すると,エド氏の体はUFOに吸いあげられるように空中に浮かびあがった。その光線のなかでエド氏は,身動きできず,まともに息を吸いこむこともできなかった。 そして,電気的なジージーというような音が響いていた。それがエド氏の頭のなかに入ってくると,どういうわけか彼らの言葉が理解できたという。 それは,人間が動物に命令するような威圧的な口調であったという。
やがて,青い光線が消えると,エド氏は地上にほうり出された。 その後のことは,記憶になく,意識を取り戻したときは,買物から戻った夫人に助け起こされたときだった。
9日後の11月20日にも,UFOは,ふたたびエド氏の家の近くまでやってきた。 このときはさらわれることはなく,ポロライドカメラでの撮影に成功している。
12月2日の午前3時ごろ,寝つけなかったエド氏が,犬の鳴き声がしたため, 裏庭に面した窓ガラスから外をうかがおうとすると,すぐ目の前のガラス戸の向こうに気味の悪い生き物が,じっとこちらをにらんでいた。 エド氏は驚きのあまり大声を出し,うしろにひっくり返った。夫人もその生き物に気づき大きな悲鳴をあげた。
その生き物は,身長が約90センチで,目が異様に大きく,白目の部分がなかった。 鼻,口は小さな穴だけという感じで,体の前に防弾チョッキのように透明な板をつけ,右手には光る棒のようなものを持ち,全身を銀色の服に包まれていた。
その生き物は,無表情のまま,裏庭のプールのほうに歩いてゆき,塀の陰に姿を消した。 エド氏はそれを勇敢にも追いかけようとして玄関に出ると,上空のUFOから降りてきた青い光線に右足を釘づけにされ,その場に転倒してしまった。 光線は,ものすごい力でエド氏の足を絞めつけ,空中に吊り上げようとした。
だが,やがて光線は消え,エド氏の足は自由になった。UFOは,さきほどの生き物が向かったサッカー練習場のほうへと移動していった。 そこでふたたび,光線を地上に発射するのを,エド氏は確認することができた。その光線で,あの生き物はUFOに乗りこんだものと思われる。
【参考文献】
『これが宇宙人との密約だ』,1989年,著者:矢追純一(UFO飛来,誘拐事件が続発。フロリダ州ガルフブリーズが危ない)
『宇宙人の死体写真集』,1989年,著者:中村省三(フロリダUFO騒動と小柄なヒューマノイド)
参考外部サイト⇒TOCANA(史上最高・最美麗のUFO写真はコレだ! 政治家もUFO目撃…フロリダ州の「ガルフブリーズ 事件」が謎すぎる!)

参考外部サイト⇒ATLAS(トリック…それともリアル!?アメリカUFO界二分した「ガルフブリーズ事件」)

参考外部サイト⇒excite.ニュース(史上最高・最美麗のUFO写真はコレだ! 政治家もUFO目撃…フロリダ州の「ガルフブリーズ 事件」が謎すぎる!)

参考外部サイト⇒インチキUFO写真展1980年代以降

参考外部サイト⇒YouTube(謎が多すぎるフロリダ州で起こった「ガルフブリーズUFO事件」とは?その真相と写真の真実に迫る!)
●イルクリー・ムーア宇宙人目撃事件(イギリス) 1987年12月1日の早朝 ,ウェスト・ヨークシャーに位置するイルクリーという田舎町に隣接した丘の上で, 元警官のスペンサー氏(仮名)が,宇宙人を目撃し,カラー写真に撮った。
スペンサー氏(24歳)は,
この日の午前7時15分ごろ,ムーア(荒れ地の丘)の反対側の村に住む義理の父を訪ねてから, 帰りがけに丘の上から見下ろした町の全体写真を撮ろうとカメラを用意して家を出た。
丘をのぼりはじめ,まもなく頂上に達すると思われる場所まできたとき,前方から不思議な生き物が近づいてきた。 それは全身緑色の見たこともない生き物だった。
身長は1.2メートルほどで,非常に大きな目をして,鼻らしい出っ張りがなく, 口も小さな線だけであった。耳が大きく頭の上まで突き出ていた。手は長く,ほとんど地面につくぐらいだった。太くて長い3本の指と1本の親指が向かい合っていた。
驚きから体がかたまり動けなくなったスペンサー氏の1.5メートル付近まで,その生き物は近づいてきたという。すると,どこからともなくさしこんできた青い光線に包まれたスペンサー氏の体が,急に浮きあがった。光線のなかを吸いこまれるように体があがっていった。そして,彼の記憶はとぎれたという。
次に覚えているのは,その生き物がスペンサー氏の左側から走りすぎるのが見えたときだった。 彼が「ヘイ」と声をかけると,その生き物は急に立ちどまって,こっちをふり返り,「あっちへいけ」というように手を振った。
スペンサー氏は持っていたカメラで,とっさにその生き物を撮影した。そして生き物の後を追って走り出すと,生き物は,全力で走るスペンサー氏も追いつけないような素早さで逃げていった。 そしてついに見失ってしまったという。
そのとき,前方に突然,巨大なUFOが浮かんでいるのをスペンサー氏は気づいた。 UFOの上に箱のようなものが浮いていたが,すぐにUFOのなかに消えていった。 UFOからは,ノイズのような低い振動音がたえず聞こえてきた。そして音のピッチが高くなってきたと思うと,UFOは雲の中に飛び去り消えていった。
父を訪問することを止めて町に帰ったスペンサー氏は,町のすべての店が営業していることに驚いた。 町役場の時計は
10時を指していたのだ。彼の世界から1時間45分ほどが消失していたのである。
その日のうちに撮った写真を現像した。写真は露出不足で,やや手振れしていたが,間違いなくスペンサー氏が見た生き物が写っていた。 その生き物は腕が異様に長く,地面近くにまで達している。

★写真に撮った宇宙人(サイト『Lifehack analyzer』から)

【参考文献】
『これが宇宙人との密約だ』,1989年,著者:矢追純一(カラー写真に収められた,宇宙人の奇怪な姿)
『宇宙人の死体写真集』,1989年,著者:中村省三(英国のイルクリー・ムーアで撮影された宇宙人)
参考外部サイト⇒Lifehack analyzer(エイリアンは荒れ地に二度現れる─イルクリー・ムーアUFO誘拐事件)

参考外部サイト⇒ATLAS(【真相解明】なぜ宇宙人は二度も訪れたのか…「イギリス・イルクリーのエイリアン」)
 
1988年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
●ノールズ一家UFO遭遇事件(オーストラリア)

1988年1月20日,フェイ・ノールズ(母親)と三人の息子の乗った車がオーストラリアのポートリンカーンあたりのエーア・ハイウェイ上でUFOに遭遇した事件。

母親のフェイ・ノールズさん(42歳)と長男のパトリック氏(24歳)と次男のウエイン氏(21歳)と三男のショーン氏(20歳)の一家4人と愛犬2匹を乗せた車は, バースからメルボルンの祖母のところを訪れようとナラーバ平原エーア・ハイウェイを走っていた。
そして,
午前4時過ぎごろ ポートリンカーンのあたりにきたところで,黄色く光り輝く円盤のようなものと出くわした。 その物体は,卵を立てるときに使うエッグスタンドを逆さにしたような恰好で,直径が1メートル,高さが3メートルぐらいの大きさだった。
その物体は,道路の真ん中を飛んで近づいてきた。車の近くまでくると,いきなりとびあがって車の上を通り過ぎた。 風圧で,車は反対車線に出そうになり,反対車線を走ってきたキャラバンと衝突しそうになった。そのキャラバンは,光る物体を追っているようだったという。
ところが,その物体がUターンして,一家を乗せた車のほうへ後方から近づいてきた。 ハンドルをにぎるショーン氏はこれをかわそうとUターンするが,光もぴったり車のあとをついてきた。 再度,車をUターンすると,光は突然姿を消し,今度は前方からまわりこんできた。三度目のUターン後,ついにその物体は車の屋根に乗り,すごい音と振動をさせた。 掃除機みたいな音が車全体を包みこんだ。
母親のフェイさんは,何が起きたのかわからず,窓を開けて屋根の上のものを触ってみると,何かスポンジのようなフワーッとした熱いものが手に触れた。
すると,車は大きなスポットライトみたいな光に包まれ,車は地上50センチから1メートルほど持ち上げられ,車体は激しく揺れコントロールできなくなった。 車の中の空気が押しこめられ濃密になったかと思うと,パッと爆発するように外に飛び出し,かわりに煙のようなものが車内に入りこんできた。 それは,死体が腐ったようないやな匂いがした。
車は
30秒から1分ぐらい浮いていたが,突然,ドスンと下に落とされた。
必死で逃げようとアクセルを踏みこんだが,車はジグザグに蛇行してしまった。後輪がパンクしたことに気がつかなかった。
なんとか,車をとめると,4人はブッシュ(やぶ)の平原へと逃げ込んだ。そして,
15分後,光は闇のなかに消えていった。
4人は懸命にジャッキで車を上げ,パンクしたタイヤを交換して,最寄りのセデュナ警察に駆けこんだという。
【参考文献】
『宇宙からの誘拐者』,1990年,著者:矢追純一(オーストラリア,謎の異次元誘拐)
参考外部サイト⇒UFO事件簿(ノウルズ一家事件)
 
1989年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
 ●ベルギーUFOウェーブ事件(ベルギー)
1989年11月から1991年 にかけて,ベルギー上空に頻出した,デルタ形UFOの目撃事件。
1989年11月29日
,ベルギーの田園地帯上空を,三角形で平たい巨大な物体が音もなく横切っていくのを,ベルギーの各地で目撃された。 午後5時15分ごろ ,2人の警官の目撃によると,その物体はあたかも地上を照らすスポットライトのように点滅する赤い光が三角形の中央に見えていたという。 その後,数ケ月にわたり同型のUFOがベルギー各地で目撃され,写真やビデオも多数撮影された。 ベルギー当局には, 1990年3月まで に2,500件以上の目撃情報が寄せられ,そのほとんどはルーバンとリェージュ周辺に集中していた。 目撃情報の奇妙な特徴として,この物体を撮影しても鮮明に写らないという点があった。 フィルムを現像してみると,どの画像もピンぼけ状態になっていた。 ルーバンのカトリック大学の物理学教授アウグステ・ミーゼンが原因は赤外線にあるのではとの仮説を発表し,それを証明した。
1990年3月30日の夜 ,UFOがベルギーを縦断しているという報告がベルギー陸軍に通報された。 第一報を入れた憲兵隊員によれば、UFOは赤と緑と黄色の光をつけた3機だったという。 2機のF-16戦闘機が発進した。UFOは高度2,750mを時速280kmで飛んでいたが,F-16のレーダーにロックオンされると,時速1,800kmまで急加速し,高度1,500mに急降下した。 どんな航空機にも不可能な飛行をしたUFOを目視確認しようとして1時間ほど追跡を続けたが,行方を見失った。
1991年3月12日 にリェージュの南西の狭い地域で通報があった27件の目撃情報のうち2件は,ティアンジュにある原子力発電所近辺に現われたという。
この事件は,ハドソンヴァレー事件と多くの共通点があるが,違う点は, このベルギー事件は,ベルギー政府が徹底した調査を行い軍や一般市民にも広く目撃情報を募ったことである。
【参考サイト】
 =>UFO事件簿(ベルギーのUFOウェーブ)
【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年
『【完全版】世界のUFO現象FILE』,2011年
参考外部サイト⇒You Tube(76---ベルギーUFO事件( 1989--1991 )--- Ngo未来大学院=NFS=NGO FUTURE SCHOOL )

参考外部サイト⇒ムーPLUS(UFO事件の基礎知識/ベルギーのUFOフラップ事件 )
 
1990年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
●ベルギー空軍UFO追撃事件(ベルギー)


公開された機上レーダー画像
『戦慄のUFO&宇宙人ミステリー99』から
ベルギー空軍がUFO撃墜に失敗した事件。
1990年3月30日の深夜から翌日未明 にかけての追撃劇であった。
地上レーダーが識別不能の物体が次々に確認されたとの第一報が
30日23時 に入った。 日付が変わるころ 2機のF-16戦闘機が緊急出動した。 戦闘機のレーダーがUFOを捉え,ミサイルでの撃墜を試みるが,ミサイル自動追尾のためのロックオンに必要な6秒間を標的の補足ができず, UFOは不可能なほどの急降下と急上昇,急加速を行い,姿を消す。 その急加速で乗員にかかる重量は推定40Gとみられ,人体が破裂するほどのものであった。
その後,戦闘機レーダーはUFOを再び捉え,2度はミサイルのロックオンに成功したが,妨害電波を受けたり,急加速したりでミサイルの発射が不能であった。
2機の戦闘機は1時すぐに帰還し,
未明まで にさらに2度も緊急発進したが,同じように逃げられてしまう。
この事件の空軍の報告書は,民間のUFO研究団体SOBEPS(ベルギー空間現象研究協会)の働きかけが実を結び,共同で作成された。 UFOを捉えたレーダーの映像も公開され,世界に衝撃を与えた。
【参考文献】
『戦慄のUFO&宇宙人ミステリー99』2015年,監修:南山宏
参考外部サイト⇒You Tube(76---ベルギーUFO事件(1989--1991 )--- Ngo未来大学院=NFS=NGO FUTURE SCHOOL )

参考外部サイト⇒ムーPLUS(UFO事件の基礎知識/ベルギーのUFOフラップ事件 )


報告をするウィルフリード・ドブルヴェール少佐
『戦慄のUFO&宇宙人ミステリー99』から
 

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