UFOレガシー
UFO・ミステリー事件遺産

UFO事件集(1971年〜1980年) 

「UFO事件集」索引欄

      1801年

1900年
  
1901年

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2000年
 
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1971年〜1980年
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 1977年   1978年   1979年   1980年 
1971年
200-20 事件名 470-55 事件の概要および詳細 230-25 その他参考サイトなど
●ドラギニャンUFO目撃(フランス)

『UFOと宇宙』NO.4から 
1971年3月29日の夜9時ごろ,フランス南部のドラギニャンに住むアンドレ・ブショー(23歳)とピエール・カラファー(25歳)は,乗っている車の前方上空に滞空するまばゆい光る物体に気づいた。車のヘッドライトが暗くなりはじめた。物体は最初に垂直に上昇し,次に斜めに降下した。これを3度繰り返し,最後に150メートル離れたブドウ畑まで斜めに降下し,地上10メートルくらいの高さに停止した。2人は車で50メートルまで近づき観察した。2人と物体のあいだには大きな木が立っていた。物体はレンズ形で直径は約12,3メートルで高さが約2メートルで色は暗い赤色であった。音はまったく聞こえなかった。物体は,ブドウ畑の上空に約2分間とどまり,その後,横揺れをはじめた。そしてフラッシュのように瞬間的に飛び去ったという。
【参考文献】
『UFOと宇宙』NO.4,1975年-
  【ドラギニャンに出た円盤,文:ジャン・シャセーヌ/フランソワ・モル,訳:林陽】
●ネス湖フォイヤーズ事件(イギリス)



『コズモ(UFOと宇宙)』NO.8から 
1971年8月16日,ネス湖のファイヤーズ湾を見下ろす森林内で,異形なUFOとそれに乗り込む複数の怪人物が目撃された。
ジャン=オーヴ・サンドバーグが,8時30分ごろ発電所建設現場に向かう近道として
,この森林を通り抜けようとしていたところ,異様な物体を目撃した。物体は10メートルもあり,片方から曲がった部分が突き出ていた。まるで取っ手のついた巨大なアイロンのような形であった。近くの茂みの中から身長が1.7メートルほどの3人の人物が出てきた。3人は灰色の潜水服のようなもので頭からつま先までをおおっており,話でもしているようだった。やがて,3人は動き出し,物体の曲がった先の部分から中に入り姿を消した。物体は,音もなく垂直に上昇し,やがて水平に高速で飛び姿を消した。
【参考文献】
『コズモ(UFOと宇宙)』NO8,1974年,
  (「ネス湖おける悪魔ばらいの儀式とUFOの着陸」文:F・W・ホリディ,訳:増野一郎)
 

『コズモ(UFOと宇宙)』NO.8から 
●ロテガロンヌ事件(フランス)
フランスのロテガロンヌ県マルマンド郡セーシュの北東12キロのところにある田園地帯のラシュブルで,1971年11月14日の午前2時ごろ,農夫のアンジェロ・セリョはトラクターで夜中の農作業中,畑の中で頭上から近づいてきた怪しい物体から,強烈な黄色の光で照らされた。物体には一列に並んだ5つの強力な黄色い光りとその右横4,5メートルのところに赤色の光があった。恐怖を感じたセリョは,トラクターから飛び降り逃げ出したが,トラクターから約30メートルのところで,物体は上昇し,もと来たコースを引き返していった。物体は無音であったという。
【参考文献】
『コズモ(UFOと宇宙)』NO.1(創刊号),1973年-
  (「多条光線を放つ円盤」【文:ゴードン・クレイトン】)
1972年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
●メサ(米アリゾナ州)の怪浮遊物体(アメリカ)
『UFOと宇宙(NO.27)』から
1972年11月11日の午前2時ごろ,アリゾナ州メサの上空に浮かぶ謎の物体を何千人もの人が目撃した。物体は,アイスクリーム・コーンの長いほうを上にしたような形で,澄み渡った青空の仰角40度ほどのところにあり,南から北へ非常にゆっくりと移動していた。物体は1時間ほど見ることができたが,1分前には確かにあったのに,次の瞬間には姿を消して2度と見えなかったいう。
また,メサで
2週間前に熱気球のコンテストが行われていたため,気球ではないかと思われたが熱気球のコンテスト最終日は11月4日であり,この物体には支持索もゴンドラもなく,色も形も違っている。
メサの気球クラブは,この地域のすべての気球を把握しており,
11月11日に気球を飛ばしたことはないし,気球の飛行許可を申請した者もないとのことであった。

【参考文献】
『UFOと宇宙(NO.27)』,1977年-
  (「米アリゾナ州メサの怪物体」【文:ウェンデル・C・ステーブンス,訳:久保田八郎中村省三】)
1973年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
●パスカグーラUFO誘拐事件(アメリカ)

『UFOと宇宙』NO.5から

 
宇宙船内での目玉のような身体検査装置
『世界UFO大百科(ムー別冊)』から
1973年10月11日,ミシシッピー州の漁港パスカグーラに3人の宇宙人が現われ,チャールズ・E・ヒクスン(45歳)とカルビン・R・パーカー・ジュニア(18歳)のふたりが円盤内に連れ込まれ,観察後,釈放された事件。
 ※)パスカグーラはメキシコ湾に面した人口3万たらず(当時)の漁港。

造船所工員の2人が,パスカグーラ河畔の桟橋から夜釣りをしていると,午後9時ごろ夜空から平べったい乗物(空飛ぶ円盤)が青いモヤを噴出しながら近づいてきて,すぐ近くの岸の地上,約60センチのところに停止した。物体にドアのようなものは見あたらないのに,人間の形をした3つの生物がいつの間にか現われ,2人のほうに足を使わずスーッと近づいてきた。2人は声を出すこともできず,体を動かすこともできなかった。その3体の生物は皮膚が灰色っぽく,しわがたくさんあった。手の先はカニのはさみのようであり,耳はとがっていた。生物の一人がパーカーにさわったため,パーカーは,恐怖のあまり気絶をしてしまった。2人は,その3体の生物に持ち上げられて,物体(宇宙船)の中に連れ込まれた。滑空するみたいに感覚も重さも感じなかったという。
宇宙船の中は,照明などなくても非常に明るかった。ヒクスンは宙に浮いたような状態のまま,目だけは動かすことができたが,身動きができなかった。すると,大きな目玉のようなものが現われて,ヒクソンの体から25センチほどのところを,あちこちに動き,体中を撮影しているようだったという。
パーカーは,ヒクソンとは別な部屋に連れ込まれたが,気を失ったままだった。やがて
20分ほどが経過しただろうか。気がつくと2人は,釣りをしていた,もといた場所にいた。ヒクソンは立ち上ろうとしたが,膝に力が入らず倒れてしまった。見ると宇宙船は,あっという間に,夜の闇の中に姿を消してしまったという。
【参考文献】
『UFOと宇宙』NO.5,1974年-
  【円盤の中に連れこまれた男(2),文:南山宏

『世界UFO大百科(ムー別冊)』,1985年-
  【誘拐され,身体検査された2人の造船工,文:吉住元】
参考外部サイト⇒UFO事件簿(パスカグーラル事件)

参考外部サイト⇒
YAHOO!ブログ昭和な宇宙人御三家最後の一人「パスカグーラの宇宙人」

参考外部サイト⇒Bizarre and GrotesqueThe 1973 Pascagoula Alien Abduction

参考外部サイト⇒OpenMindsRemembering Charlie Hickson, a rare Pascagoula UFO abduction transcript



 
事件現場のパスカグーラ河畔
『UFOと宇宙』NO.5から
●アセンズ着陸UFO発砲事件(アメリカ)
1973年10月17日の深夜,ジョージア州アセンズに住む車販売業者のポール・ブラウンが,深夜国道を走行中に強烈な光とともに着陸した円盤から降りてきた2人の乗員に,恐怖からピストルで発砲した事件。
この夜,ポール・ブラウンは,アセンズ付近のマディソン郡国道29号をカーラジオでワールドシリーズを聞きながらドライブしていた。突然,放送が消えて,空一面が強烈に輝いた。見上げると,上空約60mの位置に奇妙な飛行物体が見えた。ブラウンはそれを飛行機が故障したのだろうと思ったが,その物体はものすごいスピードで降下し,車の前方30m以内に近づいた。それは飛行機ではなく,目もくらむほどの光をはなつ幅4.5m,高さ1.8mほどの円盤型物体であった。
突然,2人の"人間"が物体から降りて現れた。光のためどうやって降りたかは不明である。2人とも身長は約1.2mで,銀色のユニフォームを着ているようだ。足首のところは締まっていて靴をはいていた。銀色の手袋をはめて,髪はまっ白だった。光のため,顔付までは不明であったが赤味を帯びていたようだ。
恐怖を感じたブラウンは,車中にあったピストルを取り出し,ドアを開け外に出て狙いを定めると,2人の怪人はあわてて物体の方へ逃げ帰った。物体の光が消えたので,ブラウンは物体めがけて2発を撃った。弾丸は当たらなかったようで,物体(UFO)は上昇し夜空に消えていった。
この事件が,ほとんど広まらなかったのは,この月(
1973年10月)には,各種の新聞が米国中からの多くのUFO情報で埋まっていたからである。
【参考文献】
『UFOと宇宙』NO.24(1977年)
   【カーター大統領はUFOを見た!,文:ハリー・ヘルムス,訳:久保田八郎
●フォークビル事件(アメリカ)
【銀色の服を着た宇宙人撮影事件】


グリーンハウが撮った4枚の中の1枚。
『UFOと宇宙』NO.10から
1973年10月17日の夜,アラバマ州フォークビルで若い警察署長のジェフ・グリーンハウが,道路上にいた全身銀色の服を着た宇宙人に遭遇し,それを撮影した事件。
フォークビルの警察官グリーンハウの家に,午後10時ごろ同町の西半マイル(約0.8キロ)のところに住む婦人から電話がかかってきた。点滅するいくつかの光を放つ宇宙船が同家の裏の方の原っぱに着陸したとのことであった。その夜,同地サウス・モーガン群一帯でも空飛ぶ円盤らしきものを目撃したとの電話がいくつもかかってきていたので,グリーンハウは買ったばかりのポロライド・カメラをひっつかんでパトカーで飛び出していった。
砂利の多い道路を一刻も早く現場に行こうと懸命になって車を運転していると,坂をくだったところで,バッタリと道の真ん中に立っている異様な「人間」に出くわしてしまった。
その異様な「人間」は,身長6フィート(約1.8メートル)くらいで人間と同じような体つきをしているが,全身をスズ箔のような銀色のもので覆われていた。頭には,短いアンテナのようなものも見えた。
グリーンハウは,何かのいたずらだと思い50フィート(約15メートル)のところまで近づき車を降り,声をかけると相手は答えず横にゆらゆら揺れるようにしてこちらに歩いてきた。持ってきたポロライド・カメラでグリーンハウは,4枚の写真を撮った。その間に相手は,すぐ近く(約3メートル)まできて,両者は向かい合う形になった。相手はロボットのようにぎごちない動きかたをしたが,音は発しなかった。グリーンハウは,恐怖から体が硬直したが,思いついてパトカー上の赤色の回転灯をパッとつけてみた。すると,相手は急に身をひるがえし,道路からはずれて一目散に逃げ出した。グリーンハウは,パトカーに飛び乗り,後を追った。その相手はどんな人間よりも速く走り,パトカーの速度(時速20マイル-約30キロ)でも追いつけなかったという。そのうち、パトカーは砂利で失速し,目をはなした隙に相手は闇のなかに消えてしまった。

【参考文献】
『UFOと宇宙』NO.10,1975年,【銀色の服を着た宇宙人,文:高梨純一
参考外部サイト⇒UFO事件簿(フォークビル事件)



消防服(空港の消防士が用いる特性のもの)を着こみ,顔と足先にアルミ箔をまといつけて撮影したもの
『UFOと宇宙』NO.10から
●軍用ヘリコプター葉巻型UFO遭遇事件(アメリカ)
【コイン陸軍少佐吊り上げ事件】


コイン少佐によるUFOのスケッチ
『戦慄のUFO&宇宙人ミステリー99』から
1973年10月18日,陸軍予備ヘリコプター部隊316医療支援(野戦病院)の指揮官だったローレンス・コイン少佐以下4名の軍関係者が, オハイオ州コロンバスの航空基地からクリーブランドのホプキンス基地に向かって飛行していた。23時10分ごろ高度800メートルで,ヘリに高速で近づく赤く輝く飛行物体を4人が目撃し確認した。
衝突をさけるため,コイン少佐は,ヘリを高度500メートルまで急降下させた。すると,飛行物体はヘリに張り付くかのように,真上で停止した。物体は,長さが15~18メートルほどの葉巻型をしていた。
数秒後,飛行物体はヘリから離れ,北方へ飛び去った。
安堵したコイン少佐だったが,軍用ヘリの高度計が1100メートルを指していることに気づく。ヘリが
数秒間で600メートルも吊り上げられたのである。
目撃報告から,UFOの先端は赤く輝き,中央上部はドーム状で後部からは緑色の光を発していた。窓や吸引口,翼,尾翼,識別マークなどいっさいついていなかったという。
他の乗務員ともども,信頼性の高い人物が事件の当事者であったため,国防省は「まぎれもないUFOの目撃例として, 我々の記録にとどめるだろう」という声明を発表した。珍しくUFO出現を否定しないコメントを出した事件となっている。
また,事件から
3年後,この事件を地上から目撃していたという家族が発見された。
【参考文献】
『戦慄のUFO&宇宙人ミステリー99』,監修:南山宏,2010年
参考外部サイト=> 怖話(【1973年】コイン陸軍少佐吊り上げ事件)




事件当時のコイン陸軍少佐。
『戦慄のUFO&宇宙人ミステリー99』から
●ドラギニャンの怪事件(フランス)



『UFOと宇宙』NO.15から 
場所は,フランス南部のドラギニャンの北にある標高500メートルほどのマルモン山でおこった。1973年10月19日の夜,マルモン山頂からの風景を楽しもうとドラギニャンに住む青年がガールフレンドを後ろに乗せバイクで頂上近くの見晴し台に向かって走っていると,500メートルほど左側の空中に明るいオレンジ色の光球が出現し,バイクと同じ方向に飛び始めた。バイクをおり,観察していると光球は山頂まで飛び消えたが,山頂には赤い輝きが残った。こわくなった二人はドラギニャンに戻りUFOに興味のある友人にこの話をした。友人の仲間4人が2台の車で山頂近くの見晴し台に向かった。到着すると,いつでも下山できるように車の向きを変えてからライトを消し車をおりると,そこから80メートルはなれた山頂にボーッとひろがる白い光に気づいた。その輝きから不思議な音(ラジオのピーという雑音に近い)が聞こえてきた。そのとき,4人は突然熱くなって,一種の熱波を感じた。続いて山頂に赤い光が現われ見晴し台に至る山道をおりてきた。非常に重い人間が歩き小石をザクザクと鳴らすような音がはっきり聞き取れた。4人は物陰に隠れ赤い光を見ていると,高さ3メートルもある黒い人影が赤い光と一緒に動いているのを目撃した。車まで25メートルほどまで近づいた怪物は何かを拾い上げるように立ち止まり,やがて動きをとめ,赤い光も不思議な音も消した。暗闇の中で小枝の折れる音や車の1台が何度かゆさぶられる音がした。4人はたまらなくなり,逃げろという合図とともに車に駆け込みエンジンをかけた。
結局のところ,4人は無事逃げおおせたのであるが,その間にも不思議な体験をした。

【参考文献】
『UFOと宇宙』NO.15,1975年-
  【ドラギニャンの怪事件,文:J・シャセーニュ,訳:増野一郎】
●仁川(インチョン)事件(韓国)
【魚雷艇UFO遭遇事件】


イラスト:『UFOと宇宙(NO.20)』から
1973年11月11日,大韓民国海軍所属の30メートルばかりの改装魚雷艇は,仁川付近の暗い嵐の海上を,日課の補給任務についていた。
6人の乗る魚雷艇は,大波が寄せるたびに艇首を空に突き上げ,次には波の谷間に突っ込んでいた。
嵐にもまれる魚雷艇の上で,突然,乗組員は明るい飛行物体を目撃した。物体は,嵐や雨やみぞれをものともせず,水面すれすれの高度を直線飛行していた。こんな天候に飛行機が飛べるわけもなく,近づいてくる飛行物体が人工の航空機でないことは,乗組員のだれもが確信した。その飛行物体は長さが12メートルぐらいで水面30メートル以下の高度で高速で近寄ってきた。
舵手のパク・ミュンファ(当時25歳)は,艇長のキム・ピョンハク中尉に「早く逃げましょう!」と大声をあげ,27キロメートル東の仁川に艇を向けるよううながした。
一度,空中に停止した飛行物体は,再び動きはじめ超音速のスピードで近づいてきて魚雷艇の頭上を通過した。物体は,白熱した金属のようで桜色に明るく輝き,中心が隆起していて円盤形をしていた。典型的な空飛ぶ円盤であった。腹部の中心からは排気を吹き出していた。
魚雷艇は母港を目指して全速力で走り出した。円盤は後方に浮かんでいるように見え,高度は30メートル以上には上昇せず,位置を右,左とたびたび変えた。
20分は魚雷艇の周囲をうろついていたという。
【参考文献】
『UFOと宇宙(NO.20)』,1976年10月号-
  【韓国上空のUFO嵐,文:ロナルド・ドラッカー,訳:増野一郎】


目撃した円盤のスケッチを示すパク・ミュンファ海軍隊員

『UFOと宇宙(NO.20)』から



参考外部サイト⇒阿修羅(韓国上空のUFO嵐(『UFOS & SPACE』76年10月号))
●ブラデントンUFO目撃事件(アメリカ)

スラッシュ少年が撮ったUFO
『UFOと宇宙』NO.10から 
1973年12月13日の夜,フロリダ州ブラデントンでパトリック・スラッシュ少年が,夜間ブラーデン河上空に滞空し,水面に光線を発しているUFOを目撃し,それを撮影した事件。
パトリック・スラッシュ(16歳)は,この夜,女友達の家に行こうとして車を走らせていると,
9時15分ごろ飛行機か何かが落ちるようなものを目撃した。それが何か確かめようと,女友達の家よりずっと先まで走っていった。何も見あたらないので,あきらめて戻ってくると,ある丘の近くまで来た。そのとき,車のライトがブラーデン河上空6〜7メートルのところに滞空している謎の飛行物体を照らし出した。その飛行物体は下のほうから光線を発し,光線は水面までのびていた。飛行物体の大きさは幅が6〜7.5メートル,高さは約3メートルくらいであった。彼は車を降りそれを眺めていたが,車内に置いてあるカメラを思い出し,急いで取り出し,その物体を撮影した。
5分間ぐらい眺めていると,物体は突然,光線をひっこめ,何か連続的な音を立てながら,彼の方に近づいてきた。彼はあわてて逃げた。物体は彼の車の上,約2〜3メートルのところを通過して遠ざかっていったが,その際,物体は小さな物をいくつか落としていった。水中に落下した音や,彼の車の上に落ちる音を聞いたのだ。彼は車に戻り,車のヘッドライトで落ちた小物体を探したところ,直径2センチぐらいの物を3つ見つけることができた。それは,黄鉄鉱のように見えるものだったという。
【参考文献】
『UFOと宇宙』NO.10,1975年,【銀色の服を着た宇宙人,文:高梨純一
 
●クロード・ボリロン宇宙人コンタクト事件(フランス)





いずれもボリロンによるUFOのスケッチ
『UFOと宇宙(NO.25)』から
1973年12月13日,クロード・ボリロンがクレモン・フェランにある火山にドライブ中,ピュイ・ド・ラ・ヴァシェのクレーター付近で,霧の中から降下してきたUFOとUFO内から降りてきた宇宙人と遭遇し, そのコンタクトは連続6日間におよんだ。
UFOから降りてきた宇宙人は,身長が1m20cm足らずで,目がかなり細く,髪は黒くて長く,短いあごひげを生やしていた。 体をすっぽりおおう緑色の服を着ていた。顔と頭は大気にさらされているようだが,そのまわりの空気がわずかに輝き震いていた。 皮膚は白く,やや緑がかっていた。
相手は,フランス語で答えた。ボリロンはUFO内に招き入れられ,なぜ選ばれたのかを話してくれた。
次の日は,聖書に基づいた講義をうけたが,彼らはこの地球に生命を創り出した。我々,人間も彼らが想像したものだという。
【参考文献】
『UFOと宇宙』NO.25,1977年,【聖書と宇宙人】
【関連図書】
『聖書と宇宙人』,1980年
『地球人は実験室で創られた』,1982年
『真実のメッセージ』,1987年
参考外部サイト⇒ Wikipedia(ラエリアン・ムーブメン)


コンタクト現場に立つボリロン。


イラスト:足立三愛
『聖書と宇宙人』から)
1974年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
●ワルヌトン怪人目撃事件(ベルギー)

『UFOと宇宙』NO.15から 

1974年1月7日の夜,ベルギー人の男性がフランスとベルギーの国境にある町ワルヌトンに近づいたとき,突然車のヘッドライトが消えエンジンが停止した。すると約150メートル離れた道路わきの畑の中に3本脚で立っている7〜10メートルほどのオレンジ色の光りをおびたヘルメット形の物体(UFO)を発見した。同時に前方約30メートルのところに親子のようなふたりの人影が,こちらに向かって歩いてきた。15メートルほどまで近づいたところで,ふたりの姿がはっきりと見て取れた。小さいほうは,丸いヘルメットをかぶり,ミシュラン・タイヤの広告のような姿をして,右手に銃のような三角定規に似たものを持っていた。大きいほうは背が少し高く,1.3メートルぐらいあり,箱のようなヘルメットをかぶっていた。肩幅も広く,がっしりした身体つきをしていたが腰が細かった。中央に光りを放つ黒いベルトをしめ,左肩からベルトまでつり革のようなものを着けていた。ふたりとも手が異常に長く膝の下まであった。また,ヘルメットの前面が,ふたりとも透明でまったく同じ不気味な顔をしていた。また,UFOのそばに,小さいほうと同じ人物が立っていた。ふたりは,4メートルまで近づき止まった。目撃者の男性は後頭部にショックを覚え声が聞こえたようであるが,意味はわからなかった。ふたりは急に踵を返し,UFOの方に,ぎごちない足どりで歩き始め,ごつごつした地面を滑るように進んでいった。すぐにUFOは三本脚を引っ込めてからは浮き上がり,ちょっと停止した後,急速に上昇して視界から消えていった。ふたりの怪人物が踵を返したのは,後方から近づいてきた別の車のライトのせいかもしれなかったという。
【参考文献】
『UFOと宇宙』NO.15,1975年-
  【ワルヌトンの奇怪なロボット,文:ゴードン・クレイトン,訳:久保田八郎


『UFOと宇宙』NO.15から 
1975年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
ノース・ハドソン・パークUFO着陸事件(アメリカ)


目撃されたUFOのスケッチ
『UFOと宇宙』(No.23)から
1975年1月半ば,深夜3時ごろ,ニューヨーク近郊のノース・ハドソン公園を車で通りかかったジョージ・オバースキー(72歳)が,公園内に着陸するUFOを目撃し,中からおりてきた10人ほどの人間が,土壌サンプルの採取らしきことを行うのを目撃した。
1月にしては,暖かいこの,オバースキー氏は,酒屋の深夜の仕事を終えて,いつもの帰宅コースであるノース・ハドソン公園内に車で入ってくると,カーラジオがひどい雑音を発し始めた。調整中にラジオは完全に鳴らなくなった。するとブーンという音が聞こえてきて,彼の左肩上空(西側)から明るく光る飛行物体が出現し,数秒後に,左側の歩道にそって生えている木の向こう側,地上約3メートルの高さに静かに停止滞空した。その物体は底部が平たく,上部はドーム形をしており,直径は約9メートル,高さは2.5メートルほどあった。側面には縦長の窓が規則的に並んでいた。物体からハシゴのようなものが降りてきて,ヘルメットのようなものをかぶり,ユニフォームのようなものを着た,身長が1メートルほどの人間が10人ほど降りてきた。彼らはオバースキー氏には注意をはらわず,スプーン状の道具と袋のようなものを持って,せわしなく地面一帯を動きまわり,手にもった袋に何かをつめていた。そして,数分後に彼らは物体にもどると,物体はすぐに上昇し北に向けて飛び去っていったという。これらの出来事は4分とかからなかった。
【参考文献】
 ・
『UFOと宇宙』1976年12月号(No.21),【UFO情報(海外)】
 ・『UFOと宇宙』1977年2月号(No.22)『UFOと宇宙』1977年4月号(No.23)
  【大ニューヨークの郊外に円盤着陸
,文:テッド・ブローチャー,訳:久保田八郎


UFOの目撃経過図
『UFOと宇宙』(No.23)から
●ビリー・マイヤーの宇宙人コンタクト事件(スイス)


1975年1月28日午後2時15分に撮影されたもの
『UFOと宇宙』(No.23)から
1975年1月28日の午後1時ごろ,スイスのチューリッヒ郊のヒンウィル村で生活するビリー・エドアルド・マイヤー(当時38歳)は,あるテレパシーによって,自分のカメラ(日本製小型カメラ・オリンパスCR35)を持ち,バイクに乗った。テレパシーの指示に従い,1時間ぐらい走っていると,うなり音が聞こえてきた。見上げると,空の雲の中から美しい円盤型の物体が姿を現した。その円盤は静かに降下し草地に停止した。マイヤーは,円盤が着地する前から何枚かの写真をとり,着地した円盤に近づいていくと,あるところで何かの力で進むことができなくなった。すると,円盤の背後から人間と同じ姿の者が現れ,マイヤーに近づいてきた。それは,宇宙飛行士と同じような灰色のオーバーオールを着て,ブ゙ロンドの長い髪,目鼻立ちの整った女性だった。肌は青くきらめいていた。ただ,耳たぶが頬までつながっていた。その女性は,名前はセムヤーゼでプレアデスのエラという惑星から来たことを話した。
その後,マイヤーは何度もセムヤーゼとコンタクトを重ねた。場所はヒンウィルかエッテンハウゼンの付近の草地であった。そして1千ページ以上のノート,観察メモ,メッセージを記録した。

【参考文献】
 ・
『UFOと宇宙』1977年2月号(No.22),
    「金髪の女性宇宙人としばしば接触」,文:ウェンデル・スティーブンス,訳:アン・ディカス



1975年2月2日に撮影されたもの
『UFOと宇宙』(No.23)から
●甲府UFO宇宙人遭遇事件(日本)
 
1975年2月23日の夕方,甲府市の小学生ふたりがぶどう畑に着陸したUFOと宇宙人に遭遇した事件。

   ◎詳細はこちら⇒
     日本のUFO遭遇事件
No.1975001No.1975002
参考外部サイト⇒Wikipedia(甲府事件)
参考外部サイト⇒UFO事件簿(甲府事件)
●ムーディ軍曹UFO誘拐事件(アメリカ)


 


『UFOと宇宙』(No.19)から
1975年8月13日の深夜,ニューメキシコ州アラモゴード近くの砂漠で,ホロマン基地勤務のチャールズ・ムーディ軍曹が流星雨を見ようとしていたときに,UFOにアブダクトされた事件。
流星雨を見ることができるというので,アラモゴードのホロマン空軍基地に勤務している,チャールズ・ムーディ軍曹は,一人で車で砂漠に出かけた。流星雨を見ることはできなかったため,帰ろうとしていた1時20分ごろに,前方100メートルほどのところに,閃光のようなものが落ちてきて,地上10メールほどのところに揺れながら停止した。それが,ムーディ軍曹の方に向かってどんどん近づいてきた。その物体は,円盤型をし直径が12〜15メートル,高さは6メートルぐらいで,金属的な灰色をしていた。下部に3個の球体が見えた。軍曹は車のイグニッション・キーを回したが,エンジンは始動しなかった。飛行物体は,軍曹の15メートルぐらいまで近づき停止した。カン高い声が聞こえ,物体に窓が現われ,そこに人影が見えた。すると,車の周囲を奇妙な光が包み,全身がしびれるようになった。しばらくすると,しびれは消え,気がつくと軍曹は車内に座り,飛び去っていく物体を見ていた。車のイグニッション・キーは回りエンジンはすぐにかかった。自宅に戻ると1時間20分という時間の記憶が失われていた。
次の日に,軍曹の頭のなかに失われていた記憶が戻ってきた。停止した物体から"人間"が2人が滑るように近づいて(歩いていなかった)きた。軍曹は戦う覚悟をして,車のドアを開けようとした一人にドアを勢いよく押し開け相手をひっくり返した。もう一人には顔のど真ん中にパンチを食らわせた。その顔はグニャッという感じで相手はひっくり返った。戻った記憶には,そのあと,軍曹は固いテーブルのようなところに横たえさせられていて,一人の"人間"に体を調べられていた。その頭部は大きく,まゆも頭髪もなく額はでており,その下に25セント硬貨ぐらいの大きな黒い眼が鋭い眼光を放っていた。耳,鼻,口は小さく唇は薄かった。身長は5フィート(1.5メートル)ぐらいで,ひ弱に見えた。顔と手以外はすっぽりピッタリした白い服におおわれていた。その怪物は,その後ムーディ軍曹を自由にして円盤の中を案内してくれたという。怪物は完全な英語で話していた。ただし唇は動かなかったという。
【参考文献】
 ・
『UFOと宇宙』1976年8月号(No.19),
    「チャールズ・ムーディ軍曹砂漠で円盤に誘拐される!」,文:中津要二



(ムーディ軍曹が描いた宇宙人)
『UFOと宇宙』(No.19)から
●トラビス・ウォルトンUFO誘拐事件(アメリカ)

『UFOと宇宙』NO.20から 
1975年11月5日の午後6時過ぎごろ,アリゾナ州の国有林の中で,伐採作業をして車で帰る途中の伐採工の一人,トラビス・ウォルトンがUFOにアブダクトされ,その後,無事帰還した事件。
この日,伐採の仕事を終えた7人(マイケル・ロジャース(28),トラビス・ウォルトン(22),ケン・ピータースン(25),デュエン・スミス(19),アレン・ダリス(21),ジョン・グーレット(21),スティーブ・ピアース(17)の労働者たちは,ロジャースが運転するトラックで帰宅しようとして,200ヤード(約180m)ばかり走ったとき,後ろの座席に座っていたダリスが北西の方角に沈みかけた太陽とは違う黄色い光を発見した。トラックが少しいった見渡しのよいところにでると,トラックの前方右手20〜30mのところの切り枝などを積み上げたところの上空4〜6mのところに,ナベを2つ合わせたような直径4.5m,高さは2.5mぐらいで,明るく輝く物体が滞空していた。この光景を見た前座席に座っていたウォルトンが,完全に停止しないトラックから飛び降り,物体の滞空している方向に近づいていった。物体からは,不気味な不可思議な音が出ていたのをトラックの6人は聞いている。切り枝を積んだところで数秒間,物体を見上げていたウォルトンが,右足をふみ出そうとしたところ,物体から強烈な光線が投射され,ウォルトンの上半身の部分をつらぬいた。次の瞬間,ウォルトンの体は両手をひろげ,頭をのけぞらせ宙に30cmばかりとび上がったという。それを見ていたトラック内の6人は,恐怖のあまり現場から全速力で逃げ出した。400mほど逃げたところで,落着ついた6人は,その出来事がおこった15分ぐらい後に現場に戻ったがウォルトンの姿はなかった。午後9時ごろに保安官をつれ現場に戻ったがウォルトンは見つからなかった。翌6日の早朝から大がかりな捜索が開始され,午後にいったん捜索は打ち切られたが,週末の11月8日(土)と9日(日)にはヘリコプターを用いての捜索も行ったがウォルトンは発見されなかった。11月11日の早朝,ヘーバーの町のガソリンスタンドの公衆電話からウォルトンの妹夫婦の家に,ウォルトンからの連絡がはいった。ウォルトンは公衆電話のなかでぐったり倒れこんでいるところを発見された。そこは,ウォルトンが消息を絶った場所から,12マイル(約20km)ほど離れた場所であった。
【参考文献】
 ・
『UFOと宇宙』1976年6月号(No.18),
    「トラビス・ウォルトンのUFO同乗事件」,文:高梨純一
 ・『UFOと宇宙』1976年10月号(No.20),
    「トラビス・ウォルトン事件の真相」,文:冨川正弘


(ウォルトンが描いた宇宙人。ムーディ事件の宇宙人と非常に似ている)
『UFOと宇宙』(No.19)から


(現場の見取り図)
『UFOと宇宙』(No.20)から
1976年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
●スタンフォード3婦人UFO誘拐事件(アメリカ)


ルイーズ・スミスさんが目撃した円盤のスケッチ
『UFOと宇宙』(No.22)から
1976年1月6日の午後11時ごろ,ケンタッキー州スタンフォードの車道を車で走っていた3人の女性が,赤く輝くUFOに遭遇し,80分の記憶を失った。
3人は,イレーヌ・トーマスさん(当時48歳),ルイーズ・スミスさん(当時44歳),モナ・スタッフォードさん(当時35歳)で,午後11時ごろ,スタンフォード市で夕食をし,3人の自宅のあるリバティ市(29マイル〔約47キロ〕離れている)に帰る途中であった。スタンフォードの西約1マイル(1.6キロ)の地点で,運転者のルイーズさんが,円盤を発見した。円盤は,フットボール場もある大きなもので,金属的な灰色をしており,白く光るドームがあった。赤色の光が1列になって並んでいた。その下に黄色の光が3,4カ所に見えたという。
円盤は,3人の乗る車の前にいったん停止し,それから車の後ろに回ったかと思うと,車は急にスピードをあげた。ルイーズさんの足はアクセルに触れていなかったが,車の速度計は時速85マイル(約130キロ)を示していた。
それから,車は恐ろしいほどの力で後方に引っぱられた。この時点で3人の記憶は消失した。記憶が戻ったのは,円盤の目撃地点から8マイル(約13キロ)離れたヒューストンビルの街灯であった。恐怖にふるえながらも,リバティ市にあるルイーズさんの自宅に着いたのは,
1月7日の午前1時25分だった。約1時間20分の記憶が3人とも消えていた。
3人の首には同じような長さが3センチほどの傷がついていた。その傷は2日後には消えたが,記憶は戻らなかった。
3人は,その後,催眠療法で,失われた
1時間20分間の出来事を,催眠状態で思い出すことができた。
その内容は3人とも,奇妙な宇宙人に観察され,手荒に扱われたことであった。

【参考文献】
 ・『UFOと宇宙』1977年2月号(No.22),【女性3人を身体検査した巨大UFO】



『UFOと宇宙』(No.22)から
●イラン戦闘機UFO交戦事件(イラン)





テヘラン上空にUFOが出現し,イラン王立空軍の2機のF-4ジェット戦闘機が迎撃に向かったが,UFOに接近すると計器や通信機器が誤動作した事件。
1976年9月18日の夜
,最初にUFOを発見したのは,メーラパッド空港管制塔の職員で,物体はテヘラン市の南部の上空を高度約1800メートルで飛行しながら,赤,青,緑の色光を交互に発していた。
イラン空軍は,F-4ファントムUジェット戦闘機を緊急発進させ調査を命じたが,マッハ1を超える速さでこの物体に接近したが,テヘラン市から約240キロメートル離れたところで見失った。 だが,物体は市内上空に戻っており,見つけ出すよう指令を受けたパイロットは市内に戻り物体に近づいたが40キロメートル以内のところで無線交信や機械操作が不能になり燃料切れにもなったため基地に戻った。 物体から離れると電子機器は正常に戻った。2機目のF-4ファントムUが緊急発進し物体に近づいたが,その物体はストロボライトのような強烈な光を発し,物体の輪郭を見分けることができなかった。 約40キロメートルの距離でレーダーをロックオンしたがそのサイズはタンカーほどの巨大なものであった。 物体は一箇所に留まることなく飛び回りマッハ2でも追いつけなかったという。 さらに物体から分離した小型の物体が戦闘機に近づいたとたん,無線通信が不能になり,赤外線誘導式のミサイルをそのターゲットに向け発射しようとしたが,ミサイルシステムも故障していた。 戦闘機は辛くも逃れたが,また別の小型の物体が母船から出て,砂漠地帯に着陸し,あたり一面を昼間のように明るくしたという。
この事件は,2人の操縦士とメーラパッド管制塔の職員数名が確認している。
19日の夜になってからも附近から目撃者の報告が寄せられた。
【参考文献】
 ・『UFOと宇宙(NO.24)』1977年,
  【UFO情報;海外(ファントム戦闘機が幽霊を追跡)】
 ・『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年
参考外部サイト⇒FC2・海外の妖しいBlog記事から(1976年9月19日、イラン: 2機の F-4戦闘機が UFO と交戦(途中:その2))
●ポルトガル旅客機UFOニアミス事件(ポルトガル) 1976年9月19日の午前2時ごろ,ポルトガル上空で101人の乗客を乗せたボーイング707型ジェット旅客機がUFOとあやうく衝突しそうになった事件。
TAP航空(ポルトガルの国営航空会社)の241便がアフリカに向けリスボン航空を離陸した直後のことである。炎と火花のようなものを吐いた物体が,このポルトガル旅客機をかすめ去った。
操縦席にはベテランのウェイガート機長(52歳),アルミンド・ピント副操縦士(34歳),ギルベルト・サルメント機関士(48歳),それにザイールのキンシャサで交代するホセ・ピント副操縦士の4人がいた。
高度4000フィート(約1200メートル)に到達するすこし前,右側2時の方角にその物体は発見され,1秒のうちに2時から1時の方角に300メートルと離れていないところを移動していた。ネオン菅よりずっと明るく輝き,燃料を燃やしているように2本の光条を後にひいていた。衝突をさけるため,機を右に傾けた。操縦席の窓の4分の3をおおいかくしたその物体には,間隔のせまい窓のように5個から7個の明るい光がきらめいていた。
機が旋回すると,物体はオレンジ色の閃光を発しながら左側に飛び去った。
リスボン空港管制塔のレーダーにはこの物体は捕えられなかった。しかし,カルロス・コスタ先任管制官(59歳)は肉眼でこれを目撃している。

【参考文献】
 ・『UFOと宇宙(NO.24)』1977年,
  【UFO情報;海外(ジュット旅客機がUFOとニアミス)】


●ウィンチェスター着陸UFO遭遇事件(イギリス)


  

(上)着陸したUFO
(下)車をのぞきこむ謎の乗務員
いずれも目撃者の証言に基づいて
描かれたもの

『UFOと宇宙』(No.24)から
1976年11月14日(日曜日)の午後9時ごろ,ガールフレンドの家にいる17歳の息子を迎えに行くため,ウィンチェスター市(イギリス南部ハンプシャーにある海港サウサンプトン市の北にある小都市)に住む母のジョイス・ボウルズ夫人(当時42歳)とエドウィン・プラット氏(当時58歳)は,5kmほど離れたチルコム農場に夫人の車(ミニ・クラブマン)で,夫人が運転して向かっていた。
A272の地点にさしかかった頃,二人は空中にオレンジ色の光体を発見した。二人はチルコム農場に向かうために左折し,せまい道路に入った。道路の右側には約10m幅の草地があり,そのむこうはヤブがおおっていた。突然,車がバラバラになりそうなくらい激しく揺れ始めた。車のコントロールはできず,車は斜めに疾走し,道路わきの草地のなかに乗り上げて停止した。が,すぐに車はエンジンが轟音を発し,ひとりでに動き出した。車のライトは通常の4倍ほどの明るさを発していた。
車が停止したとき,前方約5m,地上約30〜40cmのところにオレンジ色に輝く葉巻型(楕円形)の物体が浮かんでいた。物体の下部から,蒸気のようなものが噴き出ていた。物体の頂上部左側には"窓"があり,3人の顔が外を見ていた。するといつの間にか1人の"人間"が出てきた。物体にドアは見えなかった。人間は身長が約1.8m,銀色の服を着ていた。その男は,車の方に歩み寄ってきた。頭には何もかぶらず,長い金髪が肩のところでまき上がっていて,あごひげが長くさがっていた。皮膚は青白くきれいだった。
男はかがみ込んで車の中をのぞき込んだ。目は白ウサギのようにピンク色をしていた。夫人はその目があまりにも鋭いので,目を離しても太陽を見たかのように焼きついていた。
男は約2分間,車のそばに立っていたが,やがて物体の後部の方へ歩いていった。車の外へ出ようとするプラット氏を夫人が引き止めた。二人が前方を見たときに,物体は消えていた。
恐怖感から車の外へ出ることができず,車の運転をプラット氏にかわることができなかった。夫人は夢中でエンジンをかけ車を発進させようとした,車は目に見えない壁につきあたっているかのようにタイヤが空転し動かなかった。エンジンが止まったため、もう一度エンジンをかけ直すと,今度はうまく車は動き出した。二人は約800m先のチルコム農場に走り無事到着した。
この事件は,
約7分間のことだったという。
【参考文献】
 ・『UFOと宇宙』1977年6月号(No.24),
  【ウィンチェスターに出現したUFOと不思議な人間,文:レスリー・ハリス,訳:久保田八郎


現場付近の地図
 

現場付近
『UFOと宇宙』(No.24)から
1977年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
●ドーバーデーモン目撃事件(アメリカ)
1977年4月21日,マサチューセッツ州ドーバーの住宅地で頭が大きく,手足の細長い体毛のない怪物を目撃した事件。
17歳のウィリアム・バートレットは友人を乗せドライブをしていた。
午後10時30分ごろのことである。6メートルほど先の石塀の上を犬か猫のような動物が歩くのを見た。
ヘッドライトが照らすと,その怪物は長い指で岩をつかんで,車のほうを振り向いた。胴体よりも大きそうな巨大な頭部にオレンジ色の明るく光る大きな目があった。鼻や口,耳のようなものはなく,手足は細長く,肌は黄色みがかったピンク色をしていた。
1両日中に,同一と思われる怪物(ドーバーデーモンと呼ばれた)が10代の若者たちにより目撃されている。しかし,その後目撃されることもなく,いずこかに消えてしまった。
【参考文献】
『(決定版)超怪奇UFO現象FILE』,著:並木伸一郎
参考外部サイト=> Wikipedia(ドーバーデーモン)
参考外部サイト=> UMAファン〜未確認動物
参考外部サイト=> 怖い話(ドーバーデーモン)
参考外部サイト=> 未確認生物大陸(ドーバーデーモン)
●アントニオ・ボガUFO拉致事件(ブラジル)

『UFOと宇宙』(No.33)から
1977年9月15日,バス運転手のアントニオ・ボガ・ド・ラ・ルビアが巨大UFOに遭遇し複数の1本足の宇宙人にUFO内に拉致された事件。
パシェンシア村(リオ・デ・ジャネイロから約45キロ)に住むバス運転手のアントニオは,バス会社が運転手たちをピックアップするための回送バスに乗るために自宅から5~600メートル離れたハイウェイまで行くために
午前2時15分に家をでた。
200メートルほど行ったところの空き地を黒々とした巨大なものが占領していた。よく見ようと,懐中電灯の光りを向けようとした瞬間,強烈な光がその物体から放射され,あたりを青一色に染めあげた。光のなかには,信じられないほど大きい帽子型をしたUFOが姿を現わした。UFOは鈍い鉛色で窓などなく,地上50センチくらいのところに浮かんでいた。
アントニオは,まるで透明なガラス容器をかぶせられたような感じで身動きひとつできなかった。
すると,いつの間にか3人のロボットのような異様な宇宙人たちにとり囲まれていた。宇宙人たちはの顔は,フットボールの球を縦にしたような形をしており,横に一列だけ帯がとり巻いており,眼,鼻,口,耳のようなものは何もなかった。頭のてっぺんにアンテナのようなものが1本あり,その先にはスプーンのようなものが,すごい速さで回転していた。腕の先には指らしいものがなくとがっていた。そして足のかわりに,上半身の下部から1本の棒のようなものが突き出ており,先にはコーヒーカップの受け皿のような円盤状のものがついていた。宇宙人たちは,どれも同じ恰好をしており,120センチほどの同じ大きさで宙に少し浮いていた。
アントニオの前に浮いていた宇宙人が,手にしていた注射器のような棒を向けたとたんに,アントニオの体は空中に浮き上がり,UFOに向かって進みはじめた。するとアントニオの体はUFO内の白く光るチューブのような中を押し流されて,やがてブルー一色の格納庫のような部屋に立っていた。
ふと気づいてあたりを見まわすと,同じ格好の宇宙人たちが12人ずつ2列になって彼を取り囲んでいた。
恐怖のあまり,アントニオは声を出そうとしたが,声は出てこなかった。呼吸も自由にできない状態だった。宇宙人たちは全員が,10センチほど空間に浮かんで気味が悪いほど静かにアントニオの方を向いていた。
その時,突然アントニオは声を出すことができた。ありったけの声をだして叫ぶと,宇宙人たち全員が床に倒れてしまったという。すると部屋全体が眼もあけていられないほど強く輝きはじめ,同時に宇宙人たちも元のように同じ位置に立ち上がったという。その後,UFO内でアントニオは,不思議な映写画像のようなものを見せられたり,血液を指から採取されるようなことをされた。
その後,気がつくと最初の場所から3キロメートルも離れた国道の脇に立っていた。頭上には,巨大なUFOが底面を見せて滞空していたが,やがて遠ざかり消えていった。UFOにとらわれてから50分が経過していたという。アントニオは,身体のあちこちがズキズキと痛み,身体中が火傷を負ったように火照りヒリヒリと痛かったという。
アントニオは,この奇怪な体験をした後,体の回復が良くなく,会社を辞めてしまったという。
【参考文献】
『UFOと宇宙』(No.32,33),
 【巨大UFOの怪光線で火傷したバス運転手】,文:矢追純一
1978年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
●ウィリアム・ハーマンUFO誘拐事件(アメリカ)

(目撃した宇宙人)
『ムー(NO.12)』から
1978年3月18日,サウスカロライナ州チャールストンに住むウィリアム・ジェームズ・ハーマンが宇宙人に拉致誘拐された事件。
1977年11月12日午後5時55分,チャールストン市を流れるアシュレー川付近にいたハーマンは上空を飛ぶセスナ機の後方を飛行している円盤型物体を発見,望遠鏡で確認した。その後11月27日から翌年2月11日にかけて,不思議な飛び方をするUFOを大勢の人々と一緒に何回も目撃をし,写真におさめた。
そして,
1978年3月18日,午後9時30分頃のことである。望遠鏡で見上げていたハーマンに向かってUFOが急接近し,底部から青い光線を発した。これによりハーマンの体はUFOに吸い上げられ始めた。
意識を失ったハーマンが目をさますと,そこは赤い光に満たされた円盤内部らしく,円型の部屋のベッドに寝かされていた。そして身長130センチくらいの頭デッカチの3人の生物に見おろされて,奇妙な器械で身体検査をされていた。その生物たちは大きなまん丸の頭に髪の毛も眉毛もなく,異様に大きな目と小さな鼻,薄い唇をしていた。3人ともそろいの赤いダイバースーツのようなピッタリした制服をつけていた。
次に気がつくと,ハーマンは見たこともない真っ暗な空き地に立っていた。上空にオレンジ色に輝くUFOが飛び去っていくのが見えた。時計を見ると
午前0時15分だった。3時間ほどが経過していたという。
事件からちょうど
1年たった3月18日深夜,ハーマンの頭の中にとつぜんライトがつくように”あの日”のできごとが思い出され,UFO内で宇宙人から伝えられたことが理解できたという。彼らの宇宙船は地球から32光年離れたレチクル座のゼータTとレチクル座ゼータUという二重の発進地からきているという。
【参考文献】
『ムー(NO.6)』,【彼らはレチクル座から来ているという;文・並木伸一郎】,1980年

『ムー(NO.12)』,【私もブラックメンに脅迫された!;文・矢追純一】,1981年
『UFOと宇宙(NO.44)』,【ウィリアム・ハーマンの体験;文・ウェンデル・スティーブンス】,1979年
『UFOと宇宙(NO.49)』,【新展開みせたウィリアム・ハーマン事件;文・ウェンデル・スティーブンス】,1979年
参考外部サイト=>路(リスはUFO接近を感知するか)



(上:ハーマン氏が撮影したUFO。下:飛び方を示すスケッチ)
『ムー(NO.12)』から


(ハーマン氏にインタビューする矢追純一氏)
『ムー(NO.12)』から
●バレンティッチ事件
(オーストラリア)


(セスナ機の航路)


(フレデリック・バレンティッチ)

 
1978年10月21日, フレデリック・バレンティッチがセスナ機でキング島に向かってバス海峡を飛行中,UFOらしきものと遭遇しセスナ機ごと行方不明になった事件。
この日,フレデリック・ポール・バレンティッチ(当時20歳)は,182L型セスナ機で,ビクトリア州モラビン空港を飛行距離90分のキング島に向かい
18時19分に飛び立った。キング島で海産物の荷を積み込む予定だった。同時に事業用ライセンス取得に必要な夜間飛行を消化するつもりだった。
離陸後
47分後に,メルボルンの管制塔に高度150メートル以下の空域に飛行中の航空機がないかをたずねてきた。管制塔は「飛行予定はない」ことを応答した。「4つの光・・・着陸灯のように見える」,2,3分後に「細長い形だ・・・緑色のライトが1つ,金属製らしい・・・外側は輝いている・・・」。最後に「管制塔へ,今また奇妙な飛行物体が私の上空に来た。そいつは・・・まだ,ついて来る・・・これは航空機なんかじゃない」と連絡し,その後17秒間,カチカチ,ガリガリという金属音が続き,静かになった。19時12分のことである。
軍,民間の援助を得て,空と海から大がかりな捜査が行われたが,パイロットはおろかセスナ機の行方もつかめずに終わった。
【参考文献】
『UFOと宇宙(NO.85)』
 (バレンティッチ事件を追う男ポール・ノーマンに聞く・オーストラリア最新UFO事情)
,1982年
参考外部サイト⇒UFO事件簿(バレンティッチ機消失事件)
参考外部サイト⇒YOU TUBE(2023 08 UFO Valentich Disappearing Incidentオーストラリア・バレンティッチ)
参考外部サイト⇒怖話(バレンティッチ行方不明事件)
参考外部サイト⇒ミステリーニュースステーション(誘拐?撃墜?UFOに遭遇して消えたセスナ機「バレンティッチ事件」)
1979年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
●セルジー・ポントワーズ事件(フランス)

★フランク・フオンテーヌ
1979年11月26日のこと,パリ郊外の町セルジー・ポントワーズに住む青年3人がノミの市に出店するための荷物を車に積み込もうとしていた早朝の3時半ごろ,上空に現われたUFOを目撃後,車に乗っていたフランク・フォンテーヌが車をつつんだ怪しい光とともに消滅した事件。フォンテーヌは,1週間後に付近のキャベツ畑で無事発見された。
【参考サイト・文献】
サイト=>UFO事件簿(セルジー・ポントワーズ事件 )
『最新版UFO・エイリアン極秘事件ファイル』,2014年
参考外部サイト⇒ UFO事件簿(セルジー・ポントワーズ事件)
1980年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
●アラン・ゴドフリーUFO遭遇事件(イギリス)

『最新版UFO・エイリアン極秘事件ファイル』から
1980年11月28日の朝,イギリス・ヨークシャー州のトッドモーデンで,警察官アラン・ゴドフリーがパトカーで巡回中に,路上に浮かんでいる球状のUFOと遭遇し誘拐された事件。
UFOは大きさが幅6メートル程で,側面に真っ暗な窓が5つ並んでおり,下部は左から右へゆっくりと回転していた。周囲の木立が揺れるほどの風を起こしていたという。
本署に連絡をしようとしたが無線はまったく通じなかった。仕方なく,事故報告用紙に様子を記し,現場を離れようとした瞬間に,アランの乗ったパトカーは100メートル近く移動していたという。UFOの姿もなく,驚いて時計をみると
20分ほどが経過していた。
後の逆行催眠で,UFOの内部に連行され,生体実験を受けたことが証明されている。
公職に就く人間が関連する事件なので,信ぴょう性は高いというが,イギリス政府は,この事件の公表を一切していない。

【参考サイト・文献】
・サイト=>怖話(アラン・ゴドフリー事件)
『最新版UFO・エイリアン極秘事件ファイル』,2014年
参考外部サイト⇒ 怖話(アラン・ゴドフリー事件)




★説明するアラン・ゴドフリー
『最新版UFO・エイリアン極秘事件ファイル』から
 
●キャッシュ&ランドラム事件(アメリカ)

1980年12月29日の午後9時過ぎのこと,ヒューストンからテキサス州デイトンの自宅に戻る途中のヴィッキー・ランドラム夫人と孫のコルビー(7歳),ベティ・キャッシュ夫人の3人がパイニーウッズ地方の寂しい2車線道路で不思議なダイアモンド型の物体を目撃した。物体は給水塔ほどもある大きなものであった。ダイアモンド型(菱形)でてっぺんと底は平らであった。上空に,底からオレンジ色の炎を一定間隔で噴出し,上下に動いていた。車を停めると車の中はたちまち暑くなった。キャッシュとランドラムは車の外にでたが,コルビーは車内のダッシュボードの下に隠れた。物体は中央部の周囲に青い光の輪があって明るく輝いていたが,全体は鈍い銀色をしていた。炎を弱めた物体は車道に向かって降下してきた。2人は車の中に戻ったがキャッシュはドアハンドルの熱で手をやけどした。物体が上昇すると同時に大型ヘリで編成された20機以上のヘリコプターが続々と到着し,その物体を包囲した。するとその物体は冷静な判断を取り戻したかのように,ヘリコプターの包囲を抜け出し,デイトンに向けて飛び去った。20分間ほどの出来事である。この地域にいた多くの人々も,この物体とヘリコプター群を目撃して通報した。キャッシュとランドラムは,その後放射線被ばく症状に悩まされ,政府を相手取り訴訟を起こしたが,証拠不十分により却下された。キャッシュは18年後71歳で亡くなり,ランドラムは2007年に84歳で亡くなった。
【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年
参考外部サイト⇒UFO事件簿(キャッシュ&ランドラム事件)

参考外部サイト⇒世界10大怪奇(キャッシュ&ランドラム事件)

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