UFOレガシー 当サイトで参考にしたUFO関連本一覧
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UFO事件集(1971年〜1980年)
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1971年〜1980年
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1977年 1978年 1979年 1980年
1971年
200-20 事件名 470-55 事件の概要および詳細 230-25 その他参考サイトなど
1971年UFO情報 参考外部=>Think AboutIt- REAL(Category: 1971 Sightings)

参考外部=>UFOdna (UFO Sightings in 1971)

参考外部=>NICAP(1971 UFO Chronology)

参考外部=>intcat(INTCAT 1971 JAN- JUNE)

参考外部=>intcat(INTCAT 1971 JUL- DEC)
●ウディ・アトキンズ(実業家)謎の光体目撃事件(アメリカ) 1971年1月下旬, サウスカロライナ州ローレンスの近くで, ウディ・アトキンズ氏が謎の光体を目撃し, それを撮影した事件。

ノースカロライナ州シャーロットに住む実業家のウディ・アトキンズ氏(52歳)は,
この日(日付は不明), 仕事の関係でサウスカロライナ州のグリーンヴィルへ出かけた。
午後9時か10時頃, 彼はローレンス近くのI・26号線を出て, US・220号線を走っているときだった。道路からそれた左手上空に, 異常に大きな光体が浮かんでいるのに気づいた。
光はゆらめいてはいなかったが, 燃えるようなピンクがかった赤色で, やはり同じような色をした道路の照明灯の一つと同じくらいの光度だった。
見かけの大きさは, 地平線に出ている満月より大きめで, 地平線近くの西方に位置していた。
アマチュア写真家でもあるアトキンズ氏は, その物体の写真を撮ろうと, 車を停めて外に出た。
彼は車に積んであった2台のカメラを使って, 全部で5枚の写真を撮った。
写真を撮り終えてもなお
4,5分ぐらい, その物体を見つめていたが, 先を急いでいたため, 同じところに浮かんでいる物体をあとに, そこから立ち去ったという。
観察時間は,
8分間ほどであった。


(★ニコマートFTN, フジR100(ASA100)のフィルム使用。アトキンズ氏が気づいたのは一つの物体であったが, 写真には木々の向こうに小さく同じような物体が, もう一つ写っている。注)画像の白い縦線は, ページの境目)
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.45)』【「コンピュータ分析によるUFO映像」, 文:ウェンデル・スティーブンス】, 1979年
●ペテル・アリランタ(木こり)UFO宇宙人遭遇事件(フィンランド) 1971年2月5日, フィンランドで木こりのペテル・アリランタ(Petter Aliranata)ともう一人の仕事仲間が, 着陸したUFOとそこから降りてきた身長が1メートル足らずのヒューマノイドに遭遇した。

フィンランド(Finland)のキンヌラ(Kinnula)で, 働いていた木こりのアリランタは, 円盤のようなものが雪におおわれた地面に着陸し, そこから小さな生物がすべるように現れるを見た。もう一人いた仲間は, それを見逃していた。
生物は, アリランタの方に近づいてきた。その動作はぎごちなく, 歩幅も短かった。それはまるで, ロボットのように見えた。身長は1メートル足らずで, 90センチぐらいだった。
体は, 緑色の1枚でできた服でおおわれており, 頭まで包んでいた。頭部の前面にはレンズのようなものがあった。手は, 先端がまるく指は見えなかった。靴もその衣服の一部分のようで, 同じように緑色だった。
その人間に似たものは, 雪の上を変なふうに動いた。深い雪に足がうずまるはずだが, そんなことはなかった。
円盤の中には, 他のものたちがいるのが見えた。右側の窓をとおして, 3つの動くものが見えた。それは, 人間のような形をしていたが, 細かく見ることはできなかった。
ロボットのような生物は, 突然向きを変え, 円盤の方にもどり始めた。それを見てアリランタは, その生物を捕えようとした。しかし, その生物は空中に浮き, 円盤の中に入っていった
そして, 円盤は飛び去ったという。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.48)』【世界UFO研究誌論文集 -カナディアンUFOレポート- 「宇宙からの訪問者 4つの衝撃的報告」 , 訳:蒔田圭介】, 1979年



サイト:「Think AboutIt - REAL」から

参考外部=>Think AboutIt - REAL(1971: UFO with humanoid encountered by two forestry workers in Finland )

参考外部=>intcat(INTCAT 1971 JAN- JUNE)

参考外部=>ufoinfo.com(On This Day; February 5)

参考外部=>NICAP(1971 UFO Chronology)
●ドラギニャンUFO目撃事件(フランス)


『UFOと宇宙(No.4)』から
 
1971年3月29日の夜9時ごろ, フランス南部のドラギニャンで, 2人の若者が車中から50メートルの距離で滞空するUFOを目撃した。

フランス南部のドラギニャン(Draguignan)に住むアンドレ・ブショー(Andre Bouchaud- 23歳)とピエール・カラファー(Pierre Calafat- 25歳)は, 乗っている車の前方上空に滞空するまばゆい光る物体に気づいた。
車のヘッドライトが暗くなりはじめた。物体は最初に垂直に上昇し, 次に斜めに降下した。 これを3度繰り返し, 最後に150メートル離れたブドウ畑まで斜めに降下し, 地上10メートルくらいの高さに停止した。
2人は車で50メートルまで近づき観察した。2人と物体のあいだには大きな木が立っていた。 物体はレンズ形で直径は約12, 3メートルで高さが約2メートルで色は暗い赤色であった。
音はまったく聞こえなかった。物体は, ブドウ畑の上空に
約2分間とどまり, その後, 横揺れをはじめた。 そしてフラッシュのように瞬間的に飛び去ったという。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.4)』【ドラギニャンに出た円盤, 文:ジャン・シャセーヌ(Jean Chasseigne) / フランソワ・モル(Francois Noll), 訳:林陽】, 1975年


サイト:「Think AboutIt - REAL」から
【関連サイト検索キー: draguignan france, 1971, ufo

参考外部=>Think AboutIt - REAL(1971: Large reddish disc seen in Draguignan, France)

参考外部=>intcat(INTCAT 1971 JAN - JUNE)

参考外部=>zamanday olculuk. com (Large reddish disc seen at close range in Draguignan, France)

参考外部=>UFOdna(29 Mar 1971 - Draguignan, Provence- Alpes- Cote- d'Azur, France)
●ローズデール宇宙人目撃事件(カナダ)


(★画家のブライアン・ジョーンズが, 目撃者のクラッピソンにインタビューして描いたもの)
『宇宙人の死体写真集』から
1971年6月9日の満月の晩に, カナダのアルバータ(Alberta)州にあるローズデール(Rosedale)で, エスター・クラッピソン(Miss Esther Clappison)が自宅の近くで不思議なヒューマノイドを目撃した。

彼女は,
この夜自宅の窓から光が差し込むのに気づき, 正面のポーチに出てみた。
すると, 二本の道路が交差しているあたりに, 不思議な長方形の物体があるのに気づいた。彼女はよく調べるつもりで犬をつれて外にでた。
その物体は60メートルほど先にあり, 一面が四角く, 窓のように透明になっていた。 物体の内部には二人の小柄な人間らしいものがいた。そして, もう一人は物体の外にいて, 土でも拾っているのか腰をかがめていた。
クラッピソンが彼らを見つけたとたん, 物体の中の相手も彼女の存在に気づいたのか, 外の仲間に注意をうながす動作をした。 同時にもう一人は, 内部の計器パネルを自分の体で隠すような姿勢をとった。
彼女はもっと近づいてみようとしたが, 一緒の犬が必死に家に逃げ帰ろうと彼女を引っ張るので前に進めなかった。 それで弟を呼んでこようと考え, 家の中に入ってから振り返ると, そこにはUFOも小柄な宇宙人も姿を消していた。
翌日, UFOが着陸していた場所にいってみると, 6メートル以上の長さにわたり, 地面が焦げていたという。
彼女の証言によると, 物体(UFO)の幅は1.5メートル, 高さは2.4メートルで機体の一面が透明になっていたという。
目撃したヒューマノイドは, 身長が1.5メートル以下で, 頭から枕カバーをすっぽりかぶったような感じに見え, 目はまるでカギ穴そっくりだった。 筋肉とはおよそ縁のなさそうな体つきをしていて, オリーブグリーン色のスーツを身につけていた。
そして, 彼らは腕やひざの関節を曲げることをしなかったという。

【参考文献】
『宇宙人の死体写真集』【カナダに奇妙なスーツを着た宇宙人が出現】, 著者:中村省三, 1989年



サイト:「Think AboutIt - REAL」から
参考外部サイト⇒超魔界帝国の逆襲(ローズデール事件)

参考外部サイト⇒ゼロファイル(ローズデール事件)



(★画家のブライアン・ジョーンズが, 目撃者のクラッピソンにインタビューして描いたもの)
『宇宙人の死体写真集』から



【関連サイト検索キー: Rosedale, June 1971, ufo

【事件日:6月7日】
参考外部=>UFOs at close sight(JUNE 7, 1971, ESTHER CLAPPISON, ALBERTA, CANADA)


【事件日:6月9日】
参考外部=>Think AboutIt- REAL(1971: June UFO & Alien Sightings )

参考外部=>Portal Fenomenum(Em Ufologia, honestidade e tudo. Ao copiar material deste site cite a fonte, assim como fazemos em nosso site. Obrigado!)

参考外部=>intcat(INTCAT 1971 JAN- JUNE)

参考外部=>ufoinfo.com(On This Day; June 9)
●ネス湖フォイヤーズ湾UFO目撃事件(スコットランド)




『コズモ(UFOと宇宙)(No.8)』から
 
1971年8月16日, ネス湖(Loch Ness)のフォイヤーズ湾(Foyers Bay)を見下ろす森林内で, 異形なUFOとそれに乗り込む複数の怪人物が目撃された。

ジャン=オーヴ・サンドバーグ(Jan- Ove Sundberg)が,
8時30分ごろ発電所建設現場に向かう近道として, この森林を通り抜けようとしていたところ, 異様な物体を目撃した。
物体は10メートルもあり, 片方から曲がった部分が突き出ていた。まるで取っ手のついた巨大なアイロンのような形であった。
近くの茂みの中から, 身長が1.7メートルほどの3人の人物が出てきた。 3人は灰色の潜水服のようなもので, 頭からつま先までをおおっており, 話でもしているようだった。
やがて, 3人は動き出し, 物体の曲がった先の部分から中に入り姿を消した。物体は, 音もなく垂直に上昇し, やがて水平に高速で飛び姿を消した。

【参考文献】
『コズモ(UFOと宇宙)(No.8)』【「ネス湖おける悪魔ばらいの儀式とUFOの着陸」, 文:F・W・ホリディ(FW Holiday), 訳:増野一郎】, 1974年



『コズモ(UFOと宇宙)(No.8』から
【関連サイト検索キー: foyers bay scotland, 1971, ufo

参考外部=>FSR(EXORCISM AND UFO LANDING AT LOCH NESS)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1971: August UFO & Alien Sightings)

参考外部=>intcat (INTCAT 1971 JUL- DEC)

参考外部=>ufoinfo.com (On This Day; August 16)

参考外部=>UFOdna(16 Aug 1971 - Loch Ness, Loch, UK)
●デルフォス(カンザス州)UFO着陸事件(アメリカ)


サイト:「Openminds」から
1971年11月2日, カンザス州デルフォス近くの農家の裏庭にUFOが着陸した事件。

午後7時, デルフォス(Delphos)の近くの農家に住むデユーレル・ジョンソン(Durel Johnson)夫妻は, 台所で夕食の準備ができたので, 息子のロナルド(Ron Johnson- 16歳)を呼んだ。
ロナルドは, このとき裏庭の羊囲いの近くの地上60センチメートルの高さに浮かぶ輝く物体を目撃していた。物体はドームのついた高さ3メートルほどのもので, 表面から青, 赤, オレンジなどのきらめく色光を放っていた。その色光は激烈なもので, ロナルドと物体の間の地面は, 白昼光のように照らされていた。
ロナルドと愛犬スノーボールは, その場に立ちすくんで動けないらしく, まるで物体が何かの麻痺力を放射しているかのようだった。普段は鳴く犬が, 奇妙にも沈黙していた。
物体は
約5分間, 静止したまま震えるように光りながら, 古い洗濯機の振動音に似た音を放っていた。
突然, 底部が光った物体が上昇し, 家畜小屋の上でコースを曲げて, 上空に飛んでいった。スピードを増すにつれて物体は, 音を加速するジェット機のような高音に変化させた。
このとき, ロナルドは一時的に盲目状態になっていることに気づいたが,
数秒後に視力は快復したので, 家の中に走り込んで両親に物体のことを話した。
両親がロナルドと共に急いで外へ出てみると, 強烈な光体が遠い上空を急速に飛んでいるのが見えた。
物体が静止していたところの地面には, 不気味に光る輪が輝いていた。光る輪の直径は2.5メートルほどで, 近くの複数の樹木の低い部分も, まるで夜光塗料を塗ったように輝いていた。
看護婦であるジョンソン夫人が, 輪を形成している灰白色の物質に手を触れると, とたんに指がしびれてしまった。局部麻酔に似たようなしびれで, 二週間も続いた。そのため, 夫人は病院で患者の脈をとることができなかった。
【参考文献】
『UFOと宇宙(NO.17)』【「ピーター・フルコスの驚異的大発見! 」, 文:B・アン・スレート, 訳:久保田八郎】, 1976年



サイト:「UFOcasebook」から


サイト:「OpenMinds」から
【関連サイト検索キー: Delphos, Kansas, 1971, ufo

参考外部=>On This Day (November 2)

参考外部=>NICAP (Delphos, Kansas)

参考外部=>NICAP (Delphos, Kansas)

参考外部=>UFO casebook (1971, The Delphos Kansas UFO Landing Ring)

参考外部=>YouTube (The Delphos Kansas UFO Landing Ring, 1971)

参考外部=>Open Minds (Alleged UFO Landing in Delphos, Kansas)

参考外部=>ufo evidence. org(UFO Landings)

参考外部=>ufo evidence. org(Delphos, Kansas Landing Ring)

参考外部=>the black vault. com(Analysis of Soil Samples Related to the Delphos, Kansas November 2, 1971)

参考外部=>Think AboutIt - REAL(1971: Delphos, Kansas Landing Ring)
●ロテガロンヌ事件(フランス)

1971年11月14日, フランスのロテガロンヌ県のラシュブルで, 農夫のアンジェロ・セリョがトラクターで夜中の農作業中に, 多条光線を放つ怪しい飛行物体を目撃した。

フランスのロテガロンヌ県(Lot- Et- Garonne)マルマンド郡セーシュの北東12キロのところにある田園地帯のラシュブル(La Chapelle)で,
この日の夜中(午前2時ごろ), 農夫のアンジェロ・セリョ(Angelo Cellot)はトラクターで農作業中, 畑の中で頭上から近づいてきた怪しい物体から, 強烈な黄色の光で照らされた。
物体には一列に並んだ5つの強力な黄色い光りとその右横4, 5メートルのところに赤色の光があった。
恐怖を感じたセリョは, トラクターから飛び降り逃げ出したが, トラクターから約30メートルのところで, 物体は上昇し, もと来たコースを引き返していった。
物体は無音であったという。

【参考文献】
『コズモ(UFOと宇宙)』NO.1(創刊号)【「多条光線を放つ円盤」, 文:ゴードン・クレイトン】, 1973年
【関連サイト検索キー: Lot-et-Garonne FRANCE, 1971, ufo

参考外部=>LADEPECHE.fr(OVNI en Lot- et- Garonne)

参考外部=>intcat(INTCAT 1971 JUL- DEC)

参考外部=>On This Day(November 14)
1972年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
1972年UFO情報 参考外部=>Think AboutIt- REAL(Category: 1972 Sightings)

参考外部=>UFOdna (UFO Sightings in 1972)

参考外部=>NICAP(1972 UFO Chronology)

参考外部=>intcat(INTCAT 1972 JAN- JUNE)

参考外部=>intcat(INTCAT 1972 JUL- DEC)
●ブラウント島怪奇宇宙人遭遇事件(アメリカ)

1972年1月26日, フロリダ州ジャクソンビル(Jacksonville), セントジョン川(St. Johns River)河口にあるブラウント島(Blount Island)で夜釣りをしていた, 電気技師のノーマン・チャスティンが怪人に遭遇した。

ベテラン電気技師のノーマン・チャスティン(Norman Chastain- 60歳)は, 愛用のキャビンボートのシーキャンパー号に乗ってブラウント島に夜釣りに出かけた。
午前3時頃のこと, チャスティンは上空に現われたオレンジ色や緑色に点滅する光体を目撃した。その光体は, 停泊中のシーキャンパー号の上空50mほどのところで静止した。光体をよく見ると, それは円盤型で上部にドームをもった直径22mぐらいの物体であった。
船のけばけばしく飾りたてた照明のせいで, 円盤が近づいたのではないかと思い, チャスティンはシーキャンパー号の照明を消してみた。
すると, 円盤も光をパッと消した。やがて, 円盤の黒い影だけがゆっくりと動き出し, 向こう岸の断崖の方へと消えていった。
ところが, UFOに気をとられている間に潮が変わり, 船は岸に乗り上げてしまった。船を押し戻すの必要なテコとなる木を探しに, チャスティンは懐中電燈を手に暗い島に降りた。
幸いなことに適当な木が見つかったので, その木をかついで船にもどる途中, あと20mぐらいのところで, チャスティンは懐中電燈の光の中に, 異様な生き物が近くの茂みの中で蠢(うごめ)いているのを見た。
生き物は, 身長が約150cm, 大きな頭部, 角ばったアゴ, 先の尖った耳, ガラス玉のように光る眼, 口は半ば開いたような感じで, ぴったりした灰色の服はかすかに輝いていた。
怪物とチャスティンは,
数秒間, 凍りついたように相手を凝視しあったが, 怪物は突然右手に持っていた丸い器具を上にあげると, そこから怪光線を発射した。チャスティンは目がくらみ, 同時に首のあたりから体全体がしびれ始め, 立っていられなくなり, 草むらに倒れこんでしまった。
何ともいえない, スカンクよりもおぞましい匂いが, 彼の体や服にまとわりついていた。
チャスティンが, しびれからすかっり回復して歩けるようになったのは,
夜も開けて昼頃になってからだった。
船は, 潮が満ちて岸から15mほどのところに浮かんでいた。彼は力をふりしぼって泳いで船にもどり, 消毒剤で髪を洗い, いつまでも匂いの消えない服を捨てて, ようやくすっきりした気分になって家路についた。
それでも, 怪光線の後遺症か, 宙に浮くような奇妙な気分は残ったという。
事件から3日後の雷雨の夜, あのおぞましい臭いが, 彼の寝室の窓から入ってきた。窓を厳重に閉め, 銃を片手にを迎えたチャスティンが, そっと裏口から外へ出てみると, 何と裏の草地に, あの怪物の頭とそっくりな塊(かたまり)が5つキノコのように生えており, 例の耐えられない臭気を放っていたという。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.33)』【総力特集/ 私は宇宙人を見た! ; ブラウント島の怪物宇宙人】, 1978年



<この画像は, ここのUFO事件とは関係ありません>
サイト:「ikikuru.com(【画像あり】柴犬まるの3冊目の写真集が発売されるよ!)」から
【関連サイト検索キー: blount island, 1972, ufo

参考外部=>Think AboutIt - REAL(1972: January UFO & Alien Sightings )

参考外部=>UFOdna (26 Jan 1972- Blount Island, Florida, USA)

参考外部=>intcat (INTCAT 1972 JAN - JUNE)

参考外部=>chastain central. com(Chastain Alien Encounters )

参考外部=>ufoinfo. com(On This Day; January 26)
●テーゼ(クリュニー近郊)怪奇UFO目撃事件(フランス)


サイト:「nicap. org」から
1972年8月12日, フランス東部のクリュニー近くのテーゼで, キャンプをしていた約30人ほどの若者が, 奇怪なUFOを目撃した。

この日の夜8時, クリュニー(Cluny)から北へ10キロほど離れたテーゼ(Taize)でキャンプをしている約30人の若者のグループが, 丘の景色を眺めながら講堂で話し合っていた。
上空は雲が垂れこめていた。
午前2時ごろ, レナータ(Rennata)という女性が光のような星が近づいてくるのを見て仲間の注意を引いた。
講堂にいた一同がそれを見た時には, 物体は西側1.5キロほど先に見えるラ・クラ(LeCras)という丘の中腹で静止していた。
その物体は30メートルほどの長さで, 7つの黄色いライトが横一列に並んでいた。左側に物体の外にあるように見える2つのオレンジ色のライトがあった。
すると, 7つのライトのうちの5つが, 地面に向かってのびて, 下降するにつれて扇形に広がった。目撃者たちには, それが単なる光ではなく, 物体を支える柱のように見えた。また, 物体の右側から赤い閃光が現われ, すぐに消えたが, 3つの小さな円盤が新たに出現した。円盤の先端には赤い光の点があり, それが母船の周りを無計画にづっと動き回っていた。一部の目撃者は, 指やひざのあたりにピリピリした痛みを感じたという。
彼らがこれを
約1時間目撃したあと(午前3時ごろになっていた), 4人がもっと近くで観察しようと懐中電灯を手に畑を横切っていった。
彼らは, 3つの円盤が母船から30メートルを超えて移動することはなく, 母船からの右から2番目のビームの明るさの変化と円盤の赤い点のちらつきとの間には関係があることに気づいた。
4人は母船との中間ごろの位置まで進んでいった。するとそこに高さが5〜6メートルもある砲弾型の黒い物体があることに気づいた。その黒い物体の周りを赤い光の点がでたらめな軌道を描いて動いていた。
彼らのひとりが懐中電灯の光を黒い物体に向けると, 生け垣のところで光は突然折れ曲がって真っすぐに上に向かった。光を曲げた見えない壁のようなものから, 10メートルほど先のところに物体はあった。
4人全員が懐中電灯を使って物体に光をあてようとしたが, いずれも同じ結果(光が上に曲がってしまう)に終わった。恐怖にかられた4人が撤退しようと考えたとき, 母船の光が消えて3機の円盤も母船の中に消えてしまった。
1人が懐中電灯の光を合図のつもりで母船のほうに向けると, 母船から伸びているビームの1本が4人を照らすように上に向けられてきた。するとまぶしさと熱波に襲われた彼らは, 両手で顔をおおった。
その間に動き始めた物体(母船)は, 青みがかった輝きに包まれ, もの凄いスピード(毎秒3kmと推定)で, クリュニー方面に飛び去っていった。このとき,
4時40分であった。
【参考文献・サイト】
『X-ZONE(No.11)』【光が曲がる? UFOと超常現象】, 編集人:小河原和世, 1997年
「intcat (INTCAT 1972 JUL-DEC)」




『X-ZONE(No.11)』【光が曲がる? UFOと超常現象】から

【関連サイト検索キー: Taize France, Aug 1972 , UFO

参考外部=>open minds. tv (Science Channel explores 1972 French UFO encounter)

参考外部=>dad2059. wordpress. com (The UFO “Solid Light” Phenomenon)

参考外部=>intcat (INTCAT 1972 JUL- DEC)

参考外部=>NICAP (1972 UFO Chronology)

参考外部=>nicap. org (Numerous Witnesses Watch Landed UFO, Light Beams, Satellite Objects in Prolonged "Light Show")

参考外部=>UFOdna (12 Aug 1972 - Taize, France)
●ロボス島宇宙人目撃事件(ウルグアイ)




(★目撃されたUFOと3人の乗員)
(IIIust/CIOVI)
『宇宙人の死体写真集2』から
1972年10月28日, ウルグアイ(Uruguay)のロボス島の灯台のある建物の屋上にUFOが着陸して降りてきた3人の乗員を, 灯台の点検をしようとしていたファン・フェンテス伍長が目撃した。

このロボス島(Isla de Lobos)には高さ66メートルの灯台があり, 灯台の保守点検のため, ウルグアイ海軍の守備隊(4, 5名)をこの島に駐屯させていた。
この日の午後10時10分, ファン・フェンテス伍長(Corporal Juan Fuentes)は守備隊の本部から45メートルほどの距離がある灯台のある建物に, 発電機の点検に出かけた。
灯台は高さが6メートルほどの建物の上に立っていた。その建物の屋上は平らなテラスになっている。 フェンテスは, 不思議なことに誰もいないはずの建物の屋上に明かりが見えることに気づいた。不審に思ったフェンテスは本部に引き返すと, ピストルを携帯してふたたび灯台へと向かった。
フェンテスが近づくと建物の屋上には, ボウルを逆さまにしたような形の直径が4〜5メートルほどの奇妙な物体が着陸していた。
物体には上部にドームがあり, そこからコルクスクリューのような形のアンテナが突き出て回転していた。物体の色はマホガニーのように赤みがかっていた。着陸脚は望遠鏡のように伸縮式だったという。
そして, 物体からは白や黄色, そして紫色の光が放射されており, その光で, 物体のそばにいる人物が見えた。一人は立っていて, もう一人は物体の側面にあるドアから降りる途中だった。 そして3人目の一番背の高い人物が物体から降りようとしたとき, 先の二人がフェンテスに見られていることに気がついた。 彼らは互いに連絡し合ったように見えた。そして3人ともフェンテスのほうに顔を向けた。
フェンテスは, 建物まで約27メートルの距離にまで接近していた。携帯してきたピストルを3人にめがけて構えた。 すると, その瞬間フェンテスは不思議なバイブレーションを感じ, 体がマヒし銃撃することができなくなってしまったという。
3人が物体の中に入るとドアが閉まり, 物体はブーンという音をたてながら45メートルぐらいの高さまで垂直に一気に上昇した。 そして機体を傾斜させると, 底部から目もくらむような火の玉を放出して, ものすごいスピードで南東の方角へと飛び去っていった。
フェンテスは, 彼らの背後にあった機体の明かりで彼らを観察したので, 体つきや動作はよくわかったが, 顔の細部などはよくわからなかったという。彼らの外見で, 最も際立っていた特徴は, 後頭部が少し上に突き出て長細かったことである。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集2』【ウルグアイのロボス島に上陸したブラックスーツの宇宙人】, 著者:中村省三, 1991年



サイト:「ufoinsight.com」から


(★UFOが着陸していた灯台下の建物)
(IIIust/CIOVI)
『宇宙人の死体写真集2』から



【関連サイト検索キー: Uruguay, Isla de Lobos, 1972, ufo incident

参考外部=>ufo casebook. com(Alien Encounter at ISLA DE LOBOS, Uruguay, 10- 28- 1972)

参考外部=>ufo insight. com(The Isla De Lobos Lighthouse Incident)

参考外部=>ufo evidence. org(UFO Landings)

参考外部=>ufo evidence. org(The Isla De Lobos Case in Uruguay)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; October 28)

参考外部=>Think AboutIt - REAL(1972: Alien Encounter at Isla De Lobos, Uruguay )

参考外部=>ufo sightings daily. com(Military Sightings (51) Under Construction 24 of 51 finished

参考外部=>intcat (INTCAT 1972 JUL- DEC)
●メサ(アリゾナ州)の怪浮遊物体(アメリカ)
『UFOと宇宙(NO.27)』から
1972年11月11日の午前2時ごろ, アリゾナ州メサ(Mesa)の上空に浮かぶ謎の物体を何千人もの人が目撃した。

物体は, アイスクリーム・コーンの長いほうを上にしたような形で, 澄み渡った青空の仰角40度ほどのところにあり, 南から北へ非常にゆっくりと移動していた。 物体は
1時間ほど見ることができたが, 1分前には確かにあったのに, 次の瞬間には姿を消して2度と見えなかったいう。
また, メサで
2週間前に熱気球のコンテストが行われていたため, 気球ではないかと思われたが熱気球のコンテスト最終日は11月4日であり, この物体には支持索もゴンドラもなく, 色も形も違っている。
メサの気球クラブは, この地域のすべての気球を把握しており,
11月11日に気球を飛ばしたことはないし, 気球の飛行許可を申請した者もないとのことであった。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.27)』【「米アリゾナ州メサの怪物体」, 文:ウェンデル・C・ステーブンス, 訳:久保田八郎中村省三】, 1977年



サイト:「OpenMinds」から
【関連サイト検索キー: Mesa, Arizona, 1972, ufo

参考外部=>OpenMinds (1972 Mesa UFO Sighting)

参考外部=>proyectosigno. com(EI Avistamiento en Mesa, Arizona, 1972)

参考外部=>UFOdna (11 Nov 1972 - Mesa, Arizona , USA)

参考外部=>TRIPOD (UFO Reports 1970 - 1974)
●ジュディ・ケンドール(23歳女性)UFO誘拐事件(アメリカ) 1972年11月26日, カルフォルニア州ザモラにある自宅に車で向かっていた, ジュディ・ケンドールと2人の妹が, 4時間の記憶を失くした事件。

この日, ジュディ・ケンドール(Judy Kendall- 23歳)は2人の妹を後ろの席に乗せ, カルフォルニア州ボデガベイ(Bodega Bay)の祖母の家から, 自宅のあるザモラ(Zamora)に向かって帰宅していた。
彼女たちは,
夜8時頃に着くはずだったが, 実際に家に着いたのは真夜中をすぎていて, 両親に叱責を受けた。4時間の記憶が失われていたことに気づいたジュディは, 記憶をたどるうちに, カッチェ・クリーク橋(Cache Creek Bridge)を2度わたったことを思い出した。
不思議に思っていた彼女であったが,
3年後の1975年10月に, 「ベティ・ヒル事件」をドラマ化したテレビ番組を見て, 自分もそうなのではないかと思い, CUFOSアレン・ハイネック博士に手紙を書いた。そして, CUFOSのアルビン・ロウソン教授(Prof Alvin Lawson)立ち合いのもと, ウィリアム・マッコール博士(Dr William McCall)による逆行催眠を受けた。
それによるとジュディは
あの日, 車の中から外に浮き出て, 円い室内で目が覚めたという。その部屋の窓からは星が見え, 彼女は冷たい台の上に寝かされていた。部屋の中には, 車のギアチェンジのようなレバーがついたコンソールと, その前にあるバケットシートのような椅子が二つ見えた。左側には, 計器類がついたテーブルと黒い箱があった。
非常な寒さを感じた彼女の周りには, 奇妙な5人の生き物がいた。そのうちの一人は, 昆虫のような目玉と赤い血管が透けて見える青白い透明な皮膚の顔で, 顔の下半分は服で隠れて見えなかった。危害は加えないという声が聞こえてきたが, 何かメガホンを通して聞こえてくるような異様な声であったという。

(Copyright (c) 1979 by Judy Kendoll)

他の3人は, 最初の一人と同じような服を着ていたが, 昆虫のような目はしていなかった。5人目の人間は, 普通の地球人と同じような女性で, 身長が5フィート3インチ(約160cm)くらいで,青い目に長い黒髪で,グレイのスーツを着ていた。ジュディに,普通の英語でなだめるように話しかけた。その際, ジュディの名前を呼んだが, なぜジュディの名前を知っていたのか不思議だったという。
その彼女は, 昆虫のような目をした生き物に, 透明な液体の入ったチューブを渡した。それから, ジュディは身体に何かを突き刺されたり, 耳の中に冷たいものを入れらりたり, 様ざまな身体検査を受けた。
最後に, モーター音のする走査器械のようなものを顔の上にあてられ, 何も見えなくなった。それを取り除かれると, また目がみえるようになった。それから, 部屋の外に運び出されたと思った瞬間, ジュディは自分の車の運転席に投げ出されており, 彼女の妹の一人も突然, 彼女の横に座っていたという。
ジュディは非常に疲れた気持ちで, カッチェ・クリークの橋を2度目に渡り, それから約10マイル(約16km)北にある自宅に帰り着いた。
このロウソン教授とマッコール博士による逆行催眠を使っての調査が行われたのは,
1976年になってからである。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.50)』【全米UFOシンポジウム報告「会場をゆり動かした研究発表」, 文:冨川正弘】, 1979年
【関連サイト検索キー: Near Zamora California, Judy Kendall, 1972, UFO

参考外部=>the living moon. com(Pegasus Research Consortium The UFO Files)

参考外部=>That John Keel Kid(26 Nov 1972 - Zamora, California, USA)

参考外部=>alien hub. com(UFOnauts: The Strange Ones)

参考外部=>Think AboutIt - REAL(1972: November UFO & Alien Sightings )

参考外部=>intcat(INTCAT 1972 JUL- DEC)

参考外部=>UFOdna(26 Nov 1972 - Bodega Bay, California , USA)
1973年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
1973年UFO情報 参考外部=>Think AboutIt- REAL (Category: 1973 Sightings)

参考外部=>UFOdna (UFO Sightings in 1973)

参考外部=>NICAP (The 1973 UFO Chronology)

参考外部=>ufo insight. com (The 1973 Humanoid UFO Wave)

参考外部=>intcat (INTCAT 1973. JAN- SEP)

参考外部=>intcat (INTCAT 1973. OCT- DEC)
●F・E・ウォーレンAFBミサイル目標照準記録テープ消去事件(アメリカ) 1973年秋, ワイオミング州F・E・ウォーレン空軍基地(F.E. Warren AFB)に侵入したUFOにより, 3個の核ミサイル(ミニットマンV)の弾頭の目標テープの内容が消去された事件。

F・E・ウォーレン空軍基地(F.E. Warren AFB)にある20のLCC(発射管制カプセル)は, 各々10発の核ミサイルを管理していた。標準任務規定に従い, 各LCCはSAT(保安警戒班)をもち, SAT保安員はカプセルとミサイルを警護している。

ウォルター・F・ビリングズ(Walter F. Billings)は,
1970年代初頭, ワイオミング州シャイアン(Cheyenne)近くにあるF・E・ウォーレン空軍基地第90戦略ミサイル団(90th Missile Wing)所属の副指揮官(当時, 中尉)だった。

事件は1973年の秋のある日の夜遅い時間帯に起きた。ビリングズは, 地下の 「ゴルフLCC」 内で配置についていた。
その時, 彼と指揮官は, カプセル無線の緊急通報を聞いた。(UHF無線のスイッチは, 常にオンになっているため, SATや他のLCCと通話した場合, 20ヵ所すべてのLCCが, その会話を聞くことができる。)
「インディアLCC」 の発射要員が, 担当のSAT保安員に, インディアの10ヵ所のミサイル発射施設のうちの一つのセキュリティーゾーンの境界で起きたアラーム(警報)を調べるよう指示を出した。このアラームは, 何かがそのサイトの防護フィンス内部に侵入したことを意味していた。
SAT保安員が, 問題のサイロに急行した時, ビリングズは, 「インディアLCC」 発射要員が興奮して, そのセキュリティーゾーンの内部でもアラームが発せられたと報告するのを聞いた。これは, ミサイルランチャーそのものに何者かが侵入したことを示していた。
サイロに到着したSAT保安員らの報告によると, 驚くことに巨大な光り輝くUFOが上空に滞空しているという。LCCからSAT保安員に, 前進するのをやめて, 観察するだけにするよう忠告がされた。
SAT保安員は, UFOはオレンジ色に輝く大きな光で, その周囲に回転する色のついたライトがあり, 加速した時, オレンジ色が青白い色に変化したと話していたという。UFOは1分ほどして, ゆっくり数千フィート(1,000フィートは約305m)上昇し, その後高速で飛び去った。

ビリングズは, 問題のミサイルは徹底的に調査され, 3発のミサイル弾頭の目標テープの情報が消去されていたと述べた。
この時, ビリングズが使った 「目標テープ」 という用語はミニットマンT までで, ミニットマンV の誘導システムからは, 「プラグインシステム」 という用語にに置き換えられていた。(
1973年秋当時, LCCの半分以上がミニットマンT からVに変換されていた。)
しかし, 以前からいた軍人は新しい用語に慣れるまで, 新しいシステムを, 「テープ」 と呼ぶことがあったと, フィリップ・ムーア退役空軍中佐は語った。
【参考文献】
『UFOと核兵器』【第10章/ 70年代核関連UFO事件】, 著者:ロバート・ヘイスティングス, 監訳:天宮清, 2011年




サイト:「UFOs & Nukes」から
参考外部=>海外の妖しいBlog記事から (1973年核ミサイル基地にUFOが出現,攻撃目標情報を消去)

参考外部=>The UFO Chronicles (Yet Another Nuclear Missile Launch Officer Talks about UFOs at F. E. Warren AFB:)

参考外部=>Wikipedia(ミニットマン (ミサイル))

参考外部=>En. Wikipedia (LGM - 30 Minuteman)

参考外部=>En. Wikipedia (LGM - 30 Minuteman chronology)

参考外部=>Wikipedia (第90ミサイル航空団 (アメリカ軍))

参考外部=>En. Wikipedia (Francis E.Warren Air Force Base)

参考外部=>En. Wikipedia (D - 37C)



【関連サイト検索キー: F.E. Warren AFB, 1973, UFO

参考外部=>UFOs & Nukes (Yet Another Nuclear Missile Launch Officer Talks about UFOs at F. E. Warren AFB)

参考外部=>RRO (F.E. Warren AFB, Wyoming (1973 - 74))

参考外部=>UFOs & Nukes (The Documentary Film)
●ベダリード笑うヒューマノイド目撃事件(フランス) 1973年9月27日, 南フランスのボクリューズ(Vancluse)県アビニョン近郊にあるベダリード(Bedarrides)町のレアル山(Mont Real)で, キノコ採りにきていた男性が, 不思議な二人の笑うヒューマノイドを目撃した。

人口300人程のベダリート町のレアル山は, 山といっても実際は小さな丘で, 松やモミの樹木が沢山生えていて, めったに人が来ない場所である。
この日の午後5時30分ごろ, この丘に食用のキノコを採りにきていたA氏は, ある空き地に出たとき, そこはキノコの群生地になっていた。A氏はしゃがみこんで, そのキノコを調べてから立ち上がると, 空き地の外れ30メートルほど向こうに, 身長が1.2メートルぐらいの小柄な人影を見つけた。
その人物は, 地面にある何かをつかもうとしているように見えた。すると, その人物の背後の茂みから, もう一人が姿を現わした。二人はまるで, 双子のようにそっくりに見えた。茂みのせいで, 彼らの足は見えなかった。
彼らを子供だと思ったA氏は, ここにキノコがあることを大声で呼びかけた。すると二人は, 彼をじっと見つめた。そして二人で声を立てて笑うと, 身をひるがえして背後の茂みに逃げ込み, 体をかがめて走り去っていった。
A氏は, 二人がキノコを入れる籠を取りにいったのだろうと推測した。ところがすぐに(A氏の感じでは二人が姿を消してから, ほんの
2,3秒後であるという), 茂みから楕円形をした大きな物体が上昇してきた。
物体は, A氏から20メートルほどのところまで, 近づいてきた。色は鈍いブルーグレイで発光しておらず, 機体にマークのようなものはなかったという。長さ5メートル, 高さは2メートルほどで, かすかにヒューという音を立てながら, 地上から6メートルの高さまでゆっくりと垂直に上昇した。その際に, 地面の枯葉が巻き上げられていった。
物体は
1秒間ほど空中に停止し, その後, 全くの無音で北東の方向へ, ものすごいスピードで水平に飛び去ったという。
A氏が目撃した二人の小人は, 人間と同じように腕が2本あり, 歩き方もスムーズであった。首まであるベージュ色のオーバーオールを着ていて, ポケットのようなものは, 見当たらなかった。手の先はむき出しだったが, 人間そっくりであった。頭には黒いベレー帽のようなものをかぶっていた。耳がなかった点を除けば, 顔立ちはまったく正常に見えた。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集2』【第2章/ 今世紀の初めから世界中で起きていた宇宙人目撃事件;南フランスの山中で目撃された笑うヒューマノイド】, 著:中村省三, 1991年



サイト:「noufors.com(the mufon ufo journal)」から

【関連サイト検索キー: Mont Real in Bedarrides, Vancluse, France, September 27 1973, UFO

参考外部=>noufors. com (the mufon ufo journal)

参考外部=>intcat (INTCAT 1973. JAN - SEP)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1973: September UFO & Alien Sightings )

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; September 27)

参考外部=>NICAP (UFO Occupant Sightings)
●メルボルンUFO出現事件(オーストラリア)
1973年9月28日以降, メルボルン(Melbourne)にUFOが度々出現した。目撃は, ノース・メルボルン(North Melbourne)の工場と住宅が密集した小区域に集中した。

−1973年9月28日−
●キャニング・アパートの9階から, 星に似た輝く物体が観察された。物体は工場地区に向かって下降し, ガスタンク上空を浮遊した。

−1973年9月29日−
●まだ明るかった
午後6時30分, フランク・アレシオ(Frank A- 14歳)が, クィーンズベリー(Queensberry)にある自宅から出て南に2〜3ブロックのところで, 工場の上100フィート(約30m)ほどのところをゆっくり動いている大型円盤を目撃した。
物体は, 光沢のない金属的な色で, 周りには白いライトが並んでおり, 下面から弱い赤色光を発していた。物体はかん高い音を発し, 次第に薄れ始め, やがて消滅した。

(★1973年9月29日にフランク・アレシオが目撃したUFO)

−1973年9月30日−

●キャニング街94番地のアパートの3階のバルコニーにいた, ウェイン・クロンプトン(14歳)は,
午後6時30分頃, ガスタンクの2倍の高さを浮遊している, 鈍い光沢の灰色の金属的な物体を目撃した。
物体は厚い円盤または卵形で, 本体を3列の明かりのついた窓が取り巻いていた。物体の底からは赤色光がもれ, 赤熱状態にあるように見えた。
30秒後に物体は, ウェインが今まで聞いたことのないような高音を発し, ぼやけだして, やがて消えていった。

(★1973年9月30日にウェイン・クロンプトンが目撃したUFO)

−1973年10月1日−

午後6時30分頃, ウェイン・クロンプトンと同じアパートの4階に住む, ジム・チャリシウ(13歳)は, キャニング街の21階建てのアパートの方へ一直線に, ゆっくり近づいて来る葉巻型の物体を目撃した。その先端には, 3つの白いライトが点灯し, 後部には赤いライトが見えた。
物体はガスタンクに近づくにつれ, 高度を低くした。それがよく見えるようになると, それは20セント硬貨のようなコイン状の物体であることが分かった。
物体はガスタンクに接近すると, 底部全体を見せながら
数秒間浮遊し, そのあと猛スピードで高度を上げながら北の方角に向かい, 見えなくなった。

−1973年10月3日−
●ケルヴィン・ショー(Kevin Shaw- 少年)が,
この日の夜遅く目を覚ましたとき, 彼の兄以外に, 部屋の中に誰かがいることに気づいた。薄暗闇の中に二人の人物が見えた。それは, 大きなはげた頭, 顔には切れ長の目, 唇のない口, 小さなぺしゃんこの鼻があり, 耳は頭に押しつけられていた。
それらは, ケルヴィンのことをしばらく観察したあと, 片方の者が口を開き, 部屋中をワーンというかん高い音で一杯にした。その瞬間, 両方の人物はぼやけ始め, やがて消えてしまったという。その間, ケルヴィンの兄は目を覚まさなかったという

(★1973年10月3日の夜にケルヴィン・ショーの部屋を訪れた人物像)

−1974年1月24日−

●ジム・チャリシウ(13歳)と弟のジョン(10歳)とマリオ(8歳), 妹のステラの4人は,
1月20日と21日, および23日にガスタンク上空で目撃された飛行物体を, カメラを持ち, 待ちかまえていた。
すると物体が現われ, ガスタンクの上空を5回以上は回り, 次に上昇と下降を繰り返した。物体は2つの赤いライトと緑のライトが付いており, 断続的に点滅していた。
かれらは写真を撮るため, ガスタンクの見晴らしがよい, ジムの寝室になだれこんだ。物体を
10分間観察している間に, 2回急上昇を繰り返したあと, 大量の赤い火花を放出し, 信じられないスピードで夜空に消えていった。彼らが撮った2枚の写真には, UFOは全く写っていなかった。

(★1974年1月21日に目撃されたUFO)

−1974年3月18日−

この日の朝6時ごろ, フランク・アレシオ(14歳)の父, ジョー・アレシオは, 朝食を用意していると, 台所の窓越しに赤い光がそこら中に充満していることに気づいた。裏庭に出てみると, 大きな丸い物体が上空を浮遊しており, あたり一面を機体から発する光で赤くしていた。
物体は, イーイーイーという連続音を出していた。ジョーが見ているとすぐに, 物体は東の方角に移動を始め, ビルの陰に隠れて見えなくなった。

−1974年6月1日−
この日の午後7時30分, ノース・メルボルンで停電が起き, 工場地区の大部分と住宅地区の一部が暗闇に包まれた。午後7時45分, この事件を調査報告したジョージ・アラフーゾス(George Alahouzes)は, 極めて低い高度(21階建てのアパートの高さの2倍以下)で飛行している, ある物体を目撃した。物体の飛行音は聞こえなかった。
物体は太い葉巻に似ており, 胴体を横切って, 長く太い照明ラインが走っていた。それは, 中央近くでいったん上向きにカーブし, 再び平らになっていた。機体のいくつかのライトは, 飛行機のライトとは全く似ていなかった。物体はゆっくり西に飛行し, 見えなくなった。
数分もすると停電が終わり, 再び明かりがついた

(★1974年6月1日にジョージ・アラフーゾスが目撃したUFO)

−1974年9月4日−

●フランク・アレシオ(15歳)は, 黄色っぽい白色光をもらしながら近づいてくる大きな円盤を目撃した。中央部には, 横に一列の赤いランプが並んでいた。
物体は
数秒のうちにフランクのすぐ近くまで接近したので, まぶしさのため目をおおった。彼の視力が回復したときには, 物体は一つだけ離れた大きな雲の中に隠れ, 輝きを強めたり弱めたりしていた。すると, 物体が入り込んだ雲は色を変え始め, やがて完全に赤い色になると, 雲は消滅し, 物体は再び見えるようになった。
フランクがカメラを取って戻ってくると, ごろごろという大きな音が大気を揺すった。上空を3つの赤く輝く卵型の物体が, 三角形の編隊を組み, ものすごい速さで上昇していった。ごろごろという音は段々に強くなり, 大きな物体と3機の卵型物体は姿を消した。

−1974年9月24〜27日のある日
午後7時5分, ジョージ・アラフーゾス(George Alahouzes)の弟のアリス・アラフーゾスが, 窓ごしに約3秒間, 不思議な物体を目撃した。
その物体は, 肥ったオタマジャクシのようで, 後退角を持った翼が両側に付いていた。音を発せず, 胴体の内側の黒っぽいのを除くと, 全体は灰色であった。
彼の叫びを聞いてジョージがかけよったが, それは見えなかった。それでも二人が, 星空をながめていると,
午後7時15分に近くの工場が爆発した。巨大なきのこ型の炎を, 夜空に吹き上げた。ところが驚いたことに, 5分もたたないうちに火事はひとりでにおさまってしまった。消防隊はまだ到着しておらず, その工場は古く, スプリンクラーのような装置も備えてはなかったはずだが。

(★1974年9月24〜27日のある日の夜, アリス・アラフーゾスが目撃したUFO)

【参考文献】
『UFOと宇宙(NO.51)』【「宇宙人がメルボルンを集中観測か」, 文:ジョージ・アラフーゾス(George Alahouzes), 訳:望月信子】, 1979年

参考外部=>円盤工房 (UFO 資料データベース; No.1505)



【事件日:1973年9月29日】
参考外部=>intcat (INTCAT 1973. JAN - SEP)


【事件日:1973年10月3日】
参考外部=>intcat (INTCAT 1973. OCT- DEC)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; October 3)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1973: October UFO & Alien Sighting )
●パスカグーラUFO誘拐事件(アメリカ)


『UFOと宇宙(No.5)』から


(★宇宙船内での目玉のような身体検査装置)
『世界UFO大百科(ムー別冊)』から
1973年10月11日, ミシシッピー州の漁港パスカグーラに3人の宇宙人が現われ, チャールズ・E・ヒクスン(Charles E. Hickson- 45歳)とカルビン・R・パーカー・ジュニア(Calvin R. Parker Jr.- 18歳)の二人が円盤内に連れ込まれ, 観察後, 釈放された事件。
※)パスカグーラ(Pascagoula)はメキシコ湾に面した人口3万たらず(当時)の漁港。

造船所工員の二人が, パスカグーラ河畔の桟橋から夜釣りをしていると,
午後9時ごろ夜空から平べったい飛行物体が青いモヤを噴出しながら近づいてきて, すぐ近くの岸の地上, 約60センチのところに静止した。
物体にはドアのようなものは見あたらないのに, 人間の形をした3つの生物がいつの間にか現われ, 二人のほうに足を使わずスーッと近づいてきた。
二人は声を出すこともできず, 体を動かすこともできなかった。その3体の生物は皮膚が灰色っぽく, しわがたくさんあった。手の先はカニのはさみのようであり, 耳はとがっていた。
生物の一人がパーカーにさわったため, パーカーは, 恐怖のあまり気絶をしてしまった。
二人は, その3体の生物に持ち上げられて, 物体の中に連れ込まれた。滑空するみたいに感覚も重さも感じなかったという。
物体の中は, 照明などなくても非常に明るかった。ヒクスンは宙に浮いたような状態のまま, 目だけは動かすことができたが, 身動きができなかった。
すると, 大きな目玉のようなものが現われて, ヒクソンの体から25センチほどのところをあちこちに動き, 体中を撮影しているようだったという。
パーカーは, ヒクソンとは別な部屋に連れ込まれたが, 気を失ったままだった。
やがて
20分ほどが経過しただろうか。気がつくと二人は, 釣りをしていた, もといた場所にいた。
ヒクソンは立ち上ろうとしたが, 膝に力が入らず倒れてしまった。見ると宇宙船は, あっという間に, 夜の闇の中に姿を消してしまったという。
【参考文献】
『UFOと宇宙(NO.5)』【「円盤の中に連れこまれた男(2)」, 文:南山宏】, 1974年
『世界UFO大百科(ムー別冊)』【誘拐され, 身体検査された2人の造船工, 文:吉住元】, 1985年



サイト:「gulflive」から
参考外部⇒UFO事件簿 (パスカグーラル事件)

参考外部=>En. Wikipedia (Pascagoula Abduction)

参考外部⇒Bizarre and Grotesque (The 1973 Pascagoula Alien Abduction)

参考外部⇒ Open Minds (Remembering Charlie Hickson, a rare Pascagoula UFO abduction transcript)

参考外部=>YouTube (Pascagoula UFO Abduction 1973 News Story)

参考外部=>YouTube (WLOX Memories Pascagoula UFO Incident)

参考外部=>gulflive (Charles Hickson, famous for claimed Pascagoula UFO abduction, dies at 80)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; October 11)


 
(★事件現場のパスカグーラ河畔)
『UFOと宇宙(No.5)』から
●オムロ(ウィスコンシン州)謎のヒューマノイド出現事件(アメリカ) 1973年10月15日, ウィスコンシン州のオムロで,寝室に謎の人型生物(ヒューマノイド)が出現した。

この月は, アメリカ中でUFOフラップが起こっていた。
この日の早朝, ウィスコンシン州オムロ(Omro)に住むジョージ・ウィリス(George Willis)は, 奇妙なカン高い音で目が覚めた。
寝室がオレンジ色がかった赤色の光で照らされていた。そこに身長が90〜120センチのヒューマノイド(人間型生物)が3人, 機械的に動きまわっていた。
彼らは, はげた丸みを帯びた頭, 灰白色のしわのある皮膚, 大きな丸みを帯びた耳を有していた。
ウィルスはショックのあまり, しばらく気を失ってしまう。次に気がつくと彼は, 壁に立たされ動くことができなかった。 そして, この生物たちに不思議な卵型をした機械のような物で, 彼の全身を調べられていた。 彼が足元をのぞくとその物(機械)を通して, 自分の足の骨が見えたという。
そして彼は, 頭痛とともに再び気を失ってしまう。目を覚ますと朝になっていて, 寝室の照明はついており, 寝具にはきちんと折り目がついていたという。
【参考文献・サイト】
『UFOに関する極秘ファイルを入手した。』【第6章/ 異次元からの来訪者を追う】, 著:リチャード・ホール, 訳:青木日出夫, 1989年
・サイト:「intcat(INTCAT 1973. OCT-DEC)」

参考外部=>intcat (INTCAT 1973. OCT- DEC)

参考外部=>NICAP (The 1973 UFO Chronology)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1973: October UFO & Alien Sighting)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; October 15)
●アセンズ着陸UFO発砲事件(アメリカ)
【ダニエルズビル(ジョージア州)事件】
1973年10月17日の深夜, ジョージア州アセンズに住む車販売業者のポール・ブラウン(Paul Brown)が, 深夜国道を走行中に強烈な光とともに着陸した円盤から降りてきた2人の乗員に, 恐怖からピストルで発砲した事件。

この夜, ポール・ブラウンは, ジョージア州のダニエルズビル(Danielsville)付近の国道29号をカーラジオでワールドシリーズを聞きながらドライブしていた。
突然, 放送が消えて, 空一面が強烈に輝いた。見上げると, 上空約60mの位置に奇妙な飛行物体が見えた。
ブラウンはそれを飛行機が故障したのだろうと思ったが, その物体はものすごいスピードで降下し, 車の前方30m以内に近づいた。
それは飛行機ではなく, 目もくらむほどの光をはなつ幅4.5m, 高さ1.8mほどの円盤型物体であった。
突然, 2人の "人間" が物体から降りて現れた。光のためどうやって降りたかは不明である。2人とも身長は約1.2mで, 銀色のユニフォームを着ているようだ。足首のところは締まっていて靴をはいていた。 銀色の手袋をはめて, 髪はまっ白だった。
光のため, 顔付までは不明であったが赤味を帯びていたようだ。
恐怖を感じたブラウンは, 車中にあったピストルを取り出し, ドアを開け外に出て狙いを定めると, 2人の怪人はあわてて物体の方へ逃げ帰った。
物体の光が消えたので, ブラウンは物体めがけて2発を撃った。弾丸は当たらなかったようで, 物体(UFO)は上昇し夜空に消えていった。
この事件が, ほとんど広まらなかったのは, この月(
1973年10月)には, 各種の新聞が米国中からの多くのUFO情報で埋まっていたからである。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.24)』【「カーター大統領はUFOを見た! 」,文:ハリー・ヘルムス, 訳:久保田八郎】,1977年



サイト:「UFO INSIGHT」から
【関連サイト検索キー: Danielsville Georgia, Paul Brown, 17 Oct 1973, UFO

参考外部=>UFO INSIGHT (The 1973 Humanoid UFO Wave - A Case Study)

参考外部=>un explained - mysteries. com (Man who said he was abducted by aliens dies)

参考外部=>Ufo Research Network (ALIENS OF 1973)

参考外部=>NICAP (The 1973 UFO Chronology)

参考外部=>UFOdna (17 Oct 1973 - Danielsville, Georgia, USA)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; October 17)


参考外部=>intcat (INTCAT 1973. OCT- DEC)
●フォークビル事件(アメリカ)
【銀色の服を着た宇宙人撮影事件】



(★グリーンハウが撮った4枚の中の1枚)
『UFOと宇宙(No.10)』から
1973年10月17日の夜, アラバマ州フォークビル(Falkville)で若い警察署長のジェフ・グリーンハウ(Jeff Greenhaw)が, 道路上にいた全身銀色の服を着た宇宙人に遭遇し, それを撮影した事件。

フォークビルの警察官グリーンハウの家に,
午後10時ごろ同町の西半マイル(約0.8キロ)のところに住む婦人から電話がかかってきた。点滅するいくつかの光を放つ宇宙船が同家の裏の方の原っぱに着陸したとのことであった。
その夜, 同地サウス・モーガン群一帯でも空飛ぶ円盤らしきものを目撃したとの電話がいくつもかかってきていたので, グリーンハウは買ったばかりのポロライド・カメラをひっつかんでパトカーで飛び出していった。
砂利の多い道路を一刻も早く現場に行こうと, 懸命になって車を運転していると, 坂をくだったところで, バッタリと道の真ん中に立っている異様な 「人間」 に出くわしてしまった。
その異様な 「人間」 は, 身長6フィート(約1.8メートル)くらいで人間と同じような体つきをしているが, 全身をスズ箔のような銀色のもので覆われていた。
頭には, 短いアンテナのようなものも見えた。グリーンハウは, 何かのいたずらだと思い50フィート(約15メートル)のところまで近づき車を降り声をかけた。すると, 相手は答えず, 横にゆらゆら揺れるようにしてこちらに歩いてきた。
持ってきたポロライド・カメラでグリーンハウは, 1枚目の写真を撮った。6メートルの距離でもう1枚の写真を撮った。相手は, すぐ近く(約3メートル)まできて, 両者は向かい合う形になった。
ここで,グリーンハウはさらに2枚を撮った。相手はロボットのようにぎごちない動きかたをしたが, 音は発しなかった。
グリーンハウは, 恐怖から体が硬直したが, 思いついてパトカー上の赤色の回転灯をパッとつけてみた。すると, 相手は急に向きを変えて, 南へと道路を走り去っていった。
パトカーに飛び乗り, 追跡を開始したグリーンハウは, この時点で生物がUFOの乗員ではないかと思い当たったという。なにしろ, 追いつけないのだ。
その相手は, これまで見たことのある誰よりも走るのが速かったという。
そのうち, パトカーは砂利で失速し, 目をはなした隙に相手は闇のなかに消えてしまった。

【参考文献】
『UFOと宇宙(No.10)』【「銀色の服を着た宇宙人」, 文:高梨純一】, 1975年

『宇宙人の死体写真集』【シルバースーツの宇宙人を警察署長が撮影】, 1989年, 著:中村省三
参考外部⇒UFO事件簿(フォークビル事件)



(★消防服(空港の消防士が用いる特性のもの)を着こみ,顔と足先にアルミ箔をまといつけて撮影したもの)
『UFOと宇宙 (No.10)』から


【関連サイト検索キー: Falkville Alabama, Jeffrey Greenhaw, oct 1973, ufo

参考外部=>NICAP (Falkville, Alabama "Entity: / Jeff Greenhaw Case; Oct. 17, 1973)

参考外部=>ufo casebook. com (1973 - The Alabama Tinfoil Alien)

参考外部=>FANDOM (Alabama 1973 encounter)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1973: The Alabama Tinfoil Alien )

参考外部=>intcat (INTCAT 1973. OCT - DEC)
●軍用ヘリコプター葉巻型UFO遭遇事件(アメリカ)
【コイン陸軍少佐吊り上げ事件】



(★コイン少佐によるUFOのスケッチ)
サイト:「Think AboutIt- REAL」から
1973年10月18日, オハイオ州のマンスフィールド(Mansfield)上空で軍用ヘリコプターが葉巻型UFOに遭遇し, ヘリが600メートルほど吊り上げられた事件。

陸軍予備ヘリコプター部隊316医療支援(野戦病院)の指揮官だったローレンス・コイン少佐(Captain Lawrence J. Coyne)以下4名の軍関係者が, オハイオ州ポートコロンバス(Port Columbus)の航空基地からクリーブランド(Cleveland)のホプキンス(Hopkins)基地に向かって飛行していた。

この日の23時10分ごろ, 高度800メートルで, ヘリに高速で近づく赤く輝く飛行物体を4人が目撃し確認した。
衝突をさけるためコイン少佐は, ヘリを高度500メートルまで急降下させた。すると, 飛行物体はヘリに張り付くかのように, 真上で停止した。
物体は, 長さが15〜18メートルほどの葉巻型をしていた。
数秒後, 飛行物体はヘリから離れ, 北方へ飛び去った。
安堵したコイン少佐だったが, 軍用ヘリの高度計が1,100メートルを指していることに気づく。なんと, ヘリが
数秒間で600メートルも吊り上げられたのである。
目撃報告から, UFOの先端は赤く輝き, 中央上部はドーム状で後部からは緑色の光を発していた。窓や吸引口, 翼, 尾翼, 識別マークなどいっさいついていなかったという。
他の乗務員ともども, 信頼性の高い人物が事件の当事者であったため, 国防省は 「まぎれもないUFOの目撃例として, 我々の記録にとどめるだろう」 という声明を発表した。 珍しくUFO出現を否定しないコメントを出した事件となっている。
また, 事件から
3年後, この事件を地上から目撃していたという家族が発見された。
【参考文献】
『戦慄のUFO&宇宙人ミステリー99』, 監修:南山宏, 2010年



サイト:「richlandsource.com」から


サイト:「#UFO Case Files Blog」から
参考外部サイト=> 怖話 (【1973年】 コイン陸軍少佐吊り上げ事件)



【関連サイト検索キー: Coyne, Helicopter 1973, ufo Incident

参考外部=>ufo insight. com (The 1973 Mansfield Coyne Helicopter UFO Incident)

参考外部=>Parabunk (The 1973 Coyne / Mansfield helicopter UFO incident finally explained)

参考外部=>ufo casebook. com (Coyne Helicopter / UFO Incident)

参考外部=>cleveland ufo. com (Coyne Helicopter Incident - 1973 - Epilogue)

参考外部=>huffpost. com (Army Helicopter's UFO Scare Still A Mystery, 40 Years Later)

参考外部=>richland source. com (UFOs over Richland County: 1973)

参考外部=>#UFO Case Files Blog (The Coyne Helicopter and UFO Incident, Mansfield, Ohio, 1973)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1973: Coyne Helicopter Incident )

参考外部=>YouTube (Coyne UH - 1H Helicopter UFO Incident 1973)

参考外部=>YouTube (Sightings - Military aircraft attacked over Mansfield, Ohio)
●ドラギニャンの怪事件(フランス)




《UFO傑作画へ》
1973年10月19日の夜, フランス南部のドラギニャンで, 山頂に光球を目撃した若者の仲間が, 2台の車で山頂に向かったところ不思議な怪物に遭遇した。

場所は, フランス南部のドラギニャン(Draguignan)の北にある標高500メートルほどのマルモン(Malmont)山でおこった。

1973年10月19日の夜
, マルモン山頂からの風景を楽しもうとドラギニャンに住む青年がガールフレンドを後ろに乗せバイクで頂上近くの見晴し台に向かって走っていると, 500メートルほど左側の空中に明るいオレンジ色の光球が出現し, バイクと同じ方向に飛び始めた。
バイクをおり観察していると, 光球は山頂まで飛び消えたが, 山頂には赤い輝きが残った。 こわくなった二人はドラギニャンに戻りUFOに興味のある友人にこの話をした。
友人の仲間4人が2台の車で山頂近くの見晴し台に向かった。 到着すると, いつでも下山できるように車の向きを変えてからライトを消し車をおりると, そこから80メートルはなれた山頂にボーッとひろがる白い光に気づいた。
その輝きから不思議な音(ラジオのピーという雑音に近い)が聞こえてきた。 そのとき, 4人は突然熱くなって, 一種の熱波を感じた。
続いて山頂に赤い光が現われ, 見晴し台に至る山道をおりてきた。 非常に重い人間が歩き小石をザクザクと鳴らすような音がはっきり聞き取れた。
4人は物陰に隠れ赤い光を見ていると, 高さ3メートルもある黒い人影が赤い光と一緒に動いているのを目撃した。
車まで25メートルほどまで近づいた怪物は, 何かを拾い上げるように立ち止まり, やがて動きをとめ, 赤い光も不思議な音も消した。
暗闇の中で小枝の折れる音や, 車の1台が何度かゆさぶられる音がした。
4人はたまらなくなり, 逃げろという合図とともに車に駆け込み, エンジンをかけた。
結局のところ, 4人は無事逃げおおせたのであるが, その逃げる間にも不思議な恐怖体験をした。

【参考文献】
『UFOと宇宙(NO.15)』【「ドラギニャンの怪事件」, 文:J・シャセーニュ(J. Chasseigne), 訳:増野一郎】, 1975年



サイト:「historydisclosure.com」から
【関連サイト検索キー: draguignan france, october 1973, ufo

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1973: October UFO & Alien Sighting )

参考外部=>intcat (INTCAT 1973. OCT - DEC)

参考外部=>UFOdna (19 Oct 1973 - Draguignan, Provence - Alpes - Cote - d'Azur, France)

参考外部=>history disclosure. com (1973, France: The Draguignan Alien Encounter)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; October 19)

参考外部=>NICAP (The 1973 UFO Chronology)
●グリーンズバーグUFO怪物目撃事件(アメリカ)


サイト:「ATS」から
1973年10月25日, ペンシルバニア州グリーンズバーグでジョージ・コワルチクスと少年2人が, 着陸している円盤と, 近くにいた毛むくじゃらの2匹の怪物を目撃した事件。

アメリカのペンシルバニア州グリーズバーグ(Greensburg)で,
この日の夜9時ごろ, 畑の上空に赤く輝く球体が近所の住人により目撃された。
目撃者の一人ジョージ・コワルチクス(George Kowalczyk- 22歳)は, 近所の少年2人を連れ現場に行ってみることにした。
球体は畑へゆっくり下降していた。近くの丘についた3人はほとんど着陸しているように見えるその物体を見つけた。それは直径が30mぐらいのドーム型で大きな泡のように見えた。物体からは, 白い光が出てあたりを明るく照らし出している。そして, 芝刈り機のような音をたてていた。
突然, 少年の1人が, 右手の柵のそばをのそのそと歩く2つの影を見つけ, 叫び声をあげた。
スチーブンにはよく見えなかったが, 熊ではないかと考えた。かついできたライフルには曳光弾を1発こめていたので, 2つの影の頭上めがけて発射した。
すると, 曳光弾の光の中に, 奇妙な生物が浮かび上がった。それは黒っぽい長い毛で全身がおおわれている2匹の怪物であった。
身長は1匹が2m, もう1匹は2.5mほである。目は黄緑色で, 両腕は地面につきそうなほど前にだらんと垂らしていた。 小さい方の怪物は,大きい怪物に遅れないように大またで歩いているように見えた。
2匹とも赤ん坊のような哀れっぽい声を出して, ゴムの焼けるような異臭があたりにただよっていた。
2匹の怪物たちは, 3人のほうに向かってゆっくり進んでくる。スチーブンは怪物の頭上めがけて, ライフルを発射した。 それから覚悟を決めると, 大きいほうの怪物に3発の銃弾を発射した。
その間, 少年たちは彼のそばで震えていたが, 1人は家に向かって逃げていった。
銃弾を受けた怪物は, 哀れっぽい声を出すと右手を上げ, もう1匹に触れるような動作をした。 それから怪物たちは, ゆっくり向きを変え, 森の方へ去っていった。
気がつくと, 白い光を出して輝いていたUFOは, いつの間にか消えてしまい, 芝刈り機のような音もやんでいたという。
この事件の後, 牛や馬はその場所に近づこうとしなくなった。
【参考文献】
『UFOと宇宙(NO.33)』【総力特集/ 私は宇宙人を見た! (毛むくじゃらの怪物とUFO)】, 1978年



サイト:「Skeptical Inquirer」から

参考外部⇒怖話 (グリーンズバーグ事件)



【関連サイト検索キー: greensburg, Bigfoot ,25 october 1973, ufo

参考外部=>bigfoot casebook. com (CHRONICLE OF THE BIGFOOT / UFO PARADIGM)

参考外部=>ATS (Bigfoot ... An Alien? A story I never heard and right down the road from me!! )

参考外部=>TRIPOD. (25th Anniversary Of Truly Scary Pennsylvania UFO Encounter)

参考外部=>Skeptical Inquirer (Bigfoot as Big Myth: Seven Phases of Mythmaking)

参考外部=>MAC'S UFO NEWS (The 1973 Pennsylvania UFO - Bigfoot Encounter)

参考外部=>intcat (INTCAT 1973. OCT - DEC)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; October 25)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1973: October UFO & Alien Sighting )
●ディオニシオ・ランカ(トラック運転手)宇宙人遭遇事件(アルゼンチン) 1973年10月28日, トラック運転手のディオニシオ・ランカが, アルゼンチンのブエノスアイレス州バイアブランカ(Bahia Blanca)で, タイヤの交換をしているときに宇宙人に遭遇した。

トラック運転手のディオニシオ・ランカ(Dionisio Llanca- 25歳)は,
10月28日の朝, 完全な記憶喪失状態で, バイアブランカ(Bahia Blanca)の市立病院に運びこまれた。
3日後 に記憶を取り戻した彼は, 10月28日に起こった驚くべき体験を話し出した。
10月28日(日曜日)の深夜1時15分, 彼は建設機材を積んだトラック- Dodge 600のタイヤを交換するためにトラックを停止させた。場所は, バイア市(Bahia city)から18キロのところだった。
彼はジャッキなどを取りだしタイヤの交換を始めた。すると, 道路が一斉に黄色い光で照らされた。 それを車のヘッダライトだと思ったディオニシオは作業を続けた。
数秒後, その光がもの凄く明るくなり, 電気アーク溶接と同じような青みがかった色に変わった。
ディオニシオは麻痺して, 体を起こすことができなかった。見ると近くに皿のようなUFOが浮いており, 3人の人間が彼を見ていた。
3人の中の1人は, 長い髪と胸のかたちから女性に見えた。3人とも身長が1メートル70〜75センチメートルで, 同じグレイ色の服を着て, 黄色の靴をはいていた。 長い手袋は腕のまん中まであった。そしてベルトや武器, ヘルメットなどは持っていなかった。
彼らの顔は, 額が高く, 目は細く, 少しつりあがっていた。そして, 抑揚のないよく響く声で, ディオニシオには分からない言語で話していた。
彼らの1人が, ディオニシオの首のところのセーターをつかんで, 彼を起こしたが, さほど暴力的ではなかった。ディオニシオは声が出すことができなかった。他の1人が, チューブのついた小さな装置を, 彼の人差し指のつけ根に,
数秒押しつけた。痛くはなかったが, 後に2滴の血が残ったという。
そして, 彼らが去った後のことは, 覚えていないという。
その後, ディオニシオは, 催眠術で調べたところ, 宇宙船に乗せられたらしいことが判明した。
【参考文献・サイト】
『UFOに関する極秘ファイルを入手した。』【第5章/ 連れ去られた男たちの証言】, 著:リチャード・ホール, 訳:青木日出夫, 1989年
・サイト:「Think AboutIt - REAL(1973: Occupant Encounter In Argentina )」
・サイト:「intcat(INTCAT 1973. OCT - DEC)」



サイト:「Think AboutIt - REAL」から

【関連サイト検索キー: Bahia Blanca Argentina, Dionisio Llanca, 1973, UFO

参考外部=>YouTube (Ovni caso Dionisio Llanca 1973. Bahia Blanca)

参考外部=>noufors. com (Occupant Encounter In Argentina)

参考外部=>ufoholic. com (Dionisio Llanca - The Truck Driver Abducted by Three Blonde )

参考外部=>UFO Evidence (All Cases: Sorted by Most Recent First)

参考外部=>Cryptid Wiki (Alien Sightings of Argentina)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1973: Occupant Encounter In Argentina )

参考外部=>intcat (INTCAT 1973. OCT - DEC)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; October 28)
●ゴフスタウン宇宙人遭遇事件(アメリカ) 1973年11月2日と3日, ニューハンプシャー州ゴフスタウンで, 2日連続して起きた宇宙人遭遇事件。

11月2日の午前2時45分, リンダ・モレル夫人(Mrs Lyndia Morel- 20歳)は, ニューハンプシャー州マンチェスターの勤務先を退出し, 自宅のあるゴフスタウン(Goffstown)に向かけて車を運転していた。
モレル夫人は, 西の方角の夜空に黄色い光体を見つけたが, その光体はビルや街路樹にさえぎられて見えなくなった。
しかし, 彼女が商業地区を通り抜けノース・マスト通りにきたとき, その光体はモレル夫人の真っ正面に姿を現わした。そして, 光体は大きさを増しながら接近してきた。
モレル夫人は, ピーッというかん高い音が聞こえ, 体中がピリピリするような感覚に襲われた。光体はさらに近づいてきたので, その形状がはっきりわかるようになった。
それはオレンジ色の球体で, 表面に蜂の巣のような六角形の模様があった。 そして全面の中央より少し上の部分に楕円形の透明な窓があり, その窓のなかに一人の乗員が黒い装置を前にして, こちらを向いて立っているのをモレル夫人は見ることができた。
乗員の顔は丸顔で, 皮膚は象のように皺だらけであった。目玉は卵形で大きく, その目はまるで彼女に語りかけてくるようだったという。
モレル夫人の車は, 急にコントロールがきかなくなったが, なんとか近くのボードロン家(Beaudoin house)の正面の芝生に停車することができた。
モレル夫人が助けを求めて, ボードロン家の玄関を目指して走る間にも, UFOからのビーッというかん高い音が聞こえ, 体がその音のほうに引寄せられるような感じがしたという。
ボードロン夫妻は, 家の裏口から聞こえるモレル夫人の叫び声を聞いてドアを開けると, 彼女を家の中に入れ, 急いでドアに鍵をかけた。
ボードロン夫妻が, 彼女の話を理解するまでには, しばらく時間がかかったが, 警察に連絡した。
警官がすぐに駆けつけてきたが, すでにUFOはどこかに飛び去っていたという。

(★リンダ・モレル夫人が目撃したUFOと宇宙人)
(IIIust/ ”ENCOUNTERS WITH UFO OCCUPANTS”)

翌11月3日にも, またしてもゴフスタウン(Goffstown)でUFOが目撃された。
午後7時30分ごろ, レックス・スノー(Rex Snow-30歳)と妻のテレサ(Theresa)は, 天体望遠鏡で火星の観察をしていると, ラジオ局の送信塔の上に浮かんでいる, 明るく輝く円盤型の物体を目撃した。
その円盤の周囲には赤く輝く窓が少なくとも4つ並んでいたという。
そして,
その日の真夜中過ぎのことである。スノー家の人びとは不思議な気配を感じ目を覚ました。 愛犬のジャーマン・シェパードが哀れっぽい鳴き声をたてて騒いでいた。
テレサはレックスに, 犬をちょっとの間, 外にだすよう頼んだ。レックスが寝室のドアに近づくと, まぶしい光がドアの下から差し込んでいた。 ドアを開けると, 台所につながっている廊下全体が柔らかい光に包まれていた。
台所にいくと, その光はブラインドやカーテンの向こう側から流れ込んできているようだった。 レックスは, 家の外が火事なのではないかと思い, 急いで台所にある裏口の窓のところにいき, カーテンをかき分けて外の様子を観察した。
すると, 驚いたことに外には銀色の服を顔まですっぽりかぶり, まるでKKKの団員のような格好をした小柄な二人の生物がいた。
彼らの体は白く発光していて,その柔らかい光が家の中に入ってきていたのだ。彼らの耳は尖っていて, 目の部分は卵形に黒く, 鼻と思われるところは大きく盛り上がっていた。彼らの服は, ブーツ以外, すべて一つながりになった縫目のないものでできていた。
二人のヒューマノイドが立っている場所は, レックスから18メートルぐらい離れていた。 レックスは寝室に駆け込み, 拳銃に弾をこめ, 急いで台所のところに駆け戻った。愛犬のジャーマン・シェパード(German Shepherd dog)が興奮して跳びはね, しきりに吠えたてていた。
レックスは 「侵入者たちにとびかかれ」 と犬に命じて, 裏口のドアを開けた。 犬は勢いよく怪物たちのいる場所へ走っていった。
犬が9メートルぐらいまで近づくと, 彼らは作業を中断して, 襲いかかろうとする犬を睨みつけた。 とたんに犬はぴたっとその場に停止してしまった。犬はまた前進したが, 彼らに睨まれると, すぐに動きを止めた。
何回かこれを繰り返して, 犬はすごすごと裏口に戻ってきた。そして, 台所の床に腹ばいになると, 背中の毛を逆立てて哀れっぽく泣き続けた。
レックスはものすごく怖くなり, 手が震えて拳銃をまともに握っていられないほどだった。 彼は妻を大声で呼んでみたが, テレサは恐れおののいて寝室から離れようとしなかった。
一方, 二人のヒューマノイドたちは, 中断していた作業を再開した。木立のそばの地面から何かを拾っては,大きな銀色の袋に入れる。
そして, 一人が大きな懐中電灯のようなもので地面を照らし, ときどき動きを止めて, その場所を照らし続け, もう一人がゆっくり屈んで, 何かを拾いあげて袋に入れる。
それらの動作はまるでスローモーション映画を見ているようだったという。
しばらくすると, ヒューマノイドたちは唐突に作業を止め, 木立の中を歩み遠ざかって消えていった。

(★レックス・スノー氏が目撃した宇宙人)
(IIIust/ ”OFFICIAL UFO” Aug.1975)

【参考文献】
『宇宙人の死体写真集2 』【ゴフスタウンで二日連続して起きた宇宙人遭遇事件】, 著者:中村省三 , 1991年
【関連サイト検索キー: goffstown, november 1973, ufo incident

参考外部=>UFO INSIGHT (The 1973 Humanoid UFO Wave - A Case Study)

参考外部=>Phantoms & Monsters (The Lyndia Morel Encounter - Goffstown, NH)

参考外部=>the black vault. com (The 1973 UFO Encounter of Lyndia Morel)

参考外部=>NICAP(The 1973 UFO Chronology)

参考外部=>ufo casebook. com (The 1973 UFO Encounter of Lyndia Morel)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1973: November UFO & Alien Sightings )

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1973: Lyndia Morel Encounter )

参考外部=>intcat (INTCAT 1973. OCT - DEC)
●ココヨクUFO着陸事件(メキシコ)


『UFOと宇宙(No.25)』から
1973年11月3日, メキシコのモレーロス州ココヨクにて奇妙な形のUFOが目撃撮影され, そのUFOが着陸した事件。

メキシコ人のヒメネス夫妻(仮名)は, 子供と子守りのローサを連れて行楽地ココヨク(Cocoyoc)に出かけたが,
この日が日曜日のため, 渋滞をさけるため早めに自宅のあるメキシコ市に引き返すことにした。
午後4時45分ごろ, モレーロス州のココヨク(Cocoyoc)とカステベク (Caxtepec)間の国道を走っていたとき, 夫人が空中に奇妙な物体を目撃した。
よく見ようとして, ヒメネス氏は車をとめて外に出た。それは, 実に奇妙な形の物体で, 彼らを観察しているかのように非常にゆっくりと降下していた。
まるでナシをさかさまにしたような形で, 周囲に "触手" のような物が数本突き出ていた。
この触手のようなものは, 空中を泳ぐかのように移動する手段に用いられているように見え, 進行方向とは逆方向にたなびいていた。この奇妙な物体はやがて, "触手" を下に向けて着陸した。
このとき付近にいた地元の子供2人が, それを目撃していて着陸した物体の方に走って行った。 物体は, ヒメネス氏の車から250〜300メートルの位置の樹木のそばに停止していた。
恐怖を感じた夫人とローサに, 早く現場から逃げようと急(せ)かされたため, ヒメネス氏は車を運転して急いで現場から走り去ったという。
目撃中にヒメネス氏は6枚の写真を連続撮影していた。
物体は高さが約12メートル, 直径が8メートルあったと思われる。目撃時間は
約8分間である。
このとき全く同じ形の物体がもう1個前方に見えたというが, それは撮影されていない。






【参考文献】
『UFOと宇宙(NO.25)』【メキシコ, ココヨクに奇妙なUFOが着陸! 】, 1977年


サイト:「UFOs at Close Sight」から

参考外部⇒きよりんのUFO報告(現代UFO全史-28)



【関連サイト検索キー: Cocoyoc Mexico, November 3, 1973, ufo

参考外部=>UFOs at Close Sight (Cocoyoc, Mexico, November 3, 1973:)

参考外部=>Open Minds (UFO Photographs - Cocoyoc, Mexico - OpenMinds. tv UFO Photo Archive)

参考外部=>latest - ufos. com (UFO above Cocoyoc, Mexico on 3rd November 1976)

参考外部=>YouTube (UFO Photographs - Cocoyoc, Mexico - OpenMinds. tv UFO Photo Archive)

参考外部=>world ofthe strange. com (Events 1973)

参考外部=>ufonut. com (UFO Sightings (1968 - 1980))

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1973: November UFO & Alien Sightings )
●パスカグーラUSO遭遇事件(アメリカ) 1973年11月6日, ミシシッピー州のパスカグーラでボラ漁中のライアン一家とライス一家の人々が, 水中に不思議な発光体(USO)を目撃した。

この日の晩, パスカグーラ(Pascagoula)の南西方面の軟泥とカキだらけの平坦な河床地帯で, ライアン一家(Ryan family)とライス一家(Rice family)がスキッフ(軽ボート)4隻でボラ漁に従事していた。
空は快晴で月は細く, ときおり北から微風が吹く程度で, なめらかな凪ぎ状態であった。
20時ごろ, レイム・ライアン(Rayme Ryan)は錨泊中のスキッフ近くの水中に不思議な発光体を見つけた。ライアンはこれを櫂(かい)で突こうとした。
すると物体からの光は暗くなり, 放置すると再び明るくなった。付近の水深はほぼ1.2〜1.8メートルであった。
彼は弟を呼び, その後ライス一家も現場に呼び寄せた。物体は櫂で妨害されると光は暗くなり, 移動し, また明るくなった。
約30分後, レイムが ”破壊” の意図をもって, 櫂で水中の物体を殴打した。すると物体はライトを消し姿を消した。物体が見当たらなくなったので, 全員は漁を再開した。
それから,
約30〜40分後, レイムは最初の目撃地点から南西約0.8キロに投入した網を回収しようとブイに戻ってくると, またもやその近くの水中で光を発して静止している物体を見つけた。
彼は, 再び仲間を呼んだ。そして, 今度は物体に何もしないで沿岸警備隊を呼んだ。
21時40分ごろに, オフィサー・ネーション(Officer Nations)とオフィサー・クルー(Officer Crews)が到着した。彼らも同じように櫂で水中の物体を突くと, 物体は4〜5ノットの速さで移動し光を消し, その後二度と見つけることはできなかった。
通常は, 一晩で一隻あたり1トンの漁獲量があるが, その晩は4隻合わせて400ポンドと少なかった。
物体はいろいろな方向へ移動し, 速度は4〜6ノットだった。妨害されたり, 上をボートが通過すると動きを止めた。物体からのライトは水面に向けられていて, 水面とライトの交差面は, 円形ないし楕円形で, その大きさは直径3〜3.6メートルぐらいであった。物体からの光は側面から見ると, 水中のパラシュートのように見えた。懐中電灯のライトを浴びせると, 物体はライトを消した。懐中電灯のライトをどけると
一分ほどで, 物体のライトは再び以前の強度まで明るくなった。
軽ボートとモーターの吃水は最大で1メートル, 水深は最小で1.2〜1.5メートルでボートが水中の物体(USO)の上を通過してもぶつからなかった。
なお, このパスカグーラでは,
1ヵ月ほど前の10月11日パスカグーラUFO誘拐事件が起きている。
【参考文献】
『人類は地球外生物に狙われている』【第5章/ 過去からのこだま】, 共著:ローレンス・フォーセット / バリー・J・グリーンウッド, 編訳:南山宏, 1987年


サイト:「Blog Misteri Tesla」から
【関連サイト検索キー: Pascagoula, 6 november 1973, uso

参考外部=>NICAP (The 1973 UFO Chronology)

参考外部=>NICAP (Two Boat Crews Encounter Submerged Object)

参考外部=>NICAP (Strange Object's Maneuvers Near Nuclear Shipbuilding Disturb Navy)

参考外部=>And speaking of which (The Pascagoula USO)

参考外部=>Sciforums (Submerged Object The Pascagoula, Mississippi USO)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; November 6)

参考外部=>Blog Misteri Tesla (Misteri USO (Unidentified Submerged Object))
●仁川(インチョン)事件(韓国)
【魚雷艇UFO遭遇事件】



イラスト:『UFOと宇宙(No.20)』から
1973年11月11日, 改装魚雷艇が仁川付近の悪天候の海上でUFOに遭遇した事件。

大韓民国海軍所属の30メートルばかりの改装魚雷艇は, 仁川付近の暗い嵐の海上を, 日課の補給任務についていた。
6人の乗る魚雷艇は, 大波が寄せるたびに艇首を空に突き上げ, 次には波の谷間に突っ込んでいた。
嵐にもまれる魚雷艇の上で, 突然, 乗組員が明るい飛行物体を目撃した。
物体は, 嵐や雨やみぞれをものともせず, 水面すれすれの高度を直線飛行していた。 こんな天候に飛行機が飛べるわけもなく, 近づいてくる飛行物体が人工の航空機でないことは, 乗組員のだれもが確信した。
その飛行物体は, 長さが12メートルぐらいで, 水面30メートル以下の高度で高速で近寄ってきた。
舵手のパク・ミュンファ(当時25歳)は, 艇長のキム・ピョンハク中尉に 「早く逃げましょう ! 」 と大声をあげ, 27キロメートル東の仁川に艇を向けるよううながした。
一度, 空中に停止した飛行物体は, 再び動きはじめ超音速のスピードで近づいてきて魚雷艇の頭上を通過した。 物体は, 白熱した金属のようで桜色に明るく輝き, 中心が隆起していて円盤形をしていた。典型的な空飛ぶ円盤であった。腹部の中心からは排気を吹き出していた。
魚雷艇は母港を目指して全速力で走り出した。円盤は後方に浮かんでいるように見え, 高度は30メートル以上には上昇せず, 位置を右, 左とたびたび変えた。

20分
は魚雷艇の周囲をうろついていたという。
【参考文献】
『UFOと宇宙(NO.20)』 【「韓国上空のUFO嵐」, 文:ロナルド・ドラッカー, 訳:増野一郎】, 1976年


(★目撃した円盤のスケッチを示すパク・ミュンファ海軍隊員)
『UFOと宇宙(No.20)』から



参考外部⇒阿修羅(韓国上空のUFO嵐 (『UFOS & SPACE』76年10月号))
●ブラデントンUFO目撃事件(アメリカ)


(★スラッシュ少年が撮ったUFO)
『UFOと宇宙(No.10)』から
 
1973年12月13日の夜, フロリダ州ブラデントン(Bradenton)でパトリック・スラッシュ少年が, 夜間ブラーデン河上空に滞空し, 水面に光線を発しているUFOを目撃し, それを撮影した事件。

パトリック・スラッシュ(Patrick Trush- 16歳)は, この夜, 女友達の家に行こうとして車を走らせていると,
9時15分ごろ飛行機か何かが落ちるようなものを目撃した。
それが何か確かめようと, 女友達の家よりずっと先まで走っていった。何も見あたらないので, あきらめて戻ってくると, ある丘の近くまで来た。
そのとき, 車のライトがブラーデン河(Braden River)上空6〜7メートルのところに滞空している謎の飛行物体を照らし出した。 その飛行物体は下のほうから光線を発し, 光線は水面までのびていた。飛行物体の大きさは幅が6〜7.5メートル, 高さは約3メートルくらいであった。
彼は車を降りそれを眺めていたが, 車内に置いてあるカメラを思い出し, 急いで取り出し, その物体を撮影した。
5分間ぐらい眺めていると, 物体は突然, 光線をひっこめ, 何か連続的な音を立てながら, 彼の方に近づいてきた。
彼はあわてて逃げた。物体は彼の車の上, 約2〜3メートルのところを通過して遠ざかっていったが, その際, 物体は小さな物をいくつか落としていった。 水中に落下した音や, 彼の車の上に落ちる音を聞いたのだ。
彼は車に戻り, 車のヘッドライトで落ちた小物体を探したところ, 直径2センチぐらいの物を3つ見つけることができた。
それは, 黄鉄鉱のように見えるものだったという。
【参考文献】
『UFOと宇宙(NO.10)』【銀色の服を着た宇宙人, 文:高梨純一】, 1975年
【関連サイト検索キー: Bradenton FL, december 1973, ufo

参考外部=>ufo casebook. com (UFOs & Water Case, Bradenton, Florida, 12- 13- 1973)

参考外部=>UFOdna (13 Dec 1973 - Bradenton, Florida, USA)

参考外部=>NICAP (The 1973 UFO Chronology)

参考外部=>NICAP (Dec. 13, 1973, Bradenton, Florida)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1973: December UFO & Alien Sightings )

参考外部=>ufoinfo.com (On This Day; December 13)

参考外部=>intcat (INTCAT 1973. OCT - DEC)
●クロード・ボリロン宇宙人コンタクト事件(フランス)






(★いずれもボリロンによるUFOのスケッチ)
『UFOと宇宙(NO.25)』から
1973年12月13日, クロード・ボリロンがクレモン・フェランにある火山にドライブ中, ピュイ・ド・ラ・ヴァシェのクレーター付近で, 霧の中から降下してきたUFOとUFO内から降りてきた宇宙人と遭遇し, そのコンタクトは連続6日間におよんだ。

UFOから降りてきた宇宙人は, 身長が1m20cm足らずで, 目がかなり細く, 髪は黒くて長く, 短いあごひげを生やしていた。
体をすっぽりおおう緑色の服を着ていた。顔と頭は大気にさらされているようだが, そのまわりの空気がわずかに輝き震いていた。皮膚は白く, やや緑がかっていた。
相手は, フランス語で答えた。ボリロンはUFO内に招き入れられ, なぜ選ばれたのかを話してくれた。
次の日は, 聖書に基づいた講義をうけたが, 彼らはこの地球に生命を創り出した。我々, 人間も彼らが創造したものだという。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.25)』【聖書と宇宙人】, 1977年
【関連図書】
『聖書と宇宙人』, 1980年
『地球人は実験室で創られた』, 1982年
『真実のメッセージ』, 1987年

参考外部サイト⇒ Wikipedia(ラエリアン・ムーブメン)


(★コンタクト現場に立つボリロン)


(★イラスト:足立三愛)
『聖書と宇宙人』から
1974年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
1974年UFO情報 参考外部=>Think AboutIt - REAL (Category: 1974 Sightings)

参考外部=>UFOdna (UFO Sightings in 1974)

参考外部=>NICAP (The 1974 UFO Chronology)

参考外部=>intcat (INTCAT 1974. JAN- JUN)

参考外部=>intcat (INTCAT 1974. JUL- DEC)
●ワルヌトン怪人目撃事件(ベルギー)


『UFOと宇宙(No.15)』から




《UFO傑作画へ》
1974年1月7日の夜, フランスとベルギーの国境(French- Belgian border)近くのワルヌトンで, 国道を車で走っていたベルギー人男性が, UFOと奇怪なロボットのような怪人に遭遇した。

この日の夜, 8時40分ごろ, そのベルギー人の男性は, ワルヌトン(Warneton)に向けて車を走らせていた。雨上がりで路面は濡れていたが, 夜空には月が姿を見せていた。
時速60〜70キロで車を走らせていたが, 突然車のヘッドライトが消え, エンジンが停止してしまった。ギアをニュートラルにいれると, ゆるい下り坂を, 車は惰性で100メートルほど進んだ。
整備工である彼は, 車を直そうと座席から体を浮かせたとき, フロントガラスごしに不思議なものが目に入った。
それは, 約150メートル離れた道路わきの畑の中に3本脚で立っている7〜10メートルほどの大きさのオレンジ色の光りをおびたヘルメット形の物体であった。
同時に前方約30メートルのところに親子のような二人の人影を発見したが, それらは, こちらに向かってゆっくり近づいてきた。
15メートルほどまで近づいたところで, 二人の姿がはっきりと見えた。小さいほうは, 丸いヘルメットをかぶり, ミシュラン・タイヤの広告のような姿をして, 右手に銃のような三角定規に似たものを持っていた。
大きいほうは背が少し高く, 1.3メートルぐらいあり, 箱のようなヘルメットをかぶっていた。肩幅も広く, がっしりした体つきをしていたが腰が細かった。中央に光りを放つ黒いベルトをしめ, 左肩からベルトまでつり革のようなものを着けていた。
二人とも手が異常に長く膝の下まであった。 ヘルメットの前面が, 二人とも透明でまったく同じ不気味な顔をしていた。
二人は, 車から4メートルの地点まで接近してきた。箱のようなヘルメットをかぶったほうが, 話しかけるかのように口を開いた。声は聞こえてこなかったが, その直後に, 目撃者の男性は後頭部にショックを感じたという。
つづいて低い人工的な音が聞こえてきた。音は, 頭の中で直接響いているようで, だんだん大きくなった。
突然, 二人は急に踵を返し, UFOの方に, ぎごちない足どりで歩き始め, ごつごつした地面を滑るように進んでいった。
すぐにUFOは三本脚を引っ込めて浮き上がり, ちょっと停止した後, 急速に上昇して視界から消えていった。
二人の怪人物が踵を返したのは, 後方から近づいてきた別の車のライトのせいかもしれなかったという。

【参考文献】
『UFOと宇宙(No.15)』【「ワルヌトンの奇怪なロボット」, 文:ゴードン・クレイトン, 訳:久保田八郎】, 1975年
『宇宙人の死体写真集』【ベルギー国境に姿を見せた二体のロボット】, 著者:中村省三, 1989年




サイト:「Think AboutIt- REAL」から


『UFOと宇宙 (No.15)』から




【関連サイト検索キー: warneton belgium, January 1974, ufo

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1974: January UFO & Alien Sightings )

参考外部=>NICAP (The 1974 UFO Chronology)

参考外部=>NICAP (UFO Occupant Sightings)

参考外部=>UFOdna (7 Jan 1974 - Warneton, Belgium)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; January 7)
●エリー(ネバダ州)UFO遭遇事件(アメリカ 1974年2月14日, ネバダ州のエリー近くを走っていたトラックがUFOに遭遇し, トラックが故障した。

2人の兄弟がトラックを運転して, アイダホ州ビュール(Buhl)からカルフォルニア州のヘルメット(Helmet)に向かっていた。
午前4時15分ごろ, ネバダ洲エリー(Ely)の北約90キロほどのハイウェイで, 見なれぬ光がトラックを追いかけてくることに気づいた。
トラックの左側の席から, トラックの右側前方の地上約3メートルのところに, オレンジ色の丸い光体が浮かんでいるのが見えた。右側の席からは, トラックの上空に3つの小さい青い光体を見ることができた。
オレンジ色の光体がトラックの前を右から左に横切った。同時に突風がトラックを揺さぶった。トラックのライトが点滅を繰り返し, ハンドルがきかなくなり, エンジンの音がやんだ。。トランスミッションが 「ドライブ」 から 「ニュートラル」 に瞬間的に移動し, トラックは惰性で走り, やがて停止した。その途中, ドームと短い翼のついた巨大な銀色の球体が, 左方にある丘の上で脈動しているのが見えた。
それから2人は, 道路の前方, 約1.5キロ先に, 上部に赤いライトをつけた強い光を発する光体がこちらに向かってくるのを見つけた。兄弟の一人がトラックをおり, それに向かって懐中電灯の光を向けたが, 何の反応もなかった。彼がトラックに戻ると, その光体はますます近づいてきた。すると, 彼らは真空の中にいて, まわりから隔離されたような不思議な感じを受けた。
光体が, ものすごいスピードでうなりをあげて通り過ぎると, その状態は終わった。
トラックは動かすことができなかった。後に車を調査すると, 故障の原因は適切な潤滑油の不足であり, 事件とは関係がなかったという。
【参考文献・サイト】
『UFOに関する極秘ファイルを入手した。』【第2章/ あなたも狙われている】, 著:リチャード・ホール, 訳:青木日出夫, 1989年
・サイト:「intcat(INTCAT 1974 JAN - JUN)」

参考外部=>intcat (INTCAT 1974. JAN- JUN)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; February 14)

参考外部=>UFOdna (14 February 1974 04:15 Ely, Nevada, USA)

●ベリンゲリ夫妻UFO目撃事件(イタリア)

ベリンゲリ夫妻が見たUFO

ベリンゲリ夫妻が見たUFOの乗員
(★ベリンゲリ夫妻が見たUFOと乗員)
『宇宙人の死体写真集』から
1974年4月15日の夜中, 北イタリアのカサーレ(Casale; ミラノとトリノの間にある)近郊の村で, ベリンゲリ夫妻が自宅の上空に静止したUFOと中の乗員を目撃した。

この夜(16日なっていた), 村祭りの見物をして車で帰ってきたベリンゲリ夫妻(Carla and Mauro Bellingeri)は, 自宅から400メートルほど手前まできたとき, 車の左手の上空に奇妙な動きをしている光体を発見した。
すると, その光体が, ほとんど垂直に急降下したかと思うと, 夫妻の家の上空でぴたりと静止した。
夫のマウロ(Mauro)は, 車を自宅の門の中に乗り入れると, 車の外に出て光体を観察した。妻のカルラ(Carla)も車の右手に降りて観察した。
その光体は, 上部が透明なドーム状になっている円盤で, 地上12〜13メートルのところに浮かんでいた。
ドーム下の底部は, リングのようなものが取り巻いていて, 時計まわりに回転して, 赤, 黄, 緑のストロボ光を放っていた。
ベリンゲリ夫妻は, 自宅の隣に, けばけばしい夜間照明で飾りたビルがあるので, 円盤はこの証明に誘われて出現したのではないかと思ったという。
上部の透明なドーム内は, 明るくコクピットになっているようで, 内部には人間によく似た乗員3人の上半身が, 同じ方向を向いているのが見えた。
3人は黒い艶消し色の材質でできた, 大きなまるいヘルメットをかぶっていた。そのヘルメットからは潜水夫が使用するような, ノズル付きバルブが出ているのが認められたという。
いちばん手前の乗員が, 急に夫妻のほうを向いたが, すぐに元どおりの姿勢に戻った。
それから3人の乗員がいっせいに右をむいた。まるで, コクピット全体がぐるっと回転したようだった。その瞬間, 円盤の底部から 3,4本のジェット噴射が下方に噴き出した。
ウィーンという奇妙な音がして, 円盤の下部のリングの回転速度が増した。
妻のカルラはパニック状態になり家の中に駆け込んだ。
円盤は, コクピット部分を逆時計まわりに回転させながら, 北東の方向に水平飛行して, そのままポー川の川岸に沿って低空飛行をし, ロンバルジア平原のかなたに消えていった。
いつもはジェット機の騒音に敏感に反応する愛犬が, なぜかUFOの出現中は, 騒ぐそぶりをみせなかったという。

【参考文献】
『宇宙人の死体写真集』【北イタリアに現われたUFOと二人の乗員】, 著者:中村省三, 1989年
【関連サイト検索キー: Casale Italy, april 1974, ufo

参考外部=>NICAP (The 1974 UFO Chronology)

参考外部=>NICAP (UFO Occupant Sightings)

参考外部=>UFOdna (16 Apr 1974 - Casale Monferrato, Piemonte, Italy)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; April 16)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1974: April UFO & Alien Sightings)

●フィッシュバッハ兵器廠UFO侵入事件(ドイツ) 1974年5月, ドイツのフィッシュバッハ陸軍兵器廠(Fischbach Army Weapons Depot)にUFOが出現し, 施設の電気系統に障害を生じさせた。

1970年代初期に, ドイツに駐留していた米陸軍部隊は, 数百発の核ミサイルを配備していた。それは, ミニットマンICBM等の大型戦略核とは異なり, 大部分は戦術核(戦場で戦闘車両や対人攻撃に使用)で, ソ連が西ヨーロッパへ侵攻した時に使用することになっていた。
しかし, 戦術核である地対地ミサイルのパーシングIa(Pershing- Ia)は, 400キロトンの核弾頭を搭載可能で, 当時の戦略核に匹敵する威力があった。
これらの強力なミサイルが保管されていた場所の一つが, ドイツのフィッシュバッハ兵器廠(Fischbach Weapons Depot)で, 第197兵器大隊が管理していた。

1974年当時, R・ジャック・フィリップス(R. Jack Phillips)上等兵は, ドイツのダーン(Dahn)に駐留する第193憲兵大隊に所属していた。この部隊の任務は, フィッシュバッハ陸軍兵器廠付近を警備し, 侵入者による妨害工作を阻止することだった。
5月のある夜, フィリップスは, 兵器廠のエリア3で警備任務に就き, 7つある監視塔のタワー3にいた。
午前3時か3時半のこと, 北の方にとても明るい星が見えた。東方ではないので金星ではなかった。フィリップスは15秒ほどそれを見つめていた。
それは, 静止していたようだったが, 突然, 信じられないような速度でフィリップスに向かって近づいてきた。そして, それは急停止し, フェンスラインの少し向こうの何もないエリアで静止滞空した。
フィリップスのいる監視塔から100ヤード(約91m)ほどの距離であった。
その物体は, 2枚のティーカップの皿を重ねたような形で, 真横からは葉巻のような形に見えた。直径は60フィート(約18m)ぐらいで, 全長の3分の1ほどの長さのドームが付いていた。
底部は, 指で押し込んだような円形のくぼみがあり, 全体は燐光のような緑がかった光で覆われていた。
5秒ほど経過して, 約1秒間明るさを増し, またもとの明るさに戻った。明るさを増した時, 施設の安全灯が消え, 電気がまったく使えなくなる状況になった。
フィリップスは状況を報告するために, 野外電話(各監視塔から警備隊員の待機所につながっている)を使用したが, つながらなかった。停電をした場合,
10秒で発電機が作動するはずであったが, それも作動しなかった。
それから
30秒ほどして, 物体はあっという間上昇し, 西の方向に飛び去ってしまった。
すると, ライトは復旧したが, 同時にバンカーの全アラームが鳴り始めた。アラームのベルとクラクションは, ポールに設置されていた。
各警備隊員待機所には, アラームの電磁スイッチをリセットするマスターボードがあったが, 操作してもアラームは鳴りやまなかった。このため, 警備隊員たちは, 各バンカーに出向いて, ドアを物理的に開閉してリセットしなければならなかったという。
【参考文献】
『UFOと核兵器』【第10章/ 70年代核関連UFO事件】, 著者:ロバート・ヘイスティングス, 監訳:天宮清, 2011年




<この画像は, ここのUFO事件とは関係ありません>
サイト:「UFOs & Nukes」から

参考外部=>Wikipedia (ミニットマン (ミサイル))

参考外部=>En. Wikipedia (LGM- 30 Minuteman)

参考外部=>Wikipedia (MGM- 31(ミサイル))

参考外部=>Wikimapia (Fischbach Weapons Depot)

参考外部=>En. Wikipedia (List of United States Army installations in Germany)

参考外部=>UFOs & Nukes (UFOs and Nuclear Weapons)



【関連サイト検索キー: Fischbach Weapons Depot, 1974, ufo

参考外部=>Das UFO- Phaenomen (UFOs and Nukes: Zwei Faelle aus Deutschland)

参考外部=>The UFO Chronicles ("UFOs and Nukes" by Noted American Researcher Robert Hastings Released By Kopp Verlag)

参考外部=>Extrem News ("UFOs und Atomwaffen" vom renommierten amerikanischen UFO - Phaenomen - Forscher Robert Hastings)

参考外部=>Wissenschaft Mysterien Legenden Geschichte (UFOs und Atomwaffen)
●ピーターとフランシスUFO遭遇事件(ローデシア-現:ジンバブエ)
1974年5月31日, ピーターとフランシス夫妻がローデシアのソールズベリーから南アフリカのダーバンへドライブ中, UFOに遭遇し, 車の自由を奪われた。

ピーター(Peter- 24歳)とフランシス(Frances- 21歳)夫妻は, ローデシア(Rhodesia -現在のジンバブエ(Zimbabwe))のソールズベリー(Salisbury)からフォート・ビクトリア(Fort Victoria)とベイト・ブリッジ(Beit Bridge)を経由して, 南アフリカ(South Africa)のダーバン(Durban)へ向けてプジョー404(Peugeot 404)の車を走らせていた。
午前2時30分ごろ, 非常に明るい光体が車の助手席側(左側)に現れ, 車と歩調を合わせるように進んでいった。 彼らはそれをヘリコプターかと思った。
すると, 車のヘッドライトが点滅しだし, すぐに消えた。しかし, エンジンとラジオは正常であった。そして, 車がネオンのような青味がかった光につつまれた。 車の中がとても冷たくなり, ヒーターをつけて毛布にくるまったほどだった。
ピーターはアクセルから足を離したが, 車は高速で走り続けた。ブレーキをかけようとしたが効果がなく, ステアリングも車の方向を変えることができなかった。
7〜10キロ間隔で乗りすてられた2台の無人バスがあった。2人は, そのことを不思議に思った。そのとき卵形のUFOが見え, 光線が地平線に向かってのびていた。
フォート・ヴィクトリア(Fort Victoria)に入ったとき, UFOは高速で飛び去っていった。同時に車は正常にもどり, 彼らは燃料の補給に立ち寄った。それは,
午前4時30分のことである。ピーターは, このとき車の走行距離計をゼロにリセットした。
2人は
5時30分に再び出発した。フォート・ヴィクトリア市から10キロほど離れたところで, 先ほどと同じようなUFOが, もう1個の小型の光体をともなって再び現われた。車は光につつまれ, またもやコントロールできなくなった。エンジンの音もなければスピード感もないのに, 車は100〜190キロもの速度が出ていた。
低い茂みが散在するだけの非常に乾燥した地域なのに, 車は沼地を走っていた。不思議なことに, コオロギなどの虫の声がまったくしなかった。
南アフリカの国境近くになると奇妙な現象は終わり, 車は自由に運転できるようになった。 国境に着くと, 驚くことに税関の時計は
午前8時30分を示していたが, 彼らの時計は午前7時30分 に過ぎなかった。これはフォート・ヴィクトリアからの288キロを, 1時間45分で走破したことになる。しかも走行距離計は17キロ分しか記録しておらず, 燃料も2リットルしか消費していなかった。
ピーターは,
12月3日の催眠術により, 驚くべき体験をしたことが判明した。それは, 車を支配した生き物たちとのコンタクトであった。UFOの内側を見たことも思いだし, かなり詳しくその様子を話したという。
【参考文献・サイト】
『UFOに関する極秘ファイルを入手した。』【第2章/ あなたも狙われている】, 著:リチャード・ホール, 訳:青木日出夫, 1989年
・サイト:「ufoinfo.com(On This Day; May 31)」

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; May 31)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1974: May UFO & Alien Sightings )

参考外部=>intcat (INTCAT 1974. JAN - JUN)

参考外部=>NICAP (The 1974 UFO Chronology)


●セントシリル宇宙人遭遇事件(カナダ)


(★目撃された宇宙人)
『宇宙人の死体写真集』から
1974年6月25日, カナダのケベック州セントシリル(St. Cyrille)に住む若い夫妻が, ロボットのような宇宙人に遭遇した。

トレーラーハウスに住んでいた夫妻が, テレビの深夜番組を見終えたとき, 外のほうでバン, バン, バンという奇妙な音がした。居間のカーテンを開けてのぞくと, 北東の野原の上に, 赤っぽいオレンジ色をした球体が浮かんでいた。それから発する光はまぶしすぎて直視できなかった。
夫が妻を起こしに寝室にいくと, ビービーという音が聞こえてきた。すると, 寝室の窓の向こう 4.5メートルあたりのところにUFOの乗員らしきものが見えた。
その宇宙人は身長が1.8メートルぐらいで, 全身が金属ででもできているかのようにこわばり, 胸のあたりにはネオン菅のように赤く光る棒状のものが何本も水平に並んでいた。その宇宙人の頭がどうなっていたかは, まったく記憶がないという。
宇宙人はトレーラーハウスのそばにある, プレハブ倉庫の中を調べているようだった。
夫妻は居間のほうにいって外を見ると, 3人の宇宙人が目に入った。ぎくしゃくした動きは, 生物というよりロボットを思わせ, トレーラーハウスのシャフトやホイールを点検しているようだった。
夫妻は
3時間近く見ていたが, その間, 前部で15体ぐらいのロボットが, 小川のそばに一列に並び, リモートコントロールされているかのように突然, 動きだすようなことも観察した。
後日, UFO研究家が調査に乗り出し, 現場からUFOの着陸痕と思われるものを発見した。着陸痕は3つあり, いずれも円形で直径が5メートルほどで, 痕跡の外周60センチほどは草がおしつぶされていたが, その内側はなんともなかったという。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集』【ネオン管のように赤く輝く顔なしロボット】, 著者:中村省三, 1989年




サイト:「Think AboutIt-REAL」から
【関連サイト検索キー: St. Cyrille, Quebec, 1974, ufo

参考外部=>NICAP (The 1974 UFO Chronology)

参考外部=>NICAP (June 24, 1974; St. Cyrille, Quebec CE III

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1974: June UFO & Alien Sightings)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1974: Robots In Quebec, Canada)

参考外部=>UFOdna (25 Jun 1974 St Cyrille De Wendover, Quebec, Canada)
●グランドフォークスAFB爆撃機待機エリアUFO出現事件(アメリカ) 1974年10月14日, ノースダコタ州グランドフォークス空軍基地の爆撃機警戒待機エリアの北西上空に, 黒い楕円形の2個の物体が出現した。

グランドフォークス空軍基地(Grand Forks Air Force Base)の爆撃機警戒待機エリア(Bomber warning stand by area)には, 複数のB- 52機が待機していて, その爆撃機全部に核が搭載されており, 有事の際にはいつでも緊急発進ができるようになっていた。
この爆撃機警戒待機エリアの東1.5マイル(約2.4km)には, WSA(Weapon storage area- 兵器貯蔵エリア)があり, 第319爆撃航空団所属のB- 52に搭載する核爆弾だけでなく, ミニットマンUミサイルに搭載する核弾頭(再突入弾頭「RV」)も管理されていた。

この日の午後9時9分, この爆撃機警戒待機エリアに配置されていた警備隊員は, 2個の大きくて暗い楕円形の物体が, 北西の空の低い位置に滞空しているのを目撃した。 2個の物体の表面には, 5個の小さなライトが並んでいた。
物体は, 警戒待機エリアの4分の1マイル(約400m)以内に接近するまで, 発見できなかった。
3分以内に14名の保安警察隊員, 2名の空軍パイロット, 1名のB- 52の整備責任者が, 各々所属する部署から, この2個の物体を報告した。
物体は
2分ほど滞空した後, 縦に並んで低空で南の方に移動し, かすかにブーンという音を発しつつ, 視界から消えた。
目撃を報告した士官は, その物体を 「円盤のよう」 で, その表面は光を反射せず, 「輝きのない黒い固体」 だと述べた。物体の直径は, 50〜75フィート(約15〜23m), 高度は約1,500フィート(約460m)と推測した。
また, 報告には保安警察隊の無線通信網に, 雷と同程度の干渉があったと書かれている。
最後に, この士官は次のように書いている。
「3頭の軍用犬, ジャーマンシェパードがWSA(兵器貯蔵エリア)内にいた。
その夜, 軍用犬の調教員たちは, 犬たちが突然興奮し出し, 非常に脅えていた, と報告している。よく訓練された犬には, 極めて異例のことだ。」
【参考文献】
『UFOと核兵器』【第10章/ 70年代核関連UFO事件】, 著者:ロバート・ヘイスティングス, 監訳:天宮清, 2011年
参考外部=>Wikipedia (ミニットマン (ミサイル))

参考外部=>En.Wikipedia (LGM-30 Minuteman)

参考外部=>Wikipedia (核兵器一覧)

参考外部=>En. Wikipedia (Grand Forks Air Force Base)



参考外部=>UFOdna (14 Oct 1974 - Grand Forks AFB, North Dakota, USA)
●ビボールUFO目撃事件(デンマーク)


『MJ-12の謎と第18格納庫の秘密』から
1974月11月17日, デンマークのユトランド半島ビボールで地元住民のラウエルセン氏が, 雲に包まれたUFOを目撃し写真に撮った事件。

この日の
午前9時ごろ, デンマークのユトランド半島中部のビボール(viborg)で,地元住民のラウエルセン(H. Lauersen)氏が愛犬を連れて散歩をしていると, 上空に雲に包まれた怪しい物体が浮いているのを目撃した。
ラウエルセン氏は, これを写真にとったが, 物体は下部から雲を吸いながら上昇すると, あっという間に姿を消してしまったという。
【参考文献】
『最新版 UFO・エイリアン極秘事件ファイル』2014年, 監修:矢追純一

『MJ- 12の謎と第18格納庫の秘密』1990年, 著:ティモシー・G・ベクリー, 訳:南山宏

デンマークのUFO研究家のハンス・ピーターセン氏は, ICUFON, 及びカール・ヴァイト氏(DUIST:ドイツ国際UFO研究会)と協力して, この写真をつぶさに調査した。
以下は, ピーターセン氏と筆者(コールマン・ケビュツキー)による写真分析結果である。
●撮影日時:1974年11月17日午前9時
●撮影場所:デンマーク・ユトランド島ヴィボルグ郡ヴィボルグ
●撮影者:ラウエルセン氏
●撮影データ:35ミリカメラ, コダカラー使用
●気象状況:気温セ氏5度, 晴れ(薄もや)
●カメラからUFOまでの距離:250〜300メートル
●UFOの位置(仰角):30度
●地上からの高度:約100メートル
●UFOの大きさ:横約20メートル, 高さ4.25メートル
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.44)』【「雲に隠れるリング状物体」, 文:コールマン・ケビュツキー, 訳:冨川正弘】, 1979年

参考外部=> 【国家機密とUFO】



【関連サイト検索キー: viborg denmark, 1974, UFO

参考外部=>UFOdb (Best UFO picture showing UFO in Cloud disguise; Viborg, Denmark 1974)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1974 Wyborg, Denmark )
●アヴェリー・アブダクション事件(イギリス)
【デイ夫妻UFO誘拐事件】



サイト:「1001dusks.com」から
1974年10月27日, イギリス・エセックス(Essex)に住むジョンとエレインのデイ夫妻は, アヴェリー(Aveley)の霧の中をドライブ後, 3時間程の記憶を失くしていた。

ジョン・デイ(John Day- 33歳)氏は, 妻の両親の家を訪れて車での帰り道, 満月であったが道路は深い霧につつまれていた。
30分ほどで帰宅したと思ったが, 居間の時計を見ると, いつの間にか3時間も経過していた。その夜, ジョンは睡眠中に, 手術台に寝かされて宇宙人に検査をされている, 恐ろしい夢を見た。妻もまた, 同じような恐ろしく鮮明な夢を見た。
このためジョンは, UFO研究グループを訪ね, 催眠治療の専門家, レナード・ワイルダー(Leonard Wilder)博士を紹介された。以下は, 博士が採録したジョンの記憶の内容である。
その日, 夫妻の乗る車は, 後方から白い光りに追われていた。光が, 車の前方に回り込んだかと思うと, 車は光に吸い込まれ, 近くの野原に着陸していた宇宙船の内部に移送させられた。
気がつくと夫妻は, 3人の人間のいる広い部屋にいた。その3人は, 身長は7フィート(約2.1m)で, シルバーグレイのストッキングのような衣服で身をつつんでいた。驚いたことにマスクでつつんだ顔の眼は, 鮮やかなピンク色で, まぶたがなかった。
彼らはジョンにテレパシーのようなもので, 歩くよう命令した。別な部屋でジョンは, 手術台のようなものに寝かされ, 金属製の腕のようなもので, 全身をくまなく走査(スキャン)された。次に醜い小人が数人現われ, その中の1人がペンの形をした器具で, 身体のあちこちをつっつきまわした。
やがて検査が終わったのか, ジョンは自由にされ, 宇宙船の中を歩くことができた。ある部屋のテーブルに, 全面が磁石になった立方体を使って, 大きな立方体を作るゲームのようなものがあった。
船内を見終わったあとに, ジョンは一人にされた。すると, 信じがたいほどの美しい金髪の地球人そっくりの女性が部屋に入ってきた。その女性の周りには霧がたちこめていた。ジョンが一歩踏み出すと, 彼女はパッと消えてしまった。そして気がつくと, 深い霧の中をドライブしていたという。
妻のエレイン(Elaine- 29歳)は, さらに詳細に記憶しており, 催眠術によらずに次のようなことを語った。
手術台に寝ている彼女に, 彼らは赤紫の液体を塗りたくり, ペン状の器具で全身をつついた。叫び声をあげると, 背の高いほうの1人が, 彼女の額に手をあてた。とたんにエレインは気を失ってしまったという。
その後彼女も, 宇宙船内を案内され, スクリーンの前に立たされた。スクリーンには地球が映っており, 彼らは映像をズームインし, イギリスや夫妻の家を見せてくれたという。
次に記憶しているのは, やはりもとの車の中で, なぜか夫の側に座っていたという。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.47)』【コンディション・グリーン「ドライブ中に接近遭遇」】, 1979年


サイト:「Think AboutIt - REAL」から

【関連サイト検索キー: Aveley England, John, 1974, UFO

参考外部=>your thurrock. com (UFO’s and alien abduction in Aveley?)

参考外部=>The British Earth and Aerial Mysteries Society (October 27th 1974: The Aveley Alien Abduction Case - Aveley, Essex, UK)

参考外部=>mysterious britain. co. uk (Aveley Abduction (1974))

参考外部=>mysterious- america. com(1974 Aveley Abduction)

参考外部=>1001dusks. com ("Alien abduction" as Shamanic Initiation: The History of a Mystery)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1974: Aveley Essex England Abduction)

参考外部=>intcat (INTCAT 1974. JUL - DEC)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; October 27)
1975年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
1975年UFO情報 参考外部=>Think AboutIt - REAL(Category: 1975 Sightings)

参考外部=>UFOdna (UFO Sightings in 1975)

参考外部=>NICAP (The 1975 UFO Chronology)

参考外部=>intcat (INTCAT 1975. JAN - JUN)

参考外部=>intcat (INTCAT 1975. JUL- DEC)
●ノース・ハドソン・パークUFO着陸事件(アメリカ)
【ストーンヘンジ事件】



(★ノース・ハドソン公園近くにあるストーンヘンジ・アパートメント。通称:"丸い家")
サイト:「ufo casebook. com」から
1975年1月12日(日曜日), 深夜3時ごろ, ニュージャージー州ノースバーゲン(North Bergen)にあるノース・ハドソン公園(North Hudson Park)を車で通りかかったジョージ・オバースキー(George O'Barski- 72歳)が, 公園内に着陸するUFOを目撃し, 中からおりてきた10人ほどの乗員が, 土壌サンプルの採取らしきことをしていたのを目撃した。

1月にしては, 暖かいこの, オバースキー氏は, 酒屋の深夜の仕事を終えて, いつもの帰宅コースであるノース・ハドソン公園内に車で入ってくると, カーラジオがひどい雑音を発し始めた。
調整中にラジオは完全に鳴らなくなった。
するとブーンという音が聞こえてきて, 彼の左肩上空(西側)から明るく光る巨大なパンケーキのような飛行物体が出現し,
左側の歩道にそって生えている木の向こう側, 地上約3メートルの高さに静かに停止滞空した。
オバースキーは車を前進させ, 物体に近づいた。その物体は底部が平たく, 上部はドーム形をしており, 直径は約9メートル, 高さは2.5メートルほどあった。側面には, 縦長の窓が規則的に並んでいた。
すると, 物体に出口ができて, そこからヘルメットのようなものをかぶり, ユニフォームのようなものを着た, 身長が1メートルほどの人間が10人ほど降りてきた。
彼らはオバースキー氏には注意をはらわず, スプーン状の道具と袋のようなものを持って, せわしなく地面一帯を動きまわり, 手にもった袋に何かをつめていた。
そして,
数分後に彼らは着陸した物体(彼らが物体から出てきた時には, 物体はまだ浮いていた)にもどると, 物体はすぐに上昇し, 北に向けて飛び去っていったという。

(★バッド・ホプキンスの助力で,ジョージ・オバースキーが描いた円盤のスケッチ)

オバースキーがUFOを目撃した1月12日(日曜日)の早朝, ウィリアム・パウロウスキー(William Pawlowski)は, ノース・ハドソン公園の東側にあるストーンヘンジ・アパートメント(Stonehenge Apartments)で, ドアマンとして勤務していた。
2時半か3時頃に彼は, ノース・ハドソン公園の丘の方に, 太陽のように輝く光を目撃する。
パウロウスキーの話によると, その光は一個の黒い物体の縁の周囲にとりつけてあるらしく, その物体はまばゆい光にさえぎられてよく見えないが, たしかに円型で, 直径はおそらく6メートルぐらいだろうという。
すると突然, ブーンという音が聞こえた。眼を下に移すと, パウロウスキーのドアのそばにある窓ガラスの下の隅が割れていた。割れ目は50センチぐらいの長さであった。
外に出て窓ガラスを見ると, はじき玉ほどの小さなキズがついていた。

また, このオバースキーの目撃事件が起きた前日(1975年1月11日- 土曜日)の夜に, ノース・ハドソン公園(North Hudson Park)から12ブロック南の位置(ニュージャージー州ウェストニューヨーク(West New York))で, ワムズリー家(Walmsley family)の5人がUFOを目撃した。
夜9時30分ごろのことで, 最初に発見したのは息子のロバート(11歳)で, UFOは3階建てのビルの上空でしばらく滞空したあと, 家族5人が見ているなかを, ノース・ハドソン公園の方へ近づいてきた。そして, UFOは, "丸い家(ストーンヘンジ・アパートメント)" の方へ降下して見えなくなった。
UFOの上部にはドームのようなものがあり, たくさんの窓が船体をとりまいていたという。

(★ワムズリー一家の目撃UFOスケッチ。 左上から息子ロバート(Robert- 11歳), アリス(Alice)夫人, 夫ジョゼフ・ワムスリー(Joseph Wamsley), 右上から息子ジョー・ジュニア(Joe Jr.- 16歳), 息子デビー(Debbie- 13歳))

これらの事件が, バッド・ホプキンスなどにより, 詳しく調査された1年後の1976年1月にも, ストーンヘンジ・アパートメント周辺で, 同じようなUFOが目撃された事件が発生している。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.21)』【UFO情報(海外)】, 1976年
『UFOと宇宙(No.22, No.23)』【「大ニューヨークの郊外に円盤着陸」, 文:テッド・ブローチャー, 訳:久保田八郎】, 1977年
【関連サイト検索キー: North Bergen New Jersey, Hudson Park, 1975, UFO

参考外部=>the north bergen time machine ("UFOs of North Bergen" )

参考外部=>science. howstuff works. com (The North Hudson Park UFO)

参考外部=>nj. com (Want to see a UFO? Try North Bergen)

参考外部=>jim moseley. com (The Night the UFOs Didn't Land in North Hudson Park)

参考外部=>ufo casebook. com (Want to See a UFO? Try North Bergen, NJ)

参考外部=>hudson reporter. com (Hovering saucers, fireballs, floating lights …)

参考外部=>YouTube (UFO's - North Bergen, New Jersey)

参考外部=>intcat (INTCAT 1975. JAN- JUN)

参考外部=>Think Aboutlt - REAL (1975: January UFO & Alien Sightings )

参考外部=>NICAP (The 1975 UFO Chronology)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; January 12)
●ビリー・マイヤーの宇宙人コンタクト事件(スイス)


(★1975年1月28日午後2時15分に撮影されたもの)
『UFOと宇宙(No.23)』から
1975年, ビリー・エドアルド・マイヤーがスイスのチューリッヒ郊外で, プレアデス星から来た宇宙人セムヤーゼとコンタクトした事件。

1月28日の午後1時ごろ
, スイスのチューリッヒ郊外のヒンウィル村で生活するビリー・エドアルド・マイヤー(当時38歳)は, あるテレパシーによって, 自分のカメラ(日本製小型カメラ・オリンパスCR35)を持ち, バイクに乗った。
テレパシーの指示に従い,
1時間ぐらい走っていると, うなり音が聞こえてきた。見上げると, 空の雲の中から美しい円盤型の物体が姿を現した。 その円盤は, 静かに降下し草地に停止した。
マイヤーは, 円盤が着地する前から何枚かの写真をとり, 着地した円盤に近づいていくと, あるところで何かの力で進むことができなくなった。すると, 円盤の背後から人間と同じ姿の者が現れ, マイヤーに近づいてきた。
それは, 宇宙飛行士と同じような灰色のオーバーオールを着て, ブ゙ロンドの長い髪, 目鼻立ちの整った女性だった。 肌は青くきらめいていた。ただ, 耳たぶが頬までつながっていた。
その女性は, 名前はセムヤーゼでプレアデスのエラという惑星から来たことを話した。
その後, マイヤーは何度もセムヤーゼとコンタクトを重ねた。場所はヒンウィルかエッテンハウゼンの付近の草地であった。 そして1千ページ以上のノート, 観察メモ, メッセージを記録した。

【参考文献】
『UFOと宇宙(No.22)』【「金髪の女性宇宙人としばしば接触」, 文:ウェンデル・スティーブンス, 訳:アン・ディカス】, 1977年


(★1975年2月2日に撮影されたもの)
『UFOと宇宙(No.23)』から
●甲府UFO宇宙人遭遇事件(日本)

 
1975年2月23日の夕方, 甲府市の小学生ふたりがぶどう畑に着陸したUFOと宇宙人に遭遇した事件。

◎詳細はこちら⇒
 日本のUFO遭遇事件No.1975001No.1975002










参考外部⇒Wikipedia (甲府事件)

参考外部⇒UFO事件簿 (甲府事件)
●カルロス・モンティエル(パイロット)UFO遭遇事件(メキシコ)


サイト:「NICAP」から
1975年5月3日, カルロス・モンティエルが操縦するパイパー飛行機が, メキシコシティ近くで3つのUFOに遭遇した事件。

カルロス・アントニオ・デ・ロス・サントス・モンティエル(Carlos Antonio de los Santos Montiel- 23歳)は, ジワテネホ(Zihuatenejo)からメキシコシティ(Mexico City)までパイパーPA-24(Piper PA-24 )軽飛行機を操縦していた。
午後1時半ごろ, テケスキテンゴ湖(Lake Tequesquitengo)上空15,000フィート(約4,600m)を飛行中, カルロスは奇妙な振動を感じた。
するとすぐ右側に, 直径が10〜12フィート(約3.5m)ほどのドームのある円盤が飛行しているのを目撃した。もう1つの同じような大きさの円盤が, 飛行機の左側に現われた。今度は3つ目の円盤が正面から現われ, 飛行機の下側に向かってきた。カルロスは, 機が衝突したかのような衝撃を感じ, 着陸装置のレバーを引いたが作動しなかった。飛行機のコントロールが, まったくきかず, 引っぱられたり, もち上げられたりしているように感じた。
カルロスは管制塔に何が起こっているのかを報告した。航空管制レーダーは, 彼の飛行機の近くに物体を確認した。レーダー上のそのブリップ(輝点)は, 最後に画面上で一つになり, ポポカテペトル山(Mt. Popocatepetl)の方に去っていった。
円盤が去った後, 機は正常に戻り, 無事着陸することができた。
【参考文献・サイト】
『UFOに関する極秘ファイルを入手した。』【第1章/ 彼らは地球人に何をしたか】, 著:リチャード・ホール, 訳:青木日出夫, 1989年
・サイト:「NICAP(UFOs 'Escort' Mexican Aircraft / Radar Confirmed (Richard Hall))」



サイト:「NICAP(UFOs 'escort' Mexican aircraft)」から


サイト:「zamanda yolculuk. com」から

【関連サイト検索キー: UFOs 'escort' Mexican aircraft, May 1975

参考外部=>noufors. com (UFOs 'escort' Mexican aircraft)

参考外部=>NICAP (The 1975 UFO Chronology)

参考外部=> NICAP (UFOs 'Escort' Mexican Aircraft / Radar Confirmed)

参考外部=> NICAP (Mexican air case, May 3, 1975)

参考外部=> NICAP (UFOs 'escort' Mexican aircraft)

参考外部=>zamanda yolculuk. com (Mexico City UFO Airplane Interaction 1975)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; May 3)

参考外部=>intcat (INTCAT 1975. JAN- JUN)
●アロイス・オレニック(板金工)UFO遭遇事件(アメリカ)



サイト:「Think AboutIt - REAL」から
1975年5月3日, アロイス・オレニック(Alois Olenick- 48歳)が, テキサス州のサン・アントニオ(San Antonio)で, 透明なドームのついたUFOに遭遇した。

この日の夜の9時15分ごろ, 板金工のアロイスが近くの店までピックアップトラックを運転していると, 900ヤード(約800m)先の林から, 琥珀色の光を発するまぶしい物体が上昇してきた。
それが, 彼の車に近づいてきて, 目がくらむほどのチェリー・レッドの光を発した。すると, 彼の車のヘッドライトが消え, エンジンが停止した。
物体は球状で, 機体から2つの円錐形の突起が見えた。底は非常に磨かれた金属のようであった。
UFOが彼に対して40度ほどの角度で傾いたとき, 彼は上部にある透明なドームと, 赤味をおびた内部ライトで2人の乗員がいるのを見ることができた。
乗員の大きさは5フィート以下で, 頭に毛はなく, 先のとがった大きな耳と, 長い鼻, 目のようなスリットがあった。肌は灰色がかっているようだった。
彼らはUFOをコントロールしているようであった。モーター音などはしなかったが, 機体の下から突風のような音を出していた。UFOは垂直に上昇し, 上空でほぼ瞬時に消えた。
しばらくの間, 電気絶縁体を燃やしたような臭いがトラックに残った。彼の目はUFOの影響を受け, その後しばらく, サングラスをかけなければならなかった。
【参考サイト】
・サイト「Think AboutIt - REAL(1975: May UFO & Alien Sightings)」
・サイト「ufoinfo.com(On This Day; May 3)」

参考外部=>Think Aboutlt - REAL (1975: May UFO & Alien Sightings )

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; May 3)

参考外部=>intcat (INTCAT 1975. JAN - JUN)
●ムーディ軍曹UFO誘拐事件(アメリカ)


《UFO傑作画へ》 



『UFOと宇宙(No.19)』から
1975年8月13日の深夜, ニューメキシコ州アラモゴード近くの砂漠で, ホロマン空軍基地勤務のチャールズ・ムーディ軍曹が, 流星雨を見ようとしていたときに, UFOにアブダクトされた事件。

流星雨を見ることができるというので, アラモゴード(Alamagordo)のホロマン空軍基地(Holloman AFB)に勤務しているチャールズ・ムーディ軍曹(Sgt. Charles L. Moody)は, 一人で車で砂漠に出かけた。
流星雨を見ることはできなかったため, 帰ろうとしていた
1時20分ごろに, 前方100メートルほどのところに, 閃光のようなものが落ちてきて, 地上10メールほどのところに揺れながら停止した。
それが, ムーディ軍曹の方に向かってどんどん近づいてきた。その物体は, 円盤型をし直径が12〜15メートル, 高さは6メートルぐらいで, 金属的な灰色をしていた。下部に3個の球体が見えた。
軍曹は車のイグニッション・キーを回したが, エンジンは始動しなかった。 飛行物体は, 軍曹の15メートルぐらいまで近づき停止した。
カン高い声が聞こえ, 物体に窓が現われ, そこに人影が見えた。 すると, 車の周囲を奇妙な光が包み, 全身がしびれるようになった。
しばらくすると, しびれは消え, 気がつくと軍曹は車内に座り, 飛び去っていく物体を見ていた。車のイグニッション・キーは回り, エンジンはすぐにかかった。
自宅に戻ると,
1時間20分という時間の記憶が失われていた。
次の日に, 軍曹の頭のなかに失われていた記憶が戻ってきた。 停止した物体から "人間" 2人が滑るように近づいて(歩いていなかった)きた。 軍曹は戦う覚悟をして, 車のドアを開けようとした一人に, ドアを勢いよく押し開け, 相手をひっくり返した。
もう一人には, 顔のど真ん中にパンチを食らわせた。その顔はグニャッという感じで, 相手はひっくり返った。
戻った記憶には, そのあと, 軍曹は固いテーブルのようなところに横たえさせられていて, 一人の "人間" に, 体を調べられていた。 その頭部は大きく, まゆも頭髪もなく額はでており, その下に25セント硬貨ぐらいの大きな黒い眼が鋭い眼光を放っていた。
耳, 鼻, 口は小さく唇は薄かった。身長は5フィート(1.5メートル)ぐらいで, ひ弱に見えた。 顔と手以外はすっぽりピッタリした白い服におおわれていた。
その怪物は, その後ムーディ軍曹を自由にして, 円盤の中を案内してくれたという。 怪物は, 完全な英語で話していた。ただし, 唇は動かなかったという。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.19)』【「チャールズ・ムーディ軍曹砂漠で円盤に誘拐される! 」, 文:中津要二】, 1976年



(★ニューメキシコ州の事件現場周辺の地図)
サイト:「Belitionlee」から



(★ムーディ軍曹が描いた宇宙人)
『UFOと宇宙(No.19)』から



【関連サイト検索キー: Alamagordo, New Mexico, Charles L. Moody, 1975, UFO

参考外部=>ufo casebook. com (1975, Abduction of Air Force Sergeant Charles L. Moody)

参考外部=>Belitionlee (The Sgt. Charles L. Moody Alien Abduction)

参考外部=>connecting siruius (1975 - Abduction of Sergeant Moody)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1975: Abduction of Air Force Sergeant Charles L. Moody )

参考外部=>intcat (INTCAT 1975. JUL - DEC)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; August 13)

参考外部=>NICAP (The 1975 UFO Chronology)
●サンディー・ラーソンUFO誘拐事件(アメリカ)
【ファーゴ事件】



サイト;「Think AboutIt - REAL」から
1975年8月26日, ノースダコダ州のファーゴ(Fargo)で, サンディー・ラーソン夫人ら3人が, UFOに誘拐された事件。

サンディー・ラーソン(Sandra Larson)夫人は, 娘のジャッキー(Jackie -15歳)と彼女のボーイフレンドのテリー・オライリー(Terry O'Leary)とともに, テリーの運転する車で隣り町のビスマルク(Bismarck)に向かって,
夜中の3時15分に自宅を出発した。
なぜ, この時間に出発したかというと, 夫人が受ける不動産管理士の試験が320キロ離れたビスマルクで
午前8時30分に始まるからであった。
運転席(左)にテリー, 隣りにジャッキー(中), 右の窓ぎわに母親のサンディーという配置で3人は, 前部シートに座った。
国道94号線を西に, ファーゴ(Fargo)の町から64キロほど来た時, 突然雷鳴のような, ものすごい大音響にみまわれた。同時に, 左前方の上空に, オレンジ色に輝く巨大な円盤が現われ, その巨大な円盤から, たて続けに10個ほどの小型の円盤がとび出し, 南から東へ30度くらいの角度で斜めに一直線に並んだ。
そして, 下の方の3個ほどが, 車から50メートルほど離れた, 地上6メートルほどのところまで降りてきて, パッと消えたのを見た。
3人は, そこまでを覚えていて, そのあとの記憶がまったくないのであった。
次に覚えているのは, 彼らの車の前方を, 1台のキャンピングカーが走っているのが見えたことである。不思議なことに, この時, 前部シートの真ん中に座っていたはずのジャッキーが, いつの間にか後部シートに一人で座っていたという。
テリーは, 前方の車に追いつき, 先ほどの光景を目撃したかどうかを尋ねてみた。 しかし, そのキャンピングカーのドライバーは, さっさと逃げだすにかぎるといって, そのまま走り去ってしまった。
3人は, そこから一番近いハイウェイのインターチェンジをおり, タワーシティ(Tower City)という町のガソリンスタンドに立ち寄った。 そして, 何の気なしに壁にかけてある時計を見ると, 何と
5時23分を指していた。どうしても1時間以上の時間が, どこかにいってしまっていた。
この出来事があってからというもの, 体調を崩してしまったサンディー夫人は, 1時間の記憶の空白も気がかりなので, APROの科学顧問の一人である, ワイオミング大学のレオ・スプリンクル博士の催眠治療を受けることにした。その結果, 驚くべき事実が次々と明らかになったという。
オレンジ色の光のカーテンに包まれて, いつのまにかUFO内部に連れ込まれた彼女は, 裸にされてテーブルのようなものの上に寝かされて, ミイラのように顔を包帯で巻いた気味の悪い宇宙人に, 検査を受けたということだった。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.37)』【「ミイラ宇宙人に誘拐された未亡人の恐怖」, 文:矢追純一】, 1978年
『宇宙人の死体写真集』【ミイラに似た宇宙人に身体検査された未亡人】, 著者:中村省三, 1979年
参考外部⇒新釈エイリアン図鑑 (サンディ・ラーソン事件のエイリアン(スペース・マミー))



【関連サイト検索キー: Fargo, North Dakota, Sandra Larson, 1975, UFO

参考外部=>hpr1. com (The Sandra Larson incident)

参考外部=>the iron skeptic. com (Mummies from Space. Wow. )

参考外部=>science. howstuff works. com (The 1975 North Dakota UFO Sighting)

参考外部=>intcat (INTCAT 1975. JUL- DEC)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; August 26)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1975: August UFO & Alien Sightings)

参考外部=>NICAP (The 1975 UFO Chronology)
●ジョン・ストラブルUFO遭遇事件(アメリカ) 1975年10月18日, モンタナ州コロンビア・フォールズ(Columbia Falls)のジョン・ストラブルが, トラックを運転中に, フレッシャー峠でUFOに遭遇した。

この日の午前12時半ごろ, トラック運転手のジョン・ストラブル(John Struble)は, モンタナ州ヘレナ(Helena)の北西約45キロのフレッシャー峠(Flesher Pass)付近を走っていた。
すると彼は, トラックの後方から, 直径が15メートルほどの大きな物体が, 8,9メートルの低空で飛んでくるのに気づいた。物体は, トラックの頭上を越して, 前方100メートルのあたりでぴたりと静止した。と同時に, 物体はまばゆい光をトラックに浴びせかけ, ヘッドライトとエンジンを停止させた。物体は,
5分ほどそこに静止したあと, 飛び去った。
ストラブルによれば, 物体はジェット機みたいな轟音を出すなり, ロケットのように空中を垂直に上昇し, 信じられないようなスピードで, 東の方角に飛んでいったという。
UFOの姿が消えると, トラックのヘッドライトとエンジンは, 再び正常に作動した。
ストラブルのしていた電気仕掛けでない腕時計が, UFOが現われていた時間と同じ
5分間だけ, 止まっていたことに気がついた。
【参考文献】
『人類は地球外生物に狙われている』【第2章/ ローリング基地への不法侵入者】, 共著:ローレンス・フォーセット / バリー・J・グリーンウッド, 編訳:南山宏, 1987年
【関連サイト検索キー: Helena MT, John Struble, 1975, UFO

参考外部=>NICAP ( "Faded Giant" ? - Intrusions at Malmstrom - 1975)

参考外部=>NICAP (The 1975 UFO Chronology)

参考外部=>Think Aboutlt - REAL (1975: October UFO & Alien Sightings)

参考外部=>intcat (INTCAT 1975 JULY - DEC)
●プリースト・ビュートUFO目撃事件(アメリカ) 1975年10月20日, モンタナ州プリースト・ビュート(Priest Butte)付近の牧場に住む夫婦が, 自宅付近に現れた卵形UFOを目撃した。

この日の午後4時半ごろ, この夫婦は自宅から800メートルほど先に, 不思議な物体があるのを目撃した。
双眼鏡で見ると, それは卵形で, 一方の太い末端を地面につけていた。黄色がかった金色のライトがあり, はじめはぼんやり光っていたが, やがて輝きだした。
物体の両側からは, 腕のような二本の付属物が突きだされていて, それは平泳ぎに似た恰好の運動を絶えず続けていた。
物体は,
5分間じっと静止していたが, やがて腕のような付属物を引っ込めると, 垂直上昇して二人の視界から消え去った。
【参考文献】
『人類は地球外生物に狙われている』【第2章/ ローリング基地への不法侵入者】, 共著:ローレンス・フォーセット / バリー・J・グリーンウッド, 編訳:南山宏, 1987年
【関連サイト検索キー: Priest Butte, MT, Oct. 20, 1975, UFO

参考外部=>NICAP (The 1975 UFO Chronology)

参考外部=>Think Aboutlt - REAL (1975: October UFO & Alien Sightings)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; October 20)

参考外部=>intcat (INTCAT 1975 JULY - DEC)
●デービッド・スチーブンスUFO誘拐事件(アメリカ)
【オックスフォード事件】



サイト:『noufors.com』から
1975年10月27日, メイン州オックスフォード(Oxford)で, デービッド・スティーブンス(David Stephens- 21歳)が友人とドライブ中に円筒型のUFOに遭遇し, アブダクトされた事件。

この日の早朝, スティーブンスと友人のグレン・グレイ(Glen Gray- 18歳)が, メイン州ノーウェイ(Norway)のトレーラーのなかで, レコードを聴いていた。
突然, ドカンという大きな音がしたので, なにごとかと外へ出てみたが, 不審なことは何もなかった。
二人はそのあと暇つぶしに, 愛車の1968年型プリマスでドライブに出かけることにした。
彼らはルート26号線を南下して, メイン州オックスフォード(Oxford)のトンプソン湖(Lake Thompson)に向かった。
ところが, 400メートルほど走ったところで, 車のハンドルを ”未知の力” にもぎ取られてしまったという。車のコントロールがきかなくなり, 車はひとりでに曲がったりした。車のスピードは時速160キロ以上に達し, メイン州ポーランド(Poland)の野原までの18キロを一気に突っ走った。
そのとき, 野原に二個の明るい光を見つけた。その光は上昇を始め, 最初ヘリコプターのような印象をあたえた
それは, 木立の上まで昇ると, 車の前方へ音もなくまわりこんできた。物体は葉巻型で, 側面に赤, 緑, 青のライトをつけ, フットボール場ぐらいの大きさがあった。
二人は肝をつぶすと, 車を飛ばして逃げた。400メートルほど走ったとき, 物体の明るい二個の光が消えて, 別の怪光線が車を射た。
二人は気を失い,
5分ほどして目が覚ますが, 実際には何時間も経過していたことが, あとになってわかったという。
彼らは車を走らせはじめたが, またもやコントロールがきかなくなり, 車はトリップ・ポンド(Tripp Pond)まで走ってしまう。すると, そこにまた例の巨大なUFOが待ち受けていた。
池の上空を乱舞する, 二個のドームのある円盤も目撃したという。円盤は木の葉落としで池めがけて下降し, 水面すれすれに降りてくるや, 灰色の煙を噴き出し, 煙は車を包みこんだ。
巨大なUFOはその煙ごしに, 空中高く見えていたが, 突然, 物体群も煙もそっくり消滅してしまったという。すぐに夜明けが訪れた。
午前7時に, やっとのことでスティーブンスの家にたどりついたが, 二人は身体のあちこちに異常を感じていた。 頭がふらふらするし, 眼やのどが痛んだ。眼のまわりが, 黄色くなっていた。呼吸困難, さむけ, 歯痛など, さらに様々な幻覚まで起きるようになっていた。
家族の依頼でスティーブンスは, メイン州オールド・オーチャド・ビーチ(Old Orchard Beach)のハーバート・ホプキンズ博士(Dr. Herbert Hopkins)の治療を受けた。
逆行催眠を施したところ, スティーブンスはUFO内に連れ込まれ, 5人の宇宙人に身体検査をされた奇怪な体験が明らかになった。
それによると, 宇宙人たちは身長が約1.35メートルで, キノコのような頭をしていた。大きな白い眼はつり上がり, まばたきはせず, 鼻は小さくて丸い。
口と耳, それに頭髪は見あたらなかった。脚も腕も2本づつだが, 指は4本で水かきがついていた。黒くて長いガウンを身につけていたという。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.33)』【総力特集/ 私は宇宙人を見た! ; 青年を誘拐し検査したUFO】, 1978年
『人類は地球外生物に狙われている』【第2章/ ローリング基地への不法侵入者】, 著:ローレンス・フォーセット / バリー・J・グリーンウッド, 編訳:南山宏, 1987年

参考外部⇒怖話(オックスフォード事件)



【サイト検索キー: David Stephens, Oxford, nov.1975, ufo

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1975: Abducted by 5 Aliens)

参考外部=>ufo insight. com (The Loring Air Force Base UFO Encounter - A Case Study)

参考外部=>NICAP (The 1975 UFO Chronology)

参考外部=>Water UFO (5 WEIRD - LOOKING ALIENS ABDUCT YOUNG MAN)

参考外部=>UFO SCOOP (Human Related Physical Effects of UFOs in Close Proximity)

参考外部=>intcat (INTCAT 1975 JULY - DEC)
●ローリング空軍基地UFO侵入事件(アメリカ) 1975年10月27日, メイン州ローリング空軍基地(Loring Air Force Base)の制限空域内に, 正体不明の飛行物体が侵入した事件。

この日の午後7時45分, 基地内の第42保安警察隊ダニー・K・ルイス(Danny K. Lewis)は, 正体不明の飛行物体が基地の制限空域内に侵入するのを目撃し, すぐに第42爆撃航空団司令部に報告した。基地はすぐに警戒態勢に入った。
物体は高度約300フィート(約91m)から旋回して, WSA(核兵器貯蔵エリア- Weapons storage area)の約300ヤード(約270m)以内を飛行した。その時の推定高度は150フィート(約45m), その後北に飛び去り, レーダーもそれを追跡した。
物体が去った後, 航空団の司令部要員と保安警察隊は, WSAに集まり, そのエリアを調べたが, 侵入または被害の形跡は見つからなかった。
翌10月28日の夜, ほぼ正確に同じ時刻, 識別不能の飛行物体が, ローリング基地の空域に侵入した。それは, 再びWSAの方に向かった。間違いなく意図して侵入をはかっている行動だが, それは明らかにヘリコプターではなかった
B- 52の地上要員スティーブン・アイクナー(Steven Eickner)軍曹は, それを駐機区画(フライトライン)で班員と目撃した。物体は, WSAから数百ヤード離れた駐機区画上空で静止滞空していたようで, 細長いフットボールのような形で車4台分ぐらいの長さで, 強いオレンジ色であったと述べている。
そして, それは突然消えて, すぐにWSA近くの滑走路北端に再度出現し, 不規則な静止と移動を繰り返した。アイクナーのクルーは, トラックでUFOに向かった。WSAへ向かう道を曲がった時, UFOは前方300フィート(約91m), 地上から5フィート(約1.5m)ほどのところに静止滞空していた。
物体は砂漠で陽炎が立ち上がっているかのように, 正面の空気がゆらいでいて, 物体の色は混じって見えたという。音は聞こえなかった。しばらくして, UFOの光は消え, 飛び去った。そして再び基地のレーダーで捕捉された。
この時も保安警察隊は, WSA, 保安境界線の内側と外側を捜索したが, 何も異常は見つからなかった。

【参考文献】
『UFOと核兵器』【第10章/ 70年代の核関連UFO事件】, 著:ロバート・ヘイスティングス, 監訳:天宮清, 2011年



10月27日午後7時45分, 駐機区画の北端に位置するWSA(軍需品貯蔵エリア- 核兵器が貯蔵されており, 地上も空中も高度の制限区域となっている)で警備についていたメイン州ローリング空軍基地(Loring Air Force Base), 第42憲兵隊のダニー・K・ルイス(Danny K. Lewis)3等軍曹は, 同基地の北側境界の低空に航空機らしいものを見つけた。
不明航空機は, 高度約90メートルで境界内に侵入してきた。赤い航行灯と白いストロボ灯が確認された。
同じころ, 管制塔で当直中の第2192通信大隊のジュームズ・P・サンプリー( James P. Sampley)3等軍曹も, 塔のレーダー・スクリーン上に, その不明機を確認した。
位置は, 基地の東北東16〜20キロぐらいだった。軍用から民間用までのあらゆる通信周波数帯域を使い, 無線で基地の制限空域内に入りこんでいることを知らせようとしたが, なんの応答もなかった。
一度などは, 不明機は高度45メートルでWSAから300メートル以内にまで近づいた。
WSAにいたルイスは, 第42爆撃航空団指揮所に通報し, 基地は総待機状態に入った。指揮所は, 管制塔に不明機のレーダー追跡を命じた。
午後8時45分, 命令を受けた当直時の第2192通信大隊のグローバー・K・エグルストン(Grover K. Eggleston)軍曹は, 不明機の監視を始めた。6分後, レーダー・スクリーン上の不明機は, 基地の東北東約16キロで旋回していることに気づいた。
この行動が
40分ほど続いたあと, だしぬけにスクリーンから消滅した。着陸したか, レーダー範囲の下まで降下したかのどちらかだった。
その後, 不明機はカナダのニューブランズウィック(New Brunswick)州グランド・フォールズ(Grand Falls)の方角へ飛行し, レーダー追跡は方位65度, ローリング基地から20キロのグランド・フォールズ(Grand Falls)付近でとぎれた。カナダ当局には通報されなかった。
第42憲兵隊はWSAをシラミつぶしに捜索した。不明機が飛んだ下の一帯も捜索したが, すべてが徒労に帰した。
不明機の飛行パターンは, ヘリコプターと思われた。しょっちゅう滞空したり, レーダーの掃空範囲の下まで垂直降下したり, サイズもヘリコプターぐらいだったからだ。
だが, つづく数夜にわたって, ローリングばかりかその近辺に数珠つなぎになった北部各基地周辺のSAC(戦略空軍司令部)施設でこのような事件が続発する。
【参考文献】
『人類は地球外生物に狙われている』【第2章/ ローリング基地への不法侵入者】, 著:ローレンス・フォーセット / バリー・J・グリーンウッド, 編訳:南山宏, 1987年




サイト:「Markosun's Blog」から

参考外部=>怖話 (【1975年】米軍核施設侵入事件)

参考外部=>SSPC (核施設はUFOを引きつけるのか?)

参考外部=>SSPC (核実験とUFO)

参考外部=>矢追純一オフィシャルブログ (UFOはいまさら存在するとかしないのレベルじゃない 10)

参考外部=>En. Wikipedia (Loring Air Force Base)



【サイト検索キー: Loring Air Force Base , nov.1975, ufo

参考外部=>ufo insight. com (The Loring Air Force Base UFO Encounter - A Case Study)

参考外部=>YouTube (My Loring UFO story 1975)

参考外部=>NICAP (The 1975 UFO Chronology)

参考外部=>The Washington Post (What Were Those Mysterious Craft?)

参考外部=>ATS (The SAC Base UFO Flyovers- Oct/ Nov, 1975.)

参考外部=>UFO CASEBOOK (UFOs Intrude into SAC Base Weapons Areas: 1975)

参考外部=>THE UFO BRIEFING DOCUMENT CASE HISTORIES (1975: STRATEGIC AIR COMMAND BASES UFO ALERT)

参考外部サイト=>unexplained - mysteries. com (The SAC Base UFO Flyovers - Oct / Nov, 1975.)

参考外部=>Markosun's Blog (A very strange UFO incident at the U.S. Air Forces largest nuclear bomber base)
●ワートスミス空軍基地UFO侵入事件(アメリカ) 1975年10月30日, ミシガン州オスコダ(Oscoda)のワートスミス空軍基地に, 正体不明の飛行物体が侵入した。

当時, ワートスミス空軍基地(Wurtsmith Air Force Base; 1923〜1993年まで運営)は, 第379爆撃航空団(the 379th Bombardment Wing)の本拠地だった。
この日の午後10時を少し過ぎた時, 基地の西側周辺を低高度で不規則に飛行する, 航空灯らしきものをもつ識別不能 「ヘリコプター」 の目撃報告が, 保安警察隊に次々と入ってきた。
数分後, 今度はWSA(兵器貯蔵エリア - Weapons storage area)の上空に静止滞空する無灯火の物体が報告された。これを目撃した3名の警備隊員の一人は, 短時間だがヘリコプターの音を聞いたという。しかし彼らに, その航空機のタイプは識別することはできなかった。
それから
5分後, 無灯火の飛行体はWSAから離れて, 北の方角に飛行し, 航空灯らしきものを点灯した。この時, 基地のレーダーは2個の物体を捉えており, それらは低空を南東に移動した。
基地司令官のボードマン大佐(Colonel Boardman)は, 基地に接近中だったKC- 135空中給油機のパイロットに, 謎の飛行物体に接近し, それを識別するよう命令を出した。
KC- 135機乗員の一人である, マイロン・ティラー大尉(Captain Myron Taylor)の
後日の公式説明によると, 最終的にはライトを点滅する2個の飛行物体が目視できたという。
ヒューロン湖(Lake Huron), サギナウ湾(Saginaw Bay)上空で物体が機の前方にきた時, 機上レーダーは断続的に目標を捕捉していた。KC- 135機が2個の物体に1マイル(約1,600m))ほどに接近すると, 物体は必ず加速し距離は縮まらなかった。
数分後に, 物体は高速で飛び去ったという。
物体は, 明らかにヘリコプターではなかった。2個は同種のもので, 最初は1個がWSA上空で静止滞空していたが, その後は2個一緒に飛行していたと見られている。
【参考文献】
『UFOと核兵器』【第10章/ 70年代の核関連UFO事件】, 著:ロバート・ヘイスティングス, 監訳:天宮清, 2011年


ワートスミス空軍基地(Wurtsmith AFB)は, ミシガン州オスコーダ(Oscoda)の北西4.8キロに位置するSAC(戦略空軍)基地で, 第40航空師団(the 40th Air Division)と第379爆撃航空団(the 379th Bombardment Wing)の根拠地の役割を果たしている。
この日の午後10時10分ごろ, ワートスミス基地の南東部にある家族住宅地帯の近辺にいた兵員が, ヘリコプターとおぼしき物体の航行灯みたいなものが見えたと通報してきた。物体は滞空して, でたらめなパターンで上がったり下りたりした。
午後10時14分と10時25分, ワートスミス基地のバックゲート(back gate)の憲兵隊も, 無灯火の未確認ヘリコプターがバックゲートを飛びこえて侵入, WSA(兵器貯蔵エリア - Weapons storage area)上に低高度で滞空した, と指揮所に報告してきた。
WSA内の憲兵隊の隊員たちも, それを目撃したが, ヘリの機種は識別できなかった。ヘリは北側境界に向かって進みだし, そこに達するとふたたび点灯した。
WSAの憲兵隊は, 第379爆撃航空団の副司令官ジョン・J・ドラン大佐(Colonel John J. Doran)に, バックゲート勤務の衛兵が頭上をヘリコプターらしきものが通過したことを報告してきたことを知らせた。指揮所は, 航空団司令官のボードマン大佐(Colonel Boardman)にも通報し, 彼らは駐機区画(フライト・ライン)に向かった。
その時, RAPCON(レーダー進入管制 - Radar Approach Control)が, レーダー・スコープ上に低空飛行物体を捕捉したことを報告してきた。RAPCONのレーダーは, その怪物体をワートスミス基地から南東方向に56キロ追跡した。たまたまその時, 一機のKC- 135空中給油機が任務を終えて帰投するところだった。ボードマン大佐は, KC- 135に怪物体の確認を命じた。
このKC- 135の搭乗員は6人だった。KC- 135とUFOとの遭遇に関する内容は, 後に第379爆撃航空団の戦史記録係ポール・J・カーヒル三等軍曹(Sergeant Paul J. Cahill)に, 搭乗員の航法教官マイロン・テイラー大尉(Captain Myron Taylor)から語られ記録された。
それによると, これは
10月30日の夜10時半から11時にかけての事で, その時テイラー大尉たちは, 不規則な閃光を発する, ストロボ光みたいな光が見えたという。その光を追いかけて, ヒューロン湖(Lake Huron)の上空に出たあと南に旋回し, ミシガンのサギノー湾(Saginaw Bay)付近に向かった。
不規則な閃光のため物体は2個いることを決めかねていたが, よく観察すると本当に物体は2個いることが判断された。2個の物体から発する不規則な閃光は, 同じ位置を保とうとして, 一方から他方へ送られる信号みたいなものらしかった。
テイラー大尉たちはその間, ほとんど視認することができたが, 機のレーダー・スコープは
10秒間ほどしか物体をキャッチできなかったという。高度は約600メートル, 速度は時速370キロほどであった。ときおり, RAPCONからUFOを捕捉しては, 位置の方向を指示して助けてくれた。
機はほとんどいつも, UFOのおよそ1,2キロの距離にいたが, いざ接近しようとすると, UFOはすばやく遠ざかったという。
サギノー湾まで追いかけたが, UFOは一面の漁船の灯にまぎれこんでしまい見失ってしまう。しばらく捜索したが見つからなかったので, 機首をワートスミス基地に向けた。帰る道すがらにテイラー大尉たちは, 8時の方角にUFOを見つけたので機を反転させると, UFOはパッと湾の方面に逃げもどってしまった。その速度は, 時速1,850キロぐらいは出ていたという。
RAPCONから, UFOが沿岸上空6,7キロ先を西進中との連絡が入ったが, 機の燃料が少なくなり, テイラー大尉たちはやむなくワートスミス基地に引き返した。
機が基地への最終進入のさい, WSAの付近にまたもや不審な発光体が見えたのを, テイラー大尉は覚えているという。

【参考文献】
『人類は地球外生物に狙われている』【第4章/ それは「明確な意思」を示した】, 著:ローレンス・フォーセット / バリー・J・グリーンウッド, 編訳:南山宏, 1987年
参考外部=>En. Wikipedia (Wurtsmith Air Force Base)

参考外部=>En. Wikipedia (379th Air Expeditionary Wing)

参考外部=>怖話 (【1975年】米軍核施設侵入事件)

参考外部=>SSPC (核施設はUFOを引きつけるのか?)



【関連サイト検索キー: Wurtsmith AFB, 1975, UFO

参考外部=>ufo insight. com (The Loring Air Force Base UFO Encounter - A Case Study)

参考外部=>NICAP (UFO Chased By KC - 135 anker, Wurtsmith AFB, Michigan October 30, 1975)

参考外部=>NICAP ("Wurtsmith and Others" - 1975)

参考外部=>NICAP (UFO Chased By KC - 135 Tanker)

参考外部=>NICAP (Wurtsmith Air Force Base Sighting)

参考外部=>NICAP (The 1975 UFO Chronology)

参考外部=>NICAP (Shiny Disc Hovers Over Restricted Area (Cat 2,9, 10,11) )

参考外部=>UFO CASEBOOK (UFOs Intrude into SAC Base Weapons Areas: 1975)

参考外部=>YouTube (UFO'S BUZZ WURTSMITH AIR FORCE BASE: OCTOBER 1975)

参考外部=>jimharold. com (The Mysterious UFO - Helicopter Wave of 1975 - Nick Redfern)

参考外部=>mysterious universe (Helicopters ?UFOs? Both? )
●トラビス・ウォルトンUFO誘拐事件(アメリカ)



《UFO傑作画へ》
 
1975年11月5日の午後6時過ぎごろ, アリゾナ州スノーフレーク(Snowflake)の近くのアパッチシットグリーブス国有林(Apache - Sitgreaves National Forests)の中で, 伐採作業をして車で帰る途中の伐採工の一人, トラビス・ウォルトンがUFOにアブダクトされ, その後, 無事帰還した事件。

この日, 伐採の仕事を終えた7人【マイケル・ロジャース(Mike Rogers- 28歳), トラビス・ウォルトン(Travis Walton- 22歳), ケン・ピータースン(Ken Peterson- 25歳), デュエン・スミス(Dwayne Smith- 19歳), アレン・ダリス(Allen Dallis- 21歳), ジョン・グーレット(John Goulette- 21歳), スティーブ・ピアース(Steve Pierce- 17歳)】の労働者たちは, ロジャースが運転するトラックで帰宅しようとして, 200ヤード(約180m)ばかり走ったとき, 後ろの座席に座っていたダリスが, 北西の方角に沈みかけた太陽とは違う黄色い光を発見した。
トラックが少しいった見渡しのよいところにでると, トラックの前方右手20〜30mのところの切り枝などを積み上げたところの上空4〜6mのところに, ナベを2つ合わせたような直径4.5m, 高さ2.5mぐらいの明るく輝く物体が滞空していた。
この光景を見た前座席に座っていたウォルトンが, 完全に停止しないトラックから飛び降り, 物体の滞空している方向に近づいていった。
物体からは, 不気味な不可思議な音が出ていたのをトラックの6人は聞いている。
切り枝が積まれたところで数秒間, 物体を見上げていたウォルトンが, 右足をふみ出そうとしたところ, 物体から強烈な光線が投射され, ウォルトンの上半身の部分をつらぬいた。
次の瞬間, ウォルトンの体は両手をひろげ, 頭をのけぞらせ宙に30cmばかりとび上がったという。
それを見ていたトラック内の6人は, 恐怖のあまり現場から全速力で逃げ出した。 400mほど逃げたところで気持ちが落ち着ついた6人は,
15分ぐらい後に現場に戻ったが, ウォルトンの姿はすでになかった。
午後9時ごろに保安官をつれ現場に戻ったが, ウォルトンはやはり見つからなかった。
翌6日の早朝
から大がかりな捜索が開始され, 午後にいったん捜索は打ち切られたが, 週末の11月8日(土)と9日(日)には, ヘリコプターを用いての捜索も行ったが, ウォルトンは発見されなかった。
11月11日の早朝, ヘーバー(Heber; アリゾナ州)の町のガソリンスタンドの公衆電話から, ウォルトンの妹夫婦の家に, ウォルトンからの連絡がはいった。
ウォルトンは, 公衆電話のなかでぐったり倒れこんでいるところを発見された。そこは, ウォルトンが消息を絶った場所から, 12マイル(約20km)ほど離れた場所であった。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.18)』【「トラビス・ウォルトンのUFO同乗事件」, 文:高梨純一】, 1976年
『UFOと宇宙(No.20)』【「トラビス・ウォルトン事件の真相」, 文:冨川正弘】, 1976年




サイト:「Think AboutIt - REAL」から


(★ウォルトンが描いた宇宙人。ムーディ事件の宇宙人と非常に似ている)
『UFOと宇宙(No.19)』から



(★現場の見取り図)
『UFOと宇宙(No.20)』から



【関連サイト検索キー: Travis Walton abduction, 1975, UFO

参考外部=>MUFON (Travis Walton Abduction - 1975)

参考外部=>NICAP (The Travis Walton Abduction)

参考外部=>En. Wikipedia (Travis Walton UFO incident)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1975: Think About It's Abduction Summary - Travis Walton )

参考外部=>liveabout. com (The Travis Walton Abduction, 1975)

参考外部=>huffpost. com (UFO - Alien Abduction Still Haunts Travis Walton)
●マルムストロムAFBミサイルサイトK-7事件(アメリカ) 1975年11月7日, モンタナ州マルムストロム空軍基地のミサイルサイトK- 7上空に巨大UFOが現われ, ミサイル弾頭内にある目標テープの内容が変更されていた。

モンタナ州のマルムストロム空軍基地(Malmstrom Air Force Base)には, 地下にミニットマン・ミサイルを収容するLCF(発射管制施設)が20ヵ所ある。このミニットマン・ミサイルサイトは, 例えば, 「E- 1」 「K- 1」 「L- 1」 といったように, アルファベット順にコード化されて, 広い地域に散らばっている。
事件の起きたのは, モンタナ州リュイストン(Lewiston)の真南, ジュディス・ギャップ(Judith Gap)地区に位置するK- 7のミサイルサイトである。

1975年11月7日, 遠隔電子センサーが, 何者かの不法侵入を知らせる警報を発した。
地下の発射管理エリアにいた二人の士官が, その信号に気づいたが, 地上にはテレビ監視網を備えていない。
SAT(保安警戒班)の保安員が, ハイウェイを走って, K- 7サイトに通じる土道に入った。すると, 1.6キロほど先のサイト上空に, オレンジ色の明るい物体が見えた。
800メートル以内まで近づくと, それはとてつもなく巨大な物体であることが分かった。フットボール場大のまぶしく輝くオレンジ色の円盤が, K- 7サイトを照らし出していた。
LCF(発射管制施設)に無線連絡すると, K- 7サイトに突っこむよう命令された。しかし, 彼らは物体の偉容に恐れをなし, それ以上前進することを拒んだ。
物体は上昇を開始し, 300メートルほどの高さで, NORAD(北米航空宇宙防衛司令部)のレーダーに捕捉された。
モンタナ州グレート・フォールド(Great Falls)から, F- 106ジェット戦闘機が2機迎撃に向かった。UFOは上昇をつづけ, 60,000メートル付近でNORADのレーダーから消えた。迎撃に向かったF- 106は, UFOを視認することなく終わった。
SATの保安員全員は, 基地内病院で心理テストを受け, 全員が不快きわまる体験をしたことは明白と診断された。
これとは別に, 目標選定班(ターゲットチーム)が, コンピュータ専門家とともにこのミサイル・サイトに派遣され, とくにミサイルを目標に向けるミサイル弾頭内のコンピュータの点検にあたった。
すると驚いたことに, コンピュータ内のテープが不可解にも目標番号を変えていることを発見した。この大気圏突入部分は, その後サイロから取り出されて, 基地に運ばれた。
結局, ミサイル全体が取り替えられたという。

【参考文献】
『人類は地球外生物に狙われている』【第3章/ 「消失する巨人」の謎】, 著:ローレンス・フォーセット / バリー・J・グリーンウッド, 編訳:南山宏, 1987年


1975年11月初め, モンタナ州マルムストロム空軍基地ICBMサイトでのUFO事件が多数集中して発生した。
これらの事件は,
1967年3月ミサイル機能停止事件(マルムストロム基地ミサイルシャットダウン事件)以来, マルムストロム基地のICBMサイトで起きた, 最も激しいUFO活動であった。UFOは幾つかの発射施設の上空に滞空し, レーダーで何度も捕捉され, 迎撃機が発進してUFOを追跡した。
【参考文献】
『UFOと核兵器』【第10章/ 70年代の核関連UFO事件】, 著:ロバート・ヘイスティングス, 監訳:天宮清, 2011年




サイト:「UFOs & Nukes」から

参考外部=>海外の妖しいBlog記事から (1973年核ミサイル基地にUFOが出現,攻撃目標情報を消去)

参考外部⇒きよりんのUFO報告 (核ミサイル基地の誤動作事件)

参考外部=>En. Wikipedia (Malmstrom Air Force Base)

参考外部=>Wikipedia (ミニットマン (ミサイル))

参考外部=>En. Wikipedia (LGM - 30 Minuteman)

参考外部=>Big Sky Words (A History of UFOs in Montana)

参考外部=>YouTube (UFO over Malmstrom AFB)

参考外部=>Spiral Galaxy. org (MyEvidence)

参考外部=>NICAP (MADAR)


【関連サイト検索キー: Malmstrom AFB, 1975, ufo 】
参考外部=>NICAP ("Faded Giant"? - Intrusions at Malmstrom - 1975)

参考外部=>UFOs & Nukes (U.S.Air Force Fighters Chased UFOs at Malmstrom AFB in the 1960s and '70s)

参考外部=>The Washington Post (What Were Those Mysterious Craft?)
1976年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
1976年UFO情報 参考外部=>Think AboutIt - REAL (Category: 1976 Sightings)

参考外部=>UFOdna (UFO Sightings in 1976)

参考外部=>NICAP (The 1976 UFO Chronology)

参考外部=>intcat (INTCAT 1976)
●スタンフォード3女性UFO誘拐事件(アメリカ)
【ケンタッキー事件】




(★ルイーズ・スミスさんが描いた円盤のスケッチ)
『UFOと宇宙(No.22)』から
1976年1月6日の夜, ケンタッキー州スタンフォードの車道を車で走っていた3人の女性が, 赤く輝くUFOに遭遇し, 80分の記憶を失った。

3人は, イレーヌ・トーマス(Elaine Thomas- 48歳)さん, ルイーズ・スミス(Louise Smith -44歳)さん, モナ・スタッフォード(Mona Stafford- 35歳)さんで,
午後11時ごろ, スタンフォード(Stanford)市で夕食をし, 3人の自宅のあるリバティ市(29マイル〔約47キロ〕離れている)に帰る途中であった。
スタンフォードの西約1マイル(1.6キロ)の地点で, 運転者のルイーズさんが, 円盤を発見した。
円盤は, フットボール場もある大きなもので, 金属的な灰色をしており, 白く光るドームがあった。赤色の光が, 1列になって並んでいた。 その下に, 黄色の光が3,4カ所に見えたという。
円盤は, 3人の乗る車の前にいったん停止し, それから車の後ろに回ったかと思うと, 車は急にスピードをあげた。
ルイーズさんの足はアクセルに触れていなかったが, 車の速度計は時速85マイル(約130キロ)を示していた。それから, 車は恐ろしいほどの力で後方に引っぱられた。 この時点で3人の記憶は消失した。記憶が戻ったのは, 円盤の目撃地点から8マイル(約13キロ)離れたヒューストンビル(Hustonville)の街灯であった。
恐怖にふるえながらも, リバティ(Liberty; ケンタッキー州)市にあるルイーズさんの自宅に着いたのは,
1月7日の午前1時25分だった。 約1時間20分の記憶が3人とも消えていた。
3人の首には, 同じような長さが3センチほどの傷がついていた。その傷は
2日後には消えたが, 記憶は戻らなかった。
3人はその後, 失われた
1時間20分間の出来事を, 催眠療法の催眠状態で思い出すことができた。
その内容は3人とも, 奇妙な宇宙人に観察され, 手荒に扱われたことであった。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.22)』【「女性3人を身体検査した巨大UFO」, 文:ウェンデル・スティーブンス, 訳:アン・ディカス】, 1977年



(★恐怖の体験をした3女性)
サイト:「the black vault.com」から


『UFOと宇宙(No.22)』から



【関連サイト検索キー: stanford kentucky, January 6 1976, UFO abduction

参考外部=>YouTube (LEX18 Investigates UFO Abduction)

参考外部=>the black vault. com (The 1976 Stanford, Kentucky Abductions)

参考外部=>appalachian ghost walks. com (Stanford UFO Encounters)

参考外部=>ufo casebook. com (The 1976 Stanford, Kentucky Abductions (1))

参考外部=>kyforky. com (15 Times Aliens Definitely Visited Kentucky)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1976: The Kentucky Abductions )

参考外部=>intcat (INTCAT 1976)
●ジャン・ドレッキ畸形UFO目撃事件(フランス)



『宇宙人の死体写真集』から
1976年1月9日, フランスのロワイアンでジャン・ドレッキが自宅に帰る途中, 県道わきに降りた, くびれたドラム缶を縦にしたような形のUFOを目撃した。

セントラル・ヒーティング設備の施工業務を営んでいるジャン・ドレッキ(Jean Dolecki- 55歳)は, サン・ジャン・アン・ロワイアンの県道を自宅に向かいピックアップ・トラックを運転していた。

午後7時すぎだった。自宅のあるエシェビス(Echevis)から, そう遠くない地点まできていた。突然, 上空に輝く球体が出現し, ぐんぐん降下してくるのが見えた。
ドレッキはトラックのスピードを落とし, その物体を注視した。 物体は, 銀紙で包んだ球体のように見えた。彼はブレーキを踏み車を停め, ライトを点けたままにしてトラックの外にでた。すると100メートルほど離れた道路の右手の野原に, 輝く物体があった。
その物体はいくつかあるライトで, その表面と周囲を明るく照らし出していた。 物体の直径は12〜14メートルほどで円筒形をしており, 真ん中よりやや下あたりで, くびれていた。
上半分が下半分より大きいような形で, 物体は地面から浮いているようであった。物体の上のほうの両側面から, ラセン形をしたアンテナのようなものが突き出ていて, それが振動していた。 物体の上部も振動していた。
するとUFOの上半分のほうに, 高さが2メートルほどのドアが開き, 3体のロボットのようなものが姿を現わした。 それらは, 全員がアルミ製の潜水服のようなスーツを身につけていて, すばやく地面に降り立つと, 機械仕掛けのオモチャのように, 歩き, 跳ねていた。
彼らの身長は, ドアと同じ2メートルほどであるが, 胴体に比べて脚が小さく, 頭は四角かったという。 そして釣竿のように伸び縮みする, 棒そっくりの腕を, 上下に振り動かしていた。
やがて
10分ほどすると, 彼らはUFO内に引き上げていった。
UFOが飛び去ったので, ドレッキは急いでトラックに戻り, 必死に家に逃げ帰ったという。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集』【フランスに潜水服姿の巨大ロボットが出現】, 著者:中村省三, 1989年
【関連サイト検索キー: Echevis France, Jean Dolecki, 9 January 1976, ufo

参考外部=>orandia. com (UFO MERIDE - 9 JANVIER -)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1976: January UFO & Alien Sightings )

参考外部=>UFOdna (9 Jan 1976 - Echevis, Rhone- Alpes, France)

参考外部=>intcat (INTCAT 1976)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; January 9)
●レイス夫妻UFO誘拐事件(ブラジル)



(★レイス夫妻がクルマごと吸いこまれたUFOのスケッチ)
『UFOと宇宙(No.31)』から
1976年1月12日, ベロオリゾンテ市に向かう途中のレイス夫妻は, 車ごとUFOにさらわれ,宇宙人とコンタクトの後, 元のハイウェイに戻された。

エルミニオ・レイス(Herminio Reis- 42歳)とビアンカ・レイス(Bianca Reis- 30歳)の夫妻は,
この日の夜, リオ・デ・ジャネイロ(Rio de Janeiro)からベロオリゾンテ(Belo Horizonte)市に向かうリオ=ベロ・ハイウェイ(Rio - Belo highway)を, 愛車のフォルクスワーゲン・カルマンギア(volkswagen Karmann Ghia)で走行していた。
11時半ごろ, 夜空にチカチカまたたきながら動いている光るものを, エルミニオが発見した。その光は, 見る見る二人に向かって近づいてきた。
その物体は, 翼もプロペラらしいものも見えず, 球を半分に切ったような形をして, 下のほうには帽子のつばのようなものが張り出していた。
物体は, 途中から急にスピードをあげ, ものすごい速度で車をめがけて近づいてきた。急ブレーキをかけた車は, 横すべりしながらハイウェイの脇に停車した。
物体は上昇をしたのか, 見えなくなっていた。あたりは妙に静かで, それが不気味だった。
その時, 上空から柔らかい光が静かにおりてきて, 夫妻の乗る車のまわりをゆっくりと包みはじめたという。車の周囲が白熱し, 異様な明るさに輝きはじめた。と同時に, 車がひとりでに浮きあがり, 上に向かってぐんぐんと吸い上げられていくのを感じた。
夫妻は, いつの間にか気を失っていたという。次に気づいた時は, 二人は車ごと格納庫のようなところに入れられていた。
そこは, ギラギラとまぶしく照らし出された広い室で, カーブした巨大な壁に沿って, 半球形で帽子のような同じ形をしたUFOが, 3本の脚のようなものを出して, 何機も整然と並んでいた。
突然, 車のドアが開けられ, 背の高い美しい顔だちの男が現われた。男は身長が2.1メートルほどで, 全身を銀色の服で包んでいた。髪の毛は黒く, 彫りの深い顔をして, 瞳が緑色をしていた。
男が車から出てくるよう手招きをしたので, 二人は車の外に出ると, そこは想像以上に広く, チリひとつない清潔さで, 天井も床もキラキラと光り輝いていた。
二人が, その男のあとについていくと, おびただしい数のスイッチや計算盤のついた機械があちこちに配置されている部屋に着いた。
二人が, すすめられたソファに座ると男は, 多数の電線がつながれている銀色のヘルメットを二人にかぶせた。すると, 二人の脳に直接響くように男の声がきこえてきた。そのヘルメットは, 言語の翻訳をするものらしかった。
宇宙人の名前はカランで, クレルマーという星からきたことを告げた。クレルマーは, 我々地球が属する銀河系ではない遠い銀河系内の巨大太陽をまわる惑星であるという。クレルマー星人は, 外見的には地球人と変わるところがなく, ただ, 血液の循環系と骨の数がちがっていて, 心臓が2つあるという。
そして, すでに何人かのクレルマー星人が, 地球人の生態や地球の資源を研究するために, 世界のあちこちに分かれて住んでいるという。
カランは, 地球人の生理的, 肉体的構造を研究するための調査だということで, 二人に協力を求めた。二人は調査に協力した。身体検査が終わると眼を覚ました二人は, 記憶を消してしまう飲み物をすすめられたが, ビアンカは断った。すると, その変わりにと, 小さなイヤホンのようなものを耳の中に押し込まれた。すると, 金属音が響きわたり, 意識を失ってしまう。
気づいた時には, 元のハイウェイ上の車の中にいたという。二人とも記憶は残っていたという。次のガソリンスタンドで時間を聞いたところ,
まる2日も経っていたのに驚いてしまった。
その後, 夫妻は彼らとコンタクトを行い, コルビという名前のクレルマー星人にも会い, すすめられた土地を購入したという。その土地は, クレルマー星人が地球にやってきて生活する予定になっている場所で, そこに指定した植物を植え, 育てて欲しいことを頼まれたからだという。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.41)』【「ブラジルの牧師が宇宙人の指示で農夫に! 」,文:矢追純一】, 1978年
【関連サイト検索キー: Matias-Barbosa, Minas Gerais, Brazil, January 1976, UFO

【事件日:1月?日】
参考外部=>PORTAL ufo (Observa coes de UFOs e alienigenas em Minas Gerais)

【事件日:1月12日】
参考外部=>galactic. no (THE Jehova withess pastor that was taken up in a ufo in january -76)

【事件日:1月21日】
参考外部=>UFOs at close sight (JANUARY 21, MATIAS - BARBOSA, MINAS GERAIS, BRESIL, ERMINIO AND BIANCA REIS)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1976: January UFO & Alien Sightings )

参考外部=>intcat (INTCAT 1976)
●ネミンガ(ニューサウスウェールズ州)怪光線事件(オーストラリア) 1976年3月22日, ニューサウスウェールズ州ネミンガで, 不思議な光が下りてきて白い小型車を包みこむのを, 近くにいたカップルが目撃した。

この日の朝5時45分ごろ, 休暇から帰る途中のカップルが, ニューサウスウェールズ州ネミンガ(Nemingha, New South Wales)というところで, 近道をさがすため, 郵便局の前に車を止め, 道路地図を調べていた。
そこにヘッドライトをつけた白い小型車が近づいてきたので, そのドライバーに道を聞こうと2人は車をおりた。
そのとき突然, 明るい黄緑色の光が空中から下りてきて, その小型車をすっぽり包みこんだ。光はすぐに消えたが, 車は濃い白いもやのかたまりにおおわれ, 道路の反対側に滑るようにして停止し, ヘッドライトも消えた。
2分ほどで白いもやが消えると, 女性がその小型車から降りてきて, フロントガラスについた何かを布で拭きとりはじめた。ヘッドライトがつき, 拭き終えた布を女性が投げ捨てると, その布はぱっと燃えあがったという。
女性は車に戻ると, カップルがあっけにとられているあいだに走り去っていった。小型車が通り過ぎるときに, カップルはその車体のいたるところに, 何か白い物質が付着しているのに気づいた。
また,
ほぼ同時刻に, 近くに住んでいた女性が, 低高度で通り過ぎる緑がかった黄色い光体を目撃している。
【参考文献・サイト】
『UFOに関する極秘ファイルを入手した。』【第2章/ あなたも狙われている】, 著:リチャード・ホール, 訳:青木日出夫, 1989年
・サイト:「intcat(INTCAT 1976)」
・サイト:「Think AboutIt - REAL(1976: March UFO & Alien Sightings)」

参考外部=>intcat (INTCAT 1976)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1976: March UFO & Alien Sightings )

参考外部=>UFOdna (22 Mar 1976 - Nemingha, New South Wales, Australia)

参考外部=>PROJECT 1947 (A CATALOGUE OF THE MORE INTERESTING AUSTRALIAN UAP REPORTS)
●エレーヌ・ジュリアナUFO誘拐事件(フランス) 1976年6月10日の深夜,フランスのドゥローム(Drome)県のオスタンに住むエレーヌ・ジュリアナ(20歳)が, 映画を観たあと, 車で帰宅中にUFOに遭遇し, 2時間以上の記憶を失くした事件。

この夜, エレーヌ・ジュリアナ(Helen Giuliana)さんは, 友達と映画を観たのち, 車で家路を急いでいた。
家から16km離れたロマンスを過ぎ, マルチネ橋(Martinet Bridge)にさしかかったとき, 急に車のスピードが落ちた。
停車して, 調べてみても原因が分からなかった。しかたなく, また走りだすと今度はヘッドライトが消え, エンジンが止まってしまった。時間は,
11日の午前1時半になっていた。
ジュリアナがふと前方を見ると, 25mほど離れたところに, オレンジ色に輝く物体が立ちふさがっていた。 急いで車のドアをロックした彼女は, 恐怖のため両手で顔を覆ってしまった。
しばらくして, 顔をあげてみると物体は姿を消し, 車も正常に戻っていた。
彼女は, 急いで家に向かったが, 帰宅したときには
午前4時で, 何と2時間以上も余計に時間がかかっていることに気づいた。
この事件を両親や勤め先の町役場の町長にも話すと, この話は地元一帯にあっという間に広まった。
その後, 彼女は
7月22日と8月18日に2度, 催D実験を受けた。 8月18日には, リヨンのテレビ局の職員など多数が立ち会った公開的なものだった(これは, 8月24日にフランスのTV局, FR3から放映された)が, 彼女は, 7月22日の催眠時と同じことを一語たがわず矛盾することなく繰り返した。
それによると, 2人の小人が近づいてきて車の左ドアを開け, 彼女を物体の中に連れ込んだという。 物体は高くて円形で, すべて鉄でできているようだった。彼女はその円盤内に連れ込まれるとき, ふり返ると彼女の自動車は消えていたという。円盤の中は, 白, 赤, 黄色の光がうずまいていた。
小人たちは上下続きの黒っぽい服を着て, 顔つきは醜く, 大目玉だった。 彼らは彼女をテーブルのようなものの上に横たえて, 両手と両足を手錠のようなもので固定した。
小人の一人が, 箱のようなもので彼女の服の上を丸くなぞった。その箱は, 懐中電灯のようなものだったという。
気がつくと, 彼女は円盤の外にいた。円盤からは3メートルほどの脚が3本出ていて, 円盤の下側は光がきらめいていたという。
【参考文献】
『UFOと宇宙(NO.24)』【UFO情報;海外(フランスでもUFOが若い女性誘拐)】, 1977年


(★遭遇現場を指さすジュリアナ)

(★催眠実験中のジュリアナ)

『UFOと宇宙(No.24)』から


【関連サイト検索キー: Pizancon, France, June 1976, ufo

参考外部=>LE BLOG DE MERLIN ... (Un des rares cas d'enleve ment en France ...)

参考外部=>actual aliens. com (UFO Chase Caught on Tape!)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1976: June UFO & Alien Sightings )

参考外部=>ufoinfo. com (On This day; June 11)

参考外部=>intcat (INTCAT 1976)

参考外部=>UFOdna (11 Jun 1976 - Pizancon, France)
●グランカナリア球体UFO目撃事件(カナリア諸島)



(★遭遇した球体UFO)
『UFOと宇宙(No.33)』から
1976年6月22日の夜, グランカナリア島のギアに住むパドロン・レオン医師が, 透明な球体UFOを目撃した。UFO内には, 二人の巨人搭乗者がいた。

1976年6月22日の夜, カナリア諸島(Canary Islands)に出現したUFOは, フェルテベンツラ島南部, グランカナリア島(Grand Canary Island)北部, およびテネリフェ(Tenerife), ラ・パルマ(La Palma), ラ・ゴメラ(La Gomera), イエロの諸島で目撃された。

(★6月22日夜, カナリア諸島に出現した光り輝く巨大なUFO。グランカナリア島南部に住む一市民が撮影したもの。 海岸近くの, かなり低空に数分間静止しているところを撮影したという)
『UFOと宇宙(No.35)』【カナリア諸島を横切った巨大な発光球体】から)


1976年6月22日の午後9時30分ごろ, グランカナリア島(Grand Canary Island- スペイン領カナリア諸島)のギア(Guia)に住むパドロン・レオン医師(Dr. Francisco Padron Leon)は, 往診のため依頼してきたピノ(Santiago del Pino)青年とともに, タクシーで患者の家に向かっていた。
ラス・ローザス(Las Rosas)という場所にさしかかり, カーブを曲がると, 前方に突然巨大な球体が出現した。 その球体は, 2階建ての家ぐらいの大きさで, 60メートルほど前方の地上数メートルのところに浮かんでいた。
球体はまるでコンパスで描いた球のようで, シャボン玉のように透明で, 背景の星々がくっきり見えていた。 球体の周囲は, 美しい青の光に包まれている。レオン医師たちは, 信じられない面持ちで, 暗闇に浮かぶそのUFOを
20分近く見つめていた。
球体の内部には, 銀色のプラットホームのような台があり, その上に計器盤のようなものが3つ, やや外側に傾いて立っていた。 さらに身長が2.8〜3mほどある2人の怪人が, 互いに向きあって手を動かしレバーを操作していた。
彼らは, 黒い 「潜水用ヘルメット」 をかぶり, 真っ赤なスーツを着ていた。手には円錐形の黒い筒らしいものをはめていた。 また, 彼らは体に比べて, 頭が不釣り合いなほどに大きかったという。
運転手がヘッドライトでUFOを照らすと, 球体は上昇をはじめ, 周りの家の屋根の高さまで上昇した。
すると, 球体の内部にあるチューブから青いガスが噴出され, 内部を循環しはじめた。そのとたん, 球体は大きさを増していき, ついには20階建てのビルぐらいにまでふくれあがった。
しかし, 内部の怪人たちや計器盤は元のままの大きさを保っていたという。
レオン医師たちは, 恐ろしくなって車を家並に向け, 近くの一軒の家の中に逃げ込んだ。 そこの家族と一緒に窓からUFOを眺めた。いまやUFOは, 巨大な大きさにふくれあがっている。
やがて, 噴き出していたガスの動きが止まったかと思うと, UFOはあっという間にテネリフェ島の方角に飛び去っていった。 その際に, UFOの形状は紡錘形に変わり, 周囲を鮮やかな白い光が取り巻いていたという。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.33)』【私は宇宙人を見た! ; 透明のUFOと巨人搭乗員】, 1978年
『宇宙人の死体写真集』【カナリア諸島の透明UFOと巨大な宇宙人】, 著者:中村省三 , 1989年



サイト:「zamandayolculuk.com」から


(★UFOが飛行したコース)

『宇宙人の死体写真集』から



【関連サイト検索キー: The Canary Island, June 1976, ufo

参考外部=>ufo casebook. com (1976 - The Canary Island Alien Sphere)

参考外部=>Open Minds (Canary Islands Mass UFO Sighting, 1976)

参考外部=>ufo insight. com (The 1976 Canary Islands Sphere Incident)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1976: The Canary Island Alien Sphere )

参考外部=>UFO - FYI (UFOs One Year at a Time: 1976)

参考外部=>NICAP (The 1976 UFO Chronology)

参考外部=>intcat (INTCAT 1976)

参考外部=>zamanday olculuk. com (Giant Aliens Floating In Crystal UFO Sphere Encounter)
●ストックポート宇宙人目撃事件(イギリス)


(★遭遇した宇宙人らしき人物)
『宇宙人の死体写真集』から
1976年8月下旬のある日, イングランドのマンチェスターの南東10キロにあるストックポートで, 3人の子供たちが, 宇宙人らしき人物とUFOを目撃した。

この日のお昼ごろ, ストックポート(stockport)のノースレディッシュ(North Reddish)地区, ロングフォード(Longford)西通り北側にあるゴミ捨て場で, 双子のスーザンとジョン(Susan and John), 友達のポール(いずれも仮名)の3人の子供たちが遊んでいた。
スーザンが喉がかわいたので, 小屋にジュースを飲みにいった。 残りの2人は, 近くのヤブのほうで物が割れるような音がしたのを聞いた。
すると, 音のしたほうから奇妙な人物が姿を現した。その人物は, さほど人間と違いはないのだが, なんと地面から15センチほど浮いていたのだ。
その男は, 灰色のあごヒゲと長い金髪をして, 銀色のスーツを着ていた。だが
数秒で, 2人の目の前から消えてしまった。しかし, 小屋の中にいたスーザンからは, その男が2人の背後のほうに立っているのが見えたという。
男は, 腰のベルトから小さなシャベルを抜き出して地面を掘りはじめ, 掘った土を透明な袋に入れていた。 スーザンがこわくなって大声をだすと, その男は一瞬の間に姿を消してしまったという。
子供たちは男を探して, 小学校の塀のほうにいってみると, その男は塀のそばにしゃがんでいた。土のサンプルを採取しているようだった。子供たちに気づくと, すぐにかき消すように消えてしまった。
突然, UFOが小学校の校庭のほうから浮かびあがってきた。UFOは銀色で, 上のほうには窓と思われる黒い部分が4つ, 横一列に並んでいた。 底面の中ほどにも, 黒い部分が二つあった。
子供たちが言うには, UFOは大きくも小さくもない物体で, 全体的に曲線で構成されていたという。 ただし, 底部は平らだった。
UFOは, ゆっくりと上昇してから, 低空飛行をして南南東の方向へと去っていった。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集』【イギリスの子供たちが見た浮遊する宇宙人】, 著者:中村省三, 1989年


『宇宙人の死体写真集』から



【関連サイト検索キー: stockport england, August 1976, ufo

参考外部=>ufo insight. com (The Cheshire "Silver - Suited" Man! An Encounter With The Nordics? )

参考外部=>intcat (INTCAT 1976)

参考外部=>UFOdna (In August 1976 - Reddish Vale, UK)
●レオニシオ夫妻宇宙人遭遇事件(ペルー) 1976年9月6日の夜, ペルー南部で, レオニシオ夫妻がUFOに遭遇し, 降りてきた2人の乗員と遭遇した事件。

レオニシオ・ハラ・トレス(Leoncio Jara Torres- 55歳)と妻のエレナ(Elena)は, ペルー南部のオラシェアとアジャビィリを結ぶ道路のアッコパンパ(Accopampa)付近を車(トラック)で走っていた。
午後8時ごろ, 明るく光る物体が, 彼らをめがけて降下してくることに気づいた。すると, 彼らの乗る車のエンジンが止まってしまった。
レオニシオは惰性で走る車を路肩に寄せた。そのとき, 車から30メートルほど離れた野原に, 直径が9メートルもある丸屋根のついた円盤型のUFOが着陸した。
物体から, 光る服を着た2人の人間が降りてきた。2人は人間そっくりであるが, 目のところが空っぽだったという。 彼らは, あぶなっかしい足どりでチョコチョコと歩き, 懐中電灯のようなものを持っていて, それを上空に向けて照らしていた。
車が止まってからは, レオニシオ夫妻は2人とも, 体がしびれたようになって動くことができなくなっていた。 その原因が, その懐中電灯のようなもののせいではないかと, 夫妻は今でも信じているという。
2人の乗員は, ヨチヨチ歩きをしながら, レオニシオたちに近づいてきた。そして, 二手に分かれ運転台の両側の開いた窓から手を伸ばし, レオニシオとエレナの背中にふれた。
それでクルリと向きを変えた奇妙な2人組は, また円盤にもどっていき中に姿を消してしまった。円盤は, すぐに離陸していったという。夫妻の体のしびれは, いつのまにか消えていた。車のエンジンも始動し動きはじめた。
恐怖におののく彼らは, ハイウェイ・パトロールの事務所に車を止め, 怪物たちの手で背中をふれられたために背中をやけどしたと訴えた。 彼らの手は, 赤熱しているようにひどく熱かったという。しかし, 背中にやけどの跡はなかった。
警官たちは, 夫妻を事件現場につれもどした。夫妻の言葉どおり, 着陸地点には土に凹みがあり, 焼け焦げたあともあった。
保健所では, 夫妻に対しておきまりの調査をしたが,
数日後になっても2人には後遺症は現れなかった。 その反対に, 怪物たちにさわられる前は2人ともリューマチに悩まされていたのが, 数日間は全然痛みを感じなくなったという。
残念ながら,
数日後にリューマチも戻って来たが, 痛みは以前よりもずっと軽くなっていたという。エレナはふたたび縫い物ができるようになり, あの乗員たちに感謝しているという。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.28)』【「宇宙人からテレパシー・メッセージを受ける科学者たち」, 文:グレイ・バーカー, 訳:増野一郎】, 1977年
【関連サイト検索キー: Accopampa Peru, Leoncio Jara Torres, 1976, ufo

【事件日:9月6日】
参考外部=>ufoinfo. com (on this day; September 6)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1976: September UFO & Alien Sightings )

参考外部=>UFOdna (6 Sep 1976 - Accopampa, Peru)


【事件日:9月8日】
参考外部=>intcat (INTCAT 1976)
●イラン戦闘機UFO交戦事件(イラン)
【テヘランUFO交戦事件】







サイト:『海外の妖しい Blog 記事から』から
1976年9月18日の夜, イランのテヘラン(Tehran, Iran)上空にUFOが出現し, イラン王立空軍の2機のF- 4ジェット戦闘機が迎撃に向かったが, UFOに接近すると計器や通信機器が誤動作した事件。

最初にUFOを発見したのは, メーラパッド空港(Mehrabad airport)管制塔の職員で, 物体はテヘラン(Tehran)市の南部の上空を高度約1,800メートルで飛行しながら, 赤, 青, 緑の色を交互に発していた。
イラン空軍は, F- 4ファントム U ジェット戦闘機を緊急発進させ調査を命じたが, マッハ1 を超える速さでこの物体に接近しても, テヘラン市から約240キロメートル離れたところで見失った。
だが, 物体は市内上空に戻っており, 見つけ出すよう指令を受けたパイロットは, 市内に戻り物体に近づいたが, 40キロメートル以内のところで, 無線交信や機械操作が不能になり, 燃料切れにもなったため基地に戻った。 物体から離れると, 機の電子機器は正常に戻った。
2機目のF- 4ファントム U ジェット戦闘機が緊急発進し物体に近づいたが, その物体はストロボライトのような強烈な光を発し, 物体の輪郭を見分けることができなかった。約40キロメートルの距離でレーダーをロックオンしたが, そのサイズはタンカーほどの巨大なものであった。
物体は一箇所に留まることなく飛び回り, マッハ2でも追いつけなかったという。 さらに物体から分離した小型の物体が戦闘機に近づいたとたん, 無線通信が不能になり, 赤外線誘導式のミサイルを, そのターゲット(小型の物体)に向け発射しようとしたが, ミサイルシステムも故障していた。
戦闘機は辛くも逃れたが, また別の小型の物体が母船から出て, 砂漠地帯に着陸し, あたり一面を昼間のように明るくしたという。
この事件は, 2人の操縦士とメーラパッド管制塔の職員数名が確認している。
19日の夜になってからも, 附近から目撃者の報告が寄せられた。
【参考文献】
『UFOと宇宙(NO.24)』【UFO情報;海外(ファントム戦闘機が幽霊を追跡)】, 1977年
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』, 2015年



サイト:「NICAP」から


サイト:「Think AboutIt - REAL」から

参考外部⇒FC2・海外の妖しいBlog記事から(1976年9月19日、イラン: 2機の F-4戦闘機が UFO と交戦(途中:その2))



【関連サイト検索キー: Tehran UFO incident, 1976

参考外部=>En. Wikipedia (1976 Tehran UFO incident)

参考外部=>YouTube ('Strange Objects' Once Disabled Iranian Air Force Jets (1976 Tehran UFO Incident) )

参考外部=>YouTube (Tehran UFO Incident, 1976: Iranian Fighter Jets Chase a UFO)

参考外部=>MUFON (Iranian Air Force UFO Intercept - 1976)

参考外部=>skeptoid. com (The Tehran 1976 UFO)

参考外部=>think anomalous. com (Tehran UFO Incident, 1976: Iranian Fighter Jets Chase a UFO)

参考外部=>Vocal (Incident in Tehran)

参考外部=>NICAP (Iranian F-4 Phantom Jet Chase, Radar / Visual / E-M / IAD Signal)

参考外部=>NICAP (The Tehran, Iran / F-4 Incident)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1976: F-4 Jet Chase over Iran )
●ポルトガル旅客機UFOニアミス事件(ポルトガル) 1976年9月19日の午前2時ごろ, ポルトガル上空で101人の乗客を乗せたボーイング707型(Boeing 707)ジェット旅客機が, UFOとあやうく衝突しそうになった事件。

TAP航空(ポルトガルの国営航空会社)の241便が, アフリカに向けリスボン空港(Lisbon Airport)を離陸した直後のことである。
炎と火花のようなものを吐いた物体が, このポルトガル旅客機をかすめ去った。
操縦席にはベテランのウェイガート(Eloi Weigert- 52歳)機長, アルミンド・ピント副操縦士(34歳), ギルベルト・サルメント機関士(48歳), それにザイールのキンシャサで交代するホセ・ピント(Jose Pinto)副操縦士の4人がいた。
高度4000フィート(約1200メートル)に到達するすこし前, 右側2時の方角に, その物体は発見され,
1秒のうちに2時から1時の方角に300メートルと離れていないところを移動し, ネオン菅よりずっと明るく輝き, 燃料を燃やしているように, 2本の光条を後にひいていた。
旅客機は衝突をさけるため, 機を右に傾けた。操縦席の窓の4分の3を覆いかくしたその物体には, 間隔のせまい窓のように5個から7個の明るい光がきらめいていた。
機が旋回すると, 物体はオレンジ色の閃光を発しながら, 左側に飛び去った。
リスボン空港管制塔のレーダーには, この物体は捕えられなかった。 しかし, カルロス・コスタ先任管制官(59歳)は肉眼でこれを目撃している。

【参考文献】
『UFOと宇宙(NO.24)』【UFO情報;海外(ジュット旅客機がUFOとニアミス)】, 1977年

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; September 19)

参考外部=>UFOdna (19 Sep 1976 - Lisbon, Lisboa e Vale do Tejo, Portugal)

参考外部=>UFOdna (19 Sep 1976 - Lisboa, Portugal)
●ウィンチェスター着陸UFO遭遇事件(イギリス)


  

(★着陸したUFOと車をのぞきこむ謎の乗員。いずれも目撃者の証言に基づいて描かれたもの)
『UFOと宇宙(No.24)』から
1976年11月14日, ウィンチェスター付近で, 着陸したUFOと乗員に, ドライブ中の男女2人が遭遇した事件。

この日の午後9時ごろ, ガールフレンドの家にいる17歳の息子を迎えに行くため, ウィンチェスター市(Wincheste- イギリス南部ハンプシャーにある海港サウサンプトン市の北にある小都市)に住む母のジョイス・ボウルズ(Joyce Bowles- 42歳)夫人とエドウィン・プラット(Edwin Pratt- 58歳)氏は, 5kmほど離れたチルコム農場(Chilcomb Farm)に, 夫人の車(ミニ・クラブマン: Mini- Clubman)で, 夫人が運転して向かっていた。
A272の地点にさしかかった頃, 二人は空中にオレンジ色の光体を発見した。
二人はチルコム農場に向かうために左折し, せまい道路に入った。道路の右側には約10m幅の草地があり, そのむこうはヤブがおおっていた。
突然, 車がバラバラになりそうなくらい, 激しく揺れ始めた。車のコントロールができず, 車は斜めに疾走し, 道路わきの草地のなかに乗り上げて停止した。 が, すぐに車はエンジンが轟音を発し, ひとりでに動き出した。
車のライトは, 通常の4倍ほどの明るさを発していたという。
次に車が停止したとき, 前方約5m, 地上約30〜40cmのところに, オレンジ色に輝く葉巻型(楕円形)の物体が浮かんでいた。
物体の下部からは, 蒸気のようなものが噴き出ていた。頂上部左側には "窓" があり, 3人の顔が外を見ていた。
物体にドアは見えなかったが, いつの間にか1人の "人間" が外に出てきた。人間は身長が約1.8m, 銀色の服を着ていた。 その男は, 車の方に歩み寄ってきた。頭には何もかぶらず, 長い金髪が肩のところでまき上がっていて, あごひげが長くさがっていた。皮膚は青白くきれいだった。
男はかがみ込んで, 車の中をのぞき込んだ。目は白ウサギのようにピンク色をしていた。夫人はその目があまりにも鋭いので, 目を離しても太陽を見たかのように焼きついていた。男は
約2分間, 車のそばに立っていたが, やがて物体の後部の方へ歩いていった。
車の外へ出ようとするプラット氏を夫人が引き止めた。そして二人が前方を見たときに, 物体は消えていた。
恐怖感から車の外へ出ることができず, 車の運転をプラット氏にかわってもらうこともできなかった夫人は, 夢中でエンジンをかけ車を発進させようとした。だが, 車は目に見えない壁につきあたっているかのように, タイヤが空転し動かなかった。
そしてエンジンが止まったため, もう一度エンジンをかけ直すと, 今度はうまく車は動き出した。二人は約800m先のチルコム農場に無事到着した。
この事件は,
約7分間のことだったという。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.24)』【「ウィンチェスターに出現したUFOと不思議な人間」, 文:レスリー・ハリス(Leslie Harris), 訳:久保田八郎】, 1977年


(★現場付近の地図)
 

(★事件現場付近)

『UFOと宇宙(No.24)』から



【関連サイト検索キー: Winchester, November 1976, ufo

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1976: November UFO & Alien Sightings )

参考外部=>Mysterious Britain & Ireland (Winchester UFO (1976))

参考外部=>unexplained - mysteries. com (Two strange British UFO occupant reports)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; November 14)

参考外部=>intcat (INTCAT 1976)
1977年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
1977年UFO情報 参考外部=>Think AboutIt - REAL (Category: 1977 Sightings)

参考外部=>UFOdna (UFO Sightings in 1977)

参考外部=>NICAP (The 1977 UFO Chronology)

参考外部=>intcat (1977 JAN - JUNE)

参考外部=>intcat (1977 JULY - DEC)
●ピレネー上空の巨大物体目撃事件(フランス) 1977年1月17日, フランスのピレネーの町ロスピタレに住む女性パトリシア・モニンは, 車で走行中, 巨大な雲のかたちをした奇妙な物体を目撃した。

この日の夕方5時半頃, パトリシアは2台の車で, ロスピタレ(Lhospitalet)の町に向かってパドカーズの道を走行していた。
車が国道20号線と20A号線の交差地点に近づき, 大きなカーブを曲がり切ったとき, 突然, 前方の地上100〜150メートルの雲ひとつない空中に, 巨大な物体が静止しているのを発見した。
前を走っていたパトリシアの父が運転する車も, その物体に気づいたとみえて, 2台の車は路肩に停止し, 2台の車に乗っていた全員が車の外に出た。
全員が, 最初は奇妙なかたちの雲が浮いているのかと思ったという。 しかし, パトリシアも含めた誰もが, この辺の気象と雲のかたちなどを, 日頃見なれており, それが雲でないことはすぐに分かったという。見わたすかぎり, ほかに雲は見えなかった。
その雲に見える物体は, 3,4階建ての細長いビルを横にしたほどの大きさで, 全体がススのように薄汚れて見えた。 中心部がふくらみ, 周囲は平たく, ヘリの部分が鮮やかにオレンジ色に輝いて, そのヘリの部分の輪が物体の周囲をゆっくり回っているように感じたという。
そして, その物体の周辺だけが, 霧が薄くたちこめているように見えた。
パトリシアは, とっさに3枚の写真を撮影した。あたりが奇妙に静まりかえっていたのが印象的だった。
パトリシアたちは, この物体を数分間観察したが, 目的地に向かって出発した。 ロスピタレへの最後の曲がり角で, パトリシアたちはもう一度振り返ってみたが, そのときには物体は姿を消していた。

(★上はパトリシアが撮った写真の3枚のうちの1枚)
【参考文献】
『UFOと宇宙』(No.46)』【UFOs IN COLOR/ ピレネー山脈上空に巨大な物体出現】, 1979年

参考外部=>UFOdna (17 Jan 1977 - Hospitalet, France)





●ヌートリアのハンターUFO遭遇事件(アメリカ) 1977年1月21日 , イルイジアナ州セント・バーナード郡でヌートリアの密猟をしていた2人のハンターが, UFOに遭遇した。

この日の午後8時45分ごろ, 2人の男性がルイジアナ州セント・バーナード郡(St. Bernard Parish)の堤防運河(Dike Canal)で, 毛皮をとるためにヌートリア(Nutria)の密猟をしていた。
一人はボートに乗り, もう一人は運河沿いに移動していた。
ボートに乗った男(ロバート)が, 星のような赤い光を放つ物体が近づいてくるのに気づいた。彼は, 最初それを密猟を監視するヘリコプターかと思った。
その物体の放つ光が, ボートと周囲をつつみこむと, 風の音も蛙の鳴き声も聞こえなくなり, ロバートにまったくの静寂がおとづれた。 光の外側は見えなかった。しかし, ロバートはその光りにぬくもりを感じたという。
その光を放つ物体が, 森の方に飛び去ると, すべてが正常に戻った。
ロバートのパートナーであるもう一人の男(アーウィン)は, すでに彼らのキャンプに戻っていて, これを見ていなかった。ロバートは, キャンプに戻り, このことをアーウィンに話した。
その後2人は, 両者ともボートに乗り込み, 運河を下りヌートリア猟を続けた。すると, 再び光を放つ物体が近づいてきて, ボートの上空約20メートルの位置に静止した。
彼らのまわりが光につつまれると, さっきと同じように静寂がおとづれた。なにもかも暖かく感じられた。しかし, ロバートの髪が針のように逆立った。
上空の物体は, 直径がおよそ6メートルで, 表面はダイヤモンド形のように多面的に見え輝いていた。
不思議なことにボートのエンジンは動いているのに, 何かに押さえつけられているかのように前進しなかったという。 物体が上空を去ると, 急にボートは前方に飛び出し, 2人はのけぞってしまった。ボートを押さえつけていた力が, 突然消えたような感じだった。
ボートは,
午後9時5分に製油所近くに止まった。UFOは別の地点で静止し, 下向きに光線を放っているのが見えた。
【参考文献・サイト】
『UFOに関する極秘ファイルを入手した。』【第2章/ あなたも狙われている】, 著:リチャード・ホール, 訳:青木日出夫, 1989年
・サイト:「NICAP(The 1977 UFO Chronology )」



(★立ちあがったヌートリア)
サイト:「Wikipedia(ヌートリア)」から

参考外部=>Wikipedia (ヌートリア)



参考外部=>NICAP (The 1977 UFO Chronology)

参考外部=>intcat (1977 JAN - JUNE)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1977: January UFO & Alien Sighting )

参考外部=>UFOdna (21 Jan 1977 - Yscloskey Refinery, Louisiana, USA)
●ランゲンアルゲン異星人遭遇事件(ドイツ) 1977年2月24日, ドイツのボーデン湖に近いランゲンアルゲンで, 帰宅中の2人が光体を目撃し, その後1人が異星人らしき生物に遭遇した。

この日の夕方, レストランマネージャーのルディ・グルチェ(Rudi Grutsch -52歳))と電気技師のロタール・シェフラー(Lothar Schaefler -27歳)の2人は, 帰宅途中(車はグルチュの家の近くまで帰っていた)に, ボーデン湖(Lake Boden)の方向から2つの明るく光る物体が急速に近づいてくるのを見て, 車をとめた。
葉巻型をした物体は, 500メートルほど離れた空中で停止し, あたりを明るく照らし出した。物体の側面には4つの照明のついた窓があった。
物体はやがて光度を落とし, あたりは薄暗くなった。グルチェは彼の家に入り, シェフラーは車に残った。
すると, 光体はシェフラーから50メートル離れた, 高度約20メートルのところに再び現われた。シェフラーは恐ろしくなり, 車から出てグルチェの家に入れてもらおうとしたが, グルチェはなぜか体が麻痺して, 彼を家に入れることができなかった。
シェフラーはグルチェの隣の家に走り, 玄関のベルを鳴らした。
このとき, 彼は笛のような音を聞いた。同時に2人の異様な生物が, 彼のそばに現われた。それは身長が120センチほどで, 長い腕を持ち, 髪がなく, 大きな吊り上がった目をしていた。
シェフラーはパニックにおちいり, その家のドアを壊した。家の者は, それを強盗の仕業と思い警察に電話をしたが, シェフラーが床に倒れているのを見つけた。
シェフラーは警察に連行されたが, 酒に酔っていることはなかった。
後に新聞でこの事件が報じられると, 非常に明るい光体を, この日目撃したという者が8人いたことがわかった。
また, この物体はイタリア軍のレーダーにも捕捉され, イタリア空軍機を
23分間にわたって追跡していたこともわかった。その物体は戦闘機の追跡をやめると, 270度のターンをして消えていったという。
【参考文献・サイト】
『週刊実話増刊「不思議な怪事件」』【現代史に刻まれた未確認飛行物体UFO遭遇事件史】, 2020年
●サイト:「intcat(1977 JAN - JUNE)」



サイト:「YouTube(Aliens am Bodensee (24.02.1977 Langenargen, am Bodensee, Deutschland))」から

【関連サイト検索キー: Langenargen Germany, Feb 1977, UFO

参考外部=>YouTube(Aliens am Bodensee (24.02.1977 Langenargen, am Bodensee, Deutschland))

参考外部=>NICAP (The 1977 UFO Chronology)

参考外部=>NICAP(UFO Occupant Sightings)

参考外部=>又人にかけ抜かれけり秋の暮れ(『宇宙人大図鑑』はパクリ本だったのか問題)

参考外部=>intcat (1977 JAN - JUNE)

参考外部=>UFOdna(24 Feb 1977 - Langenargen, Lake Constance, Germany)



●アルジュナ油田UFO目撃事件(インドネシア) 1977年3月10日, インドネシアのアルジュナ(Arjuna)油田の1マイル(約1.6km)沖に停泊していた2隻の石油タンカーの乗員が, 油田上空を旋回するUFOを目撃した。

この日の午後7時40分ごろ, 2隻の石油タンカーの乗組員が, 赤いボディライトと黄色がかった白い光線を発して飛行する, 大きな暗い物体を目撃した。
物体は, 1,000フィート(約300m)ほどの高さを覆う雲の下を, 西から接近し, アルジュナ油田上空を2度旋回し, 東へと去っていった。
【参考文献・サイト】
『UFOに関する極秘ファイルを入手した。』【第11章/ 地球の明日が危ない?! 】, 著:リチャード・ホール, 訳:青木日出夫, 1989年
・サイト:「MIG - Missouri Investigators Group(ENERGY)」



サイト:「化学業界の話題 - 個人データベース(インドネシアの石油化学)」から

参考外部=>化学業界の話題 - データベース(インドネシアの石油化学)



参考外部=>MIG - Missouri Investigators Group (ENERGY)

参考外部=>UFOdna (10 Mar 1977 - Java Sea, Indonesia)
●ドーバーデーモン目撃事件(アメリカ)


サイト:「En. Wikipedia (Dover Demon)」から
1977年4月21日, マサチューセッツ州ドーバー(Dover)の住宅地で頭が大きく, 手足の細長い体毛のない怪物を目撃した事件。

17歳のウィリアム・バートレット(William "Bill" Bartlett)は, 友人を乗せドライブをしていた。
午後10時30分ごろのことである。6メートルほど先の石塀の上を, 犬か猫のような動物が歩くのを見た。
ヘッドライトが照らすと, その怪物は長い指で岩をつかんで, 車のほうを振り向いた。
胴体よりも大きそうな巨大な頭部に, オレンジ色の明るく光る大きな目があった。鼻や口, 耳のようなものはなく, 手足は細長く, 肌は黄色みがかったピンク色をしていた。
1両日中に, 同一と思われる怪物【ドーバーデーモン(Dover Demon)と呼ばれた】が, 10代の若者たちにより目撃されている。 しかし, その後は目撃されることもなく, いずこかに消えてしまった。
【参考文献】
『(決定版)超怪奇UFO現象FILE』, 著:並木伸一郎, 2008年




(★バートレット達が目撃した2時間後に, 同じような怪物を目撃したジョン・バクスター(John Baxter- 15歳)の観察によるスケッチ)
サイト:「ati」から

参考外部=>Wikipedia (ドーバーデーモン)

参考外部=>UMAファン〜未確認動物

参考外部=>怖い話(ドーバーデーモン)

参考外部=>未確認生物大陸 (ドーバーデーモン)



【関連サイト検索キー: Dover Demon, 1977

参考外部=>En. Wikipedia (Dover Demon)

参考外部=>ati (The "Dover Demon" Petrified Four Teens In A Small Town In 1977 - And Remains Unexplained To This Day)

参考外部=>thought catalog. com (12 Creepy Facts About The Dover Demon)

参考外部=>The Mothman Wiki (Dover Demon)

参考外部=>
Cryptid Wiki (Dover Demon)
●ケブラディラス宇宙人目撃事件(プエルトリコ)


(★目撃者オルモスによるヒューマノイドのスケッチ)
『宇宙人の死体写真集』から
1977年7月12日, プエルトリコ(Puerto Rico)のケブラディラス(Quebradillas)という町で, 奇妙な装置を付けた, 小柄な宇宙人が目撃された。

目撃者はアドリアン・デ・オルモス(Adrian De Olmos Ordones- 42歳)で, 自宅のバルコニーで夕涼みをしていると, 向かいの農場から, 誰かが有刺鉄線を張った柵を, くぐってくるのを目撃した。
小柄なので子供かと思われたその人間は, 空気が入ってふくらんだような緑色の奇妙なスーツを着ていて, アンテナの突き出たヘルメットをかぶっていた。 右手には, マッチ箱ぐらいの大きさの光る物体をもっていた。
そして, 家の前の街灯をめざして慎重な足どりで進んでいった。 オルモスには, そのヒューマノイド(人間型の生物)が, エネルギーか電気を盗もうとしているように思えたという。
オルモスの娘が, バルコニーの電灯をつけたところ, その光がヒューマノイドのヘルメットの前面のガラスに反射した。 とたんに, そのヒューマノイドは柵のほうへ駆け戻っていった。
そして, 立ち止まると腰のベルトに手をやると, 背中にしょっていた装置のライトがともりブーンという音がした。 その瞬間, なんとそのヒューマノイドは空中に浮きあがった。
そのころには, 近所の人たちが集まってきていた。 みんなが見ているなかを, ヒューマノイドは農場のいちばん手前の木までの130メートルの距離を, まるでスーパーマンのように飛行したのであった。
ヒューマノイドの背中の装置の光が, 木から木へ動きまわっているのが, よく見えたという。 また, 別のヒューマノイドのものと思われる光も出現したというが, やがて光は見えなくなった。
目撃者のオルモスは, スケッチが趣味で, 観察力にもひいでているので, ヒューマノイドの外見を詳しく描写した。
ヒューマノイドの身長は約1メートルで, 手がやや短いことをのぞけば, 体型は人間と変わりがなく, ヘルメットの両側から尖った耳が突き出ていた。 指は4本しかなく, アヒルのような足をしていたという。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集』【プエルトリコの空飛ぶ小型ヒューマノイド】, 著者:中村省三, 1989年

参考外部=>Wikipedia (プエルトリコ)



【関連サイト検索キー: Quebradillas Puerto Rico, 1977, ufo

参考外部=>UFOs at close sight (JULY 12, 1977, QUEBRADILLAS, ARECIBO, PUERTO RICO, ADRIAN DE OLMOS ORDONES, HIS DAUGHTER IRASEMA, NEIGHBORS:)

参考外部=>UFO DIGEST (Forgotten Humanoid Encounters)

参考外部=>intcat (1977 JULY - DEC)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; July 12)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1977: July UFO & Alien Sightings )

参考外部=>UFOdna (12 Jul 1977 - Quebradillas, Puerto Rico, USA)
●マルドナド土星型UFO目撃事件(ウルグアイ) 1977年7月26日, 南米ウルグアイ(Uruguay)のマルドナド(Maldonia)で建築家のセルジオ・オッタメンディ氏は, 土星型UFOを目撃し6枚の写真に収めた。


(★上はセルジオ氏が撮影した5枚目の写真。下は事件現場の略図)

南米ウルグアイのプンタ・デル・エステ(Punta del Este)に住む, セルジオ・オッタメンディ氏(32歳)は,
その日の午前10時半ごろ, 愛車のオペルK180で, マルドナド(Maldonado)からサン・ カルロスに向かって走っていた。
マルドナドから北へ4kmほど来たとき, 車のエンジンが不調になり, さらに2kmも走ると完全に停止してしまった。
カーラジオもライトもだめになっていた。バッテリーをチェックしてみると, 電気が全くなくなっていることがわかり, 近くにある1軒の家に, 助けを求めに行くことにした。
すると, その時上空にまぶしい閃光を感じた。オッタメンディ氏は, それを6枚の写真に撮影した。物体は全く音をたてなかったという。
そして, 気を取り直した彼は, 先ほど見かけた家に向かった。 すると, その家のジロン・オリベラ夫人も, そのUFOを目撃していることがわかった。夫人の車のバッテリーもだめになっていることがわかったという。
【参考文献】
『UFOと宇宙』(No.34)』【「ウルグアイの土星型UFO」, 文:ウェルデル・C・スティーブンス】, 1978年


参考外部=>NICAP (The 1977 UFO Chronology)

参考外部=>NICAP (July 26, 1977; Maldonia, Uraguay - photo)

参考外部=>UFOdna (26 Jul 1977 - Punta del Este, Maldonado, Uruguay)
●セルプーホフ(モスクワ近郊)電球型UFO遭遇事件(ソ連) 1977年8月19日, セルプーホフ町の郊外で工学博士のS・V・チューチン(S V Tyutin)と2人の助手がキュンプ中に, 巨大な電球型のUFOを目撃した。

セルプーホフ(Serpukhov)の町はモスクワ(Moscow)から南へ90キロほどのところにある。
この日, 博士たち3人は, 泊りがけでセルプーホフの郊外にある大きな森にキノコ狩りに出かけた。夜になり, 夕食後は話に花が咲き, キュンプをするために森を出たときは午前1時ごろになっていた。
森の外の広い草原に出た3人は, 星明りの下を歩き, 干し草の山の上に腰を下ろした。3人はしゃべり疲れてしばらく黙っていた。
すると突然, 大きな話し声が聞こえてきた。姿は見えず数人いるらしい。30メートルほど離れたところの地上2メートルほどの高さから聞こえてくる話し声は異様に大きく, 聞いたこともない言葉で話していた。話し声は30分ほど続き, そして途絶えた。
3人は不気味に思い眠れずにいた。
1時間半ほどが経ったとき, 草原の一角で何かが急激に光り出すのを見た。それは, 草原に直立した巨大な電球のような形の物体であった。高さは24メートルぐらいで, ”電球” の最もふくらんだ部分の直径は9メートルぐらい, 根元の部分の直径はその半分ぐらいだった。
その巨大な ”電球” は, 輝きを増して紫色に染まっていった。そして, ぐらりと揺れて離陸すると, らせん状に上昇していった。地上から1,600メートルぐらいまで上昇した電球型UFOは, 水蒸気雲を噴出して, そのまま夜空に吸い込まれるように消えていった。
数日後, 調査チームが現場に駆けつけると, UFOが離陸したとされる地点には, 直径が約3.5メートルの円状に草が押しつぶされた着陸痕が残っていた。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.72)』【「宇宙人集団 モスクワに着陸す」, 文:ヘンリー・グリス,訳:花積容子】, 1981年

『ムー別冊 世界UFO大百科』【「宇宙人集団, モスクワに着陸す」, 文:片岡道代】, 1985年


参考外部=>intcat (1977 JULY - DEC)

参考外部=>UFOdna(19 Aug 1977 - Chekhov, Russia)
●アントニオ・ボガUFO拉致事件(ブラジル)


『UFOと宇宙 (No.33)』から
1977年9月15日, バス運転手のアントニオ・ラ・ルビアが, 巨大UFOに遭遇し複数の1本足の宇宙人にUFO内に拉致された事件。

パシェンシア(Paciencia)村【リオ・デ・ジャネイロ(Rio de Janeiro)から約45キロ】に住むバス運転手のアントニオ・ボガ・ド・ラ・ルビア(Antonio Bogaga La Rubia- 33歳)は, バス会社が運転手たちをピックアップするための回送バスに乗るために, 自宅から5〜600メートル離れたハイウェイまで行くために,
午前2時15分に家をでた。
200メートルほど行ったところの空き地を, 黒々とした巨大なものが占領していた。よく見ようと, 懐中電灯の光りを向けようとした瞬間, 強烈な光がその物体から放射され, あたりを青一色に染めあげた。
光のなかには, 信じられないほど大きい帽子型をした, UFOが姿を現わした。UFOは鈍い鉛色で窓などなく, 地上50センチくらいのところに浮かんでいた。
アントニオは, まるで透明なガラス容器をかぶせられたような感じで, 身動きひとつできなかった。
すると, いつの間にか3人のロボットのような, 異様な宇宙人たちにとり囲まれていた。宇宙人たちはの顔は, フットボールの球を縦にしたような形をしており, 横に一列だけ帯がとり巻いており, 眼, 鼻, 口, 耳のようなものは何もなかった。
頭のてっぺんにアンテナのようなものが1本あり, その先にはスプーンのようなものが, すごい速さで回転していた。
腕の先には指らしいものがなく, とがっていた。 そして足のかわりに, 上半身の下部から, 1本の棒のようなものが突き出ており, 先にはコーヒーカップの受け皿のような円盤状のものがついていた。 宇宙人たちは, どれも同じ恰好をしており, 120センチほどの同じ大きさで宙に少し浮いていた。
アントニオの前に浮いていた宇宙人が, 手にしていた注射器のような棒を向けたとたんに, アントニオの体は空中に浮き上がり, UFOに向かって進みはじめた。 するとアントニオの体はUFO内の白く光るチューブのような中を押し流されて, やがてブルー一色の格納庫のような部屋に立っていた。
ふと気づいてあたりを見まわすと, 同じ格好の宇宙人たちが12人ずつ2列になって, 彼を取り囲んでいた。
恐怖のあまり, アントニオは声を出そうとしたが, 声は出てこなかった。呼吸も自由にできない状態だった。 宇宙人たちは全員が, 10センチほど空間に浮かんで, 気味が悪いほど静かにアントニオの方を向いていた。
その時, 突然アントニオは声を出すことができた。ありったけの声をだして叫ぶと, 宇宙人たち全員が床に倒れてしまったという。 すると部屋全体が, 眼もあけていられないほど強く輝きはじめ, 同時に宇宙人たちも元のように同じ位置に立ち上がったという。
その後, UFO内でアントニオは, 不思議な映写画像のようなものを見せられたり, 血液を指から採取されるようなことをされた。
そして気がつくと, 最初の場所から3キロメートルも離れた, 国道の脇に立っていた。 頭上には, 巨大なUFOが底面を見せて滞空していたが, やがて遠ざかり消えていった。
UFOにとらわれてから,
50分が経過していたという。アントニオは, 身体のあちこちがズキズキと痛み, 身体中が火傷を負ったように, ヒリヒリと痛かったという。
アントニオは, この奇怪な体験をした後, 体の回復が良くなく, 会社を辞めてしまったという。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.32,33)』【「巨大UFOの怪光線で火傷したバス運転手」, 文:矢追純一



(★アントニオによる遭遇したロボットのスケッチ;(クレジット:APRO Bulletin))
サイト:「noufors.com」から
【関連サイト検索キー: Paciencia, Brazil, 15 Sep 1977, ufo

参考外部=>noufors. com (Abduction by robot - like beings in Brazil (La Rubia case))

参考外部=>Obscurban Llegend Wikia (Paciencia Abductors)

参考外部=>UFO EVIDENCE (South & Central America)

参考外部=>TheIron Skeptic. com (Octopus Keg Monsters From Space (Gaaah!) )

参考外部=>intcat (1977 JULY - DEC)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1977: Abduction by robot - like beings in Brazil (La Rubia case))

参考外部=>UFOdna (15 Sep 1977 - Paciencia, Brazil)
●ペトロザヴォドスクUFO出現事件 (ソビエト連邦)


サイト:「Think AboutIt - REAL」から
1977年9月20日, ソ連北部の都市ペトロザヴォドスクの上空に正体不明の物体が出現した。

この日の早朝の事である。現地時間午前4時ごろで, 外はまだ暗かった。
ギラギラ輝く謎の物体が, ペトロザヴォドスク(Petrozavodsk)の上空にいったん静止したという。物体は,
15分ほど, じっとしていたが, やがて北の方角に移動し, オネガ湖(Lake Onega)上空で, 雲の中に姿を消した。
科学的推測では, この物体は, 宇宙に打ち上げられたソ連のロケットのブースター(補助推進装置)だったということになっている。
しかし, 著名なソ連宇宙工学者である, モスクワ航空研究所のフェリックス・ジーゲル教授は, この物体は, 疑いもなくUFOであると考えている。
また, 有名なソ連の地球物理学者であり, UFO研究者でもるアレクセイ・ゾロトフ教授もジーゲル教授と同意見である。
ペトロザヴォドスク気象台のユーリ・グロモフが調査した目撃者の話によると, 物体は 「巨大な星」 のようであり, 西方から突如, 都市の上空に現われ, まるでピンクの洋傘か, 巨大なメドウサの首か, クラゲのように空中に広がったあと, キラキラ光る雨が豪雨のように降りそそぎ, 垂直の光線を無数に発したという。そして, 物体からは小さな別の物体が発進し, 空中で方向を変えたという。
本体である物体は, 膨張をしはじめ, 周囲は白く, 中心部はピンクがかった赤色の長円形に変化し, 赤く輝きながら, オネガ湖上空の雲に接近し, 次第に見えなくなったという。
その後, モスクワを再訪し, ソ連の有名なSF作家で, 物理学者でもあるアレクサンドル・カゼンツェフを訪問し, この事件の話を聞くと, 物体は疑う余地もなくUFOであったという。
現地に科学アカデミーの調査団が訪れてからは, 厳重な報道規制が行われたという。彼の話では, 物体はそれから少なくとも2度
(1カ月後の10月20日と10月26日), ペトロザヴォドスクの上空に姿を現わしたという。
調査団は, 市内の数戸の建物のガラス窓を押収したという。その窓ガラスは, 物体から発せられたと思われる放射能の痕が残っており, ガラスには溶けて穴がいくつも空いていたというのだ。
【参考文献】
『UFOと宇宙』(No.45)』【「ソ連都市上空を通過した未確認飛行物体」, 文:ヘンリー・グリス, 訳:増野一郎】, 1979年
【関連サイト検索キー: Petrozavodsk Russia, september 1977, ufo

参考外部=>En. Wikipedia (Petrozavodsk phenomenon)

参考外部=>the moscow times. com (Little Green Men: A Look at the Official Soviet X - Files Investigation)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1977: September UFO & Alien Sightings )

参考外部=>UFOdna (20 Sep 1977 - Petrozavodsk , Karelija, Russia)

参考外部=>UFOdna (20 Sep 1977 - Petrozavodsk , Karelija, Russia)

参考外部=>UFOdna (20 Sep 1977 - Liiva, Tartu, Russia)

参考外部=>UFOdna (20 Sep 1977 - Leningradskaya Oblast, Russia)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; September 20)

参考外部=>En. Wikipedia (UFO sightings in Russia)
●ヴィッキー・イングリッシュUFO誘拐事件(アメリカ) 1977年11月13日の夜, アリゾナ州ツーソン市の自宅に向かって車を運転していた, ヴィッキー・イングリッシュ(女性- 19歳)がUFOに遭遇し, 2時間ほどの記憶を喪失した。

ヴィッキーは
この日, 母と2人でカルフォルニア州サンディエゴ(San Diego)の海岸に遊びにゆき, アリゾナ州ツーソン(Tucson)市にある自宅に帰る途中であった。
夕刻, サンディエゴ市を出た2人は, 国道8号線をとばして山をひとつ越え, エル・セントロ(EL Centro)市内のデニーズ・レストランで一休みして, 自宅に電話を入れた。この時が10時ちょっと過ぎのころであった。
再び国道8号線に乗った2人は, 不思議な感覚におちいった。なぜなら, 車が1台も走っていなかったからである。ところどころに車が止まっていても, 人の気配がまったくなかった。車は, 本来止められないような不自然な場所に, 置き去りにされたように止まっていた。
そのうち運転しているヴィッキーの側の上空に, おかしな光を見つけた。それは, 最初星のようにじっとしていたが, しばらくしてもの凄いスピードで2人の乗る車にまっしぐらに近づいてきた。物体は卵型で, 蛍光灯のような美しい色を放ち, ところどころに金色とブルーの小さな光がついていた。
2人は思わず首をすくめて目をつぶった。だが, 何も起こらなかった。こわごわ目を開けてみると, UFOはどこにも見当たらなかった。2人の頭上をかすめて, 反対側の空に消えてしまったらしい。
2人はとにかく, 次のパーキング・エリアまで車を走らせた。パーキング・エリアに着くとハイウェイ・パトロールに電話をしようとしたが, そこには公衆電話がなかった。パーキング・エリアには, 車が3〜4台止まっていたが, 不思議なことに車の中やまわりには, 人間が全然見当たらなかった
あたりには肥料が焼け焦げたような, もの凄い悪臭が漂っていた。2人はトイレには誰かがいるかもしれないと思い入ってみたが, 誰もいず, ますます気味が悪くなってきた。
早々に立ち去ろうと車に戻ると, なぜか車のボディが焼かれたように熱くなっているのに気づいた。エンジンがどうやってもかからず, あきらめて車の外に出ると, ヴィッキーは, 目に見えない力がどこからともなく押し寄せてきて, 自分の体を取り囲んでいるのを感じた。
上空に円盤型の薄いモヤのようなものが浮かんでいた。夜空いっぱいに星が輝いていたが, そこだけ星が見えなかった。母はヴィッキーと同じように車の反対側のドアの脇に立って, じっと上空を見上げていた。
その時である。無数のコオロギがいっせいに鳴きだしたような不気味な音が聞こえてきた。ついには, 耳をつんざくような音となって2人を襲った。ヴィッキーは恐ろしさのあまり悲鳴をあげた。
そして気を失ったようで, 次に気がつくとヴィッキーは車の中に座っていた。母はまだ車の脇に立って, 銅像のように身動きせず上をみていたという。
それからの2人は, 無言でやみくもに車を走らせた。国道8号線と10号線が分岐する地点の76ガソリンスタンドの前まできた2人は, そこの時計を見て驚いてしまう。いつの間にか
午前5時を過ぎていた。近くにある深夜営業のレストランの時計も同じだった。2時間余りの時間が, どこかにいってしまったことに気づき愕然とした。
2人はしばらくの間, このことを誰にも話さずにいた。頭がおかしくなったと思われるだけだと思ったからだ。
それから,
何か月か経ったある日, テレビでベティ・ヒル夫人の事件がドラマ化されて放送されているのを2人は見た。自分たちに似たケースだったので, 2人はAPRO(空中現象調査機構)に連絡することを思いたったという。

(★催眠実験中にヴィッキーが語った, 宇宙船内で見た生物。髪が長く目が三角形のものもいた)
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.55)』【「赤毛のヴィッキー, メキシコ国境誘拐事件」, 文:矢追純一

【事件日:11月14日】
参考外部=>ufoinfo. com (On This Day;  November 14)


参考外部=>UFOdna (14 Nov 1977 - Aztec, Arizona , USA)


1978年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
1978年UFO情報 参考外部=>Think AboutIt- REAL (Category: 1978 Sightings)

参考外部=>UFOdna (UFO Sightings in 1978)

参考外部=>NICAP (The 1978 UFO Chronology)

参考外部=>intcat (1978 JAN - JULY)

参考外部=>intcat (1978 AUG - DEC)
●フォート・デックス / マクガイア宇宙人射殺事件(アメリカ) 1978年1月18日, ニュージャージー州のフォート・デックス基地に侵入したUFOを捜索中に宇宙人らしき生物が現われ, MPが射撃した事件。生物は, マクガイア空軍基地に逃げ込み, 死体となって発見された。

この日,マクガイア空軍基地(McGuire AFB)と隣接する軍事基地のフォート・デックス(Fort Dix army base)上空に複数の青緑色の楕円形のUFO(未確認飛行物体)が目撃された。
マクガイア空軍基地は, 戦闘機と核兵器を収容する重要な軍事基地である。
ジェフリー・モース(Jeffrey Morse)とマーク・ラリマー(Mark Larimer)は, 第418治安警察隊(the 418th Security Police Squadron)のメンバーで, 正式な教育を受けた空軍警察(Air Force police)のブルー・ベレー(Blue Berets)である。二人はこの夜, マクガイア空軍基地内を定期巡回していた。
3時30分ごろのことである。ニュージャージー州警察(NJ State Police)とフォート・デックスのMPたち(Fort Dix MPs)が, マクガイア空軍基地の後方にある5番ゲートに来て, 基地への立ち入りを要求した。
命令されて5番ゲートに向かったモースとラリマーが上空を見上げると, 見なれない複数の光体が基地の上空を跳ね回っていた。それらは青緑の光を発する12個のUFOで, 基地の上空を南から北, 北から南へ編隊を変えて何度か行き来した。
モースたちは, 5番ゲートで州警官(state trooper)の基地への立ち入りを許可した。モースが彼らの任務について質問すると, 将校(The officer)は, 低空飛行するUFOを追跡してフォート・デックス内に入ったことを告げた。そのUFOが, 追跡する車のすぐ上に静止すると, 車の無線が故障した。その時, そのパトカーの前には, 身長4フィートほどのほっそりした体で長い腕, 頭の大きい灰褐色の生物が現われた。 パトカーのMPはパニックになり, 45口径の銃を発射した。5発をその生物に, 1発は上空のUFOに向けて撃ったという。 UFOは垂直に上昇し, 上空にいた11個の他のUFOと合流した。
撃たれて負傷した生物は, 基地の境界となるフェンスを越えてマクガイア基地に逃げたらしく, 彼らはそれを探すためマクガイア基地に入りたかったのだ。
モースは命令に従い, 州警察とMPたちを基地内のフェンスライン近くのあまり使われていない滑走路に導いた。そこを探索した後, 使用中の滑走路への誘導路エリアに向かった。 するとヘッドライトが, 約50フィート先のコンクリートの上に横たわっている生物の遺体を照らし出した。
それはどうやらフェンスを越えて, 走っている間に死んだようで, あたりにはアンモニアのような悪臭がただよっていた。
すぐにそこはロープで仕切られ, 立ち入ることはできなくなった。空軍OSI(特別捜査局)が後を引き継いだ。
その日のうちに遺体は, ライトパターソン基地からきた回収チームが木箱に入れ, 何かを吹きかけ, 大きな金属製の容器に入れてC- 141空軍貨物機に積んで運んでいった。
伝えられるところでは, モース自身は, 銃撃事件の
2日後に, ライトパターソン空軍基地(Wright Patterson AFB)に呼び出されて, 事件について質問を受けた。
彼は沈黙を守るよう警告されて, その後日本の沖縄に転勤させられたという。
【参考文献・サイト】
『UFOに関する極秘ファイルを入手した。』【第4章/ 冷凍保存される遺体の謎】, 著:リチャード・ホール, 訳:青木日出夫, 1989年
・サイト:「NICAP(RUNNING CODE: THE NIGHT THE ALIEN DIED By Richard H. Hall)」
・サイト:「NICAP(Alien Being Shot Dead by MPs Body Found on New Jersey Air Force Base)」
・サイト:「Think AboutIt - REAL(1978: Fort Dix / McGuire AFB Case )」



(★事件の体験者による基地のスケッチ)(credit: Hesemann)
サイト:「noufors.com」から

【関連サイト検索キー: Fort Dix/McGuire AFB, New Jersey, 1978, UFO

参考外部=>ufo casebook. com (Alien Being Shot Dead by MPs, January 18, 1978 (Ft. Dix & McGuire))

参考外部=>noufors. com(Fort Dix / McGuire AFB Case)

参考外部=>top10 ufo. com (Monthly Archives: May 2012)

参考外部=>mufon. com (The Fort Dix / McGuire AFB Incident (New Jersey))

参考外部=>app. com (In new book, retired Air Force major claims alien was killed at Joint Base McGuire - Dix - Lakehurst)

参考外部=>Burlington County Times (Mullane: Space alien shot, killed at McGuire in ’78, says retired major)

参考外部=>Unidentified Aerial Phenomena - scientific research (NIDS investigated the reported shooting of a non - human entity - Fort Dix / McGuire AFB, 18 January 1978 - the NIDS investigation)

参考外部=> NICAP (Alien Being Allegedly Shot Dead By MPs)

参考外部=> NICAP (Alien Being Shot Dead by MPs Body Found on New Jersey Air Force Base)

参考外部=>NICAP (RUNNING CODE: THE NIGHT THE ALIEN DIED)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1978: Fort Dix / McGuire AFB Case )

参考外部=>intcat (1978 JAN - JULY)
●ウィリアム・ハーマンUFO誘拐事件(アメリカ)


(★目撃した宇宙人)
『ムー(No.12)』から
1978年3月18日, サウスカロライナ州チャールストンに住むウィリアム・ジェームズ・ハーマン(William J. Herrmann)が, 宇宙人に拉致誘拐された事件。

1977年11月12日午後5時55分, チャールストン(Charleston)市を流れるアシュレー川付近にいたハーマン(当時26歳)は, 上空を飛ぶセスナ機の後方を飛行している円盤型物体を発見し, 望遠鏡で確認した。
その後,
11月27日から翌年2月11日にかけて, 不思議な飛び方をするUFOを大勢の人々と一緒に何回も目撃をし, 写真におさめた。
そして,
1978年3月18日の午後9時30分頃のことである。望遠鏡で見上げていたハーマンに向かってUFOが急接近し, 底部から青い光線を発した。 これによりハーマンの体はUFOに吸い上げられ始めた。意識を失ったハーマンが目をさますと, そこは赤い光に満たされた円盤内部らしく, 円型の部屋のベッドに寝かされていた。
そして身長130センチくらいの頭デッカチの3人の生物に見おろされて, 奇妙な器械で身体検査をされていた。
その生物たちは, 大きなまん丸の頭に髪の毛も眉毛もなく, 異様に大きな目と小さな鼻, 薄い唇をしていた。3人とも, そろいの赤いダイバースーツのようなピッタリした制服をつけていた。
次に気がつくと, ハーマンは見たこともない真っ暗な空き地に立っていた。 上空に, オレンジ色に輝くUFOが飛び去っていくのが見えた。
そこは, 円盤に拉致されたアシュレー川沿いの線路上から, 34キロも離れた原野であったという。
時計を見ると
午前0時15分だった。3時間ほどが経過していたというが, 彼にはわずか5分ばかりのように感じられた。
事件からちょうど
1年たった3月18日深夜, ハーマンの頭の中に, 突然ライトがつくように ”あの日” のできごとが思い出され, UFO内で宇宙人から伝えられたことが理解できたという。
彼らの宇宙船は, 地球から32光年離れたレチクル座のゼータ T と レチクル座ゼータ U という二重の発進地からきているという。
【参考文献】
『ムー(No.6)』【「彼らはレチクル座から来ているという」, 文:並木伸一郎】, 1980年
『ムー(No.12)』【「私もブラックメンに脅迫された! 」, 文:矢追純一】, 1981年
『UFOと宇宙(No.44)』【「ウィリアム・ハーマンの体験」, 文:ウェンデル・スティーブンス, 訳:赤尾泉/ 勝見務/ 増野一郎)】, 1979年
『UFOと宇宙(No.49)』【「新展開みせたウィリアム・ハーマン事件」, 文:ウェンデル・スティーブンス, 訳:増野一郎】, 1979年
『UFO&宇宙人の謎』【第2章/ 宇宙人はなぜ地球に飛来してくるのか】, 著者:平川陽一, 1991年



サイト:「bagofbones. org (UFO Abduction-A True Story)」から

参考外部=>路(リスはUFO接近を感知するか)



(★上:ハーマン氏が撮影したUFO。下:UFOの飛び方を示すスケッチ。UFOは三角形を描くように飛んだ)
『ムー(No.12)』から


(★ハー マン氏にインタビューする矢追純一氏)
『ムー(No.12)』から



【関連サイト検索キー: Bill Herrmann, MARCH 1978, ufo

参考外部=>FOs at close sight (MARCH 18, 1978, ETC., SUMMERVILLE , SOUTH CAROLINA, USA, BILL HERRMANN)

参考外部=>encyclopedia. com (Hermann, William J.)

参考外部=>Open Minds (Extra terrestrial Interactions by Wendelle Stevens)

参考外部=>bagofbones.org (UFO Abduction- A True Story)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1978: March UFO & Alien Sightings )

参考外部=>intcat (1978 JAN - JULY)
●インディアナポリス(インディアナ州)UFO遭遇事件(アメリカ) 1978年3月28日, インディアナポリス近くのI- 70を走っていた3台のトラックが, UFOからの不思議な青い光に包まれた。

3台の18輪の大型トラックが一団となって, インディアナポリス(Indianapolis)近くの, I- 70 East(州間高速道路- 70東)を, 時速95キロほどのスピードで走っていた。
午後9時30分ごろのことである。 3人はCB(市民バンド)の無線を介して話をしていた。突然, 頭上に巨大な照明がついたかのように, 青い光が3台のトラックを包みこんだ。
トラックの外の道路の騒音が消え, 奇妙な静寂につつまれた。そして, 霧のような光のせいで彼らはボンネットから先が見えなくなった。エンジンの動きが鈍り始めた。それが
3〜5秒の間続いたが, 周りの光がなくなるとすべて正常に戻った。
運転手の一人が冗談半分にCBに向かって 「hey ufo I want to go with you(おい, UFO, 俺を連れていってくれ! )」 と叫ぶと, 驚いたことに青い光がトラックを再び包み込み視界をさえぎった。エンジンの力が弱まり, トラックの速度は5〜10キロに落ちた。奇妙な静寂にとりかこまれた。しかし3人の運転手たちは, その間, 落ち着いて平和な気持ちであったという。この状態が, 今度は
15秒ほど続いた。
まわりの青い光が消えると, エンジンが滑らかに動き出し, 元の状態に戻った。
近くを走っていた他のドライバーたちも, この光を目撃していた。それは, 3台のトラックに大きな明るいブルーのランプシェードがかぶさったように見え, その光から垂直にあがったところに, 細長い光の管があったという。
【参考文献・サイト】
『UFOに関する極秘ファイルを入手した。』【第2章/ あなたも狙われている】, 著:リチャード・ホール, 訳:青木日出夫, 1989年
・サイト:「intcat(INTCAT 1978. JAN - JULY)」

参考外部=>intcat (1978 JAN - JULY)

参考外部=>NICAP (Truckers Engulfed by "UFO" Light)

参考外部=>UFOdna (29 Mar 1978 - Indianapolis, Indiana, USA)
●ヤン・ボルスキーUFO誘拐事件(ポーランド)
【エミルシン事件】




(★遭遇した小人宇宙人のスケッチ)
『宇宙人の死体写真集2』から


(★ボルスキーが連れ込まれたUFO)
『UFOと宇宙(No.96)』から
1978年5月10日, 東ポーランドのエミルシンという村にすむ, 農夫のヤン・ボルスキー(70歳)が, 二人の宇宙人に遭遇し, UFO内に連れ込まれた。

エミルシン(Emilcin)というのは, ポーランド(Poland)の首都ワルシャワから南東に144キロほど離れたところにある, 小さな村である。
この日の
午前8時ごろ, ヤン・ボルスキー(Jan Wolski- 70歳)という農夫が, 荷馬車を走らせていた。 彼が小さな森の近くにさしかかったとき, 二人の人間が, 前方を歩いているのに気づいた。ボルスキーが, 馬車の速度を落とすと, 彼らは振り返った。
二人は, 黒いウェットスーツのようなものを着て, 顔と手だけをのぞかせていた。 吊り上がった目で頬骨が飛び出て, 唇が異常に薄かった。
身長は1.5メートルほどしかなく, 肌の色は暗緑色をしていた。 ボルスキーは, 二人が黒ずきんをかぶった僧侶のように見えたという。
ボルスキーの荷馬車が, 二人を追い越そうとすると, 二人はいたずら小僧のように, 荷馬車に飛び乗った。 ボルスキーは, 彼らに親しみを感じたが, 馬たちがまるで重い荷物を運ぶかのように急に足取りが遅くなったので, ちょっと驚いた。
しばらく田舎道を進んだところで, 二人は身振りで左手にある藪の中に入るよう, ボルスキーに促した。すると, 藪の背後は空き地になっていて, そこに不思議な物体が浮かんでいた。
物体は, 地上から4〜5メートルのところにあり, 直径が10メートル, 高さが4メートルほどで, 青みがかった金属的な色をしていた。
形はずんぐりした円筒形をしていて, 屋根はアーチ状になっていた。円筒形の4隅には, 筒状の突起物があった。 その突起物の筒状のなかにドリルのようなものがはまっていて, 上下に動き高速回転をし, かん高いキーンというような音を出していた。
物体の側面に四角い開口部が一つあって, そこから4本のケーブルで一つの箱型のプラットホームが昇降装置として吊り下がっていた。
ボルスキーたちは, そのプラットホームに乗って上昇し, 飛行物体の中に入った。物体の中は, 照明器具らしきものはなかったが, 明るく, 四角い部屋があり, 平らな天井には四角い形のパイプラインが走っていた。
そして壁際に狭いベンチがあり, そこには近くの森に棲息している20羽ほどの小鳥が見えたが, 何か目に見えない力で束縛されているようだった。
部屋の中には, もう二人の別の異星人がいた。しばらくしてから, 異星人はボルスキーのシャツとズボンのボタンを外しはじめ, あっというまに, 彼を裸にしてしまった。
すると一人が, スープ皿のようなものを二枚手にして近づいてきて, それで体のいろんな部分を, 頭から爪先まで触れた。
まるで, レントゲン写真を撮っているようだった。検査の間, 彼らはわけのわからない言葉を早口で絶え間なくしゃべっていたという。
検査が終わってボルスキーが服を着ると, 彼らはていねいに食べ物を勧めた。 それは, 透明な氷のように見える菓子で, 彼らはそれを砕いて口にほうり込み, 歯で噛んで食べていた。ボルスキーは, その勧めを断った。
ボルスキーが, 昇降装置に乗ると, 自動的に地上に降下した。
彼は荷馬車に乗ってから, 後ろを振り返って見ると, 物体はほとんど水平方向に飛行を始め, 時速240キロ程度で, 北の方角に飛び去っていった。
後日, 現場で宇宙人のものと思われる足跡も発見された。 長さが30センチ, 幅が8センチほどあり, 地面に4〜6センチの深さまでめり込んでいた。このことから, 彼らの体重は, 350キロ近くあったものと推定された。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集2』【ポーランドの農夫が遭遇した緑色の小人宇宙人】, 著者:中村省三, 1991年
『UFOと宇宙(No.96)』 【「東ポーランドのUFO誘拐事件」, 文:コールマン・ヴォン・ケビュッキー, 訳:田中元美】, 1983年

参考外部=>怖話(【1978年】エミルシン事件)

参考外部=>海外の妖しいBlog記事から (1978年5月10日、ポーランド: 異星人に招かれて UFO に搭乗(途中:その1))



(★ボルスキーの出会った宇宙人。ボルスキーは親しみを感じたという。)
『UFOと宇宙(No.96)』から



【関連サイト検索キー: Emilcin Poland, Jan Wolski, 1978, ufo

参考外部=>En. Wikipedia (Emilcin Abduction)

参考外部=>CULTURE. PL (A Tale Out Of This World: Alien Abduction & The Communist Regime)

参考外部=>history disclosure. com (The Jan Wolski Case: An Amazing Close Encounter (Poland 1978))

参考外部=>ufoinsight. com (Jan Wolski And The Emilcin Alien Encounter)

参考外部=>Open Minds (Poland’s first abduction case is monumental)

参考外部=>Think AboutIt - REAL(1978: Interview of Abductee Jan Wolski )

参考外部=>ufoinfo.com (On This Day; May 10)
●エトナ山UFO着陸事件(イタリア) 1978年7月4日, シシリー島のエトナ火山の山腹にあるソナ山に着陸したUFOを, 4人が目撃した。

この日, フランコ・パデルレロ(Franco Padellaro- 27歳;イタリア空軍軍曹)とアッチリオ・ジ・サルバトーレ(Attlio de Salvatore- 30歳;イタリア空軍軍曹)とマウリツィオ・エスポジト( Maurizio Esposito- 21歳;イタリア海軍士官)とアトニーナ・ジ・ピエトロ夫人(Mrs Antonia di Pietro;エスポジトの友人)の4人は, エトナ火山(Mount Etna)の山腹にあるソナ山(Mount Sona)で休暇を楽しんでいた。
午後10時30分ごろの事である。彼らは, 夜空に3つの脈動する光を見つけた。すると, そのうちの一つが動き出し, 彼らの方に降りてきて, 1,000フィート(約300m)ほど離れた山腹のかげに隠れて見えなくなった。
4人は, ジ・サルバトーレの車に乗り込んで, その場所と思われるところに向かっていった。道路わきにくぼみがあったので, 体をのり出して中を見ると, くぼみの中から出ているまぶしい光が見えた。
車を降りて, くぼみの中を見ると, ごつごつした崖のふちに, 直径が40フィート(約12m)ほどの古典的な形をした空飛ぶ円盤が着地していた。円盤の上部は黄色いドームになっていて, その他の部分は赤っぽい色をしていた。赤と青のライトが円盤の上部についていた。
円盤のそばには, 5,6人の乗員らしき者がいて, いずれも背が高く, 体にぴったりした黒いオーバーオールのようなものを着ていた。髪の色はブロンドだった。
目撃者の4人は, 不思議な力で動くことができなくなっていた。すると, 乗員のうちの2人が, 目撃者の4人をめざして崖を斜面を登ってきた。そして, 笑いかけながら15フィート(4.6m)ぐらいの距離まで近づいたが, 1人が首を振って円盤に合図を送ると, 再び斜面を下っていった。
円盤はやがて, 機体から無数の色の小さな光を放ち始めた。黄, 赤, 青の色の光が多かった。突然, 目撃者たちの近くを1台の車が通り過ぎたかと思うと, 円盤の光が全部消えた。しかし, 車が見えなくなると, またもや円盤は光り出した。
このあとすぐに4人の目撃者たちは, 金縛りから解放され, 這うようにして車にもどり, 一目散にホテルへ逃げ帰ったという。このため, 4人は円盤の離陸するところを見ていない。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.51)』【コンディション・グリーン 「エトナ山でUFOに遭遇」】, 1979年




<この画像は, ここのUFO事件とは関係ありません>
サイト:「iltascabile.com(Dischi volanti sull’Italia)」から

【関連サイト検索キー: Mount Sona, Italy,1978, ufo

参考外部=>UFOs at close sight (JULY 4, 1978, MOUNT SONA, CATANIA, ITALY, ATTILIO DI SALVATORE, FRANCO PADELLERO, MAURIZIO ESPOSITO, ANTONIA DI PIETRO:)

参考外部=>intcat (1978 JAN - JULY)

参考外部=>UFOdna (4 Jul 1978 - Mount Etna, Italy)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1978: July UFO & Alien Sightings )

参考外部=>NICAP (The 1978 UFO Chronology)


●ユニオン(ミズリー州)UFO衝突事件(アメリカ) 1978年7月27日, ミズリー州ユニオンで, ウィンシャー夫人の運転していた車にUFOが衝突した。

この日の深夜, 午前0時45分に, 家に向かってユニオン(Union)内のハイウェイ50号線を運転していたクローラ・エブリン・ウィンシャー夫人(Mrs Cora Evelyn Winscher- 52歳)の車(74年型マーキュリー・コメット)に, 突然, 光る物体が空から降りてきて衝突した。
ものすごい衝撃で, 車の後部が
数秒間, 地上から持ちあげられた。それから車は橋のある東の方向へ持っていかれた。ウィンシャー夫人は, 車のコントロールができない状態であったという。
この間UFOは, 車を押したり, 前後左右に揺らしたりした。また, 車の内部は熱くなり, フロントとサイドの窓は霧で曇ってしまったという。
UFOは, さっと上空に飛びあがると, やってきたときと同じように, 突然ウィンシャー夫人の視界から消えてしまった。
この事件現場から, さほど遠くないビューフォートに住むベルマ・クラインズ(女性)は,
この日の午前0時45分, 自分の農家の窓から外を見ると, オレンジがかった赤色の光る球体が, 東の方から家の方に近づき, それから向きを南に変えて, ハイウェイ50号線の方へ飛んで行くのを見ている。そのハイウェイをちょうど, ウィンシャー夫人が車を走らせていたのである。
クラインズ夫人は, UFOの飛行コースを追って玄関に出た。家の中にもどって, 夫人がもう一度窓の外を見ると, さっきとほとんど同じように, またUFOが東の方向からやってきて, 南のハイウェイの方に飛び去っていったという。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.45)』【コンディション・グリーン 「UFO, ハイウェーで車を衝突」】, 1979年

参考外部=>intcat (1978 JAN - JULY)

参考外部=>UFOdna (27 Jul 1978 - Union, Missouri, USA)
●デイル・ウッド少年UFO目撃事件(アメリカ) 1978年8月11日, ユタ州ルーズベルトでデイル・ウッド少年が, 巨大な銀色のUFOを目撃した。

この日の午後10時30分30分ごろ, デイル・ウッド(Dale Wood- 13歳)少年は, ユタ州ルーズベル(トRoosevelt)の北7マイル(約11km)にある祖母の家の近くで, 巨大な銀色の円盤を目撃した。
円盤は, ドーム型でまぶしい緑色の光りにつつまれ, 炎をあげているかのようであった。そのUFOは, 彼の頭上で
数分間停止し, 彼を観察しているように見えたという。


機体の底部がよく見えたが, いくつかライトがついていて, 真ん中のものが一番明るかった。


円盤が旋回しはじめたので, 祖母の家に逃げ帰った。家では, エアコンやテレビが突然作動しなくなり, 犬が泣き声をたてていた。
祖母の家にいたウッド夫人が, 子供たちと外に出てみると, UFOは2度ばかり旋回して, 北東の方向へ飛び去っていった。
また, 通報を受けて, 現場に向かったデービット・マレイ(David Murray)巡査も, 国道40号線近くで, UFOを目撃している。
(★イラストはデイル・ウッド君が描いたもの)
1978年9月4日付, デザート・ニューズ(Deseret News)紙〉
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.42)』【情報パック「またもユタ州でUFO騒動」】, 1979年
【関連サイト検索キー: Roosevelt Utah, Dale Wood, 1978, UFO

参考外部=>The UFO Evidence (A Thirty- Year Report)

参考外部=>intcat (1978 AUG - DEC)

参考外部=>UFOdna (11 Aug 1978 - Roosevelt, Utah, USA)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; August 11)
●マナンコフ博士UFO目撃事件(モンゴル) 1978年8月28日, ソ連の古生物学者マナンコフ博士ら6名が, モンゴルの首都ウランバトールでUFOを目撃した。

1978年7, 8月にマナンコフ博士ら6名のソ連科学アカデミー古生物研究所の研究者たちは, モンゴル人民共和国で古生物の遺跡発掘と研究調査旅行を行った。
その研究班が帰途についた
8月28日の夜11時, モンゴルの首都ウランバトール市の南方約350キロの平原にキャンプをはった。既にテントの設営を終えて寝るばかりなっていたが, マナンコフ博士が地平線上に奇妙な光る物体を発見した。
南西の方向, 仰角30〜35度の上空に光る物体があった。光はダイダイ色で円周部がとくに輝き, 大きさは星の約5倍で長い形をしていた。物体からは, プロジェクターで投映したような光が, 地上に向かって垂直に放たれていた。


博士は5人の同僚を呼び, 全員でそれを観察した。
その夜は月がなく暗黒であった。物体はそれから長い間停止していた。
コンパスを取りだし観察すると, 物体は地上から約1万メートルにある薄い雲の5倍ほどの高さにあった。放たれた光線は, 薄い雲を貫いて地上までそそがれていた。
物体は発見後,
約15分間静止していたが, 一瞬だけ緑色に輝きを変え, 今度は尾部から光を放ち, 同時に地上に向けたサーチライト状の光線を消した。そして, 90度の角度に移動を始め, 17分間で博士たちの視野から去った。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.49)』【「ソ連のUFO研究界では今- 」, 文:杉森康二】, 1979年
●ジョジョ・フィリプッティ宇宙人遭遇事件(イタリア)


(★目撃された小柄な宇宙人)
(IIIust/UFO NEWSFLASH)
『宇宙人の死体写真集2』から
1978年9月18日, イタリアの鉄道員ジョジョ・フィリプッティ(Giorgio Filiputti- 47歳)が, コルノ川で釣りをしていたとき, 着陸したUFOと, そばにいた一人の乗員を目撃した。

この日の午後3時30分ごろ, フィリプッティはポルト・ノガロ(Porto Nogaro)のそばを流れるコルノ川(Corno river)で釣りをしていた。
そこは, イタリアの北東部にあたり, 海岸から2キロほど奥に入ったところである。
突然, ヘリコプターの回転翼のような騒がしい音がして, フィリプッティの背後で空気がざわめき, 川面が波打ちはじめた。 騒音を出しているものを突き止めるため, 彼は川の上流のほうへ移動していった。
すると, 彼から20メートルほど離れた場所に, 奇妙な物体が着陸しているのが見えた。 物体全体は黄色で, 卵形をしていた。直径は5メートルぐらいで, 上部がドーム状なっていた。底部からは, 伸縮式の着陸脚が3本突き出ていた。
そして, その物体の近くを歩いている一人の人影が見えた。 身長は130センチぐらいで, アジア人のように見えた。着ている服はダイビング・スーツのようなもので日光が反射してキラキラ光っていた。
フィリプッティに見られていることに気づくと, その小柄な人物は, びっくり仰天したようなそぶりを見せた。 それでも, 物体の周囲を
3〜5分間ほどフィリプッティのほうを気づかいながら回り続けた。
そして, どうやら作業が終わったようで, その人物は最後にもう一度フィリプッティのほうを見てから, 物体の背後に回って姿を消した。
数秒後, 物体の下のほうから雷のような音がし, 続いてピーというかん高い音が響きわたった。物体は下から青い炎が吹き出し, 伸縮式の着陸脚を引っ込めながら, ゆっくりと垂直に上昇を始めた。間もなく物体は南西方向に向け, 信じがたいスピードで飛び去っていったという。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集2』【イタリアの川岸で釣り人が遭遇した小人宇宙人】, 著者:中村省三, 1991年




サイト:「zamanday olculuk. com」から
【関連サイト検索キー: Melaria Porto Nogaro Italy, 1978, UFO

参考外部=>UFOs at close sight (SEPTEMBER 18, 1978, MELARIA, UDINE, ITALY, GIORGIO FILIPUTTI:)

参考外部=>Mysterious Universe (UFO Repairmen From The Stars? No! )

参考外部=>cfz - usa. blogspot. com (ON THIS DAY IN WEIRD)

参考外部=>Alien Expanse (UFOnauts: What they look like ...?)

参考外部=>zamanday olculuk. com (UFO Landing In Italy Encounter)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1978: September UFO & Alien Sightings )

参考外部=>intcat (1978 AUG - DEC)

参考外部=>UFOdna (18 Sep 1978 - Melaria, Corna River, Italy)
●サリナ・デ・ピエドラUFO遭遇事件(アルゼンチン) 1978年9月23日, 2人の乗ったロードラリーの車がサリナ・デ・ピエドラ付近でUFOに遭遇し, 不思議な光につつまれた。

チリ人のカルロス・アセヴェド(Carlos Acevedo- 38歳)とミゲル・アンヘル・モヤ(Miguel Angel Moya- 28歳)の2人は,アルゼンチン・モーター・クラブ主催の1,000キロを走るロードラリーに参加していた。
2人の乗るロード・カーのシトロエン(Citroen)は,
午前3時ごろに, サリナ・デ・ピエドラ(Salina de Piedra)とサリトラル・デル・アルガロボ(Salitral del Algarrobo)の近くを走っていた。
そのとき, 非常に明るい光がバックミラーに映った。光は100キロほどの速度で走っていたシトロエンに, またたく間に近づいてきた。これを高性能の他のラリーカーだと思ったカルロスは, 速度を落とし右により, 追い抜かせようとした。
すると光はバックミラーいっぱいにひろがり, たちまち2人の車は紫を帯びた明るく濃い黄色の光で満たされてしまっ た。
その瞬間, 何らかの衝撃を受け, 車が制御不能になり, 地面から浮いているのを感じた。とっさに彼らは, 今度は車が地面に落ちるのではないかと思い身がまえたが, 驚いたことに車はもっと上昇を続けた。
2人のまわりは黄色の光に包まれ, カルロスは, となりのミゲルもダッシュボードも見えなくなっていた。カルロスには, ミゲルに声をかけたが返事もなかったという。
ミゲルによると, 彼は温度の上昇を感じ, 全身が麻痺してきたという。自分の手さえ見ることができなくなり, 自分がどこにいるかわからず, 時間の感覚もわからないように感じたという。
それから衝撃があり, 彼らは再び車が道路上に戻ったことを感じた。光が徐々に薄れて外が見えるようになった。
西の方角に長さが7メートルほどの黄色い円錐形の光の束が, 後退していくのが見えた。光の束は下で丸まっていた。それはさらに西に移動し, 視界から消えた。
車は道路の反対側の土手に止まっていた。彼らはルート3を北に向かった。
約15分後にブエノスアイレス(Buenos Aires)州ペドロルロ(Pedro Luro)に到着し, そこのガソリンスタンドに止まった。
すると, そこで彼らは奇妙なことに気づいた。彼らは, 最後に距離計を読んだところから, 地図上では150キロ以上移動したはずだが, 車の距離メーターは52キロを指していた。そして,
75分ほどしかかからない距離の移動に140分を費やしていた。約1時間ほどの記憶がぬけていた。また, まったく使わなかった満タン(40リットル)であった予備タンクがすっかり空になっていたのである。
【参考文献・サイト】
『UFOに関する極秘ファイルを入手した。』【第2章/ あなたも狙われている】, 著:リチャード・ホール, 訳:青木日出夫, 1989年
・サイト:「intcat(INTCAT 1978. AUG - DEC)」

【関連サイト検索キー: Argentina, Carlos Acevedo, september 1978, UFO

参考外部=>UFOs at close sight (SEPTEMBER 23, 1978, VIEDMA, RIO NEGRO, ARGENTINA, CARLOS ACEVEDO AND MIGUEL ANGEL MOYA:)

参考外部=>nexus newsfeed. com (Argentina: a 'slowdown' on mysterious Route 3)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1978: Carmen de Patagones, Argentina Abduction )

参考外部=>intcat (1978 AUG - DEC)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; September 23)
●狭山市宇宙人遭遇事件(日本・埼玉県)


サイト:「ufoi nsight.com」から
1978年10月3日, 狭山市で, 車の中でアマチュア無線交信中の男性が宇宙人と遭遇した。

アマチュア無線を趣味とするAさん(スナックを経営- 29歳)は, 店を奥さんに任せて, 娘(2歳)を乗せ, 無線を行うため近くの山(狭山市から車で
約30分)に夜8時ごろに車(ライトバン)で出かけた。
山頂に着いたAさんは, 早速無線交信を開始し, 交信に夢中になった
9時半すぎ, 真っ暗だった車内が光源のない光でいっぱいに満たされ, 昼間のように明るくなった。(この光は不思議なことに, 車の外にはもれていなかったという。)
ふと気づくと, オレンジ色の丸い光(直径10〜15センチぐらい)がAさんのおなかにあたっていた。その光は円筒状のままフロントガラスを通して, 車の外の真っ暗な夜空に続いていた。
恐ろしくなったAさんは, 身動きできずににいると, 突然右のこめかみに冷たいものを押しあてられ, 横眼で見ると, そこには実に奇怪な生きものがおり, その化け物の口から細い金属製のようなパイプが出ており, その先がAさんのこめかみにあたっていたのだった。
Aさんの頭の中には, そのパイプの先から言葉のようなものが聞こえてきたという。
わずかに手の先だけが動かせる状態であったので, Aさんは車のエンジンをかけてみたが, エンジンはかからずヘッドライトもつかなかった。意識がボーッとなっていき, ふと気がつくと, こめかみにあてられていた物体の感触もオレンジ色の光も消え, 横をむくと怪物の姿も消えていた。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.42)』【「私は20センチの距離で宇宙人を見た」,文:矢追純一】, 1979年
『UFOと宇宙(No.43)』【「逆行催眠でよみがえった宇宙人の記憶」,文:矢追純一】, 1979年



サイト:「Think AboutIt - REAL」から

参考外部=>Wikipedia (狭山市)

【関連サイト検索キー: Sayama City Japan, 1978, UFO

参考外部=>ufo insight. com (The Sayama City Alien Encounter)


参考外部=>UFOs at close sight (OCTOBER 3, 1978, SAYAMA, SAITAMA, JAPAN, HIDEICHI AMANO AND HIS 2 - YEAR-OLD DAUGHTER:)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1978: October UFO & Alien Sightings )

参考外部=>intcat (1978 AUG - DEC)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; October 3 )
●ベロ・オリゾンテUFO遭遇事件(ブラジル) 1978年10月18日, ブラジルのベロ・オリゾンテで, 夜中に4人のMPが巡回中にUFOに遭遇した。

リオデジャネイロの北350キロのところにある, 人口が200万ほどの都市, ベロ・オリゾンテ(Belo Horizonte)での出来事である。
この日の午前2時半, オウニ・ソウザ軍曹(Sgt Sousa)ほか3人のMP(憲兵)が, 巡回中にかなり寂しい場所に車を停めた。
ソウザ軍曹がふと気づくと, 車の上空に2つの強烈な光を放つ物体が見えた。光の端から端までは, 3.5〜5.5メートルほどあり, 物体はアーク(電弧)のように見えた。それが下降してきて, 車からわずか90メートルのところまで近づいてきた。
軍曹らは車から出ようとしたが, 体中がやや痺れた感じだったという。そのうち, 車が振動しはじめ, ついには前後に大きく揺れだした。車のエンジンもかからないで, 無線もまったく通じなかった。
UFOが飛び去ると, エンジンや無線は再び機能しだした。だが4人とも, 痺れた感じはまだ残っていた。無線で本部に連絡すると, UFO追跡の指令を受けた。そして, 1.5キロほど離れたところで, 再びUFOを発見したが, 近づくと先ほどとまったく同じことが起こった。
しばらくして, UFOは光を明滅させ飛び去っていったが, 一部の地域は完全に停電した。
この奇妙なUFOを, 800メートルほど離れたところで, 他の兵士数人が目撃している。

【参考文献】
『UFOと宇宙(No.52)』【コンディション・グリーン「MP, 巡回中にUFOと遭遇」
<National Enquirer July 21, 1979>】, 1979年


<この画像は, ここのUFO事件とは関係ありません>
サイト:「mofmo.jp(柴犬の育て方。生後2ヶ月の子犬のしつけ方について解説)」から
【関連サイト検索キー: belo horizonte brazil, 1978, ufo

参考外部=>above top secret. com (CASE 1978 : Belo Horizonte , Brazil : UFO attacks Police and Soldiers)
●バレンティッチUFO遭遇事件(オーストラリア)
【フレデリック・バレンティッチ事件】



(★セスナ機の航路)


(★フレデリック・バレンティッチ)

『UFOと宇宙(No.85)』から
1978年10月21日, フレデリック・バレンティッチが, セスナ機でキング島に向かってバス海峡(Bass Strait)を飛行中, UFOらしきものと遭遇し, セスナ機ごと行方不明になった事件。

この日, フレデリック・ポール・バレンティッチ(Frederick Valentich- 20歳)は, 182- L型セスナ機で, ビクトリア州モラビン(Moorabbin)空港を, 飛行距離90分のキング島(King Island)に向かい, 18時19分に飛び立った。
キング島で, 海産物の荷を積み込む予定だった。 同時に, 事業用ライセンス取得に必要な夜間飛行を消化するつもりだった。
離陸後
47分後(19時6分)に, メルボルン(Melbourne)の管制塔に, フレデリックから無線交信を求めてきた。
高度4,500フィート(約1,400m)で飛行中だが, 未確認飛行物体が追跡してくる。この空域に, 該当する航空機がないかをたずねてきた。
管制塔は, 「飛行中の航空機はない」 ことを応答した。
「4つ, 明るいライトがついている。着陸灯のようだ。その航空機は, 頭上1,000フィート(約300m)のところを通過していった」
−どんなものか, 分かるか?
「飛行機じゃない。これは・・・・・・」 しばらく沈黙。
2分後に, 「メルボルン。そいつは, 真東の方からこちらに近づいてくる。なにかゲームをやっているみたいだ。速度は推定できない。飛び去った。長い形だ。それ以上は分からない。こちらの方にやってくる」
そして
1分後, 「静止しているようだ。こちらは旋回中だが, そいつも僕の上で旋回している。緑色のライトがついていて, 外側は一種の金属性の光だ」
数分後, エンジンの調子が悪く, ガタガタしていると伝えてきたのち, 「これは飛行機じゃない」
この言葉を最後に,
カチカチ, ガリガリという金属音が続き交信は切れた。19時12分のことである。
軍, 民間の援助を得て, 空と海から大がかりな捜査が行われた。交信が切れたとき, セスナ機が飛行中だったと思われる, キング島の北25マイル(約40km)の地点を, 重点的に行われた。
だが, なんの手がかりも得られなかった。パイロットはおろか, セスナ機の行方もつかめずに終わった。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.42)』【「UFOと遭遇!? セスナ機消息を絶つ」, 文:中村省三】, 1979年
『UFOと宇宙(No.85)』【「バレンティッチ事件を追う男ポール・ノーマンに聞く・ オーストラリア最新UFO事情」, 聞き手:デニス・ステーシー, 訳:花積容子】, 1982年
参考外部⇒UFO事件簿 (バレンティッチ機消失事件)

参考外部=>Wikipedia (フレデリック・ヴァレンティッヒの失踪)

参考外部⇒怖話 (バレンティッチ行方不明事件)

参考外部⇒ATLAS (誘拐? 撃墜? UFOに遭遇して消えたセスナ機 「バレンティッチ事件」)


【関連サイト検索キー: Frederick Valentich, 1978, UFO

参考外部⇒YouTube (2023 08 UFO Valentich Disappearing Incident)

参考外部=>YouTube (Valentich Disappearance (Frederick Valentich radio transmission))

参考外部=>En. Wikipedia (Disappearance of Frederick Valentich)

参考外部=>ufo casebook. com (Australian Pilot Frederick Valentich Disappears)

参考外部=>ufoinfo.com(On This Day; October 21)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1978: The Valentich Mystery )
●クウェート油田UFO目撃事件(クウェート) 1978年11月9日から, クウェート市周辺の油田に1ヵ月以上にわたって, UFOが現われた事件。

この日(11月9日)から12月14日までに, クウェートシティ近くの採油センターで8つのUFOが目撃された。

11月9日, クウェートの首都から150kmのクウェート石油会社に所属するウンム・アライシュ(Umm Alaish)油田で, アメリカ人を含む7人の技術者が, 赤いライトを点滅させているジャンボジェット機サイズのドングリ形の物体が着陸しているのを目撃した。
物体が着陸している油田サイトから, ほぼ250m離れた場所にある, オイルポンプ・ステーションの操作・通信機器が中断された。
技術者たちは怖がりながらも, 調べようと物体に近づいたが, 物体は
7分後に音も出さず垂直に離陸し視界から消えてしまった。着陸あとの痕跡は見つからなかった。
物体が去ると, シャットダウンしていた採油ポンプのコントロール機器などが正常に戻った。技術者たちは
この日, 動揺して正常に働くことができなかったという。

11月21日, イラク国境近くのアル・サブリヤ(Al Sabriyah)油田上空で, UFOが6メートルの貯水塔上空を飛行し, その地域に30分ほどホバリング(空中静止)していた。これは写真撮影もされている。
【参考文献・サイト】
『UFOに関する極秘ファイルを入手した。』【第11章/ 地球の明日が危ない?! 】, 著:リチャード・ホール, 訳:青木日出夫, 1989年
●サイト:「intcat(INTCAT 1978. AUG - DEC)」
●サイト:「UFOdna(21 Nov 1978 - Al Sabriyah, Kuwait)」




(★目撃されたドングリ形UFOのスケッチとクウェートの地図)
サイト:「above top secret. com」から
【関連サイト検索キー: Kuwait Oil UFO, 1978

参考外部=>above top secret. com (UFO Lands on Oilfield in Kuwait? )

参考外部=>248am. com (First UFO sighting in the Arab world was in Kuwait)

参考外部=>wikileaks. org ("UFO" SIGHTINGS CAUSE SECURITY CONCERN IN KUWAIT)

参考外部=>news papers. com (Kuwait Oil Field UFO)

参考外部=>NICAP (Major UFO / E-M Incidents Over Kuwait)

参考外部=NICAP (U.S. STATE DEPARTMENT "UFO" DOCUMENTS)

参考外部=>intcat (1978 AUG - DEC)

参考外部=>Think AboutIt (1978: November UFO & Alien Sightings)

参考外部=>UFOdna (9 Nov 1978 - Uum Al-Aish, Kuwait)

参考外部=>UFOdna (21 Nov 1978 - Al Sabriyah, Kuwait)

参考外部=>ufoinfo. com (November 9)

参考外部=>ufoinfo. com (November 21)
●アンジェロ・ダンブロス宇宙人遭遇事件(イタリア)




(★目撃されたUFOとネズミのような顔の宇宙人)
(IIIust/CUN(Ugo Fulran))
『宇宙人の死体写真集2』から
1978年11月24日, イタリア北東部のガッリオ(Gallio)に住むアンジェロ・ダンブロス(Angelo D’Ambros- 61歳)が, ネズミのような顔の宇宙人に遭遇した。

この日, ダンブロスは近くのガスタグ(Gastagh)という場所にある雑木林に, 薪を集めに出かけた。
作業は
昼近くまでかかった。ふと振り返ったダンブロスは, すぐそばにグロテスクな生物が二匹いることに気がつき, ゾッとした。
二匹は1.2メートルと1.0メートルほどの身長で, 黄色いっぽい色の皮膚で非常にやせていた。
頭は洋ナシのような形で大きく, 毛は一本もなく, 耳は異常に大きく真っすぐ上に伸びて尖っていた。
目は大きく, 目玉は真っ白で瞼(まぶた)がない。鼻も大きく, ほとんど下唇に届きそうだった。 口からは, 尖った牙が突き出ていた。首から膝上までのぴったりした黒いオーバーオールを着ているように見えた。 手と足は不格好なほど大きくて, 指と爪が異常に長かった。
そして, 二匹とも地面から40センチぐらいのところに浮かんでいた。
小さいほうの一匹は, めまぐるしく動き始めた。足を動かさずに, 目に見えない表面の上を滑っているかのような移動方法だった。
空気を切るかすかな音と, 長い耳が低い枝に触れて生じるカサカサという音がした。
大柄なほうの一匹が, ダンブロスの持っている鉈(なた)をうばおうとしたので, ダンブロスは空いている左手で薪の1本をつかんで, その生物を叩きのめそうとした。その様子を見たとたん, 二匹の生物はあっという間に逃げていった。
追跡したダンブロスは二匹を見失ったが, それでも探していると, 20〜30メートルほど離れた空き地に, 4本の着陸脚を地面にめり込ませて, 幅が4メートルほどの円盤型をした物体が着陸しているのを見つけた。
円盤の上半分は赤, 下半分は青で, 中が白で色が別れていた。先ほどの生物たちが大きな手で, 中央のドームの中で, 落とし戸を後方に引いて閉めるところが, ダンブロスにはかろうじて見えた。
数秒後, 円盤は斜めに傾きながらふらふらと離陸し, 無音のまま, 赤い炎を吐きながら, あっという間にモミの木の背後に姿を消した。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集2』【イタリアの老人を襲ったネズミのような顔の宇宙人】, 著者:中村省三, 1991年
【関連サイト検索キー: Gastagh Italy, D'Ambros, November 1978, UFO

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; November 24)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1978: November UFO & Alien Sightings )

参考外部=>intcat (1978 AUG - DEC)
●パム・オーエンUFO誘拐事件(ドイツ) 1978年11月25日, アメリカ兵士の若妻パム・オーエン(Pam Owens)が, 友人宅を訪れての帰り, トリエルで卵形UFOに遭遇し, 2時間ほどの記憶を失くした。

ドイツに駐留していたアメリカ軍人のクリス・オーエン(Chris Owens)と妊娠中の妻パム(Pam- 19歳)と幼い息子のブライアン(Brian)が, 友人宅を訪れ, その帰宅中の
午後10時ごろ, 3人はラインランド・プファルツ州(Rhineland- Palatinate )のトリエル(Trier)というところで, 上空に赤色のライトを点滅させている, 大きな卵形の物体を目撃した。その物体は, 彼女たちの車の上に静止した。
彼女たちは, 通常よりも遅く帰宅した。そして,
90分以上の記憶を失っていることに気づく。
後に彼女は, 催眠術のもとで, 物体に持ち上げられたことを思い出した。そしてテーブルの上に寝かされ, 2人の小柄な生物たちによって身体を調べられた。身体は麻痺し, 目を動かすことしかできなかった。
彼らは約8フィートほどの身長で, 大きな頭は無毛, ざらざらした緑がかった色の肌をしていて, 目が奥まっていた。 手の指は4本しかなく, 長さは人間のほぼ2倍ほどであった。彼女は, そのうちの一人に, へそのすぐ上に, 長い針を刺されたという。
4か月後, 彼女の女の赤ちゃんは正常に生まれました。
【参考文献・サイト】
『UFOに関する極秘ファイルを入手した。』【第5章/ 連れ去られた男たちの証言】, 著:リチャード・ホール, 訳:青木日出夫, 1989年
・サイト:「Think AboutIt - REAL(1978: November UFO & Alien Sightings )」
・サイト:「intcat(INTCAT 1978. AUG - DEC)」
・サイト:「ufoinfo.com(On This Day; November 25)」

【関連サイト検索キー: Trier Germany, November 1978, UFO

参考外部=>UFOs at close sight (NOVEMBER 25, 1978, TRIER, RHEINLAND - PFALZ, GERMANY, PAM OWEN, HER HUSBAND:)

参考外部=>NICAP (The 1978 UFO Chronology)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1978: November UFO & Alien Sightings )

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; November 25)

参考外部=>intcat (1978 AUG - DEC)
●エルスワースAFBミサイルサイト巨大菱形UFO出現事件(アメリカ) 1978年12月下旬, サウスダコタ州エルスワース空軍基地(Ellsworth Air Force Base)のミニットマン・ミサイル発射施設上空に, 巨大な菱形UFOが出現した。

新型ミサイルのミニットマン T型と U型の発射管制施設(LCF)は, 地下コンクリートと鋼鉄のサイロによって防禦されている。各サイロは, 数マイルの距離で隔てられ, ソビエトからの核攻撃の生き残りに備えている。
ミサイルは, 10個の小隊(Flights)で組織され, 各小隊にはアルファベット順に呼び名が付けられている(例えば, A- アルファ, B- ブラボー, C- チャーリー, D- デルタ等)。
複数のLCC(発射管制カプセル)は, 各々10発の核ミサイルを管理している。(LCCは地下に設置され, 地中ケーブルで連結されている。地下に配置された各ミサイルは,
24時間の警戒態勢下にある2名一組の発射担当士官に掌握される。)
各LCCはSAT(保安警戒班)をもち, SATはカプセルとミサイルを警護している。

ジョン・W・ミルズ(John W. Mills)は当時, サウスダコタ州のエルスワース空軍基地(Ellsworth AFB)近くの第44ミサイル管理中隊(OMMS)に配属されていた。
そこは, 人里離れたミニットマン・ミサイル発射施設の一つで, ミルズは空軍兵としてミサイル照準班の一員であった。
1978年のクリスマス後の12月暮れのある日, ミルズはデルタ小隊に派遣された。RMAD(Reference Mirror Azimuth Alignment)と呼ばれるミサイルのターゲット(目標照準)調整手順を行うためであった。
ミルズは
その日, ある中尉(班長)とペアを組み, デルタ- 3のミサイルサイト施設でRMAD手順を開始した。
午後6時半になったころ, 突然, 地上にいる警備隊員が, ミルズたちのいる梯子(はしご)を叩き始めた。班長とミルズは不審に思い, RMADを中止して(RMADは振動に敏感であるため), はしごを登って地上に出て, 警備隊員に大声で問い詰めた。
その時, 二人は低いハミング音に気づいた。それは機械が発するような音ではなく, 今まで聞いたことのない音であった。皮膚や歯で感じることもでき, 身体の内部でも感じることができた。あらゆるものに浸透するような, 加熱されないマイクロ波のような感じのする音であった。
ハッチの隣に停めてあるトラックも, 小さく振動していた。それは, トラックを触れることでわかった。
5分前に始まったこの異常に, 警備隊員はミサイル・サイトのディーゼル発電機が壊れたと思い, 手順に従って報告し, さらにRMADを行っているミルズと班長らに報告するため, はしごを叩いたのであったという。
突然, 警備隊員が叫び, 上空のあちこちを指し, 物体の位置を教えたが, ハミング音のせいで思考が鈍っているせいか, 二人(ミルズと班長)には, 最初それを見つけることができなかったが, 遂にそれを見つけることができた。空にまっすぐな境目があり, 境目の一方には星が見えて, もう一方は真っ暗だった。
サイトの中ではハミング音のために, お互いの会話を聞き取るのも困難だったが, ゲートを開けサイトの外に出ると, ハミング音は聞こえなくなった。
音が, サイトの外から発生しているのではないことがわかった, サイト外の二人(ミルズと班長)は, 上空にある暗い物体の境界線の真下を, 端から端まで歩くことにした。それにより, その物体の形が平行四辺形か菱形(ダイヤモンド形)のように, 4つの角(かど)をもつものであることがわかったが, その高度と大きさは不明だった。
二人は再びサイト内に戻った。頭上に浮かぶ暗くて不気味な存在と, だんだん強くなる耐え難いハミング音に直面したら, 普通はパニックにならないまでも, 不安に感じるものである。警備隊員は恐怖に脅えていたが, ミルズと班長は比較的落ち着いており, 恐怖心は感じなかった。
ミルズが地下のミサイル・サイロに通じるハッチまで歩き, はしごを降りようとすると, 上と階下のライトが消えた。
トラックも動かなくなった。警備隊員は, 無線でLCF(発射管制施設)に連絡しようとしたが, 無線も作動しなかった。
発電機が作動しない場合は, ミサイル発射装置室下にある第3のバッテリーが機能することなっていたが, それは機能せず, サイトのライトは消えたままだった。彼らは, あらゆる手段で復旧を試みたができなかった。
二人がサイロから地上に戻った時, 物体はまだ上空にあった。
5分か30分かの時間が過ぎてからライトが復旧し, 発電機が動き始めた。その時, 彼らはその物体が上空からいなくなっていることに気づいた。上空全面に星が見えた。彼らは, 物体が飛び去るところを見てはいない。
それから, ミルズと班長が地下に降りると, サイトはダウンしていた。誘導管制(G&C)が正常に機能しておらず, 彼らは管制モニターとケーブルセットの所へ行き, ミサイル開始手順を始め, RMADの作業を終えて地上に戻った。
この夜に, ミサイルが機能不全になったのは, ミルズのいたデルタ小隊の3基だけではなく, エコー小隊の全部が駄目になっていたという。加えて, 第66戦略ミサイル中隊の中隊指揮所のあったデルタ- 1までもが故障したという。
【参考文献】
『UFOと核兵器』【第11章/ ミサイルサイトを覆う巨大な菱形】, 著者:ロバート・ヘイスティングス, 監訳:天宮清, 2011年


(★エルスワース空軍基地の航空写真)
サイト:「airforce- technology.com」から


<この画像は, ここのUFO事件とは関係ありません>
サイト:「En.Wikipedia(Ellsworth Air Force Base)」から



<この画像は, ここのUFO事件とは関係ありません>
サイト:「stripes.com(Ellsworth Air Force Base selected for first B-21 strategic bomber)」から

参考外部=>Wikipedia (ミニットマン (ミサイル))

参考外部=>En. Wikipedia (LGM - 30 Minuteman)



【関連サイト検索キー: Ellsworth AFB, John W. Mills, December 1978, ufo

参考外部=>En. Wikipedia (Ellsworth Air Force Base)

参考外部=>UFOs & Nukes (Like a Diamond in the Sky)

参考外部=>UFOs & Nukes (Former USAF Missile Security Policeman Tells of Apparent UFO Abduction at ICBM Site)

参考外部=>NICAP (UFO sightings at ICBM sites and nuclear Weapons Storage Areas)
●カイコウラUFO目撃事件(ニュージーランド)



サイト:「Strange Sounds」から
1978年12月31日, ニュージーランドのカイコウラ(Kaikoura)上空で, ニュース記者のクウェンティン・フォーガティがUFOを目撃した事件。

1978年12月21日の夜, ニュージーランド南島の北部, カイコウラ(Kaikoura)地区上空にUFOが現われ, 同地域の住民多数によって目撃された。
同時に, 飛行中のパイロットもこれを目撃し, それは地上と機の両方のレーダーからも捕捉された。
目撃者のヴァーン・パウエル(Vern Powell)機長の飛行機は, カイコウラ地区のクラレンス川(Clarence River)上空を高度3,300メートルほどで飛行中だっが, パウエル機長は今まで見たことのないような光球を目撃した。
それは, 飛行機の灯りや漁船の灯の反射光などではない, 得体の知れない巨大な飛行物体で, 赤味がかった白い光を強烈に発していた。
その物体は, はじめは60キロほど離れて, ずっとついてきていたが, そのうち
1秒ごとに1.6キロずつ近づくという猛スピードで, パウエル機長の機に向かってきたという。
50キロ, 40キロ, 30キロと接近してきたため, 機長は思わず回避コースをとろうとすると, 不思議にもUFOは, スッと右に曲がると, ものすごいスピード(時速1,600キロくらい)で飛び去っていった。
このときの管制官, ジョン・コーディは, 受持ちのレーダーにもUFOらしき飛行物体がハッキリ映っていたという。それは信じられないほど速く, また現われたり消えたりを,
30分にわたって繰り返したという。
この事件から
10日後の12月31日早朝, ついにテレビ局のカメラにUFOがとらえられた。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.45)』【「オーストラリアテレビ局が機上から捕捉」, 文:矢追純一】, 1979年


オーストラリアのテレビ局のニュース記者クウェンティン・フォーガティ(Quentin Fogarty)は, ニュージーランドでUFOに遭遇したという飛行機のルートを, そのまま貨物機でたどってみた。
すると, フォーガティもカイコウラ(Kaikoura)上空で, UFOに遭遇してしまった。
UFOは, 貨物機より低く, 脈動する5つの光を点滅させていた。しばらくすると, 機体のすぐわきに巨大で明るい光が出現した。
フォーガティはこれを, 「ぼんやりした星のように見えますが, まぶしいほどの白と緑の光を発している」 とコメントしている。
その後, フォーガティが乗った貨物機がクライストチャーチ(Christchurch)空港に着くと, UFOは姿を消すが, 再び空港を飛び立つと,
2分もしないうちに, またUFOは出現した。飛行機につきまとうように飛んだり, 急激に方向転換したりと, 明確な 「意志」 を持っているように振る舞ったという。
【参考文献】
『【完全版】世界のUFO現象FILE』, 著者:並木伸一郎, 2011年


1979年元旦早々, オーストラリアのテレビ局がニュージーランド上空で撮影した, 「世界で初めて信頼できるUFOフィルム」 を放映し, 世界中に反響を巻き起こした。
このフィルムは,
1978年12月31日の早朝, ニュージーランド南島のカイコウラ上空で飛行機の中から撮影されたものである。
オーストラリアにあるテレビ局, 「チャンネルO」 の記者クウェンティン・フォーガティ(Quentin Fogarty)は, クリスマス休暇でニュージーランドを訪れていた。
フォーガティは,
12月21日に南東のクラレンス川(Clarence River)上流でUFO騒ぎが起こったことを知った。彼は, さっそく現地でフリーカメラマンをやとい, 飛行機をチャーターして取材を行った。
12月30日の深夜から31日の早朝にかけて
, 新聞輸送用のアーゴシー(Argosy)機で飛んだところ, クラレンス川上流で, 見事にUFOをキャッチした。
UFOは, 巨大なピンポン玉のような半透明の球体で, 大きさは月の数倍あった。中に電球が入っているように光り, 脈動を繰り返していたという。
チャーターした飛行機は, ブレンハイム(Blenheim)からクライストチャーチ(Christchurch)まで南下し, 給油後またブレンハイムに引き返したが, その途中でもUFOは出現し, 250ミリ望遠レンズで, 合計
20分あまりのフィルムに撮影している。
フォーガティ記者は, 「
5時間半の飛行中に見かけたUFOは全部で25個でときどき白く輝き, グリーンに見えることもあった」 と述べた。
そして, このUFOは, 管制塔のレーダーでもとらえられ, 何個かが飛行機のまわりで現われたり消えたりしていたという。

【参考文献】
『UFOと宇宙(No.44)』【「コンディション・グリーン; TVカメラで撮影UFOへの最接近」, 文:編集部】, 1979年




サイト:「Strange Sounds」から

参考外部⇒ 怖話(【1978年】カイコウラ事件)



【サイト検索キー: Kaikoura, 1978, ufo

参考外部=>YouTube (Lights over Kaikoura. New Zealand. 1978 )

参考外部=>YouTube (Kaikoura UFO 1978)

参考外部=>YouTube (New Zealand UFO Footage, 1978)

参考外部=>En. Wikipedia (Kaikoura lights)

参考外部=>nzherald. co. nz (ew remember the day UFO was spotted over Kaikoura 40 years on )

参考外部=>UFOCUS NZ (The world famous 'Kaikoura Lights' sightings of December 1978 )

参考外部=>stuff (CIA files: UFOs, mind control, and strange lights above Kaikoura in 1978)

参考外部=>Newshub. (Kaikoura UFO mystery still flummoxing locals 40 years on)

参考外部=>ufo casebook. com (The New Zealand UFO / Airplane Encounter of December, 1978)

参考外部=>ufo nsight. com (The Kaikoura Mountains Incident)

参考外部=>About: UFOs / Aliens (The 1978 Kaikoura, New Zealand Photo graphs)

参考外部=>brumac. 8k. com(THE NEW ZEALAND UFO SIGHTINGS OF DECEMBER, 1978)

参考外部=>NICAP (New Zealand Sightings December 31, 1978)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1978: The New Zealand UFO / Airplane Encounter )

参考外部=>Strange Sounds (Mysterious Kaikoura Lights during New Zealand Major UFO Sighting Event)
1979年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
1979年UFO情報 参考外部=>Think AboutIt- REAL(Category: 1979 Sightings)

参考外部=>UFOdna (UFO Sightings in 1979)

参考外部=>NICAP (1979 UFO Chronology)

参考外部=>intcat (INTCAT 1979)

参考外部=>unidenti fiedones(The 1979 UFO Chronology)
●ブルーストンウォーク妖精宇宙人出現事件(イギリス)
【ジーン・ヒングリィ事件】


『宇宙人の死体写真集』から


(★庭に着陸していたUFO)
サイト:「UFO事件簿」から
1979年1月4日の早朝, イギリスのバーミンガム(Birmingham)近くのブルーストン・ウォーク(Bluestone walk)に, 光り輝く妖精のような不思議な生物が姿を現わした。

午前7時40分ごろのことであった。出勤する夫を見送ったジーン・ヒングリィ夫人(Mrs. Jean Hingley)は, 自宅の庭にオレンジ色に光り輝く不思議な物体があるのを見つけた。
夫人は, しばらくその物体をながめていたが, 気味が悪くなったので, 家にひっこんでしまった。
すると, ジーッ, ジーッという変な音が聞こえてきた。 振り返ると部屋のなかに, 光り輝きながらふわふわと空中を漂っている, この世のものとは思えない, 美しい3体の生物がいた。
彼らの身長は1メートル10センチぐらいで, 体つきは, とてもほっそりしていた。そして, 背中には水玉模様の大きな羽根を生やしていた。
透明なヘルメットを肩まですっぽりとかぶり, 肌は白く, 目は真っ黒で, つやつやとした輝きをたたえていた。耳や鼻らしいものは見あたらず, 口は細い線のようだった。
ヒングリィ夫人は, 開けっぱなしの戸口からの冬の寒気も気にならず, 天国にでもいるような心地よさを感じていたという。
3体の生物は, 家のなかをあちこち飛びまわり, いろんなものに手を触れ, 興味を示した。 飾ったままにしてあったクリスマスツリーには特に興味を示したようであった。
夫人は, 彼らにどこからきたかをたずねると, 生物の胸からピーッという音がして, 声が聞こえてきた。 「私たちは, 天からやってきたのです。・・・」 話しているうちに, 彼らはすっかりくつろいだ感じになってきたようだった。
だが, 夫人がタバコに火をつけたとたん, おおあわてで庭へと逃げだした。庭にはプラスチック製のようなUFOが, 光を発して着陸していた。
生物たちが乗り込むと, UFOは2度ほど閃光を放ってから上昇し, またたくまに, 飛び去ってしまったという。
夫人が部屋に戻ると, 生物たちが手を触れた, 時計やラジオが止まっていた。また, 夫人は目に炎症を起こしてしまい, 完治するまでに一週間もかかったという。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集』【水玉模様の羽根をもつ妖精のような宇宙人】, 著者:中村省三, 1989年



サイト:「Malcolm's Musings: Anomalies」から

参考外部⇒UFO事件簿(ブルーストンウォーク事件)

参考外部⇒怖話(ブルーストンウォーク事件)

参考外部⇒You Tube(衝撃】恐怖!世界が震えたミステリー 事件 妖精型の宇宙人が自宅に侵入! 「ブルーストンウォーク事件」 【閲覧注意】)

参考外部⇒戯雅blog(UFO事件簿更新/ブルーストンウォーク事件)



【関連サイト検索キー: bluestone walk, Mrs. Jean Hingley, 1979, ufo 】

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1979: January UFO & Alien Sightings)

参考外部=>intcat (INTCAT 1979)

参考外部=>Malcolm's Musings : Anomalies (The "Mince Pie Martians" : the Original Account)

参考外部=>Strange Company(Mrs. Hingley and the Christmas Martians)
●オーバーン(マサチューセッツ州)UFO遭遇事件(アメリカ) 1979年1月5日, マサチューセッツ州オーバーン近くを走行していた女性が, 3つのUFOに遭遇した。

この日の午後6時20分ごろ, オーバーン(Auburn)近くの高速道路を走行していたアンマリー・エメリー(Anmarie Emery)は, 400メートルほど先の左側の林の上に三角形の赤く光る3つの物体が並んでいることに気づいた。数台の車が減速していたため, 彼らもこれに気づいたのだろうと彼女は思った。
アンマリーがルート86の交差点までくると, まわりを走る車が一台もないことに気づいた。
彼女がカーブを曲がり1.5キロメートルほど走ると, 3つの物体が前方の道路上に浮かんでいた。
すると, AMとCB(市民バンド)のラジオ, ヘッドライトが消えた。エンジンは動いていたが, アクセルを踏んでも車は減速し, やがて停止した。
UFOの形は四角錐に見え, いずれも道路から3メートルほどの高さで, 彼女の車から6メートル, 12メートル, 18メートルほどのところにいた。
彼女は麻痺して, 体を動かすことができなかった。車内には, 「甘いスカンクの臭い」 のような刺激臭が充満した。彼女の顔は熱くほてり, 目に涙がにじんだ。
2,3分後に, 後ろから別の車が近づいてきた。するとUFOは, 一個づつ上昇し, 加速しながら低空飛行で北西の方角に去っていった。UFOが去ると, ラジオがついて彼女の麻痺状態は消え, 車も正常に動くようになった。
8時過ぎにスプリングフィールド(Springfield)の自宅に着くと, 彼女の顔は日焼けしたようにほてっていた。翌日, 軽い発疹ができ, 目や鼻のまわりの皮がむけたが, すぐに回復した。
彼女の乗っていた1970年型フォード・マヴェリック車には, 何の異常も認められなかったという。
【参考文献・サイト】
『UFOに関する極秘ファイルを入手した。』【第1章/ 彼らは地球人に何をしたか】, 著:リチャード・ホール, 訳:青木日出夫, 1989年
・サイト:「intcat(INTCAT 1979 )」
・サイト:「ufoinfo.com(On This Day; January 5)」

参考外部=>intcat (INTCAT 1979)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; January 5)

参考外部=>UFOdna (5 Jan 1979 - Auburn, Massachusetts, USA)
●ブルース・ハイウェイ蜂の巣型UFO遭遇事件(オーストラリア) 1979年2月9日, クイーンズランド州リヴァプール・クリークのブルース・ハイウェイ(Bruce Highway)を走っていた男性が, 道路わきにいた蜂の巣型のUFOに遭遇した。

この日の午後9時ごろ, バナナ農家を営むハサウェイ(Hathaway- 53歳)という名の男性が, ミッションビーチ(Mission Beach )まで帰宅中, クイーンズランド州リヴァプール・クリーク(Liverpool Creek, Queensland)近くのハイウェイを走っていたとき, 道路の左側に鈍い白い光が当たっていることに気づいた。
光に近づくと, 彼は背後にある黒い蜂の巣型の物体に気づいた。車が近づくと, その物体は垂直に上昇し, 1メートルほどの高さで約10メートル離れたところで, 目もくらむような光を発した。
彼が視力を取り戻すと, 彼の車のヘッドライト, ダッシュライト, エンジンがすべて止まっていることに気づいた。 このとき彼は, 悪夢から覚めたような不思議な感覚を覚えたという。
少したって彼の車のライトが再びつき, エンジンは問題なくスタートした。彼の乗っていた,
1972年型フォード・ファルコン500ステーション・ワゴン(Ford Falcon 500 station wagon)に後遺症はみられなかった。
【参考文献・サイト】
『UFOに関する極秘ファイルを入手した。』【第1章/ 彼らは地球人に何をしたか】, 著:リチャード・ホール, 訳:青木日出夫, 1989年
・サイト:「NICAP(The 1979 UFO Chronology )」
・サイト:「intcat(INTCAT 1979 )」
・サイト:「ufoinfo.com(On This Day; February 9)」
・サイト:「Think AboutIt - REAL(1979: February UFO & Alien Sightings )」

参考外部=>NICAP (1979 UFO Chronology)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1979: February UFO & Alien Sightings)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; February 9)

参考外部=>intcat (INTCAT 1979)

参考外部=>UFOdna (9 Feb 1979 - Liverpool Creek, Queensland, Australia)

参考外部=>PROJECT 1947 (A CATALOGUE OF THE MORE INTERESTING AUSTRALIAN UAP REPORTS)
●ベズクドニコホ(モスクワ市内)UFO光の雨事件(ソ連) 1979年4月23日, モスクワ市内のベズクドニコホにある, あるアパートの中庭に4機のUFOが出現し, UFOから中庭に "光の雨" を降らせた。

この日の早朝, モスクワ市内のベズクドニコホにある第26号アパートの2階8号室に住んでいる機械技師のS・M・マルガリヤンは, ふと目を覚ました。
枕もとの時計を見ると
午前4時30分であった。もう一寝入りしようとしたが寝つかれず, 彼は中庭に面した窓のところに行き, 何気なく外を見た。
すると, 周囲をアパートの壁に囲まれた中庭の空間に, 上部が透明なドームになっている円盤型物体が, 4機浮かんでいるのを目撃した。
ドームの中のパイロットの姿が, はっきりと見えた。4人とも透明なヘルメットをかぶり, 黒い色の服を着て, 右方向を向いて静かに座っていた。 そのパイロットは人間そっくりで, 35歳くらいの男性に見えた。 皆おだやかで荘厳な顔つきをしており, マルガリヤンはこの異常な光景にもかかわらず, 不思議なほど落ち着いていたという。
円盤は直径が5メートルほどで, ドーム以外の部分は銀灰色をしていた。 そして機体のふちから5センチほど内側から, 青みがかった緑色の光線を下に向けて, リズミカルに断続的に放射していた。 その光は, まるで雨のように中庭の地面に, 円形に降り注いでいた。
マルガリヤンは, しばらくの間この光景に見入っていたが, 何者かの意志に導かれるように寝床に入ると, すぐに寝入ってしまった。
数時間後, 目覚まし時計に起こされた彼は, 未明の出来事を思い出し, そのときになって, はじめて事の重大さを痛感して体の震えが止まらなかったという。
事件の報告を聞いたフェリックス・ゲーゲル博士も, 最初は 「目撃者が夢を見ているのではないか」 と疑った。 UFO調査のプロジェクトチームは, 調査の結果, それが現実に起こったものであることを判定した。

【参考文献】
『UFOと宇宙(No.72)』【「宇宙人集団 モスクワに着陸す」, 文:ヘンリー・グリス,訳:花積容子】, 1981年

『ムー別冊 世界UFO大百科』【「宇宙人集団, モスクワに着陸す」, 文:片岡道代】, 1985年


(★光を放射する4機のUFO, イラスト:佐藤弘之)
『ムー別冊 世界UFO大百科』から
●ヴィスカケラス油田UFO着陸事件(アルゼンチン) 1979年5月1日, ヴィスカケラスにあるYPF政府油田の近くにUFOが着陸した事件。

アルゼンチンのヴィスカケラス(Vizcacheras, Argentina)にあるYPF政府油田(YPF government oil fields)は, 人里離れた地域にあり, ここの従業員しかいけない場所にある。
この日の午前4時ごろ, 油田のエンジニアたちは, たくさんいる囲いの中にいる山羊たちが騒ぎだした音に目を覚ました。
彼らが外にでると野営地から70メートルほど離れたところの上空20メートルのところに, 謎の物体(UFO)がホバリングしていた。(UFOの形状,大きさの報告はない)
エンジニアたちは最初は非常に恐ろしく感じたが,
数秒後には奇妙な平静さと幸福感を感じたという。
そのうちの1人がランタンを振ると, UFOはライトを点滅させ応答したように見えた。それは, 別のエンジニアにも起こった。その後, UFOはゆっくりと彼らの近くに着陸した。
彼らは, さらに光の合図を交わしたあとに, UFOは離陸してアンデス山脈のほうへと消えていった。
午前4時35分のことである。
彼らが着陸地点にを調べると, 円形の跡があり, そこの砂は石のように固められていた。
目撃事件のあと, 1,500頭ほどいた山羊たちは, 囲いの中に戻りたがらなかったという。
【参考文献・サイト】
『UFOに関する極秘ファイルを入手した。』【第11章/ 地球の明日が危ない?! 】, 著:リチャード・ホール, 訳:青木日出夫, 1989年
●サイト:「intcat(INTCAT 1979 )」

【関連サイト検索キー: Vizcacheras Argentina, 1979, UFO

参考外部=> ufomig. yolasite. com (ENERGY)

参考外部=>intcat (INTCAT 1979)

参考外部=>ufoinfo. com (May 1)

参考外部=>UFOdna (1 May 1979 - Vizcacheras, Argentina)
●ヴァル・ジョンソン(警官)パトカーUFO衝突事件(アメリカ) 1979年8月27日(月), 夜間パトロール中のミネソタ州マーシャル郡の保安官補ヴァル・ジョンソンのパトカーのフロントガラスに, 謎の光体が衝突し, ジョンソンは意識を失ってしまった。

この夜, ミネソタ州の北西部, マーシャル郡(Marshall County)の保安官補ヴァル・ジョンソン(Val Johnson- 35歳)は, 夜間パトロールで220号線ハイウェイを南へとパトカーを走らせていた。
午前1時40分のことである。場所は, ステーブン(Stephen)の西約10マイル(約16km), オスロの北約17マイル(約27km)のところであった。
ジョンソンは, 道路の前方約1マイル(約1.6km)の上空に, スポットライトのように輝く, ひとつの白色光を発見した。彼はそれを, 軽飛行機のエンジントラブルによる緊急着陸かと思い, パトカーのスピードをあげた。
ところが, その光はそこにじっとしていたかと思うと, 急にスピードをあげて, ものすごい速さで彼のパトカーをめがけて突進してきた。ガラスが砕ける音がし, パトカーの内部が目もくらむような白色光に満ちた。ジョンソンは目が痛くなり目をつぶったが, 光は目を通りこして, 脳みそにまで入ってくるように感じたという。音や匂いはしなかった。そして彼は, 気を失った。
ハンドルに頭を突っ伏していた彼が, 気がついたのは
39分後の午前2時19分だった。我にかえったジョンソンは, すぐに無線で保安官事務所に助けを求めた。
彼は, 救急車でまずウォーレンの町に運ばれ, それからノースダコタ州のグランドフォークスの病院で検査を受けた。彼の両眼と顔の前面が傷ついていた。ウィルフリッド・ピンソノールト博士は彼の目のケガを, 溶接工のかかる目の火傷か, または(原爆などによる)せん光火傷だと診断した。
彼の両眼は赤くただれて, 光を見ることもできなくなっていたが,
10時間眼帯をかけて, 2日後にやっと正常に戻った。
その後の調査で, 奇妙なことにジョンソンの腕時計とパトカーについている電気時計とが, 両方とも
14分間遅れていた。また, パトカーのフロントガラスの左側(運転席側)に異様なひび割れができており, 左側のヘッドライトのガラスが割れてこわれていた。
それに, パトカーの屋根についている赤ランプがひとつこわれており, 2本のアンテナのうち1本は真ん中で, もう1本は上部で折れ曲がっていた。
このアンテナは, スプリングで屋根に取り付けてあるので, もし何かがゆっくりとアンテナに当たったのなら, スプリングのところで曲がるだけで, アンテナ本体は折れないはずである。これは, 何かが非常な高速で当たったことを物語っている。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.53)』【「UFOがパトカーと衝突? ミネソタ州で警官が意識を失う」, 文:冨川正弘】, 1979年



サイト:「ufocasebook.com」から
【関連サイト検索キー: Val Johnson, 1979, ufo incident

参考外部=>YouTube (1979 Val Johnson UFO incident)

参考外部=>YouTube (Finding Minnesota: Deputy's UFO Encounter)

参考外部=>En. Wikipedia (Val Johnson incident)

参考外部=>ufo casebook. com (Sheriff Blinded by Light from UFO; Minnesota - 1979)

参考外部=>MPRnews (Whatever happened to the Marshall County cop who hit a UFO? )

参考外部=>Alien UFO Blog (Val Johnson Incident ; More Than Just A UFO Sighting)

参考外部=>citypages. com (The Val Johnson Incident: A UFO encounter that made Marshall County famous)

参考外部=>science. howstuff works. com (The 1979 Minnesota UFO Sighting)

参考外部=>NICAP (The 1979 UFO Chronology )

参考外部=>NICAP (Val Johnson Case)

参考外部=>intcat (INTCAT 1979)
●デッヒモントの森UFO遭遇事件(スコットランド) 1979年11月9日, フォレスター(forester:森林官)のロバート・テイラーが, ウェストロージアン(West Lothian)にあるデッヒモント(Dechmont)の森林の空き地で, 地面すれすれに浮いている球形の物体に遭遇した。

この日の午前10時30分ごろ, リビングストン開発公社(Livingston Development Corporation)の森林官のロバード・テイラー(Robert Taylor- 61歳)が, 若木の検査のためデッヒモントの森林の丘の低い斜面を犬と一緒に歩いていた。
そして, 彼が木の生えていないある空き地に入ると, そこに直径約20フィート(約6m)ほどの球体が, 地面すれすれに浮いているのを目撃した。
その球体は, 表面がサンドペーパーのようなざらざらした, 金属質感のある濃い灰色をしていた。
彼が近づくと, 突然, その物体からスパイクが突き出た機雷のような物体(直径は約3フィート)が2つ, テイラーめがけて転げ出た。
犬が激しく吠えているのにもかかわらず, それはテイラーのズボンにぶつかってきた。刺激臭がしてほとんど窒息しそうになった。
テイラーは意識を失う前に, 自分が前に引きずられ, ブーツが地面をこすっていることを覚えていた。
気がついたとき, 頭がズキズキし, 喉は痛く, 口の中が苦かった。犬はそばにいたが狂ったように吠えていた。 物体はすべて消えていた。
20分ほどが経過していたようだったという。
彼は近くに置いておいた車にようやく戻り, 無線で本部に連絡しようとしたが, 声が出ず, それができなかった。
家に戻ったテイラーは, 林業局長のマルコム・ドラモンド(Malcom Drummond)氏とその上司に通報した。ドラモンドはすぐにテイラーの家に行き, 2人で事件現場に戻った。
そして, 地面に奇妙な穴を見つけた。

【参考文献・サイト】
『未確認飛行物体(UFOの奇妙な真実)』【世界の有名UFO目撃事件】, 著:ポール・ホワイトヘッド / ジョージ・ウィングフィールド, 訳:野間ゆう子, 2013年
「think about it docs. com (1979: The Dechmont Woods Encounter)」
【関連サイト検索キー: Dechmont Woods, Robert Taylor, 1979, UFO

参考外部=>En. Wikipedia (Robert Taylor incident)

参考外部=>YouTube(Robert Taylor UFO Encounter)

参考外部=>edinburgh live(Dechmont Woods incident: BBC's One Show recreates Robert Taylor 'UFO encounter')

参考外部=>the black vault. com(Forester Encounters Mine- Like Entities in Scotland (the Dechmont Woods Encounter ))

参考外部=>noufors. com (Forester Encounters Mine- Like Entities in Scotland (the Dechmont Woods Encounter ))

参考外部=>think about it docs. com (1979: The Dechmont Woods Encounter)

参考外部=>NICAP (Taylor Incident)

参考外部=>ufo casebook. com (1979- Dechmont Woods- Abduction of Robert Taylor)

参考外部=>intcat (INTCAT 1979)
●カラベル旅客機UFO遭遇事件(スペイン)
1979年11月11日の夜, 地中海マジョルカ島の空港から飛びたったスペインのエスパニョレス航空のカラベル旅客機がUFOに遭遇し, スペイン東のバレンシア空港に緊急着陸した。

この旅客機は109人を乗せたチャーター便で, 乗客の大半はオーストリア・ザルツブルク(Salzburg)からの観光客であったらしい。目的地は, 北アフリカ沖合いの大西洋に浮かぶ, スペイン領カナリア諸島(Canary Islands)のテネリフェ(Tenerife)であった。
空港から飛びたったカラベル機(Caravelle jet)が, 飛行高度24,000フィート(約7,300m)に達してまもなく, 機長のフランシスコ・レルド(Francisco- Javier Lerdo de Tejada -34歳)は, 旅客機に接近してくる4個の赤い光体を見つけた。
数分後, 光体は800メートルの至近距離まで機に近づいたため, レルドは乗客にシートベルトを締めるよう指示をした。謎の光体は, さらに近づき, 威嚇的に機の真上を旋回した。
レルドは衝突の危険を感じ, 機を14,000フィート(約4,300m)まで急降下させて方向を転じ, スペイン東海岸のバレンシア空港(Valencia Airport)に緊急着陸させた。
カラベル機は
翌12日に, 目的地のテネリフェに到着することができたが, その間に, このUFO遭遇事件はニュースとなり世界をかけめぐった。
レルドの話によると, マドリッド(Madrid)のレーダーもUFOをとらえていた。物体は彼の機を追跡して, 信じられないことに,
30秒間に12,000フィート(約3,700m)も降下したという。
UPI, AFPなどのレポーターの調査では, カラベル機の乗客もこの光体を目撃したらしく, 窓際に座っていた男性客の1人は, 恐怖のあまり卒倒したという。
また乗客の中には, バレンシア空港に緊急着陸したあと, 空港上空を飛びまわるUFOを
2時間にわたって目撃した人もいるという。
さらにバレンシア空港当局者も空港上空を飛ぶUFOを見たと証言し, 乗客たちの報告を裏づけている。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.54)』【「旅客機がUFOに遭遇し緊急着陸! 」, 文:編集部】, 1980年



サイト:「NICAP」から


サイト:「NICAP」から

参考外部=>NICAP (Spanish Radar Visual Case? Probably Not.)

参考外部=>NICAP (docs)

参考外部=>NICAP (News clippings & Transcripts)

参考外部=>NICAP (The Anomaly Foundation Solves the "Manises" UFO Case)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1979: November UFO & Alien Sightings)
●セルジー・ポントワーズ事件(フランス)


(★フランク・フォンテーヌ)
サイト:「UFO事件簿」から
1979年11月26日, パリ郊外の町セルジー・ポントワーズに住むフランク・フォンテーヌ青年が, 謎の光体出現の後, 車の中から消滅した事件。

セルジー・ポントワーズ(Cergy- Pontoise)に住む
3人の若者たちは, 定職についておらず, "ノミの市" でジーンズを売って生活をたてていた。
この日(日曜)
の, "ノミの市" の良い場所を取りたいため, 朝3時半に起きて, 商品のジーンズを車に積み込み始めた。
一人が, ガタのきている車のエンジンをようやくかけたが, エンジンがまた止まらないように, 最年少のフランク・フォンテーヌ(Franck Fontaine- 18歳)が車に残った。
あとの2人が, 荷物を取りにふたたびアパートに戻っていたとき ,フォンテーヌは, 車内から外を見ていた。
11月の下旬で, 太陽が昇ってくるまでには, まだかなり時間があった。
フォンテーヌは, そのとき空に一つの光体を発見した。シリンダーのように見える, その光体は, フォンテーヌのいる方に近づいてくるようだった。別の角度からよく見ようと, フォンテーヌは車をスタートさせて道路に出た。
ジャン・ピエール・プレボ(Jean-Pierre Prevost- 26歳)とサロモン・ヌディエ(Salomon n'Diaye - 25歳)の2人は, アパートの窓からそれを見ていた。光体の発する音が聞こえていた。道路上のフォンテーヌの運転する車のエンジンは, 止まっているようだった。そのとき, 大きな火の玉が, 車を包み込むように見えた。
2人は急いでアパートをかけ降りて, 道路の車に向かった。車の後部が, 光る霧の球体のようなものですっぽり包まれていた。
そして, 小さな光の球がいくつも, そのまわりを動き回っていた。そのうちに, 大きな光の球体が, 小さな光の玉をのみこんでいき, ビーム状の強烈な光が出現し, しだいに太くなってシリンダー状になり, 大きな光の球体がその中に入っていった。そして, あっという間に, 暗い空に飛び去り, 姿を消してしまった。
2人が車のところに駆けつけたときには, どうしたことかフォンテーヌの姿はどこにもなかった。2人は,すぐに警察に事件を報告し,憲兵隊にも届け出た。このUFOによる誘拐事件は全世界に報道され, 大きなセンセーションを巻き起こした。
警察は近県一帯に捜査網をしき, 事件の現場は警察犬を使うなどして, くまなく捜査した。しかし, 消えたフォンテーヌ青年の手がかりは, まったくつかめなかった。
事件から
1週間経った12月3日(月曜日)の早朝, フォンテーヌは例の道路上に車を止めたそばのキャベツ畑の中で, 目覚めて我にかえったという。フォンテーヌは, この日がまだ11月26日の早朝だと思い込んでいたという。
【参考文献】
『世界UFO大百科(ムー別冊)』【第5章/ 世界のUFO事件簿; 「パリ郊外のセルギ・ポントワーズ事件は真実か」, 文:吉住元】, 1985年


この日の早朝3時半, 青年3人がノミの市に出店するため, 車に荷物を運ぼうとしていた。その時, 上空に光る物体が移動していることに気がついた。
3人は, UFOではないかと思い, カメラを取りに行ったが, カメラにはフィルムが入っていなかった。
そのうちに, 光る物体は姿を消し, 気が付くと, 車の後部が光る霧の球体で包まれていた。その時, 車には仲間の一人であるフランク・フォンテーヌ(Franck Fontaine)が乗ったままだった。
残された二人が呆然としていると, 小さな光の塊が車のまわりを飛び始め, 一瞬強く輝くと光体は姿を消した。そして気がつくと車の中のフランクの姿も見えなくなっていた。
二人はすぐに警察に連絡した。UFOによる誘拐事件ということで, 軍が事件を管轄, ついには憲兵隊が捜査をはじめるにいたった。
フランクが発見されたのは
1週間後ことで, 付近のキャベツ畑で目を覚ました彼は, 既に1週間が過ぎていることに驚くばかりだったという。
フランクは事件後, 何も思い出せない日々を過ごしたが, 奇妙な夢を見ることで少しづつ思い出したという。それによると, 二つの球体をした宇宙人と会ったこと, 壁の下が機械で埋め尽くされた大きな部屋にいたことなどが思い出されたという。
【参考文献】
『最新版UFO・エイリアン極秘事件ファイル』 【第2章/ 第三&四種接近遭遇】, 監修:矢追純一, 2014年

参考外部⇒ UFO事件簿 (セルジー・ポントワーズ事件)

参考外部=>エミュー (「セルジー・ポントワーズ事件」謎の光と、消えた一週間の謎)



【関連サイト検索キー: Cergy Pontoise, Franck Fontaine, 1979, ufo

参考外部=>encyclo pedia. com (Cergy - Pontoise Hoax)

参考外部=>vice. com (L'affaire de l'ovni de Cergy - Pontoise)

参考外部=>YouTube (Franck a ete enleve par des extra - terrestres a Cergy-Pontoise ; Archive INA)

参考外部=>Fr. Wikipedia (Liste de canulars d'ovnis)

参考外部=>Les mysteres des Ovnis ((1979) L'affaire Ovni de Cergy - Pontoise)

参考外部=>isaackoi. com (1979. 1126 Cergy - Pontoise abduction)

参考外部=>intcat (INTCAT 1979)
1980年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
1980年UFO情報 参考外部=>Think AboutIt - REAL(Category: 1980 Sightings)

参考外部=>UFOdna (UFO Sightings in 1980)

参考外部=>NICAP (1980 UFO Chronology)

参考外部=>intcat (INTCAT 1980)

参考外部=>unidenti fiedones(The 1980 UFO Chronology)
●ケステンガ球形UFO宇宙人遭遇事件(ソ連)


(★遭遇したUFOと宇宙人)
『宇宙人の死体写真集』から
1980年1月7日, ロシアの北のはずれにあるケステンガ(Kastenga)近郊で, 森林警備隊員の二人が, 球体UFOと中から降りてきた一人の搭乗員を目撃した。

森林警備隊員のアリ・サルビとマウノ・エルゴーの二人は,
この日雪原のスロープを滑降していた。
気づくと上空から, 赤い雲のようなものが脈動しながら降下してきた。その脈動する無気味な雲は, 地上から6メートルぐらいの高さまで降下した。
すると, 赤いもやもやした雲のようなものが消え, 中から金属製の光る物体が現れた。その物体は球形をしており, 継ぎ目のようなものはまったくなかった。
ブーンという不気味な音が, その物体から聞こえてきた。すると, 物体の底部から円筒形をした着陸ギアのようなものが地上に伸びてきた。 そして, その中から搭乗員が姿を現わした。
搭乗員は, いわゆるヒューマノイド・タイプで, 身長は約90センチ, 手足がほっそりしており, 顔が異様に青白かった。 体にぴったりしたダークグリーンのスーツを着て, 同じ色のブーツをはき, ひじまである白い手袋をはめていた。
その宇宙人らしき人物は, 胸に下げていたチューブ状の器具を手にもつと, 二人めがけて怪光線を発射した。そして, すぐに物体の中に引き返した。
数分後, 物体はふたたび赤い雲のようなものに包まれたかと思うと, 上昇してどこへともなく消えていった。
事件後, 二人は怪光線をあびたためと思われる, 後遺症に悩まされた。吐き気と体中が痛くてたまらなかったという。 遭遇者の一人であるアル・サルビは, 高熱にうなされ, 幻覚症状まで引き起こしている。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集』【森林警備隊員に怪光線を浴びせた小人宇宙人】, 著者: 中村省三, 1989年


(★遭遇場所であるケステンガの位置)
『宇宙人の死体写真集』から



【関連サイト検索キー: Kastenga Karelia Russia, January 1980, UFO

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1980: January UFO & Alien Sightings )

参考外部=>ufoinsight. com (UFO And Alien Encounters Of A New Year Kind)

参考外部=>UFOdna (January 1980 - Kastenga Karelia, Russia)
●クウェート航空機巨大UFO目撃事件(クウェート) 1980年6月20日, カイロ発クウェート国際空港行きのクウェート航空機のパイロットと乗務員が, 推定直径が16キロもある巨大な光球UFOを目撃した。

このクウェート航空(Kuwait Airways)KU- 542便の操縦監督官パイロットのH・シャムラン(H. Shamlan)の話では, 機が4,500メートル降下し, ワフラ(Wafra)VOR(超短波全方向式無線標識)局の手前まで到達した
午後9時ごろ, 乗務員とシャムランは, 半球形(半月形)の巨大な明るい光球を目撃した。
その光球は, 直径が推定約16キロもある巨大なもので, 平らな底面は機と同じ4,500メートルの高度にあった。
位置はクウェート市(Kuwait City)の北西にあたり, そのとき時速600キロで飛行中の機より, 物体はやや遅めの速度でじりじりと東進していた。
ワフラで機が北へ旋回したときも, この物体はまだはっきりと見えた。機が薄い雲層の下に降りて, 滑走路に進入を開始するまで, そのままだった。
クウェートから32キロ離れて飛行していたKU- 708便の乗員も, 同じ現象を目撃したと知らせてきた。これらの目撃はクウェート管制本部に報告されたが, そのレーダーには, なにも捕捉されなかった。機の天候レーダーにも, その物体は捕捉されなかったという。
【参考文献】
『人類は地球外生物に狙われている』【第6章/ 海外での陰謀】, 著者:ローレンス・フォーセット / バリー・J・グリーンウッド, 編訳:南山宏, 1987年



(★クウェート国際空港)
サイト:「Paranormal Arabia」から

【関連サイト検索キー: Kuwait Airlines, June 1980, ufo

参考外部=>Paranormal Arabia (History of UFO sightings in Kuwait)

参考外部=>above top secret. com (UFO Lands on Oilfield in Kuwait? )

参考外部=>unexplained - mysteries. com (UFO Lands on Oilfield in Kuwait?)

参考外部=>Think AboutIt - REA L(1980: June UFO & Alien Sightings )

参考外部=>NICAP (1980 UFO Chronology)

参考外部=>UFOdna (20 Jun 1980 - Kuwait City, Kuwait)
●カイオバ・シーホース号USO・UFO遭遇事件(ブラジル沿岸沖)


《UFO傑作画へ》
1980年7月26日, タグボートのカイオパ・シーホース号が, ブラジル東端のナタール沖95キロ付近で, USOとUFOに遭遇した。

この日の夜, タグボートのカイオバ・シーホース(Caioba- Seahorse)号はブラジル東端のナタール沖95キロ近辺を走っていた。
すると, この船の一等航海士が, 前方海上に直径10メートルほどの灰色の物体が浮かんでいるのを発見した。 同時に上空に明るい光りを放つ光体が急速に近づいてくることにも気づいた。
航海士は, 浮かんでいる物体(USO - 未確認潜行物体)との衝突を避けるため急いで船の針路を変えた。 すると, 海上に浮かんでいるUSOは黄, 赤, 緑, 青などさまざまな色の光を発し始めた。
それに向かって上空の楕円形の発光体(UFO - 未確認飛行物体)が近づいてきて, USOの上空約60メートルのところで停止した。
船のエンジンはいつの間にか停止しており, 多数の乗組員が見守る中, 上空のUFOは, 海上のUSOに向かってゆっくりと降りてきた。やがて, 2つの物体はドッキングした。 ドッキングに成功すると, USOのライトは消えた。2つの物体はドッキングしたまま上昇し, そこで
何分かホバリングしたあと, そのまま高速で飛び去ったという。
【参考文献】
『X-ZONE(No.26)』【海底のミステリー】, 監修:コリン・ウィルソン, ブライアン・イングリス, A・J・エリソン, 1997年

参考外部=>asyura2.com(未確認潜水物体 ジャネット&コーリン・ボード)



【関連サイト検索キー: Caioba- Seahorse, Brazil, 1980, USO, UFO

参考外部=>water ufo. net (Water UFO Sightings 1980)

参考外部=>U C R (USO Sightings)

参考外部=>Something Interesting (Unidentified Submerged Object )
●マリオ・ルイス宇宙人遭遇事件(イギリス)
【バーンサイド事件】


(★遭遇した宇宙人)
『宇宙人の死体写真集』から
1980年11月13日の夜, イギリスのケンドール(kendal)地方にあるバーンサイド(burneside)で, 紡績工のマリオ・ルイス(Mario Luisi)が, 男女の宇宙人に遭遇した事件。

マリオは
この夜, 犬を連れて公園の中にある川沿いの土手を散歩していた。すると行く手に, なにか変なものが見えた。
彼は, それに懐中電灯を向けた。そのとたん, いきなり閃光をあびせられた。 すると, 手にしていた懐中電灯が, あっというまに溶けてしまったという。
マリオが呆然としていると, こんどは見たことのないような乗物が出現した。 直径が約5メートルで, 高さが2.5メートルほどで, 上部に風防のようなものがついていた。それが, 地面すれすれに浮かんでいる。
そして, その乗物のそばに, 男女のカップルが立っていた。彼らは, 見たこともないほどの美しさだったという。 身長は二人とも1メートル65センチほどで, 薄い金髪を肩までたらしていた。体にぴったりしたスーツを着て, 女性のほうはマントもはおっていた。
マリオは, 逃げだそうとしたが, 恐ろしさで体が動かない。すると女性のほうが英語で話しかけてきたという。 「こわがらなくても, 大丈夫・・・」
それから,
数分間マリオは, 彼らと話し合ったという。 奇妙な会見が終わると, 二人は乗物の中に姿を消した。乗物はそのまま垂直に上昇し, 飛び去っていったという。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集』【男性と女性の美しい宇宙人がイギリスに出現】, 著者:中村省三, 1989年

『UFOと宇宙(No.69)』【世界のニュース】, 1981年

参考外部⇒ 怖話(バーンサイド事件)



(★マリオ・ルイスが目撃した乗物)
『UFOと宇宙(No.69)』から



【以下のサイトでの事件発生日は, 11月21日】
参考外部=>Think AboutIt - REAL (1980: November UFO & Alien Sightings )

参考外部=>intcat (INTCAT 1980)
●アラン・ゴドフリー(警官)UFO遭遇事件(イギリス)


『最新版UFO・エイリアン極秘事件ファイル』から
 
1980年11月28日の朝, イギリス・ヨークシャー州のトッドモーデン(Todmorden)で, 警察官アラン・ゴドフリー(Alan Godfrey)がパトカーで巡回中に, 路上に浮かんでいる球状のUFOと遭遇し誘拐された事件。

この時, アランは路上に扁平な球状の発光体が浮かんでいるのを発見し, 接近を試みていた。
物体のは大きさが幅6メートル程で, 側面に真っ暗な窓が5つ並んでおり, 下部は左から右へゆっくりと回転していた。周囲の木立が揺れるほどの風を起こしていたという。
本署に連絡をしようとしたが無線はまったく通じなかった。仕方なく, 彼は事故報告用紙に様子などを記し, 一旦現場を離れようとした・・・。
気がつくと, 彼はパトカーと共に, 自分がいた場所から100メートル近く移動していたという。
周囲を見渡すと, UFOの姿もなく, 驚いて時計をみると
20分ほどが経過していた。この20分ほどの間に何があったのか? 後の逆行催眠で, UFOの内部に連行され, 生体実験を受けたことが証明されている。
公職に就く人間が関連する事件なので, 信ぴょう性は高いというが, イギリス政府は, 一切の情報を公開していない。

【参考文献】
『最新版UFO・エイリアン極秘事件ファイル』 【第2章/ 第三&四種接近遭遇】, 監修:矢追純一, 2014年



サイト:「ufocasebook.com」から

参考外部⇒ 怖話 (アラン・ゴドフリー事件)




(★説明するアラン・ゴドフリー)
『最新版UFO・ エイリアン極秘事件ファイル』から




参考外部=>NICAP (The 1980 UFO Chronology)

参考外部=>ufo casebook. com (The Alan Godfrey Abduction, November 28, 1980)

参考外部=>zamanda yolculuk. com (Police constable Alan Godfrey's abduction in West Yorkshire, England)

参考外部=>intcat (INTCAT 1980)
●レンデルシャムの森UFO着陸事件(イギリス)
【ベントウォーターズ事件】



(★スティーブ・ロバーツの目撃したUFOとETとの会見スケッチ)
『謎のHALT文書』から




(★ラリー・ウォーレンが目撃したUFOと着陸現場付近図)
『謎のHALT文書』から





(★UFOの着陸現場を指し示すUFO研究家のブレンダ・バトラー)
『宇宙人の死体写真集』から




(★逆行催眠をうけるラリー・ウォーレン)
『宇宙人の死体写真』から
1980年12月27日の早朝, イギリス東部のサフォーク州にあるウッドブリッジ米空軍基地(Woodbridge US- AFB)付近にあるレンデルシャムの森(Rendlesham Forest)に, 異常な光体が降下した。 3日後の12月30日にはUFOが出現し, 基地司令官と宇宙人がコンタクトをしたとされる事件。
事件から
3年後(1983年10月2日)にイギリスの新聞, 『ザ・ニューズ・オブ・ザ・ワールド』 が一面トップで取り上げたため, 全世界にセンセーションを巻き起こした。


レンデルシャムの森(Rendlesham Forest)は, 英国の首都ロンドンから北東へ140キロほど離れた海岸線の近くに位置している。 この地域一帯は, 東アングリアと呼ばれ, 英国の東海岸に面した平坦な農地だが, いったん戦争が起こると, ヨーロッパと向かい合う最前線になる重要戦略地点である。
それだけに軍事基地が多く, NATO(北大西洋条約機構)に加盟している関係上, 米国の空軍基地も, この地域内にいくつか設けられている。
森の西側には, 米ウッドブリッジ空軍基地(Woodbridge US- AFB), 北側にはそれを管理統括する, より規模の大きい米ベントウォーターズ空軍基地(Bentwaters US- AFB)がある。
森の南には, 海岸線の河口に位置して, 英国空軍(RAF)のボイジー基地がある。アメリカの両空軍基地は, ともにこの英国空軍ボイジー基地の管理下にある。

1981年1月2日, イギリスのあるUFO研究家(ブレンダ・バトラー【『謎のHALT文書』の著者の一人】)に, 米ウッドブリッジ基地勤務の一人の警備兵スティーブ・ロバーツ(仮名)が, レンデルシャムの森で起きた不思議な事件を打ち明けた。
それによると,
1980年12月27日の早朝(午前3時ごろ), ウッドブリッジ基地の警備兵たちが, 東ゲートの目の前にあるレンデルシャムの森へ, 光る物体が落ちるのを目撃した。警備兵3人がジープで森に向かった。しばらく行くと, ジープのエンジンが止まってしまい, ヘッドライトまでもが消えてしまった。 彼らは真っ暗な道を歩きはじめた。すると, 不思議な物体が森のなかに, 光を出しながら3本の脚のようなものを出して立っていた。
物体の大きさは幅が3メートル, 高さが2メートルほどで, 皿を逆さにしたような底部を持ち, その上にそれよりやや小さめの皿を逆さにおいたようなドームがついた円盤だった。 全体が白銀色に輝き, 青白い光で脈動していた。 光が脈うつたびに森全体がパアーッと明るくなったり暗くなったりした。UFOのドームと底部の境目には, 青いライトが一列に並び点滅していた。 てっぺんには赤い光が, 同じように明るくなったり, 暗くなったりを繰り返していた。
そして, UFOの底面から光の円筒が降りてきて, その中をET(地球外惑星の知的生物)たちが, まるで空中を吊り下げられるようにゆっくり降りてきた。 ETの身長は3フィートから3フィート10インチ(91〜95cm)で, 銀色の服をきていた。梨をさかさにしたような頭で目が非常に大きく, 髪の毛はなかった。
UFOは, どこかに故障が生じて不時着したらしく, ETたちは修理をはじめた。いっぽう, 基地の上級将校たちも現場に急行した。
そしてETと基地司令官は, 身ぶりで会話をしているように見えたという。
警備兵は, これを30〜40メートル離れた場所で遠巻きにして警備しながら見ていた。
UFOは
数時間後, 修理を終えて飛び去ったという。

1983年, 米マサチューセッツ州に住むUFO研究家のバリー・グリーンウッドが, ウッドブリッジやベントウォーターズ空軍基地から米国に送還された将兵で, この事件の証言を得られる者を探していたところ, 事件当時ベントウォーターズ空軍基地に所属していた警備兵ラリー・ウォーレンを見つけだすことができた。
そのラリー・ウォーレンの証言による事件の内容は, 下記のようなものである。
1980年12月30日の午前1時ごろ, ベントウォーターズ米空軍基地の駐機整備地区で警備任務中のウォーレン(当時19歳)は, 緊急出動に駆り出され, 中尉と軍曹がひとりずつのっている大型ジープに乗せられ現場に向かった。
途中, レンデルシャムの森の中から, たくさんの小動物がつぎつぎととび出してくるのを見た。 駐車場についたウォーレンと軍曹は, ライト・アウルズ(ガソリンエンジンで点灯する軍用の照明器具)と呼ばれる巨大なスポットライトをトレーラー車に積み込む手伝いをさせられた。
集まってきた数人の将校たちが, ウォーレンの乗るジープに乗りこんできた。 ライト・アウルズをのせたトレーラーを引っぱりながら, 基地の正門をでると, 何台もの大型ジープや軍用トラックが兵士を満載して待機していた。
隊列は, レンデルシャムの森に向かった。途中, 無線電話で連絡をとり合っていた中尉の会話のなかには, 基地総司令官のゴードン・ウィリアムズ大佐ほか何人かの将校たちの名前や, OSI(米空軍の特別調査部)の特殊機関の名前も出てきたという。
森のなかの砂利道を進んでいると, ジープのエンジンが突然, 咳きこむような音をたてて止まってしまった。 あわててエンジンをかけると, いったんは動きだすが, しばらく走るうちにまた止まってしまう。 車からおりて, 徒歩で進んだ。やがて, 兵士たちはいくつかの班に分けられ, 身につけた武器弾薬のすべてをその場に残して, 丸腰で森のなかへ前進した。
頭上には軍用ヘリコプターが音をたて旋回していた。5人ひとかたまりなって前進するうち, ちょっと開けた草原のようなところに着いた。 そこには, 照明器具があちこちに備えつけられて, 大きなフィルムカメラで軍の撮影班が何かを撮影していた。そこには見たこともない不思議な物体があった。
それは, 丸く平たい円盤で, まるで ”透明なアスピリンの錠剤” というような感じで, 直径は15メートルくらいで, 地面から数十センチのところに浮かんで静止していた。 内部は透きとおって見え, なかには黄色いもやのようなものが渦巻いていて, 黄色い光が脈動していた。
そのうち, 無線の受信器から, 「おい,来たぞ!」 というヘリコプターのパイロットの叫ぶ声が聞こえてきた。 すると, 上空に赤く光る球体がひとつ目撃された。その光は近づくにつれスピードを落とし, 例の ”アスピリン錠” の物体の真上にきて静止した。
そのとたん, 光の爆発が起こった。音はなく, ありとあらゆる色の光が, ものすごい閃光を放って飛び散った。
ウォーレンは,あまりの強烈な光のため, 一瞬目がくらみ, なにも見えなくなった。 そして, 視力が回復したとき, そこには, いつの間にか巨大な金属製のUFOが出現していた。
出現したUFOは, 上のほうがドームになった, 直径15メートルほどで, 金属製らしい表面には, たくさんの複雑な突起物や器械の一部らしいものがついていた。 両サイドの底部からは, それぞれ小さな翼のようなものが突き出ていた。
周囲に設置された軍の照明器具(ライト・アウルズ)が, UFOを四方八方から照らし出していた。 不思議なことに, UFOの周囲の兵士たちの影が, 照明器具の光によって, UFO機体の表面に写し出されていたが, その影が兵士たちの動きより遅れて動いていた。まるで, 影自体が別の生き物になって勝手に動きまわっているようだった。 UFOのまわりには, 警備兵のほかにも何人かの将校がいて, この不思議な現象を見守っていた。 そのなかには基地総司令官ゴードン・ウィリアムズ大佐の姿も見えたという。
すると, つぎの瞬間, 機体表面に写っていたいた何人かの兵士たちの影の頭上あたりに, 小さな緑色の光点が現われた。 その光点は, ビデオゲームの画面のようにすばやい動きで, 兵士たちの影の頭の上を飛びまわりはじめた。 とてもこの世のものとは思わない幻想的な光景であったが, ウォーレンの記憶はここまでで, 気がついたときは, 兵舎のなかの自分のベッドに服を着たまま倒れていたという。
時計を見ると
午前5時ちょっと前であったという。午前4時ごろ, 誰かが意識を失っているウォーレンをかついできて, ベッドに放り出していったということだった。
3年後, アート・ウォーレンは記憶を取り戻すために, フレッド・マックスという催眠術の専門家から催眠実験を受けた。ウォーレンの話した内容では, UFO内から3人の宇宙人が降りてきて, ゴードン・ウィリアムズ司令官と無言で会話を交わしたということだった。

アメリカのCAUS(UFO問題の秘密化に反対する市民の会)のあるメンバーが,FOIA(情報自由化法)により請求し,
1983年に手に入れることができた文書がある。 これは,当時ベントウォーターズ米空軍基地の副司令官チャールズ・I・ホルト中佐(Colonel Charles Holt)が書いた, 1980年12月27日の ”説明不能の光” に関する報告書(1981年1月13日付)である。 いわゆる 「HALT文書」 であるが, その内容は以下のようなものである。
1980年12月27日未明(現地時間午前3時ごろ)にウッドブリッジ基地の裏門の外に異常ないくつかの光を警備兵が目撃した。 飛行機の墜落もしくは不時着かもしれないと考え, 門の外にでる許可を得た。
3人のパトロール兵が徒歩で偵察に向かった。彼らは森で光り輝く奇妙な物体を目撃した。 外観は金属のようで, 形は3角形, 底辺の直径は2〜3メートルで高さは2メートルであった。 森全体が白い光で明るく照らされていた。物体頂部に強さを変える赤い光があり, その下側に青い光が並んでいた。
パトロール兵が近づくと, 物体は木々のあいだを巧みにすり抜け, 姿を消した。このとき, 近所の農場の動物たちが狂ったように騒いだ。
物体は
約1時間後, 裏門の近くでごく短時間, 目撃された。
つぎの日, 地上で物体が目撃された地点に3つのくぼみが発見された。
そのまた
翌日の夜(1980年12月29日), 同地域の放射能検査が行なわれた。
その日の夜遅く(12月30日早朝), 木々のあいだから太陽のような光が目撃された。 その光は, あちこち動きまわり, 明滅を繰り返していた。 あるとき, その光からいくつかの光の小片が飛び出したように見えた。 つぎの瞬間, 5つの白い物体に分裂し姿を消した。その直後, 空に星のような3つの物体が現われた。 そのうちの2つは北に, 1つは南にあり, どれも地平線から10度くらいの角度のところにあった。 それらの物体は鋭角的に移動し, 赤と緑と青の光を放っていた。 北のほうの物体は, 1時間かそれ以上滞空していた。南のほうの物体は, 2,3時間そこに見えていて, ときおり地上に向けて光線を照射した。

また, この事件はロズウェル事件と共に, これまで多くのマスコミで取り上げられてきたが, そのほとんどはレンドルシャムの森に着陸したUFOの報告に焦点が当てられ重要な部分が軽視されてきた。
実は, この事件では, UFOがベントウォーターズWSA(核兵器貯蔵エリア)上空で滞空静止し, レーザー光線のようなビームを照射しているのが目撃されているのだが, このことは殆どマスコミで報じられていないのだ。
【参考文献】
『謎のHALT文書』,1989年
『宇宙人の死体写真集』,1989年
『UFOと核兵器』,2011年

参考外部⇒Wikipedia (レンデルシャムの森事件)

参考外部⇒YouTube (木曜スペ 「米英首脳は宇宙人と会見している 英空軍基地にUFO着陸」 1984)

参考外部⇒TOCANA (「レンデルシャムの森事件」に衝撃の新証言! 軍人たちはUFO極秘捜索の“失われた3時間”に何を見たのか!?)

参考外部⇒UFO事件簿 (レンドルシャムの森の事件)



【関連サイト検索キー: rendlesham forest, 1980, ufo incident

参考外部=>YouTube (THE RENDLESHAM UFO INCIDENT Official UK trailer HD)

参考外部=>En. Wikipedia (Rendlesham Forest incident)

参考外部=>BBC NEWS (Rendlesham Forest UFO sighting "new evidence" claim)

参考外部=>THE Sun (US soldier who witnessed UFO incident dubbed ‘Britain’ s Roswell’ comes forward)

参考外部=>The Telegraph (Britain's Roswell: what really happened in the Rendlesham Forest UFO incident? )

参考外部=>thejournal. ie (Christmas lights: The inside story of one of the world's most notorious UFO sightings)

参考外部=>intcat (INTCAT 1980)

参考外部=>NICAP (The 1980 UFO Chronology)

参考外部=>NICAP (Rendlesham Forest Encounter / Halt Case)

参考外部=>NICAP (Rendlesham Forest, December 27 - 30, 1980)
●キャッシュ&ランドラム事件(アメリカ)


サイト:「NICAP」から




サイト:「SENIORENNET」から
1980年12月29日の午後9時過ぎのこと, ヒューストンからテキサス州デイトン(Dayton)の自宅に戻る途中のヴィッキー・ランドラム(Vicky Landrum)夫人と孫のコルビー(Colby- 7歳), ベティ・キャッシュ(Betty Cash)夫人の3人が, パイニーウッズ(Piney Woods)地方の寂しい2車線道路で, 不思議なダイアモンド型の物体を目撃した。

物体は, 給水塔ほどもある大きなものであった。
ダイアモンド型(菱形)で, てっぺんと底は平らであった。物体は底からオレンジ色の炎を一定間隔で噴出し, 空中を上下に動いていた。
車を停めると, 車の中はたちまち暑くなった。このため, キャッシュとランドラムは, 車の外にでたが, 孫のコルビーは車内のダッシュボードの下に隠れた。
物体は, 中央部の周囲に青い光の輪があって, 明るく輝いていたが, 全体は鈍い銀色をしていた。
炎を弱めた物体は, 車道に向かって降下してきた。2人は車の中に戻ったが, キャッシュはドアハンドルの熱で手をやけどした。
物体が上昇すると同時に, 大型ヘリで編成された20機以上のヘリコプターが, 続々と到着し, その物体を包囲した。
するとその物体は, 冷静な判断を取り戻したかのように, ヘリコプターの包囲を抜け出し, デイトン(Dayton)に向けて飛び去った。
わずか,
20分間ほどの出来事であった。この地域にいた多くの人々も, この物体とヘリコプター群を目撃して通報した。
キャッシュとランドラムは, その後, 放射線被ばく症状に悩まされ, 政府を相手取り訴訟を起こしたが, 証拠不十分により却下された。
キャッシュは
18年後, 71歳で亡くなり, ランドラムは2007年に84歳で亡くなった。
【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』, 2015年

この日の夜9時ごろ
, ベティ・キャッシュ(Betty Cash- 51歳), ヴィッキー・ランドラム(Vickie Landrum- 57歳), コルビー・ランドラム(Colby Landrum- 7歳−ヴィッキーの孫)の乗った車が, テキサス州デイトン(Dayton)の自宅へ帰る途中, ヒューストン湖(Lake Houston)の北, ホフマン=クリーヴランド・ロード(Huffman-Cleveland Rd)を走っていた。
道の両側には森がつづき, ほかにほとんど走る車もなく, 静まりかえっていた。
そこを何キロか走ると, 木立の上にまばゆい光がちらりと見えたが, すぐに視界から消えた。さらに進むと, 突然, 前方の路上真上に, 巨大なダイヤモンド型物体が滞空しているのを目撃した。
怪物体は目を射るような強烈な光をギラギラ放ち, 周辺の光景を照らし出していた。
ベティ・キャッシュは車を道路の真ん中に停めた。そしてはじめは, 3人とも車を出て物体を眺めたが, コルビーはすぐ怖くなって, 祖母のヴィッキーをせきたてると, いっしょに車内に戻った。
ベティは運転席側のドアのそばに立っていたが, やがて車の前方に歩み出たが, すぐにヴィッキーが車内に戻るよううながした。
ベティは車内に入ろうとして, ドアの把手をつかむと, それは痛みを感じるほど熱くなっていた。手をレザーコートでくるんで, なんとかドアを開け, 車内に座ってこの異常な光景を3人で見守った。
すると, 3人は気温の上昇に気がついた。耐えきれなくなって, 冬だというのにエアコンをつけた。
怪物体はときどき, ロケットの噴射そっくりに下部から炎を噴き出し, そのたびにひょいひょいと上下し, ピーピーという快音を発した。物体は南西方向へ上昇していくと, まもなく姿を消した。しかし, 物体からやや離れたあたりに, たくさんのヘリコプターが見えたという。
ベティは車をスタートさせてその場を離れたが,
5分ほどしてFM2100路線に入るや, ふたたびUFO(怪物体)と, おびただしい数のヘリコプターを目撃した。ヘリコプター群は, やかましい騒音をふりまき, あんなにたくさん(20台以上)飛んでいるのでぶつかりやしないかと, 目撃者たちは心配した。
ベティは運転をつづけ, ホフマン=イーストゲート・ロード(Huffman-Eastgate Rd)に曲がったあと, FM1960路線に入った。UFOはまだ見え, 薄れるような光となって空へ上昇していった。
ベティは, 二人を家まで送ると,
午前9時50分ごろ自宅へ帰りついた。
3人ともすぐ身体の異常に気づきだした。ヴィッキーは頭痛を訴えた。ベティは頭が痛み, 吐き気を感じ, 首が腫れあがり, 顔面と頭部に赤い斑点が吹き出してきた。
数日もすると, ベティの容態はさらに悪化し, 両目は腫れあがって開かなくなり, 嘔吐感と下痢が頻発し, 赤い斑点は火ぶくれに変わってしまった。ヴィッキーに病院の救急室まで連れていってもらい, 火傷の患者として手当を受けた。12日間入院したが, その間に顔面の皮がボロボロはげ落ち, 大量の頭髪が抜けてしまった。ベティはちょっとだけ退院したが, すぐにまた入院し, 15日間治療を受けた。
ヴィッキーとコルビーの症状は, ベティよりもやや軽かったが, それでもそうとうの苦痛を味わった。ヴィッキーの目は痛んで腫れあがり, 腹痛, 下痢, 食欲不振, 腕のただれ, 皮膚の炎症, 脱毛, 視力減退などの症状に苦しめられた。
コルビーはまた, 事件後
何週間か悪夢にうなされ, ヘリコプターや夜空の明るい光におびえるようになった。
テキサス州ジギーンのMUFON運営副部長のジョン・シュースラー(John Schuessler−マクダネル・ダグラス社のスペース・シャトル飛行作戦計画部長でもある)が行った, この事件の広汎な調査結果を見ると, どんなタイプの放射線エネルギーかは不明だが, 目撃者たちはある種の放射能症にかかったらしい。。
ヘリコプターについての調査では, シュースラーは二機種のヘリコプターが目撃されたと判断した。一種はダブル・ローター式のボーイングCH- 47型チヌック, もう一種はベル・ヒューイと同じものだった。
しかし, このおびただしい数のヘリコプターの発進地を, 空港や空軍基地につきとめる捜索は, 実りなく終わった。

【参考文献】
『人類は地球外生物に狙われている』【第7章/ ミステリー・ヘリコプター】, 著者:ローレンス・フォーセット / バリー・J・グリーンウッド, 編訳:南山宏, 1987年

参考外部⇒UFO事件簿(キャッシュ&ランドラム事件)

参考外部⇒世界10大怪奇(キャッシュ&ランドラム事件)

参考外部=>怖話(キャッシュ&ランドラム事件)



【サイト検索キー: Huffman, Texas, 1980, ufo
参考外部=>En. Wikipedia (Cash - Landrum incident)

参考外部=>Texas UFO Museum & Research Library (Huffman 1980)

参考外部=>YouTube (Cash - Landrum UFO Case: Slideshow)

参考外部=>YouTube (Cash - Landrum - Fall Von UFO Verstrahlt (29 12 1980 Huffman Texas USA))

参考外部=>NICAP (The Cash / Landrum Inciden Huffman, TX December 29, 1980)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1980:The Cash - Landrum Case)

参考外部=>UFO Casebook (The Piney Woods Incident, Cash - Landrum)

参考外部=>NICAP (The 1980 UFO Chronology)

参考外部=>intcat (INTCAT 1980)

参考外部=>SENIORENNET (The Cash - Landrum UFO)

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