UFOレガシーUFO・ミステリー事件遺産 当サイトで参考にしたUFO関連本一覧
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UFO事件集(1971年〜1980年) 


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2001年 〜 2010年  2011年 〜 2020年 UFO事件集(索引欄)
1971年〜1980年
1971年 1972年 1973年 1974年 1975年 1976年
1977年 1978年 1979年 1980年
1971年
200-20 事件名 470-55 事件の概要および詳細 230-25 その他参考サイトなど
●ドラギニャンUFO目撃(フランス)

『UFOと宇宙』NO.4から
 
1971年3月29日の夜9時ごろ ,フランス南部のドラギニャンに住むアンドレ・ブショー(23歳)とピエール・カラファー(25歳)は, 乗っている車の前方上空に滞空するまばゆい光る物体に気づいた。 車のヘッドライトが暗くなりはじめた。物体は最初に垂直に上昇し,次に斜めに降下した。 これを3度繰り返し,最後に150メートル離れたブドウ畑まで斜めに降下し,地上10メートルくらいの高さに停止した。 2人は車で50メートルまで近づき観察した。2人と物体のあいだには大きな木が立っていた。 物体はレンズ形で直径は約12,3メートルで高さが約2メートルで色は暗い赤色であった。 音はまったく聞こえなかった。物体は,ブドウ畑の上空に約2分間とどまり,その後,横揺れをはじめた。 そしてフラッシュのように瞬間的に飛び去ったという。
【参考文献】
『UFOと宇宙』NO.4,1975年-【ドラギニャンに出た円盤,文:ジャン・シャセーヌ/フランソワ・モル,訳:林陽】
●ローズデール宇宙人目撃事件(カナダ)

★画家のブライアン・ジョーンズが,目撃者のクラッピソンにインタビューして描いたもの
『宇宙人の死体写真集』から
1971年6月9日 の満月の晩に,カナダのアルバータ州にあるローズデールで,エスター・クラッピソンが自宅の近くで不思議なヒューマノイドを目撃した。
彼女は,この夜自宅の窓から光が差し込むのに気づき,正面のポーチに出てみた。 すると,二本の道路が交差しているあたりに,不思議な長方形の物体があるのに気づいた。
彼女はよく調べるつもりで犬をつれて外にでた。その物体は60メートルほど先にあり,一面が四角く,窓のように透明になっていた。 物体の内部には二人の小柄な人間らしいものがいた。そして,もう一人は物体の外にいて,土でも拾っているのか腰をかがめていた。
クラッピソンが,彼らを見つけたとたん,物体の中の相手も彼女の存在に気づいたのか,外の仲間に注意をうながす動作をした。 同時にもう一人は内部の計器パネルを自分の体で隠すような姿勢をとった。 彼女はもっと近づいてみようとしたが,一緒の犬が必死に家に逃げ帰ろうと彼女を引っ張るので前に進めなかった。 それで弟を呼んでこようと考え,家の中に入ってから振り返ると,そこにはUFOも小柄な宇宙人も姿を消していた。
翌日,UFOが着陸していた場所にいってみると,6メートル以上の長さにわたり,地面が焦げていたという。
彼女の証言によると,物体(UFO)の幅は1.5メートル,高さは2.4メートルで機体の一面が透明になっていたという。 目撃したヒューマノイドは,身長が1.5メートル以下で,頭から枕カバーをすっぽりかぶったような感じに見え,目はまるでカギ穴そっくりだった。 筋肉とはおよそ縁のなさそうな体つきをしていて,オリーブグリーン色のスーツを身につけていた。 そして,彼らは腕やひざの関節を曲げることをしなかったという。

【参考文献】
『宇宙人の死体写真集』,1989年,著者:中村省三(カナダに奇妙なスーツを着た宇宙人が出現)
参考外部サイト⇒超魔界帝国の逆襲(ローズデール事件)

参考外部サイト⇒ゼロファイル(ローズデール事件)





★画家のブライアン・ジョーンズが,目撃者のクラッピソンにインタビューして描いたもの
『宇宙人の死体写真集』から
●ネス湖フォイヤーズ事件(イギリス)



『コズモ(UFOと宇宙)』NO.8から
 
1971年8月16日 ,ネス湖のファイヤーズ湾を見下ろす森林内で,異形なUFOとそれに乗り込む複数の怪人物が目撃された。
ジャン=オーヴ・サンドバーグが,
8時30分ごろ 発電所建設現場に向かう近道として,この森林を通り抜けようとしていたところ,異様な物体を目撃した。 物体は10メートルもあり,片方から曲がった部分が突き出ていた。まるで取っ手のついた巨大なアイロンのような形であった。 近くの茂みの中から身長が1.7メートルほどの3人の人物が出てきた。 3人は灰色の潜水服のようなもので頭からつま先までをおおっており,話でもしているようだった。 やがて,3人は動き出し,物体の曲がった先の部分から中に入り姿を消した。物体は,音もなく垂直に上昇し,やがて水平に高速で飛び姿を消した。
【参考文献】
『コズモ(UFOと宇宙)』NO8,1974年,【「ネス湖おける悪魔ばらいの儀式とUFOの着陸」文:F・W・ホリディ,訳:増野一郎】
 



『コズモ(UFOと宇宙)』NO.8から
 
●ロテガロンヌ事件(フランス)
フランスのロテガロンヌ県マルマンド郡セーシュの北東12キロのところにある田園地帯のラシュブルで, 1971年11月14日の午前2時ごろ ,農夫のアンジェロ・セリョはトラクターで 夜中 の農作業中,畑の中で頭上から近づいてきた怪しい物体から,強烈な黄色の光で照らされた。 物体には一列に並んだ5つの強力な黄色い光りとその右横4,5メートルのところに赤色の光があった。 恐怖を感じたセリョは,トラクターから飛び降り逃げ出したが,トラクターから約30メートルのところで,物体は上昇し,もと来たコースを引き返していった。 物体は無音であったという。
【参考文献】
『コズモ(UFOと宇宙)』NO.1(創刊号),1973年,【「多条光線を放つ円盤」,文:ゴードン・クレイトン
 
1972年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
●メサ(米アリゾナ州)の怪浮遊物体(アメリカ)
『UFOと宇宙(NO.27)』から
1972年11月11日の午前2時ごろ ,アリゾナ州メサの上空に浮かぶ謎の物体を何千人もの人が目撃した。 物体は,アイスクリーム・コーンの長いほうを上にしたような形で,澄み渡った青空の仰角40度ほどのところにあり,南から北へ非常にゆっくりと移動していた。 物体は 1時間 ほど見ることができたが, 1分前 には確かにあったのに,次の瞬間には姿を消して2度と見えなかったいう。
また,メサで
2週間前 に熱気球のコンテストが行われていたため,気球ではないかと思われたが熱気球のコンテスト最終日は 11月4日 であり,この物体には支持索もゴンドラもなく,色も形も違っている。
メサの気球クラブは,この地域のすべての気球を把握しており,
11月11日 に気球を飛ばしたことはないし,気球の飛行許可を申請した者もないとのことであった。
【参考文献】
『UFOと宇宙(NO.27)』,1977年【「米アリゾナ州メサの怪物体」,文:ウェンデル・C・ステーブンス, 訳:久保田八郎中村省三
 
1973年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
●パスカグーラUFO誘拐事件(アメリカ)

『UFOと宇宙』NO.5から


宇宙船内での目玉のような身体検査装置
『世界UFO大百科(ムー別冊)』から
1973年10月11日 ,ミシシッピー州の漁港パスカグーラに3人の宇宙人が現われ,チャールズ・E・ヒクスン(45歳)とカルビン・R・パーカー・ジュニア(18歳)のふたりが円盤内に連れ込まれ,観察後,釈放された事件。
 ※)パスカグーラはメキシコ湾に面した人口3万たらず(当時)の漁港。

造船所工員の2人が,パスカグーラ河畔の桟橋から夜釣りをしていると,午後9時ごろ夜空から平べったい乗物 (空飛ぶ円盤)が青いモヤを噴出しながら近づいてきて,すぐ近くの岸の地上,約60センチのところに停止した。 物体にドアのようなものは見あたらないのに,人間の形をした3つの生物がいつの間にか現われ, 2人のほうに足を使わずスーッと近づいてきた。2人は声を出すこともできず,体を動かすこともできなかった。 その3体の生物は皮膚が灰色っぽく,しわがたくさんあった。手の先はカニのはさみのようであり,耳はとがっていた。 生物の一人がパーカーにさわったため,パーカーは,恐怖のあまり気絶をしてしまった。 2人は,その3体の生物に持ち上げられて,物体(宇宙船)の中に連れ込まれた。滑空するみたいに感覚も重さも感じなかったという。
宇宙船の中は,照明などなくても非常に明るかった。ヒクスンは宙に浮いたような状態のまま,目だけは動かすことができたが,身動きができなかった。 すると,大きな目玉のようなものが現われて,ヒクソンの体から25センチほどのところを,あちこちに動き,体中を撮影しているようだったという。
パーカーは,ヒクソンとは別な部屋に連れ込まれたが,気を失ったままだった。やがて
20分ほど が経過しただろうか。気がつくと2人は,釣りをしていた,もといた場所にいた。 ヒクソンは立ち上ろうとしたが,膝に力が入らず倒れてしまった。見ると宇宙船は,あっという間に,夜の闇の中に姿を消してしまったという。
【参考文献】
『UFOと宇宙(NO.5)』,1974年【円盤の中に連れこまれた男(2),文:南山宏
『世界UFO大百科(ムー別冊)』,1985年【誘拐され,身体検査された2人の造船工,文:吉住元】
参考外部サイト⇒UFO事件簿(パスカグーラル事件)

参考外部サイト⇒YAHOO!ブログ(昭和な宇宙人御三家最後の一人「パスカグーラの宇宙人」)

参考外部サイト⇒Bizarre and Grotesque(The 1973 Pascagoula Alien Abduction)

参考外部サイト⇒ OpenMinds(Remembering Charlie Hickson, a rare Pascagoula UFO abduction transcript)



 
事件現場のパスカグーラ河畔
『UFOと宇宙』NO.5から
●アセンズ着陸UFO発砲事件(アメリカ)
1973年10月17日の深夜,ジョージア州アセンズに住む車販売業者のポール・ブラウンが, 深夜国道を走行中に強烈な光とともに着陸した円盤から降りてきた2人の乗員に,恐怖からピストルで発砲した事件。
この夜,ポール・ブラウンは,アセンズ付近のマディソン郡国道29号をカーラジオでワールドシリーズを聞きながらドライブしていた。
突然,放送が消えて,空一面が強烈に輝いた。見上げると,上空約60mの位置に奇妙な飛行物体が見えた。 ブラウンはそれを飛行機が故障したのだろうと思ったが,その物体はものすごいスピードで降下し,車の前方30m以内に近づいた。 それは飛行機ではなく,目もくらむほどの光をはなつ幅4.5m,高さ1.8mほどの円盤型物体であった。
突然,2人の"人間"が物体から降りて現れた。光のためどうやって降りたかは不明である。2人とも身長は約1.2mで,銀色のユニフォームを着ているようだ。足首のところは締まっていて靴をはいていた。 銀色の手袋をはめて,髪はまっ白だった。光のため,顔付までは不明であったが赤味を帯びていたようだ。
恐怖を感じたブラウンは,車中にあったピストルを取り出し,ドアを開け外に出て狙いを定めると,2人の怪人はあわてて物体の方へ逃げ帰った。 物体の光が消えたので,ブラウンは物体めがけて2発を撃った。弾丸は当たらなかったようで,物体(UFO)は上昇し夜空に消えていった。
この事件が,ほとんど広まらなかったのは,この月(
1973年10月)には,各種の新聞が米国中からの多くのUFO情報で埋まっていたからである。
【参考文献】
『UFOと宇宙』NO.24(1977年),【カーター大統領はUFOを見た!,文:ハリー・ヘルムス,訳:久保田八郎
●フォークビル事件(アメリカ)
【銀色の服を着た宇宙人撮影事件】


グリーンハウが撮った4枚の中の1枚。
『UFOと宇宙』NO.10から
1973年10月17日の夜 ,アラバマ州フォークビルで若い警察署長のジェフ・グリーンハウが,道路上にいた全身銀色の服を着た宇宙人に遭遇し,それを撮影した事件。
フォークビルの警察官グリーンハウの家に,
午後10時ごろ 同町の西半マイル(約0.8キロ)のところに住む婦人から電話がかかってきた。点滅するいくつかの光を放つ宇宙船が同家の裏の方の原っぱに着陸したとのことであった。その夜,同地サウス・モーガン群一帯でも空飛ぶ円盤らしきものを目撃したとの電話がいくつもかかってきていたので,グリーンハウは買ったばかりのポロライド・カメラをひっつかんでパトカーで飛び出していった。
砂利の多い道路を一刻も早く現場に行こうと懸命になって車を運転していると,坂をくだったところで,バッタリと道の真ん中に立っている異様な「人間」に出くわしてしまった。
その異様な「人間」は,身長6フィート(約1.8メートル)くらいで人間と同じような体つきをしているが,全身をスズ箔のような銀色のもので覆われていた。頭には,短いアンテナのようなものも見えた。グリーンハウは,何かのいたずらだと思い50フィート(約15メートル)のところまで近づき車を降り,声をかけると相手は答えず横にゆらゆら揺れるようにしてこちらに歩いてきた。持ってきたポロライド・カメラでグリーンハウは,1枚目の写真を撮った。6メートルの距離でもう1枚の写真を撮った。相手は,すぐ近く(約3メートル)まできて,両者は向かい合う形になった。ここで,グリーンハウはさらに2枚を撮った。
相手はロボットのようにぎごちない動きかたをしたが,音は発しなかった。 グリーンハウは,恐怖から体が硬直したが,思いついてパトカー上の赤色の回転灯をパッとつけてみた。すると,相手は急に向きを変えて,南へと道路を走り去っていった。パトカーに飛び乗り,追跡を開始したグリーンハウは,この時点で,生物がUFOの乗員ではないかと思い当たったという。なにしろ,追いつけないのだ。その相手は,これまで見たことのある誰よりも,走るのが速かったという。 そのうち、パトカーは砂利で失速し,目をはなした隙に相手は闇のなかに消えてしまった。

【参考文献】
『UFOと宇宙』NO.10,1975年,【銀色の服を着た宇宙人,文:高梨純一

『宇宙人の死体写真集』,1989年,著:中村省三
参考外部サイト⇒ UFO事件簿(フォークビル事件)



消防服(空港の消防士が用いる特性のもの)を着こみ,顔と足先にアルミ箔をまといつけて撮影したもの
『UFOと宇宙』NO.10から
●軍用ヘリコプター葉巻型UFO遭遇事件(アメリカ)
【コイン陸軍少佐吊り上げ事件】


コイン少佐によるUFOのスケッチ
『戦慄のUFO&宇宙人ミステリー99』から
1973年10月18日,陸軍予備ヘリコプター部隊316医療支援(野戦病院)の指揮官だったローレンス・コイン少佐以下4名の軍関係者が, オハイオ州コロンバスの航空基地からクリーブランドのホプキンス基地に向かって飛行していた。
23時10分ごろ高度800メートルで,ヘリに高速で近づく赤く輝く飛行物体を4人が目撃し確認した。衝突をさけるため,コイン少佐は,ヘリを高度500メートルまで急降下させた。すると,飛行物体はヘリに張り付くかのように,真上で停止した。物体は,長さが15~18メートルほどの葉巻型をしていた。数秒後,飛行物体はヘリから離れ,北方へ飛び去った。
安堵したコイン少佐だったが,軍用ヘリの高度計が1100メートルを指していることに気づく。ヘリが
数秒間で600メートルも吊り上げられたのである。
目撃報告から,UFOの先端は赤く輝き,中央上部はドーム状で後部からは緑色の光を発していた。窓や吸引口,翼,尾翼,識別マークなどいっさいついていなかったという。他の乗務員ともども,信頼性の高い人物が事件の当事者であったため, 国防省は「まぎれもないUFOの目撃例として, 我々の記録にとどめるだろう」という声明を発表した。 珍しくUFO出現を否定しないコメントを出した事件となっている。
また,事件から
3年後,この事件を地上から目撃していたという家族が発見された。
【参考文献】
『戦慄のUFO&宇宙人ミステリー99』,監修:南山宏,2010年
参考外部サイト=> 怖話(【1973年】コイン陸軍少佐吊り上げ事件)




事件当時のコイン陸軍少佐。
『戦慄のUFO&宇宙人ミステリー99』から
●ドラギニャンの怪事件(フランス)



『UFOと宇宙』NO.15から
 
場所は,フランス南部のドラギニャンの北にある標高500メートルほどのマルモン山でおこった。 1973年10月19日の夜 ,マルモン山頂からの風景を楽しもうとドラギニャンに住む青年がガールフレンドを後ろに乗せバイクで頂上近くの見晴し台に向かって走っていると, 500メートルほど左側の空中に明るいオレンジ色の光球が出現し,バイクと同じ方向に飛び始めた。 バイクをおり,観察していると光球は山頂まで飛び消えたが,山頂には赤い輝きが残った。 こわくなった二人はドラギニャンに戻りUFOに興味のある友人にこの話をした。友人の仲間4人が2台の車で山頂近くの見晴し台に向かった。 到着すると,いつでも下山できるように車の向きを変えてからライトを消し車をおりると,そこから80メートルはなれた山頂にボーッとひろがる白い光に気づいた。 その輝きから不思議な音(ラジオのピーという雑音に近い)が聞こえてきた。 そのとき,4人は突然熱くなって,一種の熱波を感じた。続いて山頂に赤い光が現われ見晴し台に至る山道をおりてきた。 非常に重い人間が歩き小石をザクザクと鳴らすような音がはっきり聞き取れた。 4人は物陰に隠れ赤い光を見ていると,高さ3メートルもある黒い人影が赤い光と一緒に動いているのを目撃した。 車まで25メートルほどまで近づいた怪物は何かを拾い上げるように立ち止まり,やがて動きをとめ,赤い光も不思議な音も消した。 暗闇の中で小枝の折れる音や車の1台が何度かゆさぶられる音がした。4人はたまらなくなり,逃げろという合図とともに車に駆け込みエンジンをかけた。
結局のところ,4人は無事逃げおおせたのであるが,その間にも不思議な体験をした。

【参考文献】
『UFOと宇宙(NO.15)』,1975年【ドラギニャンの怪事件,文:J・シャセーニュ,訳:増野一郎】
●グリーンズバーグUFO怪物目撃事件(アメリカ) 1973年10月25日 ,ペンシルバニア州グリーンズバーグでスチーブン・プラスキーと少年2人が, 着陸している円盤と,近くにいた毛むくじゃらの2匹の怪物を目撃した事件。
アメリカのペンシルバニア州グリーズバーグで,
この日の夜9時ごろ 畑の上空に赤く輝く球体が近所の住人により目撃された。 目撃者の一人スチーブン・プラスキー(22歳)は,近所の少年2人を連れ現場に行ってみることにした。
球体は畑へゆっくり下降していた。近くの丘についた3人はほとんど着陸しているように見えるその物体を見つけた。 それは直径が30mぐらいのドーム型で大きな泡のように見えた。物体からは,白い光が出てあたりを明るく照らし出している。そして,芝刈り機のような音をたてていた。
突然,少年の1人が,右手の柵のそばをのそのそと歩く2つの影を見つけ,叫び声をあげた。 スチーブンにはよく見えなかったが,熊ではないかと考えた。かついできたライフルには曳光弾を1発こめていたので,2つの影の頭上めがけて発射した。 すると,曳光弾の光の中に,奇妙な生物が浮かび上がった。それは黒っぽい長い毛で全身がおおわれている2匹の怪物であった。
身長は1匹が2m,もう1匹は2.5mほである。目は黄緑色で,両腕は地面につきそうなほど前にだらんと垂らしていた。 小さい怪物は,大きい怪物に遅れないように大またで歩いているように見えた。 2匹とも赤ん坊のような哀れっぽい声を出して,ゴムの焼けるような異臭があたりにただよっていた。
2匹の怪物たちは,3人のほうに向かってゆっくり進んでくる。スチーブンは怪物の頭上めがけて,ライフルを発射した。 それから覚悟を決めると,大きいほうの怪物に3発の銃弾を発射した。その間,少年たちは彼のそばで震えていたが,1人は家に向かって逃げていった。
銃弾を受けた怪物は,哀れっぽい声を出すと右手を上げ,もう1匹に触れるような動作をした。 それから,怪物たちはゆっくり向きを変え,森の方へ去っていった。
気がつくと,白い光を出して輝いていたUFOは,いつの間にか消えてしまい,芝刈り機のような音もやんでいたという。 この事件の後,牛や馬はその場所に近づこうとしなくなった。
【参考文献】
『UFOと宇宙(NO.33)』,1978年,【総力特集/私は宇宙人を見た!(毛むくじゃらの怪物とUFO)】
 
●仁川(インチョン)事件(韓国)
【魚雷艇UFO遭遇事件】


イラスト:『UFOと宇宙(NO.20)』から
1973年11月11日 ,大韓民国海軍所属の30メートルばかりの改装魚雷艇は,仁川付近の暗い嵐の海上を,日課の補給任務についていた。
6人の乗る魚雷艇は,大波が寄せるたびに艇首を空に突き上げ,次には波の谷間に突っ込んでいた。
嵐にもまれる魚雷艇の上で,突然,乗組員は明るい飛行物体を目撃した。物体は,嵐や雨やみぞれをものともせず,水面すれすれの高度を直線飛行していた。 こんな天候に飛行機が飛べるわけもなく,近づいてくる飛行物体が人工の航空機でないことは,乗組員のだれもが確信した。 その飛行物体は長さが12メートルぐらいで水面30メートル以下の高度で高速で近寄ってきた。
舵手のパク・ミュンファ(当時25歳)は,艇長のキム・ピョンハク中尉に「早く逃げましょう!」と大声をあげ,27キロメートル東の仁川に艇を向けるよううながした。
一度,空中に停止した飛行物体は,再び動きはじめ超音速のスピードで近づいてきて魚雷艇の頭上を通過した。 物体は,白熱した金属のようで桜色に明るく輝き,中心が隆起していて円盤形をしていた。典型的な空飛ぶ円盤であった。腹部の中心からは排気を吹き出していた。
魚雷艇は母港を目指して全速力で走り出した。円盤は後方に浮かんでいるように見え,高度は30メートル以上には上昇せず,位置を右,左とたびたび変えた。
20分 は魚雷艇の周囲をうろついていたという。
【参考文献】
『UFOと宇宙(NO.20)』,1976年 【韓国上空のUFO嵐,文:ロナルド・ドラッカー,訳:増野一郎】


目撃した円盤のスケッチを示すパク・ミュンファ海軍隊員
『UFOと宇宙(NO.20)』から



参考外部サイト⇒阿修羅(韓国上空のUFO嵐(『UFOS & SPACE』76年10月号))
●ブラデントンUFO目撃事件(アメリカ)

スラッシュ少年が撮ったUFO
『UFOと宇宙』NO.10から
 
1973年12月13日の夜 ,フロリダ州ブラデントンでパトリック・スラッシュ少年が,夜間ブラーデン河上空に滞空し,水面に光線を発しているUFOを目撃し, それを撮影した事件。
パトリック・スラッシュ(16歳)は,この夜,女友達の家に行こうとして車を走らせていると,
9時15分ごろ 飛行機か何かが落ちるようなものを目撃した。 それが何か確かめようと,女友達の家よりずっと先まで走っていった。何も見あたらないので,あきらめて戻ってくると,ある丘の近くまで来た。 そのとき,車のライトがブラーデン河上空6〜7メートルのところに滞空している謎の飛行物体を照らし出した。 その飛行物体は下のほうから光線を発し,光線は水面までのびていた。飛行物体の大きさは幅が6〜7.5メートル,高さは約3メートルくらいであった。 彼は車を降りそれを眺めていたが,車内に置いてあるカメラを思い出し,急いで取り出し,その物体を撮影した。
5分間ぐらい 眺めていると,物体は突然,光線をひっこめ,何か連続的な音を立てながら,彼の方に近づいてきた。 彼はあわてて逃げた。 物体は彼の車の上,約2〜3メートルのところを通過して遠ざかっていったが,その際,物体は小さな物をいくつか落としていった。 水中に落下した音や,彼の車の上に落ちる音を聞いたのだ。 彼は車に戻り,車のヘッドライトで落ちた小物体を探したところ,直径2センチぐらいの物を3つ見つけることができた。 それは,黄鉄鉱のように見えるものだったという。
【参考文献】
『UFOと宇宙(NO.10)』,1975年,【銀色の服を着た宇宙人,文:高梨純一
 
●クロード・ボリロン宇宙人コンタクト事件(フランス)





いずれもボリロンによるUFOのスケッチ
『UFOと宇宙(NO.25)』から
1973年12月13日 ,クロード・ボリロンがクレモン・フェランにある火山にドライブ中,ピュイ・ド・ラ・ヴァシェのクレーター付近で, 霧の中から降下してきたUFOとUFO内から降りてきた宇宙人と遭遇し, そのコンタクトは連続 6日間 におよんだ。
UFOから降りてきた宇宙人は,身長が1m20cm足らずで,目がかなり細く,髪は黒くて長く,短いあごひげを生やしていた。 体をすっぽりおおう緑色の服を着ていた。顔と頭は大気にさらされているようだが,そのまわりの空気がわずかに輝き震いていた。 皮膚は白く,やや緑がかっていた。
相手は,フランス語で答えた。ボリロンはUFO内に招き入れられ,なぜ選ばれたのかを話してくれた。
次の日は,聖書に基づいた講義をうけたが,彼らはこの地球に生命を創り出した。我々,人間も彼らが想像したものだという。
【参考文献】
『UFOと宇宙』NO.25,1977年,【聖書と宇宙人】
【関連図書】
『聖書と宇宙人』,1980年
『地球人は実験室で創られた』,1982年
『真実のメッセージ』,1987年
参考外部サイト⇒ Wikipedia(ラエリアン・ムーブメン)


コンタクト現場に立つボリロン。


イラスト:足立三愛
『聖書と宇宙人』から)
 
1974年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
●ワルヌトン怪人目撃事件(ベルギー)

『UFOと宇宙』NO.15から 

1974年1月7日の夜 ,フランスとベルギーの国境近くのワルヌトンで,国道を車で走っていたベルギー人男性が,UFOと奇怪なロボットのような怪人に遭遇した。
夜8時40分ごろ ,そのベルギー人の男性は,ワルヌトンに向けて車を走らせていた。雨上がりで路面は濡れていたが,夜空には月が姿を見せていた。
時速60〜70キロで車を走らせていたが,突然車のヘッドライトが消え,エンジンが停止してしまった。 ギアをニュートラルにいれると,ゆるい下り坂を,車は惰性で100メートルほど進んだ。
整備工である彼は,車をみようと座席から体を浮かせたとき,フロントガラスごしに不思議なものが目に入った。 それは,約150メートル離れた道路わきの畑の中に3本脚で立っている7〜10メートルほどのオレンジ色の光りをおびたヘルメット形の物体であった。
同時に前方約30メートルのところに親子のような二人の人影を発見したが,それらは,こちらに向かってゆっくり近づいてきた。 15メートルほどまで近づいたところで,二人の姿がはっきりと見て取れた。
小さいほうは,丸いヘルメットをかぶり,ミシュラン・タイヤの広告のような姿をして,右手に銃のような三角定規に似たものを持っていた。 大きいほうは背が少し高く,1.3メートルぐらいあり,箱のようなヘルメットをかぶっていた。肩幅も広く,がっしりした体つきをしていたが腰が細かった。 中央に光りを放つ黒いベルトをしめ,左肩からベルトまでつり革のようなものを着けていた。二人とも手が異常に長く膝の下まであった。 ヘルメットの前面が,二人とも透明でまったく同じ不気味な顔をしていた。
二人は,車から4メートルの地点まで接近してきた。箱のようなヘルメットをかぶったほうが,話しかけるかのように口を開いた。 声は聞こえてこなかったが,その直後に,目撃者の男性は後頭部にショックを感じたという。 つづいて低い人工的な音が聞こえてきた。音は,頭の中で直接響いているようで,だんだん大きくなった。
突然, 二人は急に踵を返し,UFOの方に,ぎごちない足どりで歩き始め,ごつごつした地面を滑るように進んでいった。
すぐにUFOは三本脚を引っ込めてからは浮き上がり,ちょっと停止した後,急速に上昇して視界から消えていった。
二人の怪人物が踵を返したのは,後方から近づいてきた別の車のライトのせいかもしれなかったという。

【参考文献】
『UFOと宇宙』NO.15,1975年【「ワルヌトンの奇怪なロボット」,文:ゴードン・クレイトン,訳:久保田八郎
『宇宙人の死体写真集』,1989年,著者: 中村省三【ベルギー国境に姿を見せた二体のロボット】


『UFOと宇宙』NO.15から
 
●ベリンゲリ夫妻UFO目撃事件(イタリア)

ベリンゲリ夫妻が見たUFO

ベリンゲリ夫妻が見たUFOの乗員
★ベリンゲリ夫妻が見たUFOと乗員
『宇宙人の死体写真集』から
1974年4月15日の夜中 ,北イタリアのカサーレ(ミラノとトリノの間にある)近郊の村で,ベリンゲリ夫妻が自宅の上空に静止したUFOと中の乗員を目撃した。
この夜(16日なっていた) ,村祭りの見物をして車で帰ってきた,ベリンゲリ夫妻は,自宅から400メートルほど手前まできたとき, 車の左手の上空に奇妙な動きをしている光体を発見した。すると,その光体が,ほとんど垂直に急降下したかと思うと,夫妻の家の上空でぴたりと静止した。
夫のマウロは,車を自宅の門の中に乗り入れると,車の外に出て光体を観察した。妻のカルラも車の右手に降りて観察した。 その光体は,上部が透明なドーム状になっている円盤で,地上12〜13メートルのところに浮かんでいた。 ドーム下の底部は,リングのようなものが取り巻いていて,時計まわりに回転して,赤,黄,緑のストロボ光を放っていた。
ベリンゲリ夫妻は,自宅の隣に,けばけばしい夜間照明で飾りたビルがあるので,円盤はこの証明に誘われて出現したのではないかと思ったという。
上部の透明なドーム内は,明るくコクピットになっているようで,内部には人間によく似た乗員3人の上半身が,同じ方向を向いているのが見えた。 三人は黒い艶消し色の材質でできた大きなまるいヘルメットをかぶっていた。ヘルメットからは潜水夫が使用するようなノズル付きバルブが出ているのが認められたという。
いちばん手前の乗員が,急に夫妻のほうを向いたが,すぐに元どおりの姿勢に戻った。 それから,3人の乗員がいっせいに右をむいた。まるで,コクピット全体がぐるっと回転したようだった。その瞬間,円盤の底部から3,4本のジェット噴射が下方に噴き出した。ウィーンという奇妙な音がして,円盤の下部のリングの回転速度が増した。 妻のカルラはパニック状態になり家の中に駆け込んだ。
円盤は,コクピット部分を逆時計まわりに回転させながら,北東の方向に水平飛行して,そのままポー川の川岸に沿って低空飛行をし,ロンバルジア平原のかなたに消えていった。
いつもはジェット機の騒音に敏感に反応する愛犬が,なぜかUFOの出現中は,騒ぐそぶりをみせなかったという。

【参考文献】
『宇宙人の死体写真集』1989年,著者:中村省三(北イタリアに現われたUFOと二人の乗員)
●セントシリル宇宙人遭遇事件(カナダ)

★目撃された宇宙人
『宇宙人の死体写真集』から
1974年6月25日,カナダのケベック州セントシリルに住む若い夫妻が,ロボットのような宇宙人に遭遇した。
トレーラーハウスに住んでいた夫妻が,テレビの深夜番組を見終えたとき,外のほうでバン,バン,バンという奇妙な音がした。居間のカーテンを開けてのぞくと,北東の野原の上に,赤っぽいオレンジ色をした球体が浮かんでいた。それから発する光はまぶしすぎて直視できなかった。
夫が妻を起こしに寝室にいくと,ビービーという音が聞こえてきた。すると,寝室の窓の向こう4.5メートルあたりのところにUFOの乗員らしきものが見えた。その宇宙人は身長が1.8メートルぐらいで,全身が金属ででもできているかのようにこわばり,胸のあたりにはネオン菅のように赤く光る棒状のものが何本も水平に並んでいた。その宇宙人の頭がどうなっていたかは,まったく記憶がないという。宇宙人はトレーラーハウスのそばにある,プレハブ倉庫の中を調べているようだった。
夫妻は居間のほうにいって外を見ると,3人の宇宙人が目に入った。ぎくしゃくした動きは,生物というよりロボットを思わせ,トレーラーハウスのシャフトやホイールを点検しているようだった。
夫妻は3時間近く見ていたが,その間,前部で15体ぐらいのロボットが,小川のそばに一列に並び,リモートコントロールされているかのように突然,動きだすようなことも観察した。
後日,UFO研究家が調査に乗り出し,現場からUFOの着陸痕と思われるものを発見した。着陸痕は3つあり,いずれも円形で直径が5メートルほどで,痕跡の外周60センチほどは草がおしつぶされていたが,その内側はなんともなかったという。

【参考文献】
『宇宙人の死体写真集』1989年,著者:中村省三(ネオン菅のように赤く輝く顔なしロボット)
 
1975年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
●ノース・ハドソン・パークUFO着陸事件(アメリカ)


目撃されたUFOのスケッチ
『UFOと宇宙』(No.23)から
1975年1月半ば,深夜3時ごろ ,ニューヨーク近郊のノース・ハドソン公園を車で通りかかったジョージ・オバースキー(72歳)が,公園内に着陸するUFOを目撃し, 中からおりてきた10人ほどの人間が,土壌サンプルの採取らしきことを行うのを目撃した。
1月 にしては,暖かいこの ,オバースキー氏は,酒屋の深夜の仕事を終えて,いつもの帰宅コースであるノース・ハドソン公園内に車で入ってくると, カーラジオがひどい雑音を発し始めた。調整中にラジオは完全に鳴らなくなった。 するとブーンという音が聞こえてきて,彼の左肩上空(西側)から明るく光る飛行物体が出現し, 数秒後 に,左側の歩道にそって生えている木の向こう側,地上約3メートルの高さに静かに停止滞空した。
その物体は底部が平たく,上部はドーム形をしており,直径は約9メートル,高さは2.5メートルほどあった。 側面には縦長の窓が規則的に並んでいた。物体からハシゴのようなものが降りてきて, ヘルメットのようなものをかぶり,ユニフォームのようなものを着た,身長が1メートルほどの人間が10人ほど降りてきた。 彼らはオバースキー氏には注意をはらわず,スプーン状の道具と袋のようなものを持って,せわしなく地面一帯を動きまわり, 手にもった袋に何かをつめていた。そして,数分後に彼らは物体にもどると,物体はすぐに上昇し北に向けて飛び去っていったという。 これらの出来事は
4分 とかからなかった。
【参考文献】
『UFOと宇宙』1976年12月号(No.21),【UFO情報(海外)】
『UFOと宇宙』1977年2月号(No.22),『UFOと宇宙』1977年4月号(No.23),【「大ニューヨークの郊外に円盤着陸」, 文:テッド・ブローチャー,訳:久保田八郎


UFOの目撃経過図
『UFOと宇宙』(No.23)から
●ビリー・マイヤーの宇宙人コンタクト事件(スイス)

1975年1月28日午後2時15分に撮影されたもの
『UFOと宇宙』(No.23)から
1975年1月28日の午後1時ごろ ,スイスのチューリッヒ郊のヒンウィル村で生活するビリー・エドアルド・マイヤー(当時38歳)は,あるテレパシーによって,自分のカメラ(日本製小型カメラ・オリンパスCR35)を持ち,バイクに乗った。 テレパシーの指示に従い, 1時間ぐらい 走っていると,うなり音が聞こえてきた。見上げると,空の雲の中から美しい円盤型の物体が姿を現した。 その円盤は静かに降下し草地に停止した。マイヤーは,円盤が着地する前から何枚かの写真をとり,着地した円盤に近づいていくと, あるところで何かの力で進むことができなくなった。すると,円盤の背後から人間と同じ姿の者が現れ,マイヤーに近づいてきた。 それは,宇宙飛行士と同じような灰色のオーバーオールを着て,ブ゙ロンドの長い髪,目鼻立ちの整った女性だった。 肌は青くきらめいていた。ただ,耳たぶが頬までつながっていた。 その女性は,名前はセムヤーゼでプレアデスのエラという惑星から来たことを話した。
その後,マイヤーは何度もセムヤーゼとコンタクトを重ねた。場所はヒンウィルかエッテンハウゼンの付近の草地であった。 そして1千ページ以上のノート,観察メモ,メッセージを記録した。

【参考文献】
『UFOと宇宙』1977年2月号(No.22),【「金髪の女性宇宙人としばしば接触」,文:ウェンデル・スティーブンス,訳:アン・ディカス】


1975年2月2日に撮影されたもの
『UFOと宇宙』(No.23)から
●甲府UFO宇宙人遭遇事件(日本)
 
1975年2月23日の夕方 ,甲府市の小学生ふたりがぶどう畑に着陸したUFOと宇宙人に遭遇した事件。

◎詳細はこちら⇒
 日本のUFO遭遇事件No.1975001No.1975002
参考外部サイト⇒Wikipedia(甲府事件)

参考外部サイト⇒UFO事件簿(甲府事件)
●ムーディ軍曹UFO誘拐事件(アメリカ)


 


『UFOと宇宙』(No.19)から
1975年8月13日の深夜 ,ニューメキシコ州アラモゴード近くの砂漠で,ホロマン基地勤務のチャールズ・ムーディ軍曹が流星雨を見ようとしていたときに,UFOにアブダクトされた事件。
流星雨を見ることができるというので,アラモゴードのホロマン空軍基地に勤務している,チャールズ・ムーディ軍曹は,一人で車で砂漠に出かけた。 流星雨を見ることはできなかったため,帰ろうとしていた
1時20分ごろ に,前方100メートルほどのところに,閃光のようなものが落ちてきて,地上10メールほどのところに揺れながら停止した。 それが,ムーディ軍曹の方に向かってどんどん近づいてきた。その物体は,円盤型をし直径が12〜15メートル,高さは6メートルぐらいで,金属的な灰色をしていた。 下部に3個の球体が見えた。軍曹は車のイグニッション・キーを回したが,エンジンは始動しなかった。 飛行物体は,軍曹の15メートルぐらいまで近づき停止した。カン高い声が聞こえ,物体に窓が現われ,そこに人影が見えた。 すると,車の周囲を奇妙な光が包み,全身がしびれるようになった。 しばらくすると,しびれは消え,気がつくと軍曹は車内に座り,飛び去っていく物体を見ていた。 車のイグニッション・キーは回りエンジンはすぐにかかった。自宅に戻ると 1時間20分 という時間の記憶が失われていた。
次の日 に,軍曹の頭のなかに失われていた記憶が戻ってきた。 停止した物体から"人間"が2人が滑るように近づいて(歩いていなかった)きた。 軍曹は戦う覚悟をして,車のドアを開けようとした一人にドアを勢いよく押し開け相手をひっくり返した。 もう一人には顔のど真ん中にパンチを食らわせた。その顔はグニャッという感じで相手はひっくり返った。 戻った記憶には,そのあと,軍曹は固いテーブルのようなところに横たえさせられていて,一人の"人間"に体を調べられていた。 その頭部は大きく,まゆも頭髪もなく額はでており,その下に25セント硬貨ぐらいの大きな黒い眼が鋭い眼光を放っていた。 耳,鼻,口は小さく唇は薄かった。身長は5フィート(1.5メートル)ぐらいで,ひ弱に見えた。 顔と手以外はすっぽりピッタリした白い服におおわれていた。その怪物は,その後ムーディ軍曹を自由にして円盤の中を案内してくれたという。 怪物は完全な英語で話していた。ただし唇は動かなかったという。
【参考文献】
『UFOと宇宙』1976年8月号(No.19),【「チャールズ・ムーディ軍曹砂漠で円盤に誘拐される!」,文:中津要二】



(ムーディ軍曹が描いた宇宙人)
『UFOと宇宙』(No.19)から
●サンディー・ラーソンUFO誘拐事件(アメリカ)
【ファーゴ事件】
1975年8月26日 ,ノースダコダ州のファーゴで,サンディー・ラーソン夫人ら3人が,UFOに誘拐された事件。
サンディー・ラーソン夫人は,娘のジャッキー(当時15歳)と彼女のボーイフレンドのテリー・オライリーとともにテリーの運転する車で, 隣り町のビスマルクに向かって
夜中の3時15分に自宅を出発した。 なぜ,この時間に出発したかというと,夫人が受ける不動産管理士の試験が320キロ離れたビスマルクで午前8時30分に始まるからであった。
運転席(左)にテリー,隣りにジャッキー(中),右の窓ぎわに母親のサンディーという配置で3人は,前部シートに座った。
国道94号線を西に,ファーゴの町から64キロほど来た時,突然,雷鳴のようなものすごい大音響がとどろきわたった。 同時に,左前方の上空に,オレンジ色に輝く巨大な円盤が現われ,その巨大な円盤から,たて続けに10個ほどの小型の円盤がとび出し, 南から東へ30度くらいの角度で斜めに一直線に並んだ。
そして,下の方の3個ほどが,車から50メートルほど離れた地上6メートルほどのところまで降りてきて,パッと消えたのを見た。
3人は,そこまでを覚えていて,そのあとの記憶がまったくないのであった。
次に覚えているのは,彼らの車の前方を1台のキャンピングカーが走っているのが見えたことである。不思議なことに,この時,前部シートの真ん中に座っていたはずのジャッキーが,いつの間にか後部シートに一人で座っていたという。
テリーは,前方の車に追いつき,先ほどの光景を目撃したかどうかを尋ねてみた。 しかし,そのキャンピングカーのドライバーは,さっさと逃げだすにかぎるといって,そのまま走り去ってしまった。
3人は,そこから一番近いハイウェイのインターチェンジをおり,タワーシティという町のガソリンスタンドに立ち寄った。 何の気なしに,壁にかけてある時計を見ると何と
5時23分を指していた。
どうしても
1時間以上の時間が,どこかにいってしまっていた。 この出来事があってからというもの体調を崩してしまったサンディー夫人は,1時間の記憶の空白も気がかりなので, APROの科学顧問の一人である,ワイオミング大学のレオ・スプリンクル博士の催眠治療を受けることにした。
その結果,驚くべき事実が次々と明らかになったという。
オレンジ色の光のカーテンに包まれて,いつのまにかUFO内部に連れ込まれた彼女は,裸にされてテーブルのようなものの上に寝かされて, ミイラのように顔を包帯で巻いた気味の悪い宇宙人に検査を受けたということだった。
【参考文献】
『UFOと宇宙』1978年8月号(No.37),【ミイラ宇宙人に誘拐された未亡人の恐怖,文:矢追純一
『宇宙人の死体写真集』1979年,著者:中村省三【ミイラに似た宇宙人に身体検査された未亡人】
参考外部サイト⇒新釈エイリアン図鑑(サンディ・ラーソン事件のエイリアン
(スペース・マミー))
●トラビス・ウォルトンUFO誘拐事件(アメリカ)

『UFOと宇宙』NO.20から
 
1975年11月5日の午後6時過ぎごろ ,アリゾナ州の国有林の中で,伐採作業をして車で帰る途中の伐採工の一人,トラビス・ウォルトンがUFOにアブダクトされ, その後,無事帰還した事件。
この日 ,伐採の仕事を終えた7人(マイケル・ロジャース(28),トラビス・ウォルトン(22),ケン・ピータースン(25),デュエン・スミス(19),アレン・ダリス(21),ジョン・グーレット(21),スティーブ・ピアース(17)の労働者たちは, ロジャースが運転するトラックで帰宅しようとして,200ヤード(約180m)ばかり走ったとき, 後ろの座席に座っていたダリスが北西の方角に沈みかけた太陽とは違う黄色い光を発見した。 トラックが少しいった見渡しのよいところにでると, トラックの前方右手20〜30mのところの切り枝などを積み上げたところの上空4〜6mのところに,ナベを2つ合わせたような直径4.5m,高さは2.5mぐらいで, 明るく輝く物体が滞空していた。この光景を見た前座席に座っていたウォルトンが,完全に停止しないトラックから飛び降り, 物体の滞空している方向に近づいていった。 物体からは,不気味な不可思議な音が出ていたのをトラックの6人は聞いている。 切り枝を積んだところで数秒間,物体を見上げていたウォルトンが,右足をふみ出そうとしたところ, 物体から強烈な光線が投射され,ウォルトンの上半身の部分をつらぬいた。 次の瞬間,ウォルトンの体は両手をひろげ,頭をのけぞらせ宙に30cmばかりとび上がったという。 それを見ていたトラック内の6人は,恐怖のあまり現場から全速力で逃げ出した。 400mほど逃げたところで,落着ついた6人は,その出来事がおこった 15分ぐらい後 に現場に戻ったがウォルトンの姿はなかった。 午後9時ごろ に保安官をつれ現場に戻ったがウォルトンは見つからなかった。 翌6日の早朝 から大がかりな捜索が開始され, 午後 にいったん捜索は打ち切られたが, 週末の11月8日(土)と9日(日) にはヘリコプターを用いての捜索も行ったがウォルトンは発見されなかった。 11月11日の早朝 ,ヘーバーの町のガソリンスタンドの公衆電話からウォルトンの妹夫婦の家に,ウォルトンからの連絡がはいった。 ウォルトンは公衆電話のなかでぐったり倒れこんでいるところを発見された。 そこは,ウォルトンが消息を絶った場所から,12マイル(約20km)ほど離れた場所であった。
【参考文献】
『UFOと宇宙』1976年6月号(No.18),【「トラビス・ウォルトンのUFO同乗事件」,文:高梨純一
『UFOと宇宙』1976年10月号(No.20),【「トラビス・ウォルトン事件の真相」,文:冨川正弘


(ウォルトンが描いた宇宙人。ムーディ事件の宇宙人と非常に似ている)
『UFOと宇宙』(No.19)から


(現場の見取り図)
『UFOと宇宙』(No.20)から
 
1976年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
●スタンフォード3婦人UFO誘拐事件(アメリカ)
【ケンタッキー事件】



★ルイーズ・スミスさんが目撃した円盤のスケッチ
『UFOと宇宙』(No.22)から
1976年1月6日の午後11時ごろ ,ケンタッキー州スタンフォードの車道を車で走っていた3人の女性が,赤く輝くUFOに遭遇し, 80分 の記憶を失った。
3人は,イレーヌ・トーマスさん(当時48歳),ルイーズ・スミスさん(当時44歳),モナ・スタッフォードさん(当時35歳)で, 午後11時ごろ,スタンフォード市で夕食をし,3人の自宅のあるリバティ市(29マイル〔約47キロ〕離れている)に帰る途中であった。 スタンフォードの西約1マイル(1.6キロ)の地点で,運転者のルイーズさんが,円盤を発見した。 円盤は,フットボール場もある大きなもので,金属的な灰色をしており,白く光るドームがあった。赤色の光が1列になって並んでいた。 その下に黄色の光が3,4カ所に見えたという。
円盤は,3人の乗る車の前にいったん停止し,それから車の後ろに回ったかと思うと,車は急にスピードをあげた。 ルイーズさんの足はアクセルに触れていなかったが,車の速度計は時速85マイル(約130キロ)を示していた。
それから,車は恐ろしいほどの力で後方に引っぱられた。 この時点で3人の記憶は消失した。記憶が戻ったのは,円盤の目撃地点から8マイル(約13キロ)離れたヒューストンビルの街灯であった。 恐怖にふるえながらも,リバティ市にあるルイーズさんの自宅に着いたのは,
1月7日の午前1時25分 だった。 約1時間20分 の記憶が3人とも消えていた。
3人の首には同じような長さが3センチほどの傷がついていた。その傷は2日後には消えたが,記憶は戻らなかった。
3人は,その後,催眠療法で,失われた
1時間20分間 の出来事を,催眠状態で思い出すことができた。
その内容は3人とも,奇妙な宇宙人に観察され,手荒に扱われたことであった。
【参考文献】
『UFOと宇宙』1977年2月号(No.22),【女性3人を身体検査した巨大UFO】



『UFOと宇宙』(No.22)から



★恐怖の体験をした3女性
『完全版・世界のUFO現象FILE』から
●ジャン・ドレッキ畸形UFO目撃事件(フランス)


『宇宙人の死体写真集』から
1976年1月9日 ,フランスのロワイアンでジャン・ドレッキが自宅に帰る途中,県道わきに降りた,くびれたドラム缶を縦にしたような形のUFOを目撃した。
セントラル・ヒーティング設備の施工業務を営んでいるジャン・ドレッキは,サン・ジャン・アン・ロワイアンの県道を自宅に向かいピックアップ・トラックを運転していた。
午後7時すぎ だった。自宅のあるエシェビス村から,そう遠くない地点まできていた。
突然,上空に輝く球体が出現し,ぐんぐん降下してくるのが見えた。ドレッキはトラックのスピードを落とし,その物体を注視した。 物体は,銀紙で包んだ球体のように見えた。彼はブレーキを踏み車を停め,ライトをつけたままにして外にでた。
すると,100メートルほど離れた道路の右手の野原に輝く物体があった。その物体は,いくつかあるライトでその表面と周囲を明るく照らし出していた。 物体の直径は12〜14メートルほどの円筒形をしていて,真ん中よりやや下あたりでくびれていた。 上半分が下半分より大きいような形で,物体は地面から浮いているようであった。
物体の上のほうの両側面からラセン形をしたアンテナのようなものが突き出ていてそれが振動していた。 物体の上部も振動していた。すると,UFOの上半分のほうにある高さが2メートルほどのドアが開き,3体のロボットのようなものが姿を現わした。 全員がアルミ製の潜水服のようなスーツを身につけていた。すばやく地面に降り立つと,機械仕掛けのオモチャのように,歩き,跳ねていた。 彼らの身長は,ドアと同じ2メートルほどであるが,胴体に比べて脚が小さく,頭は四角かったという。 そして,釣竿のように伸び縮みする棒そっくりの腕を上下に振り動かしていた。
やがて10分ほどすると,彼らはUFO内に引き上げていった。
UFOが飛び去ったので,ドレッキは急いでトラックに戻り,必死に家に逃げ帰ったという。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集』,1989年,著者:中村省三(フランスに潜水服姿の巨大ロボットが出現)

●グランカナリア球体UFO目撃事件(カナリア諸島)


『UFOと宇宙(NO.33)』から
1976年6月22日の夜 ,グランカナリア島のギアに住むパドロン・レオン医師が,透明な球体UFOを目撃した。 UFO内には,二人の巨人搭乗者がいた。
その日の
午後9時30分ごろ ,パドロン・レオン医師は,往診のため依頼してきたピノ青年とともに,タクシーで患者の家に向かっていた。 ラス・ローザスという場所にさしかかり,カーブを曲がると,前方に巨大な球体が出現した。 その球体は2階建ての家ぐらいの大きさで,60メートルほど前方の地上数メートルのところに浮かんでいた。 球体は,まるでコンパスで描いた球のようでシャボン玉のように透明で,背景の星々がくっきり見えていた。球体の周囲は美しい青の光に包まれている。
レオン医師たちは,信じられない面持ちで,暗闇に浮かぶそのUFOを20分近く見つめていた。
球体の内部には,銀色のプラットホームのような台があり,その上に計器盤のようなものが3つ,やや外側に傾いて立っていた。 さらに身長が2.8〜3mほどある2人の怪人が,互いに向きあって手を動かしレバーを操作していた。 彼らは,黒い「潜水用ヘルメット」をかぶり,真っ赤なスーツを着ていた。手には円錐形の黒い筒らしいものをはめていた。 そして,彼らは体に比べて,頭が不釣り合いなほどに大きかったという。
運転手が,ヘッドライトでUFOを照らすと,球体は上昇をはじめ,周りの家の屋根の高さまで上昇した。 すると,球体の内部にあるチューブから青いガスが噴出され,内部を循環しはじめた。 そのとたん,球体は大きさを増していき,ついには20階建てのビルぐらいにまでふくれあがった。 しかし,内部の怪人たちや計器盤は元のままの大きさを保っていた。
レオン医師たちは,恐ろしくなって車を家並に向け,近くの一軒の家の中に逃げ込んだ。 そこの家族と一緒に窓からUFOを眺めた。いまやUFOは,巨大な大きさにふくれあがっている。
やがて,噴き出していたガスの動きが止まったかと思うと,UFOはあっという間に,テネリフェ島の方角に飛び去っていった。 その際に,UFOの形状は紡錘形に変わり,周囲を鮮やかな白い光が取り巻いていたという。

【参考文献】
『UFOと宇宙(No.33)』,1978年,(私は宇宙人を見た!:透明のUFOと巨人搭乗者)
『宇宙人の死体写真集』, 1989年,著者:中村省三(カナリア諸島の透明UFOと巨大な宇宙人)


『宇宙人の死体写真集』から
●ストックポート宇宙人目撃事件(イギリス)


『宇宙人の死体写真集』から
1976年8月下旬のある日,イングランドのマンチェスターの南東10キロにあるストックポートで,3人の子供たちが,宇宙人らしき人物とUFOを目撃した。
この日のお昼ごろ,ストックポートのノースレディッシュ地区,ロングフォード西通り北側にあるゴミ捨て場で,双子のスーザンとジョン,友達のポール(いずれも仮名)の3人の子供たちが遊んでいた。
スーザンが喉がかわいたので小屋にジュースを飲みにいった。 残りの2人は,近くのヤブのほうで物が割れるような音がしたのを聞いた。すると,音のしたほうから奇妙な人物が姿を現した。 その人物は,さほど人間と違いはないのだが,なんと地面から15センチほど浮いていたのだ。 その男は,灰色のあごヒゲと長い金髪をして,銀色のスーツを着ていた。だが,数秒で2人の目の前から消えてしまった。
しかし,小屋の中にいたスーザンからは,その男が2人の背後のほうに立っているのが見えたという。 男は,腰のベルトから小さなシャベルを抜き出して地面を掘りはじめて,掘った土を透明な袋に入れていた。 スーザンが,こわくなって大声をだすと,その男は一瞬の間に姿を消してしまった。
子供たちは男を探して,小学校の塀のほうにいってみると,その男は塀のそばにしゃがんでいた。 土のサンプルを採取しているようだった。子供たちに気づくと,すぐにかき消すように消えてしまった。
突然,UFOが小学校の校庭のほうから浮かびあがってきた。UFOは銀色で,上のほうには窓と思われる黒い部分が4つ,横一列に並んでいた。 底面の中ほどにも,黒い部分が二つあった。子供たちが言うには,UFOは大きくも小さくもない物体で,全体的に曲線で構成されていたという。 ただし,底部は平らだった。
UFOは,ゆっくりと上昇してから,低空飛行をして南南東の方向へと去っていった。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集』,1989年,著者:中村省三(イギリスの子供たちが見た浮遊する宇宙人)


『宇宙人の死体写真集』から
●イラン戦闘機UFO交戦事件(イラン)





1976年9月18日の夜,テヘラン上空にUFOが出現し,イラン王立空軍の2機のF-4ジェット戦闘機が迎撃に向かったが,UFOに接近すると計器や通信機器が誤動作した事件。
最初にUFOを発見したのは,メーラパッド空港管制塔の職員で,物体はテヘラン市の南部の上空を高度約1800メートルで飛行しながら, 赤,青,緑の色光を交互に発していた。
イラン空軍は,F-4ファントムUジェット戦闘機を緊急発進させ調査を命じたが,マッハ1を超える速さでこの物体に接近したが,テヘラン市から約240キロメートル離れたところで見失った。 だが,物体は市内上空に戻っており,見つけ出すよう指令を受けたパイロットは市内に戻り物体に近づいたが40キロメートル以内のところで 無線交信や機械操作が不能になり燃料切れにもなったため基地に戻った。 物体から離れると電子機器は正常に戻った。
2機目のF-4ファントムUが緊急発進し物体に近づいたが, その物体はストロボライトのような強烈な光を発し,物体の輪郭を見分けることができなかった。 約40キロメートルの距離でレーダーをロックオンしたがそのサイズはタンカーほどの巨大なものであった。 物体は一箇所に留まることなく飛び回りマッハ2でも追いつけなかったという。 さらに物体から分離した小型の物体が戦闘機に近づいたとたん,無線通信が不能になり,赤外線誘導式のミサイルをそのターゲットに向け発射しようとしたが, ミサイルシステムも故障していた。 戦闘機は辛くも逃れたが,また別の小型の物体が母船から出て,砂漠地帯に着陸し,あたり一面を昼間のように明るくしたという。
この事件は,2人の操縦士とメーラパッド管制塔の職員数名が確認している。
19日の夜 になってからも附近から目撃者の報告が寄せられた。
【参考文献】
『UFOと宇宙(NO.24)』1977年,【UFO情報;海外(ファントム戦闘機が幽霊を追跡)】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年
参考外部サイト⇒FC2・海外の妖しいBlog記事から(1976年9月19日、イラン: 2機の F-4戦闘機が UFO と交戦(途中:その2))
●ポルトガル旅客機UFOニアミス事件(ポルトガル) 1976年9月19日の午前2時ごろ ,ポルトガル上空で101人の乗客を乗せたボーイング707型ジェット旅客機がUFOとあやうく衝突しそうになった事件。
TAP航空(ポルトガルの国営航空会社)の241便がアフリカに向けリスボン航空を離陸した直後のことである。 炎と火花のようなものを吐いた物体が,このポルトガル旅客機をかすめ去った。
操縦席にはベテランのウェイガート機長(52歳),アルミンド・ピント副操縦士(34歳),ギルベルト・サルメント機関士(48歳), それにザイールのキンシャサで交代するホセ・ピント副操縦士の4人がいた。
高度4000フィート(約1200メートル)に到達するすこし前,右側2時の方角にその物体は発見され, 1秒のうちに2時から1時の方角に300メートルと離れていないところを移動していた。 ネオン菅よりずっと明るく輝き,燃料を燃やしているように2本の光条を後にひいていた。 衝突をさけるため,機を右に傾けた。操縦席の窓の4分の3をおおいかくしたその物体には,間隔のせまい窓のように5個から7個の明るい光がきらめいていた。
機が旋回すると,物体はオレンジ色の閃光を発しながら左側に飛び去った。
リスボン空港管制塔のレーダーにはこの物体は捕えられなかった。 しかし,カルロス・コスタ先任管制官(59歳)は肉眼でこれを目撃している。

【参考文献】
『UFOと宇宙(NO.24)』1977年,【UFO情報;海外(ジュット旅客機がUFOとニアミス)】

●ウィンチェスター着陸UFO遭遇事件(イギリス)


  

(上)着陸したUFO
(下)車をのぞきこむ謎の乗務員
いずれも目撃者の証言に基づいて描かれたもの
『UFOと宇宙』(No.24)から
1976年11月14日(日曜日)の午後9時ごろ ,ガールフレンドの家にいる17歳の息子を迎えに行くため,ウィンチェスター市(イギリス南部ハンプシャーにある海港サウサンプトン市の北にある小都市) に住む母のジョイス・ボウルズ夫人(当時42歳)とエドウィン・プラット氏(当時58歳)は,5kmほど離れたチルコム農場に夫人の車(ミニ・クラブマン)で,夫人が運転して向かっていた。
A272の地点にさしかかった頃,二人は空中にオレンジ色の光体を発見した。二人はチルコム農場に向かうために左折し,せまい道路に入った。 道路の右側には約10m幅の草地があり,そのむこうはヤブがおおっていた。突然,車がバラバラになりそうなくらい激しく揺れ始めた。 車のコントロールはできず,車は斜めに疾走し,道路わきの草地のなかに乗り上げて停止した。 が,すぐに車はエンジンが轟音を発し,ひとりでに動き出した。車のライトは通常の4倍ほどの明るさを発していた。
車が停止したとき,前方約5m,地上約30〜40cmのところにオレンジ色に輝く葉巻型(楕円形)の物体が浮かんでいた。 物体の下部から,蒸気のようなものが噴き出ていた。物体の頂上部左側には"窓"があり,3人の顔が外を見ていた。 するといつの間にか1人の"人間"が出てきた。物体にドアは見えなかった。人間は身長が約1.8m,銀色の服を着ていた。 その男は,車の方に歩み寄ってきた。頭には何もかぶらず,長い金髪が肩のところでまき上がっていて,あごひげが長くさがっていた。 皮膚は青白くきれいだった。
男はかがみ込んで車の中をのぞき込んだ。目は白ウサギのようにピンク色をしていた。 夫人はその目があまりにも鋭いので,目を離しても太陽を見たかのように焼きついていた。
男は
約2分間 ,車のそばに立っていたが,やがて物体の後部の方へ歩いていった。車の外へ出ようとするプラット氏を夫人が引き止めた。 二人が前方を見たときに,物体は消えていた。
恐怖感から車の外へ出ることができず,車の運転をプラット氏にかわることができなかった。 夫人は夢中でエンジンをかけ車を発進させようとした,車は目に見えない壁につきあたっているかのようにタイヤが空転し動かなかった。 エンジンが止まったため、もう一度エンジンをかけ直すと,今度はうまく車は動き出した。二人は約800m先のチルコム農場に走り無事到着した。
この事件は,
約7分間 のことだったという。
【参考文献】
『UFOと宇宙』1977年6月号(No.24),【「ウィンチェスターに出現したUFOと不思議な人間」,文:レスリー・ハリス,訳:久保田八郎


現場付近の地図
 

現場付近
『UFOと宇宙』(No.24)から
 
1977年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
●ドーバーデーモン目撃事件(アメリカ)
1977年4月21日 ,マサチューセッツ州ドーバーの住宅地で頭が大きく,手足の細長い体毛のない怪物を目撃した事件。
17歳のウィリアム・バートレットは友人を乗せドライブをしていた。
午後10時30分ごろ のことである。6メートルほど先の石塀の上を犬か猫のような動物が歩くのを見た。
ヘッドライトが照らすと,その怪物は長い指で岩をつかんで,車のほうを振り向いた。 胴体よりも大きそうな巨大な頭部にオレンジ色の明るく光る大きな目があった。鼻や口,耳のようなものはなく,手足は細長く,肌は黄色みがかったピンク色をしていた。
1両日中 に,同一と思われる怪物(ドーバーデーモンと呼ばれた)が10代の若者たちにより目撃されている。 しかし,その後目撃されることもなく,いずこかに消えてしまった。
【参考文献】
『(決定版)超怪奇UFO現象FILE』,著:並木伸一郎
参考外部サイト=> Wikipedia(ドーバーデーモン)
参考外部サイト=> UMAファン〜未確認動物
参考外部サイト=> 怖い話(ドーバーデーモン)
参考外部サイト=> 未確認生物大陸(ドーバーデーモン)
●ケブラディラス宇宙人目撃事件(プエルトリコ)

★目撃者オルモスによるヒューマノイドのスケッチ
『宇宙人の死体写真集』から
1977年7月12日,プエルトリコのケブラディラスという町で奇妙な装置を付けた小柄な宇宙人が目撃された。
目撃者はアドリアン・デ・オルモスで,自宅のバルコニーで夕涼みをしていると,向かいの農場から誰かが有刺鉄線を張った柵をくぐってくるのを目撃した。 小柄なので子供かと思われたその人間は,空気が入ってふくらんだような緑色の奇妙なスーツを着ていて,アンテナの突き出たヘルメットをかぶっていた。 右手にはマッチ箱ぐらいの大きさの光る物体をもっていた。
そして,家の前の街灯をめざして慎重な足どりで進んでいった。 オルモスには,そのヒューマノイド(人間型の生物)が,エネルギーか電気を盗もうとしているように思えたという。
オルモスの娘が,バルコニーの電灯をつけたところ,その光がヒューマノイドのヘルメットの前面のガラスに反射した。 とたんに,そのヒューマノイドは柵のほうへ駆け戻っていった。 そして,立ち止まると腰のベルトに手をやると,背中にしょっていた装置のライトがともりブーンという音がした。 その瞬間,なんとそのヒューマノイドは空中に浮きあがった。
そのころには,近所の人たちが集まってきていた。 みんなが見ているなかを,ヒューマノイドは農場のいちばん手前の木まで130メートルの距離を,まるでスーパーマンのように飛行したのであった。
ヒューマノイドの背中の装置の光が,木から木へ動きまわっているのがよく見えたという。 また,別のヒューマノイドのものと思われる光も出現した。やがて,光は見えなくなった。
目撃者のオルモスは,スケッチが趣味で,観察力にもひいでているので,ヒューマノイドの外見を詳しく描写した。 ヒューマノイドの身長は約1メートルで,手がやや短いことをのぞけば体型は人間と変わりがなく,ヘルメットの両側から尖った耳が突き出ていた。 指は4本しかなく,アヒルのような足をしていたという。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集』,1989年,著者:中村省三(プエルトリコの空飛ぶ小型ヒューマノイド)

●マルドナド土星型UFO目撃事件(ウルグアイ) 1977年7月26日 ,南米ウルグアイのマルドナドで建築家のセルジオ・オッタメンディ氏は,土星型UFOを目撃し6枚の写真に収めた。

(★上はセルジオ氏が撮影した5枚目の写真。下は事件現場の略図。『UFOと宇宙(NO.34)』から)

南米ウルグアイのプンタ・デル・エステに住むセルジオ・オッタメンディ氏(32歳)は,
その日の午前10時半ごろ,愛車のオペルK180で,マルドナドからサン・ カルロスに向かって走っていた。マルドナドから北へ4kmほど来たとき,車のエンジンが不調になり,さらに2kmも走ると完全に停止してしまった。
カーラジオもライトもだめになっていた。バッテリーをチェックしてみると,電気が全くなくなっていることがわかり,近くにある1軒の家に,助けを求めに行くことにした。
すると,その時上空にまぶしい閃光を感じた。オッタメンディ氏は,それを6枚の写真に撮影した。
物体は全く音をたてなかったという。
そして,気を取り直した彼は,先ほど見かけた家に向かった。 すると,その家のジロン・オリベラ夫人もそのUFOを目撃していることがわかった。夫人の車のバッテリーもだめになっていることがわかったという。
【参考文献】
『UFOと宇宙』(No.34)』1978年,【ウルグアイの土星型UFO,文:ウェルデル・C・スティーブンス
●アントニオ・ボガUFO拉致事件(ブラジル)

『UFOと宇宙』(No.33)から
1977年9月15日 ,バス運転手のアントニオ・ボガ・ド・ラ・ルビアが巨大UFOに遭遇し複数の1本足の宇宙人にUFO内に拉致された事件。
パシェンシア村(リオ・デ・ジャネイロから約45キロ)に住むバス運転手のアントニオは,バス会社が運転手たちをピックアップするための回送バスに乗るために自宅から5~600メートル離れたハイウェイまで行くために
午前2時15分 に家をでた。
200メートルほど行ったところの空き地を黒々とした巨大なものが占領していた。 よく見ようと,懐中電灯の光りを向けようとした瞬間,強烈な光がその物体から放射され,あたりを青一色に染めあげた。 光のなかには,信じられないほど大きい帽子型をしたUFOが姿を現わした。UFOは鈍い鉛色で窓などなく,地上50センチくらいのところに浮かんでいた。
アントニオは,まるで透明なガラス容器をかぶせられたような感じで身動きひとつできなかった。
すると,いつの間にか3人のロボットのような異様な宇宙人たちにとり囲まれていた。宇宙人たちはの顔は,フットボールの球を縦にしたような形をしており, 横に一列だけ帯がとり巻いており,眼,鼻,口,耳のようなものは何もなかった。頭のてっぺんにアンテナのようなものが1本あり,その先にはスプーンのようなものが, すごい速さで回転していた。腕の先には指らしいものがなくとがっていた。 そして足のかわりに,上半身の下部から1本の棒のようなものが突き出ており,先にはコーヒーカップの受け皿のような円盤状のものがついていた。 宇宙人たちは,どれも同じ恰好をしており,120センチほどの同じ大きさで宙に少し浮いていた。
アントニオの前に浮いていた宇宙人が,手にしていた注射器のような棒を向けたとたんに,アントニオの体は空中に浮き上がり,UFOに向かって進みはじめた。 するとアントニオの体はUFO内の白く光るチューブのような中を押し流されて,やがてブルー一色の格納庫のような部屋に立っていた。
ふと気づいてあたりを見まわすと,同じ格好の宇宙人たちが12人ずつ2列になって彼を取り囲んでいた。
恐怖のあまり,アントニオは声を出そうとしたが,声は出てこなかった。呼吸も自由にできない状態だった。 宇宙人たちは全員が,10センチほど空間に浮かんで気味が悪いほど静かにアントニオの方を向いていた。
その時,突然アントニオは声を出すことができた。ありったけの声をだして叫ぶと,宇宙人たち全員が床に倒れてしまったという。 すると部屋全体が眼もあけていられないほど強く輝きはじめ,同時に宇宙人たちも元のように同じ位置に立ち上がったという。 その後,UFO内でアントニオは,不思議な映写画像のようなものを見せられたり,血液を指から採取されるようなことをされた。
その後,気がつくと最初の場所から3キロメートルも離れた国道の脇に立っていた。 頭上には,巨大なUFOが底面を見せて滞空していたが,やがて遠ざかり消えていった。UFOにとらわれてから
50分 が経過していたという。アントニオは,身体のあちこちがズキズキと痛み,身体中が火傷を負ったように火照りヒリヒリと痛かったという。
アントニオは,この奇怪な体験をした後,体の回復が良くなく,会社を辞めてしまったという。
【参考文献】
『UFOと宇宙』(No.32,33),【「巨大UFOの怪光線で火傷したバス運転手」,文:矢追純一
 
1978年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
●ウィリアム・ハーマンUFO誘拐事件(アメリカ)


(目撃した宇宙人)
『ムー(NO.12)』から
1978年3月18日 ,サウスカロライナ州チャールストンに住むウィリアム・ジェームズ・ハーマンが宇宙人に拉致誘拐された事件。
1977年11月12日午後5時55分 ,チャールストン市を流れるアシュレー川付近にいたハーマンは上空を飛ぶセスナ機の後方を飛行している円盤型物体を発見,望遠鏡で確認した。 その後 11月27日から翌年2月11日 にかけて,不思議な飛び方をするUFOを大勢の人々と一緒に何回も目撃をし,写真におさめた。
そして,
1978年3月18日,午後9時30分頃 のことである。望遠鏡で見上げていたハーマンに向かってUFOが急接近し,底部から青い光線を発した。 これによりハーマンの体はUFOに吸い上げられ始めた。
意識を失ったハーマンが目をさますと,そこは赤い光に満たされた円盤内部らしく,円型の部屋のベッドに寝かされていた。 そして身長130センチくらいの頭デッカチの3人の生物に見おろされて,奇妙な器械で身体検査をされていた。 その生物たちは大きなまん丸の頭に髪の毛も眉毛もなく,異様に大きな目と小さな鼻,薄い唇をしていた。3人ともそろいの赤いダイバースーツのようなピッタリした制服をつけていた。
次に気がつくと,ハーマンは見たこともない真っ暗な空き地に立っていた。 上空にオレンジ色に輝くUFOが飛び去っていくのが見えた。時計を見ると
午前0時15分 だった。 3時間 ほどが経過していたという。
事件からちょうど
1年たった3月18日深夜 ,ハーマンの頭の中にとつぜんライトがつくように”あの日”のできごとが思い出され, UFO内で宇宙人から伝えられたことが理解できたという。 彼らの宇宙船は地球から32光年離れたレチクル座のゼータTとレチクル座ゼータUという二重の発進地からきているという。
【参考文献】
『ムー(NO.6)』,【彼らはレチクル座から来ているという;文:並木伸一郎】,1980年
『ムー(NO.12)』,【私もブラックメンに脅迫された!;文:矢追純一】,1981年
『UFOと宇宙(NO.44)』,【ウィリアム・ハーマンの体験;文:ウェンデル・スティーブンス】,1979年
『UFOと宇宙(NO.49)』,【新展開みせたウィリアム・ハーマン事件;文:ウェンデル・スティーブンス】,1979年
参考外部サイト=>路(リスはUFO接近を感知するか)



(上:ハーマン氏が撮影したUFO。下:飛び方を示すスケッチ)
『ムー(NO.12)』から


(ハーマン氏にインタビューする矢追純一氏)
『ムー(NO.12)』から
●ヤン・ボルスキーUFO誘拐事件【エミルシン事件】(東ポーランド)


★遭遇した小人宇宙人のスケッチ
『宇宙人の死体写真集2』から


★ボルスキーが連れ込まれたUFO
『UFOと宇宙(No.96)』から
1978年5月10日,東ポーランドのエミルシンという村にすむ,農夫のヤン・ボルスキー(70歳)が,二人の宇宙人に遭遇し,UFO内に連れ込まれた。
エミルシンというのは,ポーランドの首都ワルシャワから南東に144キロほど離れたところにある小さな村である。
この日の
午前8時ごろ,農夫のヤン・ボルスキー(70歳)という農夫が,荷馬車を走らせていた。 彼が小さな森の近くにさしかかったとき,二人の人間が前方を歩いているのに気づいた。ボルスキーが,馬車の速度を落とすと,彼らは振り返った。
二人は,黒いウェットスーツのようなものを着て,顔と手だけをのぞかせていた。 吊り上がった目で頬骨が飛び出て,唇が異常に薄かった。身長は1.5メートルほどしかなく,肌の色は暗緑色をしていた。 ボルスキーは,二人が黒ずきんをかぶった僧侶のように見えたという。
ボルスキーの荷馬車が,二人を追い越そうとすると,二人はいたずら小僧のように,荷馬車に飛び乗った。 ボルスキーは,彼らに親しみを感じたが,馬たちがまるで重い荷物を運ぶかのように急に足取りが遅くなったので,ちょっと驚いた。
しばらく田舎道を進んだところで,二人は身振りで左手にある藪の中に入るようボルスキーに促した。すると,藪の背後は空き地になっていて,そこに不思議な物体が浮かんでいた。
物体は地上から4~5メートルのところにあり,直径が10メートル,高さが4メートルほどで,青みがかった金属的な色をしていた。 形はずんぐりした円筒形をしていて,屋根はアーチ状になっていた。円筒形の4隅に,筒状の突起物があった。 その筒状のなかにドリルのようなものがはまっていて,上下に動き高速回転をし,かん高いキーンというような音を出していた。
物体の側面に四角い開口部が一つあって,そこから4本のケーブルで一つの箱型のプラットホームが昇降装置として吊り下がっていた。
ボルスキーたちは,そのプラットホームに乗って上昇し,飛行物体の中に入った。
物体の中は,照明器具らしきものはなかったが明るく,四角い部屋があり,平らな天井には四角い形のパイプラインが走っていた。 そして壁際に狭いベンチがあり,そこには近くの森に棲息している20羽ほどの小鳥が見えたが,何か目に見えない力で束縛されているようだった。
部屋の中にはもう二人の,別の異星人がいた。しばらくしてから,異星人はボルスキーのシャツとズボンのボタンを外しはじめ,あっというまに,彼を裸にしてしまった。 すると一人が,スープ皿のようなものを二枚手にして近づいてきて,それで体のいろんな部分を,頭から爪先まで触れた。 まるで,レントゲン写真を撮っているようだった。検査の間,彼らはわけのわからない言葉を早口で絶え間なくしゃべっていたという。
検査が終わってボルスキーが服を着ると,彼らはていねいに食べ物を勧めた。 それは,透明な氷のように見える菓子で,彼らはそれを砕いて口にほうり込み,歯で噛んで食べていた。ボルスキーは,その勧めを断った。
ボルスキーが,昇降装置に乗ると,自動的に地上に降下した。 彼は荷馬車に乗ってから,後ろを振り返って見ると,物体はほとんど水平方向に飛行を始め,時速240キロ程度で,北の方角に飛び去っていった。
後日,現場で宇宙人のものと思われる足跡も発見された。 長さが30センチ,幅が8センチほどあり,地面に4~6センチの深さまでめり込んでいた。このことから,彼らの体重は,350キロ近くあったものと推定された。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集2』,1991年,著者:中村省三 (ポーランドの農夫が遭遇した緑色の小人宇宙人)
『UFOと宇宙(No.96)』 ,1983年,(東ポーランドのUFO誘拐事件;文:コールマン・ヴォン・ケビュッキー,訳:田中元美)
参考外部サイト=>怖話(【1978年】エミルシン事件)

参考外部サイト=>特殊乗り物と近代妖怪(エミルシン事件)




★ボルスキーの出会った宇宙人。ボルスキーは親しみを感じたという。
『UFOと宇宙(NO.96)』から
●バレンティッチ事件
(オーストラリア)


(セスナ機の航路)


(フレデリック・バレンティッチ)
1978年10月21日 , フレデリック・バレンティッチがセスナ機でキング島に向かってバス海峡を飛行中,UFOらしきものと遭遇しセスナ機ごと行方不明になった事件。
この日,フレデリック・ポール・バレンティッチ(当時20歳)は,182L型セスナ機で,ビクトリア州モラビン空港を飛行距離90分のキング島に向かい
18時19分 に飛び立った。キング島で海産物の荷を積み込む予定だった。 同時に事業用ライセンス取得に必要な夜間飛行を消化するつもりだった。
離陸後
47分後 に,メルボルンの管制塔に高度150メートル以下の空域に飛行中の航空機がないかをたずねてきた。 管制塔は「飛行予定はない」ことを応答した。 「4つの光・・・着陸灯のように見える」,2,3分後に「細長い形だ・・・緑色のライトが1つ,金属製らしい・・・外側は輝いている・・・」。 最後に「管制塔へ,今また奇妙な飛行物体が私の上空に来た。 そいつは・・・まだ,ついて来る・・・これは航空機なんかじゃない」と連絡し, その後17秒間,カチカチ,ガリガリという金属音が続き,静かになった。 19時12分 のことである。
軍,民間の援助を得て,空と海から大がかりな捜査が行われたが,パイロットはおろかセスナ機の行方もつかめずに終わった。
【参考文献】
『UFOと宇宙(NO.85)』【「バレンティッチ事件を追う男ポール・ノーマンに聞く・オーストラリア最新UFO事情」,1982年】
参考外部サイト⇒UFO事件簿(バレンティッチ機消失事件)

参考外部サイト⇒YOU TUBE(2023 08 UFO Valentich Disappearing Incidentオーストラリア・バレンティッチ)

参考外部サイト⇒怖話(バレンティッチ行方不明事件)

参考外部サイト⇒ミステリーニュースステーション(誘拐?撃墜?UFOに遭遇して消えたセスナ機「バレンティッチ事件」)
●アンジェロ・ダンブロス宇宙人遭遇事件(イタリア)




★目撃されたUFOとネズミのような顔の宇宙人

(IIIust/CUN(Ugo Fulran))
『宇宙人の死体写真集2』から
1978年11月24日 ,イタリア北東部のガッリオに住む,アンジェロ・ダンブロス(61歳)が,ネズミのような顔の宇宙人に遭遇した。
この日,ダンブロスは,近くのガスタグという場所にある雑木林に薪を集めに出かけた。作業は昼近くまでかかった。
ふと振り返ったダンブロスは,すぐそばにグロテスクな生物が二匹いることに気がつき,ゾッとした。
二匹は1.2メートルと1.0メートルほどの身長で,黄色いっぽい色の皮膚で非常にやせていた。 頭は洋ナシのような形で大きく,毛は一本もなく,耳は異常に大きく真っすぐ上に伸びて尖っていた。 目は大きく目玉は真っ白で瞼がない。鼻も大きく,ほとんど下唇に届きそうだった。 口からは尖った牙が突き出ていた。首から膝上までのぴったりした黒いオーバーオールを着ているように見えた。 手と足は不格好なほど大きくて,指と爪が異常に長かった。
そして,二匹とも地面から40センチぐらいのところに浮かんでいた。
小さいほうの一匹は,めまぐるしく動き始めた。足を動かさずに,目に見えない表面の上を滑っているかのような移動方法だった。 空気を切るかすかな音と長い耳が低い枝に触れて生じるカサカサという音がした。
大柄なほうの一匹が,ダンブロスの持っている鉈をうばおうとしたので,ダンブロスは空いている左手で薪の1本をつかんで,その生物を叩きのめそうとした。 その様子を見たとたん,二匹の生物はあっという間に逃げていった。
追跡したダンブロスは,二匹を見失ったが,それでも探していると,20〜30メートルほど離れた空き地に, 4本の着陸脚を地面にめり込ませて,幅が4メートルほどの円盤型をした物体が着陸しているのを見つけた。 円盤の上半分は赤,下半分は青で,中が白で色が別れていた。
先ほどの生物たちが大きな手で中央のドームの中で,落とし戸を後方に引いて閉めるところが,ダンブロスにはかろうじて見えた。
数秒後,円盤は斜めに傾きながらふらふらと離陸し,無音のまま,赤い炎を吐きながら,あっという間にモミの木の背後に姿を消した。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集2』,1991年,著者:中村省三 (イタリアの老人を襲ったネズミのような顔の宇宙人)
 
1979年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
●ブルーストンウォーク妖精宇宙人出現事件(イギリス)


『宇宙人の死体写真集』から


★庭に着陸していたUFO
サイト「UFO事件簿」から
1979年1月4日の早朝 ,イギリスのバーミンガム近くのブルーストンウォークに,光り輝く妖精のような不思議な生物が姿を現わした。
午前7時40分ごろのことであった。出勤する夫を見送ったジーン・ヒングリィ夫人は,自宅の庭にオレンジ色に光り輝く不思議な物体があるのを見つけた。 夫人はしばらくその物体をながめていたが,気味が悪くなったので,家にひっこんでしまった。
すると,ジーッ,ジーッという変な音が聞こえてきた。 振り返ると部屋のなかに,光り輝きながらふわふわと空中を漂っている,この世のものとは思えない美しい3体の生物がいた。
彼らの身長は1メートル10センチぐらいで,体つきは,とてもほっそりしていた。そして,背中には水玉模様の大きな羽根を生やしていた。 透明なヘルメットを肩まですっぽりとかぶり,肌は白く,目は真っ黒で,つやつやとした輝きをたたえていた。耳や鼻らしいものは見あたらず,口は細い線のようだった。
ヒングリィ夫人は,開けっぱなしの戸口からの冬の寒気も気にならず,天国にでもいるような心地よさを感じていたという。
3体の生物は,家のなかをあちこち飛びまわり,いろんなものに手を触れ,興味を示した。 飾ったままにしてあったクリスマスツリーには特に興味を示したようであった。
夫人は,彼らにどこからきたかをたずねると,生物の胸からピーッという音がして,声が聞こえてきた。 「私たちは,天からやってきたのです。・・・」話しているうちに,彼らはすっかりくつろいだ感じになってきたようだった。 だが,夫人がタバコに火をつけたとたん,おおあわてで庭へと逃げだした。
庭には,プラスチック製のようなUFOが,光を発して着陸していた。生物たちが乗り込むと,UFOは2度ほど閃光を放ってから上昇し,またたくまに飛び去ってしまったという。
夫人が部屋に戻ると,生物たちが手を触れた時計やラジオが止まっていた。また,夫人は目に炎症を起こしてしまい,完治するまでに一週間もかかったという。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集』, 1989年,著者:中村省三(水玉模様の羽根をもつ妖精のような宇宙人)
参考外部サイト⇒UFO事件簿(ブルーストンウォーク事件)

参考外部サイト⇒怖話(ブルーストンウォーク事件)

参考外部サイト⇒You Tube(衝撃】恐怖!世界が震えたミステリー 事件 妖精型の宇宙人が自宅に侵入! 「ブルーストンウォーク事件」 【閲覧注意】)

参考外部サイト⇒戯雅blog(UFO事件簿更新/ブルーストンウォーク事件)
●セルジー・ポントワーズ事件(フランス)

★フランク・フオンテーヌ
1979年11月26日 のこと,パリ郊外の町セルジー・ポントワーズに住む青年3人がノミの市に出店するための荷物を車に 積み込もうとしていた 早朝の3時半ごろ ,上空に現われたUFOを目撃後,車に乗っていたフランク・フォンテーヌが車をつつんだ怪しい光とともに消滅した事件。 フォンテーヌは, 1週間後 に付近のキャベツ畑で無事発見された。
【参考サイト・文献】
サイト=>UFO事件簿(セルジー・ポントワーズ事件 )
『最新版UFO・エイリアン極秘事件ファイル』,2014年
参考外部サイト⇒ UFO事件簿(セルジー・ポントワーズ事件)
 
1980年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
●ケステンガ球形UFO宇宙人遭遇事件(ソ連)


★遭遇したUFOと宇宙人
『宇宙人の死体写真集』から
1980年1月7日,ロシアの北のはずれにあるケステンガ近郊で,森林警備隊員の二人が,球体UFOと中から降りてきた一人の搭乗員を目撃した。
森林警備隊員のアリ・サルビとマウノ・エルゴーの二人は,この日雪原のスロープを滑降していた。
気づくと上空から,赤い雲のようなものが脈動しながら降下してきた。その脈動する無気味な雲は,地上から6メートルぐらいの高さまで降下した。 すると,赤いもやもやした雲のようなものが消え,中から金属製の光る物体が現れた。その物体は球形をしており,継ぎ目のようなものはまったくなかった。
ブーンという不気味な音が,その物体から聞こえてきた。すると,物体の底部から円筒形をした着陸ギアのようなものが地上に伸びてきた。 そして,その中から搭乗員が姿を現わした。
搭乗員は,いわゆるヒューマノイド・タイプで,身長は約90センチ,手足がほっそりしており,顔が異様に青白かった。 体にぴったりしたダークグリーンのスーツを着て,同じ色のブーツをはき,ひじまである白い手袋をはめていた。
その宇宙人らしき人物は,胸に下げていたチューブ状の器具を手にもつと,二人めがけて怪光線を発射した。そして,すぐに物体の中に引き返した。
数分後,物体はふたたび赤い雲のようなものに包まれたかと思うと,上昇してどこへともなく消えていった。
事件後,二人は怪光線をあびたためと思われる後遺症に悩まされた。吐き気と体中が痛くてたまらなかったという。 遭遇者の一人であるアル・サルビは,高熱にうなされ,幻覚症状まで引き起こしている。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集』,1989年,著者: 中村省三(森林警備隊員に怪光線を浴びせた小人宇宙人)


★遭遇場所であるケステンガの位置
『宇宙人の死体写真集』から
●マリオ・ルイス宇宙人遭遇事件(イギリス)
【バーンサイド事件】


★遭遇した宇宙人
『宇宙人の死体写真集』から
1980年11月13日の夜 ,イギリスのケンドール地方にあるバーンサイドで,紡績工のマリオ・ルイスが男女の宇宙人に遭遇した事件。
マリオは
この夜,犬を連れて公園の中にある川沿いの土手を散歩していた。すると行く手になにか変なものが見えた。
彼は,それに懐中電灯を向けた。そのとたん,いきなり閃光をあびせられた。 すると,手にしていた懐中電灯があっというまに溶けてしまったという。
マリオが呆然としていると,こんどは見たことのないような乗物が出現した。 直径が約5メートルで,高さが2.5メートルほどで,上部に風防のようなものがついていた。それが,地面すれすれに浮かんでいる。
そして,その乗物のそばに,男女のカップルが立っていた。彼らは,見たこともないほどの美しさだったという。 身長は二人とも1メートル65センチほどで,薄い金髪を肩までたらしていた。体にぴったりしたスーツを着て,女性のほうはマントもはおっていた。
マリオは,逃げだそうとしたが,恐ろしさで体が動かない。すると女性のほうが英語で話しかけてきたという。 「こわがらなくても,大丈夫・・・」
それから,数分間マリオは,彼らと話し合ったという。 奇妙な会見が終わると,二人は乗物の中に姿を消した。乗物はそのまま垂直に上昇し,飛び去っていったという。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集』,1989年,著者: 中村省三(男性と女性の美しい宇宙人がイギリスに出現)

『UFOと宇宙(No.69)』,1981年(世界のUFOニュース)
参考外部サイト⇒ 怖話(バーンサイド事件)



★マリオ・ルイスが目撃した乗物
『UFOと宇宙(No.69)』から
●アラン・ゴドフリーUFO遭遇事件(イギリス)

『最新版UFO・エイリアン極秘事件ファイル』から
 
1980年11月28日の朝 ,イギリス・ヨークシャー州のトッドモーデンで,警察官アラン・ゴドフリーがパトカーで巡回中に,路上に浮かんでいる球状のUFOと遭遇し誘拐された事件。
UFOは大きさが幅6メートル程で,側面に真っ暗な窓が5つ並んでおり,下部は左から右へゆっくりと回転していた。周囲の木立が揺れるほどの風を起こしていたという。
本署に連絡をしようとしたが無線はまったく通じなかった。仕方なく,事故報告用紙に様子を記し,現場を離れようとした瞬間に, アランの乗ったパトカーは100メートル近く移動していたという。UFOの姿もなく,驚いて時計をみると
20分ほど が経過していた。
後の逆行催眠で,UFOの内部に連行され,生体実験を受けたことが証明されている。
公職に就く人間が関連する事件なので,信ぴょう性は高いというが,イギリス政府は,この事件の公表を一切していない。

【参考サイト・文献】
・サイト=>怖話(アラン・ゴドフリー事件)
『最新版UFO・エイリアン極秘事件ファイル』,2014年
参考外部サイト⇒ 怖話(アラン・ゴドフリー事件)




★説明するアラン・ゴドフリー
『最新版UFO・エイリアン極秘事件ファイル』から
●レンデルシャムの森UFO着陸事件(イギリス)
【ベントウォーターズ事件】



★スティーブ・ロバーツの目撃したUFOとETとの会見スケッチ
『謎のHALT文書』から




★ラリー・ウォーレンが目撃したUFOと着陸現場付近図
『謎のHALT文書』から





★UFOの着陸現場を指し示すUFO研究家のブレンダ・バトラー
『宇宙人の死体写真集』から




★逆行催眠をうけるラリー・ウォーレン
『宇宙人の死体写真』から
1980年12月27日の早朝 ,イギリス東部のサフォーク州にあるウッドブリッジ米空軍基地付近にあるレンデルシャムの森に異常な光体が降下した。 3日後の12月30日 にはUFOが出現し,基地司令官と宇宙人がコンタクトをしたとされる事件。
事件から
3年後(1983年10月2日) にイギリスの新聞『ザ・ニューズ・オブ・ザ・ワールド』が一面トップで取り上げたため,全世界にセンセーションを巻き起こした。


レンデルシャムの森(Rendlesham Forest)は,英国の首都ロンドンから北東へ140キロほど離れた海岸線の近くに位置している。 この地域一帯は東アングリアと呼ばれ,英国の東海岸に面した平坦な農地だが,いったん戦争が起こると,ヨーロッパと向かい合う最前線になる重要戦略地点である。
それだけに,軍事基地が多く,NATO(北大西洋条約機構)に加盟している関係上,米国の空軍基地も,この地域内にいくつか設けられている。 森の西側には,ウッドブリッジ空軍基地,北側にはそれを管理統括する,より規模の大きいベントウォーターズ空軍基地がある。
森の南には,海岸線の河口に位置して,英国空軍のボイジー基地がある。アメリカの両空軍基地は,ともにこの英国空軍ボイジー基地の管理下にある。


1981年1月2日,イギリスのあるUFO研究家(ブレンダ・バトラー【『謎のHALT文書』の著者の一人】)に, 米ウッドブリッジ基地勤務の一人の警備兵スティーブ・ロバーツ(仮名)が,レンデルシャムの森で起きた不思議な事件を打ち明けた。
それによると,
1980年12月27日の早朝(午前3時ごろ),ウッドブリッジ基地の警備兵たちが,東ゲートの目の前にあるレンデルシャムの森へ, 光る物体が落ちるのを目撃した。警備兵3人がジープで森に向かった。しばらく行くと,ジープのエンジンが止まってしまい,ヘッドライトまでもが消えてしまった。 彼らは真っ暗な道を歩きはじめた。すると,不思議な物体が森のなかに,光を出しながら3本の脚のようなものを出して立っていた。
物体の大きさは幅が3メートル,高さが2メートルほどで, 皿を逆さにしたような底部を持ち,その上にそれよりやや小さめの皿を逆さにおいたようなドームがついた円盤だった。 全体が白銀色に輝き,青白い光で脈動していた。 光が脈うつたびに森全体がパアーッと明るくなったり暗くなったりした。UFOのドームと底部の境目には青いライトが一列に並び点滅していた。 てっぺんには赤い光が,同じように明るくなったり暗くなったりを繰り返していた。
そしてUFOの底面から光の円筒が降りてきて,その中をET(地球外惑星の知的生物)たちが,まるで空中を吊り下げられるようにゆっくり降りてきた。 ETの身長は3フィートから3フィート10インチ(91~95cm)で,銀色の服をきていた。梨をさかさにしたような頭で目が非常に大きく,髪の毛はなかった。
UFOは,どこかに故障が生じて不時着したらしく,ETたちは修理をはじめた。いっぽう,基地の上級将校たちも現場に急行した。
そしてETと基地司令官は,身ぶりで会話をしているように見えたという。
警備兵は,これを3~40メートル離れた場所で遠巻きにして警備しながら見ていた。
UFOは
数時間後,修理を終えて飛び去ったという。


1983年,米マサチューセッツ州に住むUFO研究家のバリー・グリーンウッドが,ウッドブリッジやベントウォーターズ空軍基地から米国に送還された将兵で, この事件の証言を得られる者を探していたところ,事件当時ベントウォーターズ空軍基地に所属していた警備兵ラリー・ウォーレンを見つけだすことができた。
そのラリー・ウォーレンの証言による事件の内容は,下記のようなものである。
1980年12月30日の午前1時ごろ,ベントウォーターズ米空軍基地の駐機整備地区で警備任務中のウォーレン(当時19歳)は, 緊急出動に駆り出され,中尉と軍曹がひとりずつのっている大型ジープに乗せられ現場に向かった。
途中,レンデルシャムの森の中から,たくさんの小動物がつぎつぎととび出してくるのを見た。 駐車場についたウォーレンと軍曹は,ライト・アウルズ(ガソリンエンジンで点灯する軍用の照明器具)と呼ばれる巨大なスポットライトをトレーラー車に積み込む手伝いをさせられた。
集まってきた数人の将校たちがウォーレンの乗るジープに乗りこんできた。 ライト・アウルズをのせたトレーラーを引っぱりながら,基地の正門をでると,何台もの大型ジープや軍用トラックが兵士を満載して待機していた。
隊列は,レンデルシャムの森に向かった。途中,無線電話で連絡をとり合っていた中尉の会話のなかには, 基地総司令官のゴードン・ウィリアムズ大佐ほか何人かの将校たちの名前や,OSI(米空軍の特別調査部)の特殊機関の名前も出てきたという。
森のなかの砂利道を進んでいると,ジープのエンジンが突然,咳きこむような音をたてて止まってしまった。 あわててエンジンをかけると,いったんは動きだすが,しばらく走るうちにまた止まってしまう。 車からおりて,徒歩で進んだ。やがて,兵士たちはいくつかの班に分けられ,身につけた武器弾薬のすべてをその場に残して,丸腰で森のなかへ前進した。
頭上には軍用ヘリコプターが音をたて旋回していた。5人ひとかたまりなって前進するうち,ちょっと開けた草原のようなところに着いた。 そこには,照明器具があちこちに備えつけられて,大きなフィルムカメラで軍の撮影班が何かを撮影していた。そこには見たこともない不思議な物体があった。
それは,丸く平たい円盤で,まるで”透明なアスピリンの錠剤”というような感じで,直径は15メートルくらいで,地面から数十センチのところに浮かんで静止していた。 内部は透きとおって見え,なかには黄色いもやのようなものが渦巻いていて,黄色い光が脈動していた。
そのうち,無線の受信器から,「おい,来たぞ!」というヘリコプターのパイロットの叫ぶ声が聞こえてきた。 すると,上空に赤く光る球体がひとつ目撃された。その光は近づくにつれスピードを落とし,例の”アスピリン錠”の物体の真上にきて静止した。
そのとたん,光の爆発が起こった。音はなく,ありとあらゆる色の光が,ものすごい閃光を放って飛び散った。
ウォーレンは,あまりの強烈な光のため,一瞬目がくらみ,なにも見えなくなった。 そして,視力が回復したとき,そこには,いつの間にか巨大な金属製のUFOが出現していた。
出現したUFOは,上のほうがドームになった,直径15メートルほどで,金属製らしい表面には,たくさんの複雑な突起物や器械の一部らしいものがついていた。 両サイドの底部からは,それぞれ小さな翼のようなものが突き出ていた。
周囲に設置された軍の照明器具(ライト・アウルズ)が,UFOを四方八方から照らし出していた。 不思議なことに,UFOの周囲の兵士たちの影が,照明器具の光によって,UFO機体の表面に写し出されていたが, その影が兵士たちの動きより遅れて動いていた。まるで,影自体が別の生き物になって勝手に動きまわっているようだった。 UFOのまわりには,警備兵のほかにも何人かの将校がいて,この不思議な現象を見守っていた。 そのなかには基地総司令官ゴードン・ウィリアムズ大佐の姿も見えたという。
すると,つぎの瞬間,機体表面に写っていたいた何人かの兵士たちの影の頭上あたりに,小さな緑色の光点が現われた。 その光点は,ビデオゲームの画面のようにすばやい動きで,兵士たちの影の頭の上を飛びまわりはじめた。 とてもこの世のものとは思わない幻想的な光景であったが,ウォーレンの記憶はここまでで,気がついたときは,兵舎のなかの自分のベッドに服を着たまま倒れていたという。
時計を見ると
午前5時ちょっと前であったという。午前4時ごろ,誰かが意識を失っているウォーレンをかついできて,ベッドに放り出していったということだった。
3年後,アート・ウォーレンは,記憶を取り戻すために,フレッド・マックスという催眠術の専門家から催眠実験を受けた。ウォーレンの話した内容では,UFO内から3人の宇宙人が降りてきて,ゴードン・ウィリアムズ司令官と無言で会話を交わしたということだった。


アメリカのCAUS(UFO問題の秘密化に反対する市民の会)のあるメンバーが,FOIA(情報自由化法)により請求し,
1983年に手に入れることができた文書がある。 これは,当時ベントウォーターズ米空軍基地の副司令官チャールズ・I・ホルト中佐が書いた,1980年12月27日の”説明不能の光”に関する報告書(1981年1月13日付)である。 いわゆる「HALT文書」であるが,その内容は以下のようなものである。
1980年12月27日未明(現地時間午前3時ごろ)にウッドブリッジ基地の裏門の外に異常ないくつかの光を警備兵が目撃した。 飛行機の墜落もしくは不時着かもしれないと考え,門の外にでる許可を得た。
3人のパトロール兵が徒歩で偵察に向かった。彼らは森で光り輝く奇妙な物体を目撃した。 外観は金属のようで,形は3角形,底辺の直径は2~3メートルで高さは2メートルであった。 森全体が白い光で明るく照らされていた。物体頂部に強さを変える赤い光があり,その下側に青い光が並んでいた。
パトロール兵が近づくと,物体は木々のあいだを巧みにすり抜け,姿を消した。このとき,近所の農場の動物たちが狂ったように騒いだ。
物体は
約1時間後,裏門の近くでごく短時間,目撃された。
つぎの日,地上で物体が目撃された地点に3つのくぼみが発見された。
そのまた
翌日の夜(1980年12月29日),同地域の放射能検査が行なわれた。
その日の夜遅く(12月30日早朝),木々のあいだから太陽のような光が目撃された。 その光は,あちこち動きまわり,明滅を繰り返していた。 あるとき,その光からいくつかの光の小片が飛び出したように見えた。 つぎの瞬間,5つの白い物体に分裂し姿を消した。その直後,空に星のような3つの物体が現われた。 そのうちの2つは北に,1つは南にあり,どれも地平線から10度くらいの角度のところにあった。 それらの物体は鋭角的に移動し,赤と緑と青の光を放っていた。 北のほうの物体は,1時間かそれ以上滞空していた。南のほうの物体は,2,3時間そこに見えていて,ときおり地上に向けて光線を照射した。


この事件は,ロズウェル事件と共に,これまで多くのマスコミで取り上げられてきたが,そのほとんどは,レンドルシャムの森に着陸したUFOの報告に焦点が当てられ,重要な部分が軽視されてきた。
実は,この事件では,UFOがベントウォーターズWSA(核兵器貯蔵エリア)上空で滞空静止し,レーザー光線のようなビームを照射しているのが目撃されているのだが,このことは殆ど報じられていない。
【参考文献】
『謎のHALT文書』,1989年
『宇宙人の死体写真集』,1989年
『UFOと核兵器』,2011年
参考外部サイト⇒Wikipedia(レンデルシャムの森事件)

参考外部サイト⇒TOCANA(「レンデルシャムの森事件」に衝撃の新証言! 軍人たちはUFO極秘捜索の“失われた3時間”に何を見たのか!?

参考外部サイト⇒UFO事件簿(レンドルシャムの森の事件)

参考外部サイト⇒ニコニコニュース(「レンデルシャムの森事件」に衝撃の新証言! 軍人たちはUFO極秘捜索の“失われた3時間”に何を見たのか!?)

参考外部サイト⇒
YouTube(レンデルシャムの森事件とは?UFOは本当に来たのか!? )
●キャッシュ&ランドラム事件(アメリカ)

1980年12月29日の午後9時過ぎ のこと,ヒューストンからテキサス州デイトンの自宅に戻る途中のヴィッキー・ランドラム夫人と孫のコルビー(7歳), ベティ・キャッシュ夫人の3人がパイニーウッズ地方の寂しい2車線道路で不思議なダイアモンド型の物体を目撃した。
物体は給水塔ほどもある大きなものであった。ダイアモンド型(菱形)でてっぺんと底は平らであった。 物体は,上空を底からオレンジ色の炎を一定間隔で噴出し,上下に動いていた。
車を停めると車の中はたちまち暑くなった。このため,キャッシュとランドラムは車の外にでたが,孫のコルビーは車内のダッシュボードの下に隠れた。物体は中央部の周囲に青い光の輪があって明るく輝いていたが,全体は鈍い銀色をしていた。
炎を弱めた物体は車道に向かって降下してきた。2人は車の中に戻ったがキャッシュはドアハンドルの熱で手をやけどした。
物体が上昇すると同時に大型ヘリで編成された20機以上のヘリコプターが続々と到着し,その物体を包囲した。するとその物体は冷静な判断を取り戻したかのように,ヘリコプターの包囲を抜け出し,デイトンに向けて飛び去った。わずか,
20分間ほどの出来事であった。
この地域にいた多くの人々も,この物体とヘリコプター群を目撃して通報した。
キャッシュとランドラムは,その後放射線被ばく症状に悩まされ,政府を相手取り訴訟を起こしたが,証拠不十分により却下された。 キャッシュは
18年後 71歳で亡くなり,ランドラムは 2007年 に84歳で亡くなった。
【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年
参考外部サイト⇒UFO事件簿(キャッシュ&ランドラム事件)

参考外部サイト⇒世界10大怪奇(キャッシュ&ランドラム事件)
 

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