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UFO事件集(1961年〜1970年) 
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      1801年 〜 1900年 1901年 〜 1940年 1941年 〜 1950年 1951年 〜 1960年 1961年 〜 1970年 1971年 〜 1980年 1981年 〜 1990年 1991年 〜 2000年  
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1961年〜1970年
1961年 1962年 1963年 1964年 1965年 1966年
1967年 1968年 1969年 1970年
1961年
200-20 事件名 470-55 事件の概要および詳細 230-25 その他参考サイトなど
1961年UFO情報 参考外部=>Think AboutIt- REAL(Category: 1961 Sightings)

参考外部=>UFOdna (UFO Sightings in 1961)

参考外部=>NICAP (The 1961 UFO Chronology)

参考外部=>intcat (INTCAT 1961)
●異星人からのパンケーキプレゼント事件(アメリカ)
【イーグル・リバー事件】
【サイモントン事件】


(★ジョー・サイモントンとプレゼントされたホットケーキのようなもの)
『伝説のコンタクティ30年間の記録 私が出会った宇宙人たち』から
1961年4月18日, ウィスコンシン州イーグルリバーに住むジョー・サイモントンが, 鳥小屋の前に降りてきたUFOの中の黒い男から, 水を要求され, お返しにクッキーまたはパンケーキのような食べ物を4つ渡された事件。

この日の午前11時ごろ
, ウィスコンシン州の片田舎イーグル・リバー(Eagle River)に住む農家のジョー・サイモントン(Joe Simonton- 当時60歳)が昼食をとっていると, 空から降りてくる無音の物体をキッチンの窓から発見した。
鳥小屋の前に着陸したその物体は, スープ皿を2つ合わせたような形で銀色をしていた。
扉があき黒っぽい服を着た小柄な人間が出てきて, 水筒らしきものを持って水を飲みたいようなジェスチャーをしたので, サイモントンは, その水筒を取って家の地下にある水(庭の湧き水)をつめて渡してやった。
着陸した物体(UFO)の中をのぞくと, 3つのコントロールパネルと3人の男がおり, 一人はパネルを見たままサイモントンの方を向かなかった。
グリルのような調理器で料理をしていた男を指さし, 「これから食事をするのですか?」 というような会話をしたかったサイモントンに, その男は4枚のホットンケーキをくれたという。
サイモントンがUFOから離れると, 水筒を渡した男が右手をあげ, UFOのドアを閉めた。
UFOは7メートルほど垂直上昇し, 45度の角度で非常な速度で飛び去っていったという。
UFOの大きさは10メートルくらいで, 厚さは4メートルほどであった。
【参考文献】
『伝説のコンタクティ30年間の記録; 私が出合った宇宙人たち』, 著者:ハリー古山, 2008年


サイモントンは4枚のホットケーキのうちの1枚を, 彼の誠実さと信頼性を保証した地方判事のカーターに譲った。
2枚目をJ・アレン・ハイネック博士に, 3枚目はNICAPの手に渡った。
最後の4枚目はサイモントンの手許にとどめた。彼は, それを少し食べてみたが, 「ボール紙のような味」 がしたと語った。
そのホットケーキは, ただのコーンミールと塩と油だった。

【参考文献】
『UFO超地球人説』【第9章/ 物的証拠の不在】, 著:ジョン・A・キール, 巻正平, 1976年
,


サイト:「zamandayolculuk.com」より
参考外部⇒オカルト・ クロニカル(イーグル・リヴァー接近遭遇〜異星人のパンケーキ事件)

参考外部=>zamanda yolculuk (Alien Encounter: Pancakes From Space)

【関連サイト検索キー: Eagle River, Joe Simonton, 1961, ufo
参考外部=>UFO Wisconsin (The Magonia compiled by Jacques Vallee and published in his book "Passport to Magonia." Database entry number 517)

参考外部=>YouTube (The Strange "Pancakes From Space" Eagle River UFO Encounter)

参考外部=>THE DISTORTION THEORY (THE JOE SIMONTON INCIDENT AND THE DISTORTION THEORY)

参考外部=>NICAP (The 1961 UFO Chronology)

参考外部=>The Night Sky (Eagle River Close Encounter)


参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; April 18)
●ヒル夫妻誘拐事件(アメリカ)

★バーニーとベティ・ヒル夫妻


★マージョリー・フィッシュ
『UFOと宇宙(コズモ)』(No.6)から
1961年9月19日の深夜に, バーニーとベティ・ヒル夫妻(Barney and Betty Hill)がアメリカのニューハンプシャー州でUFOに誘拐(アブダクション)された事件。

ヒル夫妻が, カナダからニューハンプシャー州ポーツマス(Portsmouth)にある自宅に車で帰る途中,
午前11時ごろのこと, 場所は, ランカスターの南, インディアンヘッド(Indian Head)の路上であった。
ベティが自動車の窓から夜空を眺めていると, 彼らの方に近づいて来る光体に気づいた。
バーニーはその正体を見きわめようと思い, 車を止めると, エンジンをかけたまま, 双眼鏡を手に車外に出た。
地上30メートルほどのところに静止した物体は円形で, ジェット機よりも大きく, 明かりのついた2列の窓が並んでいた。その窓には, 黒っぽいユニフォームを着た人影が5,6人立ち並び, 奇怪な目でバーニーを見つめていた。
捕えられるという恐怖からヒル夫妻はフルスピードで逃走した。
そして逃走中, 不思議な怪音を浴び気絶し, 意識が戻ったとき彼らの車は目撃地より56kmも離れたアシュランド(Ashland)付近を走っていた。
そして, 二人の記憶も
2時間ほどが欠落していた。
その後, 身体に異常がおき, ノイローゼ状態になった二人は, ボストンの精神分析医ベンジャミン・サイモン博士(Dr. Benjamin Simon)を訪ねた。
事件から
2年後の1963年, 催眠治療(逆行催眠)で思い出したのは, 宇宙船内部に拉致されたことと, 異星人らしき生物から二人別々に彼らの体を調べられたことであった。
検査が終わったあと, ベティはしばらく異星人のリーダーと話をし, 印象的だったのは宇宙図を見せられたことだった。
サイモン博士の催眠療法下で, 彼女はその宇宙図を思い出し, スケッチしてみせた。でたらめな落書きとしか見えない図であったが,
6年後にオハイオ州オーク・ハーバーに住む女性教師マージョリー・フィッシュ(Marjorie Fish) が, 試行錯誤を繰り返し, 立体宇宙図の制作に取りくみ, ベティの描いた宇宙図と瓜二つの場所があることを発見した。
この事件を調査したフリードマン(Stanton Terry Friedman) キャスリーン・マーデン(Kathleen Marden−ベティはマーデンのおば)は, この異星人の拉致者はゼータ・レチクル連星系出身だと考えている。

【参考文献】
『UFOと宇宙(コズモ)(No.6)』, 1974年【円盤の中に連れこまれた男, 文:南山宏
『UFOと宇宙(No.24)』, 1977年【戦後UFO30年史; バーニー・ヒル夫妻の不思議な体験】
『UFOと宇宙人(99の謎)』, 1978年【世界のUFO事件簿, 文:南山宏
『世界UFO大百科(ムー別冊)』, 1985年【ヒル夫妻の失われた2時間の記憶, 文:西園寺知実】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』, 2015年




   
(★左図はベティが見た宇宙図。右図はマージョリー・フィッシュが解読した宇宙図。)
『UFOと宇宙(コズモ)』(No.6)から
参考外部⇒Wikipedia (ヒル夫妻誘拐事件)

参考外部=>En. Wikipedia (Barney and Betty Hill)


(★夫妻が描いた円盤と生物)
『UFOと宇宙(コズモ)』(No.6)から


(★二人の説明を聞き画家が描いたもの)
『神秘と怪奇』から


【関連サイト検索キー: betty and barney hill, 1961, UFO

参考外部=>history. com (How Betty and Barney Hill's Alien Abduction Story Defined the Genre)

参考外部=>skeptoid. com (Betty and Barney Hill: The Original UFO Abduction)

参考外部=>concord monitor. com (Once upon a time, Betty and Barney Hill told a story that was out of this world)

参考外部=>liveabout. com (1961 - The Hills: Abducted by Aliens)

参考外部=>YouTube (The Truth About Betty Hill's UFO Star Map ; UFO: The Lost Evidence)

参考外部=>NICAP(The 1961 UFO Chronology)

参考外部=>NICAP (The Betty & Barney Hill Case)

参考外部=>NICAP (Radar Tracks bject Before & After Hill Abduction)
●レバ(ポメラニア)UFO遭遇事件(ポーランド) 1961年9月24日の夜, ポメラニア(Pomerania)のリゾート地であるレバ(Leba)の海岸を散歩していたクゼスロー・K・カウェッキー氏が, 海の中にUFOを目撃した。

織物技師であるクゼスロー・K・カウェッキー(Czeslaw K Kawecki)氏が, 休暇の最後の夜に, 海岸を歩いていると, 突然, 海水が波立つ音がしたため, 海の方へ振り向くと, 前方約300メートルの海面が盛り上がった。続いて, その頂上から噴水を噴出していた。
細長い三角形に似た物体が海の穴から出現し, 数メートル浮き上がって静止した。その下の水が音を出し渦を巻いていた。
物体は, 逆さにした巨大なジョウゴ型(漏斗型)で, 2つの縁があり, 光の帯によって2つの縁は分離されていた。
上部のほぼ中間に, 他の部分より白いスジがある。物体の細い方の先端は丸くて, そこから切り株のような物が突き出ていた。
物体は,
約1分間静止していたが, 下部から強烈な白色光を放射した。
物体はゆっくり北の方に傾き, 底を見せ,
約30秒間, その位置にとどまった。そして, 約50メートル東に移動して停止した。
物体の大きさは, 長さ約6m, 直径約5mで, ジェット機に匹敵する速度で45度の確度で上昇し, 青みを帯びた光を出し, やがて消えていった。
4〜5分間の出来事で, 物体からの音は聞こえなかったという。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.18)』【続 宇宙・引力・空飛ぶ円盤, 文:レナード・クランプ, 訳:久保田八郎】, 1976年


 
(★物体の側面と底面)
サイト:「waterufo.net」から
【関連サイト検索キー: Czeslaw K Kawecki, 1961, ufo

参考外部=>intcat. blogspot. com (INTCAT 1961)

参考外部=>water ufo. net (09- 24- 1961)

参考外部=>UFOdna (In September 1961 - Leba, Poland)
●フランク・エドワーズUFO目撃事件(アメリカ)


(★フランク・エドワーズ)
『世界の四次元現象U』から
1961年10月12日の夜, インデアナポリス(Indianapolis)のWTTV(テレビ局)を出たフランク・エドワーズ(Frank Allyn Edwards)が, 上空に滞空していた不思議な物体を目撃した。

WTTVの入口を出て,帰途につこうとしたエドワーズが, ふと上空に眼をやると, 少し離れた上空に滞空している不思議な物体があった。
その物体は, 球体で真中のあたりを一本の光の帯がとりまいていた。
物体の上端には, 緑色の光が1つジッと輝いており, 下端には3つの赤色の光がチラチラと輝いていた。
物体全体は金属性のようで, 下方の街の光をほのかに反射していた。
エドワーズがびっくりして眺めている間に, その物体は急にらせん状に上昇し始め, いったん停止し, しばらく滞空したあとに, ふたたび動き出し, すさまじいスピードで南の方向に飛び去ったという。
後に, この物体は何百人という人たちに目撃されていることがわかり, エドワーズはインタビューに乗り出した。
その結果, インディアナポリス鉄道の乗務員で火夫のジェリー・カーターと機関士のノーラン・S・ガーマンが, エドワーズよりも近い位置で目撃していたことがわかった。
二人は物体を取巻く光の帯を, 一連の窓として認識したと答えた。
また, インディアナポリスの下町のある罐詰工場の門衛, ウォルター・ジャミソンとバッド・ケッセルも同じ物体を目撃していた。
二人はほとんど真下から目撃していて, その物体はやはり円形に見えたという。下部の赤い光は, チラチラさせながら時計の針と同じ方向に回っていたということであった。
【参考文献】
『世界の四次元現象U』, 著者:高梨純一, 監修:南山宏, 1972年
参考外部=>en. Wikipedia (WTTV)



【関連サイト検索キー: Frank Edwards , 1961, ufo

参考外部=>en. Wikipedia (Frank Edwards (writer and broadcaster))

参考外部=>NICAP (The 1961 UFO Chronology)

参考外部=>NICAP (Getting closer to the "fragment" story )

参考外部=>Midi Magic (THE FRANK EDWARDS UFO SIGHTING)
1962年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
1962年UFO情報 参考外部=>Think AboutIt- REAL (Category: 1962 Sightings)

参考外部=>UFOdna (UFO Sightings in 1962)

参考外部=>NICAP (The 1962 UFO Chronology)

参考外部=>intcat (INTCAT 1962)
●ワイルドマンUFO遭遇事件(イギリス)  1962年2月9日の夜明け前, ロナルド・ワイルドマンがアストン・クリントン付近の道路上でUFOに遭遇し, 彼の乗っている車のエンジンのパワーが低下し, 速度が落ちた事件。

ワイルドマン(Ronald Wildman)は, ヴォクスホール(Vauxhall)の新車を配送するため
午前3時に, その新車に乗り, 届け先であるスワンシー(Swansea)に向けて自宅を出発した。
ダンステーブル(Dunstable)を過ぎて, アストン・クリントン(Aston Clinton)にある人気のないアービンホー道路(Ivinghoe road)はずれの十字路に近づいたとき,
午前3時半近くになっていた。
その時, ワイルドマンは地上から6〜9メートル上に, 長さが12メートルほどある楕円形の白い物体を目撃した。 物体の周囲には, 丸窓とも空気穴ともつかぬ黒いものが等間隔に並んでいた。
ワイルドマンが, その物体に18メートルぐらいまで近づくと, 車のパワーが変化し速度が32キロメートルまで落ちてしまった。
ギアをセコンドに入れ, アクセルをいっぱいに踏み込んだが, 速度は上がらなかった。エンジンの回転数は落ちたが, ライトは消えなかった。
その物体は, 180メートルほどの間, 音もたてずに約6メートルの距離を保ちながら車の前方を進んで, その後下降をはじめた。
それから物体は, 周囲に月のカサのような白いモヤを生じさせ, 右手の方角にものすごいスピードで飛び去っていった。
物体が飛び去るとき, 近くの梢の霜を払い落としたので, その霜がワイルドマンの車のフロント・ガラスに降りかかった。

(★クランプによる, 斥力場理論に基づく自動車への影響の分析図)
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.24)』【続 宇宙・引力・空飛ぶ円盤, 文:レナード・クランプ, 訳:中村省三】, 1977年
『UFOと宇宙(No.29)』【続 宇宙・引力・空飛ぶ円盤, 文:レナード・クランプ, 訳:遠山峻征】, 1977年



サイト:「zamandayolculuk.com」から
【関連サイト検索キー: Ronald Wildman, 1962, ufo

参考外部=>ufoinfo.com(On This Day;  February 9)

参考外部=>Stranger Times (UFO Dossiers, Alien Abductions and Missing Time)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1962: February UFO & Alien Sightings)

参考外部=>Mysterious Universe (UFO Dossiers, Alien Abductions and Missing Time)

参考外部=>Mysterious Universe (U.K. Government UFO Research: The Real Picture)

参考外部=>uf0news. blogspot. com (The Game of the Name)

参考外部=>zamanda yolculuk. com (ufodrawings)

参考外部=>intcat (INTCAT 1962)

参考外部=>UFOdna (9 Feb 1962 - Aston Clinton, England, UK)

参考外部=>seniorennet (Forteana and Failing Cars)
●アレックス・バーチ少年UFO目撃事件(イギリス)


サイト:「SHU」から
1962年2月25日, ムーア・クレセント(Moor Crescent)にある自宅の裏庭で, アレックス・バーチ少年がUFOを目撃し,写真に撮った。

アレックス・バーチ少年(Alex Birch- 14歳)は
この日, 自宅の裏庭で, 愛犬のスナップ写真を撮影していた。
その時, アレックスは空中に5つの物体が浮かんでいることに気づいた。高度は150mくらいで, じっと動かず, 音も立てていなかった。
友達のデービッド・ブラウンロウ(David Brownlow- 12歳)とスチュアート・ディクソン(Stewart Dixon- 16歳)も, その場にいてこれを目撃した。
すると, 物体の周囲に光の球のような輝く球体が現われ, 形を変えながら離れて落下していった。
するとまた, 別の球体が物体の周囲に現われ, 同じように形を変えながら, 落下していった。
アレックスは, ボックスカメラを持っていることに気づき, 物体に向けてシャッターを切った。すると, 撮影したと思ったとたん, 光体は薄暗くなり, 消えてしまった。
そして, 物体も急に動き出し, スピードを増すと, ものすごい勢いでシェフィールド(Sheffield)の北東部の方角へ飛び去っていった。
この間, 音は全然聞こえてこなかったという。

「宇宙船が空中に浮かんでいる場合, 宇宙船の重力場によって, 近くのものはみな無重量状態になるため, 船内から放出された気体や液体は, すぐ球状に丸まってしまう。それらは宇宙船から遠ざかるにつれ, しだいに弱くなる場の作用を反映して, いったん球状に丸まった塊(かたまり)が, 形を変えながら落ちていくようすが示された」

(★UFOから放出された気体や液体の動き)
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.29)』【続 宇宙・引力・空飛ぶ円盤, 文:レナード・クランプ, 訳:遠山峻征】, 1977年



サイト:「DrDavid Clarke Folklore Journalism」から
【関連サイト検索キー: Moor Crescent, Alex Birch, 1962, ufo

参考外部=>DrDavid Clarke Folklore Journalism (Alex Birch UFO photos)

参考外部=>SHU (Six pictures from the government's UFO archives that reveal the secrets in Britain's skies)

参考外部=>abc7news. com (CIA releases hundreds of documents on reported UFO sightings)

参考外部=>BBC・ TODAY (The truth isn't out there)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (Category: 1962 Sightings)

参考外部=>Open minds (September 1962)
●サンカシアーノUFO宇宙人遭遇事件(イタリア)


サイト:「NOUFORS」から
1962年4月10日, イタリアのサンカシアーノにおいて, ズッカラ氏が着陸したUFOに遭遇し, 降りてきた乗員にUFO内を案内された。

この日, 近くのフローレンス(Florence)からサンカシアーノ(San Casciano)に向かって家路についていたテーラーのマリオ・ズッカラ(mario zuccala)氏は,
午後9時15分頃, サンカシアーノに着いた。
彼が, 通りを横切って流れている運河の一つを歩いて渡っていたときに, 一陣の風に吹きつけられ, 体ごと持ち上げられるような感じがした。
左側を向くと, 地上6ないし7メートルのところに, 一つの物体が浮いていた。
それは直径が8.5メートルほどで, 灰色の二つの鉢(はち)をはり合わせたような形だった。
その物体は彼の上を通り越えて, 6,7メートル先の, 地上2.5メートルの高さの所に止まった。
するとその下部から, 直径1.5メートルほどの円筒が伸びてきて, やがて地面にとどいた。その後, 円筒が再び上の方に上がり, 円筒の内側が露出した。
露出した部分のドアが両横にすべって開いた。 開いたドアの内側に, 輝く白色の光に照らされた空間が現われた。すると, その中に高さが40センチほどの階段が3段見えた。
そして, その階段から身長が1.5メートルくらいの人間の形をしていて, 全身が一種の輝く金属の衣服で覆われている二人のヒューマノイドが降りてきた。 二人のヘルメットには, 2本のアンテナが出ていた。
二人は, おだやかにズッカラ氏の腕をとって, 明るく照明されたからっぽの機内へ招き入れたという。

(★ズッカラ氏が目撃した円盤の着陸の光景)
【参考文献】
『UFOと宇宙』1976年8月号(No.19), 【続 宇宙・引力・空飛ぶ円盤, 文:レナード・クランプ, 訳:藤間弘道】



サイト:「Phantoms & Mmonsters」から
参考外部=>GAsite (バレイアに出現した怪人 第2話 ウルヴィオ・B・アレイショ)



【関連サイト検索キー: San Casciano, Mario Zuccala, 1962, ufo

参考外部=>NOUFORS (Florentine tailor taken aboard UFO and given message)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1962: Florentine tailor taken aboard UFO)

参考外部=>Phantoms & Mmonsters (The Tailor and the aliens)

参考外部=>UFO EVIDENCE (Florentine tailor taken aboard UFO and given message)

参考外部=>UFOdna (10 Apr 1962 - San Casciano, Toscana, Italy)

参考外部=>intcat (INTCAT 1962)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; November 10)
●メスキート山脈上空の謎の大閃光(アメリカ)
【ラスベガスUFO爆発事件】
1962年4月18日の夜, 19時30分ごろ, ネヴァダ州西部のリノ(Reno)南方約70マイル(約112キロメートル)にあるメスキート(Mesquite)山脈上空で, 目もくらむような閃光が走った。このまぶしい光は5つの州で確認された。

あまりの強烈なまぶしさに目撃者たちは, リノの通りがまるで巨大な閃光電球に照らされたようであったと語った。
この地域にいた化学者たちは, ある種の原子爆発だと思う, と新聞記者に語った。
原子力委員会は, 急拠, この事件にかかわる可能性のある核爆発や実験は行われていない, と報道機関に声明を出した。
閃光を発して爆発したこの物体は, 爆発する以前にレーダーで追跡されていて, ジェット迎撃機にも追われていた。
コロラド州コロラドスプリングス(Colorado Springs)にあるNORAD(北米防空指令センター)に, 赤い発光物体が西方に向かっているとの報告が入った。それは, ミサイルでも流星でもないことが確認され, 未確認飛行物体として, カンザス州グライドリー(Gridley)まで追跡された。
それは, 北西に向きを変えると降下して, やがてレーダー・スクリーンから消えた。
その数分後, 未確認飛行物体がユタ州ユーリカ(Eureka)の電力変圧所付近に着陸したことが確認された。スティード空軍基地(Stead Air Force Base)の空軍スポークスマンは, 物体が着陸して変電所付近にいた
42分間, 電力変圧所が稼働しなかったことを認めた。
空対空ミサイルで武装したジェット迎撃機が, フェニックス(Phoenix)基地やリノのスティード・フィールド基地(Stead Army Airbase)から呼び出され, 物体がメスキート山脈上空で爆発したときに追跡中だったことは, 明らかなことであるという。

【参考文献】
『空飛ぶ円盤の真実』【第11章/ 闇の中】1988年, 著:フランク・エドワーズ, 訳:安龍次郎



(★《ラスベガス・サン》紙に載った「ラスベガス上空の赤い爆発フレア」の記事)
サイト:「ATS」から
参考外部=>阿修羅(アメリカ大停電パニック(『UFOS & SPACE』81年10月号))



【サイト検索キー: Mesquite 1962 ufo

参考外部=>Think AboutIt - REAL(1962: The Las Vegas UFO Crash)

参考外部=>Think AboutIt - REAL(1962: April UFO & Alien Sightings)

参考外部=>UFO CASEBOOK (The Las Vegas UFO Crash, April 18, 1962)

参考外部=>WASSUP! (April 18, 1962 UFO Incident Facts & Figures)

参考外部=>ATS (The Las Vegas UFO Crash- April 18, 1962)

参考外部=>A Different Perspective (The Nevada Fireball- April 18, 1962)

参考外部=>LasVegas NOW. com (UFO Enthusiasts Intrigued by Mysterious Lights Over Las Vegas)
●タイタンミサイル基地UFO目撃事件(アメリカ) 1962年8月7日, アリゾナ州オラクル近郊の未稼働のタイタンミサイル基地で, UFOが目撃された。

これは, APRO(空中現象調査機構)ジェームズ&コーラル・ロレンゼン夫妻が,
1969年に出版した 『UFOs−あらゆる話題全話(UFOs: The WholeStory)』 の中で述べられているUFO事件である。
この夜, アリゾナ州オラクル(Oracle)近郊の, まだ未稼働だったタイタンミサイル基地(Titan missile base)で, 夜間勤務の職員が, 施設外部で1個の輝く光体を目撃した。
それは, 次第に大きさを増していくように見えたので, もう一人の同僚に施設から外に出て物体を観察するように伝えた。
物体はさらに大きくなり, 怖くなった二人は施設内に戻り, トゥーソン(Tucson)のディビス−マンサン空軍基地(Davis- Monthan Air Force Base)に電話通報をした。
2機の迎撃機が到着し, 物体に接近したが,
数秒後, 物体は急速にその場を離れて, 北方へ消えてしまった。
迎撃機は同エリア上空を旋回していたが, 機首を基地方向に向けた。すると
数分後に, 物体は再び姿を現し, まだミサイルのない空(から)のサイロめがけて降下し, その後垂直上昇したかと思うと, 上空で姿をすーっと小さくしてしまった。
目撃者たちの描写では, 物体は満月に似た外観だったという。
【参考文献】
『UFOと核兵器』(第6章/ 核ミサイルへの接近とは何か?), 著者:ロバート・ヘイスティングス, 監訳:天宮清, 2011年



サイト:「timhebert.blogspot.com」から
参考外部=>Wikipedia (タイタンI (ミサイル))

参考外部=>Wikipedia (タイタンII (ミサイル))

参考外部=>Wikipedia (デビスモンサン空軍基地)

参考外部=>アメリカ大自然.com(タイタンミサイル・ミュージアム)

【サイト検索キー: Titan missile base, Oracle Arizona, aug 1962, UFO

参考外部=>NICAP (UFO Over Titan Missile Silo; Oracle, Arizona; August 7, 1962)

参考外部=>NICAP (The 1962 UFO Chronology)

参考外部=>UFO casebook (UFO History 1962:UFO over Titan Missile Silo near Tucson)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; August 7)

参考外部=>timhebert. blogspot. com (Where's the Titan II UFO Stories?)
●ジョーンズ夫人UFO遭遇事件(イギリス)
【レスターシャーUFO遭遇事件】
 
1962年9月13日の深夜, レスターシャーとダービシャー(Leicestershire- Derbyshire)との州境の田舎道をドライブ中に, マイラ・ジョーンズ(Myra Jones)夫人が乗る車のすぐ上にUFOが出現した事件。

ジョーンズ夫人はレスターシャー州(Leicestershire)モイラ(Moira- 英国中部)市のノリスヒル(Norris Hill)の住人であるが,
この夜, 夫の運転する車で田舎道をドライブしていると, 車の上空にある一個の光体に気づいた。
夫人は前にかがんで, フロントガラス越しに見上げると, 車の真上の電信柱の高さぐらいのところに, 車よりも大きな灰色に輝く物体があった。
底部はわん曲して, 頂上部には子供のコマのようにドームがあった。底部の周辺には黒い点が複数あり, 全体が少し傾いて回転しているようだった。
夫人は, それが車のボンネット上に降りてくるのではないかと, 恐怖を感じたという。
そのうち, その物体は, ロケットみたいなシューツという音をたてて見えなくなってしまった。
物体が, 車の真上にあったときも, EM効果は起こらず, 車のスピードは落ちなかったという。

(★ジョーンズ夫人の目撃例を斥力(R)場理論により分析した図- レナード・クランプにより)
【参考文献】
『UFOと宇宙』1976年6月号(No.18),「続 宇宙・引力・空飛ぶ円盤」,文:レナード・クランプ, 訳:久保田八郎
『UFOと宇宙』1977年11月号(No.28), 〃, 訳:遠山峻征
【関連サイト検索キー: Myra Jones, sep 1962, UFO

参考外部=>ufo casebook. com (Passport to Magonia - Sightings Database; A Century of UFO Landings (1868-1968))

参考外部=>UFOdna (13 Sep 1962- Overfield, UK)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1962: September UFO & Alien Sightings)

参考外部=>NICAP (The 1962 UFO Chronology)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; September 13)

参考外部=>intcat (INTCAT 1962)
●シルヴェスター夫人UFO遭遇事件(オーストラリア) 1962年10月28日, 高校教師のE・D・シルヴェスター夫人は, 道路わきに着陸した円盤の乗員が, 地面から何かサンプルのようなものを採取しているのを目撃した。

オーストラリアのアドレード(Adelaide)近郊ノーウッド(Norwood)に住む高校教師のE・D・シルヴェスター夫人(Mrs Sylvester)は, 3人の子供たちと一緒に, ソールズベリー(Salisbury)とエリザベス(Elizabeth)間のハイウェーを夫人の運転の車で走っていた。
午後7時30分ごろのことである。走行中の車の前方の道路を横切って滑空する物体を目撃した。それは, ハイウェーわきの畑に着陸したようだった。
着陸地点と思われる場所の近くに行き, 親子4人は車を降りて, 道ばたを歩いて, その物体を見つけることができた。
その物体は, 楕円形もしくは卵形をしていて, 長さが約15フィート(約4.6m), 高さが5,6フィート(約1.8m)で地上に着陸していた。
物体の近くに, 小さな人間に似た生き物がいた。その生き物は, 潜水夫が着るような光る服をまとい, 半透明のヘルメットをかぶっていた。
チューブがヘルメットから背中にしょった呼吸装置とおぼしき物につながっていた。
そして, 手に光る箱か容器のようなものを持っていて, 周囲の土から何かサンプルを採取しているようだった。
夫人たちは,
約40分ほど, その生き物を見ていたが, その後, 生き物は物体の中に姿を消し, 物体は, 音もなく空に舞い上がっていったという。
夫人はこの件を, ただちに政府当局に報告したが, 事件のニュースがようやく大衆の耳に届いたのは,
あくる年の1963年2月5日のことであった。
【参考文献】
『空飛ぶ円盤の真実』【第7章/ 操縦者は誰だ】, 著:フランク・エドワーズ, 訳:安龍次郎, 1988年




<この画像は, ここのUFO事件とは関係ありません>
サイト:「listverse.com(10 UFO Stories From The Vietnam War Era)」から
【検索キー:Australia, Sylvester, 1962, ufo

参考外部=>ufos- scientificre search ("This is one of the most remarkable cases of a flying saucer... " Adelaide - 1962)

参考外部=>PROJECT 1947(SOUTH AUSTRALIAN UFO REPORTS LISTING - Part One)

参考外部=>Think AboutIt- REAL (1962: October UFO & Alien Sightings)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; October 28)

参考外部=>Australian UFO Researcher Keith Basterfield (A Catalogue of Australian UFO Entity and Humanoid Related Reports)
●ミラノ小人異星人遭遇事件(イタリア)  1962年12月17日の夜, 夜間パトロールマンが絹糸クズ処理工場の構内で, 円盤と中から現れた身長が1mぐらいの異星人に遭遇した事件。

ミラノ(Milan)警察の夜間パトロールマンのフランセスコ・リッチ(Francesco Rizzi- 37歳)は,
の巡視を終ろうとして, サンタ・アンプロシア広場(Sant Ambrosio square)から数歩離れたサンタ・バレリア通りの絹糸クズ処理工場の構内に入った。
2時20分のことである。工場内の広大な中庭の真ん中あたりで, リッチは右手にシューッという音を聞いた。
その音は次第に大きくなり, あたりを見まわすと, 信じられない物体が地上約1mの空間に浮かんでいた。
直径は4〜4.5メートルあり, 金属製らしく銀色の反射が見えた。頂上部には多くの窓が並んでいて輝いていた。
すると, シューッという音がやみ, 円盤の底部のドアが開いて, そこから一人の身長が1メートルほどの小人が出てきた。庭が暗いため, よくは見えなかったが, その男の頭は真っ黒のようで, 上下続きのキラキラ輝く服を着ていた。
その男は敵意をもたぬようで, 1本の指をリッチの片手に向けて, 他の手で近くに来いというような合図をした。だが, リッチは体がマヒして全く動けなかった。
まもなく円盤から別な男が降りてきて, 先の男に命令するように中へ入るよう合図した。急に二人の背後のドアがしまり, ふたたびシューッという音が聞こえて, 円盤は白い煙状の雲の中に消えていった。

【参考文献】
『UFOと宇宙(No.18)』【「続 宇宙・引力・空飛ぶ円盤」,文:レナード・クランプ, 訳:久保田八郎】, 1976年




<この画像は, ここのUFO事件とは関係ありません>
サイト:「tall- white- aliens.com(The CIA's UFO History)」から
【関連サイト検索キー: Milan Italy , Rizzi, December 17 1962, ufo

参考外部=>intcat (INTCAT 1962)

参考外部=>UFOdna (17 Dec 1962 - Milan, Lombardei, Italy)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; December 17)

参考外部=>ufoinfo. com (The Magonia Database: Part 7: December 9th 1962 - April 8th 1965)

参考外部=>Think AboutIt- REAL (1962: December UFO & Alien Sightings)

参考外部=>UFO casebook (A Century of UFO Landings (1868 - 1968))
1963年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
1963年UFO情報 参考外部=>Think AboutIt- REAL (Category: 1963 Sightings)

参考外部=>UFOdna (UFO Sightings in 1963)

参考外部=>NICAP (The 1963 UFO Chronology)

参考外部=>intcat (INTCAT 1963)
●ロニー・オースティンUFO追尾事件(アメリカ)


サイト:「ufoinsight.com」から
1963年8月4日, イリノイ州のロニー・オースティンとフィリス・ブルースは, ドライブインの映画を観ての帰り, UFOに追尾された。

イリノイ州ウェイン市(Wayne City)のロニー・オースティン(Ronnie Austin- 18歳)とガールフレンドのフィリス・ブルース(Phyllis Bruce- 18歳)は, 同州マウントバーノン(Mount Vernon)のドライブインシアターから帰る途中, 怪しい光体に10マイル(約16km)ほど追いかけられた。
光体は, 車の上空を通過したときエンジンを停止させ, ラジオを狂わせたという。
いっときは, 光体が車から30メートル近くまで接近し, かすかなブーンという音を発した。
光体が頭上を通過するときは,「冷却効果」を起こしたという。
ウェイン市の副保安官ハリー・リーは, その現場へ行った警官の一人だが, 彼も遠方にその光体を見ることができた。それは, 星よりも3〜4倍大きくて, 動いていたが, まばたきはしなかったと言っている。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.18)』【「続 宇宙・引力・空飛ぶ円盤」,文:レナード・クランプ, 訳:久保田八郎, 1976年



サイト:「Think AboutIt-REAL」から
【サイト検索キー: The Wayne City, 1963, ufo

参考外部=>ufoinsight. com(The Wayne City UFO Chase, The Ronnie Austin Encounter- A Case Study)

参考外部=>Think AboutIt- REAL(1963: The Wayne City, Illinois Car Chase)

参考外部=>ufo casebook. com(1963, The Wayne City, Illinois Car Chase)

参考外部=>NICAP (The 1963 UFO Chronology)

参考外部=>NICAP (The Wayne City Car Chase (EM RA Traces))

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; August 4)
●ミナスジェラエス宇宙人遭遇事件(ブラジル)
【サグラダファミリア事件】



『ムー』1979年創刊号から
1963年8月28日, ブラジルのミナスジェラエス(Minas Gerais)州のベロオリンテ(Belo Horizonte)のサグラダファミリア(Sagrada Familia)地区に住む3人の少年が, 球体UFOの中から降りてきた身長2メートルもある異星人と遭遇した事件。

遭遇したのはフェルナンド(Fernando- 12歳), ロナルドとマルコス(Ronaldo, Marcos- どちらも7歳)の3人で,
この夜, 家の庭の上空5メートルほどのところに表面が透明で, その表面が四角に区切られている直径3メートルほどの球体を発見した。
中には4人の人影が見え, いすにすわっているようだった。全員, 透明のヘルメットをつけ制服を着ていた。
すると, 球体の下から地上に2本の黄色い光線が出た。その光線の間を一人の乗員が降りてきた。それは, 身長が2メートルほどで, 皮膚は赤みをおびており, 目は大きく一つしかなかった。背中には銅色の小箱を着けていた。
その巨人が, 少年たちに近づいてきた。恐怖にかられた少年たちであったが, 巨人が手を水平に動かし, 奇妙な声を発すると, 少年たちの恐怖心はうすらいだという。
そして, 巨人は庭の井戸にすわり, 球体と話をしているようだったという。
フェルナンドがレンガを拾って投げつけようとすると, 巨人は胸の長方形の部分から光線を発し, フェルナンドの手に当てた。
フェルナンドは手がしびれ, レンガを落としてしまったという。
やがて巨人は花壇の植物を左手で採取し, 球体の下にもどり合図をすると, 降りてきたときと同じように黄色い光線の間を球体に戻っていった。
球体は急上昇して, 消えていったという。

【参考文献】
『ムー』1979年創刊号【総力特集/ 異星人は敵か, 味方か? ;植物採集をした巨大異星人】



サイト:「PORTAL FENOMENUM」から


『ムー』1979年創刊号から
(イラスト:金森達)

【サイト検索キー: Sagrada Familia, minas gerais, brazil, august 1963, ufo

参考外部=>ATS (Cyclop aliens in Brazil- The Sagrada Familia Case)

参考外部=>YouTube (CASO OVNI SAGRADA FAMILIA BRASIL)

参考外部=>YouTube (Caso OVNI- Sagrada Familia- Minas Gerais)

参考外部=>PORTAL FENOMENUM (Caso Sagrada Familia - Resumo do Caso)

参考外部=>ufodigest. com(Brazil: The Forgotten Cases)

参考外部=>Think AboutIt - REAL(1963: The Friendly Giant )

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; August 28)
●ウィドビー島UFO乗員遭遇事件(アメリカ)


サイト:「Think AboutIt - REAL」から
1963年10月, ワシントン州アイランド郡にあるウィドビー島に住む, ブラウン夫人(仮名)が, 昼間, 自宅近くに降りてきたUFOと, その乗員に遭遇した事件。

このウィドビー島(Whidbey Island)に住むルイス・ブラウン夫人(Mrs Brown- 仮名)は, 朝食時, 奇妙な飛行物体に気づいた。
そのUFOは, 北から近づき, 家の東側のごく近いとろで地上約5フィート(1.5m)の空中に静止した。
長さは約10フィート(3m), 色は灰色で, 飛行機から翼, 尾の部分, 垂直安定板, 着陸装置を取りはずしたようなかっこうをして推進装置などは見あたらなかった。前の部分は透明で, なかに少なくても3つの人影のようなものが見えたという。
UFOが空中に静止しているあいだ, その下の草は地面になぎ倒されていた。
いつのまにか, 人間と同じような乗員の一人が地上に立っていた。その乗員は機体の側壁から, しみ出すように出てきたらしいという。
その乗員の服装は, 石綿布のカバーオールで, 足, 手, 顔のぜんぶ覆われていた。眼がある部分だけは開いていたが, そこに眼らしきものはなかった。
UFOは, 地上の乗員に誘導されて, ゆっくりとブラウン夫人の家の周囲をまわりはじめた。 ブラウン夫人は, その地上の男に何をしているのかを, 大声で叫ぶと, その男は機内の仲間たちと相談をしているようだったという。
そして, 「仲間の一人があなたを知っているのです。ではまた来ます」 と言って, 男は出てたときと同じような方法で機内に戻っていった。
UFOは, なおも家の周囲をまわりつづけ, ブラウン夫人もそのあとを追って家のまわりをまわっていたが, なんの前ぶれもなしにUFOは, いきなり目に見えて小さくなり, おまけに傾いたのでうしろの部分が地面にもぐって, 穴掘り作業のようなことを始めた。
驚いた夫人は, それが地面から水を汲んでいるのだろうと思ったが, 後になって考えてみると, それは何か燃料を探しているようでもあったという。
ブラウン夫人は, その間, 乗員たちから, 機体にさわったり近づいたりしないようにと, テレパシーで指示を受けて, それがよく理解できたという。
作業が終わると, UFOは膨張して元の大きさにもどった
UFOは, 煙と蒸気をもくもく吐いて, 閃光をきらめかせ, 音をひびかせながら, あっというまに, 東の方角に消えていったという。
UFOが, 穴掘り作業をしたような場所からは, しばらくたってから, 妙なキノコが1本生えてきた。

【参考文献】
『UFOと宇宙(NO.31)』【続 宇宙・引力・空飛ぶ円盤(13), 文:レナード・クランプ, 訳:遠山峻征】, 1978年
【関連サイト検索キー: whidbey Island, 1963, ufo

参考外部=>UFOs at close sight (OCTOBER 1963, WHIDBEY ISLAND, USA, MRS. "RUTH BROWN":)

参考外部=>ufoinfo. com (The Magonia Database: Part 7: December 9th 1962 - April 8th 1965)

参考外部=>Think AboutIt- REAL(1963: October UFO & Alien Sightings )

参考外部=>intcat (INTCAT 1963)

●トランカス奇怪UFO着陸事件(アルゼンチン)


(★最初に目撃された線路上の管で連結された物体)

(★門の近くで目撃された円盤状の物体)
『UFOと宇宙(No.7)』から
 
1963年10月21日, アルゼンチンのトゥクマン(Tucuman)州にあるトランカス(Trancas)という田舎町から3キロあまり離れたところで, 農場を営むモレノ(Moreno)一家が奇怪なUFOの着陸を目撃した事件。

この日の夜, 停電のためモレノ家は, 懐中電灯とローソクを使用しなければならず, 一家は早めに就寝した。
午後9時30分ごろ, 裏庭が不思議な光に照らされるのを女中のドラ・マルティーナ(Dora Martina- 15歳)が目撃した。
起きていたヨリエ・モレノ夫人(Mrs Jolie Moreno -21歳)とその姉のヨランダ(Yolanda -30歳)とドラが中庭にでると, 家から150メートル程離れたベルグラーノ鉄道の線路上に, 約90メートルの長さの管状の輝く 細長い物体で連結された, 2つの平べったい物体を目撃した。
何人もの人影(約40名)が, 光る管の中を行ったり来たりしていた。これはたぶん, 脱線事故かサポタージュの労働者のたぐいかと思ったという。
寒い
のため, 充分に着込むため3人は一度部屋に戻った。
起きてきたもう一人の姉のアルヘンティーナ(Argentina -28歳)が窓の外に何かを発見し, 狂乱状態になった。モレノ家の両親も目を覚ました。
護身用の拳銃を持ったドラが先頭にたち, ヨリエ夫人とヨランダの3人が線路に向かい歩いて行った。
すると農場の正門付近に緑色の光がまたたいた。農場のトラックだと思い, ドラは門を開けるため走りよった。
ヨリエがその物体に懐中電灯を向けると, やにわにずらりと6個の小さな窓がうかび出て, らんらんと光り出した。
それはトラックなどではなく, 奇怪な円盤型物体で, 目の前の空中にが浮かび上がっていた。
その物体は, 直径が約8メートルで表面はアルミニウムのような金属製で, いくつもの部分に分かれ, リベットでつなぎ合わされているように見えた。 頂上には金属らしいドームがあるが, 黒くてリベットはない。窓は約90センチ×60センチの長方形で, 強力な白色光を放っていた。
物体の上から下までの高さは約3メートルあり, 地上から1メートル半ぐらいの高さにうかんで, ゆっくりゆれ動いていた。
底面から白っぽい霧をもくもくと吹き出しており, 窓から下を包み込んでいた。 モヤが濃くなり硫黄臭が鼻を突いた。
突然, 物体のどこかから放射された赤い炎で, 3人は地面にたたきつけられた。 3人は, 無我夢中で母屋に逃げ込んだ。
その頃, 線路上に3個のもっと明るい光体が輝いた。線路上の明るい管上のものは消えて, 線路上の物体は5つになった。
増えた3つの物体は, 門付近に存在する円盤状の物体と同じ外観をしており, 線路上に浮かんだり着陸したりしていた。
やがて, その3つの円盤状物体の一つから不思議な2本の凝集光線がモレノ家のトラクター小屋に放射された。
幅約3メートルの光線は, 線路と小屋の180メートルの距離を伸びていくのに
数分を要した。そして, 光線は小屋の手前約2メートルのところで停止した。 光線は完全な円筒形でどこにも影はなかった。
ヨリエ夫人は, 右の腕をその光線の中に突っ込んでみたという。 強烈な熱を感じただけであった。他の円盤からも次々に2本づつの不思議な光線がくり出された。
門近くで目撃された円盤からも, 庭先の上空からモレノ家の母屋に向け, 同じような不思議な光線を放射していたという。 こちらはなぜか1本の光線だったが, モレノ家の内部は温度が40度C以上に上昇し, 家の中は真昼のように明るく照らされたというが, 光源がどこなのかは分からなかった。
やがて, 全部で6つの物体は, 一団となって東の方角へ飛び去った。
最初に目撃されてから
約45分が経過していたという。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.7)』【「アルゼンチンの奇怪なUFO着陸事件」, 文:オスカー・A・ガリンデス, 訳:久保田八郎】, 1974年
『謎のUFO怪事件』【第2部/ UFO怪事件; 怪光線にさらされた農場】, 著者:南山宏, 1992年



サイト:「ZHEOZFILES」から


(★怪物体とモレノ家の図)

『UFOと宇宙 (No.7)』から



【関連サイト検索キー: Trancas, October 1963, ufo

参考外部=>ufoinsight. com (The Trancas Incident - UFO Encounter In The Argentine Countryside)

参考外部=>Inexplicata - The Journal of Hispanic Ufology(Argentina: The 1963 Trancas Case Revisited)

参考外部=>ATS (CASE 1963 : Trancas (Argentina) Encounter of Multiple UFO on railroad track near a farmhouse )

参考外部=>ZHEOZFILES (The striking Trancas close encounter - "solid light" or carbon arc spotlights? )

参考外部=>YouTube (OVNI (Reconstitution) Environs de Trancas, Argentine (21 Oct 1963))

参考外部=>YouTube (INCIDENTE OVNI DE TRANCAS EN 1963)

参考外部=>Think AboutIt - REAL(1963: October UFO & Alien Sightings )

参考外部=>PORTAL ufo (Trancas: Um caso perfeito de acao extraterrestre na Argentina)

参考外部=>vision ovni. com. ar (TRANCAS, TUCUMAN: EL INFORME FINAL, 21 OCT 1963 (1 PARTE))

参考外部=>mystery planet. com. ar (El Caso Trancas)
●イグアペUFO沈没事件(ブラジル) 1963年10月31日, ブラジル・イグアペのペロパーバ川に, 故障したUFOと思われる機体が墜落し沈んだ事件。

この日
【「1958年10月31日」になっていましたが,「1963年10月31日」に修正します。】, ブラジル(Brazil)のイグアペ(Iguape)でガランガランという金属音とともに故障していると思われる5メートルもある銀色のUFOが町の上空に姿を現し, そのまま機体はペロパーバ川(Rio Peropava)近くの濁った水の上に突進し, 川の流れの中にすべり込んだ。
水が沸騰したらしく, 沈没地点あたりで川底からの泥が渦を巻いていた。
12人の目撃者がいた。本格的な調査が始まったのは,
1週間後からで, 川の底に沿って走る4メートル以上の深い泥の層によって, 機体の残骸をつきとめることはできなかった。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.38)』1978年9月号, 「空飛ぶ円盤墜落す」, 文:ボブ・ダグラス, 訳:柳尾武義


イグアペ(Iguape)は, ブラジルのサンパウロ州内に位置し, ペロパーバ川(Rio Peropava)の河岸にある。川は広いゆっくりした流れで, その場所はおよそ15フィート(約4.5m)の深さがあった。
1963年10月31日【「1958年10月31日」になっていましたが,「1963年10月31日」に修正します。】の午後2時半ごろ, 少なくとも20人の人間が, 頭上から時折りガチャンガチャンという金属音をはさんで聞こえてくる大きな爆音に注意を引きつけられた。
ふらふらしながら現われて川に向かって飛行している物体は, 直径約16フィート(約5m), 中心部の厚さ約4フィート(約1.2m)の光る円盤状のものであった。
それは, 川岸にあるエリディア・アルベス・デ・ソウザ夫人(Mrs. Elidia de Souza)宅の屋根をぐらつきながら飛びこえた。
そして, 機体を傾けて方向転換しようとしたらしいが, 椰子(やし)の木の幹に当たって, ますます不安定になった。
円盤は上向きに傾いた。どうやら上昇しようとしたらしい。次いで30フィート(約9m)ほど横に動き, うなりをあげて金属音を発しながら
数秒間, 川の上空に浮かんでいたが, 突然くるりと回転して水中に突っこんでしまった。
物体は, 水に触れると, 灼熱していたかのようにシューシューという音がしたが, 蒸気は出てこなかった。
だが, 大きな泡が沸きあがってきた。
何秒か後には, かき乱された川の水にひどく泥が混じりだした。物体が突っこんだ場所では, 1時間以上も水が泡だちつづけた。
後に警察と軍が, 目撃した全員(総勢12名)を尋問した。
11月7日までには, さまざまな装置や専門家が勢ぞろいした。だが,二週間にわたる徹底した調査にも関わらず, 肝心の物体は見つからなかったという。
【参考文献】
『空飛ぶ円盤の真実』【第5章/ 典型的なケース】1988年, 著:フランク・エドワーズ, 訳:安龍次郎

1963年10月31日午後2時
, ペロパーバ川(Peropava River)沿いに住んでいる8歳になる少女のルテ・デ・スーザ(Route de Souza)は, ひどく耳ざわりな音を聞いた。
目を上げると, 巨大な磨きこまれたアルミニウムの鉢のような光る物体が, 南の方角から, 彼女を目ざして近づいてきた。
物体は, たちまち小屋の屋根をかすめ, 彼女が座っていた場所から数メートルと離れていない大きな木の切り株に衝突し, それから3度跳ねて川を横切って向きを変え, 向こうの岸辺に沈んだ。
川が熱い鉄を冷やすかのように煮えたぎった。川面に泡ができて, それがしばらくの間, 消え去らなかった。
派遣された地元の記者たちの求めに応じ, 潜水夫が沈んだとおぼしき場所にもぐり探索が開始された。
探索は11月11日正午すぎに始まり, 暗くなった午後5時に打ち切られた。
目撃者はルテ以外にも多数みつかった。
ルテの母親は, 物体が空中を飛んでいたところを目撃した。彼女はひょっとして, 近くで飛行機事故でも起こったのではないかと思い, 目撃のあと, ずっとラジオにかじりついていたという。
同年12月1日に事件の報告書が, ブラジル空軍の手に送付され, 空軍は事件の真相解明に乗り出した。
しかし, 潜水夫は1メートルを越える泥土に邪魔されて, 何一つ発見できなかった。
潜水夫の一人であるピーター・ラング(Peter Runge)が, 自分でくふうした竹製のさおで探っていた時, 川底に何か金属製の物体の手ごたえを感じたが, 彼らは泥土のためにそこに到達できなかった。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.47)』【特集/ UFO発展途上国の最新情報; 検問を抜けたUFO事件簿, 文:エリディオ・ヘルナンデス, 訳:関根克己】, 1979年

【サイト検索キー: Rio Peropava- Iguape, UFO incident

参考外部=>Sigma21 (Queda de UFO no Rio Peropava- Iguape / SP)

参考外部=>REVISTA ufo(A rica incidencia do litoral de Sao Paulo)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; October 31)

参考外部=>intcat (INTCAT 1963)

参考外部=>WATERUFO. NET (A SUBMERGED UFO?)
●プンタ・メダノス号UFO遭遇事件(アルゼンチン) 1963年11月12日, アルゼンチン海軍の輸送船, プンタ・メダノス(Punta Medanos)号が, 正体不明の巨大飛行物体に追跡された。

この夜, プンタ・メダノス号は,1マイル(約1,800m)ほど距離を置いて同船を追跡してくる, 正体不明の巨大飛行物体の存在による磁気的干渉に悩まされた。
この飛行物体は, 円形で一定の速度で動き, 音もたてず灯火の類はまったく帯びていなかったという。
物体が最接近した時には, プンタ・メダノス号の磁気羅針盤(コンパス)が激しく回転して, 航法用には使えなくなった。この状態は, 物体が1マイル(約1,800m)も離れているのに起き, 物体が去るやいなや, 羅針盤は正常に戻ったという。
船団指揮官がただちに詳細を無線で司令長官に報告したところ, 長官は綿密な調査を命じた。
その結果, 羅針盤に故障は認められず, また異常な妨害の原因が, 潜水艦か通常の航空機かもしれないという可能性は排除され, 問題の障害は未確認飛行物体の接近の結果だと結論を下した。
【参考文献】
『空飛ぶ円盤の真実』【第5章/ 典型的なケース】, 著:フランク・エドワーズ, 訳:安龍次郎, 1988年
【関連サイト検索キー: Argentina, NAVY, NOV 1963, UFO

参考外部=>NICAP (Navy Transport Encounter / E-M Nov.12, 1963 Argentina)

参考外部=>open minds (Argentina's X- Files - Pt2)

参考外部=>en. wikipedia (ARA Punta Medanos (B-18))

参考外部=>waterufo. net (ARGENTINE NAVY DISCLOSES IMPORTANT E-M CASE)

参考外部=>ATS (The Bariloche UFO Incident - Argentina, 1995)
1964年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
1964年UFO情報 参考外部=>Think AboutIt- REAL(Category: 1964 Sightings)

参考外部=>UFOdna (UFO Sightings in 1964)

参考外部=>NICAP(The 1964 UFO Chronology)

参考外部=>ufo insight. com (The 1964 UFO Wave)

参考外部=>intcat(INTCAT 1964)
●ソコロ卵形UFO目撃事件(アメリカ)
【ロニー・ザモラ事件】



(★目撃者ロニー・ザモラ)



<UFO傑作画へ>
1964年4月24日, 米ニューメキシコ州ソコロ警察署のザモラ警部が, 着陸している卵型UFOを目撃した事件。

17時45分のことである。ニューメキシコ州のソコロ(Socorro)という町をパトカーでパトロール中の警官ロニー・ザモラ(Lonnie Zamora)が, スピード違反の車を追跡中に, 南西方向に轟音を聞き炎を目撃する。
近くにあるダイナマイト小屋の爆発かと思ったザモラは, 未舗装のガタガタ道にパトカーを乗り入れ, ダイナマイト小屋の見える丘の頂上に車を走らせた。
すると, 800フィート(約240m)離れたところの川床に, 光る卵型の物体があった。
無線で本部に救援を求めたあと, 物体に目を転じると, 物体のそばにうごめく白い服を着た2つの小さな人影を発見した。
よく見ようと車をスタートさせ, 物体に近づくと, 地形のため物体は視界からさえぎられた。
再び物体を目撃できたのは, 150フィート(約45m)たらずのところである。
物体はフットボールに似た形で, アルミニウム色をしており, つき出た4本の足の上に乗っていた。
物体の側面には, 赤色の妙なマークが描かれていた。そばにいた人影は姿を消していた。
ザモラが車を降り物体に近づいていくと, 突然その卵型物体は轟音を立て, 機体の下部から炎と煙を吹き出しながら上昇した。
物体は20フィート(約6m)の高度で止まり(轟音と炎は消えていた), 今度はかすかな振動音をたてながら, 付近の低木(ブッシュ)を燃やしながら平行に約2,3マイル(約4000m)移動した。
そばのダイナマイト小屋の上を辛うじて飛び越えた。物体は急に上昇態勢に移り, 急速に加速し空の彼方に飛び去ってしまった。
応援に呼ばれたチャベス(Chavez)巡査部長が, 現場に到着したときには, 低木はまだ燃えており, 卵型物体の支柱跡のようなものが発見された。
また, 建築現場で使うダイナマイトの貯蔵小屋が近くにあったが, 運よく無事であった。
また事件から16年後の
1980年10月に, ソコロにはVLA(The Very Large Array)プロジェクトによる, 直径25mのパラボナアンテナを27台集積した, 直径130mの電波望遠鏡が開設された。
【参考文献, 参考サイト】
『世界の四次元現象1』, 1971年
『UFOと宇宙(No.33)』, 1978年【警官が目撃したソコロ事件】
『UFOと宇宙(No.68)』, 1981年【ソッコロ円盤と巨大電波望遠鏡】
『UFOと宇宙(No.75)』, 1981年【ソッコロ事件の "古典的" 評価を洗い直す】
『空飛ぶ円盤の真実』, 1988年
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』, 2015年
Wikipedia(電波望遠鏡)


(★ソコロ事件現場で, UFOのために焼けこげたブッシュを空軍技術者がガイガー計測管で調査するのを見ている, ニューメキシコ州警察のロニー・ザモラ)
(『UFOと宇宙(No.25)』【UFO目撃を妨害するFBI」から】



サイト:「NICAP」から
参考外部⇒Wikipedia(ソコロUFO事件)

参考外部⇒UFO事件簿(ソコロ事件)

参考外部⇒実録!!ほんとにあった(と思う)怖い話(「ソコロ事件」の真相とは!? )

参考外部⇒怖話(【1964年】ソコロ事件)

参考外部⇒オカルトまとめ(UFOに錬金術のマークが?!アメリカを震撼させた“ソコロUFO事件”は本当に第3種接近遭遇例かもしれない!)

参考外部⇒NAVERまとめ(UFO目撃・宇宙人遭遇事件まとめ)


(★ザモラ氏によるUFO側面のマークのスケッチ)
『UFOと宇宙(No.75)』より



【サイト検索キー: socorro new mexico, Lonnie Zamora, 1964, ufo

参考外部=>NICAP(The 1964 UFO Chronology)

参考外部=>YouTube(The Socorro UFO landing mystery,the full story of Lonnie Zamora's sighting TLBE HD)

参考外部=>YouTube(Officer Lonnie Zamora 1964 Sorocco New Mexico UFO Encounter)

参考外部=>YouTube(UFO Case Review - The Lonnie Zamora Incident, 1964)

参考外部=>En.Wikipedia(Lonnie Zamora incident)

参考外部=>UFO Casebook(Socorro, New Mexico Landing (Lonnie Zamora) 1964)

参考外部=>skeptoid(Lonnie Zamora and the Socorro UFO )
●ラ・マデラ(ニューメキシコ州)UFO目撃事件(アメリカ) 1964年4月26日, ソコロの北200マイルのニューメキシコ州ラ・マデラ (La Madera)で, オーランド・ガレゴス(Orlando Gallegos- 35歳)は, ソコロ事件で目撃されたUFOと同じようなUFOを目撃した。

この日の午前1時ごろのことである。 父の家をたずねたオーランド・ガレゴスは, 庭にいる何頭かの馬を追い出すために, 外にでた。
すると, 彼は約60メートル離れたところに青みがかった光る物体を見つけた。 近づいていくと, 電柱の高さほどのブタンタンク(燃料用ガスタンク)のような形をした物体が, 公園と未塗装道路のあいだの地面に着地していた。物体は長さが約4メートルで, 底部から青い炎を発していた。
ガレゴスは家に飛んで帰り, 家族に物体の話をすると, 笑い飛ばされて相手にされなかった。
彼が再び外に出て戻ったとき, 物体は姿を消していたという。
警察が調査したところ,
20時間の経過にもかかわらず, 溶融したガラス痕と直径10.5〜12mの焦げた円の中に, 20 × 30cmほどの4つのくぼみを発見したと伝えた。
【参考文献・サイト】
『政府ファイル UFO全事件』【第2章/ 軍人と役人たち】, 著:ピーター・ブルックスミス, 訳:大倉順二, 1998年
●サイト:「intcat(INTCAT 1964)」



サイト:「The UFO Reality」から

【サイト検索キー: La Madera, New Mexico, 1964, UFO

参考外部=>getty images. co. jp (Denver Post Archives)

参考外部=>The UFO Reality(The La Madera Sighting (and Socorro))

参考外部=>intcat (INTCAT 1964)

参考外部=>ufoinfo. com (April 26)

参考外部=>UFOdna (26 Apr 1964 - La Madera, New Mexico, USA)
●ジョージ・ロジャーズUFO遭遇事件(アメリカ) 1964年6月25日, 牧場主ジョージ・W・ロジャーズが車でイーリーへ向かう途中, ハイウェー上で不思議な物体に遭遇した。

ネヴァダ州イーリー(Ely)付近のスプリング・バレー(Spring Valley)に住む牧場主のジョージ・W・ロジャーズ(George W Rogers)は, 兄弟のバート(Bert)と一緒にイーリーに向かって車を走らせていた。
二人は前方のハイウェーに奇妙な機械が見えることに気づいた。最初, それは道路わきにあり, 地面から4フィート(約1.2m)ほど離れたその天辺(てっぺん)しか見えなかった。
二人は, それを道からそれたジープだと思った。すると物体は, 路上にあがってきて, 長さ2フィート(約0.6m)ほどの細い台座のようなものの上にしばらく乗っかっていた。
二人は, この時に物体から数フィート(1フィートは約0.3m)と離れていなかった。
それはピラミッド型のコマを思わせ, 先細りの先端がその長さ2フィート(約0.6m)の台座に向けられていた。コマはかすかにふくらんで, 側面がカーブし, 全体が高速で回転していた。
ジョージは車から飛び降り物体にさわろうと駆け寄った。その回転している側面はプラスチックみたいな光沢があり, 一つの面には赤い記章ないしは紋章があった。
物体は近づくと大きな唸り声をたてて, 10フィート(約3m)ほどの高さまで空中に飛び上がり, ふたたび40フィート(約12m)ほど遠ざかったハイウェーに降りてきた。ジョージは, 3,4回近づいたが, 毎回同じ結果となった。
バートに 「その物体から離れろ! 」 と注意され, 引き返して車に乗りこんだ。
一瞬後, 物体はゆっくりと上昇し, 急速に東の方へ移動し始め, ついには山の尾根を越えて遠方に姿を消した。

【参考文献】
『空飛ぶ円盤の真実』【第5章/ 典型的なケース】, 著:フランク・エドワーズ, 訳:安龍次郎, 1988年

参考外部=>intcat(INTCAT 1964)

参考外部=>UFOdna (25 Jun 1964- Spring Valley, Nevada, USA)
●ビフォード・パラムUFO遭遇事件(アメリカ) 1964年6月29日, 実業家のビフォード・E・パラムがサウスカロライナ州にある自宅に戻る途中のハイウェー59号線上で, UFOに遭遇した。

サウスカロライナ州ウェルフォードに住むビフォード・E・パラム(Beauford E. Parham) は, ファミリー・レコード・プラン会社の地区支配人で, 仕事でアトランタに出かけていたが, スパータンバーグ郊外の自宅に戻る途中であった。
シボレー・ハードトップの最新型に乗って, ハイウェー59号線を時速約70マイル(時速約110km)で運転していた。
時刻は
午前1時ごろで, 彼の車の近くには他の車両は見あたらなかった。
いきなりパラムの周囲が明るく輝きだした。そして流星のような輝く物体が彼の車めがけて近づいてきた。
物体はパラムの車の上に
何秒かとどまり, 轟音をあげて上昇し見えなくなった。車のエンジンの調子が悪くなったため, 彼は車をハイウェーのわきに止めた。
物体はひっくり返ったコマのようで, 側面の幅は6フィートぐらいで, 下部にいくつもの小さな穴が開いており, 黄色い噴射炎で動いていたようだという。
それが, 車の上に近づいてきた時には, 熱で息がつまりそうだった。消毒液みたいな臭いがしたので, 車の窓を閉めてドアをロックしたという。
パラムはサウスカロライナ州アンダーソン空軍基地(Anderson Air Force Base)まで車を走らせて, そこにいたFAA(連邦航空局)の係官たちに報告した。
パラムの車の屋根やボンネットには, 何らかの液体に塗装が台無しにされている個所がいくつか見つかり, ガイガー計数器でその個所を調べてみると, そこは放射能を帯びていた。

なお, このパラムが遭遇したUFOは, 4日ほど前にジョージ・W・ロジャーズにより目撃されたUFOと同じものと見られる。
【参考文献】
『空飛ぶ円盤の真実』【第5章/ 典型的なケース】, 著:フランク・エドワーズ, 訳:安龍次郎, 1988年



サイト:「NICAP」から
【サイト検索キー: South Carolina, Parham, 1964, ufo

参考外部=>NICAP (Giant Spinning Top Lavonia, Georgia June 29, 1964)

参考外部=>UFOdna (29 Jun 1964 - Lavonia, Georgia, USA)

参考外部=>Think AboutIt - REAL(1964: Giant spinning top encountered by businessman)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; June29)
●ヴァンデンバーグUFO撮影事件(アメリカ)
【ビッグ・サー事件】



(★BU望遠鏡を搭載した移動式車輛前での撮影クルー)
サイト:「astronomy ufo」から
1964年9月15日, カルフォルニア州ヴァンデンバーグ(Vandenberg)空軍基地から発射されたICBM(大陸間弾道ミサイル)アトラスのテスト飛行を撮影したが, その映像中に,飛行中のミサイルの核弾頭に光線を発射したUFOをとらえた事件。ミサイルは高度約96キロメートルを時速17,000〜22,000キロメートルで飛んでいた。

この日の早朝, ヴァンデンバーグ基地から打ち上げられたICBMアトラスDの発射後に起こった。
高空に達したアトラスロケットから模擬核弾頭が分離されたとき, 突如として円盤型UFOが接近し, 4本の光線を弾頭に放射したというものである。
しかしこれは, 撮影現場で目撃されたものではなく, 撮影された映像が
翌日上映され, その中においての出来事である。
弾頭にアプローチした物体は4つの異なったフラッシュを放ち, フラッシュが激しかったので, 周囲に光輪を形成した。
物体は来たのと同じ方向にフレームを去り, 弾頭は軌道を外れて急落した。
アトラスの発射工程を撮影する撮影クルーは, 発射サイトの北西約124マイル(約200km)にある, カルフォルニア州ビッグ・サー(Big Sur)に撮影装置を設置していた。
この撮影に使用された装置は, 反射鏡径24インチ(61cm)のグレゴリー式望遠鏡/ カメラシステムで,
1950年, 政府契約によってボストン大学で製作されたBU望遠鏡と呼ばれ, 移動式ミサイル実験望遠記録車輛と表現されている。
【参考文献】
『UFOと核兵器』【第6章/ 核ミサイルへの接近とは何か? ; UFOは模偽核弾頭に接近したか? ビッグ・サー事件とは】, 著者:ロバート・ヘイスティングス, 監訳者:天宮清, 2011年
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』【第4章/ 宇宙のリーダー; ヴァンデンバーグ空軍基地 ビッグサーでのUFO撮影】, 著者:ラリー・ホリコム, 訳者:安納令奈, 2015年



(★The SM-65 "Atlas" ICBM)
サイト:「NICAP(UFO Filmed Circling Atlas Rocket)」から
参考外部⇒ニラサワ研究室(宇宙的変革期におけるUFOの介入<その1>)

参考外部=>Wikipedia(アトラス (ミサイル))



【サイト検索キー: Vandenberg, Big Sur, 1964, ufo

参考外部=>Vimeo (Big Sur UFO excerpt)

参考外部=>UFO casebook (The Big Sur UFO Filming: 1964)

参考外部=>astronomy ufo(The Big Sur 'UFO': An Identified Flying Object)

参考外部=>SUNlite

参考外部=>NICAP (Big Sur UFO Filming)

参考外部=>NICAP(BigSur, Ca. -UFO Filmed Circling Atlas Rocket)
●シスコグローブ宇宙ロボット襲撃事件(アメリカ)


サイト:「wiki. mufon. com」から
1964年9月4日, カルフォルニア州のシスコグローブ山中において弓矢による狩猟を楽しんでいたS氏が, 宇宙人らしき2人と2体のロボットに襲撃された事件。

この日の
夕刻, シスコグローブ(Cisco Grove)の山中で, ライフルを使わず弓矢によるシカ狩りを楽しんでいたドナルド・S(仮名)氏と2人の友人は, 狩りが終わった後, 別々の道を通ってキャンプに戻ることにした。
ところが, 日も暮れてすっかり暗くなったところで, S氏は道に迷ってしまった。
助けを求めて火をたいていると, 1つの光体があらわれ, 近くの峰の向こう側に降下するのを目撃した。
やがて, その方角から何かが近づいて来る物音を聞いたS氏は, 近くの木によじ登り, 様子を窺うことにした。
すると, 潜水服のようなものを着て透明なヘルメットを被った2人の人間と, 四角い顔にオレンジ色の目が輝き, ふわふわと宙を浮きながら近づいて来る一体の黒いロボットが, 満月の月明かりに照らし出された。
S氏を見つけた宇宙人とおぼしき2人は, 盛んにS氏のいる木を揺すった。
彼ら2人は, 互いに相手を木の上に押し上げようとしたが, 木登りということを知らないようだった。
ロボットは, 浮き上がってS氏に近づこうとしたが, 木の枝が邪魔になって近づけなかった。
S氏は木の上の方まで登りつめ, 体をベルトで木に固定して, 持っていたものに火をつけ次々に投げつけた。 宇宙人は木から遠ざかったが, ロボットは動じなかったため, S氏は3本の狩猟用の矢を射かけると, 2本が命中した。
すると, 青味がかった火花が飛び, ロボットは後ろ向きに転倒したが, すぐに起きあがり木のそばにやってきた。
やがて, もう一体のロボット現われ, 最初からのロボットと木の下で向かい合った。すると両者の間から閃光が飛び, 蒸気のようなものがもくもくと吹き上がった。 その蒸気を吸い込んだS氏は意識を失った。
気がつくと, すでに
夜は明け太陽が昇りかけていた。謎の飛行物体も宇宙人もロボットも消え失せていたという。S氏は捜索にきた友人に助けられた。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.33)』【総力特集/ 私は宇宙人を見た; 閃光を放った宇宙ロボット】, 1978年
『謎のUFO怪事件』【第1部/ UFO殺人事件; ガス攻撃を受けた男】,著:南山宏, 1992年




サイト:「ufoinsight.com」から
参考外部=>Kz.UFO現象調査会(Cisco Grove CEV事件(米国カリフォルニア州)その3.事件後の対応と矢尻の分析)

参考外部=> 怖話(【1964年】シスコ・グローブ事件)

参考外部=> リアルライブ(まるでB級映画の世界!? 毒ガスを吐く「宇宙人ロボット」が現れた!?)



【関連サイト検索キー: Cisco Grove, 1964, ufo

参考外部=>ufo casebook. com(Alien Encounter in Cisco County, 1964)

参考外部=>ufo insight. com(The 1964 Cisco Grove Encounter)

参考外部=>ufo. fandom. com(Cisco Grove encounter)

参考外部=>YouTube(The Cisco Grove Ufo Encounter 1964)

参考外部=>YouTube(Aliens in the Forest Reveals Amazing 1964 UFO Encounter)

参考外部=>the iron skeptic. com(The Cisco Grove Robot)

参考外部=>wiki. mufon. com(Sightings: Robotic AI Beings)
●ニューベルリンUFO修理目撃事件(アメリカ)


<UFO傑作画へ>
1964年11月25日の深夜, ニューヨーク州のニューベルリンのある丘の中腹に着陸した円盤が, その乗員により修理が行われたのを, 近くに住んでいた夫人が 明け方まで, 約4時間にわたり家の中から双眼鏡で目撃した事件。

円盤が着陸したのは, ニューヨーク州のニューベルリン(New Berlin)のファイブ・コーナーズ(Five Corners)地帯のすぐ北西, 国道80号線(New York State Route 80)の地点の丘の中腹であった。
修理は着陸した円盤の真下で行われており, 最初は5,6人の乗員で行われていたが, 近くに着陸したもう1機の乗員も加わり, 最後は10人をこえる人数で行われた。
円盤らしき物体は, かなり強い光を発しており, その外見ははっきり見えなかったという。
乗員の身長は1.8〜2.4メートルあり, ダイバーが着るウェット・スーツのようなものを着ていた。
修理した部品を円盤の下部に取り付けることに何度か失敗し, ようやく成功したのが,
朝の5時少し前だった。
修理を終えた2機の円盤は, 最初垂直に上昇し, 次にはものすごいスピードで水平飛行し姿を消したという。

【参考文献】
『UFOと宇宙(No.11)』【「ニューヨーク州の着陸事件」, 文:テッド・ブリーチャー, 訳:増野一郎】, 1975年



サイト:「Think AboutIt - REAL」から
【関連サイト検索キー: New Berlin, November 1964, ufo

参考外部=>Think AboutIt - REAL(1964: Two Alien Craft Land in Berlin, New York)

参考外部=>ufoinfo. com(On This Day; November 25)

参考外部=>Latest Ufo Sighting(1964: Double UFO Landing Account At New Berlin, NY)

参考外部=>ufo casebook. com(1964 - Two Alien Craft Land in Berlin, New York)

参考外部=>intcat(INTCAT 1964)

参考外部=>UFOdna(25 Nov 1964 - New Berlin, New York, USA)
1965年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
1965年UFO情報 参考外部=>Think AboutIt- REAL(Category: 1965 Sightings)

参考外部=>UFOdna (UFO Sightings in 1965)

参考外部=>NICAP(The 1965 UFO Chronology)

参考外部=>intcat(INTCAT 1965 JAN - JUNE)

参考外部=>intcat(INTCAT 1965 JUL-DEC)
●ワシントンDC(1965年)UFO目撃事件(アメリカ) 1965年1月11日, 軍需局ビルにいた陸軍通信技術兵の一団が, 連邦議会議事堂上空を飛行する白い卵型のUFOを目撃した。

この日の午後4時20分ごろ, 北西部の19番通りとコンスティチューション街(Constition Ave.)の角の軍需局ビルにいた陸軍通信技術兵の一団が, レーダー部門の友人たちが教えてくれたものを窓から眺めることができた。
12〜15個の白い卵型の物体群は連邦議会議事堂の上空を, 12,000〜15,000フィート(3,600〜4,600m)の高度をでたらめな飛び方で飛んでいた。
物体群は, 2機の三角翼ジェット機に追跡されていたが, 陸軍ビルからその光景が見えた
3,4分の間に, あっさり逃げおおせてしまった。
目撃した陸軍技術兵は12人いて, その中にポール・M・ディッキー・ジュニア(Paul M. Dickey, jr)とエド・シャッド(Edward Shad)もいた。
【参考文献】
『空飛ぶ円盤の真実』【第5章/ 典型的なケース】, 著:フランク・エドワーズ, 訳:安龍次郎, 1988年




<この画像は, ここのUFO事件とは関係ありません>
サイト:「kxro.com(UFO sightings statewide include numerous local reports)」から
【サイト検索キー: washington, 1965, ufo

参考外部=>NICAP (The 1965 UFO Chronology)

参考外部=>NICAP (Over A Dozen Ovals Chased By AF Jets)

参考外部=>NICAP (SOURCE: FLYING SAUCERS SERIOUS BUSINESS)


参考外部=>Think AboutIt - REAL(1965: January UFO & Alien Sightings )

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; January 11)
●ウィリアム・ブラックバーン(製図工)UFO遭遇事件(アメリカ) 1965年1月19日, バージニア州オーガスタにあるアーチェリー場近くで, 製図工のウィリアム・ブラックバーンは, 着陸したUFOから降りてきた3人の乗員に遭遇した。

バージニア州ウェインズボロ(Waynesboro, Virginia)にあるゼネラル・エレクトリック社の製図工である, ウィリアム・ブラックバーン(William Blackburn)は,
この日の晩に予定されていたアーチェリーの試合のため, オーガスタ郡アーチェリークラブ(Augusta County Archery Club)の南側駐車場のところに午後5時40分ごろ到着した。
しかし, あいにくと吹雪のため誰もこなかったが,
35分ほど待ったとき, 上空に光る物体があることに気づいた。それは直径が60メートル以上あり, ピラミッド形または円錐形に見えた。
すると, ブラックバーンから15メートルと離れていないところに, いつの間にか, もう一つの小型の物体が着陸していた。 小型といっても駐車場からクラブハウスにつづく場所のほとんどを占めていた。物体の表面は鏡のようになめらかで, 周囲にまぎれてしまうほどの驚くような加工がされていた。
その着陸した物体が, 上空の物体から放たれたものかは不明だった。彼は仰天して立ちすくんでしまった。 すると物体の入り口が開き, そこから3人のヒューマノイドが出てきた。それらは足を地面につけずに, ただようようにブラックバーンに近づいてきた。
彼らは, 身長が90センチほどだが, 外見は人間そっくりだった。 肌は赤みがかったオレンジ色で, 首までぴったりした光沢のある服を着て, かなり厚底の靴をはいていた。 向かって右側にいた一人の左手の指が一本だけ, 異常に長かった。
彼らは, コミニケートしようとしたのか, ブラックバーンを奇妙な目でみつめて, 意味不明の音を発した。 ブラックバーンが理解できない仕草をすると, 彼らは向きを変えて, 着陸した物体に戻っていった。入り口が閉じられると, 開口部は自然に物体の表面に溶け込むように見えた。 それから, 地上のUFOと上空にいたUFOは, すばやく去っていった。
遭遇は,
30分間ほどだったという。
【参考文献・サイト】
『UFOに関する極秘ファイルを入手した。』【第3章/ どんな姿をしているのか】, 著:リチャード・ホール, 訳:青木日出夫, 1989年
・サイト:「intcat(INTCAT 1965 JAN - JUNE)」
・サイト:「Think AboutIt - REAL(1965: Landing & Aliens at Brand’s Flats, Virginia )」
・サイト:「NICAP(Two Humanoids Approach Witness)」

【関連サイト検索キー: Virginia, William Blackburn, 9 Jan 1965, UFO

参考外部=>ufo casebook. com(UFO Landing & Aliens-Brand's Flats, Virginia
January 19, 1965)


参考外部=>NICAP(Two Humanoids Approach Witness)

参考外部=> NICAP(SECTION VII Are There UFO Occupants?)

参考外部=>Think AboutIt - REAL(1965: Landing & Aliens at Brand’s Flats, Virginia )

参考外部=>intcat(INTCAT 1965 JAN - JUNE)

参考外部=>UFOdna(19 Jan 1965 - Brands Flat, Virginia , USA)

参考外部=>UFOdna(19 Jan 1965 - Brand'S Flats, Virginia , USA)
●エヴァグレーズUFO遭遇事件(アメリカ)


サイト:「LATEST UFO SIGHTING」から
1965年3月14日の夜, フロリダ州のエヴァグレーズで, 犬の調教師ジェームズ・W・フリンが湿原に降りたUFOに遭遇した。

犬の調教を職業とするフロリダ州フォートマイヤーズ(Fort Myers)のジェームズ・W・フリン(James W. Flynn)は, 顧客の犬2匹を連れて, 訓練のためにエヴァグレーズ(The Everglades - フロリダ州南部の大湿地帯)に来ていた。

この日, フリンは丘の上にキャンプを張って, そこで夜を過ごす準備をした。
翌(3月15日)午前1時30分ごろ, 彼は犬たちに起こされた。犬たちは, 形はよくわからないが, 明るく光る物体がゆっくりと湿原に降りてゆくのを見て吠えていた。
フリンが, それを見た時には, その物体は地面に着いているか, 地面すれすれに浮かんでいるように見えた。
彼は, スワンプバギー(小さく軽い構造で大きなタイヤがついている湿原でも走ることのできる車)で, 物体の灯りがはっきり見えるところまで走った。
100ヤード(約90m)ぐらい手前の地点まで来ると, 車を止めて, そこからは歩いて進んだ。そして, 100フィート(約30m)ほどのところまで近づいた。
その物体は, 円形で直径75〜100フィート(23〜30m)ほどで, 上部分の丸いドームの高さは25フィート(約8m)ぐらいだった。下部分の10フィート(約3m)ほどは4列に並んだ明るい小窓のようなもので占められていた。
物体は金属的な光沢があるようで, 地面に着陸していた。乗員の姿は見えなかった。
フリンは, その物体が着陸を余儀なくされた実験用の航空機だろうと思った。そして, 彼らが乗り物を必要としているかどうかを聞こうとした。必要なら自分の車を提供できるからだった。
ところが, 物体に向かって数歩進むと, 彼はいきなりあおむけに倒されてしまった。目に見えない何かに, 気絶するほど殴りつけられたからだった。
そして, フリンが意識をとり戻した時には, その物体はすでに消えて影も形もなかった。
事件後, 彼は自らの報告を立証するために, NICAPの代表を含む町の名士と警察官の一団を連れて, その現場に向かった。
一行は湿地にある低い丘の上に, 直径72フィート(約22m)の円形に草が焼かれた場所を発見した。近くの木々も, 地点に面した側が焼け焦げているのを発見した。

【参考文献】
『空飛ぶ円盤の真実』【第5章/ 典型的なケース, 著:フランク・エドワーズ, 訳:安龍次郎, 1988年



サイト:「ufocasebook.com」から
【サイト検索キー: The Everglades 1965 ufo

参考外部=>UFOs at Close Sight(UFO in the Everglades, USA 1965)

参考外部=>UFO INSIGHT (The James Flynn Incident- UFO Over The Florida Everglades)

参考外部=>NICAP (Everglades/ James Flynn Case)

参考外部=>LATEST UFO SIGHTING (1965 UFO Encounter: James Flynn in Everglades Florida)

参考外部=>UFO FYI (UFO case in the Everglades, USA 1965)

参考外部=>ufo casebook. com(1965 Florida Everglades Encounter (Flynn))

参考外部=>Think AboutIt - REAL(1965: James Flynn Florida Everglades Encounter )

参考外部=>tall- white- aliens. com(Florida Everglades UFO Encounter)

参考外部=>ufoinfo.com(On This Day; March 14)
●スコリトン金星人遭遇事件(イギリス) 


(★目撃した円盤の模式図)


(★ヤムスキーのスケッチ)
『UFOと宇宙(NO.46)』から
1965年4月24日, アーサー・ブライアントがスコリトン(Scoriton)草原で, UFOから降りてきた3人の金星人と遭遇し, そのうちの1人が, 「自分はヤムスキーだ」 と言ったという事件。
この日ジョージ・アダムスキーが死んだ翌日 のことである。

この日の夕方, 南西イングランドのダートムーア(Dartmoor)刑務所の近くに住む老人ホーム管理人をしているアーサー・ブライアント(Arthur E. Bryant- 当時51歳)は, スコリトン草原に日課である散歩に出かけた。
草原に着いた
午後5時半ごろ, ブライアントのいる上空に巨大な円盤状の物体がこつぜんと現われ, 時計の振子のように左右に揺れながら, 25メートル程離れたところに, 1メートルほどの高さで静止した。
物体の中央付近のハッチが開き, 3人の人物が現われ, 彼に向かって手招きをした。
なぜか恐怖心が薄らいでいったブライアントは, 道の鉄柵を越え, 彼らに近づいていった。
3人とも, 銀色の潜水服のようなものを着ていた。そばに行くと, 3人はヘルメットをぬいだ。最初は呼吸が不自然だったが, いつのまにかスムーズになっていた。
3人のうちの2人は金髪で額が異常に広く, 瞳は青く全体に気品が漂っていた。しかし, 3人とも手の指は4本で親指にあたるものがなかった。
3人目の人物は, 地球人そっくりの容貌をしていた。金髪のショートカットで, 濃い茶色の眼をして14〜15歳に見え, 小柄なため服がダブついていた。
その少年に見える人物がリーダーらしく, ブライアントにアメリカなまりの英語で話しかけてきた。自分の名前は, 「ヤムスキー(Yamski)」 といい, 仲間と金星からやってきたのだと告げた。そして, 「もし, ここにデス(Des)・・・レス(Les)・・・がいれば, すべてを理解してもらえるのに・・・」 とつぶやいたという。
ブライアントは円盤内に招き入れられた。内部は金属性で, 部屋は三角形に仕切られていたという。
そして, 最後の部屋にきたとき, 何かを暗示するかのように, 1枚のガウンが床に投げだされていた。それには, 紫色の地に一輪のバラの花の刺繍がほどこされていた。
なぜかブライアントはこのガウンに魅了された。
ヤムスキーは, ブライアントにまた会いに来ることを約束し,
1か月後にマンテルの証拠を示すから, 夕方の青い発光体に注意してほしいと告げた。「マンテル・・・?」 ブライアントには, さっぱりその意味がつかめなかった。
円盤から10メートルほど離れたところから, 別れのあいさつを交わした。そして3人は円盤の中に入ると, ハッチが閉じ円盤は上昇し, 上空に消えていったという。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.46)』【「スコリトン・ミステリー」, 文:日高実男】, 1979年

ブライアントが遭遇した円盤は, 6月7日に戻ってきたという。
【続きは】
■事件詳細(サイト内)=>
怪奇事件集(スコリトン・ミステリー)
参考外部=>TOCANA(死後、地球人は異星人として生まれ変わる? UFO研究家を悩ませ続ける「スコリトン事件」)

参考外部=>GA Site(アダムスキーが帰ってきた?という奇妙な物語)


【関連サイト検索キー: Arthur Bryant, Scoriton, 1965 ufo

参考外部=>URECAT (APRIL 24, 1965, SCORITON, SOUTH DEVON, UNITED KINGDOM, ARTHUR E. BRYANT:)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1965: April UFO & Alien Sightings)

参考外部=>Aliens Press (The Infamous Scoriton Mystery)

参考外部=>Aliens Press (British Ufo Investigator Eileen Buckle)

参考外部=>S. H. I. E. L. D UFO Project (The Infamous Scoriton Mystery)

参考外部=>encyclo pedia. com(Scoriton Affair)

参考外部=>Chupacabra Digest(The Infamous Scoriton Mystery)
●イートンリッジUFO遭遇事件(オーストラリア) 1965年5月24日, オーストラリアのイートンリッジにあるリトリート・ホテルの泊り客3名(J・W・ティルス他)が, 真夜中にUFOに遭遇した。

場所はオーストラリアのクイーンズランド州マッケイ(Mackay)から42マイル(約68km), 人里離れたイートンリッジ(Eton Ridge)にあるリトリート・ホテル(Epsom Retreat Hotel)。
目撃者の3人の泊り客は, J・W・ティルス(James William Tilse - トランス・オーストラリア航空のベテラン操縦士)とジョン・バージュス(John Burgess - オーストラリア陸軍退役軍人)とエリック・ジューデン(Eric Judin - 技師)である。
この日の真夜中を過ぎた頃, 3人はホテルのベランダから300ヤード(約270m)離れた森の梢のすぐ上に, 不思議な光体を見つけた。
それは, 見慣れないデザインできらきらと明るい輝く, 奇妙な飛行体だった。円形の台座の下に, 照明灯が一列に2,30個並んでいて, 全体の直径は, 約30フィート(約9m)で金属のように固そうに見えた。
それが3人の方に近づいてきた。恐れをなした3人だが, バージェスが自分のライフル銃をとってきて, その物体に発砲しようとした。
しかし, ティルスが物体が撃ち返してくるかもしれないぞと警告したので, バージェスは思いとどまった。
物体は, 森の上を飛んで, 小さな尾根の方に向かっていた。黄色やオレンジ色の照明は全て下を照らし, 着陸場所を探しているようだった。そして尾根の頂上の地面にゆっくり降下した。
30分間, その物体はじっとその場所にとどまっていた。3人は, 怖さから近づこうとはしなかったという。
やがて, その物体は上昇し始めた。そして木々の梢を越えてこちらにやって来ると, 円盤下面のまぶしい照明の中に, 3本のがっしりした脚が見えた。3脚型の着陸装置のようであった。
脚にはそれぞれ照明灯がついていたが, 300フィート(約90m)の高さに達すると, もう着陸装置もその照明灯も見えなくなっていた。
物体は, それから水平飛行に移り, 速度を増し, 急激に加速して北西の方角へと飛び去り, 夜の闇に消えていった。

【参考文献】
『空飛ぶ円盤の真実』【第5章/ 典型的なケース】, 著:フランク・エドワーズ, 訳:安龍次郎, 1988年




<この画像は, ここのUFO事件とは関係ありません>
サイト:「australia.com(オーストラリアの歴史と文化体験のハイライト)」から
【サイト検索キー: Eton Ridge, mackay, may 1965, UFO

参考外部=>UFOS (Cold case investigation - Eton Ridge Queensland - 24 May 1965)

参考外部=>UFOS (Did the RAAF investigate the 24 May 1965 Eton Ridge case?)

参考外部=>ufoinfo. com (The Magonia Database: Part 8: April 23rd 1965- March 28th 1966)

参考外部=>NICAP (The 1965 UFO Chronology)

参考外部=>UFOdna (23 May 1965 - Eton Range, Queensland, Australia)

参考外部=>Aliens(UFO sightings 1964 to 1975)

参考外部=>PROJECT 1947 (A CATALOGUE OF AUSTRALIAN PHYSICAL TRACE CASES)
●アーサー・ゴッドフリーUFO遭遇事件(アメリカ) 1965年6月, ベテラン操縦士でテレビ・タレントのアーサー・ゴッドフリー(Arthur Godfrey)が, ワシントンまでの夜間飛行中にUFOに遭遇した。

それは, ゴッドフリーが彼の飛行機で, ニューヨーク(New York)からワシントン(Washington)までの夜間飛行中のことである。副操縦士にはフランク・マンシェロ(Frank Munciello)が乗っていた。
フィラデルフィア(Philadelphia)の近くで, 明るく光る物体が, 突然彼らの双発コンベア機の右翼の向こうに現れた。
操縦していたゴッドフリーは, 衝突の危険を避けるために, 機を鋭く左にロール(横転)させた。
そして, フィラデルフィアの連邦航空局(FAA)管制塔に, 彼の近くに他の飛行機がいるのかを問い合わせた。管制塔は, いないことを答えた。
その瞬間, 物体は方向を転じて, 機の周囲を回り,
数秒のうちに左翼後方に接近してきた。
UFOを避けるためにゴッドフリーは, また機を急激に傾け方向転換した。すると, 物体も一緒に右方へ旋回した。
ゴッドフリーがUFOから逃れようと努力するたびに, UFOは彼の真似をしたのだ。
ゴッドフリーもマンシェロも, 飛行時間
何千時間というベテランパイロットであったが, どうしてもUFOを振り切ることができなかったという。
UFOはぴたりと飛行機についてくるだけだったが, やがて離れだして, そのあとすぐ上方へ向きを変え, 夜の闇に消えていった。
【参考文献】
『空飛ぶ円盤の真実』【第5章/ 典型的なケース】, 著:フランク・エドワーズ, 訳:安龍次郎, 1988年



(★操縦席のアーサー・ゴッドフリー)
サイト「Robert Barrow」から
【サイト検索キー:arthur godfrey 1965 ufo

参考外部=>Open Minds (Witness shares UFO encounter with broadcast legend Arthur Godfrey)

参考外部=>Old Qsl Cards (Godfrey Report of UFO)

参考外部=>YouTube (UFO Archives: Project Blue Book - Arthur Godfrey )

参考外部=>Robert Barrow (Andy Rooney's Joke and Arthur Godfrey's UFO)
●バレンソル小人異星人遭遇事件(フランス)


サイト:「En.Wikipedia」から
1965年7月1日, フランス南西にあるバレンソル近くのラベンダー畑に着陸したUFOと, その乗員である小人の異星人に, 農夫のモーリス・マッセが遭遇した。

この日の朝(午前5時頃), 農夫のモーリス・マッセ(Maurice Masse- 41歳)は自分の畑であるバレンソル(Valensole)の高地にあるラベンダーの畑にいた。
マッセが煙草に火をつけようとしたとき, 早いピッチの口笛の音が聞こえてきた。岩塊(大きな石)の陰から出てそちらを見ると, ラベンダー畑の中に見なれない機械があった。それは, ドームを持った卵型で, 90メートルほど離れた畑の中に6つの脚と中心軸とで立っていた。
マッセが物体に近づいていくと, 人間のように見える2人の "小人" が, かがみこんでラベンダーに見入っているのが目に入った。マッセが6メートルほどのところまで, そっと近づくと, 彼らはマッセに気づき仰天したようだった。そして, 管のようなものをマッセに向けた。
すると, マッセはたちまち身動きできない状態に陥った。それでも, 彼は, 自分の周りで何が起こっているのかを観察することができた。
彼らの体は, 8歳の子供ほどしかなかったが, 頭の大きさは普通の人の3倍もあった。毛はなく, 皮膚は赤ん坊のようになめらかで白かった。体にぴったりした上着を着て, ヘルメットはつけていなかった。顔は人間に似ていたが, 口は別で, 唇がなく, 穴のようであった。その穴とは, 別のところから発する意味不明の音を使って, 2人は意思を伝え合っているようだった。彼らは, 身動きでないでいるマッセを, よく観察したようだった。
しばらくして, 彼らは物体に戻っていったが, 物体のすべり戸から, まるで体が浮かぶように, 中に入っていった。マッセは, 物体の中の彼らを, 透明なドームを通して見ることができた。
物体は, 突然空中に舞い上がり, 45度の角度で西の方角へ上昇した。同時に, 口笛のような音が再び聞こえてきた。ところが, 物体はマッセから20メートルほど離れたところで, 突然, マッセの視野から完全に消えてしまった。
しかし, それでもなお, 物体は飛行の道すがら90メートルにわたって草木を傷つけていった。
マッセが動けなかったのは
15分間であったという。

(★UFOの着陸痕の断面スケッチ。中央部には直径1.2メートルの平たいボウルの形に窪んでおり, 中心には, 物体の下についていた管によってつくられたと思われる, 円い穴があいていた。)
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.80)』【UFO痕跡ベストテン; 枯れて弱り, 事件後5年間も生えなかったラベンダーの木, 文:テッド・フィリップス, 訳:柳尾武義】, 1982年




サイト:「Think AboutIt - REAL」から
参考外部=>UFO事件簿(ヴァレンソール事件)



【サイト検索キー:valensole france, 1965, UFO

参考外部=>YouTube(The Valensole UFO Incident)

参考外部=>ufo casebook. com(Valensole, France Landing, (Masse), 1965)

参考外部=>science. howstuffworks. com(The 1965 Valensole UFO Encounter)

参考外部=>En. Wikipedia(UFO sightings in France)

参考外部=>UFOs at close sight(Close encounters of the 3rd kind: Valensole, France, 1965)

参考外部=>Think AboutIt - REAL(1965: Valensole, France Landing (Maurice Masse Case) )

参考外部=>tall- white- aliens. com(UFO Close Encounter at Valensole, France in 1965)

参考外部=>alien expanse. com(valensole France 1965.)

参考外部=>ufoinfo.com(On This Day; July 1)
●ディセプション島UFO目撃事件(南極) 1965年7月3日, 南極大陸アルゼンチン(Argentine)保有地域のディセプション島(Deception Island)駐留の海軍守備隊が, 巨大なレンズ型飛行物体を観測した。

現地時間
19時40分のことである。
物体は見たところ個体で, 色はおおむね赤と緑, 時々黄色や青, 白, オレンジ色を帯びていた。物体は, ジグザグに東に向かったが, 何度かスピードを変え, 音もなく西や北へとコースを転換した。水平線に対し, 45度の角度で上昇しながら, 基地から約10〜15キロメートルのところを通過した。
目撃時の気象条件は, いくらか層積雲があるものの, 空は快晴で, 月は下弦にあり, 視界は申し分なかった。目撃者たちは, その物体の強烈な速度を記録することに成功した。同時に, 高度約3マイル(約4,800m)で,
15分間ほど静止状態で滞空した事実も記録した。
同日午後, 同じ物体がサウス・オークニー諸島(South Orkney Islands)のアルゼンチン基地からも目撃された。
物体は, 約10〜15キロメートル離れた空中を, 迎角約30度で北西へと遠ざかっていった。この怪物体が基地上空を通過している時間, 完全な状態で作動していた2台の磁力測定装置(バリオメーター)が, 突然, 猛烈な磁場の乱れを示した。
チリ基地でも同様に,
同日午後, 同一の物体を目撃している。
アルゼンチンの公式発表が行われた
7月7日, チリ政府は, ペド・アギレ・セルザ(Pedro Aquirre Cerda)基地から無線で受け取った報告の内容を, 新聞に発表した。
それによると,
6月18日の午後, アルゼンチンの科学者たちが述べたものに似た物体が, 基地上空に姿を見せた。物体は, とてつもないやり方で, 色やスピードや方向を変えた。それは巨大なレンズ型の物体で, 音は一切しなかったということである。
【参考文献】
『空飛ぶ円盤の真実』【第13章/ 1965年−ダム決壊】, 著:フランク・エドワーズ, 訳:安龍次郎, 1988年



サイト:「GENERATIONE XORCIST」から
【サイト検索キー:Deception Island 1965 ufo

参考外部=>BBC(A tale from Antarctica)

参考外部=>NICAP (UFO Sightings at Scientific Stations in Antarctica, July 1965)

参考外部=>Ancient CODE (Leaked Documents State a huge UFO ・・・)

参考外部=>CE (Declassified CIA Document Shows Real UFOs Were Spotted Flying Over Deception Island, Antarctica)

参考外部=>GE (UFO’s in Antarctica: Declassified British UFO Files Reveal Stunning Details of UFO Encounter)

参考外部=>open minds(Argentina's X- Files- Pt2)
●オグラ天文台球体UFO目撃事件(ソ連) 1965年7月26日, ラトビア(Latvia)にあるオグラ天文台(Ogra Observatory)で, 3人の天文学者が, からみ合って飛ぶ4個の飛行物体を45分間にわたり観測した。

この日の夜の9時15分ごろ, 彼らが夜間の雲の研究観測を行っていると, 星に似た1個の光体が, ゆっくりと西に向かって移動してゆくのを発見した。
その光体は, 3角形の輪郭を持っているように見えた。そこで, もっと倍率と精度の高い望遠鏡で観察すると, それは4個の物体から構成されていることが分かった。
中央に1個の大型の球体があり, これを中心に, その直径の2倍ほど離れたところを, ほかの3個の小型球体が, ゆっくりと旋回していた。これら4個の物体は, ゆっくり天空を横切り, 少しづつ小さくなり地平線に近づいていった。
発見から
20分ほど経過したところで, 外側の3個の小型球体は, 中央の大型球体から離れてゆくのが認められた。そして, 10時ごろには, これらすべてが遠ざかり見えなくなった。
これらの物体はみな, くすんだ緑色をしていた。最大仰角は60度で, この時は, 北西に位置していた。
観測データから, 物体の高度は5,000メートルで, 中央に位置していた球体の直径は100メートルに達していたことが推定された。
目撃者は, ソ連科学アカデミー天体物理学研究所員ロバート・ヴィトルニク(Robert Vitolniek), リトアニア天文学会員イワン・メルデリス(Jan Melderis), 同じくエスメラルダ・ヴィトルニタ(Esmeralda Vitolniek)の3人である。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.78)』【「UFO事件湮滅に乗り出した謎の男たち」, 文:日本の見えない大学情報部】, 1982年

【サイト検索キー: Ogra Observatory, Latvia, 1965, ufo

参考外部=>ufoinfo. com(On This Day; July 26)

参考外部=>UFOdna (26 Jul 1965 - Ogra, Latvia)

参考外部=>The Black Vault(A List of UFO Sightings by Astronomers )
●F・E・ウォーレン空軍基地UFO侵入事件(アメリカ) 1965年8月1日, ワイオミング州F・E・ウォーレン空軍基地(F.E. Warren Air Force Base)の核ミサイル(ミニットマン- Minuteman)発射管制施設の周辺で, UFOが目撃された。

新型ミサイルのミニットマン T型と U型の発射施設(LF)は, 地下コンクリートと鋼鉄のサイロによって防禦されている。各サイロは, 数マイルの距離で隔てられ, ソビエトからの核攻撃の生き残りに備えている。
ミサイルは, 20個の小隊(Flights)で組織され, 各小隊にはアルファベット順に呼び名が付けられている(例えば, A- アルファ, B- ブラボー, C- チャーリー, D- デルタ等)。
発射管制カプセル(LCC)は, 地中ケーブルで連結され, 地下に配置された小型の各ミサイルは,
24時間の警戒態勢下にある2名一組の発射担当士官に掌握される。
いったん戦争状態になり, 命令を受けると, 士官たちは2個のキーを回して, 彼らの10基のICBMを発射させる手順である。

(★F・E・ウォーレン空軍基地のミニットマンミサイルサイト)

この日の午前1時30分, ワイオミング州F・E・ウォーレン空軍基地のミニットマン発射管制施設の周辺で, 数個のUFOが目撃された。
E小隊, G小隊, Q小隊と呼ばれる諸施設と, さらにB-4, E-2, G-1およびH-2等と称される発射施設においてである。
目撃者は基地司令官を含めて各種軍人・軍属たち。彼らはライトパターソン基地にあるプロジェクト・ブルーブックに電話して報告した。
その夜のブルーブック(Blue Book)の当番士官は, アンスポー中尉(Lt. Anspaugh)であった。彼は次々と入る電話報告を注意深く, 記録日誌に残している。
4年後にブルーブックは閉鎖したが, そのメモの内容は科学顧問だった, J・アレン・ハイネック博士によって出版された。
【参考文献】
『UFOと核兵器』【第6章/ 核ミサイルへの接近とは何か? 】, 著者:ロバート・ヘイスティングス, 監訳:天宮清, 2011年


(★ポール・ベネッツ(Paul Bennewitz)の映像の静止画)
サイト:「ufohastings.com」から
参考外部=>Wikipedia(ミニットマン (ミサイル))

参考外部=>En. Wikipedia (LGM-30 Minuteman)

参考外部=>Wikipedia (第20空軍 (アメリカ軍))

参考外部=>En.Wikipedia (Francis E. Warren Air Force Base)


【サイト検索キー: F.E. Warren Air Force Base, aug 1965, ufo

参考外部=>UFOs & Nukes (Yet Another Nuclear Missile Launch Officer Talks about UFOs at F.E. Warren AFB)

参考外部=>UFOs & Nukes (Huge UFO Sighted Near Nuclear Missiles During October 2010 Launch System Disruption)

参考外部=>UFOs & Nukes (Documents)

参考外部=>RR0 (F. E. Warren AFB, Wyoming (1965))

参考外部=>huffpost (UFO Researcher Claims Air Force Not Revealing Truth About Communication Outage At F.E. Warren Missile Site)
●アラン・スミス少年UFO撮影事件(アメリカ)

1965年8月3日, オクラホマ州タルサの14歳の少年アラン・スミスが, 目撃したUFOを写真に撮った事件。

1985年8月2日から3日にかけて, 何万というアメリカ市民が, 魅惑的な, それでいて気味の悪い夜空のショーに見入っていた。サウスダコダからメキシコ国境, 無数の目撃者たちが, 明るい色の光の編隊が天空を前後左右に自在に飛び回るのを眺めた。
それは, テキサス州シャーマン(Sherman)付近でも滞空した。
8月2日の午前3時, 放送局や警察などに, 何時間もたてつづけに目撃報告が殺到した。
テレビカメラマンのロバート・キャンベル(Robert Campbell) は, ピーター・マッカラム(Pete McCollom)巡査と外に出て, 目撃者たちにインタビューした。そして, 自分たちもその物体を目撃し, 滞空するUFOのスチール写真を撮影するのに成功した。


(★ロバート・キャンベルが撮ったUFO)
サイト:「Texas UFO Museum & Research」から

その暖かい晴れた夜(8月2日〜3日), オクラホマ州タルサ(Tulsa)の市民たちも, 天空に展開する奇妙なショーに見とれていた。
この見物客の中に, アメリカン航空のタービン・エンジン専門家, A・L・スミス氏(Mr. AL Smith)の息子であるアラン・スミス(Alan Smith- 14歳)少年がいた。

午前1時30分ごろ(8月3日)
, アランと父親は, 他の3人と共に低高度で滑空しながら近づいてくる, 異常な動きをする物体を見つめていた。
物体がまだ数百ヤード(100ヤードは約90m)向こうにいた時,
短時間物体は動きを止めた。アランはカメラを向け, シャッターを押した。
撮影したばかりのフィルムが二重露出しないか心配で, もう1枚撮影する気になれず, カメラをいったん家に置きに戻った。走って外に戻ると, 物体はちょうど遠くへ飛び去っていくところだった。
アランは全くのヤマ勘でカメラを向けた。6ドル95セントのプラスチック製カメラの小さなファインダーでは, 遠方の小さな物体はとらえることができなかったのである。
フィルムは他のフィルムと一緒に, 自動カラー現像機で現像された。ネガとプリントが戻ってきたが, UFOが写っているはずの写真は, 影も形もなかった。
つまり, プリントそのものがなかったのだ。理由は簡単で, そのネガは, フィルムの右下4分の1の空間に, 小さな物体が写っているだけだったため, 現像機がスナップ失敗だと考え, プリントしなかったのだ。
だが, フィルムのその小さな部分を拡大すると, 二つの不透明な帯ではっきりと三つの部分に分けられたUFOが現われたのだ。
UFOは, 円盤型で見たところ平底であり, 各部分の色は青緑, オレンジがかった黄, クリーム色を帯びた白だった。
これは, 目撃者たちの証言とぴったり符合した。


(★アラン・スミス少年が撮ったUFO)
サイト:「MidiMagic」から

写真は, 《オクラホマ・シティ・ジャーナル》 紙によって調査された。同紙はまた, 写真専門家にネガを調べさせた。
専門家は慎重にネガを検討した結果, 本物だと断定し, 撮影した少年が証言した通りに撮影されたことを認めた。
同紙はオリジナルのネガから作った拡大写真を,
10月5日付けの第1面に載せ, ちょっとした地方的センセーションを巻き起こした
【参考文献】
『空飛ぶ円盤の真実』【第13章/ 1965年−ダム決壊】, 著:フランク・エドワーズ, 訳:安龍次郎, 1988年
参考外部=>GA Site(UFO 写真集<1>)

参考外部=>カラパイア(これまでに撮影されたUFO専門家をうならせる、最高のUFO写真ベスト21枚)


【サイト検索キー:Sherman 1965 ufo

参考外部=>Texas UFO Museum & Research( Library Sherman 1965)

参考外部=>NICAP (The Sherman, Texas, Photo Case)



【サイト検索キー:Tulsa 1965 ufo

参考外部=>MidiMagic (THE TULSA PHOTO)

参考外部=>UFO Casebook(Tulsa, Oklahoma UFO Photograph, 08- 03- 1965)

参考外部=>Think AboutIt - REAL(1965: Tulsa, Oklahoma UFO Photograph )

参考外部=>Thought Co(UFO Photographs)
●レックス・ヘフリンUFO撮影事件(アメリカ)


(★窓ガラスを透した1枚目の写真)


(★右ドアの窓からの2枚目の写真)
1965年8月3日正午過ぎごろ, カルフォルニア州オレンジ郡のサンタアナ(Santa Ana)付近で, レックス・ヘフリンがハイウェー・パトロール中, 道路の上空にUFOを目撃し, それを撮影した事件。

レックス・ヘフリン(Rex Heflin)は, ロスアンゼルス郡(Los Angeles County)ハイウェー委員会ハイウェー事故調査官であるため, 交通事故現場を撮影するのが, 職務の重要な部分を占めていた。このため, 日頃からポロライド・カメラを持ち歩いていた。フィルムの規格はASA3000, 電動式露出装置がついているため, カメラを向けてシャッターを押すだけで撮影できるようになっていた。
サンタアナ(Santa Ana)付近のマイフォード・ロード(Myford Road)を公用トラックで走行中, 見慣れない物体が近づいてくるのを発見した。
トラックを止め, 横においてあったカメラで車内から3枚の写真を撮った。そのうちの2枚の写真には, トラックの外についているバックミラーが写っていた。物体が飛び去ると, 彼はトラックから飛び下りて, 4枚目の最後の写真を撮影した。
ヘフリンは, 無線で事務所と連絡をとろうとしたが, UFOが近くにいる間は, 無線が全く通じなかった。UFOがいなくなると, 無線は正常に作動したという。
数週間後, ロスアンジェルスのUPI通信社が写真のことを聞きこんで, 自分たちに写真を調べさせてくれるようヘフリンを口説いた。UPIは, 分析を同社の写真専門家たちに委ねた。
時間をかけて写真そのものを調査したり, ヘフリンと同じ場所に立って, 彼が使ったのと同じ機器で実験した結果, UPIの写真鑑定家たちは, 写真はまさにヘフリンが言ったように撮影されたという結論を下した。
◎ヘフリンの撮った1枚目の写真。物体の真下の土埃が舞い上がっているように見えることに注意。拡大してみると, それは1フィート(約30cm)ぐらいの高さに舞いあがった土埃や砂や軽い岩クズらしかった。これらが渦巻いているのは, 物体の真下だけだった。
【参考文献】
『空飛ぶ円盤の真実』【第8章/ 1965年 - ダム決壊】, 著:フランク・エドワーズ, 訳:安龍次郎, 1988年


目撃時にレックス・ヘフリン(Rex Heflin)は, トラックの運転台にいた。
彼は1個の飛行物体に気づいたが, 最初は何かのありふれた物だろうと思った。その物体は, 前方で左へターンした。そこでこれは異常な物だと思ったという。
セミオートマチックのポラロイド101カメラを取り, 窓ガラスを通して最初の写真を撮った。
物体は, 北東の方向に動いていたので, 次に右ドアーの窓から2度目の写真を撮った。写しているときに, そのUFOの底部から回転する光が放射されることに気づいた。
物体の高度が50メートルほどになったときに, 同じトラックの窓から3番目の写真を撮影した。
UFOは, ゆらゆらよろめくジャイロスコープみたいにゆっくりと移動していたが, 高度を上げるにつれて安定してくるように見えた。
それから, スピードを増して, UFOの胴体でできたみたいな輪状の黒青色の煙を出した。そのトマト状の煙は,
30秒ほど続いたので, 4番目の写真の被写体にした。
そして, UFOは北東の方角へと飛んで行った。
ヘフリンの推定では, 物体の直径は約10メートル, 高さは3メートルほどで, 彼からの距離は約50メートルだったという。UFOの色は灰色で, 頂上部はかすかに輝いており, 全体の輪郭はハッキリしていた。
よろめき運動中に音は全然出さなかったが, 表面のあちこちが太陽の光を反射していたという。

【参考文献】
『UFOと宇宙(No.13)』【「ソ連圏のUFO現象(2)」, 文:イオン・ホバナ + ジュリアン・ウェヴァーバーグ, 訳:久保田八郎】, 1975年
参考外部⇒YAHOO!ブログ(☆レックス・ヘフリン円盤写真の分析)

参考外部⇒UFO事件簿(ヘフリンのUFO写真)

参考外部⇒GA Site(ルーマニアのUFO出現事件)



(★同じ右ドアからの3枚目の写真)


(★4枚目の写真)




【サイト検索キー: santa ana, california, Rex Heflin 1965 ufo

参考外部=>YouTube (Rex Heflin Ufo Photographs)

参考外部=>UFOdna(3 Aug 1965- Santa Ana, California, USA)

参考外部=>NOUFORSE (Rex Heflin UFO Photographs)

参考外部=>NICAP(Santa Ana / Rex Heflin Photos)

参考外部=>Think Aboutit- REAL(1965: Rex Heflin UFO Photographs)

参考外部=>zamandayolculuk. com(Rex Heflin UFO Photographs)

参考外部=>UFOs at Close Sight(The Rex Heflin photographs case, Santa Ana, Ca., USA, 1965)
●ドン・テノパー(トラック運転手)UFO遭遇事件(アメリカ) 1965年8月4日, トラック運転手のドン・テノパー(Don Tenopir- 44歳)が, カンザス州アビレーン近くの公道でUFOに遭遇した。

この日の深夜1時半ごろ, テノパーはピーナツの荷をトラックで運んでいた。アビレーン(Abilene)の南, 60〜80キロのルート15の高速道路を走っていた。
突然, 背後から物体がうなりをあげて, トラックの上を追い越していった。トラックのヘッドライトが消えた。(トラックのディーゼル・エンジンは止まらなかった)
物体がトラックの前方, 約30メートルの道路上に着陸したため, テノパーは,急ブレーキをかけ車をとめた。すると物体は, 少し前方に進みトラックから遠のいた。すると, トラックのヘッドライトがついた。
ヘッドライトの中に見えた物体は, 道路の上60センチほどに浮かんでいるオレンジ色をしたドームのある円盤で, 直径が約4.5メートル, 高さが1.5メートルほどで, まわりには四角い窓のようなものが見えた。
テノパーが, これを見て止まった別の車のドライバーと話しをし始めると, 円盤は青味がかった閃光を発し, 木々の間を吹く風のような音を出し, 離陸し上昇していった。
円盤は最初, 西の方角に向かっていたが, その後南の方角に向きを変えて飛んでいった。
【参考文献・サイト】
『UFOに関する極秘ファイルを入手した。』【第1章/ 彼らは地球人に何をしたか】, 著:リチャード・ホール, 訳:青木日出夫, 1989年
・サイト:「ufoinfo.com(On This Day; August 4)」

参考外部=>ufoinfo.com(On This Day; August 4)

参考外部=>intcat(INTCAT 1965 JUL-DEC)

参考外部=>UFOdna(4 Aug 1965 - Abilene, Kansas, USA)
●ジェームズ・ルッチUFO目撃撮影事件(アメリカ)

ルッチのUFO写真
『UFOと宇宙(NO.31)』から


ジェームズ・リッチのUFO写真
『UFOの謎』から
1965年8月8日の午後11時30分ごろ, ペンシルバニア州ビーバー郡(Beaver County)のブライトン・タウンショップに住む, 航空州兵隊所属のプロ写真家の息子であるジェームズ・ルッチ(James Lucci- 17歳)が, 自宅のすぐそばで, 樹々のあいだに出現したUFOを2枚, 撮影した事件。

この夜ジェームズ・ルッチは, 自宅近くで, タイム露出による月のカメラ撮影を行っていた。
このとき, 兄のジョン(John- 20歳)もいっしょに居あわせた。

11時30分ごろ, ジェームズが新たなひとコマの撮影にとりかかってちょうどシャッターを開いたとき, 丸いずんぐりしたかっこうの物体が, 月よりも明るい光を発しながら, 左手の木立の上の方角から近づいてきた。
ジェームズは, カメラがこの物体を捕えたにちがいないと思い, シャッターを閉じ, 急いでフィルムを巻いてまたシャッターを切った。
このときUFOは, 約400メートルほど離れたところをゆっくり飛行していた。 だが, 3枚目を撮ろうとしたときには, UFOは急上昇して視界から消えてしまっていた。
このUFOが急上昇したもようは, ジェームズたちがいたところの道路をへだてた家にいた, マイケル・グローブが目撃している。
ルッチ一家は冷笑の的になることを恐れて, はじめのうちは事件の公表を避けていた。しかし, 友人たちの熱心な勧めで, 「ビバー・カウンティー・タイムズ(Beaver County Times)」紙に, 問題の写真を提供することにした。
新聞社の3人の写真専門家は, あらゆる角度からこれを検討し, この写真が本物であるとの判断をくだした。
この話が新聞記事として公表されると, NICAPピッツバーグ支部長のウィリアム・B・ワイゼルは, いちはやくネガを入手して, NICAP自身による分析にとりかかった。
新聞社のスタッフの協力を得たワイゼルと支部の委員ロバート・ブラウンは,
5日間をついやして目撃者たちと面接し, 写真を航空地図や地形図とつき合わせて検討し, また撮影時の写真技術的なデータを収集した。ルッチのUFO写真の撮影データは, 次のとおりである。
カメラはヤシカ635, アルティパン120フィルム(ASA100)使用, 絞りf3・5, 距離は無限大, 露出時間6秒。 また現像時間は12分, 新しいD76現像液を使用し, 華氏70度(摂氏21・1度)で攪拌しながら現像した。 ここに掲載した写真(左欄内上)は細部をはっきり出すために特別な方法でプリントしたものである。
UFOは動いていたために, ややボケて見えるが, テレビ塔(掲載したプリントには写っていない)は, はっきりと写っていた。
【参考文献】
『UFOと宇宙(NO.31)』【「続 宇宙・引力・空飛ぶ円盤(13)」, 文:レナード・クランプ, 訳:遠山峻征】, 1978年


ジェームズ・ルッチ(17歳)は, その晩(1965年8月8日23時30分ごろ), 家のすぐ傍の戸外で, 時間撮り写真にとりかかろうとした。
その時, 二人(ジェームズと兄のジョン)は, 大きな鋭く光る, ひらたい底部をもつ皿のような物体が樹々の間に出現したのを見た。
この物体は, 突然空中に静止した。ジェームズは, このとき1枚目の写真を撮った。この最初の写真では, 物体の右側に月があった
この物体は, その後右方に向かって進み, その場にしばらくとどまった。その際, 2枚目の写真が撮られた。この写真では, 月は物体の左側にあった。
カメラはその際に, UFOの下側に巨大な輝きをとらえている。その後, 物体は迅速に高空に上昇し, 消えていった。
写真家のハリー・フライとバーディー・シャンクは, ネガから, いくつかの写真を現像しはじめた。 それは, あるいはあるかもしれない二重の露出, あるいは不慮のレンズの反射をたしかめるためであった。
彼らは一枚のネガを他のネガの上に重ねた。 輪郭, 生垣のそばの樹木, 月の新しい位置に対する円盤の位置の変化などが, うまくあうかどうかを見ようというわけである。
これらはぴたりとあった。二重の露出とか, レンズの反射などは, いっさいなかった。このような背景で, 写真を人工的にでっちあげることは不可能である。
ここで使用したカメラは, ヤシカ635である。彼らは写真は本物だと述べている。

【参考文献】
『UFOの謎』【第1章/ コンドン報告の全貌】, 著:エスタ・レーン, 訳:金森誠也, 1975年



(★上の1枚目の写真と下の2枚目の写真。)
サイト:「gpposner.com」から
参考外部=>SkyPeople(☆ジェームズ・ルッチUFO写真の分析)

参考外部サイト⇒インチキUFO写真展(1960年代)



【サイト検索キー:Beaver County, Pennsylvania, James Lucci 1965 ufo

参考外部=>gpposner.com(An Interview with Philip J. Klass, the World's Leading UFO Skeptic)

参考外部=>forgetomori (UFO photos: A real saucer)

参考外部=>Think Aboutit- REAL(1965: August UFO & Alien Sightings)

参考外部=>NICAP (Lucci Photos)
●サンクエンティン渓谷UFO遭遇事件(メキシコ) 1965年8月22日, サンクエンティン渓谷で狩り中の4人のハンターが, 12機からなるUFOに遭遇した。

この日の深夜12時, メキシコのサンクエンティン渓谷(San Quentin Valley)で, 4人のハンターが頭上に一つの巨大な輝く円盤を目撃した。
4人は, 冷静沈着さを失わず, 彼らの自動車から物体に向けて電気スポットライトを照射した。すると, すぐに11機が新たに到着して最初の円盤に合流し, 即座に4人の頭上を旋回し出した。
一人がライトを点滅させると, 円盤たちも光を発したり消したりした。
彼らに対し, 円盤が応答しているのは明らかだった。4人の目撃者全員が, このことを認めているという。
【参考文献】
『空飛ぶ円盤の真実』【第12章/ 断章・ソ連の奥深くで】, 著:フランク・エドワーズ, 訳:安龍次郎, 1988年
【サイト検索キー: san quintin valley, 1965, ufo

参考外部=>UFOdna (22 Aug 1965 - San Quentin Valley, Mexico)
●ピース空軍基地UFO出現事件(アメリカ)
1965年9月3日, ニューハンプシャー州ピース空軍基地(Pease AFB)上空に, まぶしい閃光を放つUFOが出現した。UFOが近づくと基地の灯火が, 次々と消えていった。

ロバート・マーク(Robert Mark)氏は
1965年当時, 第509空軍憲兵大隊に所属し, 軍曹としてニューハンプシャー州ポーツマス(Portsmouth)に近い, ピース空軍基地(Pease AFB;1991年に閉鎖)に勤務していた。

午前0時ごろ, マーク軍曹と二人の航空兵がピース空軍基地のメーンゲートで立哨中, 航空兵の一人が, 「あれを見ろ! 」 と叫んだので振り向くと, 一面の星空から物体が落ちてくるところだった。
高度90〜120メートルで, 光がすごいスピードでみるみる迫ってきた。それは, 2個の非常にまぶしいヘッドライトのような光だった。
光を発した物体が, ピース基地の灯のともった地域の上空にさしかかるや, まるで誰かが通りすがりに電球を割っていくように, 灯火が次々と消えていった。
最初, B- 52(爆撃機)が接近してくるのかと思ったが, まったく音が聞こえず, 風圧だけを感じた。それは衛兵詰所の真上を通過した。
航空兵の一人が詰所に走りこみ, CSC(中央警備管制)直通のホットライン電話にとびつき, いま見ている事態を電話にがなり始めた。そして, がっくり膝をつくと, すっかり自制を失った。
その間も, 怪物体はピース基地の北端めがけて進んでいた。物体が通過する真下の灯火がどんどん消えていった。消えた灯火は
30〜40秒で, また元どおりになったが, 物体の通過直後は全地域が, 一時真っ暗になった。
マークの記憶では, 物体は細長い恰好をしていたが, 目もくらむようなヘッドライトが接近してくるので, 細部は見えなかった。
軍曹は, さらに基地のレーダー塔に駆けあがって, ちょうど2機の戦闘機が離陸するところを見た。「追いつけない。やつらは速すぎる! こっちはこれで最高だ」 とパイロットの無線の声が聞こえた。
その追跡中, 戦闘機も一度は物体に近づいたかに見えたが, 物体はすぐ遠ざかって, みるみる戦闘機を引き離した。
2機が追っていくあいだに見えた物体の後部のことも, 彼は記憶していた。「後部にもライトがついているみたいに見えた。ちょうどジェット機の後ろから炎が噴き出ている感じにね」

この事件から
約2時間後に, 「エクセター事件」で目撃されたUFOは, ピース空軍基地上空に出現したものと同じものと思われる。
1960年代の中期, ニューハンプシャー州はUFO活動のメッカだった。付近にUFOが出現するたびに, ピース空軍基地もしょっちゅう色めきたっていたことに, 疑問の余地はない。
【参考文献】
『人類は地球外生物に狙われている』【第5章/ 過去からのこだま】, 著者:ローレンス・フォーセット / バリー・J・グリーンウッド, 訳者:南山宏, 1987年
参考外部=>En.Wikipedia(Pease Air National Guard Base)

参考外部=>En.Wikipedia(509th Bomb Wing)



参考外部=>ufoinfo.com(On This Day; September 3)

参考外部=>UFOdna(3 Sep 1965 - Pease AFB, New Hampshire, USA)
●エクセターUFO遭遇事件(アメリカ)


サイト:「NOUFORS」から
1965年9月3日, ニューハンプシャー州エクセター(Exeter)で, ノーマン・マスカレロ(18歳)が150号線で, 強烈な光を放つ飛行物体を目撃した。警官と現場に戻った際にも, 同じ物体に遭遇した。

午前12時30分にハイウエーに不審な止まり方をしている車があるとの連絡を受け, 二人の警官が調べに行くと, 車内でショック状態にある二人の女性を見つけた。
二人の話によると, 二人の車は, まぶしい赤光を放つ巨大な飛行物体に, 12マイル(約19km)ほどぴったりと後ろから追いかけられたという。
しかし, そんな物体はあたりには影も形もなかったため, 警官は二人をなだめて, 婦人たちに車を発進させた。
午前1時45分, ノーマン・マスカレロ(Norman Muscarello- 18歳)が, よろけながらエクセター警察署に転がりこんできた。
恐怖のため, 顔は真っ青で, がたがた震えていたという。
マスカレロは落着きを取り戻すと, レジナルド・トーランド(Reginald Toland)とバートランド(Bertrand)の二人の警官に驚くべき話をした。
彼が150号線を通って歩いて帰宅途中, 前方の地面がいきなり赤い光で照らし出された。そして, 奇妙な飛行物体が木立の上から昇ってきた。それが近づいてくると, その物体の下部に, まぶしい赤いライトが前から後ろに4つか5つ並んでいるのが見えた。ライトは, 順々に点滅をくり返していた。
マスカレロは, 低い石垣の影に駆けこんで, その物体がゆっくりと音もたてずに頭上を通りすぎる間, 怯えながらうずくまっていた。物体は, その場所から100フィート(約30m)と離れていない上空を通過していった。物体は近くにあるクライド・ラッセル家の真上にさしかかったため, 物体の大きさがわかった。彼は全長が90フィート(約27m)前後と見積もった。
次の瞬間, 物体は元きた方向に引き返して, マスカレロが最初に見た木立の陰に姿を消したという。
マスカレロは, ラッセルの家のドアを, 中に入れてくれと叫びながら叩いた。しかしラッセル家の者は, それを通りすがりの酔っ払いの仕業と思い込み無視した。マスカレロは, 中に入れてもらえないと分かると, 警察署に向かって走り出したのだった。
その夜, 物体の二度目の報告を受けたトーランド警官は, バートランド巡査に現場を見回るよう命じて送り出した。
バートランドは畑のわきの道路にパトカーを止め, 二人は車を降りた。マスカレロは, 物体を最後に見たとおぼしき場所を指し示したが, 何一つ変わったものは見つからなかった。バートランドは強力な懐中電灯を取り出して, 畑を照らした。
その時, 下部に一列に並んだ明るい赤色のライトを光らせた大きな黒い物体が, 木の梢あたりから畑めがけて滑空してきた。物体は, ちょうど明かりをつけたばかりで, くるりと向きを変えると, 懐中電灯を持った二人の方へ近づいてきた。
高度は70フィート(約21m)もなかった。バートランドは, 思わず軍用拳銃を引き抜いたが, すぐに使うまいと決心した。二人はすぐにパトカーに飛び込んだ。物体は, 赤い光が目もくらむほどまぶしかったので, 火傷するか, 目がつぶれるのではないかと恐れたという。
光は前から後ろへ, 次に後ろから前へと順番に点滅した。その強烈な輝きのために, 物体の周囲にはハローがかかっているように見えたという。
まぶしさのため, 物体の正確な大きさと形は見極められなかったが, 物体は卵型を呈していて, 金属質のように見え, 翼や尾翼などに類するものは見つからなかったという。
バートランド巡査は, 無線で救援を求めた。マスカレロはパトカーの中から外の様子をうかがうと, 近くの納屋の中の馬たちがいなないて厩舎を蹴飛ばしていた。また, 犬が激しく吠えたてていたという。
デイビッド・ハント(David Hunt)巡査が大急ぎで現場に駆けつけた。彼は間に合い, その物体を
約6分間目撃することができた。
物体は, ゆっくりと遠ざかりつつあった。輝く下向きのライトが, 独特の奇妙な順序で規則正しく点滅していた。
【参考文献】
『空飛ぶ円盤の真実』【第13章/ 1965年 - ダム決壊】, 著:フランク・エドワーズ, 訳:安龍次郎, 1988年




サイト:「nhmagazine.com」から

高名なジャーナリストのジャン・フラー(John G. Fuller)が, 同名のベストセラーを書いて名をはせた 「エクセター事件(Exeter incident)」 は, ノーマン・マスカレロ(Norman Muscarello)という青年がルート150線上でヒッチハイクの途中,
午前2時ごろ巨大な赤味がかったUFOの接近に仰天して, エクセター警察(Exeter police station)に駆けこんだことから始まる。
ユージン・バートランド(Eugene Bertrand)警官が, マスカレロとともに現場に急行すると, 同じUFOが木立の陰から戻ってきた。
連続的な閃光灯をつけた巨大な赤いUFOは, しばし滞空ののち, 「木の葉落とし」 の飛行パターンを見せた。
同僚のデイヴィッド・ハント(David Hunt)警官も, そのUFOが飛び去るところを目撃したのである。
【参考文献】
『人類は地球外生物に狙われている』【第5章/ 過去からのこだま】, 著者:ローレンス・フォーセット / バリー・J・グリーンウッド, 訳者:南山宏, 1987年
参考外部=>Wikipedia(エクセター事件)



【サイト検索キー: exeter, new hampshire, 1965 ufo

参考外部=>En. Wikipedia (Exeter incident)

参考外部=>YouTube (Exeter History Minute -- Exeter UFO)

参考外部=>Open Minds (The Exeter, New Hampshire UFO incident 50 years later)

参考外部=>NOUFORS (UFO Incident at Exeter, New Hampshire)

参考外部=>ARC (Exeter, A Series Of Sightings)

参考外部=>CBS NEWS (New Hampshire town celebrates notable '65 UFO sighting)

参考外部=>CSI (‘Exeter Incident’ Solved! A Classic UFO Case, Forty- Five Years ‘Cold’)

参考外部=>UFO CASEBOOK (1965, The Exeter, New Hampshire Encounters)

参考外部=>UFO CASEBOOK (N.H. Teen's 1965 Sighting Became Blueprint for UFOs)

参考外部=>nh magazine. com (UFOs in New Hampshire)
●マッコイとグッドUFO遭遇事件(アメリカ)
【デイモン事件】




サイト:「The Big Study」から
1965年9月3日, テキサス州ブラゾリア郡デイモン(Damon)付近のハイウェーにおいて, 保安官代理のB・E・マッコイ(Billy E. McCoy)と保安官助手のロバート・グッド(Robert Goode)が, 巨大な飛行物体に遭遇した。

二人はアングルトン(Angleton)の保安官事務所に所属していて, 共に警察学校の卒業生である。

この日の午後11時ごろ
, パトロールカーを運転中, 明るい月明かりの中に, 全長約200フィート(約60m), 中心部の厚さが40〜50フィート(約15m)の飛行物体を目撃した。
その飛行物体は, 先端と後端が先細りなっていて, 先端にはまぶしい紫色のライトが, 後端には点滅する青色のライトが灯っていた。
グッドは, 車をデイモン(Damon)の方角に4分の3マイル(約1.2km)ほど引き返し, 道路わきにつけ, 交替で車の窓から身を乗り出して, 双眼鏡でその物体を観察した。
物体は, スピードを変えずに, 先端を下に向け, 浅い角度でこちらに向かって急降下を始めた。物体が地上から100フィートぐらい(約30m)にきた時, 二人は月光を浴びて地面にくっきりと落ちた物体の影が, ライトをつけた彼らの車にまっすぐに向かってくるのを見た。
運転席のグッドは窓から身を乗り出していたが, 接近するUFOの正面の眩しい紫色の光が放つ熱を, はっきり感じとったという。
彼が, 車のギアを入れた時には, 物体は車の後方, 50ヤード(約46m)たらずにまで迫っていた。二人はパトロールカーを, 時速110マイル(約177km)にも達する速度で走らせ, デイモンに引き返した。
デイモンに着いて
数分後, 二人は落着きを取り戻し, 奇怪な経験をした現場に戻ってみることにした。あれが何なのかを見きわめたかったという。
目撃現場に戻ってみると, すぐに二人は巨大な飛行物体のライトを認めた。ライトは, さっき物体が二人をめがけて急降下する
数秒前にしたのと同じように, 光度を変化させていた。
二人は, 再び大あわてでデイモンにとって返したという。
【参考文献】
『空飛ぶ円盤の真実』【第13章/ 1965年 - ダム決壊】, 著:フランク・エドワーズ, 訳:安龍次郎, 1988年



(★マッコイによるスケッチ−NICAP)
サイト:「Texas UFO Museum & Research Library」から
【サイト検索キー:damon, texas, 1965 ufo

参考外部=>Texas UFO Museum & Research Library(Damon 1965)

参考外部=>UFO CASEBOOK(Patrol Car Illuminated by UFO,Damon, Texas,1965)

参考外部=>NICAP(Dark Grey Disc Shadows Police Car)

参考外部=>Detroit free press(Texas UFO encounter lives on, decades later)

参考外部=>Santa Fe Ghost And History Tours(UFO CONSPIRACY: DATA & PHOTOS)

参考外部=>The Big Study(Damon, Texas comments, by request from Kandinsky)
●プレトリアUFO遭遇事件(南アフリカ)



サイト:「Mars Anomalies」から
1965年9月16日, 南アフリカのプレトリアの道路上に着陸しているUFOに, 二人の警察官が遭遇した。

この日の真夜中を数分まわった頃, 二人のベテラン警察官ジョン・ロッケム(John Lockem)とクース・デ・クラーク(Koos de Klerk)は, プレトリア(Pretoria)とブロンクホルストシュブルイト(Bronkhorstspruit)間のアスファルトを敷いたハイウェーを, いつものようにパトロールしていた。
二人の乗るパトカーが, 森林地帯に入ったあたりのカーブを曲がると, 大きな輝く物体が道路を塞いでいた。ゆっくり近づくと, 車のライトで物体の全体がはっきり見えてきた。
それは, 直径約30フィート(約9m)の銅色をした円盤だった。低く丸いドームがかすかに輝いているように見えた。
パトカーが, その円盤に近づいてから
十秒ほどして, 突然その物体は, 爆音を発し飛び上がり, 一筋の火炎を吐きながら上昇していった。火炎は, 円盤下側の短い管から噴き出ていた。噴射による熱はすさまじく, ハイウェーのアスファルトが破片となって飛び散るのが見えた。
UFOが去ったあとも,
しばらくの間, その道路の表面から炎が3フィート(約0.9m)の高さまで燃え上がっていた。
後からのハイウェー技師たちの調査によると, 現場地点のアスファルトは, 非常な大重量のためにへこみ, ひび割れていたことや, 直径6フィート(1.8m)強にわたって下まで焼けた場所では, 砂利がアスファルトと分離していたことが判明した。
【参考文献】
『空飛ぶ円盤の真実』【第5章/ 典型的なケース】, 著:フランク・エドワーズ, 訳:安龍次郎, 1988年


このハイウェイ上に着陸した円盤は, パトロールカーに乗っていた, コンスタブル・ジョン・ロックケンとクー・デ・クラークによって近距離から目撃されている。
それは, 直径約30フィート(約9m)で, 表面は銅色できらきら輝いていたと証言している。
そして, その物体は, 下の方についていた2本のチューブから, ほのおを吹き出しながら, 再び空中に舞上がった。ほのおは, 砕石道路の表面をこがして穴をあけたという。
北プレトリア地区指揮官の陸軍中佐のJ・B・ブリッツ(JB Brits)は, 道路のひどい損傷は, ガソリンや他の普通の石油によって起こるものではないことを断言している。
【参考文献】
『不思議な出来事』【●UFO; 地球は監視されている】, 著:エミール・シューマッヒャー, 訳:中隅佑子, 1973年




サイト:「UFOmystik」から
【サイト検索キー: Pretoria, South Africa, 1965, ufo

参考外部=>ufo casebook. com (Flying Disc Lands on Highway, Pretoria, South Africa)

参考外部=>Mars Anomalies (The 1965 South African UFO Wave and Highway Landing - Case Remains Unsolved)

参考外部=>en. Wikipedia (UFO sightings in South Africa)

参考外部=>Wiki Visually (UFO sightings in South Africa)

参考外部=>eNCA ('UFO' sightings in South Africa since 1965)

参考外部=>UFO mystik (Nutidens ufo beretninger 1900 - 2015)

参考外部=>ufoinfo. com(On This Day; September 16)

参考外部=>NICAP (Saucer Blasts Off From Highway)

参考外部=>Think AboutIt - REAL(1965: South African constables observe’s object on highway )

参考外部=>intcat (INTCAT 1965 JUL - DEC)
●ウィリアム・ハーツキ(農場主)謎の三角翼機目撃事件(カナダ) 1965年10月15日の朝, アルバータ(Alberta)州カルガリーに住む農場主のウィリアム・ハーツキ(William Hertzke)は, 牧草地に置いてある不思議な三角翼の飛行機を見つけた。

ミスター・ハーツキが, カルガリー(Calgary)に近いサークル・ジェイ・ランチ(Circle Jay Ranch)の牧草地を馬に乗って走っていると, 小さな飛行機のようなものが地上に置いてあるのを発見した。
近づいてみると, その物体の周りに, 人影はなかった。
物体の長さは約16フィート(約4.87m), 翼長が約12フィート(約3.66m), 胴体の厚みが4〜5フィート(約1.2〜1.5m)だった。色はシルヴァー・グレーで, 後退角(三角)翼がついていた。
その外面は, 「ワッフルのように」 不規則で, 透明なプラスティック様のドームが操縦室をおおっていた。それを通して, 複雑な装置が見えた。
14インチ(35cm)の 「TVスクリーン」, 二つのちいさな透明ガラスの様なものでできたバケット・シートなど。
機体には, 目に見えるモーター, プロペラ, ジェットなどのような推進装置はなく, また, どんな種類の標識や認識マークも付いていなかった。
どうやら, それはかなり小さいパイロット用につくられたもので, ジェットやプロペラを必要としない何らかの未知の原理で飛ぶもののようだった。
ハーツキは仕事のスケジュールの関係で, もう一度そこに戻って調べることが許されなかったため, その後のことは不明となった。

【参考文献】
『UFO超地球人説』【第7章/ 未確認飛行機】, 著:ジョン・A・キール, 訳:巻正平, 1976年

参考外部=>intcat (INTCAT 1965 JUL - DEC)

参考外部=>UFOdna(15 Oct 1965 - Cochrane, Alberta, Canada)

●ケックスバーグUFO墜落事件(アメリカ)


サイト:「reddit」から
1965年12月9日, 巨大隕石のような物体が, カナダとアメリカにまたがる北東の空を横切るのを, 6つの州の住人が目撃した。

ペンシルバニア州ケックスバーグ(Kecksburg)の町の多くの人もこれを目撃し, この火の玉は町から近い渓谷に落ちたことを複数の人が証言した。
いち早く墜落現場に到着した住民や消防士などが目撃したのは, さまざまな色の光線やアーチ型の光線を放っているドングリ型の物体であった。
釣鐘型の機体の底部のふちに, 象形文字のようなものが書かれていたと証言する者もいた。
まもなく, 軍が到着し一帯は封鎖され, 誰も現場に入れなくなった。
町の人々の証言によると, 軍用車隊が防水シートで覆った物体を荷台に乗せた平床トラックを先導し, 町を通り抜けていったという。

【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』【第4章/ 宇宙のリーダー; ペンシルヴァニア州ケックスバーグUFO事件】, 著:ラリー・ホリコム, 訳:安納令奈, 2015年


1965年12月9日の夜, 明るく輝く黄色, もしくはオレンジがかった赤色の物体が, イリノイ州, ミシガン州南部, 北部インディアナ州, オハイオ州を横切って稲妻のように東に飛び, やがてオハイオとペンシルヴァニアの州境付近の上空, 高々度で爆発した。
何千という人々がその直後, 閃光−あるいは物体 - またはその両方を見たと報告した。大衆に提供された公式発表は, 問題の物体は爆発した流星だというものだった。
この公式発表に疑惑の目を向けた一人に, 著名な科学者で著述家のアイヴァン・サンダーソン(Ivan Sanderson)がいる。
彼の出した結論は, 北米新聞連盟に宛てた論文という形でまとめられ, つづいて超常現象専門の<フェート>誌の
1966年3月号に転載された。
それによると, これまで記録された最も遅い流星の速度は, 時速27,000マイル(約43,000km)である -
1965年12月9日に出現した物体の算出速度は, 時速わずか1,050マイル(約1,700km)だというものである。
この物体が爆発した直後に, ペンシルヴァニア州ケックスバーグ(Kecksburg)付近の農場に住む婦人が, 大きな物体が近くの林に落ちて燃えていると州警察に通報した。
新聞記者と州警察官たちが, その場所に集まると, 軍の大部隊がすでに現場に到着していた。
【参考文献】
『空飛ぶ円盤の真実』【第5章/ 典型的なケース】, 著:フランク・エドワーズ, 訳:安龍次郎, 1988年
参考外部=> マニア道(ケクスバーグのUFO墜落事件!!二転三転する当局の説明!!)

参考外部=>UFO事件簿(ケックスバーグ事件)

参考外部=>TOCANA(未解決50年】謎すぎるUFO墜落「ケックスバーグ事件」の真相とは!? )

参考外部=>地球なんでも鑑定団(原爆を落とすことが目的で開発されたナチスドイツ製ベル型UFOディグロッケ※ケックスバーグUFO事件)

参考外部=En.Wikipedia (Ivan T. Sanderson)



【サイト検索キー: Kecksburg UFO

参考外部=>Wikipedia (英語版:Kecksburg UFO incident)

参考外部=>SPACE. com (Is Case Finally Closed on 1965 Pennsylvania 'UFO Mystery'?)

参考外部=>YouTube (The Nazi Bell Vs. The Kecksburg UFO incident (1965) HD)
1966年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
1966年UFO情報 参考外部=>Think AboutIt - REAL (Category: 1966 Sightings)

参考外部=>UFOdna (UFO Sightings in 1966)

参考外部=>NICAP (The 1966 UFO Chronology)

参考外部=>intcat (INTCAT 1966 JAN - JUNE)

参考外部=>intcat (INTCAT 1966 JULY - DEC)
●ワナキュ貯水池上空UFO目撃事件(アメリカ)

(★ワナキュ貯水池上空のUFO)
『完全版・世界のUFO現象』から
1966年1月11日の夜, ニュージャージー州のレイモンド・ダム(Raymond Dam)のワナキュ貯水池(Wanaque Reservoir)上空に浮かぶUFOを, たくさんの住民が目撃した事件。
UFOは,
1月11日と12日に二晩つづけて, ニューヨーク市から50マイル(約80km)と離れていない, 凍りついた広い貯水池に姿を現した。

1月11日夜, ニュージャージー州ラマポー(Ramapo)郊外で, 純白で明るく光る物体が, 数時間, 音もたてずに浮かんでいるのを, 周囲20マイル(約32km)以内にいた何百という住民が目撃した。
その明るく光る物体は, 最初オークランド(Oakland)に, それからワナキュ貯水池(Wanaque Reservoir)上空に出現した。
そこで最も
長時間, 姿を見せつづけたのち, レークランド地区高校(Lakeland Regional High School)の上に出現し, 最後にはハスケルのフーダイル土砂採取場(Houdaille sandpit in Haskell)の上空に現われた。
そこから, UFOは南東方向, ウェインのパインズ湖(Pines Lakes in Wayne)の方へ向かったらしく, 姿を消した。

その夜, ワナキュ(Wanaque)市長のハリー・ウルフ(Harry T. Wolfe)は, ワナキュ貯水池(Wanaque Reservoir)の水を蓄えるレイモンド・ダム(Raymond Dam)の上をUFOが旋回していると, 警察から連絡を受けた。
市長は14歳になる息子のビリー(Billy)と一緒に, ただちに貯水池に車を走らせた。二人のワナキュ市会議員, アーサー・バートン(Arthur Barton)とウォーレン・ハグストロム(Warren Hagstrom)も同行した。
ダムの上空にUFOが旋回しているとの情報から, 沢山の住民がダムに集まってきていた。
議員一行が車から降りると, 貯水池の上, かなりの低空を輝く物体がゆっくり飛んでいた。物体の直径は, 3〜9フィート(約0.9〜2.7m)の間と推定された。
物体は, 絶えず光りながら, 白から赤, 緑, そしてまた白という具合に色を変化させていた。また, 物体からは貯水池に吸い込まれるように, 光線が何度も下へほとばしるのが目撃された。
物体は,
2時間ほど貯水池上空にとどまっていたが, やがて上昇して見えなくなった。

物体は,
翌日の午前2時ごろにも, この貯水池上空で目撃された。
【参考文献】
『空飛ぶ円盤の真実』【第8章/ 1965年 - ダム決壊】, 著:フランク・エドワーズ, 訳:安龍次郎, 1988年
参考外部⇒excite.ニュース (七色の光を発するUFO!? 宇宙の光線は氷を溶かす!)

参考外部⇒リアルライブ (七色の光を発するUFO!? 宇宙の光線は氷を溶かす!)

参考外部=>NICAP (The 1966 UFO Chronology)



【サイト検索キー: Wanaque, New Jersey, 1966 UFO

参考外部=>ACADEMIA (THE WANAQUE RESERVOIR 1966 UFO PICTURES)

参考外部=>WEIRD N.J. (UFOs Over The Wanaque Reservoir: The Roswell of the Ramapos)

参考外部=>YouTube (Wanaque, New Jersey, January 11-12, 1966. Gordon Lore (NICAP) interviews witnesses at the Wanaque, N)

参考外部=>Think AboutIt - REAL(1966: Wanaque Reservoir Incident )

参考外部=>NORTH PASSAIC (50 Years Later, Wanaque Reservoir UFO Photo grapher Identified)
●キパパ宇宙人遭遇事件(ブラジル)



(上)大男のかぶっていたヘッドギアのようなもの
(下)目撃したUFO
(IIIust/FSR vol.17, no.2)
『宇宙人の死体写真集2』から
1966年2月25日の夜, ブラジル北東部のペルナンブコ(Pernambuco)州ガランハンスの近くにあるキパパ(Quipapa)で, 3人の女性が小柄な宇宙人3人とロボットに遭遇した。

この日の午後10時10分, マリア・マルルース・ダ・シルバ(Maria Marluce da Silva -20歳)と妹のマリア・マルルーシィ・ダ・シルバ(Maria Marlucy da Silva -17歳)とオフェリア・ベルソア(Ofelia Verosa -21歳)の3人の女性が, 友達を訪ねるために家を出た。
砂糖工場の狭軌鉄道に沿って延びる, 明るく照明された道路を歩いていった。
その道路より鉄道線路は1メートルばかり下にあった。突然, 100メートルほど前方の道路の真ん中に, いくつかの光が出現した。
彼女たちは, 故障したジープでも修理しているのだろうと考えた。 しかし, 彼女たちが50メートルほどまで近づくと, それは, 車ではなく大きな皿かカップを逆さまにしたような不思議な物体で, その物体なは二つの大きなヘッドライトが付いていた。
物体のそばには8〜9歳の子供ぐらいの背丈の人物が3人立っていた。 3人はそれぞれ大きなヘッドギアをかぶっているようで, 身振りなどからお互いが話し合っているように見えたが, 声は聞こえてこなかった。
そして, そのそばには身長が2メートル以上もある大男が身じろぎもせずに立っていたという。その大男の上半身は光っていて, 頭には輝くヘッドギアのようなものをかぶっていた。それは, 緑から青, 赤というように色の変化を繰り返して輝きを増したり減らしたりしていた。
マリアたち3人は, マリアの家に駆け戻り, 母親を連れ出して農場の門までたどりついたとき, UFOがマリアたちに向かって飛んで来るのが見えた。
全員がパニック状態になって家のなかに駆け込んだが, 姉のマリアだけは家の外にとどまってUFOを見ていたという。
UFOは家の上空を何回か旋回し, やがて高度を上げて消えていった。
姉のマリアの証言によると, 3人の小さな生物は, 上下つながりのスーツを着ていて, 色はグレイのようだった。 胸のところには, 両脇まで続くものすごく明るいバンドがあったという。そのバンドの色は, 絶えずいろんな色に変化していたという。
UFOの直径は3〜4メートルで, 高さは1.5メートルほどだった。 UFOの底部は地面から30センチほど浮いていて, UFOのライトの明るさはジープのヘッドライットと同じくらいだった。
また, 大男のヘッドギアの輝きで, 周囲は明るく照らし出されていたという。
UFOの高さが1.5メートルぐらいしかなかったことから, 2メートル以上の大男は, 折り畳み可能なロボットでなかったかと, 調査にあたったUFO研究家のルーベンス・ド・コウトゥー・ソアレス(Rubens do Couto Soares)は推測している。
なお, UFOの着陸現場の草が押し潰されているのが, 近所の人により見つかっている。

【参考文献】
『宇宙人の死体写真集2』【ブラジルで目撃された小人宇宙人と折り畳みロボット】, 著者:中村省三, 1991年

【関連サイト検索キー: In Quipapa Brazil , 1966, UFO

参考外部=>intcat (INTCAT 1966 JAN-JUNE)

参考外部=>ignacio darnaude. com (Untitled)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1966: February UFO & Alien Sightings )

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; February 25)

参考外部=>UFOdna (25 Feb 1966 - Quipapa, Pernambuco, Brazil)

参考外部=>cufos. org (Physical - Traces)
●ミシガン州UFOフラップ事件(アメリカ)


(★1966年3月28日ミシガン州ロイヤルオークに出現した光体)
『UFOと宇宙(コズモ)(No.5)』から
1966年3月中旬, ミシガン州南部とオハイオ州にまたがるトリーデからデトロイトまでの地域で, 数百人の人々が複数のUFOを目撃した事件。

3月14日明け方, 奇妙に光る物体が, 鋭角に方向を変えたり急降下, ホバリングなどを繰り返した。ワシュテノー郡, リヴィングストン郡, モンロー郡にいた数多くの警官が目撃。
3月17日の午前4時25分, ミシガン州のミランで, 2人の警官が赤, 白, 緑に光りながら猛スピードで飛行する3〜4機の尖った物体を目撃。
3月20日午前9時半ごろ, ミシガン州のデクスターで, パトロール警官が赤や緑に輝き車の上でホバリングしている1機の飛行物体を目撃。 その飛行物体は, 新たに飛んできたものと一緒に急上昇し消えていった。
この日の夜
, 地元住民のフランク・マンナーは, 自宅で光の群れを目撃し, 家族とそれを追いかけた。 飛行物体の1機は近くの沼地(ミシガン州アンアーバー)に着水したように見え, 警官を呼んだ。 マンナーと警官たちほか50人以上が, 沼の上空に赤く脈打つ光る飛行物体を目撃した。
3月21日の夜, デクスターの西約80kmにあるヒルズデールで, ヒルズデール大学の学部長, 自警団団長, 87名の女子学生が大学近くの湿地帯上空を, チョウのように乱舞する光体を数時間にわたって目撃した。
【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』, 2015年
『UFOと宇宙(コズモ)(No.5)』「ミシガン州光体目撃事件」, 文:アレン・ユートク】, 1974年


これらの事件は, 新聞で全州にわたって大々的に報道された。 多くの人が目撃しているため, 空軍の説明に対する圧力が高まってきた。
このため, 当時ブルーブックの責任者ヘクター・クインタニラ少佐は, 空軍のアドバイザーとして, アレン・ハイネック博士に目撃情報を調査し, 人々が大騒ぎする前に, UFOの存在を否定する嘘のプレス声明を考え出すよう命じた。
博士の述べた見解は, 「沼からのメタンガスが原因かもしれない」 というものであった。
一般市民も科学者もこのコメントを嘲笑った。博士はこの時のマイナスイメージに, 一生悩まされたという。
このため, 博士自身は空軍にうんざりし始めていた。空軍に利用されたと感じており, このとき以来, ハイネック博士と空軍, そしてクインタニラ少佐との関係は急速に悪化した。

【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』, 2015年
参考外部サイト⇒きよりんのUFO報告(UFO論議仕掛け人としてのUFO-1)



 
(★寮の窓から光体を見るヒルズデール大学の学生たち)
『UFOと宇宙(コズモ)(No.5)』から
●ボワルカン(羊飼い)車輪型UFO目撃事件(フランス)
1966年3月26日, 羊飼いのジャン・ボワルカン(Jean Voilquin- 54歳)が, フランスのアティニュベル(Attigneville)で車輪のような物体が野原を転がっていくのを目撃した。

ボワルカンが,
この日(土曜日)の午後1時半ごろ, 農場から2キロほど離れたところで, 羊をみていたところ, 突然, 垂直に立った車輪のような物体が近づいてきた。羊たちは, 恐れて身を寄せあった。
車輪もしくはタイヤのような物体は, 大きさ(直径)が80センチぐらいで, 厚さ(幅)が15〜20センチぐらい。まん中あたり(タイヤのホイールにあたる部分)が, ちょっとふくらんでいた。ミルク色をしていたが, 周りは赤い色をしていて, 歯車がついていた。歯車の数は10〜12ぐらいあった。
それが, 時速25〜30キロぐらいの速さで, 縦になって回りながら近づいてきた。歯車は, 地面に触れるたびに軽い音をたてていたという。
2匹の犬が, その物体を追っていったが, 物体は同じ速度で走り, ちょっとした凹みをわたるときでも速度を変えなかった。物体は, 地面をこするような, かすめるような走り方をしていたという。
物体は, ボワルカンのいるところから15メートルほどのところまで近づいたが, 200メートルほど離れたところで, 消えてしまった
後で, ボワルカンが雇い主といっしょに調べ直したところでは, 彼は物体を少なくとも700メートル以上ものあいだ目撃していたことや, 物体は少しもゆらいだりすることがなかったことがわかった。湿った泥土だったにもかかわらず, 物体は何の跡も残していなかったという。

(★この事件を取り上げているカナダのUFO研究誌『カナディアンUFOレポート(Canadian UFO Report)』)
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.48)』【世界UFO研究誌論文集;『カナディアンUFOレポート』- 宇宙からの訪問者たち 四つの衝撃的報告, 訳:蒔田圭介】, 1979年

参考外部=>intcat (INTCAT 1966 JAN - JUNE)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; March 26)

参考外部=>UFOdna (26 Mar 1966 - Attigneville, Lorraine, France)

●ウェストール事件(オーストラリア)

1966年4月6日, オーストラリアのメルボルン郊外の街, ウェストールの学校の近くにUFOが着陸した事件。学校の生徒, 先生ら200人以上がUFOを目撃した。

学校の近くにある小高い雑木林に3機の金属製の円盤型飛行物体は, 静かに着陸した。
生徒の一人は, 6mの至近距離で目撃したという。その飛行物体は乗用車よりも大きく, 地面から少し浮いた状態で, 底の部分のライトが地面を照らし続けていたという。
この3機のUFOは, その後すぐに再びゆっくりと浮上し, ある高度に達すると, 来た時と同じように, 素早くどこか彼方へ飛び去ったという。
【参考サイト】
トカナ(50年前に起きた重大UFO事件に新展開か? 「ウェストール事件」の目撃者が“黒いスーツの男たち”について語りはじめた=オーストラリア)
参考外部=> YouTube (2240 Chicago UFO Incident シカゴ・オーヘア空港UFO目撃事件+ウェストールUFO着陸事件)

参考外部⇒トカナ (50年前に起きた重大UFO事件に新展開か? 「ウェストール事件」 の目撃者が “黒いスーツの男たち” について語りはじめた=オーストラリア)

参考外部⇒YouTube (A Suburban UFO Mystery: Westall '66)
●スポーとネフ(保安官代理)UFO追跡事件(アメリカ)


サイト:「clevescene. com」から
1966年4月17日, オハイオ州ラヴェナ(Ravenna)近くのハイウェイで, デール・スポーとウイルバー・ネフの二人の保安官代理がUFOに遭遇し, 彼らはそのUFOをペンシルヴァニア州コンウェイまで追いかけた。

オハイオ州ポーテージ郡(Portage County)の保安官代理のデール・スポー(Dale Spaur)とウイルパー・ネフ(Wilbur Neff)が,
この日の明け方に乗りすてられた車を調べていると, 光り輝く物体が森から現われて, 二人の上で静止し, 周囲を照らしだした。物体からは唸るような音が聞こえた。
二人はパトカーに走り, 無線で署に連絡すると, 撮影車を向かわせるので到着するまで現場に残るよう指示された。
UFOは道路の上100〜150メートル上空を, 先すぼみ(下すぼみ)になった光線を地面に放射しながら, 二人から離れはじめた。光線は, UFOのわずかな振動に合わせて前後に揺れた。
二人は時速160キロものスピードを出して, その物体を追いかけた。物体はときどき停止し, まるで二人を待っているかのような動作を見せた。
ペンシルヴァニアとの州境に近いオハイオ州イースト・パレスティーン(East Palestine)で, 警官のウェイン・ヒューストン(Wayne Huston)は, パトカーから聞こえるスポーらの狂ったような無線の呼び出しを聞いた。いったい何が起きているのかを見ようと, 彼らと交差しそうなハイウェイ地点で待ち構えた。
すると, まもなく輝く物体が, ハイウェイに沿って近づいてくるのが見えた。それをパトカーが追跡している。彼は, 自分のパトカーの向きを変え追跡に参加し, スポーとネフのパトカーの道案内を買って出た。
激しい追跡に燃料も少なくなり, タイヤもすり減ったスポーとネフのパトカーは, ペンシルヴァニアのコンウェイ(Conway)にある石油スタンドに入った。そこに, 警官のフランク・パンザネーラ(Frank Panzenella)がパトカーで待っていた。
スポーに手短かな報告を受けたパンザネーラは, 指令室に無線で連絡した。その結果, ペンシルヴァニア警察は空軍に報告し, 空軍は調査のために戦闘機を迎撃させた。
UFOは, そのとき東に移動し, かなり離れたところを飛んでいた。3か所の警察署からきたスポー, ネフ, ヒューストン, バンザネーラの4人は, 空軍の戦闘機が接近するのを見守っていた。
しかし, 4人が戦闘機のことを話しはじめたとき, UFOはその話を聞いたかのように, ヒューッという音をたて, 直ちにまっすぐに上昇していったという。
【参考文献】
『UFOに関する極秘ファイルを入手した。』【第1部/ 遭遇「遭遇例補遺」】, 著:リチャード・ホール, 訳:青木日出夫, 1989年



(★デール・スポーによるスケッチ)
サイト:「ufocasebook.com」から

【関連サイト検索キー: Portage County, Ohio, 1966, UFO

参考外部=>YouTube (The Parajournal: UFO chase from Portage, Ohio, to Conway, Pa. )

参考外部=>NICAP (Portage County Ohio UFO Chase)

参考外部=>NICAP (Portage County UFO Chase)

参考外部=>Think AboutIt - REAL(1966: Portage County, Ohio UFO Chase )

参考外部=>ufo casebook. com (The Portage County, Ohio, UFO Chase)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day;  April 17)

参考外部=>intcat (INTCAT 1966 JAN - JUNE)

参考外部=>clevescene. com (50 Years Ago, a Small Town Ohio Policeman Chased a Flying Saucer Into Pennsylvania... And It Ruined His Life )




●火の玉UFO目撃事件(フランス)

『コズモ(UFOと宇宙)(創刊号)』から 
1966年6月15日, フランス・アベロン県のピレネー地帯の農家付近に現われた火の玉群と砲弾型UFOを, 住民が目撃した。

午後9時半ごろ, ここ(ピレネー中央部の山と畑の田舎地帯)に住む, ある農家のおばあさんと主人が, 家の近くに火の玉を目撃する。
その火の玉は, 家の周りの地上をうろつき, やがて(全部で6個あった), それらは一列になったり, 円陣をくんだりして遠のいていった。
火の玉は, その方角にあった, 砲弾型で木のように見える光る物体にのみ込まれていったという。

【参考文献】
『コズモ(UFOと宇宙)(No.1)』【「フランスの怪奇・火の玉UFO事件」, 文:F・ラガルト】, 1973年
参考外部⇒GAsite(フランスの怪奇 火の玉UFO事件 第1話 F・ラガルド)




『コズモ(UFOと宇宙)(創刊号)』から
●ニャ・チャング基地上空UFO出現事件(南ベトナム) 1966年6月19日, 南ベトナムにあるニャ・チャング基地上空にUFOが静止し, 強い光を発し, あたり一面を照らした。

ベトナム戦争中のことである。当時, ニャ・チャング(Nha Trang)基地は海岸沿いに位置する南ベトナムの重要な防衛基地で, 2,000人のアメリカ人GIを含む, 40,000人以上がいる軍隊の本拠地であった。
基地は谷にあり, 東には倉庫と滑走路, 西には燃料貯蔵エリアと丘, そしてシナ海沿いの南にはドックと貯蔵施設があった。
この日の夜9時45分ごろ, 突然, 北の空が明るくなり, 何かが燃え上がったように見えた。 しかし, それは光る物体で上空約25,000フィート(約7,600m)の位置にあった。それは, 急激にスピードで降下し, 300〜500フィート(約120m)の高さで静止した。 そして基地のある谷と周りの山々を真昼のように照らし出した。
すると発電機が故障し, 基地のすべてが停電した。滑走路上にあった2機のスカイレーダープロペラ機, 4台のブルドーザー, トラック, 湾の南西約1.6マイル(約2,600m)に停泊していたオイルタンカーなどのエンジン(一部のディーゼルエンジンも含む)が, すべて
4分間停止した。
その後, 光体は真っすぐ上昇し,
約2〜3秒で完全に見えなくなったという。
【参考文献・サイト】
『UFOに関する極秘ファイルを入手した。』【第11章/ 地球の明日が危ない?! 】, 著:リチャード・ホール, 訳:青木日出夫, 1989年
●サイト:「NICAP(Major E-M Case Over Missile Site)」
●サイト:「Think AboutIt - REAL(1966: UFO incident in Nha Trang, South Vietnam)」



サイト:「NICAP(Viet Nam UFO Incident Uncovered)」から
参考外部=>世界史の窓(ベトナム戦争)

参考外部=>en. wikipedia(Nha Trang Air Base)


【関連サイト検索キー: Nha Trang UFO incident, 1966

参考外部=>ufo casebook. com(June, 1966-UFO incident, Nha Trang, South Vietnam)

参考外部=>ufo insight. com(The Vietnam War - UFOs, Reptilians, And Opium Stuffed Bodies!)

参考外部=>college francais nha trang. net(Objet Volant Non Identifie dans le ciel de Nha Trang en 1966)

参考外部=>above top secret. com(June, 1966-UFO Incident Nha Trang, South Vietnam)

参考外部=>NICAP(Major E-M Case Over Missile Site)

参考外部=>NICAP(Viet Nam UFO Incident Uncovered)

参考外部=>NICAP(The Nha Trang Incident)

参考外部=>Think AboutIt - REAL(1966: UFO incident in Nha Trang, South Vietnam)

参考外部=>ufoinfo.com(On This Day; June 19)
●エリー湖上空UFO目撃事件(アメリカ) 1966年8月3日, ペンシルヴァニア州エリーの2人の警官が, エリー湖上空に2時間にわたって謎の光体を目撃した。

午前4時45分, ウィリアム・ラトレッジ(William Rutledge)とドナルド・ベック(Donald Peck)の2人の警官が, エリー湖上空に明るい光を見つけた。
それは, 東に向かって進み, 赤色に変わり消滅した。しかし, その後, すぐに再び現れると, 今度は青味がかった白い光だった。
彼らはそれを
午前6時55分まで見ていた。そして, 太陽がのぼり, 空が朝やけに染まったとき, その物体はただの光ではなく, 金属製と思われる, 銀色の物体となった。
そして最後には, 北のカナダの方に向かって進み消えていった。
【参考文献】
『UFO超地球人説』【第1章/ 秘密の戦争】, 著:ジョン・A・キール, 訳:巻正平, 1976年

参考外部=>Old Time Erie(UFO Sightings at Presque Isle State Park, July 31, 1966)

参考外部=>You Tube (UFO Sighting at Presque Isle State Park (July 31, 1966) )
●マイノット空軍基地ミサイルサイトUFO目撃事件(アメリカ) 1966年8月24日, ノースダコタ州マイノット空軍基地(Minot Air Force Base)近郊のミニットマン・ミサイルサイトの保安警備員たちがUFOを目撃した。

アメリカの一般社会が, 初めて核ミサイルサイトにおけるUFO目撃を知ったのは,
1966年12月の 『サタデーイブニングポスト』 紙に掲載された, J・アレン・ハイネック博士による関連記事であった。
ハイネック博士が取り上げたのが, この事件である。

1966年8月24日に, ノースダコタ州マイノット空軍基地近郊にあるミニットマン・ミサイルサイトの保安警備員たちが, UFOを目撃した。
その時, 地下発射管制施設にいる, ミサイル将校の無線機通信に静電気障害が発生していた。それと同時に, 地上の警備から上空に活動する1個のUFOが報告された。
UFOは一瞬着陸したように見え, そのためミサイルサイト管制は調査のため, ”突撃チーム” を現場に向かわせた。
UFOの着陸地点から約10マイルの地点で, 同チームの無線機がまた静電気障害を起こした。その直後, UFOは地上から空中に浮揚して,
1秒以内に空高く上昇していった。
ハイネック博士の報告では, マイノット基地のレーダーも物体を捕捉したと述べている。

この記事は読者を驚かせはしたが, 追跡記事もなく, 国民の関心は薄れていった。
再びICBMとUFOの関わりが浮上したのは, その
7年後の1973年に, UFO研究家レイモンド・E・ファウラーが, 『クリスチャンサイエンスモニター(12月5日)』 紙に発表した記事からである。

彼は
1966年8月, ノースダコタ州のミニットマンサイト地下発射管制施設の一つに勤務していた, 米空軍将校と面談していた。
それによると, その時, レーダー操作員たちは基地上空100,000フィートで活動する1個のUFOを捕捉した。担当士官の説明によると, LCF(発射管制施設)の高性能な無線装置の発射指示を調整するセンサーからの伝達が, UFOの上空浮遊によって妨害されたのだという。
その士官は, 「物体出現の前後では無線装置が完全に作動していたことを強調し, あの遥かな高度(100,000フィート)から装置を誤動作させることなど, 地球上では考えられない」 と語った。

【参考文献】
『UFOと核兵器』【第6章/ 核ミサイルへの接近とは何か? 】, 著者:ロバート・ヘイスティングス, 監訳:天宮清, 2011年



サイト:「UFO INSIGHT」から
参考外部=>Wikipedia(ミニットマン (ミサイル))

参考外部=>En. Wikipedia (LGM-30 Minuteman)

参考外部=>Wikipedia (第91ミサイル航空団 (アメリカ軍))

参考外部=>Wikipedia (地球規模攻撃軍団)

参考外部=>En. Wikipedia (Minot Air Force Base)



【サイト検索キー: Minot Air Force Base, aug 1966, ufo

参考外部=>YouTube (Minot Air Force Base Incident 1966 August 24)

参考外部=>UFO Insight (The Minot Air Force Base UFO Incidents - A Case Study)

参考外部=>UFOs & Nukes(UFO Hovered Near Missile Launch Control Center at Minot AFB)

参考外部=>UFO reddit (Minot Air Force Base Incident 1966 August 24)

参考外部=>NICAP (Minuteman Site Jammed By UFO)
●クレーンビーチUFO目撃事件(アメリカ)


サイト:「ufoinfo.com」から
1966年9月17日, マサチューセッツ州イプスウィッチ湾(ipswich bay)近くのクレーンビーチ沖合上空に葉巻型UFOが出現し, 頭部から数個の円盤が現われた。

この日の朝, クレーンビーチ(Cranes Beach)沖合の上空に葉巻型物体が現われ静止した。
その頂部から, 数個の円盤が現われるのが目撃された。
【参考文献】
『UFOと核兵器』【第6章/ 核ミサイルへの接近とは何か? 】, 著者:ロバート・ヘイスティングス,監訳:天宮清, 2011年

この日の午前4時45分
, ロナルド・マクギルバル(Ronald MacGilvary)夫妻がマサチューセッツ州のクレーンビーチ(Cranes Beach)で休んでいる時に, ゴールデンホワイト色に明るく輝く葉巻型物体が, 沖合上空に静止しているのを目撃した。
2つまたは3つの明るい光が, その物体から出入りしており, それらは上下にスキップするように動き回った。
これらは
約1時間観察された。
【参考サイト】
「ufoinfo.com(On This Day; September 17)」
【サイト検索キー: ipswich bay, Cranes Beach, September 1966, ufo

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; September 17)

参考外部=>intcat (INTCAT 1966 JUL - DEC)

参考外部=>NICAP (The 1966 UFO Chronology)

参考外部=>UFOdna (17 Sep 1966 - Ipswich, Crane'S Beach, Massachusetts, USA)

参考外部=>UFOdna (17 Sep 1966 - Cranes Beach, Massachusetts, USA)
●ワナキュ貯水池・謎のヘリコプター出現事件(アメリカ) 1966年10月11日, ニュージャージー州のワナキュ貯水池(Wanaque Reservoir)で, UFOが目撃されたが, その物体が消えた数分後に, 謎のヘリコプターの編隊が現われた。

この夜, 輝く空飛ぶ光がワナキュ貯水池(Wanaque Reservoir)の上空に目撃された。
この光は, あまりにまぶしく
数分間は自分の車を見つけることさえできなかったことを, 目撃者の一人であるワナクの巡査部長ベン・トンプソン(Ben Thompson)が語っている。
すると, その光る物体が消えて
15分もたたないうちに, 今度は7機のヘリコプターが編隊を組んで出現し, その地域の上空を旋回した。 そして, それらのヘリコプターは, 10ないし12のジェット機をともなっていた。
目撃された貯水池の周りには, UFOを見ようという熱心な連中の車が列をなして駐車していた。
巡査部長ロバート・ゴードン(Robert Gordon)は, 「生まれてからこれまで, この地方で同時に7機のヘリコプターを見たことはない」 と当惑して語った。
科学評論家ロイド・マランが, この事件を調査し, その地方のすべての空軍基地, 空港, それにペンタゴンまで調べたが, どこもこれらのジェット機やヘリコプターのことは, 何も知らないということだった。
最も近い二つの基地, ニュージャージー州のマクガイア空軍基地(McGuire AFB)とニューヨーク州のスチュアート空軍基地(Stewart AFB)には, 7機も即座に, そして同時に利用できるヘリコプターはないのであるし, 速度の遅いヘリコプターがそれら二つの地点から
15分以内でやってくることも不可能であった。
【参考文献】
『UFO超地球人説』【第7章/ 未確認飛行機; 謎のヘリコプター】, 著:ジョン・A・キール, 訳:巻正平, 1976年
【関連サイト検索キー: Wanaque Reservoir, New Jersey, October 1966, ufo

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; October 11)

参考外部=>weirdnj. com (UFOs Over The Wanaque Reservoir: The Roswell of the Ramapos)

参考外部=>intcat (INTCAT 1966 JUL - DEC)

参考外部=>NICAP (The Wanaque Sightings)
●ジェリー・シモンズ(森林官)UFO遭遇事件(アメリカ) 1966年10月15日, 森林官のジェリー・シモンズがキャンプから帰る途中に, ニュージャージー州スプリット・ロック・ポンド近くで, 彼の乗る車がUFOに追い回された。

森林官のジェリー・H・シモンズ(Jerry H. Simons- 22歳)は, ニュージャージー州ニューファンドランド(Newfoundland)の南数マイルにあるスプリット・ロック・ポンド(Split Rock Pond)でキャンプを張っていた。
早朝にキャンプを出て, ニューファンドランドの自宅に向かった。
4時30分ごろ, バックミラーにオレンジ色がかった赤色の光があることに気づいた。サイモンは, 車を止め, 開けた窓から後ろを見た。
そこには, 巨大に輝く光る物体が浮いていた。サイモンは, 幹線道路に出ることを決め, スピードを上げて車を走らせた。物体は, 彼の車の真後ろの上空を, 道路に沿って追いかけてきた。物体はドームのある円盤で, 幅は25〜30フィート(約8m), 高さは5〜6フィート(約1.6m)ぐらいと推定された。
すると突然, ヘッドライト, ダッシュライト, エンジンが停止した。物体は車の真上にあった。物体が後退すると, 車は正常に戻ったが, 物体が近づくと車は異常をきたした。
そして, これを3回繰り返した後に, 物体は去っていった。
約10分間の出来事であったという。
彼はその後, しばらくの間, 慢性疾患, 疲労, 食欲不振, 体重減少, 脱力感, 悪寒などの症状に悩まされた。
【参考文献・サイト】
『UFOに関する極秘ファイルを入手した。』【第1章/ 彼らは地球人に何をしたか】, 著:リチャード・ホール, 訳:青木日出夫, 1989年
・サイト:「Think AboutIt - REAL(1966: UFO with dome ‘buzzes’ automobile )」
・サイト:「NICAP(The 1966 UFO Chronology)」
・サイト:「intcat(INTCAT 1966 JUL / DEC)」
・サイト:「ufoinfo.com(On This Day; October 15)」


サイト:「northjersey.com」から

【関連サイト検索キー: Split Rock Pond, 1966, UFO

参考外部=>ufo evidence(Cases by Decade: 1960s)

参考外部=>north jersey. com (Did a UFO fly over West Milford in 1966?)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1966: UFO with dome ‘buzzes’ automobile )

参考外部=>NICAP (The 1966 UFO Chronology)

参考外部=>intcat (INTCAT 1966 JUL / DEC)」

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; October 15)

参考外部=>UFOdna (15 Oct 1966 - Split Rock Pond, New Jersey, USA)
●パーカーズバーグUFO乗員遭遇事件(アメリカ) 1966年11月2日の午後7時ごろ, ウィストバージニア州パーカーズバーグに住むウッドロウ・デレンバーガーがハイウェー上でUFOを目撃し, 降りてきた搭乗員と言葉(テレパシー)を交わした事件。

雨が降り肌寒い日であった。営業を終えて小型バンで自宅に向かっていたウッドロウ・デレンバーガー(Woodrow Derenberger)氏が州街道77号線を通って, パーカーズバーグ(Parkersburg)のすぐ外れにある, 長い丘を登っているときであった。
車の後ろですさまじい音がとどろいた。車が1台追い越して行った。 もう1台がその後ろからやってくるような気がしたウディ氏は, 少しばかり飛ばしていたので, パトカーかと思い少しスピードをゆるめた。
後続の車は暗がりのなか, すぐにそばに近づいてきて, ウディ氏の車の前に入り込みスピードを落とした。
驚いたことに, それは自動車などではなく, "燈油ランプの火屋(ほや)" みたいな形(首の部分まで細くなって, また太くなって真ん中の部分が大きくふくらんでいた)をした, 色は灰色で両端から炎がでている異様な物体であった。
その物体が進路をさえぎったので, ウディ氏はブレーキを踏み車は, 2,3メートル手前で停止した。
すると, 物体の扉がすっとスライドして開き, 人間が1人歩いて出てきた。その人間は身長が1メートル75センチほどで, 長くて黒い髪をうしろになでつけて黒いオーバーを着ていた。
肌の色はかなり黒く, ニヤリと笑い腕組みをしたまま, ウディ氏の車に近づいてきた。声は聞こえなかったが, その人間の考えていることがウデイ氏には分かったという。
ウディ氏の名前を聞いたので教えると, 自分の名前を 「コールド(Mr. Cold)」 と名乗り, 遠くに見えるパーカーズバーグの街明かりを指し, どいうところなのかを聞いたという。
テレパシーで会話をしている間, 火屋(ほや)形の物体は, 地上12〜15メートルのところに浮かんでおり, 他の車が何台も2人を追い越していった。
会話が終わると, 物体は空中から降りてきて, 扉がひらいた。コールドが乗り込むと, 物体はたちまち音もなく上昇し, 夜空に吸いこまれていったという。
11月4日にウディ氏は, パーカーズバーグのはずれにある7号線を走っていると, 額に疼くような痛みを感じた。 すると例のコールド氏の考えていることが心の中に広がった。
コールドは, わたしは 「ガニメデ星雲」 にあるラヌロスという惑星から来たのだ, と説明した。 ラヌロスは地球によく似ており, 植物や動物も棲息して季節があることや, ラヌロス人の寿命などについて伝えたという。
【参考文献】
『モスマンの黙示』【第5章/ 雨中に降り立ったコールド氏】, 著:ジョン・A・キール, 訳:植松靖夫, 1984年




サイト:「frogstorm.com」から
【関連サイト検索キー: West Virginia, Woodrow Derenberger, 1966, ufo

参考外部=>海外の妖しい Blog 記事から (1966年11月2日, West Virginia: Woodrow Derenberger の UFO / ET 遭遇事件)

参考外部=>The Mothman Wiki (Indrid Cold)

参考外部=>adam grunwerg Blog (The Many Faces of the Derenberger Incident)

参考外部=>fox8. com (Close encounter 50 years later: Woman relives night she says her dad saw ‘vehicle’ coming from sky)

参考外部=>skeptoid. com (Who Is the Grinning Man? )

参考外部=>True Noir (S&U 1 - The Mothman, Indrid Cold, and the Men In Black)

参考外部=>wycoreport. com(Is the 'Grinning Man' an urban legend or alien?)

参考外部=>frogstorm. com (The Grinning Man)

参考外部=>intcat (INTCAT 1966 JUL - DEC)

参考外部=>ufoinfo. com (on this day; November 2)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1966: November UFO & Alien Sightings )
●国連ビル上空UFO滞空事件(アメリカ) 1966年11月22日の午後4時20分, ニューヨークの国連ビル真上上空にUFOが数分間とどまった事件。

この日, 大きな長方形のクッションのような形をした物体が, ニューヨーク市(New York City)のイースト川(East River)上空数百フィートのところに現れた。スピードを落としながら, その物体は国連ビル(UN building)に近づき, 高い国連ビルの真上に
数分間とどまって, 波の高い海にいる船のように, 上下に動いていた。
そのうち, その未確認の物体は北東方向にすばやく高度をあげ, まもなく消えてしまった。
この不思議なUFOについては, 信頼できる目撃者が何百人もいる。 その中には, ANPA(アメリカ新聞発行協会)の従業員8人がおり, 彼らは3番街750番地近くの17階の窓から目撃した。
また国連ビルや他のビルの人々はもっと近くから目撃した。国連広場の歩行者たちも目撃している。
この事件のすぐあとで, ジェイムズ・E・マクドナルド博士は, ANPAのオフィスに電話し, 発行部のマネージャーである, W・H・リーク(William Leick)氏と詳しく話をしている。
マクドナルド博士によれば, 「リーク氏は, 8,9人人々が, 17階のテラスに出て, 国連ビルの上空に
数分間とどまっていた物体を目撃し, それが上昇して飛び去る前に, ゆれて太陽光線をきらきらと反射させたのを見ていると, 確言した」 と述べた。
【参考文献】
『不思議な出来事』【UFO; 宇宙人の国連訪問】, 著:エミール・シューマッヒャー, 訳:中隅佑子, 1973年
参考外部=> SSPC (マクドナルド博士のUFO研究・第1回 1966年11月22日 ニューヨークシティー UFO事件)

参考外部=>SYMPOSIUM ON UNIDENTIFIED FLYING OBJECTS (STATEMENT BY DR. JAMES E. MCDONALD)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; November 22)

参考外部=>UFOdna (22 Nov 1966 - New York, New York, USA)
●モスマン【蛾男】目撃事件(アメリカ)


『ムー(NO.41)』から
1966年後半から1967年にかけて, ウェストバージニア州のポイント・プレザント(Point Pleasant)を中心とするオハイオ渓谷一帯で, UFOと翼をもった赤い目の怪物 (通称=蛾男【モスマン】)が目撃された事件。

1966年11月5日の夜11時半, 第2次世界大戦中の爆薬工場地帯跡の敷地内をを2組の若夫婦がドライブしていると, 暗闇の中に身長が2メートルくらいの無気味な怪物を目撃する。赤く輝く2つの眼で, 色は灰色っぽく, 人間のように足で歩いていた。 化け物はコウモリみたいな翼を広げて垂直に飛び上がり, 羽ばたきひとつせず, 時速160キロで逃げる4人の車の真上にくっついて追いかけてきた。 その化け物は,町境まで追いかけてきたという。
この 「鳥人」 の話題は, オハイオ川流域地方にあっという間に広がり, ある編集者が, テレビ番組 『バットマン』 からヒントを得て, 「モスマン」(蛾人間)と命名し, この事件は一躍有名になった。
同年11月17日, 16歳の少年が爆薬工場跡からそう遠くないところで, 車を運転中に, 赤い目をした巨大な鳥に2キロほど追いかけられた。
翌18日には2人の消防士が, 工場の跡地で 「バカでかい鳥」 を目撃している。
また
20日の夜には, 5人の若者の乗った車のヘッドライトが, 石切場の横に立っている人間ほどの大きな鳥のような生物を照らし出している。
1966年から67年末までに, 約1,000件もの目撃例がある。 近距離で目撃した人たちの証言は, その怪物は, ”灰色をしている” , ”体には羽毛がない” , ”人間かそれ以上の大きさ” , ”広げた翼の長さは3メートルくらい” と基本的に一致していた。
【参考文献】
『ムー(NO.41)』【 「”モスマン現象” は超地球人のしわざか!? 」, 文:植松靖夫】, 1984年
『モスマンの黙示』, 1984年, 著:ジョン・A・キール, 訳:植松靖夫


1966年11月
, 空を飛ぶ奇妙な怪物が, ウェスト・バージニア州の西端, ポイント・プレザント(Point Pleasant)を中心とするオハイオ・ヴァレー一帯を我が物顔に跋扈(ばっこ)した。
新聞記者たちは, この怪物に「モス・マン」つまり「蛾(が)人間」という呼び名を付した。
ジョン・A・キールが, 100名以上におよぶ目撃者の証言から分析したモスマンの特徴は, 背丈は150〜210cm, 肩幅は普通の人間よりはるかに広いが, 下方にゆくにつれて多少せばまり, 頭というものがなく, 赤色に発光する直径5〜7cmの眼球は, 肩の上近くに位置している。翼を広げたときの長さは約3mで, 飛行時の特徴は翼をはばたかせないことで, 時速150kmで走る車を執拗に追いかけてきたという。声はネズミのように, かん高いキイキイ声であるが, 飛行中に機械的なブーンという音を聞いたという者もいる。
以下は, 典型的な目撃例のひとつである。
11月27日(日曜日), ニューヘブンに住むコニー・カーペンター(18歳)は, 教会から帰る途中, 国道62号線沿いのメースン郡ゴルフ場の人気のない芝生に一個の人影を認めた。
最初は, 灰色の服を着た男が立っているのかと思ったが, それは3mもあろうかという怪物で, 翼を広げると垂直に上昇し, 真っ赤に燃える眼で彼女を見すえながら, 彼女の車めがけて突っこんできた。
危ない・・・と思った瞬間, 怪物は向きを変えて飛び去って行った。コニーは, 必死でアクセルを踏み, 家に帰りついた。
彼女の眼は赤く腫れあがっていて,
2週間後にジョン・A・キールが調査に訪れたときも, まだ眼は赤く充血したままだった。
モスマンの出没とほぼ並行して, この地域ではUFOが頻繁に, しかも至近距離で目撃された。このUFOフラップは,
66年の夏から始まり, 67年の2月にピークを迎えた。モスマンの目撃例の大半は66年11月に集中したが, ともに67年の末までこの地方をにぎわした。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.33)』【総力特集/ 私は宇宙人を見た! ;バージニアの空飛ぶ蛾人間】, 1978年



サイト:「FANDOM」から
参考外部=>Wikipedia (モスマン)

参考外部=>NAVERまとめ (名優リチャードギアが主演。呪いか?UMAか?モスマン事件を題材。 「プロフェシー」)

参考外部=>ムーPLUS (UMAの基礎知識/モスマン)

参考外部=>未確認生物大陸 (モスマン)

参考外部=>オカルトNEWS★ かすぽ (蛾人間モスマンが目撃される)

参考外部=>UFO事件簿 (モスマン事件)



【関連サイト検索キー: point pleasant west virginia 1966 mothman incident

参考外部=>En. Wikipedia (Mothman)

参考外部=>FANDOM (Scarberry and Mallette's Mothman Sighting)

参考外部=>atlasobscura. com (TNT Area)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1966: March UFO & Alien Sightings)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1966: November UFO & Alien Sightings )

参考外部=>intcat (INTCAT 1966 JUL / DEC)
1967年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
1967年UFO情報 参考外部=>Think AboutIt - REAL (Category: 1967 Sightings)

参考外部=>UFOdna (UFO Sightings in 1967)

参考外部=>NICAP (The 1967 UFO Chronology)

参考外部=>ufoinsight.com(The 1967 UFO Wave)

参考外部=>intcat (INTCAT 1967 JAN - JUNE)

参考外部=>intcat (INTCAT 1967 JULY - DEC)
●アンドレアソン一家宇宙人遭遇事件(アメリカ)
【ベティ・アンドレアソン誘拐事件】



(★アンドレアソン夫人とドアを通りぬけて現れたクアズガ)
『宇宙人の死体写真集』から
1967年1月25日, マサチューセッツ州のサウス・アシュバーンハム(South Ashburnham)に住むアンドレアソン(Andreasson)一家は, 5人の宇宙人の侵入に遭遇した。

夕方の6時30分ごろ, ベティ夫人(Betty Andreasson)は, 台所で夕食の後かたずけをしていた。
突然, 電灯がまたたき停電になった。すると, 台所の窓からピンク色の光がさしこんできた。その光は,ピンクから赤, オレンジと変化し脈動を始めた。
不思議に思っているベティ夫人の目の前に, 5人の宇宙人がしまっているドアを通りぬけて一列になって侵入してきた。
宇宙人たちは, 身長が1メートルほどで, 西洋ナシを逆さにしたような頭をしており, 鼻と口が小さくて, 大きな目はつりあがって怪しく光っていた。 そして, 全員がダークブルーのユニフォームを着て, 同じ色のブーツをはいていた。
宇宙人たちは, 夫人にテレパシーで話しかけてきた。リーダーはクアズガという名前で, 心配することはないことを告げたという。
クアズガは, 地球人救済のため夫人に一緒に来るよう頼んだ。不思議なことに, 家族の者は凍りついたように静止していたという。
信心深いベティ夫人は, 彼らを天使だと思い, 家の外に着陸していたUFOに乗り込んだ。
夫人は, 奇妙なトンネルを通って, 赤の世界や緑の世界へと連れていかれた。
緑の世界には海や都市, 巨大な鳥もいた。そのあと夫人は, 緑の世界から赤の世界, トンネルを逆行してUFOの内部に戻ってきた。
そして, 自宅に連れ戻されたときには,
10時40分になっていたという。
家族全員がずっと凍りついたままだった。宇宙人は, 時間を自在にコントロールできるらしく, 光る球を手の甲に乗せると家族の者は動きだした。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集』【赤や緑の別世界を訪れたアンドレアソン夫人】, 著者:中村省三, 1989年



サイト:「zamanda yolculuk.com」から
参考外部⇒UFO事件簿 (ベティ・アンドレアソン事件 )

参考外部⇒怖話 (ベティ・アンドレアソン事件)

参考外部⇒レオナルド・ダ・ヴィンボの幸せ日記 (≪ベティ・アンドレアソン事件≫)



【関連サイト検索キー: Betty Andreasson, 1967, ufo

参考外部=>live about. com (The Betty Andreasson Abduction of 1967)

参考外部=>ufo casebook. com (The Betty Andreasson Alien Abduction)

参考外部=>near- death. com(Betty Andreasson's Alien Abduction and NDE)

参考外部=>the gardner news. com (Local Halloween lore: The Andreasson Affair)

参考外部=>zamanda yolculuk. com (The Betty Andreasson Luca Alien Abduction - January 25, 1967 )

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1967: The Betty Andreasson Alien Abduction)
●キューバ軍ミグ21ジェット戦闘機撃墜事件(キューバ) 1967年3月, キューバ(Cuba)領空に侵入してきた未確認飛行物体に, キューバ軍のミグ21戦闘機が撃墜された。

キューバ危機(
1962年)を乗り越えたアメリカだが, キューバに対する緊張状態は続いていた。
この
1967年のキューバ・ジェット戦闘機撃墜事件を, CAUS(UFO秘密政策に反対する市民連合)に知らせてきたのは, AFSS(合衆国空軍憲兵軍)の一部隊で, フロリダ州のホームステッド空軍基地(Homestead Air Force Base)に本部を置く, 第6947憲兵飛行大隊にいた, ある警備特技下士官の陳述書である。
それによると, 第6947憲兵飛行大隊の任務は, キューバ空軍(Cuban Air Force)のあらゆる通信とレーダー送信を, 監視傍受することであった。そのため, 最寄りのキューバ沿岸から150キロほどにあるキーウェスト海軍航空基地(Key West Naval Air Station)に, 隊員の100名が, "A" 特別班(Detachment "A" )として配属されていた。
1967年3月のある日, この "A" 特別班のスペイン語を話せる傍受員が, 北東からキューバに接近する未確認の "ボギー(bogey- 不明物体)" があることを報告するキューバ防空レーダー管理員の声を聞き取ったのである。
それによるとUFOは, 約1万メートルの高度でキューバ領空内に侵入し, マッハ1に近い速度(約時速1,000キロ)で飛び去った。2機のミグ21(MIG-21 UM E76)ジェット戦闘機が, 迎撃のためスクランブル(緊急発進)をした。
このミグ21は, キューバの地上管制迎撃レーダー員によって, UFOから5キロ以内まで誘導され, 隊長機からは, 物体が明るい金属の球体で, マークや付属物はないと報告された。そして, その不明機への無電での呼びかけが失敗したとの報告がされると, キューバの防空司令部は編隊長に, 物体を攻撃して破壊せよとの命令を入れた。
隊長機は, 機のレーダーを不明機にロックし, ミサイルを発射したと報告した。しかし,
数秒後に僚機のパイロットは, 「隊長機が爆発した」 と絶叫した。隊長のミグ21は, 煙も火も噴かずに分解したとのこと。
そのときキューバのレーダーは, UFOが急加速上昇して, 3万メートル以上に達したと報告した。最後の通信では, UFOは南々東の南アメリカ方面へ向かっていった。
【参考文献】
『人類は地球外生物に狙われている』【第10章/ "アメリカの耳" は何を聴いたか】, 著者:ローレンス・フォーセット / バリー・J・グリーンウッド, 訳者:南山宏, 1987年


(★当時のMiG-21, 'Fishbed' / 'Mongol')
サイト:「NICAP(The 1967 Cuban Jet Incident)」から

参考外部=>Wikipedia(キューバ危機)

参考外部=>世界史の窓(キューバ危機)



【関連サイト検索キー: Cuban Jet Incident, 1967, UFO

参考外部=>ufo- explorer. com(Cuban Mig21 vs UFO)

参考外部=>NICAP (The 1967 Cuban Jet Incident)

参考外部=>NICAP (The 1967 Cuban Jet Incident)

参考外部=>NICAP (1967 Cuban Jet Incident: Case Solved)

参考外部=>UFOdna(In March 1967 - Cuban Coast, Cuba)
●マルムストロム基地ミサイル(ICBM)シャットダウン事件(アメリカ)


(★エコーフライトの配置を示す。中央の黒丸がLCF(発射管制施設)で,エコー1とも呼ばれる)
『UFOと核兵器』から
1967年3月16日, モンタナ州のマルムストロム空軍基地(Malmstrom Air Force Base)のエコーフライト発射管理センターのミサイル(ミニットマン T型)発射台上空に赤く光った複数のUFOがホバリングしているのが目撃され, ミサイルの制御システムが, 次々とシャットダウン(機能停止)していった事件。

新型ミサイルのミニットマン T型と U型の発射施設(LF)は, 地下コンクリートと鋼鉄のサイロによって防禦されている。各サイロは, 数マイルの距離で隔てられ, ソビエトからの核攻撃の生き残りに備えている。
ミサイルは, 20個の小隊(フライト:Flights)で組織され, 各小隊にはアルファベット順に呼び名が付けられている(例えば, A- アルファ, B- ブラボー, C- チャーリー, D- デルタ等)。
ミニットマン発射管制施設は, 地下のLCC(発射管制カプセル)と地上のLCF(発射管制施設)に分かれる。LCF指揮下にあるLCCは, 地中ケーブルで連結され, 地下に配置された各ミサイルは,
24時間の警戒態勢下にある2名一組の発射担当士官に掌握される。
いったん戦争状態になり, 命令を受けると, 士官たちは2個のキーを回して, 彼らの10基のICBMを発射させる手順である。

(★広大な敷地に展開するマルムストロム空軍基地のミニットマンミサイルサイト)
『UFOと核兵器』から

この朝, メンテナンス員と警備員たちが2つの発射施設で勤務に就いていたが, 両方のグループから, 上空にUFOを目撃したという報告が入った。
午前8時45分ごろ, ミサイルのどれかが停止したことを知らせる警報が響いた。
エコー小隊(Echo Flight)のLCF(発射管制施設)に入り, 警戒待機中のエリック・カールソン(Eric Carlson)大尉とワルト・フォーゲル(Walt Figel)中尉が頭を悩ませているうちに, 中尉の担当ミサイル10基すべてがシャットダウン(機能停止)し, 操作不能となった。
停電などではなく, ミサイルのすべての誘導・制御システムにエラーが生じていることがわかった。 どのミサイルも, 他のミサイルとは連動しておらず, すべてが操作不能になることは, 考えられなかったという。
ミサイル機能停止発生の直後, 発射士官たちは, UFOが目撃された発射施設に, 2班の保安警戒班車両を派遣した。しかし, 彼らが到着する前にUFOは離脱し, 各サイトの整備保安要員は, ミサイル・サイロ上空で空中静止する複数のUFOを見上げた。
このミサイル機能停止事件は, 1週間後の
3月24日に, 同じ基地内のオスカー小隊(Oscar Flight)のLCF(発射管制施設)でも発生し, 6基から8基のミサイル障害が起きた。
【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』, 2015年
『UFOと核兵器』【第7章/ マルムストロム空軍基地ミサイル機能停止事件】, 2011年



サイト:「YouTube(What Disabled Missiles at Malmstrom Air Force Base? )」から


この事件に関する公的記録は, UFO研究家のジム・クローツ(James Klotz)による FOIA(情報自由公開法)に基づく情報請求によって,
1995年に機密解除された。
エコー小隊のミサイル機能停止の調査結果について, ジム・クローツは, 「各サイト間のケーブルシステムに誘引された, ある種の未確認ノイズが, ミサイルの発射機能停止の原因となり, その影響が多数のLF(発射施設)システムに伝播したものと推測されるが, その原因となった "ノイズ" が, 地下深く埋設され堅く防御されたケーブル内に, どのようにして入り込んだのかが, 最大の謎である」 と述べている。

1967年3月のある夜, マルムストロム空軍基地のオスカー小隊LCF(発射管制施設)で警戒態勢にあった, 当時空軍中尉だった ロバート・サラス(Robert Salas)は, 突然サイトの安全管制からの緊急連絡を受けた。
LCF付近の上空で活動する不思議な発光体が, 数名の警備員によって目撃されたという。サラスは, LCFの地下60フィートにあるLCC(発射管制カプセル)におり, 地上での様子を見ることはできなかった。
空軍保安警察からの電話は, 明らかに恐怖の叫び声で, 1個のUFOが, フロンゲートの外側に空中静止して赤く輝いていて, 仲間が1人負傷したというところで, 電話は切れてしまった。
サラスは, 上官のフレッド・メイワルド大佐に地上でのことを報告した。報告中に, 狭いカプセル内に最初の警報の音が聞こえた。メイワルド大佐がシステムに問い合わせる前に, 今度は別の警報が鳴り,
数秒後には次々と6基から8基のミサイルが機能停止状態に陥った。
サラスが地上の警備員に電話をすると, UFOに接近して負傷した隊員は重症ではなく, ヘリコプターで基地に搬送されたという。サラスはカプセルを出て, エレベーターで地上に出て, 警備員に直接UFOの件を聞いた。
UFOは1個の赤く輝く円盤型だったと語り, それはゲートの外側で音もなく空中静止していたと繰り返した。 そのUFOは高速で飛び去ったという。

サラスによればによれば, ミニットマン・ミサイル1基の誤動作さえ, "極めて稀なこと" なのに, 一斉に多数のミサイルが機能停止に陥った異変は, 2人の士官を茫然自失にしてしまうほどの, 信じがたい事件であったという。
【参考文献】
『UFOと核兵器』【第7章/ マルムストロム空軍基地ミサイル機能停止事件】, 2011年



(★James Klotz, Walt Figel, Robert Salas; Denver MUFON Conference 2007)
サイト:「SpiralGalaxy.org」から



サイト:「UFO Casebook」から
参考外部=>En. Wikipedia (Malmstrom Air Force Base)

参考外部=>Wikipedia (ミニットマン (ミサイル))

参考外部=>En. Wikipedia (LGM-30 Minuteman)

参考外部⇒きよりんのUFO報告(核ミサイル基地の誤動作事件)

参考外部=>NICAP (The 1967 UFO Chronology)

参考外部=>Big SkyWords (A History of UFOs in Montana)

参考外部=>YouTube (UFO over Malmstrom AFB)

参考外部=>Spiral Galaxy. org (My Evidence)



【サイト検索キー: Malmstrom AFB, 1967, ufo

参考外部=>UFOs & Nukes (The Echo and Oscar Flight Incidents)

参考外部=>YouTube (Robert Salas (06- 16- 05) 1967 UFO Missile Shutdown at Malstrom Air Force Base)

参考外部=>YouTube (What Disabled Missiles at Malmstrom Air Force Base?)

参考外部=>UFO Casebook(1967 - The Malmstrom AFB UFO / Missile Incident)

参考外部=>CUFON (The Malmstrom AFB UFO / Missile Incident)

参考外部=>Great Falls Tribune (Mansch On Montana: UFO sighting still resonates)

参考外部=>CBS News (Ex- Air Force Personnel: UFOs Deactivated Nukes)

参考外部=>NICAP (MADAR)
●ベルト峡谷UFO着陸事件(アメリカ) 1967年3月24日, マルムストロム空軍基地のオスカーフライト(小隊)のミサイルが機能停止(マルムストロム基地ミサイルシャットダウン事件)した同日に, モンタナ州ベルト(Belt)の町近郊を走っていたトラックの運転手が, ドーム型UFOを目撃した。

マルムストロム基地近くにある, ベルト(Belt)の町近郊の国道87号線を走っていた, トラックの運転手ケン・ウィリアムス(Ken Williams)は, ハイウェイに続く深い峡谷に着陸した光るドーム型の物体を見たと報告した。
彼は物体をもっとはっきり見ようと, トラックを降りて歩いて近づいたが, 不思議な物体は, 彼が近づくと音もなく上昇し, 移動してまた着陸したという。

ロバート・ジャミソン(Robert C. Jamison)は,
1967年のマルムストロム基地ミサイル機能停止事件について, 公式発表した人物である。
彼は,
1967年3月のある日の夕刻近く, ミサイル整備ハンガーからの緊急連絡を受けた。ミサイル照準士官の彼は, オスカーミサイルの機能停止の連絡を受け, 約10分以内にMIMS(ミサイル整備中隊)管制センターに出向き, そこにおいて, ミサイルが誤動作したのはUFOに関連あるらしいとの噂を聞いた。
彼が, ハンガーで隊員たちの無線連絡を聞く中で, 基地からさほど遠くない峡谷にUFOが1個着陸したということを聞いた。オスカー小隊(Oscar Flight)のミサイル機能停止は,
その当日, 同じ夜に発生したものだという。
ジャミソンによると, オスカー小隊が機能停止した夜に, 峡谷へ降下したUFOに対して, それを監視した数人の空軍要員は, 現場が急傾斜であったため, 誰もそこへは降りられず, ヘリコプターを降ろそうとしたが, 夜明けとともにUFOらしき物体は, 離陸してしまったという。
【参考文献】
『UFOと核兵器』【第7章/ マルムストロム空軍基地ミサイル機能停止事件】, 著者:ロバート・ヘイスティングス, 監訳:天宮清, 2011年


サイト:「BigSkyWords」から
参考外部=>En. Wikipedia (Malmstrom Air Force Base)

参考外部=>Wikipedia (ミニットマン (ミサイル))

参考外部=>En. Wikipedia (LGM- 30 Minuteman)

参考外部=>NICAP (The 1967 UFO Chronology)

参考外部=>Big Sky Words (A History of UFOs in Montana)

参考外部=>YouTube (What Disabled Missiles at Malmstrom Air Force Base?)

参考外部=>YouTube (UFO over Malmstrom AFB)



【サイト検索キー: Belt montana, 1967, ufo
参考外部=>UFO dna (24 Mar 1967 - Belt, Montana, USA)

参考外部=>NICAP (UFO sightings at ICBM sites and nuclear Weapons Storage Areas)

参考外部=>NICAP (Dome- Shaped Object Lands In Ravine)
●スティーブン・ミシャラク無人UFO遭遇事件(カナダ)
【ファルコン湖(レイク)事件】


(★ミシャラクによるUFOのスケッチ)
『超常UFO宇宙人事件』から
1967年5月20日, 銀鉱脈を捜していた地質学者のスティーブン・ミシャラク(Stephen Michalak)が, カナダ・マニトバ州(Manitoba)ホワイトシェル森林地帯にあるファルコン湖(Falcon Lake)で, ドーム形UFOに遭遇した事件。着陸した円盤の機体に触れたミシャラクは, 火傷を負い, 放射線被ばくの症状が出た。

当時51歳のミシャラクが昼食をとっていると, 上空に真紅の光が出現し, それはやがてふたつの円盤形の光になった。
ひとつは飛び去ったが, もうひとつは近くの岩場に着陸した。円盤は, 色をさまざまに変えて灰色になり, 最後はステンレスのような質感になった。
直径は約10メートル, 上部に円形のドーム, 機体の横には通風孔のようなものが付いている。 硫黄臭がして, 機体からはシューという音が聞こえた。
開いたハッチから中を覗くと, 誰もいず, さまざまな色の無数のライトがついたパネルがあり, ライトが不規則に点滅していた。
ミシャラクが機体に触れると, はめていたゴムでコーティングされた手袋が, 一瞬にして溶けてしまった。
直後に, 強烈な熱風が彼を襲った。胸に焼けつくような痛みが走り, 上着が燃え上がった。 同時に円盤は, 機体の横から熱風を噴出し, あっという間に飛び去った。
彼は, 激しい頭痛や吐き気に襲われ, 放射線被ばくの症状がでていた。
彼が回復したのは, UFOとの遭遇から
6か月後のことであった。
【参考文献】
『超常UFO宇宙人事件』2014年, 著:並木伸一郎



サイト:「zamanda yolculuk.com」から
参考外部=>おに怖ニュース(着陸していたUFOに接触を試みた事件「ミシャラク事件」)



【関連サイト検索キー: Falcon Lake Incident, 1967, UFO

参考外部=>CBC (Falcon Lake incident is Canada's 'best- documented UFO case' even 50 years later)

参考外部=>open. spotify. com (The Falcon Lake UFO Incident (MB))

参考外部=>Howstuff works (The Falcon Lake Incident)

参考外部=>Global NEWS (UFOlogists to converge on site of 1967 Falcon Lake encounter)

参考外部=>Unsolved Mysteries Wiki (Falcon Lake UFO)

参考外部=>zamanda yolculuk. com (Falcon Lake Manitoba)

参考外部=>En. Wikipedia (UFO sightings in Canada)
●ウンモ星人UFO着陸事件(スペイン)
【バルディラス事件】
1967年6月1日, スペインの首都マドリッド郊外のサンホセ・デ・バルディラスに, 奇妙なマーク入りのUFOが着陸した。

出現したUFOは写真にも撮られていて, 写真を見ると, 森の上にUFOらしいものが飛んでいて, それにはアルファベットのHの真ん中に垂直の1本の線をいれたようなマークが認められる。
このUFOの出現は, 前もって予告されていたものだという。
これを予告したウンモ星人からの手紙には,
その着陸地点の見取図までもが書いてあり, このとき目撃されたUFOは, 目撃された地点から, さらに4キロほど離れた地点に着陸し, その後飛び去ったが, それは手紙に書いてあった着陸地点にほかならなかった。
【参考文献】
『世界UFO大百科(ムー別冊)』【「ウンモ星人は地球に潜入している」, 文:吉住元】, 1985年


【もっと詳しく】
■事件詳細(サイト内)=>怪奇事件集(ウンモ星人ミステリー)



サイト:「es.wikipedia (Ummo)」から


サイト:「Rense.com」から
参考外部=>Es. Wikipedia (Ummo)

参考外部=>Rense. com (A Saucer Photo Hunt! FOUND)

参考外部=>UFO事件簿 (ウンモ星人)
●ジョセフ・フェリエール葉巻型UFO撮影事件(アメリカ) 1967年7月3日, ロードアイランド(Rhode Island)州ウーンソケットの近くで, ジョセフ・フェリエールが典型的な葉巻型UFOを撮影した。

この日の午後7時15分に, ジョセフ・L・フェリエール(Joseph L. Ferriere)はウーンソケット(Woonsocket)で大きな葉巻の形をした物体が空に浮かんでいるのを発見した。彼は, その物体の長さを約700フィート(約210m)と推定した。
その物体の写真を4枚撮った後, 彼はその物体から出てくる小さなディスク状の物体に気づき, その写真も撮ることに成功したという。
写った物体は, まったく光を反射していないのが興味深い。
【参考文献・サイト】
『政府ファイルUFO全事件』【第2章/ 軍人と役人たち】, 著者:ピーター・ブルックスミス, 訳:大倉順二, 1998年
●サイト:「think about it docs. com(1967: Cumberland, Rhode Island Photo)」



(★右下に葉巻型から出た円盤も写っている)
サイト:「alien-earth.com(Rhode Island UFO 1967)」から
【関連サイト検索キー: Rhode Island, Joe Ferriere, UFO

参考外部=>alien- earth. com (Rhode Island UFO 1967)

参考外部=>alamy. com (UFO. Photograph taken at Comberland, Rhode Island on 3rd Juuly, 1967 by Joseph Ferriere)

参考外部=>art prints for pleasure. com (Jigsaw Puzzle of UFO. Photograph taken at Comberland, Rhode Island on 3rd Juuly, 1967 by Joseph Ferriere)

参考外部=>think about it docs. com (1967: Cumberland, Rhode Island Photo)
●ロニー・ヒル少年宇宙人遭遇事件(アメリカ)


『UFOと宇宙(No.10)』から
1967年7月21日, アメリカのノースカロライナ州(North Carolina)のロニー・ヒル(Ronnie Hill)少年(14歳)が, 着陸した飛行物体から現れた小人の宇宙人を写真に撮った事件。

この日の午後, 自宅の裏庭で作業をしていたロニー(Ronnie)は, ガスのような変な臭いを感じた。
目がチクチクして涙が出てきた。いつのまにか, まったく無音だったという。
15分くらいたったとき, ブーンという音がして, ガスのような異臭が強まった。そして空中に, 黒い帽子のような形をした物体が, 浮かんでいるのに気づいた。
それを見ていると, 目の端になにか動いているものがある。それは, 直径が2.7mほどの白い球体で, それが飛び回っていた。
証拠がないと誰にも信じてもらいないと思い, ロニー少年は走って家の中からカメラを取って戻ってきた。
球体は着陸しており,
5秒ほど見ていると耳がいたくなるような音を聞いた。するとその球体の背後から, 銀色のスーツを着た宇宙人らしき人物が現われた。
その人物は, 身長が1.1〜1.2メートルで銀色のスーツをまとい, 体に比べて頭が大きかった。そして, 右手に黒いジョウゴ形の物をもっていた。
ロニー少年が見ていると, 宇宙人は右手にもっている黒い物体をいったん地面に置いた。そして, またすばやく拾いあげて尻のあたりにしまうと, 体の向きを変えて白い球形物体のうしろへと姿を消した。
宇宙人が球体に姿を消すと, 球体の底から青く明るい炎が噴射され, ゆっくり空中に浮かんでいった。
ふたたび, 帽子型の黒い大型UFOが出現し, 白い球体UFOを収納して, ものすごいスピードで飛び去ったという。

小人宇宙人を目撃していたとき, ロニー少年はブーンというかすかな音を耳にしたというが, それがどこから出ているかはわからなかった。また, 小人宇宙人の動作は, ゆっくりとよろよろした感じで, 体の向きを変えるときはこわばった脚を振り回していた。
ロニー少年との距離は, 4.5m程度だったという。撮った写真は, 1枚だけであった。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.10)』【「銀色の服を着た宇宙人」, 文:高梨純一】, 1975年

『宇宙人の死体写真集』【第1章/ レンズがとらえた宇宙人の実像; ロニー少年が写した卵型UFOと小人宇宙人】, 著者:中村省三, 1989年
『【完全版】世界のUFO現象』, 著者:並木伸一郎, 2011年
参考外部⇒UFO事件簿(ロニー・ヒル事件)

参考外部⇒13SHOE・高野十座のブログ(《オリジナル写真》1967・ロニー・ヒル事件の「緑の小人宇宙人」)



【関連サイト検索キー: Pamlico County, North Carolina, Ronnie Hill, 1967, ufo

参考外部=>The Iron Skeptic. com (The Strange Tale of Ronnie Hill)

参考外部=>Vicente - Juan Ballester Olmos (UFO FOTOCAT BLOG)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1967: July UFO & Alien Sighting)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; July 21)
●キュサック村小人宇宙人目撃事件(フランス)


サイト:「UFO INSIGHT」から
1967年8月29日, フランスのロンタル州のキュサック村で, 牧畜の手伝いをしていた2人の子供たちが, 球形のUFOと小人の乗員を目撃した事件。

キュサック(Cussac)村は, サン・フルール(Saint- Flour)の町から西南におよそ20kmほどのところにある。
この日, 兄のフランソワ(Francois Delpeuch- 13才)と妹のアンヌ・マリー(Anne Marie- 10才)は, 夏休みなので牛の面倒を見ていた。
そこは, 広々とした牧草地で, そばに細い川が流れさやさやと音を立て, 平和な世界だった。
午前10時半ごろのことである。兄のフランソワが, 牛の群れが落ちつきを失い, 不安そうな気配をみせていることに気づいた。
牛たちは, 妙に神経質な感じで, 隣りの牧草地へと遠ざかっていく。フランソワは急いで牛の群れを追いかけ, 元いた場所の方へと引き返させようとした。
このときフランソワは, 近くの木立の辺りから, 不思議な光線がさしてくることに気づいた。見ると, まぶしい光を放つ直径が40m位の球形の物体が, 息づくように震えていた。
そして, その前方を人間らしい黒いシルエットが動いていた。それらは普通の人間よりかなり背が低いように感じた。
フランソワは妹の手をひっぱって, その変てこな物体の方へと近寄っていった。2人は, その正体を見てやろうと
1分間ほど道ばたに立ちどまった。
そして, そのシルエットの小人を, 近くの子どもかもしれないと思ったフランソワは, 大声で声をかけてみた。
身長が1mぐらいの小人たちは, しきりと地面をのぞきこみ, 何かをさがしているようだったが, フランソワの声を聞くと, びっくりしたように顔をあげた。
このとき2人は, まったく眼を疑いたくなるような, 不思議な現象を見た。 小人たちは音1つ立てず, すーっと空中に舞い上がり, 光り輝く球形の物体の中に吸いこまれるように, 頭から入っていったのだった。
全部で3人の小人が球体の中に入ると, 今度は4人目の小人がひょっこり出てきて, 地上に降り立つと, 何か忘れものでもしたように, 地面から何かを拾い集めた。
その間にも球形の物体は, 輝きをぐんぐん増してゆき, 眼が痛くなるほどにまぶしく輝いた。
球体は, 地上15mほどのところまで上昇していた。4人目の小人は, 地面からまだ何かを集めているようで, 球体に乗り遅れたようであった。
球体は, 突然, ヒューッと笛のような音を立てた。そして, カンタルの方角へと消えていった。
(UFOに乗り遅れた4人目の小人が, どうなったは不明)
急いで家に帰った子供たちは, 異常な現象を父に話し, 父親と現場を再度訪れた。
しかし, 何の痕跡も見つけられなかったが, その辺一帯には, 今まで嗅いだこともないような変な匂いが充満していた。強いて言えばそれは, 硫黄臭に近いものだった。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.32)』【「空飛ぶ円盤とオカルティズム」, 文:平野威馬雄】, 1978年



サイト:「Think AboutIt - REAL」から
【関連サイト検索キー: Cussac, France, August 1967, ufo

参考外部=>En. Wikipedia (Close encounter of Cussac)

参考外部=>UFO INSIGHT (An "Encounter With Devils" On The Cussac Plateau)

参考外部=>The Best UFO Case (UFO 1967 Close encounter of Cussac in France)

参考外部=>UFOs at close sight (The alleged sighting at Cussac, France, August 29, 1967:)

参考外部=>UFOs at close sight (The alleged sighting at Cussac, France, August 29, 1967:)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1967: August UFO & Alien Sighting)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1967: Children encounter UFO and small beings in Cussac, France)

参考外部=>Cryptid Wiki (Cussac Aliens)

参考外部=>Alien Research (Cussac encounter)

参考外部=>ufo weekly news. com (Close Encounter of Cussac )




●ファビオ・ディニーシュUFO乗員遭遇事件(ブラジル)
【バレイア事件】



(★着陸していたUFO)

(★乗員のスケッチ)

(★乗員が持っていた武器らしい装置)

『宇宙人の死体写真集』から
1967年9月14日, ブラジル(Brazil)のミナスジェライス(Minas Gerais)州のバレイア(La Baleia-州都ベロオリゾンテの西方にある)で, 学生のファビオ・ディニーシュ(Fabio Jose Diniz)が, フットボール場で着陸しているUFOと武装した乗員に遭遇した事件。

ディニーシュは,
この日の昼前, バレイア病院に隣接するフットボール場で, マッシュルームのような形をしたUFOが着陸しているのを目撃した。
色は茶色で, 直径が約20メートル, 円筒形の部分は黒く輝いていて, 幅3メートル, 高さは2メートル以上あった。
彼が近づくと, ドーム状のふちの部分から, 透明なスクリーンが下りてきて, UFOの底部の円筒形の部分をすっぽりおおってしまった。そして, 円筒形のところが開き, 二人の乗員が肩を並べるように出てきた。
乗員は人間そっくりで, 身長が2メートルぐらいあり, 潜水服のような緑色の服で体をすっぽりおおっていた。
目は大きく, 両目は離れており, 白目にあたるものがなかった。眉は三角形で太い。顔のした半分は隠されていた。顔の下の部分から, チューブが出て右足のかかとに伸びていた。そこから, また上に伸び, 首のつけねにつながっていた。指は太く, 4本しかないように見えた。
ディニーシュが思わずあとずさりすると, 乗員の一人が, ポルトガル語で話しかけてきた。
それは, 命令口調で, 「逃げるな! 戻ってこい! 」 というようなことを言った。ディニーシュからの距離は, 5メートルぐらいだった。
続けて, 「あした, ここにやってこい。さもないと, おまえの家族をさらってしまうぞ」 と言った。
もう一人の乗員は, 右腕にかかえている武器のようなもので, ディニーシュに狙いをつけていたが, ディニーシュに話しかけてきた乗員が合図をすると, 二人は向きをかえて, UFOに引き上げていった。
そして,UFOのまわりのスクリーンが上がると, UFOはゆっくりと音もなく上昇していったという。
彼らは, 足を地面から高く上げて, 大股で歩いた。かかとが, 鉄かなにか固いものでできているようで, 歩いたあとの地面は, 草がおしつぶされていたという。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集』【ブラジルに武装したヒューマノイドが出現】, 著者:中村省三, 1989年



サイト:「PORTAL FENOMENUM」から
参考外部⇒GA Site(バレイアに出現した怪人 第1話 ウルヴィオ・B・アレイショ)



【関連サイト検索キー: Baleia Brazil, Fabio Jose Dinis, 1967, ufo

参考外部=>PORTAL FENOMENUM (O Caso da Baleia )

参考外部=>PORTAL ufo (Contatos com extraterrestres no Brasil - Parte I)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (Category: 1967 Sightings)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1967: September UFO & Alien Sightings)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; September 14)

参考外部=>intcat (INTCAT 1967 JULY - DEC)
●スパーゴーUFO遭遇事件(オーストラリア) 1967年10月30日(月曜日)の夜9時ごろ, 実業家のA・R・スパーゴー(Alexander Roy Spargo)が, 西オーストラリア州のボイアップ・ブルック(Boyup Brook)の近くでドライブ中に, UFOから発する光の束に拘束された事件。

ドライブ中の彼の車が突然止まり, 車のライトとラジオの音が消えた。まぶしい光の束が, 彼に集中されているようだった。
それは, 木のてっぺんの上空, 地上から推定100フィート(約30m)のあたりを舞っている直径30フィート(9m)を超えるマッシュルーム型の飛行体から出ていた。
その物体は, 玉虫色の青味がかった光で輝いていた。光の束は, その物体から40度の角度で下に向けられていた。
スパーゴーは, その光の束のなかに拘束されているように感じた。 その光の束は, 直径が2〜3フィート(60〜90cm)で, 外側が輝いていた。
そして, その光束のチューブの内側には輝きがなかった。 彼は, そのチューブを通して何者かに観察されているのだと感じたという。
しかし, 彼は少しも不安を感じず, 特に何か考えていたかどうかは, おぼえていないという。
5分ぐらいして, 電灯のスイッチを切ったかのように, その光の束は消えた。
飛行体の色が薄くなったように見え, その物体は急に速度を早め, 西の方角に消えていった。
つぎに彼が我に返ったのは, 自分が道路に沿って車を走らせていることだった。彼は, 物体が去ったあとに, 車をスタートさせたことを全く思い出せなかった。
あとで, 彼は自分の腕時計(高価なオメガのクロノメーター)が, わけもなく
5分遅れていることを発見したという。
彼は, これらのできごとを当局に報告し, 自発的に精神医学的テストを受けたという。

【参考文献】
『UFO超地球人説』【第6章/ 変幻自在な空の幽霊】, 著:ジョン・A・キール, 訳:巻正平, 1976年
【サイト検索キー: Boyup Brook, 1967, UFO

参考外部=>Unidentified Aerial Phenomena - scientific research (Cold case investigation - Boyup Brook WA - 30 Oct 1967)

参考外部=>Unidentified Aerial Phenomena - scientific research (Police report on the Boyup Brook encounter, uncovered)

参考外部=>UFOdna (30 Oct 1967 - Boyup Brook, Western Australia, Australia)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; October 30)

参考外部=>auforn. com (Australian UFO Research Network Hotline number 1800 772288)
●トッシーとベゲイUFO遭遇事件(アメリカ)


サイト:「Think AboutIt - REAL」から
1967年11月2日 , ガイ・トッシー(Guy Tossie- 23歳)とウィル・ベゲイ(Willy Begay- 23歳)のインディアン青年が, 車でドライブ中, アイダホ州リリー近くでドーム型UFOに遭遇した。

この日の午後9時半ごろ, アイダホ州リリー(Ririe, Idaho)近くのハイウェイ26号線を走っていると, 突然2人の車の前方が, まぶしい光でおおわれ, 光の中からUFOが現われた。
UFOの直径は6〜8フィート(約2.1m)で厚さは3フィート(0.9m)ほどのドーム型で, 透明なドーム内には, 2人の乗員が見えた。UFOは, 地上から5フィート(約1.5m)ほどのところに浮かんでいた。船体から光線を放ち, あたり一帯は, 鮮やかな緑色の光でおおわれた。
2人の乗る車の速度が落ち, エンジンが停止してしまった。すると, UFOのドームが開き, ひとりの乗員が現われ, ふんわりと地面に降りてきた。その身長は, 3フィート(約0.9m)以下で, 顔は卵形でメロンのようにしわだらけ, 目は丸く瞳孔がなく, 頭の上まである大きな耳で, 口はほとんど見えないほどで唇が薄かった。ぴったりとしたカバーオールを着て, 背中に何かを背負っていた。
降りてきた乗員は, 車のドアをあけた。2人が助手席のほうに逃げると, 運転席にすべり込んだ。車がUFOのあとを追うように動き始め, 近くの麦畑まで移動した。
たまらずトッシーはドアを開けとび出し, 助けを求めに近くの農家めがけて駆け出していった。するともう一人のUFO乗員が, トッシーを追いかけていった。
恐怖でおののくベゲイに対し, 車内の生き物は, カン高い声で意味不明の声を発した。
トッシーを追った生き物が戻ってくると, 車内の生き物も車を降り, ふわりと飛ぶようにUFOに戻っていった。UFOはジグザグに上昇し夜空の中に消えていった。
【参考文献・サイト】
『UFOに関する極秘ファイルを入手した。』【第3章/ どんな姿をしているのか】, 著:リチャード・ホール, 訳:青木日出夫, 1989年
・サイト:「Think AboutIt - REAL(1967: November UFO & Alien Sightings )」
・サイト:「ufoinfo.com(On This Day; November 2)」



サイト:「zamanda yolculuk. com」から
【関連サイト検索キー: RIRIE IDAHO, 1967, UFO

参考外部=>ufo casebook. com (Ririe, Idaho, November 2, 1967 Three - 1/2 Foot Tall Creature Floats to Ground)

参考外部=>ufo evidence. org (Cases by Decade: 1960s)

参考外部=>spokesman. com (Waiting For The Aliens Ufo Group Often Discredits Sightings)

参考外部=>Obscurban Legend Wikia (Ririe Carjackers)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1967: November UFO & Alien Sightings )

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; November 2)

参考外部=>intcat (INTCAT 1967 JULY - DEC)

参考外部=>NICAP (The 1967 UFO Chronology)

参考外部=>zamanda yolculuk. com (November 2, 1967, Ririe, Idaho)
●シャーマー警官誘拐事件(アメリカ)


(★シャーマーによる宇宙船船長のスケッチ)
『宇宙よりの来訪者』から
1967年12月3日の深夜, パトロールに出たハーバード・シャーマー(Herbert Schirmer- 当時22歳)警官は, ネブラスカ州のアシュランド(Ashland)郊外のハイウェエで, 道路上の円盤型物体に遭遇した。

物体にライトをあてると, 物体は下から噴射炎をだし飛び去ったが, 署にもどった(
午前3時ごろ)シャーマーは, 20分の時間がなくなっていたことに気づく。
その後, 頭痛も消えなかった。
この事件は, コンドン委員会の調査対象となった。
シャーマーは,
20分の記憶を取り戻すため, 心理学者と催眠術師からの治療を受けた。
催眠術からのシャーマーの証言によると, 彼は円盤内に連れこまれ, いろんな質問を受けたらしい。

【参考文献】
『UFOと宇宙(コズモ)(No.3)』【「円盤の中に連れこまれた男」, 文:南山宏】, 1973年
『宇宙よりの来訪者』, 著者:ロイ・ステマン, 1977年
『ムー(No.6)』【「"第4種接近遭遇" 事件の謎を探る!! 」, 構成:南山宏, 文:並木伸一郎】, 1980年
参考外部=> 怖話(【1967年】シャーマー事件)


(★UFOをスケッチするシャーマー警官)
『宇宙よりの来訪者』から

参考外部=>Nebrask Amazing(Nebraska UFOs)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1967: Police Officer Herbert Schirmer Abduction)
●ミセス・マレーUFO遭遇事件(アメリカ) 1967年12月12日(火曜日)の午後7時ごろ, ニューヨーク州イサカ(Ithaca)のミセス・リタ・マレーが, ルート34沿いの道でUFOに遭遇し, 乗っている車のコントロールをUFOに奪われた事件。 UFOは, どういうわけか, 彼女の友人の自動車事故を知らせてくれた。

リタ・マレー(Mrs. Rita Malley)は, 5歳になる息子をバックシートに乗せて, 自宅に向かっていた。
彼女は, 自分の車のあとをつけているように見える, 赤い光に気がついた。 少しスピードを出しすぎていたと感じた彼女は, 州警察のパトカーに車を寄せるように言われているのだと思った。
だが, 窓の外に目をやると, その光は, 左側の送電線の真上に沿って動いていた。 そして, 車がいつの間にか, その光に先導されて, コントロールできないことに気がついた。
不安げに息子の身体を支えるように叫んだが, 息子はじっとしたまま, ある種の恍惚状態に入っているかのようであった。
車は, ひとりでに路肩に寄り, 土手を跳び超えてムラサキウマゴヤシの畑に突っ込んで止まった。物体はくるくる回る白い光線を照射し, ブンブンという音をだしていた。
不思議な声がきこえ始めた。 その声は, 男のようでも女のようでもなく, 不完全でぎごちなく, 国連での演説を通訳が繰り返すような感じの声であったという。
そして, その声は彼女の友人の名前を言って, その友人が数マイル先で, おそろしい事故に巻き込まれていることを告げた。
車がまた動き出し, 畑を出て, 何もなかったかのように道路に戻った。すると, 車はコントロールできるようになり, 彼女はまっしぐらに家に戻ったという。
翌日, 彼女は, 彼女の友人が前の晩, 大変な自動車事故にあったことを知った。
【参考文献】
『UFO超地球人説』【第4章/ 時間外からのマシン】, 著:ジョン・A・キール, 訳:巻正平, 1976年
【関連サイト検索キー: Ithaca, NY, Rita Malley, 1967, ufo

参考外部=>mysterious - america. com (Classic Mysteries)

参考外部=>mysterious universe. org (The High Strangeness Surrounding Sound & Weird Noises)

参考外部=>NICAP (The 1967 UFO Chronology)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1967: December UFO & Alien Sightings)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; December 12)

参考外部=>intcat (INTCAT 1967 JULY - DEC)
1968年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
1968年UFO情報 参考外部=>Think AboutIt- REAL (Category: 1968 Sightings)

参考外部=>UFOdna (UFO Sightings in 1968)

参考外部=>NICAP (The 1968 UFO Chronology)

参考外部=>intcat (INTCAT 1968 JAN - JULY)

参考外部=>intcat (INTCAT 1968 AUG - DEC)
●エイモス・ミラー事件(ニュージーランド)
【UFO殺人光線事件】
1968年2月2日, ニュージーランドのオークランド市郊外に住む牧場主のエイモス・ミラーが, 円盤から発せられた光線により射殺された事件。

ニュージーランドのオークランド市郊外に住む牧場主のエイモス・ミラー(Amos Miller)が, 畑の柵を修理中に, 突然現れた円盤(上部に円錐形の塔のようなものがついていた)に近づいたところ, その円盤から発せられた光線により射殺された事件。
頭皮が, 額から後頭部にかけてが, 溶けたように消失していた。

【参考文献】
『超常UFO宇宙人事件』, 著者:並木伸一郎, 2014年


地元のオークランド警察では, 今朝発生した, 奇妙な殺人事件の容疑者ビル・ミラーの証言に, いい加減腹を立てていた。
いくら尋問を重ねても, ビルは父親が死んだのは, 円盤のせいだと繰り返すばかりであった。
事件は, ビルが警察に電話をかけて, 父親のエイモスが殺された, と届け出たのが発端だった。警察は調査のため, パトカーを殺人現場であるエイモスの農場に派遣した。
少年の届け出どおり, 農場の浅い小川の中に, あお向けに倒れて死んでいるエイモスが発見された。
奇妙なことに, その頭の額の部分の皮膚が, 溶けたように半分ほどなくなっていた。
ビルの話によると, 怪物体である円盤は, ちょうどヘリコプターのように, その場に滞空しているように見えた。円盤の上部には, 砲塔のようなものがついており, 円盤の周囲には小さな丸い窓のようなものがならんでいた。円盤はやがて, 三本の突起物を底面から下げおろし, しずしずと降下し着地したという。
父親のエイモスは, 近寄って調べようと円盤に向かって走りだした。円盤から半分ほどの距離に小川が流れており, エイモスはそこで立ち止まった。
その時, 目もくらむほどの青白い光が, 円盤から放射された。その光の色は, 円盤の周りを取り巻いているものと同じ色であった。
エイモスは, ドサッと地面に仰向けに倒れて動かなくなった。
父親が倒れるやいなや, 円盤は, 振動音とともに空中に浮かび上がり, ものすごい速さで, 矢のように空中に消え去ったという。
ビルが, 円盤の着陸した場所だと言うところに, 円形のこげあとが残されていた。その直径は, 約40メートルもあり, こげあとのへりに沿って, 三か所の深いくぼみが発見された。
【参考文献】
『謎のUFO怪事件』, 著者:南山宏, 1992年
参考外部=>ASIOS(エイモス・ミラー事件の資料メモ)

参考外部=>怖話(エイモス・ミラー事件)

参考外部=>合気道月光流道場長・チョコ助と伊東健治の公式ブログ(エイモス・ミラー事件 【世界のUFO事件簿】)

参考外部=>togetter.com(エイモス・ミラー事件を追え! )

参考外部=>Kz.UFO現象調査会(海外UFO事件 エイモスミラー事件の記事(1件))




サイト:「合気道月光流道場長・チョコ助と伊東健治の公式ブログ」から
●ボリビア怪人事件(ボリビア)


サイト:「GA Site」から
1968年5月14日の夕方6時ごろ, ボリビア(Bolivia)南西部のヴュニ(Uyuni)の近くの小村オトコ(Otoco)で, バレンチナ・フローレンス夫人(Mrs. Valentina Flores)が, 家畜囲いの中にいた不思議な怪人に遭遇した事件。 その怪人により多数の羊が殺された。

フローレンス夫人は, 羊とラマの群れを家畜囲いへつれ帰ろうとして外へ出た。
そのラマは, 農場から 1キロ離れた場所にいた。 彼女はすでに, 囲いの中へ羊を入れたので, 残りのラマたちをつれて帰途についた。
家畜囲いに着いたとき, その家畜囲いが, プラスチックに似た材料の奇妙な網で覆われているのを見て, 彼女は飛び上がらんばかりに驚いた。 しかも囲いの中には, 身長1メートル10センチほどの不思議な人間が, 動きまわっていた。
この不思議な人間は, 端にカギのついた管状の道具で羊を殺していた。 羊泥棒に違いないと思った彼女は, 怪人に石を投げつけた。
すると怪人は, ラジオに似た小型器具の方へ歩み寄り, その上部の輪を廻して急速に網全体を引き寄せた。
彼女は, こん棒を手にして囲いに近づき, 怪人を打ちのめしてやろうと思い向かっていくと, 怪人の方から, あの鋭い道具をもって彼女の方に向かってきた。
相手は彼女をめがけて, 道具を投げつけたが, そのたびに道具は典型的なブーメラン運動を行ない, 彼女の腕を切りつけては急速に相手の手許へ帰っていった。
だが切り傷のどれも, ひどいものではなかった。やがて怪人は, 網を吸い寄せた例の機械と, 多数の羊の臓器を入れていたプラスチックのような袋を, 急いで寄せ集めた。
怪人が背負った装置の両側から2本の延長物が飛び出て, 地面にとどいた。 同時に, 怪人は空中へまっすぐに上昇を始めて, すさまじい音響を発しながら消えて行った。
34頭の羊が殺されていて, そのどれも消化器官のある部分がなくなっているのがわかった。 近所の人は, 彼女は正直な人なので, 確かに異常な何かを見たのだということになった。 アヤラ大佐の息子が彼女の説明を聞いて, スケッチをし, それが地方新報に載った。

なお, この怪人はモングッチ事件で撮影された宇宙人とかなりの類似点があるという。
【参考サイト】
GA Site(ボリビアの凶暴な怪人)



サイト:「ufo-mundo」から
参考外部⇒GA Site(ボリビアの凶暴な怪人)



【関連サイト検索キー: Otoco, Bolivia , Valentina Flores, 1968, UFO

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1968: January UFO & Alien Sightings )

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1968: Strange Humanoid encountered near Potosi, Bolivia)

参考外部=>UFOs at close sight (Catalog of UFO related entities reports from Bolivia)

参考外部=>ufo- mundo (Caso Otoco)

参考外部=>UFOS- WILSON (Arquivo Ovni: Caso Otoco )

参考外部=>intcat (INTCAT 1968 JAN - JULY)

参考外部=>UFOdna (14 May 1968 - Uyuni, Potosi, Bolivia)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; May 14)
●バリローチェ空港謎の飛行機目撃事件(アルゼンチン) 1968年7月22日(月曜日)の午後2時ごろ, アルゼンチンのバイアブランカ市郊外にあるサン・カルロス・デ・バリローチェ(San Carlos De Bariloche)空港上空に, 不思議な動きをする謎の飛行機が目撃された。

その謎の飛行機は, 快晴の空を高度200フィート(61m)で, 飛行場をゆっくりと旋回し, 着陸に備えているようであった。
空港従業員を含む多数の目撃者たちが, やっていたことを放り出して, この飛行機を見つめた。 その飛行機の胴体は異常に長く, 主翼である三角翼の大きさが, その航空機を支えるにはあまりにも短すぎるように, 目撃者全部が感じたという。
そして, その飛行機は, 翼の大きさにしては, 空中をあまりにもゆっくりと動いた。
空港の管制官が, その飛行機とコンタクトしようとしたが, 何の応答もなかった。 その飛行機に向けて緑色のライトが点滅され, 着陸許可の信号が出されたが, 巨大な謎の飛行体は, 飛行場をゆっくり回りつづけた。
28号滑走路の端に到達したとき, その飛行体は, 突然, 縦軸に沿ってくるりと回転し, おどろくほどの小さいスペースで360度ターンしたのであった。
空港従業員のうち, だれ一人として, この飛行機の型式やデザインを確認することができなかった。 3つの小さい黒い四角と, 胴体についている大きい四角以外, 何のマークも標識もなかった。
数分後, この謎の飛行体は, スピードをあげ, 南東に向かって弾丸のように飛び去った。
【参考文献】
『UFO超地球人説』【第7章/ 未確認飛行機】, 著:ジョン・A・キール, 訳:巻正平, 1976年



サイト:「TERRA INCOGNITA」から
【関連サイト検索キー: Bariloche, Argentina, 1968, Aircraft, ufo

参考外部=>TERRA INCOGNITA (Argentina: The Strange Bariloche Aircraft of 1968)

参考外部=>Inexplicata - The Journal of Hispanic Ufology (Argentina: The Strange Bariloche Aircraft of 1968 )

参考外部=>UFOdna (22 Jul 1968 - San Carlos De Bariloche, Argentina)


●レユニオン島UFO宇宙人目撃事件(フランス領)



(★目撃したUFOのスケッチ)
『【完全版】世界のUFO現象FILE』から



(★1975年にレユニオン島に現われたUFOと宇宙人)
(IIIust/LDLN no.147)
『宇宙人の死体写真集2』から
1968年7月31日の朝9時ごろ, モーリシャスとマダガスカルの間にあるインド洋上のレユニオン島(Reunion Island)のカフレ(Cafres)平原で, 農夫のルース・フォンテーヌ(Luce Fontaine -31歳)が, 楕円形のUFOと, UFO内にいたミシュランマンのような宇宙人を目撃した。

この日, フォンテーヌは, アカシアの森の中にある小さな空き地で, ウサギの餌になる草を採っていた。
突然, 彼の前方25メートルほどのところに, ある物体が出現した。それは直径が4〜5メートル, 高さが2.5メートルほどの楕円形で, 地上4〜5メートルのところに浮かんでいた。
物体の両端はダークブルーで, 中央の部分は色が薄くなっていて, 自動車のフロントガラスのように透明に近かった。 物体の上下には, ガラスのように見えるものが突き出ていた。
そして, キャビンの中には身長が90センチほどの二人の人物が, 背を向けて立っていた。 左側の人物が振り向き, フォンテーヌと向き合う形になった。
二人は, 頭から足の先までタイヤ・メーカーのミシュランの広告に出てくる, タイヤをいくつもつなぎ合わせたようなスーツを着ていた。
右側の人物は, 単に頭をこちらに向けただけだった。 二人がふたたび彼に背を向けると, 強烈な電気アークのような閃光がきらめき, フォンテーヌのまわりは白一色になった。
熱気をともなった突風が, 彼を襲った。そして
数秒後に, 物体は消え失せていたという。
しばらくしてから, フォンテーヌは物体のあった場所に行ってみたが, 痕跡は何も残っていなかった。
憲兵隊の調査では, 半径5〜6メートルの面積で, かなりの放射能が検出され, フォンテーヌの衣服からも放射能が検出されたという。
また, このレユニオン島では,
1975年2月14日にも, アントワーヌ・セブランという青年が, 宇宙人を目撃している。
それはアルニウムのような色をした, まぶしく輝く円盤から, はしごのようなものが降りてきて, 小人宇宙人が3人出現したというものである。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集2』【インド洋の小島に出現した卵型UFOと小人宇宙人】, 著:中村省三, 1991年
『(完全版) 世界のUFO現象FILE』【UFO内にミシュランマン? 】, 著:並木伸一郎, 2011年



(★レユニオン島のプレインデカフレにある, 1968年の「ミシュラン」エイリアンとのCE-IIIを示すGEOS絵画。(Image credit: GEOS)
サイト:「Open Minds」から
参考外部=>超魔界帝国の逆襲(【レユニオン島事件】)

参考外部=>GA Site(レユニオン島のコンタクトによる災難事件)

参考外部=>ゼロファイル(レユニオン島事件)



(★レユニオン島の概略図。中央に目撃場所であるカフレ平原がある)
『宇宙人の死体写真集2』から



【関連サイト検索キー: Reunion Island, 1968 ufo

参考外部=>Open Minds (The "Michelin Men" encounters on Reunion Island)

参考外部=>Mysterious Universe (UFOs at Reunion Island Where Possible MH370 Wreckage Found)

参考外部=>noufors. com (UFO with 'Michelin man' occupants seen by farmer on Reunion Island)

参考外部=>ufo casebook. com (The UFOs at Reunion Island)
●マクマレン一家透明UFO目撃事件(アメリカ) 1968年10月18日(金曜日)の午後7時30分ごろ, フロリダ州メダラ(Medulla)に住むマクマレン(McMullen)一家が, 上空に浮かぶ透明なUFOの中に, 二人の男がいるのを目撃した。

飼い犬がワンワン吠えたてるので, 家の外を見ると, 地上10フィート(約3m)のあたりを舞っている紫がかった赤色の大きさが約30フィート(約9m)の球体が見えた。
それは, 完全に透明で, その中には, 二人の普通の大きさの男たちが見えた。
空気中には, 強烈なアンモニアの臭いがあった。 二人の男たちは, 水平になった棒を上下に動かしていた。球体の中には, 男たちと棒以外に機械的なものは, なにもなかったという。
球体はゆっくり上昇して飛び去っていった。
その
数分前には, 二人の別の目撃者たちが, マクマレン家のすぐ北側のメダラ小学校の校庭から上昇していく, 輝く光を見ていた。
また,
このころ, この地域ではいくつかの謎の爆発があった。
【参考文献】
『UFO超地球人説』【第3章/ 幻想の世界; 紫の斑点】, 著:ジョン・A・キール, 訳:巻正平, 1976年
【関連サイト検索キー: Medulla Florida, Oct 1968, ufo

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1968: October UFO & Alien Sightings )

参考外部=>ufo casebook. com (Lakeland Florida Encounter with Aliens, 1968)

参考外部=>UFOdna (18 Oct 1968 - Medulla, Florida, USA)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; October 8)
●マイノット空軍基地B-52UFO目撃事件(アメリカ) 1968年10月24日, ノースダコタ州マイノット空軍基地(Minot Air Force Base)で, 空中にあるB- 52爆撃機とミニットマン・ミサイルサイトで, 同一のUFOが目撃され, レーダーにも捕捉された事件。

新型ミサイルのミニットマン T型と U型の発射施設(LF)は, 地下コンクリートと鋼鉄のサイロによって防禦されている。各サイロは, 数マイルの距離で隔てられ, ソビエトからの核攻撃の生き残りに備えている。
ミサイルは, 10個の小隊(Flights)で組織され, 各小隊にはアルファベット順に呼び名が付けられている(例えば, A- アルファ, B- ブラボー, C- チャーリー, D- デルタ等)。
発射管制カプセル(LCC)は, 地中ケーブルで連結され, 地下に配置された小型の各ミサイルは,
24時間の警戒態勢下にある2名一組の発射担当士官に掌握される。

この日の午前2時15分, ミニットマンLF(発射施設)のO- 6に配置されていたミサイル保安の野営班から, 見晴らしのよい場所から上空に1個のUFOが目撃されたことが報告された。
午前2時30分, 第91ミサイル整備中隊(MIMS)所属の2名のミサイル技術員, ロイド・アイレー(Lloyd Isley)上等兵とロバート・オコーナー(Robert O'Connor)上等兵は, ミニットマンLF(発射施設)N- 7に行く途中, 東の空に異常な光体を目撃した。
それは, O- 6で目撃されたUFOと同じもののように見えた。UFOは, その後弱い緑色の光に変化して, ぼんやりとした琥珀色になった。
報告を受けたFSC(航空保安管制官)と2名の保安警備員が, ノベンバーLCF(発射管制施設)からUFOを目撃した。UFOは非常に明るく, 急加速移動をし, さらに静止滞空能力もある, と報告している。
N- 7に派遣された, SAT(保安警戒班)2名は, 別のUFOが東に現われ, LF(発射施設)付近の最初の物体の方に飛んでいき, 2個のUFOは, しばらくお互いの周りを回っていたが, 1個が突然消失したと報告している。

一方,
10月24日の夜明け前, 訓練ミッションを終えて, マイノット基地に帰投してきたB- 52のパイロットは, 基地のRAPCON(レーダー進入管制)センターからの無線で, 異常な "オレンジ色の発光体" を探すよう指示を受けた。
それは, ミニットマンLF(発射施設)のO- 6とN- 7付近で, ミサイル保安班とミサイル整備班がUFOの目撃を報告したのと同じ時間帯だった。
RAPCONは, 基地の気象レーダーが, 基地北西約38マイルのノースダコタ州ボウベルズ付近に物体を捕捉したことを, B- 52のパイロットたちに伝えた。
突然, UFOはB- 52に向かい, 追跡をし始めた。B- 52の2つのUHF無線が, 影響を受けた。送信機は一時的な使用不能となったが, 受信機の方は影響を受けずRAPCONからの指示を聞き続けることができた。
機上レーダーは物体を捕捉したが, その反射からUFOは, KC- 135空中給油機と同じかそれより大きかった。UFOは, B- 52を約20マイルほど追跡した後, 離脱して飛び去った。
物体が, B- 52のレーダーから消えると, B- 52の送信機も機能を取り戻した。

B- 52がマイノット基地に最終進入し始めた時, 機はRAPCONにより旋回を命じられ, UFOの方に誘導された。UFOが地上か地上近くに滞空していた。
RAPCONは, B- 52に対し, UFOの直上を飛行するよう指示を出した。
B- 52の操縦教官であった, ジェームズ・パーティン(James Partin)少佐は, 最初UFOは, 地上に小さな太陽があるように見えたという。接近すると, 物体の形状がよく見えるようになった。物体はやや楕円形で光を放ち, 周囲に窓のようなものがあり, 少し地上から浮き上がっていたという。
副操縦士のブラッドフォード・ラニアン(Bradford Runyon)大尉は, UFOのイラストを描いた。物体は楕円形に描かれ, 片方の端から筒状の突起物が出ており, 筒の端から三日月形の光のスプレーが出ていた。
楕円形のオレンジ色の部分は, 大きな納屋よりも大きく, 片方の端から出ていた筒状の部分は, 納屋の横に大きな円筒型の穀物用倉庫があるような感じがしたという。

【参考文献】
『UFOと核兵器』【第9章/ 核ミサイル発射手順進行中!】, 著者:ロバート・ヘイスティングス, 監訳:天宮清, 2011年



(★UFOを目撃したB- 52の乗組員)

(★ブラッドフォード・ラニアンの描いたUFOのスケッチ)

サイト:「minotb52ufo」から
参考外部=>En. Wikipedia(Minot Air Force Base)

参考外部=>Wikipedia (ミニットマン (ミサイル))

参考外部=>En. Wikipedia(LGM-30 Minuteman)

参考外部=>NICAP (The 1968 UFO Chronology)

参考外部=>NICAP (Minot Tracks Object, B-52 Sees & Tracks UFO)



【サイト検索キー: minot afb, b-52 sees, 1968, ufo

参考外部=>UFO casebook (1968 - Minot Air Force Base, UFO Hovers, Seen by B-52 crew)

参考外部=>PROJECT 1947 (MINOT AFB B-52 UFO INCIDENT)

参考外部=>minotb52 ufo (24 October 1968 ・ MINOT AFB , NORTH DAKOTA)

参考外部=>minotb52 ufo (24 October 1968 ・ MINOT AFB , NORTH DAKOTA introduction)

参考外部=>YouTube (Minot Air Force Base UFO)

参考外部=>THE UFO CHRONICLES (UFOs & NUKES; A Narrative of UFO Events at the Minuteman Missile (ICBM) Complex Surrounding Minot AFB)
●ビリャレアルUFO目撃事件(スペイン) 1968年11月2日の午前4時35分, フランシスコ・マルティ・クァストロ(Francisco Marti Cuastero)という兵士が, 4人の友人と一緒にサラゴサ(Zaragoza)へ向けドライブ中, 夜明け前に, ビリャレアル(Villareal)というところで, 大きな黄色い円盤を目撃した。

全員が太陽が昇ったのだと思ったが, よく考えてみると, その物体が浮かんでいるのは西の空であった。
物体は, 彼らの左側に着陸した。彼らが約500メートルの地点にまで近づくと, 車のヘッドライトが消えてエンジンも止まってしまった。物体の外見は, 金属性のようで, 大きさは屋内体育館ほどに見えた。
3分後には, 音もなく上昇し, 急加速して飛び去っていった。すると, 彼らの車も動きだしたという。
空は曇っていたが, 近くには高圧線もない場所であった。
この事件は, サラゴサの軍当局にも報告された。

【参考文献】
『UFOと宇宙(No.6)』【イベリア半島のUFO着陸事件】, 文:ビセンテ・ホァン・バレステル・オルモス(Vicente-Juan Ballester Olmos), 訳:増野一郎, 1974年
【関連サイト検索キー: Spain, November 1968, Orange disc ufo

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; November 1)

参考外部=>intcat (INTCAT 1968 AUG - DEC)

参考外部=>UFOdna (2 Nov 1968 - Bujaraloz, Zaragoza, Spain)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1968: November UFO & Alien Sightings )

参考外部=>NICAP (E-M EFFECTS: SURFACE VEHICLES )
●マセドUFO宇宙人遭遇事件(ブラジル)


(★目撃者の女性が描いたUFOと宇宙人のスケッチ。円盤はドーム型でアンテナがあり, 底部には階段があったという)
『宇宙人の死体写真集』から
1968年11月21日, ブラジルのサンパウロ州(Sao Paulo State)のマセド(Macedo)で, バス旅行をしていた女性が, 着陸している円盤と3人の乗員に遭遇した。

バス旅行をしていたある女性(20代前半)の乗るバスが, 運転手の休憩のため, マセド(Macedo)近くで停車した。
すると, 彼女はそのバス停から40メートルほど離れた道路の左側に, 金属製の円盤が着陸しているのを目撃した。円盤の前方には, 身長が2メートルほどもある人物が3人立っていた。3人は, ぴったりした黒いスーツと黒いブーツをはいていた。
スーツは, 頭部もつつんでいて, 顔だけがでていた。一人だけは, チューブ状の器具をかかえていた。器具は長さが60センチ, 直径7センチほどで, アルミ線のようなものでラセン状に巻かれており, 後ろに突起が二つ出ていたという。
そして, その3人と対決するかのように, 20人以上の人々が集まっていた。その中には警官も3人いたようで, 銃をかまえていた。道路わきには, パトロールカーが2台駐車していた。
突然, 宇宙人のかかえていたチューブ状の器具から, 銀色の光が放射された。群集の前にいた警官や人々が, マヒしたように動きをとめた。後列にいた人々も, ダメージを受けたようで, 気絶して倒れる人もいた。
3人の宇宙人は, ゆっくりとUFO内に戻っていった。UFOはすぐさま飛び去ったという。
彼女が, 目撃していた時間は,
15分間ぐらいだった。

この事件で, 遭遇した宇宙人は,
1年前(1967年9月14日)にバレイア(Baleia)で起こった, 「ファビオ・ディニーシュ事件」 での宇宙人と恰好や携帯していた武器が非常に似かよっている。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集』【ブラジルに武装したヒューマノイドが出現】, 著者:中村省三, 1989年
参考外部⇒GA Site(バレイアの怪人が再度出現? ニジェル・リメス)



【関連サイト検索キー: macedo, sao paulo, brazil, 1968, ufo

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; November 21)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1968: November UFO & Alien Sightings )

参考外部=>intcat (INTCAT 1968 AUG - DEC)

参考外部=>UFOdna (21 Nov 1968 - Macedo, Brazil)
1969年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
1969年UFO情報 参考外部=>Think AboutIt- REAL (Category: 1969 Sightings)

参考外部=>UFOdna (UFO Sightings in 1969)

参考外部=>NICAP (The 1969 UFO Chronology)

参考外部=>intcat (INTCAT 1969)
●ポンテホスUFO目撃事件(スペイン) 1969年1月6日21時ごろ, スペインのポンテホス(Pontejos)で, 中に人影が見える灰色の巨大な物体を4人が目撃した。

スペインのサンタンデール(Santander)付近のポンテホス(Pontejos)にあるペドロサ療養所(Pedrosa Sanitarium)に, 向きあって建っている小さなカフェの台所にいた4人の女性が,
この夜, そこから30メートルほど離れた地上5メートルの高さのところに, 長方形をした黄色い光が浮かんでいるのを目撃した。
その黄色く光る窓の中に, 一人の人影が行ったり来たりしているのがハッキリ見えた。
やがてその光の窓の中に, もう何人かの人影が現われて行ったり来たりし始めたが, そのうちにそれらの人影が1ヵ所に集まったかと思うと, 人影が全て消えてしまった。
続いて光も消えてしまったが, その光のまわりにあった, お皿にどんぶりをかぶせたような形の巨大な灰色の物体の輪郭だけは, なお見え続けた。
すると, その物体は軽々と上昇し, 草や木を明るく照らしだしてから, どこかに飛び去ったという。

【参考文献】
『UFOと宇宙(No.6)』【イベリア半島のUFO着陸事件】, 文:ビセンテ・ホァン・バレステル・オルモス(Vicente-Juan Ballester Olmos), 訳:増野一郎, 1974年
【関連サイト検索キー: Pontejos Spain, 1969, ufo

参考外部=>Think AboutIt - REAL(1969: January UFO & Alien Sightings )

参考外部=>UFOdna (6 Jan 1969 - Pontejos, Spain)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; January 6)

参考外部=>intcat (INTCAT 1969)
●ティアゴ・マシャズ宇宙人遭遇事件(ブラジル)
【ピラスヌンガ事件】





★遭遇した宇宙人と円盤のスケッチ
(IIIust/FSR Special Issue no.3)
『宇宙人の死体写真集2』から
1969年2月5日, ブラジルのピラスヌンガ(Pirassununga- サンパウロから北西に150キロほど離れたところにある)に住むティアゴ・マシャズ(Tiago Machado- 当時19歳)が, 着陸している円盤を目撃し, そこから降りてきた二人の小柄な乗員と言葉を交わした事件。

この日の朝7時半ごろ, 「不思議な物体が飛んでいる」 と近所の人々が騒いでいた。
ティアゴが家の外に出てみると, パラシュートのような形をした銀色の物体が丘の上に見えたので, 双眼鏡を手にして, 近くに住む友人二人と一緒に現場に向かった。現場の丘の斜面に到着した彼らは, 丘の下のほうを友人二人が, 丘の上のほうをティアゴが一人で探すことにした。
すると, 丘の上を目指して歩いていたティアゴの10メートルほど前方に, 直径が4メートルほどの円盤が着陸していた。円盤にはドームがあり, 三本の脚のような装置を下ろしていた。
ティアゴが, よく観察しようとすると, ドームの上のほうにあるドアが開き, 二人の小柄な乗員が出てきて, ふわふわ浮かぶように地面に降り立った。 そして, ゆっくりとティアゴのほうに近づいてきた。
その乗員たちは, 身長が1.45メートルほどで, 体にぴったりした銀色のスーツを着ていた。 ブーツには, 足の中指から足首のところまで小さなボタンが並んでいた。頭はスーツと同じものですっぽりおおわれていて, 頭の上に手の幅ほどの長さのアンテナが2本突き出ていた。
彼らの皮膚は黄色くて, 目は吊り上がり, 左目より右目のほうが下にあった。 鼻は細く長く, 唇は薄く, 歯は黒かった。そして彼らの手は, 人間の手の平よりずっと長く, 親指は下のほうについていた。
円盤の内部には, 乗員があと二人いるのが見えた。降りてきた二人の乗員は, 3〜4メートル離れたところから, ティアゴにはわからない言葉で話しかけてきた。その声は, 彼らの顎からでているチューブのようなものから出ているようであった。
ティアゴは, 身振りを交えてどこからやって来たのかを質問した。 彼らも身振りで, 空から降りてきたことを伝えてきたという。
途中でティアゴは, タバコを取り出して火をつけ, ふかして煙を吐き出した。その様子を見て, 彼らは笑い出した。 ティアゴが, タバコの箱を放り投げると, 箱は一人のやや後方に落ちた。すると, その乗員は, 後ろを振り向くことなく(彼らは, ティアゴに一度も背中を見せなかったという), 体を傾けてタバコの箱に手を伸ばした。すると, 手が地上20センチぐらいまで伸びたとき, タバコの箱が浮き上がってきて手の中におさまった。 そして, その手を太もものところに持ってきたとき, 箱は手の中から消えてしまったという。
ティアゴは, 彼らが円盤に乗せてくれるのではないかと期待していたが, 彼らはティアゴを警戒している様子で, ゆっくりとぎごちなく動きはじめた。そのとき, 彼の名を呼ぶ友人の声が聞こえた。 彼らは, ゆっくりと後ずさって円盤に向かい, ジャンプして円盤の縁に乗ったあと, ドームのドアから中に入った。
中に入るのに苦労している様子だった。戸口のところに一人の上半身だけが見えていた。そして, その乗員は, モーゼル拳銃のようなものを抜くと, ティアゴに向け発射した。その銃口からは, 溶接トーチのような小さな炎が飛び出して, ティアゴの右の太腿に当たった。 とたんにティアゴは, 猛烈な痛みを覚えて身動きができなくなった。円盤は, ほとんど水平に離陸すると飛び去っていったという。
友人たちが, 倒れているティアゴを見つけ運んで帰った。ティアゴの太腿には, 指1本ぐらいの幅に赤く腫れあがっている箇所があって, まるで鞭で打たれたようになっていた。
UFOの着陸現場には, 着陸脚の痕跡と思われる3つの穴があり, それぞれ直径12センチ, 深さは5センチ程度で, 正確に63センチの間隔があった。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集2』【ブラジルの青年を光線でマヒさせた小人宇宙人】, 著者:中村省三, 1991年



サイト:「Claudio Suenaga」から

【事件日:2月6日】
参考外部=>intcat (INTCAT 1969)

参考外部=>Wikipedia(チャゴ少年のエンバウーラ事件)

参考外部=>ufoinfo. com (February 6)


【事件日:2月7日】
参考外部=>Think AboutIt - REAL (1969: February UFO & Alien Sightings)

参考外部=>UFOdna (7 Feb 1969 - Pirassununga, Sao Paulo, Brazil)



【関連サイト検索キー: pirassununga sao paulo, Tiago Machado, 1969, ufo

参考外部=>PORTAL ufo (Caso Tiago Machado - 1969 (parte 1 de 5))

参考外部=>YouTube (TV INFA - O Caso Tiago Machado (Relato na Integra - 1990))

参考外部=>UFOS- WILSON (Arquivo Ovni: Antigo programa Canal Livre abordou o caso ovni "Tiago Machado" )

参考外部=>Claudio Suenaga(Os 50 anos do Caso Tiago Machado: O dia em que Pirassununga parou )
●ウィリアム・オーバーストリート(郵便配達人)UFO遭遇事件(アメリカ) 1969年3月4日, 郵便配達人のオーバーストリートが, ミズリー州アトランタで白い光線を放つUFOに遭遇した。

この日の朝6時40分ごろ, ウィリアム・オーバーストリート(William Overstreet- 50歳)は, 郵便をミズリー州のエルマー(Elmer)からアトランタ(Atlanta)に配送するため, 「ルートJ」 という田舎道をトラックを走らせていた。
すると, 彼の右の約1/2マイル(約800m), 地上約50フィート(約15m)を移動する大きな赤みがかった色の物体に気づいた。
その物体は直径が100フィート(約30m)ほどの円盤で, トラックに近づいてきて, 前方の道路上を同じ方向にゆっくり移動した。
トラックが距離を縮めると, 物体は底から強力な白色光をトラックの前方の道路上に放射した。それは先細りの光線で, 上部は物体の全直径であったが, 道路上では直径8フィート(約2.5m)ほどのものになっていた。
彼は, この光を非常に熱く感じたという。トラックが光線の端に近づいたとき, ラジオとエンジンが゙停止した。物体が移動してトラックが光から少し離れると, ラジオが再び聞こえ出し, エンジンも動きトラックを再始動することができた。
物体が電線を横切ると, 一度強力に光った後, 道路沿いに徐々に遠ざかって視界から消えていった。
【参考文献・サイト】
『UFOに関する極秘ファイルを入手した。』【第1章/ 彼らは地球人に何をしたか】, 著:リチャード・ホール, 訳:青木日出夫, 1989年
・サイト:「NICAP(100' Object Affects Radio & Truck Engine)」
・サイト:「intcat(INTCAT 1969)」

【関連サイト検索キー: Missouri , Overstreet, 4 Mar 1969 , ufo

参考外部=>alien expanse. com (UFO Light Beam Cases.)

参考外部=>NICAP (100' Object Affects Radio & Truck Engine)

参考外部=>intcat (INTCAT 1969)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1969: March UFO & Alien Sightings )

参考外部=>ufoinfo. com (March 4)

参考外部=>UFOdna (4 Mar 1969 - Macon, Missouri, USA)
●憲兵隊員UFO誘拐事件(ブラジル)



(★現れた宇宙人)


(★連れ込まれたUFO)
(IIIust/Alberto F. do Carmo)
『宇宙人の死体写真集2』から
1969年5月4日, ミナス・ジェライス州の州都ベロ・オリゾンテに住む憲兵隊員のホセ・アントニオ・ダ・シルバ(Jose Antonio da Silva- 当時24歳)が, 宇宙人に誘拐されUFO内に連れ込まれた事件。

彼は,
前日からベベドウロ(Bebedouro- ベロ・オリゾンテから50キロほど離れたところ)に釣りにきていた。
午後3時ごろのことである。釣りをしていた背後の草むらから, 怪しい人影が現われ, 彼をめがけて光線を発射した。 光線は, 彼の両足に命中し, とたんに足がしびれて倒れてしまった。
マスクをつけた二人が姿を現わした。二人は, 身長が1.2メートルほどで, 明るい色のスーツを着ていて, 頭部はグレーのマスクでおおわれていた。
マスクは, 頑丈そうで肩のところまであったが, スーツにはつながっていなかった。目の部分には直径2センチほどの穴があいていて, マスクの下側からはチューブが出ており, 背中に取り付けてある金属装置につながっていた。
二人は, ホセの腕をつかむと, じめじめした地面を引きずっていった。10メートルばかり引きずったところに3人目の人物がいたが, 他の二人よりも体格ががっしりして, 人間によく似たプロポーションをしていた。
ホセがしばらく引きずられていくと, 不思議な機体が少し傾いて立っていた。 それは, 皿状をした底部に, 縦長の円筒形の物体がのっていて, その上に底部より直径の大きな皿状のものが載っていた。
機体全体の高さは2メートルほどで, 円筒の直径は約2.5メートルだった。ホセは, 開口部のある円筒形の部分から, その機体の中に連れ込まれた。
中はまぶしいほどの照明がされていたが, 光源は見あたらなかった。そしてホセは, 彼らがかぶっているのと同じようなヘルメットをかぶせられた。ヘルメットの小さな穴から, 周りの様子を観察することができた。
彼らは, わけのわからない言葉で話していた。 正面にいた人物が, 左のレバーを操作すると, 機体の上部で振動音が聞こえ出し, 右のレバーを操作すると機体の下部で振動音がした。そして, 機体は上昇する感じがしたという。
ホセは息が苦しくなり, 体がぐったりしてマヒしたような感覚になった。
かなりの時間, 飛行を続けたあとに機体はどこかに着陸した。
ホセは, ヘルメットの上から目隠しをされ引きずられて, 一辺が10〜15メートルほどの四角い部屋に連れてこられた。目隠しを外されると, 正面に一人の人物が立っていた。その人物は身長が1.25メートルほどで, ヘルメットも宇宙服も着ていなかった。
他の3人もヘルメットを脱いだ。みんな髪の毛が異常に長かった。髭も濃く長かった。それに太い眉毛をしていた。 口は大きく, どこか魚の口を思わせた。口を開けても歯は見えなかったという。
部屋の壁と床は, グレイで石造りのようだった。 左側の低い棚に, 4人の人間が横たわっていたが, 素っ裸で硬直しており, どう見ても死体だったという。そばの壁には, 動植物や自然の景色などの絵が並んでいた。
チーフらしき人物が, 白い台石にスケッチを描きながら, 身振りを交えてホセに語りかけてきた。 ヘルメットを外され, 彼らがもってきた暗緑色の液体を飲むと, 気分がよくなり, 彼らの話が理解できるようになったという。
どうやらチーフは, 彼を地球に戻して情報を収集させ, その後, 彼を自分たちの惑星に連れていって勉強させ, その後, 彼を案内役にして地球に進出するということであった。彼はその申し出を拒絶した。
やがてホセは, やってきたときと同じように地球に連れ戻された。 気がつくと川のそばに倒れていて, 夜明けになろうとしているところだった。
ものすごく, 喉が渇いていたので川の水をがぶ飲みした。明るくなり周囲を見ると, まったく知らない場所であった。 通行人に尋ねると, エスピリト・サント州の州都ビトーリア(Vitoria)から32キロばかり離れた場所で, この道路はミナス・ジェライス州に通じているという。 日付をたずねると
5月9日の金曜日だった。事件が起きて4日半も経っていた。
ホセは, その後
1週間ばかり便秘で苦しんだ。目がやけるような感覚を覚え, 視力が低下した。 胃痛や頭痛にも悩まされたが, 時間がたつにつれ, 快方にむかっていったという。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集2』【ブラジルの憲兵隊を誘拐した赤髭の小人宇宙人】, 著者: 中村省三, 1991年



サイト:「history disclosure. com」から
【関連サイト検索キー: Jose Antonio da Silva, 1969, UFO

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1969: Abduction of Jose Antonio da Silva)

参考外部=>ufoinfo. com (On This Da; May 4)

参考外部=>ufo casebook. com (1969- Brazil; Abduction of Jose Antonio da Silva)

参考外部=>History Disclosure (Brazil 1969: The Abduction Case of Jose Antonio Da Silva)

参考外部=>PORTAL ufo(Soldado e levado por ETs no interior de Minas)




(★ホセ・アントニオの証言に基づいたアルベルト・フランシスコ・ド・カルモ(Alberto Francisco Do Carmo)の絵。ヘルメットと宇宙服の脱いだもの)
サイト:「history disclosure. com」から
●雪だるまのような宇宙人遭遇事件(カナダ)
【トロワ・リビエール事件】



(★池の上に浮かぶUFO)


(★雪だるまのような宇宙人)
(IIIust/UFO-QUEBEC no.2)
『宇宙人の死体写真集2』から
1969年の7月末か8月の初め, カナダのケベック州トロワ・リビエール(Trois Rivieres)の村はずれに住む3人の若者が, 複数の雪だるまのような怪物に襲われた。

のよく晴れた日であった。 12歳から16歳の若者6人が, 古い57年型シボレーと小型のフォルクスワーゲンの2台の車で, ある地所内でレースをして楽しんでいた。
午後の9時ごろになり, あたりは暗くなりかけてきた。
旧型のシボレーのガソリンがなくなったので, ガソリンを購入するために, 3人がフォルクスワーゲンで村に引き返した。 残された3人は, シボレーのそばにとどまった。
ふと, 一人が150メートルほど離れた, 小さな池のそばに白い光を発見した。その光は, 一定の間隔で脈動していた。 そして, 彼らは池の4.5〜6メートル上空に浮かんでいるドームのある黒い物体に気づいた。
すると, 黒い物体の手前にあるモミの木立の左に, 発光する物体が出現し, 空中にふわふわ浮かびだした。 その物体は, まるで雪だるまのような形をして, 白く光っていた。それが, 2体, 3体と現れ, こちらに近づいてくるようだった。
3人は, シボレーの車中(前部座席)に逃げ込んだ。雪だるまのような怪物は, 7体, 8体と数を増やし, シボレーのほうにますます近づいてきた。
怪物たちが近づくと, 車内が熱を帯びたように感じたという。たまらず3人は, 後部座席に飛び込み, 座席の背にあった毛布で頭を隠し, 目だけを出して様子をうかがった。
怪物の体は, ボタンも金具もついてなくて, ネオン管の光のように真っ白だった。顔は卵形をしていて, 見分けることができたが, 目も口もなかった。 身長は1.8〜2.1メートルあり, 地上から30センチほど浮き上がっていた。
怪物たちは, 少年たちが中にいる車のドアを開けようとして, 車をゆさぶり, 中をのぞき込んでいるようだった。 怪物の一人が車の屋根に上ると, 圧力でメリメリいう音が聞こえた。
こうしたことが,
一時間以上にわたり続いたが, 戻ってきた他の3人の乗るフォルクスワーゲンのヘッドライトが見えると, 怪物たちは黒い物体(UFO)のほうに戻っていったという。
やがてUFOは上昇し, ものすごいスピードで, 飛び去っていくのが見えたという。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集2』【白く発光する雪だるまのような怪物がカナダに出現】, 著者: 中村省三, 1991年
【関連サイト検索キー: TROIS RIVIERES CANADA, 1969, ufo

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1969: July UFO & Alien Sightings )

参考外部=>intcat (INTCAT 1969)

参考外部=>UFOs at close sight (LATE JULY 1969, TROIS RIVIERES, QUEBEC, CANADA, THREE YOUNG PEOPLE)
1970年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
1970年UFO情報 参考外部=>Think AboutIt- REAL(Category: 1970 Sightings)

参考外部=>UFOdna (UFO Sightings in 1970)

参考外部=>NICAP(The 1970 UFO Chronology)

参考外部=>intcat(INTCAT 1970 JAN - JUN)

参考外部=>intcat(INTCAT 1970 JULY - DEC)
●ドリーン・ケンダル(看護婦)UFO乗員目撃事件(カナダ)


サイト:「Think AboutIt - REAL」から
1970年1月1日, カナダのブリテッシュ・コロンビア(British Columbia)州バンクーバ島(Vancouver Island)にある病院の看護婦ミス・ドリーン・ケンダルが, 窓の外に浮かんでいるUFOと, その中にいる2人の乗員を目撃した事件。

バンクーバー島にあるカウィチャン地区病院(Cowichan District Hospital)の看護婦ミス・ドリーン・ケンダル(Miss Doreen Kendall)が, 病棟の2階の窓のカーテンを開けると, そこから60フィート(約18m)先の空中に浮かんでいる輝く円い物体があった。
透明なドームの中には, ふたりの人間のような形をしたものが座っていた。彼女が注視すると, その物体は斜めに傾いたので, 内部をよく見ることができた。
このとき, 彼女の考えを読んだかのように, 円盤内のうしろ側にいた "人物" が, ゆっくりとふりむき, 彼女の方に顔を向けた。その "人物" の顔は, なにか暗い感じのものでおおわれていて, 見ることはできなかった。
しかし, その "人物" は, 彼女の存在に気づいたかのようで, もう一人の前にいる "人物" の背中に手を触れた。前の "人物" は, そばにあるレバーのようなものを後ろにたおし, それから前に押した。すると, 円盤はゆっくりと回転を始めた。
他の看護婦たちが窓のそばにきたときには, 円盤はさってゆく途中で, やがて見えなくなった。

【参考文献】
『UFOと宇宙(No.48)』【世界UFO研究誌論文集 -カナディアンUFOレポート- 「宇宙からの訪問者 4つの衝撃的報告」 , 訳:蒔田圭介】, 1979年


(★朝の5時ごろの事で, 外はまだ暗かったという)
サイト:「Think AboutIt - REAL」から
【関連サイト検索キー: british columbia, Doreen Kendall, 1970, UFO

参考外部=>ufoinsight. com(The Cowichan Hospital Encounter)

参考外部=>ufobc.ca (UFO Occupants Seen Near Hospital )

参考外部=>the black vault. com (UFO: DUNCAN, BRITISH COLUMBIA, 1970)

参考外部=>Mysterious Universe (Night Shift Nurses and the Flying Saucer Men)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1970: UFO and occupants seen near Cowichan Hospital )

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; January 1)

参考外部=>intcat (INTCAT 1970 JAN - JUN)
●ヘイノーネン小人宇宙人遭遇事件(フィンランド)


『宇宙人の死体写真集』から
1970年1月7日, フィンランド(Finland)南部のイムイェルヴィ(Imjarvi)近郊の森の中で, アールノ・ヘイノーネンとエスコ・ヴィーリャの2人が, 降下してきた円盤から現れた小箱をもった身長約90cmの小人に遭遇した事件。

森林管理人のアールノ・ヘイノーネン(Aarno Heinonen- 36歳)と農夫のエスコ・ヴィーリャ(Esko Viljo -38歳)の2人は, スキー訓練の途中, いつもの休憩場所である森の中の空地で一息入れていた。
午後4時45分のことである。もう日は沈んでいて, 夜空には星がいくつかまばたいていた。突然, 彼らは, 空を飛んでくる強烈な光を放つ雲に気づいた。いつの間にか, 周囲一面には北方から来た発光する霧が漂っていた。
雲は別の方角の南から直接2人の方に向かってきた。ブンブン唸る音が大きく聞こえ, 雲は静止した後, ゆるやかに森の空地に向かって降下しながら, 赤灰色になり脈動した。地上から15mくらいのところで, 雲の中に円盤形の物体が見えた。その下側は平らで, 灰色ないしは金属色に光っており, 底の部分の周囲には3つの大きな半球が見えた。その中央には直径25cmほどの円筒があった。円盤の直径は3mぐらいに見えた。
円盤はさらに降下し, 地上3〜4mで停止した。物体をつつんでいた雲がだんだん薄くなってきた。
突然, 中央の円筒から下に向かって光のビームが発せられ, 雪のなかに直径1mほどの光の円を描いた。ヘイノーネンは一歩後ろへ下がった。するとその光の柱の中に, 身長が90cmほどの小人が黒い小箱を持って立っていた。
小人はやせていて腕も足も細く, 顔は蝋(ろう)のように白く, 鼻は鉤のような変わった形をしていた。服は明緑色のオーバーオール(大工などの仕事着)で, 肘までとどく折り返しつきの手袋をしていた。全身は燐のように光り, 金属的に光る尖った帽子をかぶっていた。
小人は, 急に向きを変えると, 持っていた小箱をヘイノーネンの方に向けた。小箱の中の丸い穴から目がくらむほどの明るい脈動する黄色い光が発せられた。
次の瞬間, 円盤から濃い赤い霧が吹き出され, それが降下してきて, ビームに照らされていた雪から巨大な火花が立ちのぼった。火花は発光する棒のような形で, 赤, 緑, 紫と色とりどりの大きな弧を描きながら, ゆっくりと落ちてきた。多くの火花は二人の方向に直接向かってきたが, 二人ともなにも感じなかったという。
赤灰色の霧がみるみる濃さを増して小人をつつみこみ, 小人の姿は見えなくなった。
突然ビームが溶融し, 炎のように上昇してUFOの底部に吸い込まれていった。霧のカーテンがひき裂かれたような感じだったという。
いつのまにかUFOも宇宙人も消えていた。二人が宇宙人を見ていたのは, 15〜20秒ぐらいだった。
その後, ヘイノーネンは神経麻痺, 嘔吐感などに悩まされ, ヴィーリャは顔が赤く膨れあがったという。

【参考文献】
『UFOと宇宙(NO.33)』, 1978年【フィンランドの小人宇宙人】
『UFOの謎』, 1975年

『宇宙人の死体写真集』, 1989年
【関連サイト検索キー: Humanoid encounter in Imjarvi, Finland , 1970, ufo

参考外部=>NICAP (The 1970 UFO Chronology)

参考外部=>NICAP (Case Directory )
参考外部=>Think AboutIt - REAL(1970: Humanoid encounter in Imjarvi, Finland )

参考外部=>ufoinfo. com (January 7)

参考外部=>intcat (INTCAT 1970 JAN - JUN)




サイト:「noufors. com (UFO Occupants)」から
●ニエメイエル・ハイウェー着水UFO目撃事件(ブラジル)





(★着水しているUFOと離水するUFO)
サイト:「Think AboutIt - REAL」から
1970年6月27日の白昼, ブラジルのレブロン(Heblon)近くの大西洋岸を走るニエメイエル・ハイウェー近くの家から, 海上に着水してる円盤を目撃した事件。
着水した円盤には2人の人間が立っていた。円盤は, しぶきを上げ海上を滑走したあと, 空中に飛びあがった。

この日, ニエメイエル・ハイウェー(Avenida Niemeyer)脇のマチャド家(Machado)では, 家族一同が燐家のアギアール氏(Mr. Aguiar -警官)とパーティ・ゲームを楽しんでいた。
11時40分ごろ, アギアール氏が, 海上に着水する物体を目撃した。最初, 氏はそれが水しぶきをあげるモータボートだと思った。物体が着水したのは, 海岸道路であるニエメイエル・ハイウェーから約500メートル沖合である。 ハイウェーは, 海面から30〜40メートル高いところにある。
一同(全部で8名)はゲームをやめ, どうするかを検討した。アギアール氏が救助機関に電話をかけるため, 付近のマール・ホテル(Mar Hotel)へ走った。
残ったマチャド家の人々は, 物体を仔細に観察し続けた。 物体は, 白っぽい金属性の色をしており, 長さは4メートルほどあり, 透明なドームがついていた。
物体には二人の人間がいて, 光る衣服と頭部に何か着け, 物体のデッキ上で働いているように見えた。アギアール氏が
30分後にホテルから戻ったが, 物体はまだ着水していた。
やがて円盤型の物体は, 水面上約300メートルをモータボートのようにしぶきをあげ滑走し, 空中に浮き, 南東の方向に飛んでいった。このとき一同は, この物体が空飛ぶ円盤だと気づいた。
円盤が海上に着水していたのは,
約40分間だったという。


(★ニエメイエル・ハイウェー。道路の左上にマチャド家がある)


(★付近の地図)

【参考文献】
『UFOと宇宙(No.7)』【「海上に着水した円盤」, 文:ウォルター・ビューラー(W. Buhler), 訳:久保田八郎】, 1974年
【関連サイト検索キー: 27 Jun 1970, Rio De Janeiro, Brazil, ufo

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1970: UFO on the Sea Near Rio de Janeiro )

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; June 27)

参考外部=>intcat (INTCAT 1970 JAN - JUN)

参考外部=>UFOdna (27 Jun 1970 - Rio De Janeiro, Brazil)

参考外部=>oocities. org (UFO Occupant Sightings)
●エヴァルト・マウルップ(警官)UFO遭遇事件(デンマーク)


サイト:「Think AboutIt - REAL」から
1970年8月13日, デンマークのハーデルセルフ近くで, 帰宅中の警官, エヴァルト・マウルップがUFOに遭遇した。

デンマーク警官のエヴァルト・マウルップ(Evald Maarup- 38歳)は,
この日の夜10時半ごろ, クヌート(Knud)にある自宅へ帰るため, パトカーを走らせていた。
ハーデルセルフ(Hadersley)の北約10キロのところで, 車は突然, 強力な青みがかった光に包まれた。同時にヘッドライトが消え, エンジンが停止した。
彼は惰性で走る車を道路の端に寄せて, まぶしさのため, 腕で目をおおった。無線で署に連絡しようとしたが, それは全く機能しなかった。 マウルップは, 車内の温度が急速に上がり始めたことに気づいた。真夏の太陽の光が差し込んでいるかのようだった。
光が消えはじめ, マウルップが車内から見上げると, 光の束が見えた。その光束は, 底面の直径が4〜5メートルで, 高さが20メートルほどの円錐形をしていた。 光の先(上)は, 25メートルほどの高度に静止している物体の底部の開口部に向かっていた。
物体は直径が10〜15メートル, 高さが5メートルほどの灰色をした円盤で, 底部の両端に1つづつ直径が1.5メートルほどの半球のドーム(着陸ギア ? )がついていた。
円錐形の光は, 物体の底部に吸いこめれていった。とっさにマウルップはパトカーにある特殊カメラで3枚の写真を撮った。 マウルップが車外に出ると,
数秒後に物体は垂直に上昇し, 加速して音もなく消えていった。
UFOがいなくなると, パトカーのライトがつき, エンジンも正常に動かすことができた。無線も回復したので, 彼は急いで署に報告をした。
翌日, 撮影したフィルムを現像してみると, 光源だは写っていたが, はっきりしないものであった。
【参考文献・サイト】
『UFOの謎』【UFO目撃の諸例】, 著:エスタ・レーン, 共訳:金森誠也 / 岡潤
『UFOに関する極秘ファイルを入手した。』【第2章/ あなたも狙われている】, 著:リチャード・ホール, 訳:青木日出夫, 1989年
・サイト:「intcat(INTCAT 1970 JULY - DEC)」
・サイト:「Think AboutIt - REAL(1970: The Maarup sightings )」



サイト:「UFOs at close sight」から



(★マウルップと事件時の車)
サイト:「ufo-sandheden.dk」から

【関連サイト検索キー: Haderslev Denmark, Evald Maarup, 1970, UFO

参考外部=>ufo- sandheden. dk (Dansk Politibetient stoppet af UFO)

参考外部=>skeptica. dk (UFO-bogen - Kapitel 32: Politibetjent standset af ufo?)

参考外部=>UFOs at close sight (Close encounter in Denmark, August 13, 1970:)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1970: The Maarup sightings )

参考外部=>intcat (INTCAT 1970 JULY - DEC)

参考外部=>ufoinfo.com (On This Day; August 13)



●農家の庭に降りた円盤と乗員目撃事件(スペイン)


『コズモ(UFOと宇宙)(No.9)』から
  
1970年8月16日, スペインのバリャドリード(Valladolid)地方のプエンテ・デ・エレラ(Puente De Herrera)に住むルイス・デ・ディエゴ(Luis de Diego)氏の農家の庭に, 夜間UFOが降り立ち, そばに一人のヒューマノイド(人間)がいたことを手伝いの婦人が目撃した。

ドーム型の物体は幅が約4メートル, 高さが約2.5メートルあり, 何本かの脚(脚の高さは約60センチ)で立っており, 上部には回転する青白い光が見えた。
人物は高さが1.8メートルほどで, ぴったりした黒もしくは灰色の服を着て, ヘルメットをかぶり, 腰と足首, 手首には光るブレスレットのようなものをつけていた。夫人が, 家の外で目撃したのは
数秒間であるという。
物体は現れた時と同じ, ヒューッという音をたてたことを婦人は家の中から聞いている。
また, 円盤が降り立った場所は,
数日間, 夜になると光っていた。
【参考文献】
『コズモ(UFOと宇宙)(No.9)』【「スペインに出現した円盤と乗員」, 文:J・マシアス(J. Macias) & アンヘル・バリゴン, 訳:志田真人】, 1974年
【関連サイト検索キー: Puente De Herrera Valladolid Spain, 1970, UFO

参考外部=>ufoinfo. com (On This Day; August 16)

参考外部=>intcat (INTCAT 1970 JULY - DEC)

参考外部=>Think AboutIt - REAL (1970: August UFO & Alien Sightings )

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