UFOレガシーUFO・ミステリー事件遺産 当サイトで参考にしたUFO関連本一覧
出典ライブラリー

UFO事件集(1961年〜1970年) 


      1801年 〜 1900年 1901年 〜 1940年 1941年 〜 1950年 1951年 〜 1960年 1961年 〜 1970年 1971年 〜 1980年 1981年 〜 1990年 1991年 〜 2000年  
2001年 〜 2010年  2011年 〜 2020年 UFO事件集(索引欄)
1961年〜1970年
  1961年 1962年 1963年 1964年 1965年 1966年
1967年 1968年 1969年 1970年
1961年
200-20 事件名 470-55 事件の概要および詳細 230-25 その他参考サイトなど
●異星人からのパンケーキプレゼント事件(アメリカ)
【イーグル・リバー事件】
【サイモントン事件】


★ジョー・サイモントンとプレゼントされたホットケーキのようなもの
『伝説のコンタクティ30年間の記録 私が出会った宇宙人たち』から
1961年4月18日の午前11時ごろ ,ウィスコンシン州の片田舎イーグル・リバーに住む農家のジョー・サイモントン(当時60歳)が昼食をとっていると, 空から降りてくる無音の物体をキッチンの窓から発見した。
鳥小屋の前に着陸したその物体は,スープ皿を2つ合わせたような形で銀色をしていた。 扉があき黒っぽい服を着た小柄な人間が出てきて,水筒らしきものを持って水を飲みたいようなジェスチャーをしたので, サイモントンは,その水筒を取って家の地下にある水(庭の湧き水)をつめて渡してやった。
着陸した物体(UFO)の中をのぞくと3つのコントロールパネルと3人の男がおり,一人はパネルを見たままサイモントンの方を向かなかった。 グリルのような調理器で料理をしていた男を指さし「これから食事をするのですか?」というような会話をしたかったサイモントンに,その男は4枚のホットンケーキをくれたという。
サイモントンがUFOから離れると,水筒を渡した男が右手をあげUFOのドアを閉めた。
UFOは7メートルほど垂直上昇し,45度の角度で非常な速度で飛び去っていったという。 UFOの大きさは10メートルくらいで,厚さは4メートルほどであった。
【参考文献】
『伝説のコンタクティ30年間の記録私が出合った宇宙人たち』2008年


サイモントンは,4枚のホットケーキのうちの1枚を彼の誠実さと信頼性を保証した地方判事のカーターに譲った。 2枚目をJ・アレン・ハイネック博士に,3枚目はNICAPの手に渡った。 最後の4枚目はサイモントンの手許にとどめた。彼は,それを少し食べてみたが,「ボール紙のような味」がしたと語った。
そのホットケーキは,ただのコーンミールと塩と油だった。

【参考文献】
『UFO超地球人説』1976年,著:ジョン・A・キール
参考外部⇒オカルト・クロニカル(イーグル・リヴァー接近遭遇〜異星人のパンケーキ事件)
●ヒル夫妻誘拐事件(アメリカ)

★バーニーとベティ・ヒル夫妻


★マージョリー・フィッシュ
『UFOと宇宙(コズモ)』(No.6)から
1961年9月19日の深夜 のことである。 バーニーとベティ・ヒル夫妻がカナダからニューハンプシャー州ポーツマスにある自宅に車で帰る途中,ランカスターの南,インディアンヘッドの路上でUFOを目撃し, 恐怖から逃走中,不思議な怪音を浴び気絶し,意識が戻ったとき彼らの車は目撃地より離れたところを走っていた。
そして,二人の記憶も
2時間ほど が欠落していた。
身体に異常がおき,ノイローゼ状態になった二人は,ボストンの精神分析医サイモン博士を訪ねた。
事件から
2年後の1963年 ,催眠治療(逆行催眠)で思い出したのは,宇宙船内部に拉致されたことと, 異星人らしき生物から二人別々に彼らの体を調べられたことであった。 検査が終わったあと,ベティはしばらく異星人のリーダーと話をし,印象的だったのは宇宙図を見せられたことだった。
サイモン博士の催眠療法下で,彼女はその宇宙図を思い出し,スケッチしてみせた。でたらめな落書きとしか見えない図であったが,
6年後 にオハイオ州オーク・ハーバーに住む女性教師マージョリー・フィッシュが,試行錯誤を繰り返し,立体宇宙図の制作に取りくみ, ベティの描いた宇宙図と瓜二つの場所があることを発見した。
この事件を調査したフリードマンとキャスリーン・マーデン(ベティはマーデンのおば)は, この異星人の拉致者はゼータ・レチクル連星系出身だと考えている。

【参考文献】
『UFOと宇宙(コズモ)(No.6)』,1974年【円盤の中に連れこまれた男,文:南山宏
『UFOと宇宙人(99の謎)』,1978年【世界のUFO事件簿,文:南山宏
『世界UFO大百科(ムー別冊)』,1985年【ヒル夫妻の失われた2時間の記憶,文:西園寺知実】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年
   
●左図はベティが見た宇宙図。右図はマージョリー・フィッシュが解読した宇宙図。
『UFOと宇宙(コズモ)』(No.6)から
参考外部サイト⇒Wikipedia(ヒル夫妻誘拐事件)




★上図は夫妻が描いた円盤と生物
『UFOと宇宙(コズモ)』(No.6)から
★下図は二人の説明を聞き画家が描いたもの。
『神秘と怪奇』から
1962年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
●ワイルドマンUFO遭遇事件(イギリス)  1962年2月9日の夜明け前 ,ロナルド・ワイルドマンがアストン・クリントン付近の道路上でUFOに遭遇し,彼の乗っている車のエンジンのパワーが低下し速度が落ちた事件。
ワイルドマンは,ヴォクスホール・ステーション・ワゴンの新車を配送するため
午前3時 に,その新車に乗り,届け先であるスワンシーに向けて自宅を出発した。
ダンステーブルを過ぎて,アストン・クリントンにある人気のないアービンホー道路はずれの十字路に近づいたとき,
午前3時半近く になっていた。その時,ワイルドマンは地上から6~9メートル上に,長さが12メートルほどある楕円形の白い物体を目撃した。 物体の周囲には,丸窓とも空気穴ともつかぬ黒いものが等間隔に並んでいた。
ワイルドマンが,その物体に18メートルぐらいまで近づくと,車のパワーが変化し速度が32キロメートルまで落ちてしまった。 ギアをセコンドに入れ,アクセルをいっぱいに踏み込んだが,速度は上がらなかった。エンジンの回転数は落ちたが,ライトは消えなかった。
その物体は,180メートルほどの間,音もたてずに約6メートルの距離を保ちながら車の前方を進んで,その後下降をはじめた。 それから,物体は,周囲に月のカサのような白いモヤを生じさせ,右手の方角にものすごいスピードで飛び去っていった。 物体が飛び去るとき,近くの梢の霜を払い落としたので,その霜がワイルドマンの車のフロント・ガラスに降りかかった。

クランプによる,斥力場理論に基づく自動車への影響の分析図)

【参考文献】
『UFOと宇宙』1977年6月号(No.24),「続 宇宙・引力・空飛ぶ円盤」,文:レナード・クランプ
『UFOと宇宙』1977年12月号(No.29), 〃
●メスキート山脈上空の謎の大閃光(アメリカ)  1962年4月18日の夜,19時30分ごろ ,ネヴァダ州西部のリノ南方約70マイル(約112キロメートル)にあるメスキート山脈上空で,目もくらむような閃光が走った。 この光は5つの州で確認された。あまりの強烈なまぶしさに目撃者たちは,リノの通りがまるで巨大な閃光電球に照らされたようになったと語った。 この地域にいた化学者たちは,ある種の原子爆弾だと思う,と新聞記者に語った。原子力委員会は,急拠,この事件にかかわる可能性のある核爆発や実験は行われていないと報道機関に声明を出した。
閃光を発して爆発したこの物体は,爆発する以前に,レーダーで追跡されていて,ジェット迎撃機にも追われていた。 ニューヨーク州オニータで赤い発光物体が西方に向かっているとの報告が入り,その未確認飛行物体はユタ州ユーリカの電力変圧所付近に着陸した。 スティード空軍基地の空軍スポークスマンは,物体が着陸して変電所付近にいた
42分間 ,電力変圧所が稼働しなかったことを認めた。 空対空ミサイルで武装したジェット迎撃機が,フェニックス基地やリノのスティード・フィールド基地から呼び出され,物体がメスキート山脈上空で爆発したときに,追跡中だったのは明らかなことであるという。
【参考文献】
『空飛ぶ円盤の真実』1988年,著:フランク・エドワーズ
●ジョーンズ夫人UFO遭遇事件(イギリス)  1962年9月13日の深夜 ,レスターシャーとダービシャーとの州境の田舎道をドライブ中にマイラ・ジョーンズ夫人が乗る車のすぐ上にUFOが出現した事件。
ジョーンズ夫人はレスターシャー州(英国中部)モイラ市のノリスヒルの住人であるが,
この夜,夫の運転する車で田舎道をドライブしていると,車の上空ににある一個の光体に気づいた。 夫人は前にかがんで,フロントガラス越しに見上げると,車の真上の電信柱の高さぐらいのところに,車よりも大きな灰色に輝く物体があった。
底部はわん曲して,頂上部には子供のコマのようにドームがあった。底部の周辺には黒い点が複数あり,全体が少し傾いて回転しているようだった。 夫人は,それが車のボンネット上に降りてくるのではないかと,恐怖を感じたという。 そのうち,その物体は,ロケットみたいなシューツという音をたてて見えなくなってしまった。
物体が,車の真上にあったときも,EM効果は起こらず,車のスピードは落ちなかったという。

(ジョーンズ夫人の目撃例を斥力(R)場理論により分析した図-レナード・クランプにより)

【参考文献】
『UFOと宇宙』1976年6月号(No.18),「続 宇宙・引力・空飛ぶ円盤」,文:レナード・クランプ
『UFOと宇宙』1977年11月号(No.28), 〃
●ミラノ小人異星人遭遇事件(イタリア)  1962年12月17日の夜 ,夜間パトロールマンが絹糸クズ処理工場の構内で,円盤と中から現れた身長が1mぐらいの異星人に遭遇した事件。
ミラノ警察の夜間パトロールマンのフランセスコ・リッチ(37歳)は,
の巡視を終ろうとして,サンタ・アンプロシア広場から数歩離れたサンタ・バレリア通りの絹糸クズ処理工場の構内に入った。 2時20分 のことである。工場内の広大な中庭の真ん中あたりで,リッチは右手にシューッという音を聞いた。 その音は次第に大きくなり,あたりを見まわすと,信じられない物体が地上約1mの空間に浮かんでいた。 直径は,4~4.5メートルあり金属製らしく銀色の反射が見えた。頂上部には多くの窓が並んでいて輝いていた。
すると,シューッという音がやみ,円盤の底部のドアが開いて,そこから一人の身長が1メートルほどの小人が出てきた。 庭が暗いためよくは見えなかったが,その男の頭は真っ黒のようで,上下続きのキラキラ輝く服を着ていた。 その男は敵意をもたぬようで,1本の指をリッチの片手に向けて,他の手で近くに来いというような合図をした。 だが,リッチは体がマヒして全く動けなかった。まもなく円盤から別な男が降りてきて,先の男に命令するように中へ入るよう合図した。 急に二人の背後のドアがしまり,ふたたびシューッという音が聞こえて,円盤は白い煙状の雲の中に消えていった。。

【参考文献】
『UFOと宇宙』1976年6月号(No.18),「続 宇宙・引力・空飛ぶ円盤」,文:レナード・クランプ
1963年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
●ミナスジェラエス宇宙人遭遇事件(ブラジル)


『ムー』1979年創刊号から
1963年8月28日の夜間 ,ブラジルのミナスジェラエス州に住む3人の少年が,球体UFOの中から降りてきた身長2メートルもある異星人と遭遇した事件。
遭遇したのはフェルナンド(12歳),ロナルドとマルコス(どちらも7歳)の3人で,家の庭の上空5メートルほどのところに表面が透明で,四角に区切られている直径3メートルほどの球体を発見した。 中には4人の人影が見え,いすにすわっているようだった。全員,透明のヘルメットをつけ制服を着ていた。 すると,球体の下から地上に2本の黄色い光線が出た。その光線の間を一人の乗員が降りてきた。 それは,身長が2メートルほどで,皮膚は赤みをおびていた。目は大きく一つしかなかった。背中には銅色の小箱を着けていた。 その巨人は少年たちに近づいてきた。恐怖にかられた少年たちであったが,巨人が手を水平に動かし,奇妙な声を発すると,少年たちの恐怖心はうすらいだという。 巨人は庭の井戸にすわり,球体と話をしているようだったという。 フェルナンドがレンガを拾って投げつけようとすると,巨人は胸の長方形の部分から光線を発し,フェルナンドの手に当てた。 手がしびれフェルナンドはレンガを落とした。 やがて巨人は花壇の植物を左手で採取し,球体の下にもどり合図をすると,降りてきたときと同じように黄色い光線の間を球体に戻っていった。 球体は急上昇して消えていったという。

【参考文献】
『ムー』1979年創刊号,「異星人は敵か,味方か?」


『ムー』1979年創刊号から
(イラスト:金森達)
●ウィドビー島UFO乗員遭遇事件(アメリカ) 1963年10月 ,ワシントン州アイランド郡にあるウィドビー島に住む,ブラウン夫人(仮名)が,昼間,自宅近くに降りてきたUFOとその乗員に遭遇した事件。
このウィドビー島に住むルイス・ブラウン夫人(仮名)は,朝食時,奇妙な飛行物体に気づいた。 UFOは,北から近づき,家の東側のごく近いとろで地上約5フィート(1.5m)の空中に静止した。
長さは約10フィート(3m),色は灰色で,飛行機から翼,尾の部分,垂直安定板,着陸装置を取りはずしたようなかっこうをして推進装置などは見あたらなかった。 前の部分は透明で,なかに少なくても3つの人影のようなものが見えたという。 UFOが空中に静止しているあいだ,その下の草は地面になぎ倒されていた。
いつのまにか,人間と同じような乗員の一人が地上に立っていた。その乗員は機体の側壁から,しみ出すように出てきたらしいという。 その乗員の服装は,石綿布のカバーオールで,足,手,顔のぜんぶ覆われていた。眼がある部分だけは開いていたが,そこに眼らしきものはなかった。
UFOは,地上の乗員に誘導されて,ゆっくりとブラウン夫人の家の周囲をまわりはじめた。 ブラウン夫人は,その地上の男に何をしているのかを,大声で叫ぶと,その男は機内の仲間たちと相談をしているようだったという。 そして,「仲間の一人があなたを知っているのです。ではまた来ます」と言って,男は出てたときと同じような方法で機内に戻っていった。
UFOは,なおも家の周囲をまわりつづけ,ブラウン夫人もそのあとを追って家のまわりをまわっていたが, なんの前ぶれもなしに,UFOは,いきなり目に見えて小さくなり,おまけに傾いたのでうしろの部分が地面にもぐって,穴掘り作業のようなことを始めた。 驚いた夫人は,それが地面から水を汲んでいるのだろうと思ったが,後になって考えてみると,それは何か燃料を探しているようでもあったという。
ブラウン夫人は,その間,乗員たちから,機体にさわったり近づいたりしないようにと,テレパシーで指示を受けて,それがよく理解できたという。 作業が終わると,UFOは膨張して,もとの大きさにもどった。
UFOは,煙と蒸気をもくもく吐いて,閃光をきらめかせ,音をひびかせながら,あっというまに,東の方角に消えていったという。
UFOが,穴掘り作業をしたような場所からは,しばらくたってから,妙なキノコが1本生えてきた。

【参考文献】
『UFOと宇宙(NO.31)』1978年【(続)宇宙・引力・空飛ぶ円盤(13),文:レナード・クランプ,訳:遠山峻征】
●トランカス奇怪UFO着陸事件(アルゼンチン)


★最初に目撃された線路上の管で連結された物体

★門の近くで目撃された円盤状の物体
『UFOと宇宙』NO.7から
 
1963年10月21日 ,アルゼンチンのトゥクマン州にあるトランカスという田舎町から3キロあまり離れたところで農場を営むモレノ一家が奇怪なUFOの着陸を目撃した事件。

この日の夜 ,停電のためモレノ家は,懐中電灯とローソクを使用しなければならず,一家は早めに就寝した。 午後9時30分ごろ ,裏庭が不思議な光に照らされるのを女中のドラ(15歳)が目撃した。 起きていたヨリエ夫人と姉のヨランダとドラが中庭にでると,家から150メートル程離れたベルグラーノ鉄道の線路上に約90メートルの長さの管状の輝く 細長い物体で連結された2つの平べったい物体を目撃した。何人もの人影(約40名)が光る管の中を行ったり来たりしていた。 これは,たぶん脱線事故かサポタージュの労働者のたぐいかと思ったという。 寒い のため,充分に着込むため3人は一度部屋に戻った。
起きてきたもう一人の姉のアルヘンティーナが窓の外に何かを発見し,狂乱状態になった。 モレノ家の両親も目を覚ました。
護身用の拳銃を持ったドラが先頭にたちヨリエとヨランダの3人が線路に向かい歩いて行った。 すると農場の正門付近に緑色の光がまたたいた。農場のトラックだと思い,ドラは門を開けるため走りよった。 ヨリエがその物体に懐中電灯を向けると,やにわにずらりと6個の小さな窓がうかび出て,らんらんと光り出した。 それはトラックなどではなく,奇怪な円盤型物体で目の前の空中にが浮かび上がっていた。 物体は直径が約8メートルで表面はアルミニウムのような金属製で,いくつもの部分に分かれ,リベットでつなぎ合わされているように見えた。 頂上には金属らしいドームがあるが,黒くてリベットはない。窓は約90センチ×60センチの長方形で強力な白色光を放っていた。 物体の上から下までの高さは約3メートルあり,地上から1メートル半ぐらいの高さにうかんで,ゆっくりゆれ動いていた。 底面から白っぽい霧をもくもくと吹き出しており,窓からしたを包み込んでいた。 モヤが濃くなり硫黄臭が鼻を突いた。突然,物体のどこかから放射された赤い炎で,3人は地面にたたきつけられた。 3人は,無我夢中で母屋に逃げ込んだ。
その頃 ,線路上に3個のもっと明るい光体が輝いた。線路上の明るい管上のものは消えて、線路上に物体は5つになった。 増えた3つの物体は,門付近に存在する円盤状の物体と同じ外観をして,線路上に浮かんだり着陸したりしていた。 やがて,その3つの円盤状物体の一つから不思議な2本の凝集光線がモレノ家のトラクター小屋に放射された。 幅約3メートルの光線は線路と小屋の180メートルの距離を伸びていくのに 数分 を要した。光線は小屋の手前約2メートルのところで停止した。 光線は完全な円筒形でどこにも影はなかった。ヨリエ夫人は右の腕をその光線の中に突っ込んでみたという。 強烈な熱を感じただけであった。他の円盤からも次々に2本づつの不思議な光線がくり出された。
門近くで目撃された円盤からも,庭先上空からモレノ家の母屋に向け同じような不思議な光線を放射していたという。 こちらはなぜか1本の光線だったが,モレノ家の内部は温度が40度C以上に上昇し,家の中は真昼のように明るく照らされたというが,光源がどこなのかは分からなかった。
やがて,6つの物体は一団となって東の方角へ飛び去った。 最初に目撃されてから
約45分 が経過していたという。
【参考文献】
『UFOと宇宙』1974年8月号(No.7),「アルゼンチンの奇怪なUFO着陸事件」,文:オスカー・A・ガリンデス
『謎のUFO怪事件』,1992年


★怪物体とモレノ家の図
『UFOと宇宙』(No.7)から
1964年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
●ソコロ事件(アメリカ)
【ロニー・ザモラ事件】


★目撃者ロニー・ザモラ


(Astrojan Astronomical Picture Collection)
1964年4月24日,17時45分 のことである。ニューメキシコ州のソコロという町を車でパトロール中の警官ロニー・ザモラが,スピード違反の車を追跡中に, 南西方向に轟音を聞き炎を目撃する。 近くにあるダイナマイト小屋の爆発かと思ったザモラは,未舗装のガタガタ道にパトカーを乗り入れダイナマイト小屋の見える丘の頂上に車を走らせた。 すると,800フィート(約240m)離れたところの川床に光る卵型の物体があった。 無線で本部に救援を求めたあと,物体に目を転じると,物体のそばにうごめく白い服を着た2つの小さな人影を発見した。 よく見ようと車をスタートさせ,物体に近づくと,地形のため物体は視界からさえぎられた。再び物体を目撃できたのは150フィート(約45m)たらずのところである。 物体はフットボールに似た形で,アルミニウム色をしており,つき出た4本の足の上に乗っていた。物体の側面には赤色の妙なマークが描かれていた。 そばにいた人影は姿を消していた。
ザモラが車を降り物体に近づいていくと,突然その卵型物体は轟音を立て機体の下部から炎と煙を吹き出しながら上昇した。 物体は20フィート(約6m)の高度で止まり(轟音と炎は消えていた), 今度はかすかな振動音をたてながら付近の低木(ブッシュ)を燃やしながら平行に約2,3マイル(約4000m)移動した。 そばのダイナマイト小屋の上を辛うじて飛び越えた。物体は急に上昇態勢に移り,急速に加速し空の彼方に飛び去ってしまった。
応援に呼ばれた警官が現場に到着したときには,低木はまだ燃えており,卵型物体の支柱跡のようなものが発見された。 また,建築現場で使うダイナマイトの貯蔵小屋が近くにあったが,運よく無事であった。
また,
1980年10月 ,ソコロにはVLA(The Very Large Array)プロジェクトによる直径25mのパラボナアンテナを27台集積した直径130mの電波望遠鏡が開設された。
【参考文献,参考サイト】
『世界の四次元現象1』,1971年
『UFOと宇宙』NO.33,1978年【警官が目撃したソコロ事件】
『UFOと宇宙』NO.68,1981年【ソッコロ円盤と巨大電波望遠鏡】
『UFOと宇宙』NO.75,1981年【ソッコロ事件の"古典的"評価を洗い直す】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年
Wikipedia(電波望遠鏡)

     
ソコロ事件現場で,UFOのために焼けこげたブッシュを空軍技術者がガイガー計測管で調査するのを見ているニューメキシコ州警察のロニー・ザモラ。
(『UFOと宇宙』NO.25 「UFO目撃を妨害するFBI」から)
参考外部サイト⇒Wikipedia(ソコロUFO事件)

参考外部サイト⇒UFO事件簿(ソコロ事件)

参考外部サイト⇒実録!!ほんとにあった(と思う)怖い話(「ソコロ事件」の真相とは!? )

参考外部サイト⇒怖話(【1964年】ソコロ事件)

参考外部⇒オカルトまとめ(UFOに錬金術のマークが?!アメリカを震撼させた“ソコロUFO事件”は本当に第3種接近遭遇例かもしれない!)

参考外部サイト⇒NAVERまとめ(UFO目撃・宇宙人遭遇事件まとめ)






★ザモラ氏によるUFO側面のマークのスケッチ
『UFOと宇宙』NO.75より)
●ヴァンデンバーグUFO撮影事件(アメリカ)
【ビッグ・サー事件】



★BU望遠鏡を搭載した移動式車輛前での撮影クルー
『UFOと核兵器』から
1964年9月15日,カルフォルニア州ヴァンデンバーグ空軍基地から発射されたICBM(大陸間弾道ミサイル)アトラスのテスト飛行を撮影したが, その映像中に,飛行中のミサイルの核弾頭に光線を発射したUFOをとらえた事件。
撮影クルーは,ビッグ・サーに撮影装置を設置しており,ミサイルは高度約96キロメートルを時速1万7000~2万2000キロメートルで飛んでいた。
この日の早朝,ヴァンデンバーグ基地から打ち上げられたICBMアトラスDの発射後に起こった。 高空に達したアトラスロケットから模擬核弾頭が分離されたとき,突如として円盤型UFOが接近し,4本の光線を弾頭に放射したというものである。 しかしこれは,撮影現場で目撃されたものではなく,撮影された映像が翌日上映され,その中においての出来事である。
弾頭にアプローチした物体は4つの異なったフラッシュを放ち,フラッシュが激しかったので,周囲に光輪を形成した。物体は来たのと同じ方向にフレームを去り,弾頭は軌道を外れて急落した。
アトラスの発射工程を撮影する撮影クルーは,発射サイトの北西約124マイル(約200km)にあるカルフォルニア州ビッグ・サーに撮影装置を設置していた。
この撮影に使用された装置は,反射鏡径24インチ(61cm)のグレゴリー式望遠鏡/カメラシステムで,
1950年,政府契約によってボストン大学で製作されたBU望遠鏡と呼ばれるもので移動式ミサイル実験望遠記録車輛と表現されている。
【参考文献】
『UFOと核兵器』,2011年
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年
参考外部サイト⇒ニラサワ研究室(宇宙的変革期におけるUFOの介入<その1>)
●シスコグローブ宇宙ロボット襲撃事件(アメリカ)


『謎のUFO怪事件』から
1964年9月4日 ,カルフォルニア州のシスコグローブ山中において弓矢による狩猟を楽しんでいたA氏が, 宇宙人らしき2人と2体のロボットに襲撃された事件。
この日の
夕刻 ,シスコグローブの山中で弓矢による狩猟を楽しんでいたA氏と2人の友人は,狩りが終わった後, 別々の道を通ってキャンプに戻ることにした。 ところが,日も暮れてすっかり暗くなったところで,A氏は道に迷ってしまった。 助けを求めて火をたいていると,1つの光体があらわれ,近くの峰の向こう側に降下するのを目撃した。
やがて,その方角から何かが近づいて来る物音を聞いたA氏は,近くの木によじ登り,様子を窺うことにした。 すると,潜水服のようなものを着て透明なヘルメットを被った2人の人間と,四角い顔にオレンジ色の目が輝き,ふわふわと宙を浮きながら近づいて来る一体の黒いロボットが, 満月の月明かりに照らし出された。
A氏を見つけた宇宙人とおぼしき2人は,盛んにA氏のいる木を揺すった。 彼ら2人は,互いに相手を木の上に押し上げようとしたが,木登りということを知らないようだった。 ロボットは,浮き上がって来たが木の枝が邪魔になってA氏のそばに近づけなかった。
A氏は木の上の方まで登りつめ,体をベルトで木に固定して,もっていたものに火をつけ次々に投げつけた。 宇宙人は木から遠ざかったがロボットは動じなかったため,3本の狩猟用の矢を射かけると,2本が命中した。 青味がかった火花が飛び,後向きに転倒したが,すぐにおきあがり木のそばにやってきた。
やがて,もう一体のロボット現われ,最初からのロボットと向かい合った。すると両者の間から閃光が飛び,蒸気のようなものがもくもくと吹き上がった。 その蒸気を吸い込んだA氏は意識を失った。
気がつくと,すでに
夜は明け 太陽が昇りかけていた。謎の飛行物体も宇宙人もロボットも消え失せていたという。
A氏は捜索にきた友人に助けられた。

【参考文献】
『UFOと宇宙』NO.33,1978年【閃光を放った宇宙ロボット】
『謎のUFO怪事件』,1992年,著:南山宏
参考外部サイト=> 怖話(【1964年】シスコ・グローブ事件)

参考外部サイト=> 緑道(シスコグローブ事件)

参考外部サイト=> 毒ガス宇宙人、恐怖の襲撃

参考外部サイト=> リアルライブ(まるでB級映画の世界!? 毒ガスを吐く「宇宙人ロボット」が現れた!?)
●ニューベルリンUFO修理目撃事件(アメリカ)

『UFOと宇宙』NO.11から 
1964年11月25日の深夜 ,ニューヨーク州のニューベルリンのファイブ・コーナーズ地帯のすぐ北西,国道80号線の地点の丘の中腹に1機の円盤が着陸し, その乗員によって円盤の修理が行われているのを,近くに住んでいた夫人が 明け方まで , 約4時間 にわたり家の中から双眼鏡で目撃した。 修理は着陸した円盤の真下で行われており,最初5,6人の乗員で行われていたが,近くに着陸したもう1機の乗員も加わり,最後は10人をこえる人数で行われた。 円盤らしき物体は,かなり強い光を発しており,その外見ははっきり見えなかったという。 乗員の身長は1.8〜2.4メートルあり,ダイバーが着るウェット・スーツのようなものを着ていた。 修理した部品を円盤の下部に取り付けることに何度か失敗し,ようやく成功したのが, 朝の5時少し前 だった。修理を終えた2機の円盤は,最初垂直に上昇し, 次にはものすごいスピードで水平飛行し姿を消したという。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.11)』,1975年【ニューヨーク州の着陸事件・文:テッド・ブリーチャー,訳:増野一郎】
 
 
1965年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
●スコリトン金星人遭遇事件(イギリス) 


★目撃した円盤の模式図

★ヤムスキーのスケッチ
『UFOと宇宙(NO.46)』から
1965年4月24日,アーサー・ブライアントがスコリトン草原でUFOから降りてきた3人の金星人と遭遇し, 1人は「自分はヤムスキーだ」と伝えたという事件。この日ジョージ・アダムスキーが死んだ翌日 のことである。
この日の夕方,南西イングランドのダートムーア刑務所の近くに住む老人ホーム管理人をしているアーサー・ブライアント(51歳)は, スコリトン草原に日課である散歩に出かけた。
草原に着いた
5時半ごろ,上空に巨大な円盤状の物体がこつぜんと出現した。 円盤は,時計の振子のように左右に揺れながら,ブライアントの約25メートル離れた,地上から1メートルの高さのところに停止した。
中央付近のハッチから,3人の人物が現われ,彼に向かって手招きをした。なぜか恐怖心がわかなかったブライアントは,小さな道の鉄柵を越え,近づいていった。そばに行くと,3人はヘルメットをぬいだ。3人のうちの2人は金髪で,額が異常に広かった。瞳は青く全体に気品が漂っていた。しかし,手の指は4本で親指にあたるものがなかった。最初,呼吸が不自然だったが,いつのまにかスムーズになった。3人目の人物は,地球人そっくりの容貌をして,金髪のショートカットで濃い茶色の眼をして14~15歳に見えた。その少年は小柄なため,服がダブついていた。3人とも銀色の潜水服のようなものを着ていた。
少年に見える人物がリーダーらしく,ブライアントにアメリカなまりの英語で話しかけてきた。自分の名前は「ヤムスキー」とかいい,「デス」あるいは「レス」が会いに来てくれれば,すべてを理解するのだがと言っている。 また彼と仲間は金星から来たのだという。その後,ブライアントは円盤内に招き入れられ船内を見学した。
ヤムスキーは,ブライアントにまた会いに来ることを約束した。ブライアントは,円盤から10メートルほど離れたところからサヨナラのあいさつを交わした。あいさつが済むと3人は円盤の中に入りハッチが閉じ,円盤は上昇し上空に消えていった。
英国のUFO学者たちが,接触者ジョージ・アダムスキーが,
1965年4月23日に,ブライアントの接触のわずか数時間前に,ワシントンDCで急死したことを知ったのは,それから何週間もたってからだった。
ヤムスキーは,アダムスキーの生まれ変わりだったのかもしれない。
アーサー・ブライアントその人は,
1967年6月24日ケネス・アーノルドが空飛ぶ円盤を目撃した日の20年後)に脳腫瘍で亡くなった。 また,これと符合するように,2冊の有名なUFOの本の著者で,ながいあいだ研究者でもあったジャーナリストのフランク・エドワーズが,ブライアントより2,3時間前に,インディアナの自宅で亡くなっている。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.46)』,1979年【スコリトン・ミステリー・文:日高実男】
『宇宙よりの来訪者』,1977年,著:ロイ・ステマン
『UFO超地球人説』,1976年,著:ジョン・A・キール,訳:巻正平
参考外部=> TOCANA(死後、地球人は異星人として生まれ変わる? UFO研究家を悩ませ続ける「スコリトン事件」)

参考外部=> GA Site(アダムスキーが帰ってきた?という奇妙な物語)
●レックス・ヘフリンUFO目撃撮影事件(アメリカ)

(窓ガラスを透した1枚目の写真)


(右ドアの窓からの2枚目の写真)
 
1965年8月3日 ,カルフォルニア州オレンジ郡のサンタアナ付近で,レックス・ヘフリンがハイウェー・パトロール中, 正午過ぎごろ ,サンタアナ自由高速道路の上空にUFOを目撃し,それを撮影した事件。
レックス・ヘフリンはロスアンゼルス郡ハイウェー委員会ハイウェー事故調査官であるため、日頃,ポロライド・カメラを持ち歩いていた。 フィルムの規格はASA3000,電動式露出装置がついているため,カメラを向けてシャッターを押すだけで撮影できるようになっていた。 サンタアナ付近のマイフォード・ロードを公用トラックで走行中,見慣れない物体が近づいてくるのを目撃した。 トラックを止め,横においてあったカメラで車内から3枚の写真を撮った。 1枚目は窓ガラスを透して,2枚目は物体が北東の方に動いていたので右ドアの窓から,3枚目は物体の高度が50メートルほどになったときに同じ窓から撮ったという。 そして,トラックから下り,4枚目の最後の写真を撮った。物体は,よろめくジャイロスコープのような動き方をし,高度を上げるほど安定したという。 物体はスピードを増したあと,胴体でできたような輪状の黒青色の煙を出し,
30秒ほど 続いた。このときの様子が4枚目の写真に写っている。その後,物体は北東の方向に飛んで姿を消した。
物体の大きさは直径が10メートル,高さが約3メートルであったという。
ヘフリンは,無線で事務所と連絡をとろうとしたが,UFOが近くにいる間は,無線が通じなかった。UFOがいなくなると,無線は正常に作動したという。
◎ヘフリンの撮った1枚目の写真。物体の真下の土埃が舞い上がっているように見えることに注意。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.13)』,1975年【ソ連圏のUFO現象(2)・文:イオン・ホバナ//ジュリアン・ウェヴァーバーグ,訳:久保田八郎
『空飛ぶ円盤の真実』,1988年,著:フランク・エドワーズ
参考外部⇒YAHOO!ブログ(☆レックス・ヘフリン円盤写真の分析)
参考外部⇒UFO事件簿(ヘフリンのUFO写真)
参考外部⇒GA Site(ルーマニアのUFO出現事件)



(同じ右ドアからの3枚目の写真)


(4枚目の写真)
●ジェームズ・ルッチUFO目撃撮影事件(アメリカ)

ルッチのUFO写真
『UFOと宇宙(NO.31)』から


ジェームズ・リッチのUFO写真
『UFOの謎』から
1965年8月8日の午後11時30分ごろ ,ペンシルバニア州ビーバー・カウンターのブライトン・タウンショップに住む, 航空州兵隊所属のプロ写真家の息子であるジェームズ・ルッチ(17歳)が,自宅のすぐそばで,樹々のあいだに出現したUFOを2枚写真に撮影した事件。

この夜,ジェームズは自宅近くで,タイム露出による月のカメラ撮影を行っていた。このとき,兄のジョン(20歳)もいっしょに居あわせた。

11時30分ごろ ,ジェームズが新たなひとコマの撮影にとりかかってちょうどシャッターを開いたとき,丸いずんぐりしたかっこうの物体が, 月よりも明るい光を発しながら,左手の木立の上の方角から近づいてきた。 ジェームズはカメラがこの物体を捕えたにちがいないと思い,シャッターを閉じ,急いでフィルムを巻いてまたシャッターを切った。
このときUFOは,約400メートルほど離れたところをゆっくり飛行していた。 だが,3枚目を撮ろうとしたときには,UFOは急上昇して視界から消えてしまっていた。
このUFOが急上昇したもようは,ジェームズたちがいたところの道路をへだてた家にいたマイケル・グローブが目撃している。
ルッチ一家は冷笑の的になることを恐れて,はじめのうちは事件の公表を避けていた。 しかし,友人たちの熱心な勧めで,「ビバー・カウンティー・タイムズ」紙に,問題の写真を提供することにした。 新聞社の3人の写真専門家は,あらゆる角度からこれを検討し,この写真が本物であるとの判断をくだした。
この話が新聞記事として公表されると,NICAPピッツバーグ支部長ウィリアム・B・ワイゼルは,いちはやくネガを入手してNICAP自身による分析にとりかかった。 新聞社のスタッフの協力を得たワイゼルと支部の委員ロバート・ブラウンは,5日間をついやして目撃者たちと面接し, 写真を航空地図や地形図とつき合わせて検討し,また,撮影時の写真技術的なデータを収集した。
ルッチのUFO写真の撮影データは,次のとおりである。
カメラはヤシカ635,アルティパン120フィルム(ASA100)使用,絞りf3・5,距離は無限大,露出時間6秒。 また現像時間は12分,新しいD76現像液を使用し,華氏70度(摂氏21・1度)で攪拌しながら現像した。 ここに掲載した写真(左欄内)は細部をはっきり出すために特別な方法でプリントしたものである。
UFOは動いていたために,ややボケて見えるが,テレビ塔(掲載したプリントには写っていない)は,はっきりと写っていた。
【参考文献】
『UFOと宇宙(NO.31)』1978年【(続)宇宙・引力・空飛ぶ円盤(13)・文:レナード・クランプ,訳:遠山峻征】


ジェームズ・ルッチ(17歳)は, その晩(1965年8月8日23時30分ごろ) ,家のすぐ傍の戸外で,時間撮り写真にとりかかろうとした。 その時,二人(ジェームズと兄のジョン)は,大きな鋭く光る,ひらたい底部をもつ皿のような物体が樹々の間に出現したのを見た。 この物体は,突然空中に静止した。ジェームズは,このとき1枚目の写真を撮った。 この最初の写真では,物体の右側に月があった。 この物体は,その後右方に向かって進み,その場にしばらくとどまった。 その際,2枚目の写真が撮られた。この写真では,月は物体の左側にあった。 カメラはその際に,UFOの下側に巨大な輝きをとらえている。その後,物体は迅速に高空に上昇し,消えていった。
写真家のハリー・フライとバーディー・シャンクはネガからいくつかの写真を現像しはじめた。 それはあるいはあるかもしれない二重の露出あるいは不慮のレンズの反射をたしかめるためであった。 彼らは一枚のネガを他のネガに上に重ねた。 輪郭,生垣のそばの樹木,月の新しい位置に対する円盤の位置の変化などがうまくあうかどうかを見ようというわけである。 これらはぴたりとあった。二重の露出とかレンズの反射などはいっさいなかった。このような背景で,写真を人工的にでっちあげることは不可能である。 ここで使用したカメラは,ヤシカ635である。彼らは写真は本物だと述べている。

【参考文献】
『UFOの謎』1975年,著:エスタ・レーン,訳:金森誠也
参考外部サイト⇒インチキUFO写真展(1960年代)
●ハーツキ謎の三角翼機目撃事件(カナダ) 1965年10月のある朝 ,アルバータ州カルガリーに住むウィリアム・ハーツキは,牧草地に置いてある不思議な三角翼の飛行機を見つけた。
ミスター・ハーツキが,カルガリーに近いサークル・ジェイ・ランチの牧草地を馬に乗って走っていると,小さな飛行機のようなものが地上に置いてあるのを発見した。
近づいてみると,その物体の周りに,人影はなかった。物体の長さは約16フィート,翼長が約12フィート,胴体の厚みが4〜5フィートだった。色はシルヴァー・グレーで,後退角(三角)翼がついていた。その外面は,「ワッフルのように」不規則で,透明なプラスティック様のドームが操縦室をおおっていた。それを通して,複雑な装置が見えた。14インチの「TVスクリーン」,二つのちいさな透明ガラスの様なものでできたバケット・シートなど。機体には,目に見えるモーター,プロペラ,ジェットなどのような推進装置はなく,また,どんな種類の標識や認識マークも付いていなかった。
どうやら,それはかなり小さいパイロット用につくられたもので,ジェットやプロペラを必要としない何らかの未知の原理で飛ぶもののようだった。
ハーツキは仕事のスケジュールの関係で,もう一度そこに戻って調べることが許されなかったため,その後のことは不明となった。。

【参考文献】
『UFO超地球人説』,1976年,著:ジョン・A・キール
●ケックスバーグUFO墜落事件(アメリカ)
1965年12月6日 ,巨大隕石のような物体がカナダとアメリカにまたがる北東の空を横切るのを6つの州の住人が目撃した。 ペンシルバニア州ケックスバーグの町の多くの人も目撃し,この火の玉は町から近い渓谷に落ちたことを複数の人が証言した。
いち早く墜落現場に到着した住民や消防士などが目撃したのは,さまざまな色の光線やアーチ型の光線を放っているドングリ型の物体であった。 釣鐘型の機体の底部のふちに象形文字のようなものが書かれていたと証言する者もいた。
まもなく,軍が到着し一帯は封鎖され,誰も現場に入れなくなった。 町の人々の証言によると,軍用車隊が防水シートで覆った物体を荷台に乗せた平床トラックを先導し町を通り抜けていったという。

【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年
参考外部=> マニア道(UMA&UFO(未確認生物&未確認飛行物体
1966年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
●ウォナキューUFO目撃事件(アメリカ)

★ウォナキュー貯水池上空のUFO
『完全版・世界のUFO現象』から
1966年1月11日の夜 ,ニュージャージー州のレイモンド・ダムのウォナキュー貯水池上空に浮かぶUFOを, たくさんの住民が目撃した事件。
レイモンド・ダムの上空にUFOが旋回しているとの情報から,沢山の住民がダムに集まってきた。 物体は円盤型で,直径は,1〜3メートルの間で絶えず光りながら,白から赤,緑,そしてまた白という具合に色を変化させていた。 また物体からは,貯水池に吸い込まれるように光線が何度も下へほとばしるのが目撃された。 物体は
2時間ほど 貯水池上空にとどまっていたが,やがて上昇して見えなくなった。
物体は
翌日の午前2時ごろ にも,この貯水池上空で目撃された。
【参考文献】
『空飛ぶ円盤の真実』,1988年,著:フランク・エドワーズ
参考外部サイト⇒excite.ニュース(七色の光を発するUFO!? 宇宙の光線は氷を溶かす!)

参考外部サイト⇒リアルライブ(七色の光を発するUFO!? 宇宙の光線は氷を溶かす!)
●キパパ宇宙人遭遇事件(ブラジル)


★(上)大男のかぶっていたヘッドギアのようなもの
(下)目撃したUFO
(IIIust/FSR vol.17, no.2)
『宇宙人の死体写真集2』から
1966年2月25日の夜 ,ブラジル北東部のペルナンブコ州ガランハンスの近くにあるキパパで,3人の女性が小柄な宇宙人3人とロボットに遭遇した。
この日の午後10時10分 ,マリア・マルルース・ダ・シルバ(20歳)と妹のマリア・マルルーシィ・ダ・シルバ(17歳)とオフェリア・ベルソア(21歳)の3人の女性が, 友達を訪ねるために家を出た。
砂糖工場の狭軌鉄道に沿って延びる,明るく照明された道路を歩いていった。 その道路より鉄道線路は1メートルばかり下にあった。突然,100メートルほど前方の道路の真ん中に,いくつかの光が出現した。
彼女たちは,故障したジープでも修理しているのだろうと考えた。 しかし,彼女たちが50メートルほどまで近づくと,それは,車ではなく大きな皿かカップを逆さまにしたような不思議な物体で,その物体なは二つの大きなヘッドライトが付いていた。
物体のそばには8〜9歳の子供ぐらいの背丈の人物が3人立っていた。 3人はそれぞれ大きなヘッドギアをかぶっているようで,身振りなどからお互いが話し合っているように見えたが, 声は聞こえてこなかった。
そして,そのそばには身長が2メートル以上もある大男が身じろぎもせずに立っていたという。その大男の上半身は光っていて,頭には輝くヘッドギアのようなものをかぶっていた。それは,緑から青,赤というように色の変化を繰り返して輝きを増したり減らしたりしていた。
マリアたち3人は,マリアの家に駆け戻り,母親を連れ出して農場の門までたどりついたとき,UFOがマリアたちに向かって飛んで来るのが見えた。
全員がパニック状態になって家のなかに駆け込んだが,姉のマリアだけは家の外にとどまってUFOを見ていたという。
UFOは家の上空を何回か旋回し,やがて高度を上げて消えていった。
姉のマリアの証言によると,3人の小さな生物は,上下つながりのスーツを着ていて,色はグレイのようだった。 胸のところには,両脇まで続くものすごく明るいバンドがあったという。そのバンドの色は,絶えずいろんな色に変化していたという。
UFOの直径は3〜4メートルで,高さは1.5メートルほどだった。 UFOの底部は地面から30センチほど浮いていて,UFOのライトの明るさはジープのヘッドライットと同じくらいだった。 また,大男のヘッドギアの輝きで周囲は明るく照らし出されていたという。
UFOの高さが1.5メートルぐらいしかなかったことから,2メートル以上の大男は,折り畳み可能なロボットでなかったかと, 調査にあたったUFO研究家のルーベンス・ド・コウトゥー・ソアレスは推測している。
なお,UFOの着陸現場の草が押し潰されているのが,近所の人により見つかっている。

【参考文献】
『宇宙人の死体写真集2』1991年,著者:中村省三(ブラジルで目撃された小人宇宙人と折り畳みロボット)
●ミシガン州UFOフラップ事件(アメリカ)

★1966年3月28日ミシガン州ロイヤルオークに出現した光体
『UFOと宇宙(コズモ)』No.5から
1966年3月中旬 ,ミシガン州南部とオハイオ州にまたがるトリーデからデトロイトまでの地域で,数百人の人々が複数のUFOを目撃した事件。
3月14日明け方 ,奇妙に光る物体が,鋭角に方向を変えたり急降下,ホバリングなどを繰り返した。ワシュテノー郡,リヴィングストン郡,モンロー郡にいた数多くの警官が目撃。
3月17日の午前4時25分 ,ミシガン州のミランで,2人の警官が赤,白,緑に光りながら猛スピードで飛行する3から4機の尖った物体を目撃。
3月20日午前9時半ごろ ,ミシガン州のデクスターで,パトロール警官が赤や緑に輝き車の上でホバリングしている1機の飛行物体を目撃。 その飛行物体は,新たに飛んできたものと一緒に急上昇し消えていった。 この日の夜 ,地元住民のフランク・マンナーは自宅で光の群れを目撃し,家族とそれを追いかけた。 飛行物体の1機は近くの沼地(ミシガン州アンアーバー)に着水したように見え,警官を呼んだ。 マンナーと警官たちほか50人以上が,沼の上空に赤く脈打つ光る飛行物体を目撃した。
3月21日の夜 ,デクスターの西約80kmにあるヒルズデールで,ヒルズデール大学の学部長,自警団団長, 87名の女子学生が大学近くの湿地帯上空をチョウのように乱舞する光体を数時間にわたって目撃した。
【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年
『UFOと宇宙(コズモ)(No.5)』,1974年【ミシガン州光体目撃事件・文:アレン・ユートク】

これらの事件は,新聞で全州にわたって大々的に報道された。 多くの人が目撃しているため,空軍の説明に対する圧力が高まってきた。 このため,当時ブルーブックの責任者ヘクター・クインタニラ少佐は, 空軍のアドバイザーとして,アレン・ハイネック博士に目撃情報を調査し, 人々が大騒ぎする前に,UFOの存在を否定する嘘のプレス声明を考え出すよう命じた。 博士の述べた見解は,「沼からのメタンガスが原因かもしれない」というものであった。 一般市民も科学者もこのコメントを嘲笑った。博士はこの時のマイナスイメージに一生悩まされたという。 博士自身は空軍にうんざりし始めていた。空軍に利用されたと感じており,このとき以来,ハイネック博士と空軍, そしてクインタニラ少佐との関係は急速に悪化した。
【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年
参考外部サイト⇒きよりんのUFO報告(UFO論議仕掛け人としてのUFO-1)



 
★寮の窓から光体を見るヒルズデール大学の学生たち
『UFOと宇宙(コズモ)』No.5から
●ウェストール事件(オーストラリア)
1966年4月6日 ,オーストラリアのメルボルン郊外の街,ウェストールの学校の近くにUFOが着陸した事件。 学校の生徒,先生ら200人以上がUFOを目撃した。
学校の近くにある小高い雑木林に3機の金属製の円盤型飛行物体は,静かに着陸した。 生徒の一人は,6mの至近距離で目撃したという。その飛行物体は乗用車よりも大きく,地面から少し浮いた状態で,底の部分のライトが地面を照らし続けていたという。 この3機のUFOはその後すぐに再びゆっくりと浮上し,ある高度に達すると来た時と同じように素早くどこか彼方へ飛び去ったという。
【参考サイト】
トカナ(50年前に起きた重大UFO事件に新展開か? 「ウェストール事件」の目撃者が“黒いスーツの男たち”について語りはじめた=オーストラリア)
参考外部サイト⇒トカナ(50年前に起きた重大UFO事件に新展開か? 「ウェストール事件」の目撃者が“黒いスーツの男たち”について語りはじめた=オーストラリア)

参考外部サイト⇒YouTube(A Suburban UFO Mystery: Westall '66)
●火の玉UFO目撃事件(フランス)

『コズモ(UFOと宇宙)』NO.1から 
1966年6月15日 ,フランス・アベロン県のピレネー地帯の農家付近に現われた火の玉群と砲弾型UFOを住民が目撃した。
午後9時半ごろ ,ここ(ピレネー中央部の山と畑の田舎地帯)に住むある農家のおばあさんと主人が,家の近くに火の玉を目撃する。 その火の玉は家の周りの地上をうろつき,やがて(全部で6個あった),それらは一列になったり,円陣をくんだりして遠のいていった。 火の玉は,その方角にあった,砲弾型で木のように見える光っている物体にのみ込まれていったという。
【参考文献】
『コズモ(UFOと宇宙)(No.1)』,1973年【フランスの怪奇・火の玉UFO事件,文:F・ラガルト】
参考外部サイト⇒GAsite(フランスの怪奇 火の玉UFO事件 第1話 F・ラガルド)


『コズモ(UFOと宇宙)』NO.1から
●エリー湖上空UFO目撃事件(アメリカ) 1966年8月3日 ,ペンシルヴァニア州エリーの2人の警官が,エリー湖上空に 2時間 にわたって謎の光体を目撃した。
午前4時45分 ,ウィリアム・ラトレッジとドナルド・ベックの2人の警官がエリー湖上空に明るい光を見つけた。 それは,東に向かって進み,赤色に変わり消滅した。しかし,その後,すぐに再び現れると,今度は青味がかった白い光だった。 彼らはそれを 午前6時55分 まで見ていた。そして,太陽がのぼり,空が朝やけに染まったとき,その物体はただの光ではなく, 金属製と思われる,銀色の物体となった。そして最後には,北のカナダの方に向かって進み消えていった。
【参考文献】
『UFO超地球人説』,1976年,著:ジョン・A・キール
●ワナク謎のヘリコプター出現事件(アメリカ) 1966年10月11日 ,ニュージャージー州のワナク・レザーヴワーで,UFOが目撃されたが,その物体が消えた数分後に謎のヘリコプターの編隊が現われた。
この夜 ,輝く空飛ぶ光がワナク・レザーヴワーの上空に目撃された。 この光は,あまりにまぶしく数分間は自分の車を見つけることさえできなかったことを,目撃者の一人であるワナクの巡査部長ベン・トンプソンが語っている。
すると,その光る物体が消えて
15分 もたたないうちに,今度は7機のヘリコプターが編隊を組んで出現し,その地域の上空を旋回した。 そして,それらのヘリコプターは,10ないし12のジェット機をともなっていた。
目撃された貯水池の周りには,UFOを見ようという熱心な連中の車が列をなして駐車していた。
巡査部長ロバート・ゴードンは,「生まれてからこれまで,この地方で同時に7機のヘリコプターを見たことはない」と当惑して語った。
科学評論家ロイド・マランが,この事件を調査し,その地方のすべての空軍基地,空港,それにペンタゴンまで調べたが, どこもこれらのジェット機やヘリコプターのことは,何も知らないということだった。
最も近い二つの基地,ニュージャージー州のマクガイア空軍基地とニューヨーク州のスチュアート空軍基地には,7機も即座に, そして同時に利用できるヘリコプターはないのであるし,速度の遅いヘリコプターがそれら二つの地点から
15分以内 でやってくることも不可能であった。
【参考文献】
『UFO超地球人説』,1976年,著:ジョン・A・キール
●パーカーズバーグUFO目撃事件(アメリカ) 1966年11月2日の午後7時ごろ ,ウィストバージニア州パーカーズバーグに住むウッドロウ・デレンバーガーがハイウェー上でUFOを目撃し, 降りてきた搭乗員と言葉(テレパシー)を交わした事件。
雨が降り肌寒い日であった。営業を終えて小型バンで自宅に向かっていたウッドロウ・デレンバーガー氏が州街道77号線を通って, パーカーズバーグのすぐ外れにある長い丘を登っているときであった。
車の後ろですさまじい音がとどろいた。車が1台追い越して行った。 もう1台がその後ろからやってくるような気がしたウディ氏は,少しばかり飛ばしていたので,パトカーかと思い少しスピードをゆるめた。
後続の車は暗がりのなか,すぐにそばに近づいてきて,ウディ氏の車の前に入り込みスピードを落とした。 驚いたことに,それは自動車などではなく,"燈油ランプの火屋(ほや)"みたいな形(首の部分まで細くなって, また太くなって真ん中の部分が大きくふくらんでいた)をした,色は灰色で両端から炎がでている異様な物体であった。 その物体が進路をさえぎったので,ウディ氏はブレーキを踏み車は,2,3メートル手前で停止した。
すると,物体の扉がすっとスライドして開き,人間が1人歩いて出てきた。その人間は身長が1メートル75センチほどで, 長くて黒い髪をうしろになでつけて黒いオーバーを着ていた。 肌の色はかなり黒く,ニヤリと笑い腕組みをしたまま,ウディ氏の車に近づいてきた。声は聞こえなかったが,その人間の考えていることがウデイ氏には分かったという。 ウディ氏の名前を聞いたので教えると,自分の名前を「コールド」と名乗り,遠くに見えるパーカーズバーグの街明かりを指し,どいうところなのかを聞いたという。 テレパシーで会話をしている間,火屋形の物体は,地上12~15メートルのところに浮かんでおり,他の車が何台も2人を追い越していった。 会話が終わると,物体は空中から降りてきて,扉がひらいた。 コールドが乗り込むと,物体はたちまち音もなく上昇し夜空に吸いこまれていったという。
11月4日 にウディ氏は,パーカーズバーグのはずれにある7号線を走っていると,額に疼くような痛みを感じた。 コールド氏の考えていることが心の中に広がった。コールドは,わたしは「ガニメデ星雲」にあるラヌロスという惑星から来たのだ,と説明した。 ラヌロスは地球によく似ており,植物や動物も棲息して季節があることや,ラヌロス人の寿命などについて伝えたという。
【参考文献】
『モスマンの黙示』,1984年,著:ジョン・A・キール
●国連ビル上空UFO滞空事件(アメリカ) 1966年11月22日の午後4時20分 ,ニューヨークの国連ビル真上上空にUFOが数分間とどまった事件。
この日,大きな長方形のクッションのような形をした物体が,ニューヨーク市のイースト川上空数百フィートのところに現れた。 スピードを落としながら,その物体は国連ビルに近づき,高い国連ビルの真上に数分間とどまって,波の高い海にいる船のように,上下に動いていた。 そのうち,その未確認の物体は北東方向にすばやく高度をあげ,まもなく消えてしまった。
この不思議なUFOについては,信頼できる目撃者が何百人もいる。 その中には,ANPA(アメリカ新聞発行協会)の従業員8人がおり,彼らは3番街750番地近くの17階の窓から目撃した。 また国連ビルや他のビルの人々はもっと近くから目撃した。国連広場の歩行者たちも目撃している。
【参考文献】
『不思議な出来事』,1973年,著:エミール・シューマッヒャー,訳:中隅佑子
参考外部サイト=> SSPC(マクドナルド博士のUFO研究・第1回 1966年11月22日 ニューヨークシティー UFO事件)
●モスマン【蛾男】目撃事件(アメリカ)

『ムー(NO.41)』から
1966年後半から1967年 にかけて,ウェストバージニア州のポイント・プレザントを中心とするオハイオ渓谷一帯で,UFOと翼をもった赤い目の怪物 (通称=蛾男【モスマン】)が目撃された事件。
1966年11月5日の夜11時半 ,第2次世界大戦中の爆薬工場地帯跡の敷地内をを2組の若夫婦がドライブしていると, 暗闇の中に身長が2メートルくらいの無気味な怪物を目撃する。赤く輝く2つの眼で,色は灰色っぽく,人間のように足で歩いていた。 化け物はコウモリみたいな翼を広げて垂直に飛び上がり,羽ばたきひとつせず,時速160キロで逃げる4人の車の真上にくっついて追いかけてきた。 その化け物は,町境まで追いかけてきたという。
この「鳥人」の話題は,オハイオ川流域地方にあっという間に広がり,ある編集者が,テレビ番組『バットマン』からヒントを得て, 「モスマン」(蛾人間)と命名し, この事件は一躍有名になった。
同年11月17日 ,16歳の少年が爆薬工場跡からそう遠くないところで,車を運転中に,赤い目をした巨大な鳥に2キロほど追いかけられた。
翌18日 には2人の消防士が,工場の跡地で「バカでかい鳥」を目撃している。
また
20日の夜 には,5人の若者の乗った車のヘッドライトが石切場の横に立っている人間ほどの大きな鳥のような生物を照らし出している。
1966年から67年末 までに約1000件もの目撃例がある。 近距離で目撃した人たちの証言は,その怪物は,”灰色をしている”,”体には羽毛がない”, ”人間かそれ以上の大きさ”,”広げた翼の長さは3メートルくらい”と 基本的に一致していた。
【参考文献】
『ムー(NO.41)』,1984年【”モスマン現象”は超地球人のしわざか!?・文:植松靖夫
『モスマンの黙示』,1984年,著:ジョン・A・キール,訳:植松靖夫
参考外部サイト=>Wikipedia(モスマン)

参考外部サイト=>NAVERまとめ(名優リチャードギアが主演。呪いか?UMAか?モスマン事件を題材。 「プロフェシー」)

参考外部サイト=>ムーPLUS(UMAの基礎知識/モスマン)

参考外部サイト=>未確認生物大陸(モスマン)

参考外部サイト=>オカルトNEWS★かすぽ(蛾人間モスマンが目撃される)
1967年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
●アンドレアソン一家宇宙人遭遇事件(アメリカ)


★アンドレアソン夫人とドアを通りぬけて現れたクアズガ
『宇宙人の死体写真集』から
1967年1月25日 ,マサチューセッツ州のサウス・アシュバーンハムに住むアンドレアソン一家は,5人の宇宙人の侵入に遭遇した。
夕方の6時30分ごろ,ベティ夫人は台所で夕食の後かたずけをしていた。 突然,電灯がまたたき停電になった。すると,台所の窓からピンク色の光がさしこんできた。その光は,赤,オレンジと変化し脈動を始めた。
不思議に思っているベティ夫人の目の前に,5人の宇宙人がしまっているドアを通りぬけて一列になって侵入してきた。 宇宙人たちは,身長が1メートルほどで,西洋ナシを逆さにしたような頭をしており,鼻と口が小さくて,大きな目はつりあがって怪しく光っていた。 そして,全員がダークブルーのユニフォームを着て,同じ色のブーツをはいていた。
宇宙人たちは,夫人にテレパシーで話しかけてきた。リーダーはクアズガという名前で,心配することはないことを告げたという。 クアズガは,地球人救済のため夫人に一緒に来るよう頼んだ。不思議なことに,家族の者は凍りついたように静止していたという。
信心深いベティ夫人は,彼らを天使だと思い,家の外に着陸していたUFOに乗り込んだ。
夫人は,奇妙なトンネルを通って,赤の世界や緑に世界へと連れていかれた。 緑の世界には海や都市,巨大な鳥もいた。そのあと,夫人は緑の世界から赤の世界,トンネルを逆行してUFOの内部に戻ってきた。
そして,自宅に連れ戻されたときには
10時40分になっていたという。 家族全員がずっと凍りついたままだった。宇宙人は,時間を自在にコントロールできるらしく,光る球を手の甲に乗せると家族の者は動きだした。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集』1989年,著者:中村省三(赤や緑の別世界を訪れたアンドレアソン夫人)
参考外部サイト⇒UFO事件簿(ベティ・アンドレアソン事件 )

参考外部サイト⇒怖話(ベティ・アンドレアソン事件)

参考外部サイト⇒レオナルド・ダ・ヴィンボの幸せ日記(≪ベティ・アンドレアソン事件≫)
●マルムストローム基地ミサイル(ICBM)シャットダウン事件(アメリカ)

★エコーフライトの配置を示す
『UFOと核兵器』から
1967年3月16日 ,モンタナ州のマルムストローム空軍基地のエコーフライト発射管理センターのミサイル(ミニットマンT型)発射台上空に赤く光った複数のUFOがホバリングしているのが目撃され, ミサイルの制御システムが,次々とシャットダウン(機能停止)していった事件。
この朝 ,メンテナンス員と警備員たちが2つの発射施設で勤務に就いていたが両方のグループから, 上空にUFOを目撃したという報告が入った。 午前8時45分ごろ ,ミサイルのどれかが停止したことを知らせる警報が響いた。 警戒待機中のウォルト・フォーゲル中尉が頭を悩ませているうちに,中尉の担当ミサイル10基すべてがシャットダウン(機能停止)し,操作不能となった。 停電などではなくミサイルのすべての誘導・制御システムにエラーが生じていることがわかった。 どのミサイルも他のミサイルとは連動しておらず,すべてが操作不能になることが考えられなかったという。 ミサイル機能停止発生の直後,発射士官たちはUFOが目撃された発射施設に2班の保安警戒班車両を派遣した。 しかし,彼らが到着する前に,UFOは離脱し,各サイトの整備保安要員は,ミサイルサイロ上空で空中静止する複数のUFOを見上げた。
このミサイル機能停止事件は1週間後の
3月24日 に,同じ基地内のオスカーフライト発射管理センターでも6基から8基のミサイル障害が発生した。
【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年
『UFOと核兵器』,2011年

(広大な敷地に展開するマルムストロム空軍基地のミニットマンミサイルサイト)
『UFOと核兵器』から
参考外部サイト⇒MUFON(Echo & Oscar Flight incidents: UFOs disabled American ICBMs

参考外部サイト⇒超能力者の独り言 前世や過去世への旅(不思議な話 その96 アメリカ大統領とUFO情報(2)

参考外部サイト⇒モンタナ神経科クリニック物語

参考外部サイト⇒きよりんのUFO報告(核ミサイル基地の誤動作事件)

参考外部サイト⇒怖話(【1975年】米軍核施設侵入事件)
●スティーブン・ミシャラク無人UFO遭遇事件(カナダ)

★ミシャラクによるUFOのスケッチ
『超常UFO宇宙人事件』から
1967年5月30日 ,銀鉱脈を捜していたスティーブン・ミシャラクがカナダ・マニトバ州ホワイトシェル森林地帯にあるファルコン湖で, ドーム形UFOに遭遇した事件。着陸した円盤の機体に触れたミシャラクは火傷を負い,放射線被ばくの症状が出た。
当時51歳のミシャラクが昼食をとっていると,上空に真紅の光が出現し,それはやがてふたつの円盤形の光になった。 ひとつは飛び去ったが,もうひとつは近くの岩場に着陸した。円盤は,色をさまざまに変えて灰色になり,最後はステンレスのような質感になった。
直径は約10メートル,上部に円形のドーム,機体の横には通風孔のようなものが付いている。 硫黄臭がして,機体からはシューという音が聞こえた。開いたハッチから中を覗くと,誰もいず,さまざまな色の無数のライトがついたパネルがあり,ライトが不規則に点滅していた。
ミシャラクが機体に触れるとはめていたゴムでコーティングされた手袋が一瞬にして溶けてしまった。 直後に,強烈な熱風が彼を襲った。胸に焼けつくような痛みが走り,上着が燃え上がった。 同時に円盤は,機体の横から熱風を噴出し,あっという間に飛び去った。
彼は,激しい頭痛や吐き気に襲われ,病院に駆け込み治療を受けた。 放射線被ばくの症状がでていた。彼が回復したのは,UFOとの遭遇から
6か月後 のことであった。
【参考文献】
『超常UFO宇宙人事件』2014年,著:並木伸一郎
参考外部サイト⇒ ムーPLUS(スティーブン・ミシャラク事件)

参考外部サイト⇒ 青の世界へようこそ( スティーブン・ミシャラク事件 UFOに触れた男 The man who touched the UFO)

参考外部サイト⇒ NAVERまとめ(【1967年】ミシャラク被爆事件)
●ロニー・ヒル少年宇宙人遭遇事件(アメリカ)

『UFOと宇宙』NO.10から
1967年7月21日 ,アメリカのノースカロライナ州のロニー・ヒル少年(14歳)が,着陸した飛行物体から現れた小人の宇宙人を写真に撮った事件。
この日の午後 ,自宅の裏庭で作業をしていたロニー少年は,ガスのような変な臭いを感じた。目がチクチクして涙が出てきた。いつのまにかまったく無音だったという。15分くらいたったとき,ブーンという音がして,ガスのような異臭が強まった。そして空中に黒い帽子のような形をした物体が浮かんでいるのに気づいた。それを見ていると,目の端になにか動いているものがある。それは,直径が2.7mほどの白い球体で,それが飛び回っていた。
証拠がないと誰にも信じてもらいないと思い,ロニー少年は走って家の中からカメラを取って戻ってきた。球体は着陸しており,5秒ほど見ていると耳がいたくなるような音を聞いた。するとその球体の背後から,銀色のスーツを着た宇宙人らしき人物が現われた。その人物は身長が1.1~1.2メートルで銀色のスーツをまとい,体に比べて頭が大きかった。そして,右手に黒いジョウゴ形の物をもっていた。ロニー少年が見ていると,宇宙人は右手にもっている黒い物体をいったん地面に置いた。そして,またすばやく拾いあげて尻のあたりにしまうと,体の向きを変えて白い球形物体のうしろへと姿を消した。
宇宙人が球体に姿を消すと,球体の底から青く明るい炎が噴射され,ゆっくり空中に浮かんでいった。 ふたたび,帽子型の黒い大型UFOが出現し,白い球体UFOを収納して,ものすごいスピードで飛び去ったという。

小人宇宙人を目撃していたとき,ロニー少年はブーンというかすかな音を耳にしたというが,それがどこから出ているかはわからなかった。
また,小人宇宙人の動作は,ゆっくりとよろよろした感じで,体の向きを変えるときはこわばった脚を振り回していた。ロニー少年との距離は4.5m程度だったという。撮った写真は1枚だけであった。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.10)』,1975年【銀色の服を着た宇宙人・文:高梨純一

『宇宙人の死体写真集』1989年,著者:中村省三
『【完全版】世界のUFO現象』2011年,著者:並木伸一郎
参考外部サイト⇒UFO事件簿(ロニー・ヒル事件)

参考外部サイト⇒実録!!ほんとにあった(と思う)怖い話(いたいけな少年が撮影した「小人宇宙人」〜「ロニー・ヒル事件」)
●ファビオ・ディニーシュUFO乗員遭遇事件(ブラジル)


★着陸していたUFO

★乗員のスケッチ

★乗員が持っていた武器らしい装置
『宇宙人の死体写真集』から
1967年9月14日,ブラジルのミナスゼライス州のバレイア(州都ベロオリゾンテの西方にある)で,学生のファビオ・ディニーシュがフットボール場で着陸しているUFOと武装した乗員に遭遇した事件。
ディニーシュは,この日の昼前,バレイア病院に隣接するフットボール場で,マッシュルームのような形をしたUFOが着陸しているのを目撃した。色は茶色で,直径が約20メートル,円筒形の部分は黒く輝いていて,幅3メートル,高さは2メートル以上あった。
彼が近づくとドーム状のふちの部分から,透明なスクリーンが下りてきて,UFOの底部の円筒形の部分をすっぽりおおってしまった。円筒形のところが開き,二人の乗員が肩を並べるように出てきた。
乗員は人間そっくりで,身長が2メートルぐらいあり,潜水服のような緑色の服で体をすっぽりおおっていた。目は大きく,両目は離れており白目にあたるものがなかった。眉は三角形で太い。顔のした半分は隠されていた。顔の下の部分からチューブが出て右足のかかとに伸びていた。そこから,また上に伸び首のつけねにつながっていた。指は太く4本しかないように見えた。
ディニーシュが思わずあとずさりすると,乗員の一人が,ポルトガル語で話しかけてきた。それは,命令口調で,「逃げるな!戻ってこい!」というようなことを言った。ディニーシュからの距離は,5メートルぐらいだった。続けて「あした,ここにやってこい。さもないと,おまえの家族をさらってしまうぞ」と言った。
もう一人の乗員は,右腕にかかえている武器のようなものでディニーシュに狙いをつけていたが,ディニーシュに話しかけてきた乗員が合図をすると,二人は向きをかえて,UFOに引き上げていった。
そして,スクリーンが上がると,UFOはゆっくりと音もなく上昇していったという。
彼らは,足を地面から高く上げて,大股で歩いた。かかとが鉄かなにか固いものでできているようで,歩いたあとの地面は草がおしつぶされていたという。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集』1989年,著者:中村省三(ブラジルに武装したヒューマノイドが出現)
参考外部サイト⇒GA Site(バレイアに出現した怪人 第1話 ウルヴィオ・B・アレイショ)
●スパーゴーUFO遭遇事件(オーストラリア) 1967年10月30日(月曜日)の夜9時ごろ ,実業家のA・R・スパーゴーが,西部オーストラリアのボヤップ・ブルックの近くでドライブ中に,UFOから発する光の束に拘束された事件。
ドライブ中の彼の車が突然止まり,車のライトとラジオの音が消えた。まぶしい光の束が彼に集中されているようだった。 それは,木のてっぺんの上空,地上から推定100フィート(約30m)のあたりを舞っている直径30フィート(9m)を超えるマッシュルーム型の飛行体から出ていた。 その物体は,玉虫色の青味がかった光で輝いていた。光の束はその物体から,40度の角度で下に向けられていた。
スパーゴーは,その光の束のなかに拘束されているように感じた。 その光の束は直径が2ないし3フィート(60〜90cm)で,外側が輝いていた。そして,その光束のチューブの内側には輝きがなかった。 彼は,そのチューブを通して何者かに観察されているのだと感じたという。しかし,彼は少しも不安を感じず,特に何か考えていたかどうかはおぼえていないという。
5分ぐらいして,電灯のスイッチを切ったかのように,その光の束は消えた。 飛行体の色が薄くなったように見え,その物体は急に速度を早め,西の方角に消えていった。
つぎに彼が我に返ったのは,自分が道路に沿って車を走らせていることだった。彼は,物体が去ったあとに,車をスタートさせたことを全く思い出せなかった。 あとで,彼は自分の腕時計(高価なオメガのクロノメーター)がわけもなく
5分 遅れていることを発見したという。
彼は,これらのできごとを当局に報告し,自発的に精神医学的テストを受けたという。

【参考文献】
『UFO超地球人説』1976年,著者:ジョン・A・キール
●シャーマー警官誘拐事件(アメリカ)

★シャーマーによる宇宙船船長のスケッチ
『宇宙よりの来訪者』から
1967年12月3日の深夜,パトロールに出たハーバード・シャーマー警官(当時22歳)は,ネブラスカ州のアシュランド郊外のハイウェエで道路上に円盤型物体に遭遇した。物体にライトをあてると,物体は下から噴射炎をだし飛び去ったが,署にもどった( 午前3時ごろ )シャーマーは20分の時間がなくなっていたことに気づく。その後頭痛も消えなかった。
この事件は,コンドン委員会の調査対象となった。シャーマーは,
20分の記憶を取り戻すため心理学者と催眠術師からの治療を受けた。催眠術からのシャーマーの証言によると,彼は円盤内に連れこまれ,いろんな質問を受けたらしい。
【参考文献】
『UFOと宇宙(コズモ)(No.3)』,1973年【円盤の中に連れこまれた男・文:南山宏
『宇宙よりの来訪者』,1977年,著者:ロイ・ステマン
『ムー(No.6)』,1980年【"第4種接近遭遇"事件の謎を探る!!・構成:南山宏,文:並木伸一郎
参考外部サイト=> 怖話(【1967年】シャーマー事件)


(UFOをスケッチするシャーマー警官)
『宇宙よりの来訪者』から
●ミセス・マレーUFO遭遇事件(アメリカ) 1967年12月12日(火曜日)の午後7時ごろ ,ニューヨーク州イサカのミセス・リタ・マレーが,ルート34沿いの道でUFOに遭遇し,乗っている車のコントロールをUFOに奪われた事件。 UFOは,どういうわけか,彼女の友人の自動車事故を知らせてくれた。
ミセス・マレーは,5歳になるむすこをバックシートに乗せて,自宅に向かっていた。彼女は,自分の車のあとをつけているように見える赤い光に気がついた。 少しスピードを出しすぎていたと感じた彼女は,州警察のパトカーに車を寄せるように言われているのだと思った。
だが,窓の外に目をやると,その光は,左側の送電線の真上に沿って動いていた。 そして,車がいつの間にか,その光に先導されて,コントロールできないことに気がついた。 不安げにむすこのからだを支えるように叫んだが,彼はじっとしたまま,ある種の恍惚状態にはいっているかのようであった。
車は,ひとりでに路肩に寄り,土手を跳び超えてムラサキウマゴヤシの畑に突っ込んで止まった。
物体はくるくる回る白い光線を照射し,ぶんぶんという音をだしていた。不思議な声がきこえ始めた。 その声は,男のようでも女のようでもなく,不完全でぎごちなく,国連での演説を通訳が繰り返すような感じの声であったという。
そして,その声は彼女の友人の名前を言って,その友人が数マイル先でおそろしい事故に巻き込まれていることを告げた。
車がまた動き出し,畑を出て,何もなかったかのように道路に戻った。すると,車はコントロールできるようになり,彼女はまっしぐらに家に戻ったという。
翌日,彼女は,彼女の友人が前の晩,大変な自動車事故にあったことを知った。
【参考文献】
『UFO超地球人説』,1976年,著:ジョン・A・キール
1968年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
●エイモス・ミラー事件(ニュージーランド)
【UFO殺人光線事件】
1968年2月2日 、ニュージーランドのオークランド市郊外に住む牧場主のエイモス・ミラーが、 畑の柵を修理中に、突然現れた円盤(上部に円錐形の塔のようなものがついていた)に近づいたところ、 その円盤から発せられた光線により射殺された事件。頭皮が額から後頭部にかけて溶けたように消失していた。
【参考文献】
『超常UFO宇宙人事件』2014年,著者:並木伸一郎
参考外部サイト⇒ 超常メモ(エイモス・ミラー事件)

●ボリビア怪人事件(ボリビア)
1968年の1月〜3月ごろ(日付不明)の夕方6時ごろ ,ボリビヤ南西部のヴュニの近くの小村オトコで,バレンチナ・フローレンスという婦人が,家畜囲いの中にいた不思議な怪人に遭遇した事件。 その怪人により多数の羊が殺された。
フローレンス婦人は,羊とラマの群を家畜囲いへ,つれ帰ろうとして外へ出た。このラマは農場から1キロ離れた場所にいた。 彼女はすでに囲いの中へ羊を入れたので,残りのラマたちをつれて帰途についた。 家畜囲いに着いたとき,その家畜囲いがプラスチックに似た材料の奇妙な網で覆われているのを見て,彼女は,飛び上がらんばかりに驚いた。 しかも囲いの中で身長1メートル10センチ位の不思議な人間が動きまわっていた。この不思議な人間は,端にカギのついた管状の道具で羊を殺していた。 羊泥棒に違いないと思った彼女は,怪人に石を投げつけた。すると怪人はラジオに似た小型器具の方へ歩み寄り,その上部の輪を廻して急速に網全体を引き寄せた。 彼女は,こん棒を手にして囲いに近づき,怪人を打ちのめしてやろうと思い向かっていくと,怪人の方から,あの鋭い道具をもって彼女にたちむかってきた。 相手は彼女をめがけて道具を投げつけたが,そのたびに道具は典型的なブーメラン運動を行ない,彼女の腕を切りつけては急速に相手の手許へ帰っていった。 だが切り傷のどれもひどいものではなかった。やがて怪人は網を吸い寄せた例の機械と,多数の羊の臓器を入れていたプラスチックのような袋を急いで寄せ集めた。 怪人が背負った装置の両側から2本の延長物が飛び出て,地面にとどいた。 同時に,怪人は空中へまっすぐに上昇を始めて,すさまじい音響を発しながら消えて行った。 34頭の羊が殺されていて,そのどれも消化器官のある部分がなくなっているのがわかった。 近所の人は,彼女は正直な人なので,確かに異常な何かを見たのだということになった。 アヤラ大佐の息子が彼女の説明を聞いて,スケッチをし,それが地方新報に載った。

なお、この怪人はモングッチ事件で撮影された宇宙人とかなりの類似点があるという。
【参考サイト】
GA Site(ボリビアの凶暴な怪人)
参考外部サイト⇒GA Site(ボリビアの凶暴な怪人)
●バリローチェ空港謎の飛行機目撃事件(アルゼンチン) 1968年7月22日(月曜日)の午後2時ごろ ,アルゼンチンのバイアブランカ市郊外にあるサン・カルロス・デ・バリローチェ空港上空に,不思議な動きをする謎の飛行機が目撃された。
その謎の飛行機は,快晴の空を高度200フィート(61m)で飛行場をゆっくりと旋回し,着陸に備えているようであった。 空港従業員を含む多数の目撃者たちが,やっていたことを放り出してこの飛行機を見つめた。 その飛行機の胴体は異常に長く,主翼である三角翼の大きさが,その航空機を支えるにはあまりにも短すぎるように,目撃者全部が感じたという。
そして,その飛行機は,翼の大きさにしては,空中をあまりにもゆっくりと動いた。
空港の管制官がその飛行機とコンタクトしようとしたが,何の応答もなかった。 その飛行機に向けて緑色のライトが点滅され,着陸許可の信号が出されたが,巨大な謎の飛行体は,飛行場をゆっくり回りつづけた。
28号滑走路の端に到達したとき,その飛行体は突然,縦軸に沿ってくるりと回転し,おどろくほどの小さいスペースで360度ターンしたのであった。
空港従業員のうち,だれ一人として,この飛行機の型式やデザインを確認することができなかった。 3つの小さい黒い四角と胴体についている大きい四角以外,何のマークも標識もなかった。
数分後 ,この謎の飛行体は,スピードをあげ,南東に向かって弾丸のように飛び去った。
【参考文献】
『UFO超地球人説』1976年,著:ジョン・A・キール
●レユニオン島UFO宇宙人目撃事件(フランス領)


★目撃したUFOのスケッチ
『【完全版】世界のUFO現象FILE』から



★1975年にレユニオン島に現われたUFOと宇宙人
(IIIust/LDLN no.147)
『宇宙人の死体写真集2』から
1968年7月31日の朝9時ごろ,モーリシャスとマダガスカルの間にあるインド洋上のレユニオン島のカフレ平原で, 農夫のルース・フォンテーヌ(31歳)が,楕円形のUFOとUFO内にいたミシュランマンのような宇宙人を目撃した。
この日,フォンテーヌは,アカシアの森の中にある小さな空き地でウサギの餌になる草を採っていた。突然,彼の前方25メートルほどのところに,ある物体が出現した。それは直径が4~5メートル,高さが2.5メートルほどの楕円形で,地上4~5メートルのところに浮かんでいた。
物体の両端はダークブルーで,中央の部分は色が薄くなっていて自動車のフロントガラスのように透明に近かった。 物体の上下には,ガラスのように見えるものが突き出ていた。そして,キャビンの中には身長が90センチほどの二人の人物が背を向けて立っていた。 左側の人物が振り向き,フォンテーヌと向き合う形になった。 二人は,頭から足の先までタイヤ・メーカーのミシュランの広告に出てくるタイヤをいくつもつなぎ合わせたようなスーツを着ていた。
右側の人物は,単に頭をこちらに向けただけだった。 二人がふたたび彼に背を向けると,強烈な電気アークのような閃光がきらめき,フォンテーヌのまわりは白一色になった。 熱気をともなった突風が彼を襲った。そして
数秒後に,物体は消え失せていたという。
しばらくしてから,フォンテーヌは物体のあった場所に行ってみたが,痕跡は何も残っていなかった。 憲兵隊の調査では,半径5~6メートルの面積で,かなりの放射能が検出され,フォンテーヌの衣服からも放射能が検出されたという。
また,このレユニオン島では,
1975年2月14日にもアントワーヌ・セブランという青年が宇宙人を目撃している。
それはアルニウムのような色をした,まぶしく輝く円盤から,はしごのようなものが降りてきて,小人宇宙人が3人出現したというものである。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集2』1991年,著:中村省三(インド洋の小島に出現した卵型UFOと小人宇宙人)
『【完全版】世界のUFO現象FILE』2011年,著:並木伸一郎(UFO内にミシュランマン?)
参考外部サイト⇒超魔界帝国の逆襲(【レユニオン島事件】)

参考外部サイト⇒GA Site(レユニオン島のコンタクトによる災難事件)

参考外部サイト⇒ゼロファイル(レユニオン島事件)





★レユニオン島の概略図。中央に目撃場所であるカフレ平原がある。
『宇宙人の死体写真集2』から
●マクマレン一家透明UFO目撃事件(アメリカ) 1968年10月18日(金曜日)の午後7時30分ごろ ,フロリダ州メダラに住むマクマレン一家が,上空に浮かぶ透明なUFOの中に二人の男がいるのを目撃した。
飼い犬がワンワン吠えたてるので,家の外を見ると,地上10フィート(約3m)のあたりを舞っている紫がかった赤色の大きさが約30フィート(約9m)の球体が見えた。 それは,完全に透明で,その中には,二人のふつうの大きさの男たちが見えた。空気中には強烈なアンモニアの臭いがあった。 二人の男たちは水平になった棒を上下に動かしていた。球体の中には,男たちと棒以外に機械的なものはなにもなかったという。
球体はゆっくり上昇して飛び去っていった。
その
数分前 には,二人の別の目撃者たちが,マクマレン家のすぐ北側のメダラ小学校の校庭から上昇していく輝く光を見ていた。
また,
このころ ,この地域ではいくつかの謎の爆発があった。
【参考文献】
『UFO超地球人説』1976年,著:ジョン・A・キール
●バレイアUFO宇宙人遭遇事件(ブラジル)


★目撃者の女性が描いたUFOと宇宙人のスケッチ。円盤はドーム型でアンテナがあり,底部には階段があったという。
『宇宙人の死体写真集』から
1968年11月21日 ,ブラジルのミナスゼライス州の州都ベロオリゾンテの西方にあるバレイアで,バス旅行をしていた女性が,着陸している円盤と3人の乗員に遭遇した。
バス旅行をしていたある女性(20代前半)の乗るバスが,運転手の休憩のため,バレイア近くで停車した。
すると,彼女は道路の左手に金属製の円盤が着陸しているのを目撃した。そして,円盤の前方に身長が2メートルほどもある人物が3人立っていた。3人はぴったりした黒いスーツと黒いブーツをはいていた。スーツは,頭部もつつんでいて,顔だけがでていた。一人だけは,チューブ状の器具をかかえていた。器具は長さが60センチ,直径7センチほどで,アルミ線のようなものでラセン状に巻かれており,後ろに突起が二つ出ていたという。
そして,その3人と対決するかのように,20人以上の人々が集まっていた。その中には警官も3人いたようで銃をかまえていた。道路わきにはパトロールカーが2台駐車していた。
突然,宇宙人のかかえていたチューブ状の器具から銀色の光が放射された。群集の前にいた警官や人々がマヒしたように動きをとめた。後列にいた人々もダメージを受けたようで,気絶して倒れる人もいた。
3人の宇宙人は,ゆっくりとUFO内に戻っていった。UFOはすぐさま飛び去ったという。
彼女が目撃していた時間は
15分間 ぐらいだった。
この事件で遭遇した宇宙人は,
1年前(1967年9月14日)にバレイアで起こった,「ファビオ・ディニーシュ事件」での宇宙人と恰好や携帯していた武器が非常に似かよっている。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集』1989年,著者:中村省三(ブラジルに武装したヒューマノイドが出現)
参考外部サイト⇒GA Site(バレイアの怪人が再度出現? ニジェル・リメス)
1969年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
●ティアゴ・マシャズ宇宙人遭遇事件(ブラジル)
【ピラスヌンガ事件】





★遭遇した宇宙人と円盤のスケッチ
(IIIust/FSR Special Issue no.3)
『宇宙人の死体写真集2』から
1969年2月5日,ブラジルのピラスヌンガ(サンパウロから北西に150キロほど離れたところにある)に住むティアゴ・マシャズ青年(19歳)が, 着陸している円盤を目撃し,そこから降りてきた二人の小柄な乗員と言葉を交わした事件。
この日の朝7時半ごろ,「不思議な物体が飛んでいる」と近所の人々が騒いでいた。ティアゴが家の外に出てみると, パラシュートのような形をした銀色の物体が丘の上に見えたので,双眼鏡を手にして,近くに住む友人二人と一緒に現場に向かった。
現場の丘の斜面に到着した彼らは,丘の下のほうを友人二人が,丘の上のほうをティアゴが一人で探すことにした。すると,丘の上を目指して歩いていたティアゴの10メートルほど前方に,直径が4メートルほどの円盤が着陸していた。円盤にはドームがあり,三本の脚のような装置を下ろしていた。
ティアゴが,よく観察しようとすると,ドームの上のほうにあるドアが開き,二人の小柄な乗員が出てきて,ふわふわ浮かぶように地面に降り立った。 そして,ゆっくりとティアゴのほうに近づいてきた。
その乗員たちは,身長が1.45メートルほどで,体にぴったりした銀色のスーツを着ていた。 ブーツには,足の中指から足首のところまで小さなボタンが並んでいた。頭はスーツと同じものですっぽりおおわれていて,頭の上に手の幅ほどの長さのアンテナが2本突き出ていた。
彼らの皮膚は黄色くて,目は吊り上がり,左目より右目のほうが下にあった。 鼻は細く長く,唇は薄く,歯は黒かった。そして彼らの手は,人間の手の平よりずっと長く,親指は下のほうについていた。
円盤の内部には,乗員があと二人いるのが見えた。降りてきた二人の乗員は,3~4メートル離れたところから,ティアゴにはわからない言葉で話しかけてきた。 声は,彼らの顎からでているチューブのようなものから出ているようであった。
ティアゴは,身振りを交えてどこからやって来たのかを質問した。 彼らも身振りで,空から降りてきたことを伝えてきたという。
途中でティアゴは,タバコを取り出して火をつけ,ふかして煙を吐き出した。その様子を見て,彼らは笑い出した。 ティアゴが,タバコの箱を放り投げると,箱は一人のやや後方に落ちた。 すると,その乗員は,後ろを振り向くことなく(彼らは,ティアゴに一度も背中を見せなかったという),体を傾けてタバコの箱に手を伸ばした。 手が地上20センチぐらいまで伸びたとき,タバコの箱が浮き上がってきて手の中におさまった。 そして,その手を太もものところに持ってきたとき,箱は手の中から消えてしまったという。
ティアゴは,彼らが円盤に乗せてくれるのではないかと期待していたが, 彼らはティアゴを警戒している様子で,ゆっくりとぎごちなく動きはじめた。
そのとき,彼の名を呼ぶ友人の声が聞こえた。 彼らはゆっくりと後ずさって円盤に向かい,ジャンプして円盤の縁に乗ったあと,ドームのドアから中に入った。 中に入るのに苦労している様子だった。
戸口のところに一人の上半身だけが見えていた。そして,その乗員は,モーゼル拳銃のようなものを抜くと,ティアゴに向け発射した。 その銃口からは溶接トーチのような小さな炎が飛び出して,ティアゴの右の太腿に当たった。 とたんに猛烈な痛みを覚えて身動きができなくなった。
円盤は,ほとんど水平に離陸すると飛び去っていったという。
友人たちが,倒れているティアゴを見つけ運んで帰った。ティアゴの太腿には指1本ぐらいの幅に赤く腫れあがっている箇所があって,まるで鞭で打たれたようになっていた。
UFOの着陸現場には,着陸脚の痕跡と思われる3つの穴があり, それぞれ直径12センチ,深さは5センチ程度で,正確に63センチの間隔があった。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集2』,1991年,著者:中村省三(ブラジルの青年を光線でマヒさせた小人宇宙人)
参考外部サイト⇒Wikipedia(チャゴ少年のエンバウーラ事件)

参考外部サイト⇒実録!!ほんとにあった(と思う)怖い話(宇宙人の謎のセリフ〜「エンバウーラ事件」)
●憲兵隊員UFO誘拐事件(ブラジル)


★現れた宇宙人


★連れ込まれたUFO
(IIIust/Alberto F. do Carmo)
『宇宙人の死体写真集2』から
1969年5月4日,ミナス・ジェライス州の州都ベロ・オリゾンテに住む憲兵隊員のジョーゼイ・アントニオ・ダ・シルバ(24歳)が, 宇宙人に誘拐されUFO内に連れ込まれた事件。
彼は,前日からベベドウロ(ベロ・オリゾンテから50キロほど離れたところ)に釣りにきていた。
午後3時ごろのことである。釣りをしていた背後の草むらから怪しい人影が現われ,彼をめがけて光線を発射した。 光線は,彼の両足に命中し,とたんに足がしびれて倒れてしまった。
マスクをつけた二人が姿を現わした。二人は,身長が1.2メートルほどで,明るい色のスーツを着ていて,頭部はグレーのマスクでおおわれていた。 マスクは,頑丈そうで肩のところまであったが,スーツにはつながっていなかった。 目の部分には直径2センチほどの穴があいていて,マスクの下側からはチューブが出ており,背中に取り付けてある金属装置につながっていた。
二人は,ジョーゼイの腕をつかむと,じめじめした地面を引きずっていった。 10メートルばかり引きずったところに3人目の人物がいたが,他の二人よりも体格ががっしりして,人間によく似たプロポーションをしていた。
ジョーゼイがしばらく引きずられていくと,不思議な機体が少し傾いて立っていた。 それは,皿状をした底部に,縦長の円筒形の物体が載っていて,その上に底部より直径の大きな皿状のものが載っていた。 機体全体の高さは2メートルほどで,円筒の直径は約2.5メートルだった。
ジョーゼイは,開口部のある円筒形の部分から,その機体の中に連れ込まれた。 中はまぶしいほどの照明がされていたが,光源は見あたらなかった。 そして,ジョーゼイは,彼らがかぶっているのと同じようなヘルメットをかぶせられた。ヘルメットの小さな穴から周りの様子を観察することができた。
彼らは,わけのわからない言葉で話していた。 正面にいた人物が,左のレバーを操作すると,機体の上部で振動音が聞こえ出し,右のレバーを操作すると機体の下部で振動音がした。 そして,機体は上昇する感じがしたという。ジョーゼイは息が苦しくなり,体がぐったりしてマヒしたような感覚になった。かなりの時間,飛行を続けたあとに機体はどこかに着陸した。
ジョーゼイは,ヘルメットの上から目隠しをされ引きずられて,一辺が10~15メートルほどの四角い部屋に連れてこられた。 目隠しを外されると正面に一人の人物が立っていた。その人物は身長が1.25メートルほどで,ヘルメットも宇宙服も着ていなかった。 他の3人もヘルメットを脱いだ。みんな髪の毛が異常に長かった。髭も濃く長かった。それに太い眉毛をしていた。 口は大きく,どこか魚の口を思わせた。口を開けても歯は見えなかったという。
部屋の壁と床は,グレイで石造りのようだった。 左側の低い棚に,4人の人間が横たわっていたが,素っ裸で硬直しており,どう見ても死体だったという。 そばの壁には,動植物や自然の景色などの絵が並んでいた。
チーフらしき人物が,白い台石にスケッチを描きながら,身振りを交えてジョーゼイに語りかけてきた。 ヘルメットを外され,彼らがもってきた暗緑色の液体を飲むと,気分がよくなり,彼らの話が理解できるようになったという。
どうやらチーフは,彼を地球に戻して,情報を収集させ,その後,彼を自分たちの惑星に連れていって勉強させ, その後,彼を案内役にして地球に進出するということであった。彼はその申し出を拒絶した。
やがて,ジョーゼイは,やってきたときと同じように地球に連れ戻された。 気がつくと川のそばに倒れていて,夜明けになろうとしているところだった。ものすごく,喉が渇いていたので川の水をがぶ飲みした。明るくなり周囲を見ると,まったく知らない場所であった。 通行人に尋ねると,エスピリト・サント州の州都ビトーリアから32キロばかり離れた場所で,この道路はミナス・ジェライス州に通じているという。 日付をたずねると
5月9日の金曜日だった。事件が起きて4日半も経っていた。
ジョーゼイは,その後
1週間ばかり便秘で苦しんだ。目がやけるような感覚を覚え,視力が低下した。 胃痛や頭痛にも悩まされたが,時間がたつにつれ,快方にむかっていったという。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集2』,1991年,著者: 中村省三(ブラジルの憲兵隊員を誘拐した赤髭の小人宇宙人)
●雪だるまのような宇宙人遭遇事件(カナダ)
【トロワ・リビエール事件】



★池の上に浮かぶUFO


★雪だるまのような宇宙人
(IIIust/UFO-QUEBEC no.2)
『宇宙人の死体写真集2』から
1969年の7月末か8月の初め ,カナダのトロワ・リビエールの村はずれに住む3人の若者が,複数の雪だるまのような怪物に襲われた。
のよく晴れた日であった。 12歳から16歳の若者6人が,旧い57年型シボレーと小型のフォルクスワーゲンの2台の車で,ある地所内でレースをして楽しんでいた。午後の9時ごろになり,あたりは暗くなりかけてきた。
旧型のシボレーのガソリンがなくなったので,3人がフォルクスワーゲンでガソリンを購入するため村に引き返した。 残された3人は,シボレーのそばにとどまった。
ふと,一人が150メートルほど離れた,小さな池のそばに白い光を発見した。その光は一定の間隔で脈動していた。 そして,彼らは池の4.5~6メートル上空に浮かんでいるドームのある黒い物体に気づいた。
すると,黒い物体の手前にあるモミの木立の左に,発光する物体が出現し,空中にふわふわ浮かびだした。 その物体は,まるで雪だるまのような形をして,白い光をだし光っていた。それが,2体,3体と現れ,こちらに近づいてくるようだった。
3人は,シボレーの車中(前部座席)に逃げ込んだ。雪だるまのような怪物は,7体,8体と数を増やしシボレーのほうにますます近づいてきた。 怪物たちが近づくと,車内が熱を帯びたように感じたという。
たまらず,3人は後部座席に飛び込み,座席の背にあった毛布で頭を隠し,目だけを出して様子をうかがった。 怪物の体は,ボタンも金具もついてなくて,ネオン管の光のように真っ白だった。顔は卵形をしていて見分けることができたが,目も口もなかった。 身長は1.8~2.1メートルあり,地上から30センチほど浮き上がっていた。
怪物たちは,少年たちが中にいる,車のドアを開けようとして,車をゆさぶり,中をのぞき込んでいるようだった。 怪物の一人が車の屋根に上ると,圧力でメリメリいうのが聞こえた。
こうしたことが,
一時間以上にわたり続いたが,他の3人の乗るフォルクスワーゲンのヘッドライトが見えると,怪物たちはUFO(黒い物体)のほうに戻っていったという。やがて,UFOは上昇し,ものすごいスピードで飛び去っていくのが見えたという。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集2』,1991年,著者: 中村省三(白く発光する雪だるまのような怪物がカナダに出現)
1970年
200 事件名 470 事件の概要および詳細 230 その他参考サイトなど
●ヘイノーネン小人宇宙人遭遇事件(フィンランド)


『宇宙人の死体写真集』から
1970年1月7日 ,フィンランド南部のイムイェルヴィ近郊の森の中で, アールノ・ヘイノーネンとエスコ・ヴィーリャの2人が降下してきた円盤から現れた小箱をもった身長約90cmの小人に遭遇した事件。
森林管理人のアールノ・ヘイノーネン(36歳)と農夫のエスコ・ヴィーリャ(38歳)の2人は,スキー訓練の途中, いつもの休憩場所である森の中の空地で一息入れていた。
午後4時45分のことである。突然,彼らは,空を飛んでくる強烈な光を放つ雲に気づいた。 周囲一面には北方から来た発光する霧が漂っていた。雲は別の方角をとり,南から直接2人の方に向かってきた。ブンブン唸る音が大きく聞こえ,雲は静止した後,ゆるやかに森の空地に向かって降下してきた。 雲は赤灰色になり脈動した。
地上から15mくらいのところで,雲の中に円盤形の物体が見えた。その下側は平らで,灰色ないしは金属色に光っており,底の部分の周囲には3つの大きな半球が見え,中央には直径25cmほどの円筒があった。円盤の直径は3mぐらいに見えた。
円盤はさらに降下し,地上3〜4mで停止した。物体をつつんでいた雲がだんだん薄くなってきた。突然,中央の円筒から下に向かって光のビームが発せられ,雪のなかに直径1mほどの光の円を描いた。ヘイノーネンは一歩後方へ下がった。するとその光の柱の中に身長が90cmほどの小人が,黒い小箱を持って立っていた。
小人はやせていて腕も足も細く,顔は蝋(ろう)のように白く,鼻は鉤のような変わった形をしていた。服は明緑色のオーバーオール(大工などの仕事着)で,肘までとどく折り返しつきの手袋をしていた。全身は燐のように光り,金属的に光る尖った帽子をかぶっていた。
小人は,急に向きを変えると,小箱をヘイノーネンの方に向けた。小箱の中の丸い穴から目がくらむほどの明るい脈動する黄色い光が発せられた。
次の瞬間,円盤から濃い赤い霧が吹き出され,それが降下してきて,ビームに照らされていた雪から巨大な火花が立ちのぼった。火花は発光する棒のような形で,赤,緑,紫と色とりどりの大きな弧を描きながら,ゆっくりと落ちてきた。
多くの火花は二人の方向に直接向かってきたが,二人ともなにも感じなかったという。 赤灰色の霧がみるみる濃さを増して小人をつつみこみ,小人の姿は見えなくなった。
二人が宇宙人を見ていたのは,
15〜20秒ぐらいだった。突然,ビームが溶融し,炎のように上昇してUFOの底部に吸い込まれていった。霧のカーテンがひき裂かれたような感じだったという。いつのまにかUFOも宇宙人も消えていた。
その後,ヘイノーネンは神経麻痺,嘔吐感などに悩まされ,ヴィーリャは顔が赤く膨れあがったという。

【参考文献】
『UFOと宇宙(NO.33)』,1978年【フィンランドの小人宇宙人】
『UFOの謎』,1975年

『宇宙人の死体写真集』,1989年
●ニエメイエル・ハイウェー着水UFO目撃事件(ブラジル)



★着水しているUFOと離水するUFO
『UFOと宇宙』(No.7)から
1970年6月27日の白昼 ,ブラジルのレブロン近くの大西洋岸を走るニエメイエル・ハイウェー近くの家から,海上に着水してる円盤を目撃した事件。 着水した円盤には2人の人間が立っていた。円盤は,しぶきを上げ海上を滑走したあと,空中に飛びあがった。
この日 ,ニエメイエル・ハイウェー脇のマチャド家では,家族一同が燐家のアギアール氏(警官)とパーティ・ゲームを楽しんでいた。 11時40分ごろ ,アギアール氏が海上に着水する物体を目撃した。最初,氏はそれが水しぶきをあげるモータボートだと思った。 物体が着水したのは,海岸道路であるニエメイエル・ハイウェーから約500メートル沖合である。 ハイウェーは海面から30〜40メートル高いところにある。一同(全部で8名)はゲームをやめ,どうするかを検討した。 アギアール氏が救助機関に電話をかけるため,付近のマール・ホテルへ走った。残ったマチャド家の人々は,物体を仔細に観察し続けた。 物体は,白っぽい金属性の色をしており,長さは4メートルほどあり,透明なドームがついていた。 物体には二人の人間がいて光る衣服と頭部に何か着け,物体のデッキ上で働いているようであった。 アギアール氏が 30分後 にホテルから戻ったが,物体はまだ着水していた。 やがて円盤型の物体は,水面上約300メートルをモータボートのようにしぶきをあげ滑走し,空中に浮き,南東の方向に飛んでいった。 このとき、一同はこの物体が空飛ぶ円盤だと気づいた。円盤が海上に着水していたのは, 約40分間 だったという。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.7)』,1974年【海上に着水した円盤!・文:ウォルター・ビューラー】


★ニエメイエル・ハイウェー。
道路の左上にマチャド家がある。


★付近の地図
『UFOと宇宙』(No.7)から
●農家の庭に降りた円盤と乗員目撃事件(スペイン)

『コズモ(UFOと宇宙)』NO.9から
  
1970年8月16日 ,スペインのバリャドリード地方のプエンテ・デ・エレラに住むドン・ルイス・デ・ディエゴ氏の農家の庭に,夜間UFOが降り立ち, そばに一人のヒューマノイド(人間)がいたことを手伝いの婦人が目撃した。
ドーム型の物体は幅が約4メートル,高さが約2.5メートルあり,何本かの脚(脚の高さは約60センチ)で立っており, 上部には回転する青白い光が見えた。人物は高さが1.8メートルほどで,ぴったりした黒もしくは灰色の服を着て, ヘルメットをかぶり,腰と足首,手首には光るブレスレットのようなものをつけていた。夫人が家の外で目撃したのは数秒間であるという。 物体は現れた時と同じ,ヒューッという音をたてたことを婦人は家の中から聞いている。また,円盤が降り立った場所は,
数日間,夜になると光っていた。
【参考文献】
『コズモ(UFOと宇宙)(No.9)』,1974年【スペインに出現した円盤と乗員・文:J・マシアス&アンヘル・バリゴン,訳:志田真人】

      1801年 〜 1900年 1901年 〜 1940年 1941年 〜 1950年 1951年 〜 1960年 1961年 〜 1970年 1971年 〜 1980年 1981年 〜 1990年 1991年 〜 2000年  
2001年 〜 2010年  2011年 〜 2020年 UFO事件集(索引欄)

 Copyright (c) 2016-2017. Minoru Oomiya