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UFO事件集(1801年〜1900年) 


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1801年〜1900年
1878年 1880年 1883年 1897年    
              
1878年
200 事件名 550 事件の概要および詳細 250 その他参考サイトなど
●ジョン・マーティン円盤目撃事件(アメリカ) 1878年1月24日,テキサス州の農夫,ジョン・マーティンが狩猟に出かけたときに,空に浮かぶ黒い物体を目撃した。
テキサス州ダラスの北方,約9.6kmで農場を営むジョン・マーティンが,この日狩猟に出かけると,空に浮かぶ黒い物体に気づいた。
その黒い奇妙な物体は,マーティンの方に近づいてきて,彼の真上まで飛んできた。彼は,その物体を「大きな皿(ソーサー,円盤)」と表現した。
これは,「円盤」という表現が定着する
1947年以前で,初めて記録に残されているものである。
【参考文献】
『未確認飛行物体』,2013年
 
1880年
200 事件名 550 事件の概要および詳細 250 その他参考サイトなど
●ガリステオ・ジャンクション怪飛行船目撃事件(アメリカ) 1880年3月25日,ニューメキシコ州ガリステオ・ジャンクション(現在のラミー(Lamy))で,魚の形をした大きな飛行船が目撃された。
この日の夜おそく,数人の町の人たちが寝る前の散歩をしていた。
すると,上空から人の話し声が聞こえた。見上げると巨大な魚のかたちをした気球が,西の方角から低空を急速に近づいてくるのに気づいた。
その気球(飛行船か?)には,後ろに大きな扇のような舵(かじ)がついていた。物体が接近するにつれて,乗員たちの話し声がますますはっきり聞こえてきた。何を言っているのかは分からなかったが,8人から10人ほどの乗員がなかなか楽しそうに(笑い声も聞こえた)話しているようだ。断片的な音楽も聞こえてきた。明らかに地上の人たちの注意を引こうとしたらしい大声も聞こえたが,意味は分からなかった。
物体は,かなり低空を通過したので,暗くはあったが目撃者たちは,胴体に書かれた「非常に優美な,意匠をこらした文字」をはっきり見ることができた。
ガリステオ・ジャンクションの空を飛び過ぎた物体は高空に上昇し,高速を出して東の空に消えていったという。

【参考文献】
『UFOと宇宙(NO.37)』,1978年【UFOのシンボルマーク,文:ディル・M・ティトラールシアス・ファリッシュ,訳:増野一郎】
参考外部=>Visual Burn(「19世紀末の飛行船騒動1」)

参考外部=>オカルト・クロニクル(幽霊飛行船騒動――謎の搭乗員たち )
 
1883年
200 事件名 550 事件の概要および詳細 250 その他参考サイトなど
●ホセ・ボニリャ謎の飛行物体目撃事件(メキシコ) 1883年8月,メキシコの天文学者,ホセ・ボニリャが太陽黒点観測中に太陽表面を横切る不思議な物体群を観測し,それをカメラで撮影した。
ホセ・ボニリャはサカテカス(Zacatecas)天文台で,太陽黒点の活動の写真を撮っていた。そのとき,太陽の表面を横切る不思議な物体群に気づいた。雲によって視界がさえぎられるまでの
2時間で,彼はその物体を283個数えた。
彼の望遠鏡にはカメラと称する,当時の最新流行の器具がついていたので,それを何枚かの写真に撮った。
そのフィルムには,葉巻型や紡錘型の物体の列があらわれた。

【参考文献】
『宇宙よりの来訪者』,1977年
『UFO超地球人説』,1976年


この当時,すでに世界的知名度を持つ人物であったホセ・A・Y・ボニーヤ教授は,1883年8月12日,サカテカス天文台の同僚たちとともに,天文台と太陽の正面との間を通過する不透明な物体を撮影するという一台壮挙を成しとげた。
彼らの手にあった低感度の感光板でも,太陽ほどの光源が背景にあれば,写真撮影に困難はなかった。
太陽表面を横切る物体は,
2時間という時間内に283を数えるに至った。しかし,雲が広がって観測は困難になり,太陽が子午線を越えるまで観測の再開はできず,再開後は40分しか観測ができなかった。
物体は太陽の正面を,一列に並んで横切っていったことがわかる。それらは単独あるいは一組で現われる,楕円形の見たところ飛行船型の物体だった。
一個が太陽面を通過するのに
約1分かかるのだが,同時にあまりにも多数が通るため,正確に数えそこねる場合もあったと,ボニーヤ教授みずからが認めている。
物体の表面は一見滑らかで,研磨されていた可能性すらある。ある角度になると太陽光線が反射して,目がくらむほどだったという。
教授とその同僚たちは,これらの物体の数百個を写真に撮り,
2日目には116個を撮影したところで,この物体の異常な行列は終わった。
しかし,サカテカス以外の観測地点からは,これらの物体の所在を発見することはできなかった。このため,物体群は比較的地球の付近にあって,その位置では,視差として知られている光学上の法則が妨げとなり,ボニーヤ教授の情報にしたがって他の天文台から発見することができなかったのであろう。

【参考文献】
『空飛ぶ円盤の真実』,1988年,著:フランク・エドワーズ,訳:安龍次郎
参考外部=>GAsite(第4章 古代の宇宙船 第1話 宇宙よりの訪問者/ロイステマン)
 
1897年
200 事件名 550 事件の概要および詳細 250 その他参考サイトなど
●謎の飛行船事件


『宇宙人の死体写真集2』から
1880年 にニューメキシコ州, 1896年 にカルフォルニア州, 1897年 には全米に, 1909年 にウェールズとニュージーランドに, 1914年 には南アフリカに姿を現した謎の飛行船がある。 特に 1897年 には多くの人が目撃し, 目撃者の中には着陸中の乗員と英語で話した者もいる。
【参考文献】
『UFOと宇宙』NO.14,1975年【1897年の謎の飛行船】
参考外部=>GAsite(1897年の謎の飛行船 by ジェローム・クラーク)

参考外部=>UFOの科学的研究―学術研究出版センター(第1章 謎の飛行船 ── 論争の序曲 )

参考外部=>オカルト・クロニクル(幽霊飛行船騒動――謎の搭乗員たち )

参考外部=>visual burn(「飛行船騒動1」)

参考外部=>WEEKLY UNIVERSE(THE 'UFO' AIRSHIPS OF 1896-1897)
●フートン謎の飛行船目撃事件(アメリカ)


フートン目撃の飛行船のスケッチ
『UFOと宇宙』NO.14から
1897年4月ごろ (正確な日時は不明),アイアン・マウンティン鉄道の車掌であるジェイムズ・フートンがアーカンソン州ホーマンで狩猟の帰りに目撃した飛行船。
飛行船は空き地に着陸しており,フートンは乗員と会話を交わしている。目撃は真実性があるとみなされ,アーカンソー・ガゼット紙に掲載された。


1897年4月ごろ(正確な日時は不明) ,アイアン・マウンティン鉄道の車掌であるジェイムズ・フートンが臨時列車を回送するためにテクサーケァナに行った。 そこで8〜10時間の余暇がとれたので,少しばかり狩猟をするために,ホーマン(Homan)【アーカンソン州ミラー郡】に出かけた。 その狩猟の帰り(午後6時ごろ)にヤブの中を歩いていると機関車の空気ポンプの作動音に似た音が聞こえた。
すると,5〜6エーカー(約220a)ばかりの空き地に着陸している謎の飛行船を目撃した。
船内には中くらいの身長の男が一人おり黒メガネをかけていた。彼は,船体の後部と思われるあたりの修理をしているようであった。 驚いた相手にフートンが「これが例の飛行船ですか?」と声をかけると,「そうです」と答えた。 すると,船の竜骨とおぼしきところから,3〜4名の人間が出てきた。
竜骨は二つの部分に分かれていて,ナイフの鋭い刃のように前方で一緒になりとがっていた。 船体の横腹は真ん中が次第にふくらんでいる。両横には曲がる金属で作られた三つの大きな車がついていて,船体が前進するにつれて,それがへこむようになっていた。
「失礼ですが,この音はウェスティングハウス社のエアブレーキによく似ていますね」とフートンは言うと,「たぶんそうでしょう。これは圧縮空気と飛行翼とを使っているのです。だが,あなたはあとでくわしいことがわかるでしょう」と言った。
「準備完了です」とだれかが叫ぶと,全員が飛行船の下へ姿を消した。
フートンが見ていると,各車の前にある直径2インチ(5cm)の管が車にたいして空気を噴き出し始めて車は回転を開始した。
船体はシューッという音をたてながらしだいに浮かび上がった。突然,翼が前方へはねて鋭いフチを空の方へ向けた。次に船体の後尾にあったカジが一方へ回転し始めた。車が急速に回転したので回転翼はほとんど見えなくなった。 そして,あっという間に視界から消えてしまった。

【参考文献】
『UFOと宇宙』No.14,1975年【1897年の謎の飛行船,文:ジェローム・クラーク】から


フートン大佐がハンティングをしていたとき,聞きなれた音,「まるで機関車の蒸気ポンプが作動しているような音」をきいた。 彼が,音のする方向に歩いてゆくと,急に視野が開け,そこにみごとな飛行船があった。
そこには中くらいの大きさの一人の男がくもった眼鏡(サングラス)をかけ,船の後端と思われるところをいじくりまわしていた。 フートンに気づいて驚いた彼に,「これは飛行船ですか?」と聞くと「ええそうです」と答えた。そのとき,3,4人のほかのものが竜骨と思われるところから出てきた。 よく見るとその竜骨は,二つの部分に分かれていて,前部で鋭いナイフの刃のようになって終結していた。 両側に何かの金属を曲げてつくった三つの大きな車輪がついていて,前進するときにはへこむようにアレンジされていた。
「準備完了です」だれかが叫ぶと,全員が下に消えた。フートンが見ていると,各車輪のすぐ前にある2インチ(5cm)ほどのチューブが車輪に空気を噴射し始め, それらが回転し始めた。船がしゅっしゅっという音とともに上昇した。 飛行翼が突然前方に飛び出し,その尖った先端を空の方に向け,船の端の梯子が一方に向きを変え始め,車輪があまり早く回転するので, 翼がほとんど見えない状態だった。
あっというまもなく,船は視界から去って行った。

【参考文献】
『UFO超地球人説』1976年,著:ジョン・A・キール

フートンの目撃記事が掲載されたアーカンソー・ガゼット紙(
1897年4月22日
『UFOと宇宙』NO.14から



参考外部=>GAsite(1897年の謎の飛行船 by ジェローム・クラーク)

参考外部=>オカルト・クロニクル(幽霊飛行船騒動――謎の搭乗員たち)

参考外部=>阿修羅(アメリカの“飛行船もどき”騒動(『UFOS & SPACE』81年5月号))
●オーロラ飛行船墜落事件(アメリカ) 1897年4月のある早朝,テキサス州の小さな町オーロラ(Aurora)に住むプロクター判事の家の風車に1機の飛行船が衝突し墜落した事件。
飛行船は町の中心部を飛び,ぎごちない動きをして,この風車に衝突し爆発した。機体はばらばらになり破片は数エーカーの地面に散乱した。
ひとりの乗員のばらばらになった遺骸が発見されたが,「この世界の住人ではない」と思われたという。 遺体は,どうにかキリスト教の埋葬に付された。

【参考文献】
『UFOと宇宙(No.38)』,1978年【空飛ぶ円盤墜落す・文:ボブ・ダグラス,訳:柳尾武義】


【もっと詳しく】
■事件詳細(サイト内)=>怪奇事件集(オーロラ・ミステリー)
参考外部⇒オカルト・クロニカル(オーロラ墜落事件テキサスに眠る何か)

参考外部⇒FC2・海外の妖しいBlog記事から(テキサス州オーロラ: 19世紀の西部での UFO 墜落事件)

参考外部=>Wikipedia(オーロラUFO墜落事件)
●シスターズビル飛行船照射事件(アメリカ) 1897年4月19日午後9時すぎ,ウェストバージニア州シスターズビル(Sistersville)で葉巻状の光り輝く物体が,町の上空から集落に向けて,とてつもなく明るいサーチライトを照射した。
巨大な葉巻状の光り輝く赤い物体が,北西の方角からオハイオ州をこえて,シスターズビルに近づいてきた。そして,この物体は,とてつもなく明るいサーチライトを,少なくとも二度,この集落に照射した。
製材所の警報が,けたたましく鳴りだし,外に飛び出した多数の住民は,この奇想天外な空からの来訪者を目撃した。
また,付近の丘陵地帯の住民は,その飛行物体の葉巻状の形態をはっきりと認識することができた。そのサーチライトの反射光で,船の両側に張り出した大きな水平安定板も見えたという。物体の端および横腹に並んだキラキラ光る,赤,白,緑のライトが確認でき,物体は,長さが約180フィート(55m),幅約50フィート(15m)の大きさだったそうである。
物体は,急速に上昇して姿を消した。
【参考文献】
『空飛ぶ円盤の真実』,1988年,著:フランク・エドワーズ,訳:安龍次郎
参考外部⇒ GAsite(1897年の謎の飛行船第1話)

参考外部⇒ GAsite(1897年の謎の飛行船第2話)
●ハミルトン謎の飛行船目撃事件(アメリカ)

★『UFOと宇宙』NO.14から
1897年4月19日夜10時30分ごろ,カンザス州ル・ロイ(Le Roy)に住む,牧場主のアレグザンダー・ハミルトンは,牛が騒ぐため起きて玄関にでてみると,牛の囲いの上空から飛行船がゆっくり下降してくるのを目撃した。
雇人と息子をよび3人で近づいていくと,その飛行船は,約90メートルもある葉巻型の本体と下側についたゴンドラのようなものからなっていた。
1つの強烈な赤いサーチライトと2つの緑のライトからなる光を発している。
ゴンドラはまわりがガラスのような物質で透明になっており,途中に金属が細い帯のようについていた。ゴンドラの内部にはこうこうと明かりがついていたため,あらゆる物がはっきり見えた。
中には,奇妙な人間が6人(2人の男と1人の女と3人の子ども)が乗っていて高い声で話し合っているのが聞こえた。だが,話の内容は一言も理解できなかった。
目撃者たちに気づいた飛行船の中の連中は,動力のようなもののスイッチをいれた。すると,船の底のスクリューが回りだし,船は上昇していったが,約100メートルの高さで動きを止めた。 飛行船の下には,フェンスにからまったのか,雌牛が騒ぎ跳びはねていた。
目撃者たちが近づいてみると,飛行船から垂れた赤いケーブルがその雌牛の首のまわりに巻つき,牛は柵の金網にからまっていた。
目撃者たちは,牛の首のまわりのケーブルをはずそうとしたが無理で,金網の方を切り離した。すると,目の前で雌牛もろとも飛行船はゆっくり上昇し,上空に浮かび上がって北西の方角に消えていった。
一同はそれを驚きあきれて見送ってしまったという。

【参考文献】
『UFOと宇宙』NO.14 ,1975年【1897年の謎の飛行船,文:ジェローム・クラーク】
『空飛ぶ円盤の真実』,1988年,著:フランク・エドワーズ
参考外部⇒ オカルト・クロニカル(幽霊飛行船騒動――謎の搭乗員たち )

参考外部⇒ NAVERまとめ(アレキサンダー・ハミルトン事件(1897))

参考外部⇒ GAsite(1897年の謎の飛行船第1話)

参考外部⇒ GAsite(1897年の謎の飛行船第2話)
●サンプターとマクリモア謎の飛行船遭遇事件(アメリカ) 1897年5月6日の夜,アーカンソン州ガーランド郡(Garland County)の二人の警官,ジョン・J・サンプターjr.巡査とジョン・マクリモア副保安官が,謎の飛行船乗員と話をした。
この夜,捜査のため馬で北西に向かっていたサンプターとマクリモアの二人は,上空に輝く光を見つけた。
山を回って4〜5マイル(6〜8km)走ったところで,再びその光を見たが,それはすぐにもうひとつ山の陰に消えた。 さらに半マイル(0.8km)ほど走ったとき,馬が先に進むのをいやがった。
100ヤード(約90m)ほど先で二人の人間が明かりをもって動き回っているのが見えた。サンプターたちは,ウィンチェスター(銃)を構えて,二人に聞いた。 「そこにいるのはだれだ,何をしている?」長い黒ひげの男がカンテラを手に近づいてきて,「自分とつれ(若い男と女)の者は飛行船で全国を旅行しているところだ」と答えた。
その飛行船の輪郭をはっきり見分けることができた。葉巻型で長さが60フィート(約18m)ほどで,最近の新聞で見たのとそっくりだった。 若い男は30ヤード(約27m)ほど先で大きな袋に水を満たしていた。女は闇の中で背中を向けたまま傘をさしていた。
雨が降っていたので,ひげのある男がサンプターたちに船に乗るようすすめたが,彼らはことわった。 そして,飛行船の光について質問すると,この光はひじょうに協力なもので,動力をひどく食うと答えた。
2,3日温泉に滞在して湯につかりたいが,時間に限りがあるのでそうもいかない。全国を見て回ったあとはテネシー州ナッシュビルで旅を終わりにするつもりだと言った。
サンプターたちは,いそいでいたため,その場を去ったが,
40分ほどして戻ってみると,何も見えなかった。 彼らは飛行船が出発するのを見ることも聞くこともできなかった。
【参考文献】
『UFO超地球人説』,1976年;著:ジョン・A・キール
参考外部⇒ オカルト・クロニカル(幽霊飛行船騒動―謎の搭乗員たち;雨の中にいた3人の男女)
 

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