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怪奇・不可思議事件集(か〜こ) 


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か〜こ
 かきくけこ
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200-20 事件名 470-55 事件の概要および詳細 230-25 その他参考サイトなど
●火星上での大爆発
1949年12月9日 ,日本の著名な天文学者の佐伯常雄氏は,望遠鏡を通して火星上に異常に強力な爆発が起こったのを目撃した。
佐伯氏は
1933年から火星を研究してきた専門家だが,この不思議な爆発の後,数分にわたって”明るい光”が見られた。 それから”光った黄灰色の雲”が現われ,その”雲”の大きさは,直径1,120キロメートル,高さ64.36キロメートルと推定された。
この爆発は疑いもなく,人工的核爆発であり,水爆よりももっと強力なもので,高度に進んだ文明をもつ生物が爆発させたとしか考えられないと佐伯氏は述べている。

大阪天文台の観測では,
1937年から1954年までのあいだに,4回にわたって火星表面に”明るい光”が輝くのを目撃している。 これらが火山爆発の可能性であることは否定できる。なぜなら,この光は火山活動には見られない,もっと強く明るい光だったからである。最初と2回目の爆発では,光がそれぞれ300秒間にわたって目撃され,3,4回目の爆発では,5秒間にわたった。

アレクサンドル・カザンツェフは,その論文『宇宙からの訪問者』で,
1956年の地球と火星の大接近の後,プルコボ天文台長のA・A・ミハイロフは,プルコボ天文台が,火星上に巨大な力の爆発が起こったのを観測したことを報告したと述べている。
【参考文献】
『謎の白鳥座61番星』,1975年,著:ロビン・コリンズ,訳:青木榮一
参考外部サイト=>オカルトNEWS★かすぽ(火星で核爆発か?「キノコ雲」が撮影される)
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●雲に消えたイギリス兵


★雲の中に消えたノーフォーク連隊
サイト;『ナゾカレンダー』から
1915年 ,イギリス軍の一個連隊数百人が,奇妙な青白い雲のかかった場所を過ぎようとしたが, その雲を抜けて出てきた隊員は一人もいなかった。
トルコでダーダネルス作戦(
ガリポリの戦い )が行われていた最中に,この不思議な事件は起こった。 信じられぬ出来事だが,何人かの目撃者により確認されている。
場所はガリポリ半島沿いのサブラ湾南側を内陸にはいったカイアジク・アガーラの近くであった。
イギリス軍の一個連隊数百人が,奇妙な青白い”雲”がかかった場所を過ぎようとした。 その奇妙な”雲”は,目撃者によればカイアジク・デレ(地面の陥没地)の上をすっぽり覆っているように見えた。 そして,その”雲”を抜けて出てきた隊員は一人もいなかったという。
”雲”は,
1時間ほど たって地面を離れた。 約1.2キロ上空に同じような”雲”が6個から8個くらいが浮かんでいた。 地面から上昇した”雲”が上空の”雲”に合流するのを待って,その奇妙な雲の一団は,東欧のブルガリアの方向に移動していったという。
”雲”は,どれも細長い恰好だった。地上に降りていた雲は,長さ約241メートル,高さと幅がそれぞれ約60メートルで,外見は”きめがこまかく”, ”固い”感じがした。
この事件の目撃者は,オーストラリア・ニュージーランド連合部隊の工兵であったF・レイチャートとR・ニューンズ,J・L・ニューマンの3人である。
レイチャートの話では,
1918年 にトルコが降伏したとき,イギリスは行方不明の一個連隊の隊員の釈放を要求したが, 「トルコは,この連隊を捕虜にしたことはもちろん,接触した事実もないので,連隊が存在したことも知らなかった,と回答した」という。
【参考文献】
『謎の白鳥座61番星』,1975年,著:ロビン・コリンズ,訳:青木榮一
ガリポリの戦い;(外部)->世界史の窓(ガリポリの戦い)


参考外部サイト=>Unbroken Snow(ノーフォーク連隊集団失踪事件(1915))

参考外部サイト=>ナゾカレンダー(第1次世界大戦中に起きた「ノーフォーク連隊集団失踪事件」の真相が判明!?〜奇妙な”灰色の雲”の中に消えた彼らの消息とは?)

参考外部サイト=>都市伝説をまとめてイッキ読み(ノーフォーク連隊失踪事件!341人が雲の中に消えた最大の神隠し事件!)

参考外部サイト=>excite(不可思議な霧や雲が現れて、突如消息を絶った奇妙な10の失踪事件)
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200-20 事件名 470-55 事件の概要および詳細 230-25 その他参考サイトなど
●ケネディ大統領の暗殺を夢で見た少年
1963年11月22日 に起こったケネディ大統領の暗殺を,事前に夢で見ていた少年がいた。
ケネディ大統領は,
1963年11月22日金曜日,現地時間12時30分にテキサス州ダラス市内で遊説中に銃撃され暗殺された。
後になって,このケネディ大統領の死は,相当多くの人に予知されていたことが判った。その中の一つの話である。
オハイオ州コロンバスの町の病院に,リッキイ・マクドウェルという8歳の少年が,白血球過多症で入院していた。リッキイは,
11月20日以来,半ば昏睡状態に陥っていた。
22日の朝7時,リッキイはふと眼を覚まし,ベッドそばにいる母親に,大統領が死ぬところをいま夢に見たことを話した。
リッキイは,
2時間ほど眼を開けていたが,やがてまた昏睡に陥った。そして,そのまま二度と眼を覚ますことはなく,12月28日に亡くなった。
【参考文献】
『予言と怪異物語』,1964年,著:黒沼健
参考外部サイト=>Wikipedia(ケネディ大統領暗殺事件)
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●黒衣の男たちの出現

黒衣の男
ベンダーの前に現れたMIB
『UFO最後の真実』から
UFOの目撃者や調査員の前に,ふと現われる奇妙な三人連れの紳士がいる。
この紳士たちは,たいていの場合,東洋人的風貌をして,地味な黒っぽい衣服を身につけている。
空飛ぶ円盤を見に行って,途中で黒衣の男たちに会ったことのある人は,てっきりCIAの秘密工作員がいやがらせに来たのだと,みな信じていた。
この, 「黒衣の男たち」(MIB)があらわれるときは,たいてい黒塗りの大型車,特にキャデラックに乗っていて,UFOを追いかけるアマチュアたちを混乱させる。 この奇妙な3人連れは,ここで見たことをひとに話さぬほうがよい,と警告し,ときには脅迫したという。
そして,この3人は,車ごと妙なぐあいに消え去ってしまうのだ。初めそれを聞いた人は信用せず,嘘をいっているか幻覚を見たかしたのだろうと相手にしなかった。 ところが,同じような事件の数は次第にふえる一方で,懐疑的だった調査員たち自身が「黒衣の男たち」と遭遇する羽目になって震えあがった。
UFO調査員が急死したり,自殺したり,神経衰弱になったりした例は,おびただしい数にのぼっていたのだ。
【参考文献】
『失われた惑星文明』,1975年,著:ジョン・A・キール,訳:北村十四彦
参考外部サイト=>Wikipedia(メン・イン・ブラック)

参考外部サイト=>GAsite(第6章 異星人は我々のなかにいる! 第2話 宇宙よりの来訪者)


参考外部サイト=>TOCANA(不気味な「黒づくめの集団(MIB)」が米国の道路に頻出! 警察「本気で調査する」
●小人宇宙人目撃事件


1989年に開かれた「モスクワ・UFO展覧会」での作品;画:ビクトル・コロリョフ)
『モスクワ上空の怪奇現象』から
1965年8月の夜 ,ワシントン州シアトルに住む若い女性が,窓から寝室に侵入してきたフットボールぐらいの小型UFOに遭遇し, なかから出てきた5,6人の小人を目撃した。
この報告は,ジョン・A・キールが受け取ったUFO情報のなかでは異端のものである。
1965年8月の後半,彼女は 午前2時 に目をさました。その時,彼女は自分のからだを動かしたり声を出したりすることができなくなっていることに気づいた。 寝室の窓が開いていて,突然,小さいフットボールぐらいの大きさのくすんだ灰色の物体が現われた。 それは,漂いながら窓からはいってきて,彼女のベッドに近いカーペットの上の宙を舞った。 その物体から3本の脚が降りてきてフロアに定着した。 小さなタラップが降ろされ,5,6人の小人たちが出てきた。 小人たちは,からだにぴったりの服を着ており,その物体の修理に取りかかかっているように見えた。 小人たちは,仕事が終わると,再びタラップをのぼり,物体の中に姿を消し,物体は,離陸し窓の外に飛び去っていった。
そのとき,ようやく彼女は身動きできるようになった。 彼女は,確かに完全に目をさましていたという。 また,からだを動かすことができなかったあいだに,声をあげたり,驚いて跳び上がったりしたいとは思わなかったという。
【参考文献】
『UFO超地球人説』,1976年,著:ジョン・A・キール,訳:巻正平

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