UFOレガシーUFO・ミステリー事件遺産 当サイトで参考にしたUFO関連本一覧
出典ライブラリー

 人物紹介(は〜ほ)
(UFO研究家・コンタクティ・著述家など)
 

●ハウスホーファー
●橋本健
●浜田政彦【濱田政彦】
●浜野志保
●ハリー・エドワーズ
●ハリー・古山
●ハリー・S・トルーマン
●ハロルド・シャーマン
●ハワード・メンジャー
●ハワード・P・ロバートソン
●ハンス・ピーターセン
●パトリック・ムーア
●バド・ホプキンス
●バリー・J・グリーンウッド
●バーニー・バーネット
●ヒュー・パーシー・ウィルキンズ
●平川陽一
●平田篤胤
●平田留三
●平塚柾緒
●平野威馬雄
●ピーター・ブルックスミス
●ビリー・マイヤー
●ビル・クリントン
●フェリックス・ジーゲル
●フェリックス・モンクラ
●フェルディナンド・オッセンドウスキー
●フェルナンド・セスマ・マンザノ
●福来友吉
●藤子・F・不二雄
●藤本憲幸
●布施泰和
●フランク・エドワーズ
●フランク・スカリー
●フランク・ホルステッド
●フランツ・アントン・メスメル
●フレッド・ステックリング
●フレッド・ベル
●ブラッド・スタイガー
●ブラバァツキー夫人
●ブルワー・リットン
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●ヘレナ・P・ブラバァツキー
●ヘンリー・グリス
●ペトル・ホボット
●ペマ・ギャルポ
●ベアテ・シロタ・ゴードン
●ベンジャミン・クレーム
●ホイットリー・ストリーバー
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●鮑黎明
●保阪正康
●星野之宣
●ホセ・アリゴー
●堀源一郎
●堀越豊裕
●本城達也
●誉田光一
●ポール・ノーマン
 
氏名(敬称略) プロフィール 著作物、関連サイトなど
●ハウスホーファー カール・ハウスホーファーを参照。
●橋本健(はしもとけん)
(1924〜);

  
工学博士。東京大学電気工学科卒。大学在学中に超心理的現象を体験して超心理学に興味をもち研究に没頭した。 超心理学に関する著書が多数ある。 関連サイト=>日本超科学会


『きみにも超能力がある』,1972年
●浜田政彦(はまだまさひこ)
【濱田政彦】
(1969〜);

 
主な著作に,『神々の軍隊 三島由紀夫,あるいは国際金融資本の闇』,『僕は画家になりたかった ヒトラーに立ちはだかった帝国』,『彼らはあまりにも知りすぎた UFOをめぐる宇宙的沈黙の系譜』(以上,三五館)など。
【参考文献】
『怪奇秘宝[戦慄編]』【執筆者紹介】,2017年
参考外部サイト=>YOUTube(『神々の軍隊』浜田政彦氏が語る近未来)


『神々の軍隊VS国際金融資本の超暗闘』,2008年
『UFO最後の真実異次元に広がる超文明世界の謎』,2009年
『宇宙人最後の真実人類を操る異次元の暗黒宇宙人』,2009年
●浜野志保(はまのしほ)
(1974〜);

 
千葉工業大学工学部准教授。
専攻は近代視覚文化史。(特に19世紀から20世紀にかけてのパラノーマル文化[念写,心霊写真,降霊会,ダウジングなど]について)
共著に『天空のミステリー』(青弓社),訳書にタイラー・コーエン『創造的破壊』(作品社)など。
【参考文献】
『写真のボーダーランド』,著:浜野志保
参考外部サイト=>twitter(浜野(伊神)志保)

参考外部サイト=>Peatix(佐藤守弘×橋本一径×浜野志保「心霊写真という不安――私たちは写真に何を見ているのか」『写真のボーダーランド――X線・心霊写真・念写』刊行記念)


『写真のボーダーランド』,2015年
●ハリー・エドワーズ
( Harry James Edwards )
(1893〜1976); memory
  
キリスト以来最大の霊的治療家と言われる。 若いころから公共の仕事に興味を持ち,英国初期のボーイスカウト団に加わり,パイオニアとなる。 のちに陸軍大尉。退役後,印刷業を営む傍ら政治活動にも従事した。 1936年 頃からスピリチュアリズムに興味を持ち,たちまち霊的治療能力を発揮し,サリー州シェアに宏大な治療院を設け, 難病奇病の人々を含む世界各地からの治療依頼者を治癒させた。 その奇跡的な治療能力は,英王室や英国国教会,多くの医師たちからも認められた。 長く英国霊的治療家連盟の会長を務め,世界の霊的治療家の最高峰と仰がれる。
【参考文献】
『ジャック・ウェバーの霊現象』(新装版) ,2015年

・Wikipedia(ハリー・エドワーズ (ヒーラー))
・Wikipedia(英語版;Harry Edwards (healer))
参考外部サイト=>アメーバニュース(英国スピリチュアルヒーリングのパイオニア・故ハリー・エドワーズ氏。彼の教えから見えてくる注意点)

参考外部サイト=> 真のスピリチュアル・ヒーリングの時代へ((3)スピリット・ヒーリングの主役「霊医」と、地上の先駆的ヒーラーたち)

参考外部サイト=>福岡ヒーリングセンター(ハリー・エドワーズ Harry Edwards)


『ジャック・ウェバーの霊現象』,著:ハリー・エドワーズ,監修:梅原伸太郎,訳:近藤千雄
 
●ハリー・古山(ハリー・ふるやま)
【古山晴久】
(195?〜);

 
1970年 にアメリカに渡り,UFOと宇宙人の真相を社会に啓蒙する活動を,UFO教育センターの シャーロット・ブロッブ女史らと続けながら,地球に暮らす宇宙人とコンタクトを重ねた。
2004年 に帰国し,国内でUFO活動を続けている。
【参考文献と参考サイト】
『UFOと宇宙』(No.36):1978年,【横尾忠則UFO対談/古山晴久】
『私が出会った宇宙人たち』:著者:ハリー・古山
・参考外部サイト⇒『UFO STATION』
参考外部サイト⇒UFO STATION

参考外部=>ハリー古山・講演記録



『私が出会った宇宙人たち』,2008年
●ハリー・S・トルーマン
( Harry S. Truman )
(1884〜1972); memory
 
アメリカ合衆国の政治家。 上院議員,第34代副大統領,第33代大統領を歴任した。 フランク・ルーズベルトの死を受けて 1945年 に副大統領から大統領に昇格した。
【参考サイト】
Wikipedia(ハリー・S・トルーマン)


多くの有名な空飛ぶ円盤事件がトルーマン政権時代に起きている。
このため,トルーマン政権はUFO研究史に残るドラマチックな目撃事例や遭遇事件に対処せざる得なかった。
しかし,ホワイトハウスが発信元だったり宛て先になったりした覚書や文書を見つけるのは非常に難しい。 安全保障の維持についてのトルーマンの優れた能力が挙げられる。
トルーマンと側近たちの通信文書は書き方が曖昧で暗号めいており,極端に言葉が省略されているからだ。
【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年

⇒・Wikipedia(英語版;Harry S. Truman)
参考外部サイト⇒なべちゃりん的な考え方?? 宜しければ、戴いて下さい♪(【原爆投下を実行指示したトルーマン大統領を投げ飛ばした女性、林田民子】)

参考外部サイト⇒ムーPLUS(週刊ムー語教室/アメリカ大統領とUFOの噂【前編】)

参考外部サイト⇒超能力者の独り言 前世や過去世への旅(不思議な話 その95 アメリカ大統領とUFO情報)

参考外部サイト⇒宇宙NEWSLETTER2016(米国大統領とUFO問題の深相 (その1))
●ハロルド・シャーマン
( Harold Morrow Sherman )
(1898〜1987); memory
   
ミシガン大学入学後,第一次世界大戦に従軍。 新聞記者等を経て,著述家として活躍した。主要作品に『マーク・トウェインの冒険』がある。 1937年 にヒューバト卿と歴史的なテレパシー実験を行い,注目を浴びた。ESP研究財団理事長等を務めた。
【参考文献】
『霊感の世界」(下)』,1974年

・Wikipedia(英語版;Harold Sherman)
『霊感の世界」(上)』,著:ハロルド・シャーマン,訳:早川芳男
『霊感の世界」(下)』,著:ハロルド・シャーマン,訳:早川芳男
●ハワード・メンジャー
( Howard Menger )
(1922〜2009); memory
 
主に1950年代末から1960年代初頭に活動した, 自称UFOコンタクティ。
本人によれば, 10歳の頃UFO(未確認飛行物体)を目撃した後, 森の中で(金星から来たという)女性と遭遇し, 自らの未来を告げられたとする。
その後成人し, 兵役中にも不思議な異星人たちに助けられながら九死に一生を得たという。
戦後は看板業を営んでいたが, 34歳の頃に農場裏の野原に飛来した円盤を撮影し, さらに後には宇宙船に搭乗して月面へ案内されたとも主張。写真に写った円盤のかたちに歪みが見られるのは, 円盤から発する磁気の影響であるという。
1959年に, 自らの体験記「外宇宙からあなたへ」を出版。著書は世界的な反響を呼び, テレビ・ラジオへの出演および全米を巡り講演活動を行なう。
【参考サイト】
Wikipedia(ハワード・メンジャー)


ニューヨーク市のラジオ局WORで, オールナイト・トーク・ショーをしていたパーソナリティのロング・ジョン・ネベル(Long John Nebel)は, 新しい趣向を探していた。
そして彼は, それを空飛ぶ円盤に見出し, 接触者, 霊能者, いろいろな奇人変人などと, とっぴなインタビューで大へんな人気を築き上げた。
ハワード・メンジャー(Howard Menger)の最初のロング・ジョンへのショーへの出演は, メンジャーの故郷ニュージャージー州ハイ・ブリッジ(High Bridge, New Jersey)に大へんな騒ぎを引き起こした。
メンジャーによると, 空飛ぶ円盤がひんぱんに彼の地所に着陸し, そのUFO乗員たちは, しばしばコーヒーを飲みに立ち寄っていたという。
メンジャーは, 物柔かな, まじめな態度でおだやかに話す男で, 自分は最初, かつて第二次世界大戦中に軍隊にいるとき, 自動車の中で長髪のブロンドの男たちに接触されたと主張した。
【参考文献】
『UFO超地球人説』【第11章/ 「きみたちは宇宙のバランスを危うくしつつある! 」】, 1976年, 著:ジョン・A・キール, 訳:巻正平

⇒・Wikipedia(英語版;Howard Menger)
参考外部=>En. Wikipedia (WOR (AM))

外部=>Hakan Blomqvist's blog (Howard Menger and esotericism)

参考外部=>YouTube(Howard Menger - UFO Contactee)

参考外部=>YouTube(The Howard Menger Encounters)

参考外部=>science. howstuffworks. com(Howard Menger and UFO Contactees)

参考外部=>santa fe ghost and history tours (ALIEN CONTACTEE OR FRAUD? HOWARD MENGER THE UFO MAN )
●ハワード・P・ロバートソン
( Howard Percy (Bob) Robertson )
(1903〜1961);
memory
  
アメリカの数学者,物理学者。
1953年1月
にUFOの危険性を評価するため,CIAが開催した査問会 (ロバートソン査問会)の議長を務めた。
【参考文献】
『ムー(No.36)』【「UFO研究の最高権威ハイネック博士に聞く」】

・Wikipedia(英語版;Howard P. Robertson)
⇒・google (Howard P. Robertson)
●ハンス・ピーターセン
Hans Christian Petersen
(?〜2013);
memory
 
UFO研究家。
北欧のUFO研究のパイオニアとして知られる。
デンマーク王立空軍(=NATO)退役空軍少佐。GAPデンマーク代表。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.44)』【「雲に隠れるリング状物体」】, 1979年
参考外部=>ニコニコ動画(ハンスピーターセン氏.mpg)

参考外部=>Mysterious Universe(UFOs Around the World: Denmark)

参考外部=>GA Site(二つのコンタクト事件)
●パトリック・ムーア
( Patrick Moore )
(1923〜2012); memory
 


左;ムーア,右;アリンガム
[水島保男外伝版ブログ]から
望遠鏡による月観測の専門家。多くの著作を手掛け,ラジオのキャスターなども務めた有名人でもある。
1954年2月18日 ,スコットランド北端のロシーマウスに近い海岸で,空飛ぶ円盤から降りてきた 火星人とコンタクトした(火星人コンタクト事件) ことで有名なセドリック・アリンガムは,実際はムーアが体験したことで, アリンガムは偽名であるという。世間的な顔を隠した立場で, この体験を『Flying Saucer from Mars』 (邦訳;『火星からの空飛ぶ円盤』, 1971年 )で感じたありのままを思う存分述べているという。
【参考文献・参考サイト】
『スペースプログラムが予言する終末カウントダウン』, 著:韮澤潤一郎, 2015年
・参考サイト⇒ 水島保男外伝版ブログ

・Wikipedia(英語版;Patrick Moore)
 
参考サイト⇒水島保男外伝版ブログ

参考サイト⇒ Wikipedia(木星・冥王星重力効果)

参考サイト⇒ NAVERまとめ(天文学者でキャスターのパトリック・ムーア卿が死去)



『火星からの空飛ぶ円盤』 著:
C・アリンガム,訳:岩下肇,1971年
●バド・ホプキンス
( Budd Hopkins )
(1931〜2011); memory
 
画家でUFO研究家。
1981年に 『失われた時間 -Missing Time- 』 という著書を刊行し, アブダクション研究にまったく新しい視点を取り入れて話題を巻き起こした。
それまで考えられていたよりもはるかに多くの人々がUFO乗員に誘拐され, さまざまな検査を受けている可能性があることを指摘した。

【参考文献】
『宇宙人の死体写真集』, 著者:中村省三, 1989年

1987年
に出版された著書 『侵入者 -Intruders- 』 には, 『失われた時間』(1983年出版)以来の誘拐記録の研究と新しいケースにもとづいての, さらに驚くべき仮説を示唆している。
彼は, 一人が何人かの家族といっしょに何度も誘拐され, 「遺伝子操作」 と思われる体験報告が繰り返されるパターンを発見した。
報告が真実なら, その証拠は 「宇宙人」 が, 人間の胎児をいじったり取りだしたりして, 宇宙人と人間の雑種をつくりだしたことを示唆しているといえる。
これは, 突拍子もないことに聞こえるかもしれないが, 「証拠」 を別の方法で解釈するのは難しい。
しかし, この証拠は有効なのだろうか。 ホプキンスの仕事と, 懐疑論者の別の解釈(心理的なもの)の両方が, 『オムニ』 誌の
1987年12月号に報告されている。
【参考文献】
『UFOに関する極秘ファイルを入手した。』【第5章/ 連れ去られた男たちの証言】, 著:リチャード・ホール, 訳:青木日出夫, 1989年

・Wikipedia(英語版;Budd Hopkins) 
参考外部⇒UFO大学 (国際Abductionの研究史)

参考外部⇒UFO CASEBOOK (Budd Hopkins Describes UFO Abduction on the Kate Valentine UFO Show)
●バリー・J・グリーンウッド
( Barry J. Greenwood )
(1953〜);
 
1964年以来UFO研究に携わる。歴史家,古文書研究家。MUFONのマサチューセッツ支部ミドルセックス郡指導員, CAUS顧問, CUFOS, APRO, BUFORA(英国UFO研究協会)の各会員。
また, 全米科学振興協会と全米天文学会の準会員。

【参考文献】
『人類は地球外生命生物に狙われている』1987年, 著者:ローレンス・フォーセット / ハリー・J・グリーンウッド, 編訳:南山宏
参考外部=>NICAP (The NICAP A-Team as of November 30,2016)

参考外部=>NOUFORS (Barry J. Greenwood)



『人類は地球外生物に狙われている』, 1987年
●バーニー・バーネット
Barney Barnett
(?〜1969); memory
 
もう一つのロズウェル事件(UFOの墜落場所がサンアグスティン平原)で, 墜落した機体と数体の乗員(うち一人は生きていた) を目撃した地質学者。
【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』, 2015年

1978年
に, スタントン・フリードマンがミネソタ州のベミジ州立大学で講演を行ったとき, 聴衆の中にいたマルテイス夫妻が土木技師のバーニー・バーネットのことを話してくれた。
夫妻は, ニューメキシコに住んでいたときの彼と親友になった。 バーネットは,
1947年7月上旬,墜落円盤のそばで宇宙人の死体を発見したと夫妻に打ち明けたという。
それによると, ニューメキシコ州ソッコロの西, マグダレーナという小さな町の近くの砂漠の中で, 直径9メートル程度の円盤型をした物体の残骸を発見した。
彼がそれを調査していると, 少人数のグループが近づいてきて, ペンシルバニア大学考古学チームのメンバーの一部だと語ったという。
彼らは, 地面に横たわっている何体かの死骸を取り囲むように立っていた。機体の中にも何体かの死骸があるとバーネットには思われたという。
バーネットは死骸のすぐそばまで近づいた。 それは人間によく似た生物で, 頭が丸く, 目が小さくて, 髪の毛がなかった。 全員がグレイの上下続きの服を着用しており, ジッパーやボタン, ベルトのたぐいはついていなかった。
間もなく軍隊が到着して現場を取り仕切り, 彼をその場から連れ去ったという。

【参考文献】
『宇宙人の死体写真集2』, 1991年
参考外部=>ufo explorations. com (THE OTHER ROSWELL CRASH: The Secret of the Plains Revealed)

参考外部=>Open Minds (Roswell Revelations)
●ヒュー・パーシー・ウィルキンズ
Hugh Percy Wilkins
(1896〜1960); memory
 
イギリスの天文学者。月理学(セレノグラファー)の最高権威者であった。
1953年7月に, ジョン・オニールが月面上に人工の橋(オニール橋と名づけられた)らしいものを見たことを報告すると, 他の天文学者からごうごうたる非難を浴びせられた。
ウィルキンズ博士は, それを自分も見たとの声明文を出した。
そこに, 言われるような橋があったか否かは別として, 肝心なのは, ウィルキンズ博士には, 自分が何を見たかを報告するガッツがあったということである。
そして彼には, オニールを誹謗した連中を顔色なからしめるほどの名声があったということなのだ。

【参考文献】
『空飛ぶ円盤の真実』1988年, 著:フランク・エドワーズ, 訳:安龍次郎

・Wikipedia (英語版;Hugh Percy Wilkins) 
参考外部=>Llanelli Community Heritage (Hugh Percy Wilkins 1896 - 1960)

参考外部=>THE MOON- WIKI (Hugh Percy Wilkins)

参考外部=>
クレーター
●平川陽一(ひらかわよういち)
(1946〜);

 
早稲田大学文学部仏文学科卒。
光文社カッパ・ブックス編集部を経て,轄K運社代表になる。
主に歴史ミステリーや発想クイズの分野で活躍している。

【参考文献】
『本当は怖い!日本のしきたり』, 2018年
参考外部⇒読書メーター (山と村の怖い話(宝島社文庫))

参考外部⇒dmenuニュース (「てるてるぼうず」は実在した? その起源は、あまりにも残酷だった!)


『UFO&宇宙人の謎』, 1991年
『1999年アルマゲドンの全真相』, 1999年
『本当は怖い!日本のしきたり』, 2018年
●平田篤胤(ひらたあつたね)
(1776〜1843);
memory
 
江戸時代の国学者, 神道家, 復古神道(古道学)の大成者で, 国学四大人の一人。
25歳に松山藩士平田篤隠(あつやす)の養子となり, 板倉家に仕えた。
本居宣長没後の門人を称する。国学を研究し, 宣長の学問を祖述し, 著述を多数刊行した。
霊界研究書として 「仙境異聞」 「勝五郎再生記聞」 などを著す。

・Wikipedia(平田篤胤)
参考外部⇒BUSHOO! JAPAN (江戸時代の国学者・平田篤胤とは? オカルト世界を真面目に追求したフシギな御仁の一生)


『江戸の霊界探訪記』2014年 (「仙境異聞」「勝五郎再生記聞」)現代語訳:加賀義
●平田留三(ひらたとめぞう)
(1924〜?);
memory
 
旧制関西商工学校商業科卒後, 日活映画勤務, 小学校教諭, 映画劇場支配人を経て, 阪神録音社を経営。
1966年に 「日本UFO研究会」 を設立した。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.41)』, 1978年【UFOスペシャル'78】
参考外部⇒きよりんのUFO報告(1996年9月22日OUC石炭倉庫で「第1回UFOフォーラム」)

参考外部⇒SkyPeople(UFO関係者の思い出など)

参考外部⇒異界探偵Okundの(トンデモ)謎解き日記(平田留三会長の夢を見た)
●平塚柾緒(ひらつかまさお)
(1937〜);

   
太平洋戦争研究会, 近現代フォトライブラリーを主宰している。
【参考文献】
『ヤマモト・ミッション 山本五十六司令長官機撃墜を可能にしたもの』
参考外部⇒東京新聞 TOKYO Web

主宰サイト⇒太平洋戦争研究会


『ヤマモト・ミッション山本五十六司令長官機撃墜を可能にしたもの』, 2016年
●平野威馬雄(ひらのいまお)
(1900〜1986);
memory
 
作家。少年文学, 仏自然主義文学, 空飛ぶ円盤に関する著書が多数ある。
料理愛好家として有名な平野レミさんの父親。

・Wikipedia(平野威馬雄)
『これが空飛ぶ円盤だ』, 1960年
『ヒューマノイド空飛ぶ円盤搭乗者』,1974年
『アポロと空飛ぶ円盤』著者:荒井欣一 / 平野威馬雄, 1973年


平野レミさんについての参考外部=>wikipedia(平野レミ)
 
●ピーター・ブルックスミス
Peter Brookesmith
(1946〜);
 
UFO研究家。
怪奇現象などを扱って国際的にも評価の高い雑誌, 『フォーティアン・タイムズ』 にUFO問題について定期的に寄稿している。
3,000ページにもおよぶ超常現象事典 『The Unexplained』 の編纂にあたったほか, リーダーズ・ダイジェスト社から刊行された全12巻の超常現象シリーズの監修もつとめた。
この他の著書には, 『UFO- The Complete Sigghtings Catalogue』 などがある。

【参考文献】
『政府ファイル UFO全事件』:1998年

⇒ ・Wikipedia(英語版;Peter Brookesmith)

参考外部=>UFO- SVERIGE (Brookesmith, Peter (1946-))





『政府ファイル UFO全事件』, 著:ピーター・ブルックスミス, 訳:大倉順二
●ビリー・マイヤー
( "Billy" Eduard Albert Meier ) (1937〜);
  
スイスに生まれ, 5歳のとき初めてUFOを目撃した。
その後相次いで接触してきた宇宙人によって知的・霊的な面での教育を受けた。
コンタクトした代表的な宇宙人にセムヤーゼがいる。
1978年, スイス民法60条に基づく FIGU(フィグ) という公益法人を友人たちと設立した。 彼はその一員として今日まで執筆活動を続けている。
【参考文献】
『宇宙人がくれた21世紀の聖書』:1989年, 著者:大高良哉
『宇宙人との遭遇』:著者:ウェンデル・スティーブンス, 訳:芝田康彦

・Wikipedia(ビリー・マイヤー)
・Wikipedia(英語版;Billy Meier)
●ビル・クリントン
( William Jefferson "Bill" Clinton )
(1946〜);
  
アメリカ合衆国の政治家。
アーカンソン州司法長官, アーカンソン州知事, 第42代アメリカ合衆国大統領(
1993年1月〜2001年1月 )を歴任。
クリントン大統領は, フェニックスライトUFO事件
1997年3月13日の夜 , シークレットサービスに急かされ, セキュリティの厳重な場所に向かうべくヘリコプターに乗ろうとしたときに膝を怪我したという説がある。
【参考サイト】
Wikipedia(ビル・クリントン)
【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』, 2015年

⇒・ Wikipedia(英語版;Bill Clinton)
 
●フェリックス・ジーゲル
Felix Yurievich Ziegel
(1920〜1988);
memory
 
ソビエトの研究者, 科学博士。
モスクワ航空研究所の宇宙論学部で, 天文学と宇宙探査に関する40冊以上の本の著者。
一般的には, ロシアの超音波検査の創始者と見なされている。
また, 最初に公式に承認された, ソビエトのUFO研究グループの共同創設者でもある。
【参考サイト】
Wikipedia(英語版;Felix Ziegel)


モスクワ航空研究所のジーゲル教授は, ペトロザヴォドスクの物体がUFOであると断定した, 最初のソ連科学者であった。
後日彼は, UFOの大群が北部ロシアを偵察しているという説を発展させた。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.45)』【「ソ連都市上空を通過した未確認飛行物体」, 文:ヘンリーグリス, 訳:増野一郎】, 1979年
参考外部=>TOCANA(“クラゲ型UFO”から降り注ぐ細い光線!! 何千人もの住民が目撃した「ペトロザヴォーツク発光体事件」とは!?)

参考外部=>GA Site(シベリア謎の大爆発)
●フェリックス・モンクラ
Felix Eugene Moncla Jr.
(1926〜1953);
memory
 
アメリカ空軍のパイロットで, 1953年にスペリオル湖上空で空中防衛迎撃を実行中に失踪した。
これは, モンクラが失踪したとき, 一時的に仕事でいた, キンロス空軍基地(Kinross Air Force Base)にちなんで, キンロス事件(Kinross Incident)としても知られる。
空軍は, 「モンクラは墜落した。 迎撃の対象はカナダ空軍の航空機である」 と報告した。
報告によれば, カナダ機のパイロットは, のちに連絡がつき, そして彼は, 「自分は, 迎撃している飛行機を見なかった。 自分が迎撃の対象であると知らなかった」と述べた。
しかしながら, 数回にわたって, カナダ空軍は, 迎撃のさらなる詳細を求める公衆のメンバーとの文通で,
その日, 自分たちの飛行機が事故に巻き込まれていることを否定した。
【参考サイト】
Wikipedia(フェリックス・モンクラ)

・Wikipedia(英語版;Felix Moncla)



■事件詳細(サイト内)
=>UFO事件集(スペリオール湖F- 89消滅事件【キンロス事件】)
参考外部=>ufo casebook. com(What Happened to Felix Moncla? - The Kincross Incident)
●フェルディナンド・オッセンドウスキー
( Ferdynand Antoni Ossendowski )
(1876〜1944);
memory
 
ポーランドの作家,探検家,大学教授,反共産党の政治活動家。 レーニンと彼が参加したロシア革命に関する彼の著書で最もよく知られている。
彼は,
1876年 にペテルスブルク(レニングラード)南方のユダヤ人町ヴィテブスクに生まれた。 学生時代地理学と地質学で優れた才能を発揮した。 鉱山学の分野に足を踏み入れた彼は,20代半ばでシベリアの金鉱に関する専門家として広く知られるようになる。
しかし,血気盛んな彼は,帝政ロシアのユダヤ人政策に反発し,
1905年のロシア第一革命当時,シベリアをロシアの他の地域から独立させようと考え行動した。 そして,極東革命政府の指導者に抜てきされ,本部をハルピンに置いた。
皇帝の支配に反逆する彼の計画は,準備不足のため,すぐにつぶされてしまう。 他の37人の同志とともに捕えられ裁判にかけられた。反逆罪で死刑を言い渡されたが,助命嘆願や彼の鉱山知識などから
2年懲役に減刑された。 そして服役し,1907年9月に釈放された。
その後,彼は鉱山の研究に打ち込み,ペテルスブルクとオムスク両大学の地理学教授になる一方,ロシアとポーランドの専門誌に,金鉱山やプラチナ鉱山の記事などを書き続けた。 第一次大戦が始まると,奇妙な”特別調査団”の一員としてモンゴルに派遣された。
1920年,ボルシェヴィキ革命の波がロシア全土に広がったとき,かつての同志レーニンやトロッキーから, 彼は反革命の裏切者と非難され,赤軍のブラックリストの高い位置にランクされてしまう。
彼は,赤軍が来る直前,シベリアの荒野に脱出し,モンゴルを目指した。
命がけでモンゴルへ向かった彼は,その途中,不思議なラマ僧の一団に出会う。 彼らもまた,ボルシェヴィキ革命から逃れてきた亡命者だった。 一行の中心人物はタシェガウン・ラマと呼ばれ,ダライ・ラマやチベットの高僧たちと親しいつきあいがある人物であった。
何か月も旅を続けていくうちに,二人の間には深い友情が生まれた。 1925年に『獣と人間と神』の題名で出版された中央アジアの地底王国に関する最初の書は, このときの二人の運命的な出会いによってまとめられたものである。この書は,ハウスホーファーやヒトラーに大きな影響を与えることになる。
【参考文献】
『謎の地底王国アガルタ』1983年,著者:アレック・マクレラン,監訳:高橋良典

・Wikipedia(英語版;Ferdynand Antoni Ossendowski) 
参考外部サイト⇒真実とは・・・(理想郷 -地底王国シャンバラ-)

参考外部サイト⇒始まりに向かって(南米の地底世界は、チベットと並ぶシャンバラへの通路らしい)

参考外部サイト⇒より一層の知識と光を求めて・・・(来たるべき18年戦争(2020−2038)??!!奇書 『獣・人・神』フェルディナンド・オッセンドウスキー(1875−1945)著)

参考外部サイト⇒WebcatPlus(Ossendowski, Ferdinand (1876-1944))
●フェルナンド・セスマ・マンザノ
Fernando Sesma Manzano
(1908〜1982);memory

 
ユミットからの手紙を最初に受け取ったとされるスペイン人。手紙は1962年から大量に送られてきたという。
セスマは,著名な神秘家で他の惑星の代表と頻繁に接触があると公言していた。『Moi, le confident des extra-terrestres(われこそはETの腹心の友なり)』というタイトルの本まで出版しているほどだった。
ユミットは,この本の中にセスマが知り得るはずのない情報が含まれていることを発見し,これが書かれたのが単なる偶然ではないと判断した。そこで彼らはセスマと接触して,彼に情報をもたらした背後の人物について手がかりを探すことにした。 それで分かったのは,やはりユミット以外にも他の惑星系から来た別の人種がこの地球に滞在中であり,社会学の興味深い実験をしているということであった。
これは,何年も後になって届けられたユミットからの手紙に説明されていたことであるという。

【参考サイト・文献】
Fr.Wikipedia(Ummo)
『宇宙人ユミットからの手紙』【第6章/予告された着陸】1993年,著者:ジャン=ピエール・プチ,訳中島弘二
参考外部=>Es.Wikipedia(Ummo)

参考外部=>YouTube(ENTREVISTA A FERNANDO SESMA ("Nosotros",TVE,1968))

参考外部=>ummowiki.fr(Fernando Sesma)

参考外部=>tebeosfera.com(Fernando Sesma Manzano)
●福来友吉(ふくらいともきち)
(1869〜1952);
memory
  
心理学者,超心理学者。東京帝国大学助教授,高野山大学教授。文学博士。 念写の発見者とされる。
福来博士の研究は,催眠下にある被験者にどのようなことが起きるかを,さまざまな実験を通じて調べるという, 変態心理学の一分野だった。その研究中に,被験者がたまたま机の上にあった本の何ページに何が書いてあるかを言い当てることができたことなどから, 彼を千里眼実験へ向かわせた。
最初の千里眼実験は,
明治43(1910)年 御船千鶴子の登場によって始まり, その後長尾郁子,高橋貞子の能力実験を行い, その透視実験の過程で, 写真乾板を用いたことにより,「念写」という現象を発見することができた。 これらの実験結果を整理,その見解と考察をまとめて, 大正2(1913)年8月7日 に,『透視と念写』が東京宝文館から出版された。
しかし,これらの実験の途上に起きた予期せぬ事態によって,千里眼実験は 「千里眼事件」となり, この千里眼研究は学問の世界から急速に遠ざけられて, 心霊現象の実験は社会に迷信を助長するものだとの批判を浴び,日本の教育の近代化をさまたげるものとして排斥されるようになる。 しかし,東京帝国大学の物理学者を中心とする千里眼批判の大合唱と研究排斥の策動に対しても, 福来博士は「透視は事実である。念写もまた事実である」と宣言して動じることはなかった。
やがて,福来博士は助教授の地位を罷免される(
大正2(1913)年10月 に,文官分限令による大学助教授の休職を命じられ,休職期間が満了した 大正4年10月 に東京帝国大学を退職)。
大正10(1921)年 ,真言宗が経営する私立宣真高等女学院の初代校長に就任。 5年後 にここを退職し,高野山大学の教授に就任し, 昭和15(1940)年 まで勤めた。 この間にも,福来博士は,千里眼実験を続ける一方, 密教を研究し,実験で得られた結果を解釈する,思想体系を作りあげている。
昭和3(1928)年 ,博士はロンドンで催された国際スピリチュアリスト連盟の第三大会に出席し,透視や念写について発表をしている。
【参考サイト・文献】
・Wikipedia(福来友吉)
『千里眼千鶴子』【福来博士の革命】:1983年
『怪物科学者の時代』【福来友吉】:1998年
『透視も念写も事実である』:2004年
参考外部サイト=>Wikipedia(千里眼事件)

関連サイト=>under zero(福来博士記念館)

関連サイト=>飛騨福来心理学研究所

関連サイト=>財団法人福来心理学研究所

参考外部サイト⇒YouTube(中岡俊哉先生の念写実験)
●藤子・F・不二雄(ふじこ・エフ・ふじお)
(1933〜1996);
memory
 
本名は, 藤本弘(ふじもとひろし)。
1951年, 「毎日小学生新聞」 投稿の 『天使の玉ちゃん』 でデビュー。
安孫子素雄(藤子不二雄A)氏と二人で, ”藤子不二雄” 名義で, 数多くの作品を発表。
1987年コンビ解消後, ”藤子・F・不二雄” として児童漫画の新時代を築く。
代表作は 『ドラえもん』 『オバケのQ太郎(共著)』 『パーマン』 『キテレツ大百科』 『エスパー魔美』 など。
【参考文献】
『藤子・F・不二雄の異説クラブ』
関連サイト=>川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアム

関連サイト=>高岡市 藤子・F・不二雄 ふるさとギャラリー



『藤子・F・不二雄の異説クラブ』,2014年
●藤本憲幸(ふじもとけんこう)
(1947〜2016);memory

 
ヨガ学の第一人者。
弱冠26歳で, "ヨガ健康法" に関する本を次々と出版し, 全国にヨガブームを巻き起こした。
藤本憲幸氏のヨガに関する著書は, 海外でも多数出版されている。
【参考文献】
『しのびよる有害電磁波の恐怖』, 著者:藤本憲幸

・Wikipedia(藤本憲幸)
公式サイト=>藤本憲幸オフシャルblog




『しのびよる有害電磁波の恐怖』, 1989年
●布施泰和(ふせやすかず)
(1958〜);

 
ジャーナリスト。
1982年
に共同通信社に入り, 富山支局在勤中の1984年, 「日本のピラミッド」 の存在をスクープし, 巨石ブームの火付け役となる。
その後, 渡米して, 行政学修士号と国際公共政策学修士号をそれぞれ取得。
専門は国際政治・経済とメディア論だが, 世界の巨石遺構探査や, 古代史, 精神世界など幅広い研究・取材活動を続けている。
また, 下記の本の取材中, 不思議な体験をした多数の方にインタビューをしている。
【参考文献】
『超能力者・霊能力者に学ぶ不思議な世界の歩き方』, 著者:布施泰和
関連サイト=>天の王朝




『超能力者・霊能力者に学ぶ不思議な世界の歩き方』, 2005年
『竹内文書と平安京の謎』, 2015年
●フランク・エドワーズ
Frank Allyn Edwards
(1908〜1967);
memory
 
 
米国のイリノイ州に生まれ, ラジオキャスター, テレビ解説者などを務めたジャーナリスト。
ラジオ番組の中で, UFOの報告をまじめにとりあげた。
科学的UFO研究の先駆者である。


・Wikipedia(英語版;Frank Edwards )
参考外部=>実録!!ほんとにあった(と思う)怖い話(消えたイヌイット村)

参考外部=>失踪事件を扱った書籍


『空飛ぶ円盤の真実』(Flying Saucers-Serious Business), 訳:安龍次郎, 1966年
●フランク・スカリー
( Frank Scully )
(1892〜1964);memory

 
アメリカのジャーナリスト, 初期のUFO研究家。
『Behind The Flying Saucers』(空飛ぶ円盤の背後で)を著し,
1950年に出版された。ハードカバーで6万部, ペーパーバックがその数倍というベストセラーとなった。
2年後に雑誌 『トルー』(
1952年9月号)に, 原著は全くのイカサマであるとする, J・P・カーンの暴露記事が発表され, それをマスコミや評論家がうのみにしたため, 原著とスカリーの信用は失墜する。
【参考文献】
『UFOの内幕』,1985年
『MJ-12の謎と第18格納庫の秘密』,1990年


1950年
に出版した 『UFOの内幕(Behind The Flying Saucers)』 の中で, スカリーは1948年にニューメキシコ州のアズテックに直径30メートルもあるUFOが墜落し, 機内から16人の宇宙人の死体が発見されたと書き, センセーションを巻き起こした。
しかし, 後になってスカリーにその衝撃的な情報を提供した, サイラス・ニュートンとレオ・ゲバウアーの二人は, 手の込んだストーリーをでっちあげて金を巻き上げるペテン師だったと判明する。
それ以来, 少なくともまともなUFO研究家は, 宇宙人の死体が米空軍基地に隠されているといった話はインチキ臭いし, まじめに調査研究する価値はないと考えるようになった。
その風向きが変わったのは
1977年に, レオナード・ストリングフィールドが, 大手出版社から 『シチュエーション・レッド』 という本を出版したときからであった。
その本の中に, 米空軍による宇宙人の死体回収作戦について, ちょっと触れておいたところ, 読者から墜落UFOと宇宙人の死体に関する情報が, 続々と寄せられてきた。 そのほとんどが, 回収作戦に従事した空軍の元関係者や基地内でたまたま宇宙人の死体を目撃したという人たちだった。

【参考文献】
『宇宙人の死体写真集』, 著者:中村省三, 1989年

 ⇒ ・Wikipedia(英語版;Frank Scully)
参考外部⇒UFO探究(フランク・スカリー 1950年代 円盤問題初期の有名人)

参考外部⇒UFOLORE.ORG(#ufobooks 『UFOの内幕』フランク・スカリー)




『UFOの内幕』, 1985年, 著者:フランク・スカリー, 共訳:梶野修平+加藤整理弘, 監修:韮澤潤一郎



原著 『Behind The Flying Saucers』
●フランク・ホルステッド
Frank August Halstead
(1883〜1967); memory
 
ミネソタ大学の天文技官。
ミネソタ州ダルースにあるダーリング天文台創立者ダーリング教授の教え子で,ダーリング教授の下で
10年の研鑚ののち,この天文台の管理を引き継ぎ,15年間,ミネソタ州立大学の理事を兼務した。
彼は,
四半世紀にわたる経験によって,引退時には,天文学の分野における名誉と尊敬を勝ち得た人物である。
博士はダーリング天文台で,
1954年6月6日,助手をしていたレイモンド・マツハラ氏と視察に来ていた16人の客全員が,月のピッコロミニ・クレーターの底部に黒い直線があるのを観測した。天候がよくなって観測可能になった数日後にはその直線は見えなくなっていた。同夜,ニューオリンズの著名なアマチュア天文家のフランク・マニングも,この現象を観測していることが報告されている。
またホルステッド氏は,
1955年11月1日に,ラスベガスの西100マイル(約160km)のモハヴェ砂漠(Mojave Desert)で,列車の中から妻と一緒に葉巻型のUFOを目撃している(フランク・ホルステッドUFO目撃事件)。
【参考文献】
『空飛ぶ円盤の真実』1988年,著:フランク・エドワーズ
参考外部サイト=>Find A Grave(Frank August Halstead)

参考外部サイト=>Open Minds(Lunar High Strangeness)
●フランツ・アントン・メスマー
( Franz Anton Mesmer )
(1734〜1815);
memory
 
オーストリアとフランスで開業した内科医。
動物磁気 (Animal magnetism) と呼ばれるものの提唱者。
メスマーは動物磁気と呼んだが,他の人たちはそれをメスリズム(mesmerism) と呼んだ。メスマーの概念と実践の発展が,
1842年 のジェイムズ・ブレイド( 1795〜1860 )による催眠術の開発をもたらした。
メスマーの名前は英:mesmerize(催眠術をかける)の由来となった。

【参考サイト・文献】
・サイト=>Wikipedia(フランツ・アントン・メスメル)
『ザ・ストレンジブック』,1980年

・Wikipedia(英語版;Franz Mesmer)
参考外部サイト⇒ オカルトの部屋(メスメルと動物磁気)
●フレッド・ステックリング
( Fred Steckling )
(?〜1991);
memory
 
ドイツのベルリン生まれ。
18歳のとき,カナダに移住して航空機とUFOに限りない関心を持ち,ジョージ・アダムスキー に師事して研鑚を積むうちにスペース・ブラザーズとコンタクトするという体験をもつUFO研究家。
とくにアダムスキーの高弟として最後までつかえ,アダムスキーが死の数日前に「生命の科学」について語った重要な言葉を直接に聞きとめている。
1966年秋 にヨーロッパへ講演旅行に行ったとき,故国ドイツの急行列車の窓から上空に出現したスペース・ブラザーズの大母船団を8ミリ映画に撮影し, 米国で公開して大センセーションをまき起こした。
著書に『なぜ空飛ぶ円盤は来るのか』などがある。
【参考文献】
『UFOと宇宙(NO.30)』(フレッド・ステックリンブ氏に聞く),1978年
参考外部サイト⇒Alien Bases on the Moon

参考外部サイト⇒Alien Bases on the Moon II
●フレッド・ベル博士
( Dr. Fred Bell )
(1943〜2011); memory
    
9歳にしてバイオフィードバックや原子力エネルギーなどの科学実験を始める。 10代中にミシガン大学において核物理学の研究と米空軍で当時最新のNORADコンピュータを担当した。
その後ロッキード社,NAA(ノース・アメリカン・アビエーション社;NASAにロケットを納入する会社)を含め幅広い職歴を経験した。

1971年 セムヤーゼとのコンタクトが始まり, プレアデスの科学を地球環境,ヒーリングの分野に活用した。
また音楽家として世界中で講演とコンサートを行った。
※)NAAでは,サターン・ロケット担当のエンジニア,アポロ宇宙船の電気系統担当の電子工学技術者を務めた。 博士がNAAに転職したのは19歳のときであり,ウィルナー・フォン・ブラウン博士 と共にサターン・ロケットの製造に携わった経歴をもち,正真正銘の天才科学者である。

【参考文献】
『プレアデス科学の謎』1996年
参考外部サイト⇒宇宙の兄弟たちへ@スピリチュアルブログ

参考外部サイト⇒PYRADYNE



『プレアデス科学の謎』1996年,著者:フレッド・ベル+ブラッド・スタイガー,訳:ケイ・ミズモリ
●ブラッド・スタイガー
( Brad Steiger )
(1936〜);

   
アメリカのフリージャーナリスト,著述家。
執筆分野は多岐にわたり,映画スターの伝記から探偵小説にまでおよぶ。
また,UFOを含む超常現象の世界的権威でもある。特にコンタクティーやチャネラーの徹底した調査においては定評がある。

【参考文献】
『大隆起』 著者:ブラッド・スタイガー,訳:南山宏,1977年
『UFOと宇宙(NO.85)』(「UFOの対地球戦略・総合分析」17,ブラックメンの示威行動),1982年

・Wikipedia(英語版;Brad Steiger)
『大隆起』,1977年,著:ブラッド・スタイガー,訳:南山宏
『プレアデス科学の謎』,1996年,著者:フレッド・ベル+ブラッド・スタイガー,訳:ケイ・ミズモリ
●ブラバァツキー夫人 フレナ・P・ブラバァツキーを参照。
●ブルワー・リットン エドワード・ブルワー・リットンを参照。
  
●ヘクター・クインタニラ
( Hector Quintanilla )
(1923〜1998);
memory
 
1963年よりプロジェクト・ブルーブックの責任者となる。
この間,クインタニラは自説に都合のいい解答を引き出そうとして目撃者に質問し,あらゆるUFO問題を片づけようとしたため,ひどく非難された。

【参考文献】
『宇宙よりの来訪者』,1977年
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年

・Wikipedia(英語版;Hector Quintanilla)
参考外部サイト⇒ abovetopsecret(The UFO Debunkery of Major Hector Quintanilla.)
●ヘレナ・P・ブラバァツキー
( Helena Petrovna Blavatsky )
(1831〜1891); memory
 
近代神智学を創唱した人物で, 神智学協会の設立者のひとりである。
彼女の生涯は多くの謎があり,特に
1874年 にアメリカで活動を始めるまでの前半生はまったくヴェールにつつまれ, 多くの神話に彩られている。
ブラバァツキー自身が残したメモや日記,周囲の人びとに語ったことがら, 親族など近しい人びとの証言などが再構成され一般にも流布しているが,相互に矛盾が多く, 一見荒唐無稽とも思われる事件の連続であり,真偽については議論を呼んできた。
【参考サイト】
Wikipedia(ヘレナ・P・ブラヴァツキー)
参考外部サイト⇒exciteブログ (古代知恵と「賢者の石」の秘儀!)
●ヘンリー・グリス
Henry Gris
(?〜1996;92歳); memory
 
米国のジャーナリスト。
ラトビア生まれ。ラトビアの新聞 『Sivodnya』 で唯一の外国特派員を務め,
1932年にロサンゼルスを訪れて, オリンピックを取り上げた。
後に, コロンビア大学を卒業後, 第二次世界大戦の勃発時に, ロンドンで 「ユナイテッド・プレス・インターナショナル(United Press Intl)」 に入社。
戦争後には, 国連のサンフランシスコでの開設を補助し, その後ロサンゼルスに定住。そこで彼は, 海外の雑誌や新聞のためにハリウッドを世界的にカバーするUPIの 「ハリウッド外国部」 を設立した。
1969年にUPIを退職した後, 彼は 「Transworld Feature Syndicate」, 「National Enquirer」, オランダの 「Prive Magazine」 で働きました。
【参考サイト】
variety.com(Henry Gris)


彼はソ連通としても知られ, 何度もソビエト連邦内に取材に出かけている。
【参考文献】
『UFOと宇宙(No.52)』【米ソ共同の宇宙サルベージ大作戦】, 1979年
参考外部=>Open Minds(Russian Cosmonauts’ UFO sightings and statements)
●ペトル・ホボット
Petr Chobot
(1967〜);
 
1967年7月に旧チェコスロバキアに生まれる。
幼少のころから, オーラやエネルギーフィールドの知覚や体外離脱が可能で, 多次元の生命体とコミュニケーションを図ることができた。
その特殊能力を見込まれて,
1984年にロシアのサンクトペテルブルク大学に推薦入学。同時期にチェコの大学でも学びながら, 旧ソ連の諜報機関であったKGBの研究機関下で, 高次神経活動と脳生命科学研究に参加。多くの物理学者たちと親交を持つこととなる。
1990年代の初めごろからの活動拠点となったのは, ウラル山脈に近いゴルキイという一般人は出入りできない町で, 超感覚的知覚・テレパシー・遠隔催眠・テレキネシス(念動)などの研究を秘密裏に行った。
1990年代の半ばごろに, アマゾン川流域やアンデス山中に住む先住民のもとを訪れる。その後, 16年間にわたってシャーマニズムの高度なテクノロジーを伝授され, それは現在も続いている。
【参考文献】
『 [UFO宇宙人アセンション] 真実への完全ガイド』,2018年
参考外部=>浅川嘉富の世界へようこそ(待たれるペトル・ホボット氏の来日)

参考外部=>ミンタカ急報(ペトル・ホボット(PETR CHOBOT)氏の母国語HPらしきものを発見)

参考外部=>YouTube(Petr Chobot - Aguaje 2)




『 [UFO宇宙人アセンション] 真実への完全ガイド』, 著者:浅川嘉富, ペトル・ホボット
●ペマ・ギャルポ
Pema Gyalpo
(1953〜);

 
チベット・カム地方にのニャロンに生まれる。
1959年, 中国軍の侵略によりインドに脱出。
1965年に日本に移住する。
1976年, 亜細亜大学法学部卒業。
1980年, ダライ・ラマ法王アジア・太平洋地区担当初代代表に。
2005年に帰化。現在, 拓殖大学客員教授, チベット文化研究所所長, アジア自由民主連帯協議会会長。
【参考文献】
『侵略に気づいていない日本人』, 2018年

・Wikipedia(ペマ・ギャルポ)
参考外部=>講演依頼.com(ペマギャルポ)

参考外部=>YouTube(ペマ・ギャルポ氏講演『中国に祖国を奪われたチベット人が語る 侵略に気づいていない日本人』)

参考外部=>アジア自由民主連帯協議会(ペマ・ギャルポ)


『侵略に気づいていない日本人』,2018年
●ベアテ・シロタ・ゴードン
( Beate Sirota Gordon )
(1923〜2012); memory
 
5歳から15歳を日本で過ごし, 語学力を見込まれ, 終戦後22歳の時, 連合国軍総司令部(GHQ)職員として日本国憲法の草案作成に参加。
条文に 「男女平等」 を盛り込むのに尽力した。
草案を執筆した事実が
1990年代になって知られ, 著名となった。
【参考文献】
・『讀賣新聞』2015年5月26日, 「時代の証言者」 から

・Wikipedia(ベアテ・シロタ・ゴードン)
・Wikipedia(英語版;Beate Sirota Gordon)
参考外部サイト⇒ロシアNOW 




『1945年のクリスマス』,2016年
●ベンジャミン・クレーム
Benjamin Creme
(1922〜2016);memory
  
イギリス生まれの画家、著作家。
7か国語に翻訳され世界中に読者を持つ国際月刊誌 『シェア・インターナショナル』 の編集長でもある。
現代世界の様々な問題(政治, 経済, 社会, 環境, 霊的, 精神的危機)を卓越した洞察力で総括し, 世界の未来図を提供している。

・Wikipedia(英語版;Benjamin Creme)
参考外部サイト⇒シェア・ジャパン

関連参考サイト=>YOUTube(ベンジャミン・クレーム東京講演会)
   
●ホイットリー・ストリーバー
( Whitley Strieber)
(1945〜);

 
アメリカ・テキサス州サン・アントニオ出身の怪奇・SF作家。 UFO研究家でもある。映画 「ハンガー」 や 「ウルフェン」 の原作者としても知られる。
彼は,
1985年12月26日の夜, 小人宇宙人に誘拐されてUFOの内部で身体検査をされたという。 その体験をまとめた本は, ベストセラーとなった。
この夜, 彼がニューヨーク州北部の別荘で寝ていたところ, 3人の宇宙人が侵入してきた。 彼らは身長が1メートルたらずで, 胎児のような顔つきをしていた。その宇宙人たちは, 彼を近くの森の中へ連れていき, 上空に浮かんでいるUFOに引きずり込んだ。
そして, 彼は手術室のような灰色の部屋のテーブルの上に寝かせられ, 皮膚のサンプル採取, 頭部手術など徹底的な身体検査をされたという。
この体験後, 彼は精神に異常をきたしたのかと思い専門家に相談したが, おかしいところはまったくなかった。
彼はUFO誘拐の研究家として有名なバド・ホプキンスにアドバイスを受けて, 自分の恐怖体験を本にして公表した。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集』, 著者:中村省三, 1989年

・Wikipedia(ホイットリー・ストリーバー)
・Wikipedia(英語版;Whitley Strieber)
参考外部サイト⇒PARANOIA(Whitley Strieber: Proceed With Caution)
●ホイト・ヴァンデンバーグ
Hoyt Sanford Vandenberg
(1899〜1954);
memory
  
アメリカ陸軍及びアメリカ空軍の軍人かつCIA長官。
第2代アメリカ空軍参謀総長。カルフォルニア州セントラル・コーストのヴァンデンバーグ空軍基地はヴァンデンバーグ将軍にちなんで命名された。

【参考サイト】
・Wikipedia(ホイト・ヴァンデンバーグ)

アメリカ空軍参謀長であった1948年当時, 彼はプロジェクト・サインから, ある秘密情報を受け取ったといわれる。それは, UFOが大気圏外から来る宇宙船だと結論づけていることだった。 しかし, ヴァンデンバーグは, 証拠がないことだということで受け入れなかった。
うわさによれば, その情報は破棄されたらしい。
【参考文献】
『宇宙よりの来訪者』, 1977年

=> ・Wikipedia(英語版;Hoyt Vandenberg)
参考外部サイト=> getty images
●鮑黎明(ほうれいめい)
(1954〜2010);
memory
 
星相学家。
台湾国立師範大学在学中に多くの星相学家と交流し, 実占研究に没頭した。
専門は紫微斗数, 子平推命, 卜筮, 観相, 姓名易断, 玄空学と幅広い。
中華星相学会を主宰した。

【参考文献】
『推背図大予言』, 1984年
参考外部⇒gooWikipedia記事検索(鮑黎明)

参考外部⇒(故・鮑黎明先生・故・志水一夫氏対談)

参考外部⇒(故・鮑黎明先生・インタビュー)

参考外部⇒大久保占い研究室(鮑黎明先生の四柱推命)


『紫微斗数推命術』,1980年
『推背図大予言』,1984年
●保阪正康(ほさかまさやす)
(1939〜);

 
ノンフィクション作家, 評論家。
「昭和史を語り継ぐ会」 を主宰している。
日本近現代史(とくに昭和史)の事象, 事件, 人物に題材を求め, 延べ4,000人余の聞き書きを行い, ノンフィクション, 評論, 評伝などを発表している。

【参考文献】
『日本史再検証GHQとは何か』, 2016年

・Wikipedia(保阪正康)
主宰サイト⇒昭和史を語り継ぐ会

参考外部サイト⇒BOOKasahi.com

参考外部サイト⇒TV-RANKING


『日本史再検証GHQとは何か』,監修:保阪正康
『昭和の怪物 七つの謎』,2018年
●星野之宣(ほしのゆきのぶ)
(1954〜);

 
1975年, 『鋼鉄のクイーン』 でSF漫画家としてデビュー。
代表作に 『ブルーシティー』 『巨人たちの伝説』 『妖女伝説』 『2001夜物語』 『宗像教授伝奇考』 などがある。


・Wikipedia(星野之宣)
参考外部サイト⇒NEVERまとめ(天才と呼ばれる漫画家たち)


『妖女伝説』, 1981年
『2001夜物語』, 1985年
●ホセ・アリゴー
( 本名:Jose Pedro de Freitas )
(1921〜1971);
memory
 
ブラジルの心霊手術師, および心霊治療者と呼ばれた人物。
手術するときはトランス状態に入り, ドイツ語で話をした。

1918年
に死んだドイツ人医師フリッツの霊が, アリーゴを通じて心霊手術をしていたと云われている。

・Wikipedia(英語版;Z・・・・・・)
参考外部⇒Lounge Pure(ラウンジピュア)

参考外部⇒私たちの40年!!

参考外部⇒ 日本スピリチュアル・ヒーラーグループ【心霊手術(スピリチュアル・サージャリー)】
●堀源一郎(ほりげんいちろう)
(1930〜);

 
天文学者。
1953年, 東京大学理学部物理学科(天文学)を卒業。
1958年, 理学博士, 1961年東京大学助教授を務める。
数次にわたってアメリカ・エール大学, テキサス大学に客員教授教授として招かれる。
専攻は天体力学。

【参考文献】
『宇宙と星99の謎』, 1975年

・Wikipedia(堀源一郎)
参考外部サイト⇒ ACC(No.44  堀 源一郎(ほり げんいちろう))







『宇宙と星99の謎
●堀越豊裕(ほりこしとよひろ)
(1969〜);

 
早稲田大学商学部卒業後, 共同通信社入社。
神戸支局や琉球新報社出向, 大阪社会部, ニューヨーク支局, ワシントン支局などを経て,
2017年から本社外信部次長。
ニューヨーク支局勤務時の
2014年から, 日航ジャンボ機墜落事故の取材を始める。
【参考文献】
『日航機123便墜落 最後の証言』, 2018年
参考外部=>平凡社(堀越豊裕)

参考外部=>book. asahi. com(好書好日)


『日航機123便墜落 最後の証言』
●本城達也(ほんじょうたつや)
(1979〜);
ウェブサイト 「超常現象の謎解き」 の運営者。
2005年より超常現象の各ジャンルの個別事例を取り上げ, その謎解きを行っていくサイトを運営。
2007年
からはASIOSの発起人として, その代表を務める。
【参考文献】
『「新」怪奇現象41の真相』, ASIOS, 2016年

・Wikipedia(本城達也)
運営サイト=> 超常現象の謎解き

参考外部=> Twitter(本城達也)

参考外部=> Ascll.jp×デジタル(疑う。でもロマンは捨てない──「超常現象の謎解き」管理人が語る、真実への情熱)
●誉田光一(ほんだこういち)
(1943〜);
千葉大学卒業後, 1966年カナダに移住。
カナダのブリティシュ・コロンビア大学で理学博士と図書館情報学修士号を取得後,
1973年より国立農業図書館に勤務。
2010年4月, ドロレス・キャノンの研修指導を受け, QHHTプラクティショナーの資格取得。
【参考文献】
『人類の保護者』, 2016年
参考外部⇒誉田光一のブログ

参考外部⇒誉田光一のプロフィール|Ameba (アメーバ)


『人類の保護者』, 著:ドロレス・キャノン, 訳:誉田光一
●ポール・ノーマン
( Paul・B・Norman )
(1916〜2012); memory
 
アメリカ出身のオーストラリアのベテランUFO研究家。
1953年, アメリカ・テネシー州の水力発電所の監督官をしていたとき, 発電所の上空にUFOを目撃したことから, UFO研究を始める。
1968年, ドナルド・キーホーが会長を務めるNICAPに加入した。
1963年
にオーストラリアに移住し, ビクトリア州のUFO研究会VUFORSに加入し, 目撃調査官として活躍した。
MUFONのビクトリア州支局長なども務め, オーストラリアで起きた多数のUFO事件に関わった。
1978年10月に起きたバレンティッチ事件についても徹底的な研究を行った。
【参考文献】
『UFOと宇宙(NO.85)』(バレンティッチ事件を追う男ポール・ノーマンに聞く・オーストラリア最新UFO事情), 1982年
参考外部サイト⇒ theozfiles (Paul Norman (1916- 2012) veteran UFO researcher left a significant legacy)




(★2002年のオーストラリア国立UFOカンファレンスでのポール・ノーマン)

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