UFOレガシーUFO・ミステリー事件遺産 当サイトで参考にしたUFO関連本一覧
出典ライブラリー

 人物紹介(な〜の)
(UFO研究家・コンタクティ・著述家など)
 

●ナカイサヤカ
●中江克己
●中岡俊哉
●中沢新一
●中丸薫
●中村恵一
●中村省三
●中村浩美
●中矢伸一
●長尾郁子
●並木伸一郎
●ニクソン大統領
●ニコライ・レーリッヒ
●ニコラ・テスラ
●西丸震哉
●韮澤潤一郎
●ネイサン・トワイニング
●根本順吉
●ノストラダムス
 
180-20  氏名(敬称略) 420-50  プロフィール 300-30  著作物、関連サイトなど
●ナカイサヤカ
(1959〜);

   
翻訳家。ASIOSの運営委員(翻訳担当)でもある。
【参考文献】
『超常現象を科学にした男』著者:ステイシー・ホーン、訳:ナカイサヤカ、監修:石川幹人

 ・Ameba
参考外部サイト⇒NOTE


『超常現象を科学にした男』,2011年,
著者:ステイシー・ホーン,訳者:
ナカイサヤカ、監修:石川幹人
●中江克己なかえかつみ
(1935〜); 
 
ノンフィクション作家。歴史に題材を取ったものが多い。

 ・新潮社(著書一覧)
『日本史怖くて不思議な出来事,1998年
『江戸の怪,2000年
●中岡俊哉なかおかとしや
(1926〜2001);
memory
 
超常現象研究家。馬賊を志して中国に渡る。終戦後は北京放送局に勤務。超常現象や心霊の研究を続け,多方面で活躍した。
中岡氏は,地方紙での民話連載とラジオ心霊写真鑑定を開始したのを皮切りに,楳図かずお氏の初期オカルト作品の原作,オカルト番組の構成,監修,脚本,企画,出演などで活躍した。民放各局,地方局までほぼ総ナメにし,フジテレビでは『万国ビックリショー』,日本テレビでは『ザ・ショック!!』『木曜スペシャル』『11PM』などで高視聴率を稼ぎ,昭和オカルト界の怪人などといわれる。
【参考文献】
『守護霊の秘密』著者:中岡俊哉
『別冊裏歴史 昭和の不思議101』,2016年

 ⇒
・Wikipedia(中岡俊哉)
参考外部サイト⇒YouTube(中岡俊哉先生の念写実験)



『守護霊の秘密』,1980年
●中沢新一なかざわしんいち
(1950〜);

 
人類学者,思想家,宗教学者。明治大学特任教授/野生の科学研究所所長。多摩美術大学美術学部芸術学科客員教授。
1977年東京大学大学院修士課程修了(宗教学専攻)。1978年以来,インド・ネパールに渡り,チベット仏教やニンマ派のラマ僧たちのもとでゾクチェンの修行を積んだ。1993年「森のバロック」で読売文学賞を受賞。
【参考文献】
『三万年の死の教え』,1993年


 ⇒
・Wikipedia(中沢新一)
参考外部サイト⇒明治大学野生の科学研究所

参考外部サイト⇒中沢新一アーカイヴ




『三万年の死の教え』,1993年
●中丸薫なかまるかおる
(1937〜);

   
国際政治評論家。世界のトップリーダーをインタビューするジャーナリストとして活躍する。また,「太陽の会」と「国際問題研究会」を主宰し,講演会や「中丸薫のワールドレポート」を発行して,国際政治の大衆化を目指した活動を続けている。
【参考文献】
『闇の権力とUFOと日本経済』著者:中丸薫/矢追純一

 ⇒・Wikipedia(中丸薫)
参考外部サイト⇒YouTube(中丸薫 2014 10 今、知っておくべき世界の情報 )


『UFOと地底人』,2009年
『闇の権力とUFOと日本経済』,2014年
著者:中丸薫矢追純一
●中村恵一なかむらけいいち
(1938〜);
 
一橋大学社会学部助教授(社会心理学)を努める。
1982年に『ノストラダムス予言の構造』を著した。これは,四位相社会変動論(時代を4つの位相で考える)という理論をもとに,ノストラダムスの予言詩を解析したものである。
【参考文献】
『ノストラダムス予言の構造』;著者:中村恵一,1982年
『UFOと宇宙(NO.85)』(一橋大学・中村恵一助教授インタビュー,
  ノストラダムス予言の構造),1982年
参考外部サイト⇒ジュンヤマン on Twitter:(中村恵一(元一橋大学教授)について))


『ノストラダムス予言の構造,1982年
●中村省三なかむらしょうぞう
(1946〜);
 
「UFOと宇宙」(ユニバース出版社)の編集に携わり,海外のUFO・ミステリー情報の紹介に努めた。また,氏の翻訳された著書も多数ある。
【参考文献】
『宇宙人の死体写真集』;編・著者:中村省三
『宇宙人の死体写真集,1989年
『宇宙人の死体写真集2』,1991年
●中村浩美なかむらひろみ
(1946〜);
 
航空・宇宙ジャーナリスト。航空ジャーナル編集長を経て,1984年から宇宙・航空分野のジャーナリストとして独立。宇宙開発委員会専門委員,原子力委員会専門委員などを歴任する。航空,宇宙開発,国際関係論など扱う分野は広い。
【参考サイト】
Wikipedia(中村浩美)

【参考文献】
『ミステリー・ゾーンへの飛行』,1982年;【「バード,北極飛行の謎」,文:中村浩美】
参考外部サイト⇒JTWO 日本旅行作家協会・会員個人ページ中村 浩美
●中矢伸一なかやしんいち
(1961〜);

 
米国留学生活を通じ,日本と日本民族の特異性を自覚し,帰国後,神道系の歴史,宗教,思想などについて独自に研究を重ね,1991年『日月神示』(徳間書店)を刊行した。「日本弥栄(いやさか)の会」を主宰する。
【参考サイト;参考文献】
「日本弥栄の会」ホームページから 
『ノストラダムス複合解釈』1991年;著者:川尻徹+インタビュー:中矢伸一
『日月神示ミロクの世の到来』2007年;著者:中矢伸一
『不思議大陸アトランティア(浮上編)』2009年;【中矢伸一インタビュー,聞き手:山口敏太郎
関連サイト⇒「日本弥栄の会」
「日月神示」についての参考外部Wikipedia(日月神示)

『ノストラダムス戦争黙示』,1991年;著者:川尻徹+インタビュー:中矢伸一
『ノストラダムス複合解釈』,1991年;著者:川尻徹+インタビュー:
中矢伸一
『日月神示ミロクの世の到来』,2007年
『日月神示と古事記の神々の預言』,2009年
●長尾郁子ながおいくこ
(1871〜1911)memory
 
明治43(1910)年,熊本の御船千鶴子の透視が新聞などで有名になり,全国各地に「千里眼」能力者があらわれた。「新たなる千里眼婦人」として報道されたのが四国・丸亀に住む長尾郁子(当時39歳)で,福来友吉博士が予備実験のあと,研究対象とした女性である。
当時,長尾郁子の家には,透視を依頼する客が毎日訪れてきて,家出人の行方,家族の病気治癒の見込み,運勢,失くし物のありかなどを訊ねた。
郁子を透視に導くきっかけとなったものは,
明治41(1908)年,宇都宮に住んでいたときに起きた大火であった。長尾家も全焼してしまったが,この大火を予知していたことからだという。
郁子の透視実験は最初,福来博士と今村新吉博士(京都帝国大学医科大学教授)が行ったが,日本の物理学研究の先駆者とされる山川健次郎物理学博士,京都帝国大学文科大学心理学科の松本亦太郎教授もこの研究に乗り出してきた。
透視実験の中で,今村・福来両博士は写真乾板を用いたが,実験後の乾板の現像にカブリ(部分的に画面がボヤけること)が生じていたことから,福来博士は「念写」を発見する。
明治44(1911)年2月,郁子は風邪からの急性肺炎で心臓麻痺を起こして死去した。享年39歳であった。
Wikipedia(長尾郁子)
【参考文献】
『透視も念写も事実である』,2007年;


 
★1910(明治43)年暮れから翌正月にかけて行われた実験で長尾郁子があらわした念写写真。【『透視も念写も事実である』から】
参考外部サイト⇒Wikipedia(千里眼事件)

参考外部サイト⇒霊能力入門(長尾郁子)

参考外部サイト⇒本の万華鏡(井上哲次郎「丸亀の千里眼婦人長尾郁子に就いて」『東亜の光』)

参考外部サイト⇒ 本の万華鏡(第13回千里眼事件とその時代)
●並木伸一郎なみきしんいちろう
(1947〜);
  
奇現象、とくにUFO問題の調査・研究に専念。科学派ユーフォロジストの第一人者で米国MUFON日本代表。
国際未知動物学会会員、日本宇宙現象研究会(JSPS)会長、日本フォーティアン協会会長等を兼任する。

 ・Wikipedia(並木伸一郎)
公式サイト⇒NMR(Namiki Mystery Research)

『謎の宇宙人クリル悪魔の密約』,1990年
最新版日本全国で発生している!!驚愕の怪事件』,2007年
 
●ニクソン大統領 リチャード・ニクソンの項を参照
●ニコライ・レーリッヒ
( N. Roerich )
(1874〜1947);
memory
 
現在,彼の名前は神秘主義の歴史の中でよく知られているが,哲学についても造詣が深く,占い師,予言者として際立った才能を持ち,画家としても一流だった。
その著作の多くは活字となって残り,絵は世界中のギャラリーで展示され,彼の思想は欧米の人々に大きな影響を与えてきた。
レーリッヒは,
10世紀の北方バイキングの血をひくロシアの名家に生まれた。美術アカデミーを卒業後,パリに留学し,帰国して美学の講師,評論家になった。
1906年,ロシア美術奨励アカデミーの理事に任命された。
ロシア革命の始まる
1917年までは,彼の人生は順調そのものだったが,母国がもはや自分を温かく迎え入れてくれないだろうと悟り, ちょうどアメリカに招かれていたレーリッヒは,アメリカに亡命した。
1923年,以前から仏教とアジアの神秘世界に興味をつのらせていた彼は,インド,モンゴル,チベットへと探検に出かける計画を立てる。
レーリッヒと8人のヨーロッパ人,それに現地人のガイドによって構成された探検隊の一行は,
1924年,ヒトラーがライズベルクの刑務所で地下都市の秘密にめざめた頃, ブータン地方に達するとそこからカシミール,ホータンに向かい,クンルン山脈,テンシャン山脈,アルタイ山脈の地下回廊を訪ね, さらにオイラート地方,モンゴル高原,ゴビ砂漠,ツァイダム盆地の地下都市を捜しながら,チベットを目指した。
そして,この探検隊は,「めったに訪れる者のないアジアの秘境を5年間」渡り歩き,いろいろな「失敗や危険」を冒しながらも, 持ち前の勇気と聡明さで難関を乗り切り,この地域の景色や人物をスケッチし,貴重な探検日記を書き続けたのである。この記録は,のちに『アルタイ・ヒマラヤ旅日記』としてまとめられた。
レーリッヒは,
1020年代の後半にインドへ移住し,1947年にその地で永眠した。
【参考文献】(下記より抜粋)
『謎の地底王国アガルタ』1983年,著者:アレック・マクレラン,監訳:高橋良典)

・Wikipedia(ニコライ・リョーリフ)
・Wikipedia(英語版;Nicholas Roerich)
参考外部サイト=>無精庵徒然草(ニコライ・レーリッヒの孤高の境涯)

参考外部サイト=>ブキミディック(シャンバラにもっとも近づいた画家・レーリヒ

参考外部サイト=>暇つぶしニュース!(シャンバラ!チベットに眠るとされる伝説の王国アガルタの首都!)

参考外部サイト=>ロシア・ビヨンド(伝説の地シャンバラをめざした画家)







『アジアの心』,著:ニコラス・レーリッヒ,日本アグニヨガ協会,1981年
●ニコラ・テスラ
( Nikola Tesla )
(1856〜1943);
memory
 
現在のユーゴスラビのクロアチア地方スミリヤンに生まれ,プラハ大学に学ぶ。
1882年
,多相型交流発電機を着想し,実現させるため 1884年 にアメリカに渡る。
はじめエジソンの下で働いていたが,直流採用論者のエジソンと意見が合わず,
1887年に独立する。
二相交流方式の特許をウェスティングハウス社に20万ドルで売り渡した。ウェスティングハウス社は,
1891年 にナイアガラ発電所を建設。
1896年には運転を開始し,5000馬力もの電力をバッファロー市に供給した。
その後テスラは,テスラ・コイルをはじめ多くの電気工学の発明をした。
無線通信の基礎となるチューナー回線の発明も,マルコニーではなくテスラが最初であることが,彼の没年にようやくアメリカ最高裁で確認された。
最初に陰極線,X線,紫外線を観察したのもテスラである。
このテスラの名がなぜ歴史に残っていないのか。 それは、ノーベル賞の辞退で反感をかったというのも理由のひとつだが, 最大の理由は,簡単なアンテナを立てることによって発電するシステムを作ろうとしたからだ。
このため彼の資金援助者であった電気事業の独占資本の反感をかい, あらゆる妨害を受けたのである。
事実,コロラドスプリングスの装置で, 40キロ離れたところにある白熱球200個を点灯するところまで成功していたのだ。
1930年にテスラは2つの究極兵器を発表した。殺人光線と完全防御のテスラ・シールドである。 が,これらの兵器の秘密は不明のまま,彼は世を去った。
(出典;『ムー』1984年3月号(No.40),「悪魔のスーパー・ウェポン テスラ兵器」【構成:梁瀬光世、文:ニール・パウエル、訳:平子ゆり】から)

発明家。磁束密度の単位「テスラ」にその名を残す。
交流電流,ラジオやラジコン(無線トランスミッター),蛍光灯,空中放電実験で有名なテスラコイルなどの多数の発明と無線送電システム(世界システム)を提唱した。
また,地球全体の磁場を利用し電気振動と共鳴させることで空間からエネルギーを無限に得られる仕組み(フリーエネルギー)を構想していた。
8カ国語に堪能で,詩作,音楽,哲学にも精通,生涯独身を貫いた。

(出典;『ニコラ・テスラ秘密の告白』成甲書房:2013年発行、著者:ニコラ・テスラ、訳者:宮本寿代)

・Wikipedia(ニコラ・テスラ)
・Wikipedia(英語版;Nikola Tesla)
『ニコラ・テスラ秘密の告白』,著:ニコラ・テスラ,訳:宮本寿代,2013年
●西丸震哉(にしまるしんや)
(1923〜2012);
memory
 
関東大震災の起きた日に生まれた奇遇の持ち主である。
農水省時代に,人間と食べ物との原初的な関係をテーマとし,アラスカ,南極,奥アマゾン,ニューギニアなどの秘境を踏査。その体験から,食を通じての人間の行動様式を研究する食生態学を確立した。
また,西丸氏はUFOを自分で呼び出し目撃したり,幽霊に出会い話しかけたりした特異な体験をしたことでも有名である。

【参考文献】
『超能力者・霊能力者に学ぶ不思議な世界の歩き方』,著者:布施泰和
『地球が冷える異常気象』,編集:小松左京根本順吉/竹内均/西丸震哉/立川昭二/飯田隼人

・Wikipedia(西丸震哉)
『地球が冷える異常気象』,1974年,編集:小松左京根本順吉/竹内均/西丸震哉/立川昭二/飯田隼人

『実説大予言』,1974年,著:五島勉+西丸震哉
●韮澤潤一郎(にらさわじゅんいちろう)
(1945〜);

 
法政大学文学部卒。現在,たま出版社長。
小学生時代にUFOを目撃して以来,内外フィールド・ワークを伴った研究をもとに雑誌やテレビで活躍している。

・Wikipedia(韮澤潤一郎)
『宇宙人はなぜ地球に来たのか』,2011年
『スペースプログラムが予言する終末へのカウントダウン』,2015年


ブログ⇒ニラサワ研究室
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●ネイサン・トワイニング
( Nathan Farragut Twining )
(1897〜1982); memory
 
1953年から1957年 までアメリカ空軍参謀総長を務め,その後 1957年から1960年 まで初の空軍出身統合参謀本部議長を務めた。
【参考サイト】
Wikipedia(ネーサン・ファラガット・トワイニング)

ロズウェル事件が起きた 1947年7月初旬 に,トワイニング将軍は,前から受けていたワシントン州シアトルにあるボーイング社への招待を急にキャンセルして, 7月7日 にライト飛行場を発ってニューメキシコ州のアラマゴードに飛び, 7月11日 にオハイオ州に戻っていたことが,トワイニングの日記から確認された。
また,トワイニング将軍は,MJ-12委員会のメンバーの一人であるとも云われる。 マジェスティック文書のひとつである「カトラー=トワイニングメモ」の宛先人になっている。

【参考文献】
『MJ-12の謎と第18格納庫の秘密』,1990年
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』,2015年

・Wikipedia(英語版;Nathan Farragut Twining)
●根本順吉(ねもとじゅんきち)
(1919〜2009);
memory
 
気象技術官養成所卒業し,気象庁の予報官として長期予報を担当した。
気象庁図書資料管理室補佐官,埼玉大学講師などを歴任した。
専攻は長期予報・気象学史。地球寒冷化を予測し,関係著書を多数執筆した。

【参考文献】
『地球が冷える異常気象』,編集:小松左京+根本順吉/竹内均/西丸震哉/立川昭二/飯田隼人

・Wikipedia(根本順吉)
『地球が冷える異常気象』,1974年,編集:小松左京+根本順吉/竹内均/西丸震哉/立川昭二/飯田隼人

『氷河期が来る』,1976年
   
●ノストラダムス ミシェル・ド・ノートルダムの項を参照   

「UFO関連人物」索引欄
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