UFOレガシー
UFO・ミステリー事件遺産

 人物紹介(た〜と)
(UFO研究家・コンタクティ・著述家など)
 

●高木彬光
●高島嘉右衛門
●高梨純一
●高橋巖
●高橋貞子
●竹内均
●武田崇元【武田益尚・武内裕・有賀龍太】
●立花隆
●田中聡
●田中康弘
●種村季弘
●丹波哲郎
●ダニエル・フライ
●ダライ・ラマ(14世)
●チャールズ・バーリッツ
●チャールズ・フォート
●つのだじろう ●手塚治虫
●寺沢龍
●出口王仁三郎
●デスモンド・レスリー
●デニケン
●トゥルーマン・ベサラム
●トニー・アグパオア
●冨川正弘
●寅吉【天狗小僧・寅吉】
●トルーマン大統領
●トーマス・マンテル
●ドナルド・キーホー
●ドナルド・H・メンゼル
●ドロレス・キャノン
●ドワイト・D・アイゼンハワー
 
180  氏名(敬称略) 420  プロフィール 300  著作物、関連サイトなど
●高木彬光たかぎあきみつ
(1920〜1995);memory
  
推理小説作家。代表作に「検事霧島三郎」がある。また易,占いについても研究し,これらの書物も刊行している。氏は,『ノストラダムス大予言の秘密』のなかで,「ノストラダムスは,決して1999年7月の人類滅亡は予言していない。むしろ,それと反対に,3797年までの未来を語っている」と結論づけている。また,同書で,日本国内における大予言者としては,「高島嘉右衛門」と「出口王仁三郎」の二人を挙げている。
【参考文献】
『ノストラダムス大予言の秘密』著者:高木彬光

 ⇒・Wikipedia(高木彬光)
『邪馬台国の秘密』,1973年

『ノストラダムス大予言の秘密』,1974年

『大予言者の秘密』,1982年
●高島嘉右衛門たかしまかえもん
【高島呑象】
(1832〜1914)memory
 
江戸の材木商,初代嘉兵衛の長子として生まれ幼名は清三郎。 二代目嘉兵衛として材木商を継いだ。 安政6年(1859年) ,禁令にふれ獄中生活に入った。そこで偶然,上下2巻の「易経」を知り,易の神髄を極めた。服役後は,改名し「高島嘉右衛門」とした。 実業家として目覚ましい活躍をし,横浜の発展に寄与した。横浜市の高島町と嘉右衛門町は,氏の名前から付されたものである。 明治9年(1876年-46歳の時) に突如,事業界から引退し,「高島呑象」と号して易学の研究に全力を傾け,易聖と称され83歳で世を去った。
【参考文献】
『ノストラダムス大予言の秘密』著者:高木彬光
『大予言者の秘密』 著者:高木彬光

 ⇒・Wikipedia(高島嘉右衛門)
 
●高梨純一たかなしじゅんいち
(1923〜1997);memory
  
日本のUFO研究界の権威的存在者であった。1956年に「近代宇宙旅行協会」(後に「日本UFO科学協会」と改称)を創設した。著書に「空飛ぶ円盤実在の証拠」など多数ある。 著書「空飛ぶ円盤実在の証拠」についての参考外部=>UFOLORE


『世界の四次元現象T』 ,1971年
『世界の四次元現象U』 ,1972年,
 著者:
高梨純一,監修:南山宏
●高橋巖たかはしいわお
(1928〜);
    
慶応大学大学院哲科学終了。慶応大学教授をへて,ルドルフ・シュタイナー研究所を主宰。より多くの人々との出会いを通じて,人間の聖なる途を求めようとする思想家。漫画からロック,映画まで幅広い好奇心をもつ。
1985年,日本人智学協会を設立。
【参考文献】
『神秘学オデッセイ』,1982年

 ⇒ ・Wikipedia(高橋巌(美学者))
参考外部サイト⇒日本人智学協会

参考外部サイト⇒You Tube(高橋巌講演より〜催眠術にかかっていた)



『神秘学オデッセイ』,1982年,著者:
高橋巌 荒俣宏
『シュタイナーのカルマ論』,1996年,
 著者:ルドルフ・シュタイナー,訳者:高橋巖
●高橋貞子たかはしさだこ
(1868〜?);memory
 
日本の明治時代から大正時代にかけての人物。超心理学者である福来友吉に,透視・念写能力を持つ超能力者として協力し,超能力実験の被験者となった大正2(1913)年)人物である。
貞子の透視と念写の能力は夫の高橋宮二の養成によるものが大きいという。また,貞子がほかの霊能力者とちがうのは,その能力をあらわすさいには,つねに第二の人格の潜在活動がともなうことが特徴だった。
【参考サイト・文献】
サイト・Wikipedia(高橋貞子 (1868年生))
『透視も念写も事実である』,2004年

  
大正2(1913)年,福来博士の自宅で行われた実験での高橋貞子の念写写真。
【『透視も念写も事実である』から】
参考外部サイト⇒不思議なチカラ(高橋貞子と千里眼事件。明治の終わりに起こった公開実験と真偽論争の結末は悲しいものだった)

参考外部サイト⇒ミステリー怪人物ファイル(高橋貞子)
●竹内均たけうちひとし
(1920〜2004);
memory
 
地球物理学者,東京大学名誉教授,理学博士,科学啓蒙家。科学雑誌『Newton』初代編集長。
東京大学理学部卒。
1964年 にラグランジュ賞受賞。
【参考サイト・文献】
サイト・Wikipedia(竹内均)
『地球が冷える異常気象』,1974年
参考外部サイト=>YouTube(竹内均先生)
参考外部サイト=> 楽なログ(竹内均が生きていたら原発事故に何と言ったか)
参考外部サイト=>日本地震学会(追悼文)


『地球が冷える異常気象』 ,著:小松左京
竹内均ほか,1974年
●武田崇元たけだすうげん
【武田益尚・武内裕・
 有賀龍太】
(1950〜);

 
1970年代後半 に神道霊学およびハード・オカルティズムの先駆的な専門誌と評価される『地球ロマン』 編集長をつとめ、以後神秘的神道運動の研究に専念した。日本の霊学研究にまったくあらたな視野を展開した。

 ⇒ ・Wikipedia(武田崇元)
『ハレー彗星の大陰謀』,1981年
『出口王仁三郎の霊界からの警告』 ,1983年
『出口王仁三郎の大降臨』1986年
●立花隆たちばなたかし
(1940〜);

 
ジャーナリスト・ノンフィクション作家・評論家。知りたいという根源的欲求は人間にとって性欲や食欲と並ぶ重要な本能的欲求であると位置づけ,その強い欲求が人類の文化を進歩させ科学を発達させた根源的動因と考える。その類なき知的欲求を幅広い分野に及ばせているところから「知の巨人」のニックネームを持つ。
【参考サイト】
サイト・Wikipedia(立花隆)
公式サイト=> シエ・タチバナ立花隆公式サイト
参考外部サイト=> goo(健康を支える糖鎖・がんとは何か!?立花隆ドキュメント)



『宇宙からの帰還』,著:
立花隆,1983年
●田中聡たなかさとし
(1962〜);
  
作家。
富山大学人文学部卒業。同大学文学専攻科修了。
主な書に『怪異東京戸板返し』(評伝者),『正露丸のラッパ』(河出書房)などがある。
【参考文献】
『怪物科学者の時代』著者:田中聡
参考外部サイト=>basilico(書籍案内:田中聡)



『怪物科学者の時代』,1998年
●田中康弘たなかやすひろ
(1959〜);
   
礼文島から西表島までの日本全国を放浪取材するフリーランスカメラマン。農林水産業の現場,特にマタギ等の狩猟に関する取材多数。
【参考文献】
『山怪』著者:田中康弘

 ⇒・Wikipedia(田中康弘 (写真家))
参考外部サイト=>いのちの森(山の不思議なお話〜マタギカメラマン田中康弘さん)


『山怪』,2015年
●種村季弘たねむらすえひろ
(1933〜2004);
memory
 
ドイツ文学者。翻訳家。エッセイスト。
【参考文献】
『謎のカスパール・ハウザー』 著者:種村季弘

 ⇒・Wikipedia(種村季弘)
参考外部サイト=>池田香代子ブログ(種村季弘逝って6年)


『謎のカスパール・ハウザー』,1983年
●丹波哲郎たんばてつろう
(1922〜2006);memory
  
映画俳優として活躍した。テレビドラマにも多数,出演しており,代表作に「キーハンター」(1968年)「Gメン'75」などがある。また,心霊学にも通じ,特に死後の世界についての研究が有名である。

 ⇒・Wikipedia(丹波哲郎)
『丹波哲郎の死者の書』,1980年
『続・丹波哲郎の死者の書 霊界旅行』,1980年
『続々・丹波哲郎の死者の書 霊人の証明』,1983年
●ダニエル・フライ
Daniel William Fry
(1908〜1992);
memory
  
アメリカの円盤搭乗者として名高い。(ホワイトサンズ事件を参照)
体験記,『The White Sands Incident』は,邦訳されて『コズモ』No.2に,「私は円盤に乗った」と題して掲載された。
【参考文献】
『UFOと宇宙』no.11
  「原子・銀河系・理解」文:ダニエル・フライ,訳:志田真人

 ⇒ ・Wikipedia(英語版;Daniel Fry)
参考外部サイト⇒GA Site(ホワイトサンズUFO搭乗事件)

参考外部サイト⇒地球外人類と惑星間移住(地球外文明と地球人接触者)

参考外部サイト⇒美代子の一元ブログ(ホワイトサンズ事件)
●ダライ・ラマ(14世)
(1935〜);

  
1938年に第13世ダライ・ラマの生まれ変わりと認定され, 1940年に第14世ダライ・ラマとして即位する。中国との関係悪化により 1959年にインドへと亡命する。ダラムサラに亡命政府をおき,平和活動をつづけている。 1989年にノーベル平和賞を受賞する。
【参考文献】
『ダライ・ラマ自伝』著者:ダライ・ラマ14世,
  訳:山際素男,2001年
『この悲劇の国,わがチベット』著者:ダライ・ラマ14世,
  訳:日高一輝,1979年

 ⇒ ・Wikipedia(ダライ・ラマ14世)
 ⇒・Wikipedia(英語版;14th Dalai Lama)
『この悲劇の国,わがチベット』訳:日高一輝,1979年
『大乗仏教入門』訳:菅沼晃,1980年
『ダライ・ラマ自伝』訳:山際素男,2001年



参考外部⇒・Wikipedia(ダライ・ラマ)
●チャールズ・バーリッツ
(Charles Frambach Berlitz )
(1913〜2003);
memory
   
著作家。言語学者。ニューヨークに生まれる。バーリッツ言語学院の創設者の孫にあたり31ヵ国語に通じた。熟練のスキューバ・ダイバーで,海底に眠る"失われた文明"アトランティスの調査,研究に専念した。この副産物として著した『The Bermuda Triangle1974年(邦訳:『謎のバミューダ海域』1975年)が,世界中で1000万部をこす超ベストセラーとなった。
【参考文献】
『1999年運命の日』著者:チャールズ・バーリッツ,訳:南山宏,1981年

 ⇒
・Wikipedia(英語版;Charles Berlitz)
『謎のバミューダ海域』,1975年,訳:南山宏
『大消滅』,1977年,訳:南山宏
『謎のフィラデルフィア実験』,1979年,訳:南山宏
●チャールズ・フォート
(Charles Hoy Fort)
(1874〜1932);memory
 
ニュヨーク生まれ。若いころから神秘や謎に異常な興味を示し,不可思議な話を数多く取集した。30年近くをニュヨーク公共図書館で過ごし,古い新聞や雑誌から奇妙な話を見つけてはメモを取り続けた。それを4冊の本(『呪われしものの書』,『見よ』,『野生の英知』,『新しき島』)に書き残した。フォートの記録した,この正統な科学が承認しなかった数々の不思議な話は,1597年から1932年まで綴られている。記録は,1819年を境にして報告が増え始め,南北戦争後は安定した件数を維持した。1883年には32件という最高件数に達した。また,「奇妙な空中現象」の話が109件記録されている。
彼の書は大衆から,無視続けられたが,彼の死後,
1966年にフランスでベストセラーとなった『魔術師の朝』(著:ジャック・ベルジェ)の中でフォートがとりあげられ,大衆は彼を再評価した。
【参考文献】
『UFOと宇宙』(No.39):1978年,
   【チャールズ・フォートの不思議な世界(解説:中村省三)】

『UFOの内幕』:1985年
   
 ⇒・Wikipedia(チャールズ・フォート)
 ⇒・Wikipedia(英語版;Charles Fort)
 
 
●つのだじろうつのだじろう
(1936〜); 
 
1955年に漫画家デビューした。日本の漫画界を築き上げた「ときわ荘」グループの一人である。代表作に「うしろの百太郎」「恐怖新聞」などがある。オカルトや心霊関係に造詣が深く,研究書も多数ある。
【参考文献】
『うしろの始皇帝』;つのだじろう


 ⇒・Wikipedia(つのだじろう)
『うしろの始皇帝,2006年
  
●手塚治虫てずかおさむ
(1928〜1989);memory
 
漫画家,アニメーター,アニメ監督として活躍した。代表作に「鉄腕アトム」,「ブラックジャック」,「火の鳥」などがあり,発表した漫画作品は数多くある。「火の鳥」は永遠の生命をテーマとし,氏のライフワークとなる作品である。

 ⇒・Wikipedia(手塚治虫)
 ⇒・Wikipedia(英語版;Osamu Tezuka)
『火の鳥(黎明編)』,1971年
●寺沢龍てらさわりゅう
(1935〜);  
1997年,会社勤めを定年退職後,文筆活動を始める。
これまでの著書に,『薬師寺再興白鳳伽藍に賭けた人々』(第1作),『飛鳥古京・藤原京・平城京の謎』,『明治の女子留学生 最初に海を渡った五人の少女』 などがある。『透視も念写も事実である』は第2作目のもので,念写の発見者とされる福来友吉博士のドキュメンタリーである。
【参考サイト・文献】
ローチケHMV(寺沢龍プロフィール)
『透視も念写も事実である』;2004年
参考外部サイト⇒信兵衛の読書手帖(寺沢龍著作のページ)



『透視も念写も事実である』 ,2004年
●出口王仁三郎でぐちおにさぶろう
(1871〜1948);memory
  
京都府亀岡の貧農の家に生まれ,少年時に水飢饉のとき,水脈を探しあてたり不思議な能力を示した。けんかで意識不明になって以来,透視から心霊治療など空前の超能力を発揮した。新興宗教の源流のひとつである「大本教」の教祖の一人。近代日本の宗教界,精神界に多大な影響を与えた人物である。また,全83冊からなる『霊界物語』の著者でもある。
【参考文献】
『亀岡の大予言者』
著者:
加藤正民,1982年
『出口王仁三郎の霊界からの警告』著者:武田崇元,1983年
『出口王仁三郎の大降臨』著者:武田崇元,1986年
『超訳 霊界物語』著者:飯塚弘明,2013年


 ⇒・Wikipedia(出口王仁三郎)
 
●デスモンド・レスリー
Desmond Arthur Peter Leslie
(1921〜2001);
memory
 
英国の考古学者。チャーチル首相の甥にあたる。1953年ジョージ・アダムスキーとの共著『Flying Saucers Have Landed(空飛ぶ円盤は着陸した)』(日本語版-1972年,高文社:『空飛ぶ円盤実見記』)を刊行した。また、ハンス・ヤコビーと原案/脚本した『Stranger From Venus(金星からの訪問者)』の映画が1954年に米国と英国で公開された。
レスリーは,フライング・ソーサー・レビュー誌1954年,マウントバッテン卿の庭に円盤が着陸し,使用人のブリックスと降りてきた宇宙人がコンタクトした事件を報告した。この報告は,マウントバッテン卿が亡くなった翌年1980年のことで,卿の存命中には口止めされていたという。
【参考文献】
『アダムスキーの謎とUFOコンタクティ』著者:益子祐司,2013年
『スペースプログラムが予言する終末へのカウントダウン』著者:韮澤潤一郎,2015年


 ⇒
・Wikipedia(英語版;Desmond Leslie)
『空飛ぶ円盤実見記』,1972年,著:ジョージ・アダムスキー/デスモンド・レスリー,訳:高橋豊

参考外部サイト⇒GA Site(ジョージ・アダムスキーの思い出 デスモンド・レスリー)
●デニケン エーリッヒ・フォン・デニケンの項を参照
   
●トゥルーマン・ベサラム
(1898〜1969)memory
 
    
ネバダ州グレンデール付近のネバダ砂漠の第91ハイウェイの補修作業の夜間修理工として働いていたトゥルーマン・ベサラムは,1952年7月28日の午前3時ごろモルモン台地に着陸したクラリオン星からきた空飛ぶ円盤に遭遇した。そして,円盤から降りてきた女性機長アウラ・レインズとコンタクトした。
トゥルーマンとアウラのコンタクトは,その後10回以上におよんだ。体験記を,
1954年に『Aboard A Flying Saucer』(邦題:「空飛ぶ円盤の秘密」1974年刊)という本に著した。
【参考文献】

『空飛ぶ円盤の秘密』,1974年
『UFOと宇宙』(No.24),1977年,(クラリオンの円盤と小人宇宙人)
『世界の超人・怪人・奇人』,2015年
参考外部サイト⇒ブログ・地震予知 UFO 宇宙人情報 音楽 etc(コンタクティたちの悲劇)

●トニー・アグパオア
(1936〜1982)memory
 
    
フィリピンにおける心霊手術治療の第一人者。
フィリピン,ルソン島中部のパンガシナン県ロザレス村で生まれた。両親は農業を営み,熱心なカトリック信者だった。5歳くらいで霊能が現われ,7歳のころ,イサベラ県の山中に入った。ここで大師と出会い霊的な指導を受けた。13歳になると教会に入って心霊手術治療を正式に始めた。
1969年頃,その霊能力がアメリカで有名になり,トニー氏はクローズ・アップされた。
【参考文献】

『UFOと宇宙』(No.32):1978年,【トニー・アグパオア氏に独占インタビュー!】
参考外部サイト⇒help the animal family(フィリピンの心霊手術の動画)
参考外部サイト⇒日本スピリチュアル・ヒーラーグループ【心霊手術(スピリチュアル・サージャリー)】
●冨川正弘とみかわまさひろ
(1942〜); 
  
大学卒業後,仕事でニュヨークに在中した。ベティ・ヒル,チャーリー・ヒクソン,トラビス・ウォルトンなど,UFOに誘拐された人々や目撃者などに会い取材を重ねた。『UFOと宇宙』にアメリカのUFO最新情報をレポート(70年代後半)した。
【参考文献】
『UFOと宇宙』(No.41):1978年,【UFOスペシャル'78/アメリカの研究動向】
●寅吉(とらきち
【天狗小僧・寅吉】
(1806〜????);memory
 
幼少のころから火事を予言したり不思議な能力を持っていた。7歳のとき上野公園の東叡山下の五条天神で,杉山僧正と呼ばれる岩間山(茨城県)天狗界の棟梁と出会い,8年間杉山僧正に導かれて顕幽界を往復し,不思議な体験をした。
この寅吉の話に異常な興味をもったのが国学者の平田篤胤で,篤胤は寅吉を自分の家にひきとり,彼の語る異界の話を記録に残し『仙境異聞』という書物にした。

【参考文献】
『出口王仁三郎の大降臨』1986年,著者:武田崇元
『江戸の霊界探訪録』2014年,著者:平田篤胤,現代語訳:加賀義
参考外部⇒小さな資料室(仙境異聞(上) 三之巻
●トルーマン大統領 ハリー・S・トルーマンの項を参照   
●トーマス・マンテル
Thomas F. Mantell
(?〜1948;25歳);
memory
 
1948年1月7日にケンタッキー州フォートノックスにあるゴッドマン空軍基地付近で謎の飛行物体を追跡中(マンテル大尉事件),謎の墜落死を遂げた。マンテル大尉は第2次世界大戦で活躍して受勲した優秀なパイロットで,空軍を除隊後,ケンタッキー州軍に入隊したばかりの時に,この事件に遭遇した。
【参考文献】

『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』:2015年
参考外部⇒・Wikipedia(マンテル大尉事件)
参考外部⇒UFO CASEBOOK(1948, The Death of Thomas Mantell)
●ドナルド・キーホー
Donald Edward Keyhoe
(1897〜1988);
memory
 
アメリカの作家,ジャーナリスト,UFO研究家(初期研究家の代表的存在)。
1922年
,アメリカ海兵隊中尉時代,グァムでの飛行機事故で負傷,その後遺症から除隊した。その後,バード少将の歴史的な北極飛行に使用する飛行機の開発を手伝ったり,チャールズ・リンドバーグが単独大西洋横断飛行に成功し,パリから帰国してからの彼の広報活動にも関係した。最初の著書『Flying With Lindbergh』(1928年)を執筆している。円盤との出会いは,「アーノルド事件」以降で,1949年TRUE』誌の編集者ケン・W・バーディーからの調査依頼をきっかけに本格的研究を開始した。1950年に掲載された『The Flying Saucers are Real(空飛ぶ円盤は実在する)』で,同誌は空前的な売り上げをみせ,全米で話題を呼んだ。これは,同年に同題で単行本化もされた。キーホーは,1956年,NICAP(全米空中現象調査委員会)の設立を援助し,1957年から1969年まで代表を務めた。キーホーは政府に対しても,UFO研究の必要性を説き,1964年に「UFO EVIDENCE」という大部の資料を発行し,米両院に空軍のUFO資料の公開と公聴会の開催を陳情した。
【参考文献と参考サイト】

『地球ロマン(復刊2号)』:1976年,【資料・空飛ぶ円盤】
『UFOと宇宙』(No.41):1978年,【UFOスペシャル'78,アメリカの研究動向】

『UFOの内幕』:1985
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』:2015年
・外部サイト ⇒ 『Wikipedia(ドナルド・キーホー)

 ⇒・Wikipedia(英語版;Donald Keyhoe)
 
●ドナルド・H・メンゼル
Donald Howard Menzel
(1901〜1976);
memory
 

アメリカの天文学者。デンバー大学で学んだ後,ブリンストン大学で天体物理学の博士号を得た。1921年までリック天文台で働いた。その後ハーバード大学で働き、1954年から1956年までアメリカ天文学会の会長を務めた。円盤研究初期における,否定論の急先鋒者として有名である。1952年,『LOOK』誌に『The Truth About Flying Saucers 』の発表を最初に,否定論を執筆し,1953年に単行本を刊行した。否定論の骨子は,気温逆転層による蜃気楼としてUFOをすべて説明づけるものであった。
メンゼル博士には2つの顔があったという。表の顔は上記のようなUFO否定派であるが,裏の顔では,きわめて高いレベルの超極秘の超機密委任許可を与えられ,多くの政府情報機関の下で機密性の高い仕事をしていた(CIANSA(国家安全保障局)と深くかかわっていた)。マジェスティック12の創設時のメンバーの一人で,ロズウェルの墜落事件ともかかわっていたとも云われる。
また,
ハーバードの天文学者,教授であったメンゼル博士は,ハーバード大学監督委員会のメンバーであるケネディ大統領と交流があり,ケネディ政権の中でUFO問題のアダバイザーだったとも考えられている。

【参考文献と参考サイト】
『地球ロマン(復刊2号)』:1976年,【資料・空飛ぶ円盤】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』:2015年

 ⇒・Wikipedia(ドナルド・メンゼル)
 ⇒・Wikipedia(英語版;Donald Howard Menzel)

 
●ドロレス・キャノン
Dolores Cannon
(1931〜2014);memory
 
1951年に海軍の職業軍人と結婚し,夫とともに世界中の任地を回り,1970年よりアーカンソン州の山岳地帯で引退生活に入った。そのころ,夫の影響で催眠術に興味をもつようになり,退行催眠療法において独自の手法(QHHT)を考案した。それ以来,何百人もの人々を施術し,得られた情報を整理保存して,それらをもとに著書を出版していたが,1986年には調査対象をUFOの分野にまで広げていった。
【参考文献】
人類の保護者,2016年
参考外部サイト⇒Dolores Cannon JAPAN
参考外部サイト⇒DOLORES CANNON,com
参考外部サイト⇒mixiみんなの日記


人類の保護者,著:ドロレス・キャノン,訳:誉田光一
●ドワイト・D・アイゼンハワー
Dwight David Eisenhower
(1890〜1969);memory
 
アメリカ合衆国の軍人,政治家。連合国遠征軍最高司令部最高司令官,陸軍参謀総長,NATO軍最高司令官,第34代大統領(1953年〜1961年)を歴任した。
また,大統領時の
1954年2月20日エドワード空軍基地で,および,1955年2月11日前後に,ホロマン空軍基地で地球外生命体と対面したという噂がある。
1955年7月,宇宙開発を行うことを表明した。

【参考サイト】
Wikipedia(ドワイト・D・アイゼンハワー)

【参考文献】
新・第3の選択,1981年
アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか,2015年


 ⇒Wikipedia(英語版;Dwight D. Eisenhower)
参考外部サイト⇒産経ニュース(アイゼンハワー元大統領 原爆反対の胸中明かす)
参考外部サイト⇒歴代アメリカ大統領研究(第34代アメリカ合衆国大統領アイゼンハワー)

参考外部サイト⇒UFOの部屋
参考外部サイト⇒みお&ゆきのツキアップ日記
 
「UFO関連人物」索引欄

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