UFOレガシー
UFO・ミステリー事件遺産

 人物紹介(さ〜そ)
(UFO研究家・コンタクティ・著述家など)
 

●斎藤守弘
●酒井傳六
●相楽正俊
●桜井邦朋
●佐藤勝彦
●佐藤健寿
●佐藤守
●志水一夫
●澁澤龍彦
●シャーロット・ブロッブ
●庄司浅水
●ジェイミー・シャンドラ
●ジェシー・マーセル
●ジェシー・マーセル・ジュニア
●ジェームズ・ジーザス・アングルトン
●ジェームズ・チャーチワード

●ジェームズ・ブレード
●ジェームズ・ベンソン・アーウィン
●ジェームズ・E・マクドナルド
●ジミー・カーター
●ジム・マース
●ジャック・バレー
●ジョゼフ・バンクス・ライン
●ジョン・A・キール
●ジョン・F・ケネディ
●ジョージ・アダムスキー
●ジョージ・ヴァン・タッセル
●ジョージ・ハント・ウィリアムソン
●スタントン・フリードマン
●ステイシー・ホーン
●スティーブン・グリア
●スティーブン・バセット
●ストリングフィールド
●角南攻
●関英男
●関裕二
●瀬戸内寂聴
●セドリック・アリンガム
●セムヤーゼ
 
180-20  氏名(敬称略) 420-50  プロフィール 300-30  著作物、関連サイトなど
●斎藤守弘さいとうもりひろ
(1932〜);
 
前衛科学評論家。大学講師,会社専務,経営コンサルタントなどを経て執筆活動に入る。

 ⇒・Wikipedia(斎藤守弘)
『宇宙の使者』,1973年
●酒井傳六さかいでんろく
(1921〜1991)memory
 
評論家,エジプト研究家。
東京外国語大学フランス語部を卒業。
1955年から57年まで朝日新聞中東特派員としてエジプトに滞在。ルイ・クリストフ氏からエジプト学を学んだ。古代エジプトの研究・著述・訳業に従事した。
【参考文献】
『ピラミッド99の謎』

 ⇒・Wikipedia(酒井傳六)
『古代エジプト人』,1973年
『ピラミッド99の謎』,1976年
『古代エジプトの謎』,1980年
●相楽正俊さがらまさとし
(1920〜);
 
東京物理学校(東京理科大)を卒業し,昭和13年から25年間気象庁に勤務。主に長期予報を手がけ,初の長期予報係を設置。戦時中,キスカ撤退作戦の"霧"予測が的中し,勲章を受ける。41年独立,気象情報且ミ長として活躍。
【参考文献】
『気象大異変』
『気象大異変』,1981年
●桜井邦朋さくらいくにとも
(1933〜);
 
宇宙物理学者。太陽物理学,高エネルギー宇宙物理学の世界的な権威。京大助教授時代にアメリカ科学アカデミーの招聘で渡米し,NASA(アメリカ航空宇宙局)での研究生活を送った経歴をもつ。
【参考文献】
『太陽からの風と波』
,1975年

 ⇒
・Wikipedia(桜井邦朋)
『太陽からの風と波』,1975年
『地球に急接近するハレー大彗星』,1976年
●佐藤勝彦さとうかつひこ
(1945〜)
 
宇宙物理学者。専門は,宇宙論。インフレーション宇宙論の提唱者として知られる。
【参考サイト】
Wikipedia(佐藤勝彦(物理学者))
参考外部サイト=>こだわりアカデミー(宇宙・地球)
参考外部サイト=>宇宙と光のこと(佐藤勝彦 自然科学研究機構長 インタビュー(第1回))


『(図解)相対性理論と量子論』,2006年
●佐藤健寿さとうけんじ
(????〜);

 
フォトグラファー。超常現象を調査する「X51.ORG」を主宰。 世界中の不思議・奇妙な現象や人物,もの,場所などを追って世界中を取材している。
【参考文献】
『不思議大陸アトランティア・浮上編』
   【UFOの聖地エリア51の現在;文:佐藤健寿】,2009年

 ⇒・Wikipedia(佐藤健寿)
主宰サイト=>X51.ORG

参考外部サイト=>Instagram(X51)
参考外部サイト=>きままなトピックス!(佐藤健寿のプロフィール!年齢や結婚は?作品が面白い!)
●佐藤守さとうまもる
(1939〜);

 
1966年に航空自衛隊幹部候補生学校の戦闘機課程を卒業後、スクランブル任務、 飛行隊隊長、基地司令等を経て1997年に退官。 飛行時間は3800時間におよぶ。
【参考文献】
『実録 自衛隊パイロットたちが接近遭遇したUFO』 ,2010年

 ⇒・Wikipedia(佐藤守)
『実録 自衛隊パイロットたちが接近遭遇したUFO』,2010年
『ジェットパイロットが体験した超科学現象』,2012年
『実録・自衛隊パイロットたちが目撃したUFO』,2014年
『宇宙戦争を告げるUFO』,2017年
●志水一夫しみずかずお
(1954〜2009);
memory
 
 
「と学会」創設メンバーの1人。超常現象を徹底的に研究し、4万冊に及ぶ関連書籍を読みあさっていて、その知識は半端なものではなかった。黒沼健氏を心底から尊敬していた。
(出典;『スナミちゃんの超能力研究室』/著者:角南攻

 ⇒・Wikipedia(志水一夫 (作家))
 
●澁澤龍彦しぶさわたつひこ
(1928〜1987);
memory
 
著作家。マルキ・ド・サドの著作を日本に紹介した。また、人間精神や文明の暗黒面に光をあてるエッセイを発表し注目を集めた。

 ⇒・Wikipedia(澁澤龍彦)
『東西不思議物語』,1982年


マルキ・ド・サドについて;参考外部=>Wikipedia(マルキ・ド・サド)
●シャーロット・ブロッブ
(????〜);
 
ジョージ・アダムスキー氏の宇宙哲学啓蒙活動を引き継ぎ,UFO教育センター(カルフォルニアに本部を置いた)の幹部として活躍した。彼女自身も宇宙人とのコンタクト体験をもつ。
【参考文献】
『UFOと宇宙』(No.36):1978年,【シャーロット・ブロッブに直撃インタビュー】,
   訳:赤尾泉
参考外部サイト⇒みお&ゆきのツキアップ日記
●庄司浅水しょうじせんすい
(1903〜1991);
memory
 
書籍研究家。ノンフィクション作家。

 ⇒
・Wikipedia(庄司浅水)
『世界の七不思議』,1969年
『世界の怪奇』,1975年
『世界の謎と不思議』,1977年
●ジェイミー・シャンドラ
(Jaime Shandera)
(?〜);
 

ロスアンゼルスの映像ディレクター。MJ-12文書を最初(1984年12月)に受け取った人物として有名である。シャンドラは,フリードマン,ムーアらとともにこの文書の解明に乗り出す。
シャンドラがUFOに関するドキュメンタリー番組に取り掛かっていた当時,
1984年12月11日のことである。自宅の郵便受けに未現像の35ミリフィルム1巻が差出人のない封書で入っていた。フィルムには,タイトルが「MJ-12」とつけられた8頁の文書が撮影されており,内容は1947年7月にロズウェル付近に墜落した地球外から来たと思われる飛行物体とその乗組員の人間に似た生き物の遺体4体を回収したというものであった。
【参考文献】
『MJ-12の謎と第18格納庫の秘密』:1990年
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』:2015年

参考外部⇒UFO事件簿(MJ-12)
●ジェシー・マーセル
(Jesse Marcel)
(?〜1986);memory
 

ロズウェル事件で,残骸の調査に最初に派遣された,第509爆撃航空団の首席情報官。当時,少佐。
マーセルは,第509爆撃航空団の司令官ブランチャード大佐の命令で,ロズウェルから70マイル(約110km)ほどのところにあるフォスター牧場にマック・ブレイゼルがロズウェルに持ち込んだ奇妙な破片を分析するために赴いた。
マーセルは,陸軍在籍中,ヴァージニア州にあるラングレー空軍基地で無線測風気球を含むレーダーとレーダー物標,についての教育を受けていた。また,マーセルは幼い頃からの無線マニアだった。アメリカ連邦通信委員会のライセンスと最先端の無線機器が必須のアマチュア無線家でもあった。
分析した,破片が気象観測用気球であれ,プロジェクト・モーグルであれ,マーセル少佐ならやすやすと見分けがついたはずである。

【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』:2015年

参考外部サイト⇒Wikipedia(ロズウェル事件の目撃談)
参考外部⇒A Different Perspective(The Roswell UFO and Jesse Marcel)

参考外部⇒Wikipedia(ロズウェル事件)

参考外部⇒Myth_of_Roswell Incident(ロズウェル事件に関係する人物)

   
●ジェシー・マーセル・ジュニア
(Jesse Marcel Jr)
(?〜2013;76歳);memory
 

ロズウェル事件で,父のマーセル少佐が,残骸の一部を持ち帰る際に自宅に立ち寄り,眠っていたところを起こされ,その物体を見せてもらった。マーセル少佐の死後,真相公表の遺志を継ぎ活動した。耳鼻咽喉科の医学博士であり,モンタナ州軍の大佐としてヘリコプター操縦士として活躍した。
【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』:2015年

参考外部サイト=>YOUTube(Jesse Marcel Jr. talks about UFO Crash Debris in Roswell 2010)
参考外部⇒Wikipedia(ロズウェル事件)
参考外部⇒Myth_of_Roswell Incident(ロズウェル事件に関係する人物)
●ジェームズ・ジーザス・アングルトン
(James Jesus Angleton )
(1917〜1987);memory
 

アメリカ合衆国の情報機関である中央情報局(CIA)の工作官。防諜担当副次官を歴任した。
アングルトンは,OSSの後継組織を経てCIAへ入局した。CIA防諜部長に,
1954年アレン・ダレスによって任命され,ウォルター・ベデル・スミスからリチャード・ヘルムズまで6代に渡る長官の下,1974年に退任するまで,防諜活動の長として活躍した。
1940年代後半50年代初頭,アメリカの領空に侵入する空飛ぶ円盤が増加し,アングルトンは対応に忙殺された。彼はこの問題に執拗なまでの関心を抱いており,国家が保有するこの問題に対する知識は,厳重に守られるべきだと信じていた。
【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』:2015年


 ⇒・Wikipedia(ジェームズ・アングルトン)
 ⇒
・Wikipedia(英語版;James Jesus Angleton)

●ジェームズ・チャーチワード
( James Churchward )
(1851〜1936);memory
 

ムー大陸についての著作を書いた作家。
イギリス陸軍の退役軍人で,青年時代,軍務でインドに
1868年から12年間駐在した。この間に太平洋の失われた超古代大陸の存在を知り,研究の方針を定めたようである。その後,超古代大陸存在の証拠を求めて,世界遍歴は,実に50年におよんだ。資料と写真類を携えて,ニューヨークに腰を落ち着き,筆をとったのときは,70歳をかなり越していた。
『The Lost Continent of Mu(失われたムー大陸)』がニューヨークで出版されたのは
1931年のことである。学界は,この書を冷笑したが,一般の反響は驚くべきものがあり,たちまち版を重ねた。
【参考文献】
『ムー大陸』,1977年


 ⇒Wikipedia(ジェームズ・チャーチワード)
 ⇒・Wikipedia(英語版;James Churchward)

参考外部サイト⇒超常現象の謎解き(伝説の超古代文明「ムー」)
参考外部サイト⇒松岡正剛の千夜千冊(失われたムー大陸)
参考外部サイト⇒現代未解決問題取扱所(ムー大陸)
参考外部サイト⇒不思議なチカラ(人類発祥の地?ジェームス・チャーチワードによるムー大陸伝説)


『ムー大陸』,著:ジェームズ・チャーチワード,訳:小泉源太郎
●ジェームズ・ブレイド
( James Braid )
(1795〜1860);
memory
 
イギリス,スコットランドの外科医であり催眠の研究者。外科医としては内反足の治療法に対する先駆的な研究を残し,また催眠や催眠療法についての極めて重要な革新をもたらした。 現在彼は,催眠療法と近代催眠の父と多くの人にみなされている 。
【参考サイト・文献】
・サイト=>Wikipedia(ジェイムズ・ブレイド)
『ザ・ストレンジブック』,1980年

 ⇒ ・Wikipedia(英語版;James Braid (surgeon))
参考外部サイト⇒ MIND CLEAR(ジェームズ・ブレイド)
●ジェームズ・ベンソン・アーウィン
(James Benson Irwine )
(1930〜1991);memory
  

アメリカの宇宙飛行士。1971年7月26日アポロ15号で人類4度目の月面着陸に成功する。退役後は,牧師として布教活動に従事。第2の人生を,ノアの箱舟探索に捧げた。
アーウィンは,アポロ15号で月面に立ち,そこで神の声を聞いたという。
1982年と翌年の2回,箱舟を探しに探検隊を率いてアララトに挑んだが失敗している。
【参考文献】
『山の不可思議事件簿』:2015年


 ⇒・Wikipedia(ジェームズ・アーウィン)
 ⇒・Wikipedia(英語版;James Irwin )


  
   月面で敬礼するジェームズ・アーウィン
●ジェームズ・E・マクドナルド
(James E. McDonald)
(1920〜1971);memory
 

アメリカの物理学者。 1960年代後期(1966年〜1971年)にUFO 問題のため,真摯な啓蒙活動をした。
米国報道連合会,カナダ航空宇宙協会,合衆国議会,国連での演説,大学での講演等々を行って,亡くなる
1971年にはオーストラリア・ニュージーランド科学振興協会『ANZAS』で開催されるUFO会議に来賓として招かれていたが,博士の死により実現されなかった。
博士は頭脳明晰で,分析力に秀で,進取の気性に富みながらも,批判的な姿勢も兼ね備え,旺盛でひたむきな好奇心の持ち主であった。UFO現象に対する画期的な調査は,現在も引き継がれ研究されている。
J・アレン・ハイネック博士との真っ向からの対決は,UFO研究の世界では今も語り継がれている。
【参考文献】
『UFOと宇宙』NO.33,
   【日本の科学者に問う(2),文:森脇十九男
:1978年

『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』:2015年

 ⇒・Wikipedia(英語版;James E. McDonald)

参考外部サイト⇒SSPC学術研究出版センター(ジェームズ・E.マクドナルド博士)
●ジミー・カーターJames Earl "Jimmy" Carter, Jr.
(1924〜);
 
アメリカ合衆国の政治家。ジョージア州上院議員,ジョージア州知事,第39代アメリカ合衆国大統領を歴任。2002年ノーベル平和賞受賞。バプテスト派キリスト教信者。
【参考サイト】
Wikipedia(ジミー・カーター)


カーター大統領は,ジョージア州知事になる前,ジョージア州リーリィでライオンズクラブの会合に出席しているときに,他の大勢のクラブメンバーと共にUFOを5〜10分間目撃している。それは
1969年1月に起きた。「物体は迎角約30度のところにあり,月ほどの大きさに見えた。次第に小さくなって,赤い色に変わったがまた大きくなった」と,1973年9月のダブリンでの記者会見で説明している。
【参考文献】
『UFOと宇宙』(No.24):1977年,【カーター大統領はUFOを見た】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』:2015年


 ⇒
Wikipedia(英語版;Jimmy Carter)
参考外部サイト⇒実録!!ほんとにあった(と思う)怖い話(ジミー・カーターUFO目撃事件)

参考外部サイト⇒ヒストリーチャネル(UFO目撃記録を残した唯一の大統領「ジミー・カーター」)

参考外部サイト⇒カーター 元大統領のUFO接近遭遇
●ジム・マース
( Jim Marrs )
(1943〜);
   
ノース・テキサス大学を卒業後,「フォートワース・スター・テレグラム」などテキサス州の新聞数紙で記者を務めた。ベトナム戦争中には諜報部員として従軍。米陸軍の数々の機密事項に接した。
世界ナンバーワンの陰謀論作家。『秘密統治』『第四帝国の台頭』『クロスファイア:ケネディ暗殺の陰謀』などの著作を持つ。

【参考文献】
『秘密の話』2013年


 ⇒・Wikipedia(英語版;Jim Marrs )
公式サイト⇒ JIM MARRS
参考外部サイト⇒ 第二級活字中毒者の遊読記(「秘密の話」ジム・マース)
参考外部サイト⇒ 読書(ジム・マース マスメディア・政府機関が死に物狂いで隠蔽する秘密の話)



『秘密の話』,著者:ジム・マース,訳者:渡辺亜矢
●ジャック・バレー
(Jacques Fabrice Vallee)
(1939〜);
 
ハイネック博士とバレー博士

フランス生まれ。天体物理学者,数学者,コンピュータの専門家でもある。1961年,フランスの人工衛星追跡チームとして働いたときからUFOに関心をもつようになり,同じような関心を持つ他の科学者たちと秘密のグループ(見えない大学)を組織した。バレーの名声が広く知れわたるようになったのは,1978年11月28日に,国連特別政治委員会でUFO問題について証言してからのことである。
【参考文献】
『UFOと宇宙』(NO.61,1980年)
  「UFO研究会の孤高の星,ジャック・バレーに聞く」


 ⇒・Wikipedia(英語版;Jacques Vallee )

参考外部サイト⇒UFO科学大学院(ジャック・バレー)
●ジョゼフ・バンクス・ライン
(J・B・ライン)
(Joseph Banks Rhine)
(1895〜1980);memory
 
アメリカの超心理学者。植物生理学の研究者だったが,心霊研究に興味をいだき,心理学者ウィリアム・マクドゥガルに出会い,ともにデューク大学超心理学研究所を設立した。アメリカの超能力研究に厳密で科学的な方法を持ち込み,学問としての超心理学の地位確立に尽力した。近代超心理学の父とも呼ばれている。
【参考文献】
『超常現象を科学にした男』2011年、
   著者:ステイシー・ホーン、訳:ナカイサヤカ、監修:石川幹人


 ⇒・Wikipedia(ジョゼフ・バンクス・ライン)

 ⇒・Wikipedia(英語版;Joseph Banks Rhine)
 
●ジョン・A・キール
(John Alva Keel)
(1930〜2009);memory
  
新聞,雑誌にUFO記事を中心に寄稿したジャーナリスト。1954年にエジプトのアスワン・ダムを訪れたときに初めてUFOを目撃したが,UFOに関する記事を書きはじめたのは1945年から。無数の出版物に記事を書き,アメリカのみならず世界中の主な新聞に取り上げられた。
【参考文献】
『UFO超地球人説』著者:ジョン・A・キール、訳:巻正平

 ⇒・Wikipedia(英語版;John Keel)
『UFO超地球人説』、著:ジョン・A・キール、訳:巻正平、1976年
『モスマンの黙示』、著:ジョン・A・キール、訳:植松靖夫、1984年
●ジョン・F・ケネディ
John Fitzgerald Kennedy
(1917〜1963);memory
 
アメリカ合衆国の政治家。第35代アメリカ合衆国大統領。在任中の1963年11月22日にテキサス州ダラスで暗殺された。
ケネディによって推進されたアポロ計画は,ケネディの死後ジョンソン政権とニクソン政権に引き継がれ,ニクソン政権下の1969年にアポロ11号が,ついに月面に人類を送り届けることに成功した。
【参考サイト】
Wikipedia(ジョン・F・ケネディ)


 ⇒Wikipedia(英語版;John F. Kennedy)
参考外部=>kobayakawashunichi(JFK暗殺事件50周年によせて)
●ジョージ・アダムスキー
George Adamski
(1891〜1965);
memory
 

 
パロマー・ガーデンズのレストランに集うアダムスキーとその弟子たち。
『UFOと宇宙』(No.36)から
1891年ポーランド生まれた。1893年に家族とともに合衆国に移住。1913年に陸軍に入隊し,メキシコ国境で第13騎兵連隊に勤務し5年間を陸軍で過ごした。その間の1917年に結婚。その後,転々と旅行し手当たり次第に仕事をして生計を立てた。40歳直前に,放浪生活に終止符を打ちカルフォルニア州のラグナ・ビーチに落ち着いた。ここで,宇宙の法則を教えるための活動を行う。門下生は数百人になり南カルフォルニア地方のあちこちから講演を頼まれるようになった。余暇の大半を天体観測に使い,はじめて宇宙船を撮った(1938年)のは,この時期である。1940年,戦争をいち早く察し,環境が許す限りの門下生を連れ,パロマー山の登山路に沿ったバレー・センターに引っ越した。ここで一同は自給自足のための小さな農園を作った。1944年,このバレー・センター農園は売却されたが,残っていた仲間とパロマー山の南斜面のほうに引っ越した。ここは,世界最大の望遠鏡があるパロマー天文台から11マイル離れていた。ここで彼らは簡素な山小屋を建てた。そこには通行客が喫茶店として使える建物も建て,門下生の1人が所有し経営した。アダムスキーは,15インチの望遠鏡を買い小さな天文台を建てた。また6インチの望遠鏡は戸外に置き,継続的に天体観測を行い,多数の訪問客がやって来て興味を示した。1946年の流星雨の期間に観測仲間と劇的な出来事を目撃した。巨大な葉巻型の宇宙船が比較的近い距離で天空に音もなく浮かんでいた。それが,その当時は何であるか,さっぱりわからなかった。1時間以上,彼は妻と数人の知人といっしょに,その宇宙船が隊伍を整えて東から西へ天空を音もなく横切って行くのを目撃した。
(出典;『空飛ぶ円盤同乗記』,著者:ジョージ・アダムスキー,訳者:大沼忠弘,
  1998年発行、アダムスキー略伝(シャーロット・ブロジェット)から抜粋)


1952年11月20日、カルフォルニア州デザートセンターの砂漠で円盤(スカウトシップ)から降りた宇宙人とコンタクトした。以後、たびたび円盤を目撃し写真撮影にも成功する。また、円盤に同乗し葉巻型の母船を訪れ、太陽系内の旅も経験した。
1965年、74歳で亡くなった。
【参考文献】
『アダムスキーの謎とUFOコンタクティ』著者:益子祐司,2013年

 ⇒・Wikipedia(ジョージ・アダムスキー) 
 ⇒・Wikipedia(英語版;George Adamski)
関連サイト⇒GAsite

参考外部サイト⇒UFOの里ブログ(ジョージ・アダムスキーは真実を伝えるコンタクティー)


『空飛ぶ円盤実見記』,1972年,著:ジョージ・アダムスキー/デスモンド・レスリー,訳:高橋豊
『空飛ぶ円盤同乗記』,1998年,著:ジョージ・アダムスキー,訳:大沼忠弘
●ジョージ・ヴァン・タッセル
(George Van Tassel )
(1910〜1978);memory
 
アメリカの著名なコンタクティ。「シルガンダ」と名乗る宇宙人に鐘の形のUFO内に招待され,タイムトラベルの方程式を教わったという。後年,「ジャイアントロック・コンベンション」というコンタクティの祭典を主催した。
【参考文献】
『最新版UFO・エイリアン極秘事件ファイル』監修:矢追純一

 ⇒・Wikipedia(英語版;George Van Tassel)
●ジョージ・ハント・ウィリアムソン
(George Hunt Williamson )
(1926〜1986);memory
 
赤外線と紫外線の波長を利用して特殊な無線装置を考案し,惑星間と交信しコンタクトに成功したという。また,ジョージ・アダムスキーが宇宙人と会見したときの目撃証人の一人であり,その際「金星人の足跡」の石こうをとったことでも有名である。自ら専攻していた文化人類学の知見をもとに,古代マヤ,古代インカの都市などを探索し,人類は異星人とのコンタクトがあったという考えを導き出した。宇宙考古学の先駆者(古代宇宙飛行士説の初期の提唱者)ともいえる。
【参考文献】
『完全版世界のUFO現象』著者:並木伸一郎
『世界の超人・怪人・奇人』著者: 〃

 ⇒・Wikipedia(英語版;George Hunt Williamson)
●スタントン・フリードマン
(Stanton Terry Friedman )
(1934〜);
 
アメリカの物理学者,UFO研究家。ロズウェル事件の最初の民間研究家である。1967年以来,アメリカ,カナダおよび16の他の国々において,600以上の学校および大学,100以上の専門グループで,UFOについて講演している「ジャイアントロック・コンベンション」というコンタクティの祭典を主催した。
【参考文献と参考サイト】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』:2015年
・外部サイト ⇒ 『Wikipedia(スタントン・フリードマン)
●ステイシー・ホーン
Stacy Horn
(1956〜);
  
アメリカの著作家。ジャーナリスト。1990年にニューヨークでソーシャル・ネットワーキング・サービスの先駆け的存在である,EchoNYCを立ち上げた。1998年に『Cyberville; Clicks, Culture and the Creation of an Online Town』でノンフィクション作家としてデビューした。ニューヨーク市警の未解決事件捜査班を扱った『The Restless Sleep; Inside New York City's, Cold Case Squad』(2005年)で話題を呼んだ。邦訳には,『猫と暮らす一人ぐらしの女』(晶文社)がある。『超常現象を科学にした男』は,彼女の4冊目の本で,超心理学の研究方法を確立したJ・B・ラインの伝記である。
【参考文献】
『超常現象を科学にした男』,2011年

 ⇒
・Wikipedia(英語版;Stacy Horn) 
『超常現象を科学にした男』,2011年,著:ステイシー・ホーン,訳:ナカイサヤカ,監修:石川幹人
●スティーブン・グリア
( Steven Macon Greer )
(1955〜);
 
アメリカ合衆国の元医師でUFO研究者。Center for the Study of Extraterrestrial Intelligence(CSETI;地球外知性研究センター)および隠蔽されたUFO情報を暴露する UFO機密情報公開ディスクロジャー・プロジェクト(The Disclosure Project) を設立(1993年)した。
【参考サイト】
・サイト=> Wikipedia(スティーブン・グリア)
●スティーブン・バセット
(Stephen Bassett )
(1946〜);
  
地球外生物に関する現象に取り組む活動家。また,Xカンファレンス(UFO現象情報の開示を政府に求める有志の集会)を主宰する。
【参考文献】
『アメリカ大統領はなぜUFOを隠し続けてきたのか』:2015年


 ⇒・Wikipedia(英語版;Stephen G. Bassett) 
参考外部サイト⇒UFO WATCHEDOG.COM(Stephen Bassett)
参考外部サイト⇒PRG(Stephen Bassett
●ストリングフィールド レオナード・ストリングフィールドの項を参照   
●角南攻すなみおさむ
(1944〜2014);memory
 
⇒1968年、「週刊少年ジャンプ」創刊の年に集英社へ入社。永井豪作品をはじめ、多数の作品を担当した。モデルとして永井キャラのヒゲゴジラ、「トイレット博士」のスナミ先生などにもなり漫画にも多数出演した。その後、「ヤングジャンプ」「ビジネスジャンプ」編集長を歴任した。
(出典;『ムー』2013年6月号(No.391),
  スナミちゃんの超能力研究室/角南攻)


 ⇒・Wikipedia(角南攻) 
雑誌『ムー』(学研パブリッシング)で、「スナミちゃんの超能力研究室」を、2011年1月号(No.363)から2014年12月号(No.409)まで連載されました。


『スナミちゃんの超能力研究室』,2015年
●関英男せきひでお
(1905〜2001);memory
  
東京工業大学電気工学科卒業。工学博士。電波工学の世界的権威者として知られ、電気通信における雑音消去の面で画期的な業績をあげる。また、日本最大の超常現象(サイ現象)専門学会である日本サイ科学会(創立時の名称は「日本PS学会」)の初代会長などを務めた。1970年代ユリ・ゲラーが起こした超物理現象の謎に対し、その謎を解きうる鍵として「幽子情報系の存在」という仮説(幽子情報系理論)をうちたてた。
【参考文献】
『超能力者ユリ・ゲラー』著者:アンドリア・H・プハーリック,訳:井上篤夫,1974年

 ⇒・Wikipedia(関英男)
参考サイト⇒日本サイ科学会
●関裕二せきゆうじ
(1959〜);

   
歴史作家。仏教美術に魅せられて足しげく奈良に通い,古代史研究の道に進む。文献史学・考古学・民俗学など,学問の枠にとらわれない広い視野から日本古代史,そして日本史全般にわたる研究・執筆活動に取り組んでいる。
【参考文献】
『そこが知りたい!古代史9つの謎を解く』,2016年


 ⇒・Wikipedia(関裕二)
参考外部サイト⇒Livedoor Blog(関裕二氏の古代史を検証してみる)
参考外部サイト⇒d-labo(「大人に読んでほしい」 歴史作家・関裕二がすすめる小説のおもしろさに満ちた1冊 『吾輩は猫である』夏目漱石著)
参考外部サイト⇒新潮社(関裕二)



『そこが知りたい!古代史9つの謎を解く』,2016年
 
●瀬戸内寂聴せとうちじゃくちょう
(1922〜);

   
小説家、天台宗の尼僧。旧名は瀬戸内 晴美(せとうち はるみ)。90歳を越えた彼女の法話や講演会で,「青春は恋と革命だ」という言葉に多くの若者も感銘を受ける。

 ⇒・Wikipedia(瀬戸内寂聴)
 
●セドリック・アリンガム
( Cedric Allingham )
【パトリック・ムーア】

( Patrick Moore )
(1922〜2012);memory

左;アリンガム,右;ムーア
[水島保男外伝版ブログ]から
1954年2月18日,スコットランド北端のロシーマウスに近い海岸で,空飛ぶ円盤から降りてきた異星人(火星人)とコンタクトしたことで有名。
この体験を『Flying Saucer from Mars』(邦訳;『火星からの空飛ぶ円盤』
1971年)という本にして世に出す。アリンガムはこの本を出した後,世間に出ることはなかった。 だが,後になって,これは科学者パトリック・ムーアが偽名を使って自分の体験を発表したことが明らかになりました。
【参考文献】
『火星からの空飛ぶ円盤』 著:C・アリンガム,訳:岩下肇,1971年
『世界の超人・怪人・奇人』 著:並木伸一郎,2015年
『スペースプログラムが予言する終末カウントダウン』 著:韮澤潤一郎,2015年


 ⇒・Wikipedia(英語版;Cedric Allingham) 
参考サイト⇒水島保男外伝版ブログ

参考サイト⇒実録!!ほんとにあった(と思う)怖い話(昭和なUFOネタシリーズ〜「火星人の後姿」写真)




『火星からの空飛ぶ円盤』 著:
C・アリンガム,訳:岩下肇,1971年
●セムヤーゼ
 
 マイヤー氏自身が
 描いたというもの。
 (『戦慄のUFO&
  宇宙人ミステリー99』
から)
プレアデス星団のエラ星からやってきた宇宙人。
ビリー・マイヤー氏とのコンタクトは
1975年から1984年まで,フレッド・ベル博士とのコンタクトは1971年から1989年まで続いた。 マイヤー氏の場合は,セムヤーゼから地球や宇宙の歴史を多く教えられ,ベル博士には,科学知識が多く授けられた。
【参考文献】
『プレアデス科学の謎』1996年,
 著者:フレッド・ベル ブラッド・スタイガー,訳:ケイ・ミズモリ
『\宇宙人との遭遇』 1980年,著者:ウェンデール・スチーブンス,訳:芝田康彦
 
 
 
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